「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 「良心」は、もろ刃の剣である。あるときは良く、あるときは怖い。 

亡くなった母親から、子どもの頃、よく聞かされた自慢話、実は笑い話がある。
女学校で先生から、『レ・ミゼラブル』の『レ》とはどういう意味かと質問されたので、
真っ先に手を挙げて、「ああ」ですと答えたら、先生から褒められたのよという話だ。

ヴィクトル・ユーゴーの名作 『レ・ミゼラブル(Les Miserables)』 の邦題は
『ああ無情』。母はフランス語はダメだったが、読書少女であったのだ。

《概略》主人公ジャン・ヴァルジャンは、泊めてくれた司教の家の銀器を盗むのだが、
司教は憲兵の前でかばってくれただけでなく、さらに二本の銀の燭台まで彼に差し出す。
人間不信と憎悪の塊であったヴァルジャンの魂は、司教の愛に打ち砕かれる・・・。


わたしがこの本で覚えていることは、ヴァルジャンは大変な逆境を経験したが、
愛に反応する良い心を持ち続けた人だった!ということ。いま思うのは、ちょっとした罪で
人を罰する聖書の神よりも、司教の愛のほうが大きいじゃないか!ということだ。

今回は「良い心」の話。軽い軽い内容です。アン・ルイスさんの歌でも観ながらどーぞ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
良い心は、内的には「良心」が生み出すものか?
「良心」のことを、ルソーは「善悪を限りなく裁く者」と言い、カントは「人間の内なる
法廷の意識」と言っているそうだ。(だいじょうぶ。だんだんヤワラカ目になりますからねー)

日本語の「良心」は、英語の「conscience(コンシャンス)」を訳したものである。
con-scienceは、con(共に)+science(知ること)から成っている。
つまり「良心」とは、自分の心の中で《自分を知っているもの》のことである。
(※ scienceはサイエンスと読んで科学の意だが、本来は、知ることが科学)

カメレオン

聖書に、その「良心」の働きが書かれている。 
ローマ人への手紙(新世界訳)2章15節 前半
彼らこそ,律法の内容がその心に書かれていることを証明する者であり,
[意味] 「彼ら」とは諸国民(非ユダヤ人)のこと。(彼らはユダヤ人のように聖書の律法
という道徳基準を神から与えられてないが)、律法の内容が心の中に記されている。

同2章15節 後半
その良心が彼らと共に証しをし,自らの考えの間で,あるいはとがめられ,
あるいは釈明されさえしているのです。

[意味] 彼らの良心が、(律法が心の中に記されていることを)彼らと共に証ししており、
彼ら自身の考えの中で、あるときは「とがめ」たり、あるときは「釈明」したりしている。

つまり、「良心」とは、《こんなことをしたらダメだ》と自分をとがめたり、《これぐらい
ならいいんだよ》と自分を釈明する、善悪の自己判断機能であるのだ。

犬と猫

アルジェリアのテロリストの心の中には、人殺しは悪いと自分を「とがめる」声はあるのだが、
いや、こちらには大義名分があるとか、活動資金が欲しいとか、「釈明する」声のほうが強いので、
彼らは彼らなりに良心的に行動しているのだ。

『良心をもたない人たち―25人に1人という恐怖』という題の書籍があるが、
厳密な言い方をすると、「良心」の無い人は一人もいない。

子猫と鳥

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「良心」は人類進化の後代に発生し、形成されたという考え。
ルドルフ・シュタイナー『神智学の門前にて』95,96ページより抜粋
ダーウィンは旅の途中で、人食い人種に出会った。そして、人を食べるのはよくない、
と説明しようとした。けれども、未開人は「人間を食べるのがよいか悪いかを決めるためには、
まず、人間を食べてみなければならない」と言った。
未開人は善悪を道徳的な概念によってではなく、それが心地よいかどうかによって
判断していたのである。

彼らは、いつの日か、自分が食べられる目にあう。そのとき、自分が食べた人が経験したのと
同じことを経験する。その経験を通して、なにか異常なことに気づき、その経験は彼のもとにとどまる。

次の人生で、彼は自分の行為は正しくないという漠然とした感情を持つ。輪廻転生を
繰り返していくうちに、この感情はより確かなものになる。他の人々の感情に気を配り、
自分のおこないを抑制するようになっていく。

このように、しだいに経験が凝縮して、良心の声になったのである。良心とは、
さまざまな受肉をとおした経験の成果である。


シュタイナーは、このたび初めて読んだ、というより流し読みをした。まだ、
よく理解できていない。だが、この説明は面白いと思ったので、ブログを書く気になった。

ともあれ、はじめ、人間が物事に善悪の判断をするようになって、「良心」という
基本仕様が無意識下に設定され、それが経験と試みの積み重ねによって
ヴァージョンアップされてきたということか。
時代や地域や文化の違いによって多少の揺れ幅を持つ「良心」の機能には、個人個人のエゴがからみ、
ファジーな要素が含まれるゆえに、人生ゲームがより複雑化し、多様化しているのかもしれない。

カエル

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「良心的」という考え方は美しいが、危険性をはらんでいる。
何かの宗教や思想に基づく「良心(信念)」には、十分気をつけなければいけない。

自らの「良心」に従って誠実に行動していると自分では思っていても、それがひと様の益に
ならないどころか、実際には他の人と自分をも傷つけている場合があるからだ。

「真珠を豚に与えてはならない」というイエスの言葉は、自分では真珠だ真理だ善だと良心的に
信じていることでも、相手が拒否しているなら強引執拗に押し付けてはならない、
とも解釈できないだろうか。
常に、相手の「良心」にも気を配り、大事にする。それが本当の「良心」ではないか。
 
なお、拙ブログはショー品的にいえば、いつも「アナクロ」じゃん?と思うかもしれませんが、
内奥は「無印良心」であることを両心的に申し添えます^^)。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました・・・♥
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バーソさんへ

こんにちはAKIRAです
今回も面白いテーマですね。

ちょいと思ったんですが、
良の反対は悪かと思えば、悪の反対は善
じゃあ良の反対は? と、思いきや
不良なんですよね
良品⇔不良品
あ、でも
良質⇔悪質ですね
う~ん
良心の反意語は何でしょう?
そんなものは無いから、言葉もないのかも
そんなこと考えるのって、
邪心かな。てへ
           AKIRA

2013/01/25(金) |URL|ARAKI AKIRA [edit]

こんにちは

シュタイナーの著作に興味を持っていただき、嬉しいです!
彼の語り口、奇妙すぎませんか?i-201

うちにも「神智学の門前にて」があるので、ひっぱりだしてみました 

未開人は、彼らの文化の初めには、何でも区別なく食べていた。そして、胃が痛くなり、食べられるものと食べられないものがあるという経験をした。

このように、しだいに経験が濃縮され、良心の声になったのである。
P96

これにそって考えれば、食べた経験が良心を築いてきたのだから、今良心が強い人は、良心が少ない人より、すでに色々食べてきたということかもしれませんねi-179






2013/01/25(金) |URL|hasutama [edit]

コンニチワ!

きゃ~面白い内容ですね~。

見た目や、年齢では
本当の大人であるかどうかなんて
推し量る事は出来ませんよね~。

良心は、小さい子供にあって、
大きい大人にはないって事よくあります。
よね~。

素晴らしい芸術家だって、
見た目は普通のおじ様だったりしますもの・・・。
だからこそ、
そのギャップに惹かれたりもします!
いつの間にか、その作品より、
その人物の、もののとらえ方にばかり
興味を持ってしまう時があります。(笑)

話は変わりますが、
”何故ヒトを殺してはいけないのか?”
この答えをだすまでは、
まだ生きているツモリです。

でも、☆バーソ☆サマのおっしゃる通り
殺される立場になるまで、
ならないと本当の事は分からないと私も想います。

でも、でも、でも、子供達にどう説明すればいいのか・・・。
誰に聞いても納得のいく答えを
頂いた事がありません。
そして、答えなんて、無いのかもしれません。

牛も豚も殺して食べるじゃないですか~。
なのに、人間は駄目って・・・。
何故だ~?

きっと誰かに答えをもらっても、
ワタシを満足させる事は出来ないと想います。
命つきるまで、この事は考え続けていくつもりです。(笑)

過激な問題なのかもしれないけれども、
命に対して、マジマジと対面すると、
やはり、この問題はさけて通る事が出来ない
存在になりそうです。

最近は子供達に答えを、求めます。
もしかしたら、子供達から、いい答えが返ってくるかもしれない
気がするんです・・・。
また長くなっちゃいました~。スイマセン。

良心が正義にすりかわらない事を祈りつつ・・・。

2013/01/26(土) |URL|なりびと [edit]

何故ヒトを殺してはいけないのか?

なりびとさん こんにちわ はじめまして
よろしくお願いします。
この質問は刺激的ですよね
いまのところ 私が納得している答えがあります
それは 「人は創りかえる事ができない」からです
養老孟司さんが言われてました

2013/01/26(土) |URL|milestone [edit]

ARAKI AKIRAさん ありがとうございます^^)

日本語の「良心」は「良い心」ですので、その反対語は悪い心。
すなわち、邪心、悪意、罪悪感。あるいは、不良心が正解でしょうか。

英語(語源はラテン語)の「コンシャス」は「善悪を判断する心の働き」です。

「善悪を判断する」の反対は、「なんでも許容する」でしょうから、
自由、受容、あるがまま、放縦、ルーズ、無頓着、自堕落・・・あたりでしょうか。

「人の内部ではなく、外部にある善悪判断」なら、
人格神、専制君主、裁判官、経典、法律、常識、上司、女房・・・かな(笑。

しかしながら、この地球は、陰と陽、表と裏がある二極性の世界です。
 低さがあるから高さがわかる。暗さがあるから明るさがわかる。
 寒さがあるから熱さがわかる。苦しさがあるから楽しさがわかる・・・。

したがって、この地球上には、善と悪は必然的に存在するものであるので、
つまり、善悪の判断をすることなしには、この世はあり得ないので、
であれば、「コンシャス」の反意語もあり得ない、のではないでしょうか???

2013/01/26(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

hasutamaさん ありがとうございます^^)

シュタイナーは文体が難解だろうと思っていたら、そうではなかったのですが、
内容が難解でした。というより、私には すーっと入ってきませんでした(悲。

>今良心が強い人は、良心が少ない人より、
>すでに色々食べてきたということかもしれませんね

そうですね。誕生後のことだけを考えても、いろいろと「霊的食物(心を養う書物)」
を食べてきた人は、良心の振り子が善側に大きく寄っているのかもしれません。
ヤクザ映画を見た人は映画館から肩をいからして出てくる、という話を聞いたことがありますが、見るもの読むもので良心はずいぶん変わると思います。

「しだいに経験が凝縮し、良心の声になった」
ならば、人間はますます経験を積んで良心的に向上していく一方のはずです。

確かに、ソ連が崩壊し、東西ドイツの壁が崩され、専制君主体制が倒され、大災害があれば援助が各国から来たり、いま世界はいい方向に向かっているように感じます。
ですが、物質主義、利己主義、適者生存思想などは、減ることはないようにも思います。

聖書の話になりますが、最初の人間(アダム)がエデンの園にあった「善悪の知識の木」の実を食べたことで、この世に罪というものが入ったのだと言われています。

「善悪の知識の実」を食べることは、善悪の判断をすることの比喩であるとするなら、良心とは、人類の登場当初に、その心の奥に設定された安全装置のようなものかなあ?と、今ちょっと思ってしまいました。
人間は反質的に自由に生きていたが、あまり自由過ぎてフラフラすると危険なので、良心という安全機能をデフォルトで備えたというわけです。備えたのは、人間の「自我」、あるいは「魂」と呼ばれる部分か、それとも「空」なる神か?

ともあれ、その基本機能が、経験によって、つまり時代や地域などの文化の違いによって、いろいろバリエーション化されてきたのではないかと思ったりしたのですが。

2013/01/26(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

なりびとさん ありがとうございます^^)

『何故ヒトを殺してはいけないのか?』
ちょっと考えると、いろいろあります。
 ・他人の尊厳・意思を無視し、残りの貴重な人生を奪うから。
 ・人の命は金銭で買えないほど尊いものだから。
 ・内奥の良心が道徳的&生理的不快感を自分に告げるから。
 ・自分がされたらイヤなことは人にしてはならないから。
 ・人間は神の似姿に創られたが(創世記1:26)、動物は違う(Ⅱペテロ2:12)。
 ・この人生は一度だけしかなく、同じ命は二度とないから。
 ・生物は自分の種を保存し繁栄させたいという本能と義務があるから。

しかしながら、殺人がいけないのは何故かという疑問は、
結局は、《道徳律やルールは、そもそも何のためにあるのか?》
という問いとして考えられないでしょうか。

そうであれば、次の考え方はどうでしょうか。
殺人は悪だというルールがあるほうが、人間社会が適切に機能し、リスクが少ない。
この約束事が普遍的に適用されているほうが、人は集団内で安心して生活ができる。
(殺人は悪くないという倫理観は、人類破滅後の社会を描く映画の中にありますね)

人殺しはダメだが、動物はかまわないというのは、人間種族のエゴではないでしょうか。
『神との対話』の中に、仏教ではハエや蚊でも一切の殺生が禁じられているという文脈の中で、では髪の毛を切るのはどう思うかねと問いかけられていたような気がします。
ちょっと考えた程度では、よくわかりません(涙。

2013/01/26(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

milestoneさん ありがとうございます^^)

「人は創りかえる事ができないから」。
この考えは、至極まっとうだと思います。
人間を貴重なものと認めています。他人に敬意を払っています。
とにかく誰でもいいから人を殺したかった、というようなバカな人によくよく知ってほしい考えだと思います。

「身体髪膚これを父母に受く あえて毀傷せざるは孝の始めなり」を思い出しました。
ただし、「孝の始め」の部分は、いろいろ他の言い換えができそうですが。

ただし、では創りかえることができるならばいいのか?という疑問が生じませんか。
科学が発達してiPS細胞などで人体を再構築できる時代になることはないのでしょうか。

もっとも、人体細胞は再生できても、その生命だけは再生できないのかもしれませんが。
でも、二千年以上前の古代の蓮の実が発芽し開花したという例がありましたね。
よくわかりません(;^_^

2013/01/26(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

「創りかえることの出来ないもの」は肉体と精神でなっている「生命だと思います」。理不尽に殺されたmilestoneの体が前と寸分も狂わぬものだとしても それは別人であろうと思う 映画のロボコップのようなものは ファンタジーなのでであって その世界しか通用しないような気がします

個々の人間は生まれてきた しかたのない存在なのですから
それを覚悟して生きて行かなければならないように思います
しかし このような事柄を普通 日常で私たちは
考え難い生活に押し込められてしまっていますから・・・

2013/01/26(土) |URL|milestone [edit]

milestoneさん ありがとうございます^^)

>「創りかえることの出来ないもの」は肉体と精神でなっている「生命だと思います」。

そうですね。個性・人格を含んだ精神が連続しなければ意味がないというのは、
よくわかります。サイボーグ警官「ロボコップ」は、巡査だったときの人間の
思考(正義感)と、コンピュータでプログラムされた(会社に都合のいい)指令
とが調和しないために苦しんだ、のだったでしょうか。

わたしが最近観たロボット映画で、とても感動して印象に残っているのは、
A.I.[2001年公開]でした。原案はキューブリック、監督はスピルバーグ。
名子役のハーレイ・ジョエル・オスメントが主人公でした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/A.I.l
愛されるために作られたのに、必要がなくなったら捨てられるという
悲しい子どものロボットの話。愛について考えさせられ、涙が出ました。

milestoneさんの前回のコメントにヒントを得て、ひとつブログができましたよ。
来月になったらアップする予定です。ありがとうございます^^)。

2013/01/27(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは(*^_^*)

「ヒトの命を奪ってはいけない理由」について書いて、今朝から、何度か投稿を試みましたがなぜか投稿できずすっかりくじけてしまったりんごです(T_T)
今度こそ投稿できるかしら。。。


簡単に書きますと、
「生きていくために必要性がないことだから」
だと思いました。

基本的に、生きていくためには、ほかの動物なり植物なりを食べなければなりません。
植物は動きもせず、温かい血も流れてはいませんが、生き物ですのでベジタリアンであっても
「他の命をいただいている」
ことには変わりはありませんから。

でも、そうやって他の命をいただいて生きている人間も、亡くなったらその身体は微生物たちに食べられるので、食物連鎖的にはお互い様です。

ところが「ヒトの命を奪うこと」は「生きていくために必要なこと」ではありません。
同じように、食べるわけでもないのに無闇に動植物の命を奪うことは、ただ単に命を無駄にすることになるのでいけないと思います。

ちっとも精神論ではなくて、場違いな意見ですみません(^_^;)
でも、命を無駄にはしたくないし、無駄にされたくもないですね☆

2013/01/27(日) |URL|りんご [edit]

ヒトの命を奪ってはいけない理由

パーソさんところに居候している 書生のmilestoneです
りんごちゃんありがとうございます。最初 「生きていくために必要性がないことだから」 て書かれて理解できなくて聖霊の導きもなく考えていましたら 「ヒトの命を奪うこと」は「生きていくために必要なこと」ではありません。 と書かれてあって 理解できました。なーんだ聖霊なんて必要ないんですね・・・
ちょっと 意地悪じいさんになります 人の命を奪うことが生きていく上で
必要な方にはどうでしょう?ダークナイト・ライジングのジョーカーが問いかけているもの・・・ ありゃ 自分で書きかけて 矛盾してしまった!

2013/01/27(日) |URL|milestone [edit]

Re: ヒトの命を奪ってはいけない理由

さあさ、おもしろくなってきました。

こりゃ、頭の鋭い りんごさんのコメント待ちだ^^)。

2013/01/27(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

あらら。。。(^_^;)

milestoneさん、こんばんは(*^_^*)

お恥ずかしながら「ダークナイト・ライジングのジョーカー」がよくわからなくて…あちこち調べてみましたら、バットマンの悪役だったんですね。
「ダークナイト」の映画評論とそれぞれのキャラクターに対する考察が書かれているサイトを読んでみたらなかなか興味深かったです☆

ジョーカーは幼い日に目の前で父親に母親を殺されて、その後愛する妻に裏切られて(愛されなくなってしまって)次第に心が壊れてしまったのでしょうか。。。
人間不信の結果、すべてに対する復讐に喜びを感じるようになってしまったみたいですね。。。

「人の命を奪うことが生きていくうえで必要な方」
って、「正義」のためでしょうか?
どうもそのあたりの微妙なニュアンスがよくわからなかったので教えていただけたら嬉しいです。。。なんて書いたら不粋ですか(^_^;)

バーソさん、ダメダメ(^_^;)
こんな調子で全然、頭が鋭くないです(笑)

2013/01/27(日) |URL|りんご [edit]

りんごちゃん 私の話は町山智浩さんからの受け売りなんです 説明すると長くなるので ここをみてください
http://www.youtube.com/watch?v=xKvD470j-F0
アメリカをみていると 世界が見えてきます 石原慎太郎の生き方にも通じていますので興味深いです

2013/01/27(日) |URL|milestone [edit]

いろいろコメント飛び交って楽しいですね♪
そちらには難しくて入り込めないので・・・

猫と犬の間に食べ物の写真が
視線が
可愛くて可愛くて
良い写真を見せて頂きました♪

2013/01/28(月) |URL|babatyama [edit]

むっ、むつかしいわ・・・
コメントも盛んになっているし、わたくしのような薄っぺらいアタマでは
深く考察できそうにないわぁ

サンデル教授の白熱教室みたーい♪

2013/01/28(月) |URL|きまぐれひめさま [edit]

lady-babaさん ありがとうございます^^)

動物って、かわいいですねー。
わたしは特に、小鳥が大好きなんです。

ブログでも、犬と猫の写真を撮って文章を書いたりしている人が多いですが、
lady-babaさんは、いつも動物のかわいい表情を描くのがお上手ですよね。

動物が好きな人に悪い人はいないって話がありますが、ほんとにそう思います。

2013/01/28(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

きまぐれひめさま ありがとうございます^^)

むっ、むつかしいわ・・・なんて言いながら、さりげなく
「サンデル教授の白熱教室」を紹介するなんて、まあ、巧みなもんですねー。

ひめさまは、ハーバードを出ているんじゃないですか。
わたしは東大を、何回も、門の前を通ったことがあるんですよー(笑。

サンデル教授の討議はとても面白くて、皆さんにも紹介しますね。
http://www.visualecture.com/wordpress/?page_id=3139

2013/01/28(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは(*^_^*)

サンデル教授は「これからの『正義』の話をしよう」の人ですよね~☆
実は飛び飛びにしか読んでいなかったので、バーソさんがご紹介くださったサイトをお気に入りに入れて、これからじっくり読むことにします♪

milestoneさんが教えてくださったyoutubeも聞いてみました。
アメリカの正義には「力」(経済力・軍事力)が背景にある。。。ということでしょうか。
バットマンは「アメリカ」そのものを体現していますよね。
かつ合法的?に法の支配からも逃れて。

ジョーカーは。。。「ジョーカー」でいて幸せなんでしょうか。。。
どうしようもなくて「ジョーカー」になって、どうしようもないから「悪」を極めていくことに喜びを見出して、どんどんエスカレートしちゃってますよね。
良心の欠片もないかのようですが、どんなに悪を極めてもきっと満足できないんだろうなぁ。。。心の穴が埋まることはないんだろうなぁ。。。とか。
もしも誰かたった1人だけでもジョーカーを大切に思ってくれる人がいたら変わるのかなぁ。。。

などと、どうも本題から離れちゃってるかもしれませんが(^_^;)

えっと。。。
基本的に人間に限らずすべての命は取り返しがつかないので。。。
と、書きかけて…「時間」も取り返しがつかないなぁ。。。とちょっとしみじみしてしまいました。。。

あれ~まとまりません(^_^;)

2013/01/29(火) |URL|りんご [edit]

コンニチワ!

コチラはすごい白熱教室になっていますね~。
色々な見解を見させていただきました。
多分結論は出ないのは承知なんです!

でも、でも、子供に対してだけは、
その答えを受け渡したい!

でも、でも、でも、ソノ前に、ワタシ自身が
その答えに納得する必要がある。
ストント落としておかなければならない。

多角的に子供に、質問されたとしても、
ソノ答えは揺ぎ無くする為には・・・。

ええ、ええ、ええ、承知です
答えなどない事は・・・。
そして、
答えが山盛り沢山ある事も承知です。

でも、このコメントを色々読ませていただいて・・・。
一つ気づいた事があります。

それは、下地が必要だという事・・・・。
答えを出す側も、そして、
ソレを受け取る側も下地が必要。

答えがすんなり入ったヒトは、
答えをくれたヒトと、きっと下地は同じ・・・。
って事です。

いいんです、いいんです
ワタシの自慰で終わって本当にスイマセン・・・。(笑)。
っていうか、ワタシはいつもそうなんですよね~。(笑)。

☆バーソ☆サマのコメンテイターは、
楽しい方ばっかりですね~。
貴方の心の、お庭の広さが伺えます!

お邪魔いたしました~。

2013/01/29(火) |URL|なりびと [edit]

ダークナイト

いやー りんごちゃんの明晰さがよくわかりました
僕なんかは 子分にして欲しい感じです
りんご姉御!
本当は「ダークナイト・ライジング」の前の「ダークナイト」の解説が面白いんですよ JWの方々にはカルチャーショックになるかもしれません 町山さんの解説を聞いてるとサンデル教授の白熱教室に通じてますからね
時間があれば皆さん見て下さいね
http://www.youtube.com/watch?v=h7He_wmKes8
http://www.youtube.com/watch?v=mYj3oZw7r-Q
http://www.youtube.com/watch?v=eyJYUImrqoQ

2013/01/29(火) |URL|milestone [edit]

Re: ダークナイト

みなさん、ありがとうございます。バーソです。
いろいろ面白くなってきていますね。
下地のない私が今おぼろげに考えていることを言っていいでしょうか。

殺人はいいか悪いかとは、
結局は、善悪はどのように判断するのか、になるでしょうか。
であれば、その判断をする基準としては
1.誰(自分・親族・他人・過半数・人類種族)の「益」を第一にするかで判断する。
2.自然に備わった「良心」で判断する。
3.倫理の基準になる「法律・経典・社会通念」で判断する。
4.相手や関係者に「愛」になるかどうかで判断する。
5.絶対権力者(人格神・君主・長)が断言する。

そうなれば正解は難しいような気になってきました。
どれを判断基準とするかで善悪が変わってくるからです。

やはり、最初の人間がエデンの「善悪の知識の実」を(比喩的に)食べたので、
人間社会に「罪(混乱)」が入ってきたのでしょうかね^^)。
なお、話を中断するつもりはありませんからねー。

2013/01/30(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

むずかしいなぁ・・

こんちは~

昼飯を食べながら読むには、ちょいと重いかなぁ~
良心って主観的なことなんだと思うけど、その主観的な良心も結局、周りから善導されたに過ぎない物だったりして・・

十人の命を助ける為に一人を殺す、所謂、緊急避難ってやつも、若い頃には消化出来ず悩んだものでした、良心に従った行いも結局、多数に容認されなければ良心に非ず、なんて訳の解らぬ事を書いているうちに、昼休みとっくに終わってました(笑)

2013/01/30(水) |URL|ばく [edit]

ばくさん ありがとうございます^^)

折角美食を召し上がったのに、とんだ消化の悪いものを見てしまいましたね。

「周りから善導された」という表現、ちょっと興味深いですね。
ばくさんは、性善説のように感じました。

確かに、主観判断に、周りの客観判断が入り混じったものが、
ひとり一人の「良心」なんでしょう。

私は以前、ある本で《ヒットラーも良心に従って行動した》とあるのを見て、
なるほど、人はそれぞれの良心に従っているのかと思ったことがあります。

しかし、ばくさんのおっしゃる通り、
「良心に従った行いも結局、多数に容認されなければ良心に非ず」なんでしょう。
「十人の命を助ける為に一人を殺す」話は、正解が難しいようですね。

2013/01/30(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

きゃ~ 怖かった!
やっぱり、コメント欄に行こうとすると
(本当に、移動しますか?
このサイトは、危険なサイトの可能性があります。)と、
警告されました。
でも (移動)を、クリックして
やってきました。

何にも ない!!

なんでやねん。

私のコンピューター  心配性みたいです。

バーソさんのメールフォームから、
コメントも入れたんですが、今回は
どうも行き違いが多かったようで
メールもきえてしまいましたね。(>_<)

ジャン バルジャン☆読んで 胸が 痛むじょ~(*´▽`*)

真夜中に失礼しました~。

2013/01/31(木) |URL|ゆりママ [edit]

ゆりママさん ありがとうございます^^)

あー、怖い思いをさせて、すみませんでしたね。
でも決断したのは、やはり、わたくしめへの愛でしょうか。えへへ^^)。
と冗談を言ってる場合ではないですね。
警告の原因を調べてみましたが分かりませんでした。

・オペレーティングシステムとソフトウェアは常に最新バージョンにアップしています。
・最近、なにかのソフトをインストールしたことはありません。
・妙なサイトは見ていませんし、怪しげなメールも開いていません。
・McAfeeというセキュリティソフトも入っていて、きちんと機能しています。
 (念のためフルスキャンしてみましたが問題なしと出ました)
・Google Chromeの拡張機能で、サイトの安全性が確認できるようにしていますが、
 自分で「バーソは自由に」で検索しても、丸い緑の安全マークが出ます。
・「バーソ」や他の言葉で検索して訪問してくる方もけっこういますし、
 現在、他の方からは、そのような警告が入ったとは聞いていません。
・パンとぶどうさんからテストコメントを入れていただきましたら、
 警告は出なかったようですが、コメント送信ができない場合があったそうです。

>ジャン バルジャン☆読んで 胸が 痛むじょ~(*´▽`*)
そうジャン?(笑

2013/01/31(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

色々調べていただきまして、
ありがとうございます。
私もマカフィーです。

開こうとすると、マカフィーが、緑色から赤色に、
なっていました。
本当に何なんでしょう。m(._.)m

これからは、警告が出ても
バーソさんのところには
心配せずに何が何でもお邪魔しますからね。
どうぞよろしくお願いします。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ

2013/01/31(木) |URL|ゆりママ [edit]

ゆりママさん ありがとうございます^^)

ひょっとして、マカフィーの奴がワルイのかいなー。
でもね、わたし自身は、すこぶる安全無益なんですが、
トロクない木馬なんて奴もいるので、ちょっと心配なような。
でもね、他では事例がないので、まあ、心配ないような、です。

2013/01/31(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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