「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 神の愛は「無条件」。人はみんな愛されてる。 


満開のサクラも散り、少し暑いくらいの風を感じるようになりましたね。
マークやloveの英字がプリントされたTシャツを
街で見かけるようになりました。

たいていの人は「愛」の言葉が大好きです。
愛の名言集などを見ると、うっとりするような、やるせないような、
切ないような、歯が浮いてくるような、我が身が情けなくなるような、
そんなフレーズがいろいろ出てきます)

「愛」を標榜する宗教と言えばキリスト教でしょう。
どの教会でも、「神は愛」であるゆえに、神とキリストを信じる人を救う、
と教えています。(ヨハネ3:16)

でも、そのキリスト教の「愛」が、どうもいろいろに解釈されているようです。

 少女とうさぎ

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「愛」を表す言葉は、ギリシア語では4種類もあります。

五月雨、霧雨、小糠雨など、日本人は雨を表す言葉を多彩繊細につくりましたが、
ギリシア人は人間に関する感情がこまやかだったようで、
「愛」の語を使い分けています。

1.「エロース」=男女の愛。恋。(いやらしい意味はないです)
2.「フィリア」=友人の愛。(フィリアからフィラデルフィア管弦楽団の指揮者
ユージン・オーマンディを思い出せば、ユージン=友人の連想で覚えられます )

3.「ストルゲー」=肉親の愛。
4.「アガペー」=無条件の愛。万人に平等な愛、神が私達に与える愛、
見返りを求めない愛、キリスト教でいう一般的な「愛」。(Wikipedia)

新約聖書は通俗ギリシア語で書かれていますが、使われているのは、
ほとんどが「アガペー」の愛です。「エロース」の愛は一度も出てきません。

はな


――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アガペーの「無条件の愛」とは、具体的にどういう意味でしょうか。

イエスの言葉は簡潔です。
  あなた方の敵を愛しつづけなさい」…マタイ5章44節(新世界訳)

この言葉はどう解釈されているでしょう?
(a) ユダヤ人は、外国人を軽蔑し、嫌っていましたから、
そんな偏狭な精神を直しなさい、という意味かもしれません。

(b) イエスが意味したのは赦し〔ゆるし〕だから、
「敵を愛せ」とは「敵をゆるせ」のことだと解釈する人もいます。

(c) 教皇ベネディクト十六世はこう説明しました。
「私たちは神とキリストの友とならなければなりません。そうすれば、
神の愛をはっきりと知ります。神との友愛が少しずつ私たちにとって
重要なものになれば、本当に嫌いな人であっても愛すことができます」
 ―――『Famiglia Cristiana』2006年2月5日号(要旨)
(まあ、その通りかもしれませんが、漠然としていませんか。google検索すると
4万件以上ヒット。全体的に、甘い、きれいごとの注解が目につきます)


(d) 異説。「世の中に酒と女は敵〔かたき〕なり。どうか敵と巡り会いたい。


イエスの言葉を、素直に、文字通りに、考えてみます。
ふつう「敵」とは、人間で一番イヤなやつのことです。アガペーとは、
その一番イヤなやつだって愛しなさい、ということです。

つまり「神はアガペーである」とは、神は最悪な人間でも愛しているという意味です。
(神は聖ゆえに悪人を愛せないという考えは潔癖ですが、アガペーとは反します)

とはいうものの、「敵」を愛せと言われて、はい そうしますと言える人は、
聖人か偉人か、あるいは偽善者でしょう。敵を愛すなんて、
人間の感情に反するのですから。

 少女と犬


「アガペー愛」とは「大切にする」という意味かもしれません。
東北大震災に遭った岩手県に山浦玄嗣という医師がいます。山浦さんが書いた本
によると、420年ほど前のキリシタンは『ドチリイナ・キリシタン』という本の中で、
「アガペー」を「大切にする」と訳しているそうです。
※『イエスの言葉』文春文庫 819円

(「大切にする」というと、「惻隠〔そくいん〕の心」と似ていませんか。
赤ん坊が井戸に落ちようとしているのを見た人は誰でも、
とっさに赤ん坊を助けようとするという話です)

『ガリラヤのイシュー』日本語訳新約聖書四福音書(イー・ピックス出版 2,520円)
山浦さんは、ユダヤ人の階層や地域の違いによる言葉遣いの違いを出すため、
岩手県気仙〔ケセン〕地方の言葉を中心に、幕末期の日本語や長崎弁などで
聖書を訳しました。
(イエスや弟子たちの出身地は都エルサレムの北方にあるガリラヤ地方です。
日本に置き換えると、東京の北にある東北岩手辺りと言えなくもありません。
「イシュー」とはイエスのヘブライ語の名をガリラヤなまりで発音したもの)

ケセン訳は言葉が生っぽく、血が通っている感じで、非常に感銘を受けました。  

前述のマタイ5章44節はこう訳されています。
  敵だって どこまでも大事にし続けろ」ケセン訳 

つまり「敵を愛せ」とは、敵を無理して愛そうとしなくてもいい。
だけど敵だって人間なんだからと思って「大事にする」ことだ。
とすれば、ずっと理解しやすくなりますね。その本では、
上杉謙信が「宿敵」の武田信玄に塩を送ったことが書かれていました。

 いぬだよ


――――――――――――――――――――――――――――――――――――
神の愛は「無条件」なので、人間は全員、神から大切に思われています。
「無条件」とは、これをしなければ救われないとか、あれをしなければ裁かれる
といった「条件」は一切「無し」であるということです。
(だからここは、愛は条件無しなんですよー!って大声で叫びたいところです)

つまり私も、あなたも、人は皆「無条件」で神から大切に思われているのです。
(ある特定の教団の信者だけが救われる なんて教えは、非聖書的であり、
とんでもない大間違いです。いくらもっともらしくても、それは大嘘です。
絶対信じたらいけません)

自分は神から大事に思われてるんだぞーと心の中で2、3回 言ってみませんか。
なんだか気分が、もっとウキウキと春めいてくるかもしれませんよ。(~o~)♪

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2012/05/01(火) || [edit]

そうやってみんなを幸せにしようとはげましてくれてる
バーソさんは、きっといちばんに幸せになりますよ!

2012/05/02(水) |URL|abe [edit]

abeさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。

幸せになりたいですね。
幸せを味わうために生きてるようなものですからね。

でも、幸せになる、というよりも、幸せでありたい、
のほうが正解かもしれないですね。

というのは、幸せとは自分の感じ方ですものね。
自分の感じ方なら、自分の意識でコントロールできるはず。
なんだけど、それは易しいことではないですねー。(^^;)

2012/05/02(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2012/05/02(水) || [edit]

ギリシャ語の愛の表現!
ステキですね。
(エロース)と、(フィリア)は、聞いたことがあります。
(愛の意味だとは、知らなかったですけど。)

神話(ギリシャ、ハワイ、日本etc)の中の神々は
愛を語り、愛に傷つき、愛の復習をしたりします。

人間的で親しみやすいですね。

神様の愛は無条件なんだ。
これが、わかる事がありますね。
小さな子供に対する時の気持ちです。

小さな子供を見た時に
誰もが感じる慈しみ♡

これが、神様が私達人間に
感じてみえる気持ちなんでしょうね。

学生の時、心理学の先生が
子供が何故可愛いのか分析されていました。
なんでも、小さい顔の中に
目も鼻も、口も真ん中に寄せ集めるようにして
配置されていると、愛情を感じやすいんだそうです。
人間の子も動物の子もみんな、
親が可愛がらずにはおれないように
子供の顔になっているんだとかなんとか・・・。

大人になるにつれ、配置は伸びてくるんだそうです。

神様も私達を可愛いって
思って下さっているんだと
私は思います。

2012/05/03(木) |URL|ゆりママ [edit]

ゆりママさんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。
また、このままブログ記事になりそうな内容ですね。

確かに「神話の中の神々」は人間的ですね。
愛したり、怒ったり、傷ついたり、戦争をしたり…。

でも「宗教の教える神」だって同じく人間的ですね。
愛したり、憤ったり、悔やんだり…。


「神の愛は、人間の親が小さな子供を見た時に
感じる慈しみ」
と同じと感じるというお話。
神の愛はそんな優しい愛情に近いのだろうと思います。

人間の親は、子が悪さをしたら、じゃあ罰しよう、
じゃなく、どんな子でも、眼の中に入れても痛くない、
と普通はそう思いますからね。

宗教が教える「恐ろしい神の罰」という概念は
なによりも神の「愛」と反するのです。
(悪いことをすると 悪い結果を招くよ、というのなら、
これは「原因と結果の法則」ですから、分かりますけどね)


「小さい顔の中に目も鼻も口も真ん中に寄せ集めるようにして
配置されていると、愛情を感じやすい」
っていう心理学の分析。
そうなんですか。だから子どもはかわいいんですね。
恐い顔をした猛獣でも、子どもはあどけない顔してます。
神の作品はなんでもよくできてますねー。

2012/05/03(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは。

昨日はご訪問いただき、ありがとうございます。

そして今日は、素晴らしい精神世界を拝見させていただきました。
宗教、信仰とはおよそ縁遠い私ですが、かといって現実的というわけでもない中途な人です。
どちらかというと享楽主義者というのが当たっているようです。

そういう人ですから、気楽にお付き合いくださいますよう、
お願いいたします。

2012/05/05(土) |URL|NANTEI [edit]

NANTEIさんへ。(^^)

「享楽主義者」というのは、謙遜で仰ってる
と思いますが、この言葉、なかなかいいですね。
NANTEIさんのブログを拝見していると、
知的に芸術的に自然に自由に人生を愉しんでおられる
のがうかがえ、素晴らしいなあ、と思います。

わたしは長年 聖書を学んできた者ですが、
人間が楽しいと思うことは、たいてい神から見たら良くない
とされているのはどうしてなのか、不思議に思っていました。

でも今は、(もちろん ひとに迷惑をかけない限りですが)
人は生きてる限り楽しみながら明るい顔で日々を生きるべきだ、
身近にいる人を愛し、身近な人から愛され、楽しく明るく生きるのが
人生の幸せなんだ、と思うようになりました。

「晴耕飲読」の日々。じつにいいですねえ。
わたしは全然飲めないのですが、李白や杜甫やNANTEIさんのように、
飲みながら人生を詩(や句や絵)で語ることができれば最高だろうなあ、
と うらやましく、憧れを感じています。
こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。

2012/05/05(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]


『無条件の愛』への解釈・・・
個人的には、(d) の異説が『生っぽくて』、とっても好ましいです(爆)

後半の「敵だって どこまでも大事にし続けろ」の部分は、
実にグッと腑に落ちてくるお話でした。

立場が違えば、考え方も違ってあたりまえ、
一から十まで『理解しあえ』ってのは、そりゃちょっと難しいことですよね。
だけど、互いの立場を『尊重する』(=大事にする)ことはできるはず。
そうすると不思議なことに、また、ごくごく自然に、
『ちがい』のなかに『おなじ』をみつけられたりもする・・・
そこが解りあうことの糸口となることだって、ままあるような気がします(^^)

まれさん同様、こうしてみんなを幸せにしようとされるバーソさんに
感動&感謝なのです♪

途中途中に挿入されてる画像も、全部愛おしい!!

・・・おっと、ノロノロしてたら最新記事が・・・(^^;)
また、じっくり読ませていただきまっす♪

2012/05/09(水) |URL|G.D.M.T. [edit]

G.D.M.T.さんへ。(^^)

コメント、ありがとうございます。
いつも奥が深い内容で、とてもうれしいです。

≫『互いの立場を『尊重する』と…
『ちがい』のなかに『おなじ』をみつけられたりもする>

これはすごい文章ですね。名語録の一つになりそうです。

人間は『違い』だらけ。個性さまざま、生き方あれこれ。
『違い』を見つけようと思えば、すべてが『違い』だらけ。
『同じ』を見つけようと思えば、それはなかなか容易じゃない。

それゆえに・・・・・・・ああぁぁぁぁぁ・・(絶句)
せっかくの素晴らしいG.D.M.T.さんのコメントなのに、
いい返しが思いつかないっ。ごめんなさいー。(--,)

ところで、『無条件の愛』への解釈は、
はい、わたしも、(d) の異説に同意しています。
ただし「酒」よりも「金」のほうがいいような気も。(^^;)

2012/05/09(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2012/05/10(木) || [edit]

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2012/05/13(日) || [edit]

バーソ様は神を信じておられるのですか。
僕は神を信じない故に不幸です。
でも幸福にならなくて構わないと思っています。

2014/11/28(金) |URL|わほマン [edit]

わほマンさんへ

「神」という言葉から受け取るイメージは人により様々です。
私は、宗教が教える人格神(エホバなど)の存在は今は信じていません。
ですが、精神世界が言うところの神(ワンネス・真我)は信じます。
この記事は2012年5月のものですが、私は、最近は単に「神」と言うより、「根源の神」という言い方のほうがいいように思っています。

その神には愛だけしかないという人もいますし、いや、空だから何もないのだと言う人もいます。多分どちらでもいいのでしょう。人が思う方向に人生の道は向いていくのでしょうから。ただ、神は愛だと思うほうが人生はより楽しくなるでしょうね。

2014/11/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

人生を楽しくするための神様なら信じるのもいいのかもしれませんね。
神を否定していてもあまり楽しくはないです。

2014/11/29(土) |URL|わほマン [edit]

Re: タイトルなし

わほマンさんへ―――バーソより。
拙ブログの一番最初の記事(2012/02/20)に、まとめて返事を書きました。
そちらを見てください。
(返信がないと思われないため、ところどころにこれを出します)

2014/11/30(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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