「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 有難いと分かれば感謝したくなる。釈迦の「盲亀浮木」の話。 


  有難や有難や 有難や有難や
   金がなければ くよくよします
    女に振られりゃ 泣きまする
     腹がへったら おまんまたべて
      寿命(いのち)尽きれば あの世行き
           ―――――浜口庫之助『有難や節』


クマ「ちわ~、ご隠居、家でもマスクして、コロナ萎縮やってますね」
陰「熊さん、《萎縮》とは引きこもりだが、《自粛》は善いことを考える活性的な時だ。コロナを軽く見てはいかんが、怖れ過ぎてもいかんよ」(※1)
クマ「でも、コロナマークツーが来たらどうするんで?」
隠「まだ第二波は来ておらんよ。いまはもっと《有難い》という気持ちを持ったほうがいいかもな」
クマ「俺は借金だらけ、ご隠居はシワだらけ、猫は毛だらけ灰だらけ。なのに、なんで有難いんで?」
隠「熊さんや、《有難い》という言葉が、どうして《うれしい》とか《感謝》の意味なのか、分かるか?」
クマ「自慢じゃねえが、分かりません」
「では、有難い話をしよう。『盲亀浮木もうきふぼく』と言って、お釈迦さんが弟子の阿南に語った話だ。一匹の盲目の亀が広い大きい海の底にいる。海のどこかに、小さな孔が開いた一本の丸太がぷかりぷかりとただよっている。亀は百年に一度だけ海面に顔を出すが、ちょうど浮かび上がったとき、亀の頭がその丸太の孔にすっぽり入ることがあるか?


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クマ「何億年か何兆年か経てば一回ぐらいはあるかもしれねえが、まあ、難しいんじゃねえかな」
隠「そうだ。有ることが難(かた)いので《有難い》。滅多にない幸運はうれしくて、神仏に感謝したくなるのだよ」
クマ「そうか、《有難い》は、神様仏様相手に感謝してるんだ」
隠「熊さん、地球上にいるアリの数は知っとるか?」
クマ「蝶のように舞い、蜂のように刺すモハメド」
隠「アリが蝶。よく思い出した。彼はヘビー級なのにフットワークが軽かったな。で、虫のアリだが、1京(けい)匹もいるそうだよ。1京は100億の100万倍だ。もし世界にアリと人間しかいないとすればだ、いま世界人口は77億人 ―― 計算を分かりやすくするために100億人として―― アリは100億の100万倍いるので、我々が人間として生まれる倍率はアリの100万分の1になる。地球にはアリの他にも動物が無数にいる。だから人間として生まれたのは、この亀の顔が丸太の孔に入る確率よりも有るのが難い確率で、じつに有難いことなのだよ」
クマ「そうか、俺っちも貴重なんだ。頭の中に記帳しとこう」


 qflqq40.jpg Pixabay


隠「お前さんは、たまたまあたしと出遭っただけと思っているかもしれんが、会うべくして遭ったとも考えられる。あたしは熊さんの顔を見るだけで、ああ、有難いと思うよ」
クマ「え~? 本当ですか、そう思っているなら、たまにはお小遣い、ください」
隠「給付金10万円が手に入ったら若干考慮しよう」
クマ「その10万分の1じゃいやですよ。そう言えば、大阪の知事が『助け合い基金』とかいうのを作ったそうですね」
隠「医療従事者のために寄付を募ったら、想定額の10倍以上の23億何千万も集まって、クオカードで直接6000人の人に配ったそうだ。(※2) 渡る世間に鬼は少ない。日本人もまだまだ捨てたものじゃない。医療関係の方々に有難い、寄付をしてくれた方々に有難い、自粛で仕事を制限してくれた方々に有難い、協力してくれた方々にも有難い・・・と、そうは思わんか、熊さん」
クマ「へえ、かなり有難い気持ちになってきました」
隠「人間は感謝の心を持てば、爽やかな気持ちになり、ひとを助けたいと思うようになり、ひとを助けると幸福になる。さらに、まわりの悪い点があまり気にならなくなり、良い面に気が付くようになり、ますます感謝の心を持つようになり、幸福感が強まる。感謝は表すことが大事なんだな。感謝される側だって、自分のことを思ってくれている人がいると分かると、自信を持てるし、自尊心を保てる
クマ「もっと感謝の心を持ちたくなってきました」


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隠「それには毎日、時間を取って,その日にあった感謝できることを考えるのがいいな。そうすれば、不平不満や心配事ばかり考えて萎縮している人より、ずっと幸せになれる
クマ「そうか、自分が何を考えているかが大事なんだ」
隠「熊さん、《有難い》の反対語は何だと思う?」
クマ「ええと、有難くない、文句を言う、感謝しない・・ですかね」
隠「滅多に無いの反対だから、反対語は《当たり前》かもな。人間は当たり前のことはあまり意識しないし、感謝もしないが、日本はいろいろ恵まれているぞ。世界で水道の水をそのまま飲めるのは15か国だけ。アジアでは日本とアラブ首長国連邦だけという話もある。日本はコロナで死ぬ人が格段に少ないのは、民度の違いのせいだと麻生さんがうそぶいているほど、きれい好きなせいかもな」
クマ「パリだって道路は汚くて、最初から便座が付いてない公衆トイレもけっこうあるらしいですね」
隠「韓国人が日本に来てコンビニに入ったら、店員が挨拶をしてくるので驚くらしい。日本人は、店や公共のサービスについては業務だから当たり前だと思っているがな」


 anijd.jpg Pixabay


クマ「俺もご隠居にいつもお世話になっているのに、当たり前だと思って感謝しねえで、申し訳ねえっす」
隠「本当か。そう思っているのなら、たまにはお小遣いでもくれ・・・ないでいいから感謝の言葉ぐらい言いなさい」
クマ「ダンケシェーン、メルシーボクは、グラッチェケーシー、カムサハムニダ」
隠「ケーシー高峰か、くだらなくて面白かったな。メルシーは英語のマーシーつまり《慈悲》と同じ言葉だ。グラーツィエはアメイジング・グレイスのグレイス《恩恵》と同じ語源から来ている。カムサは《感謝》をハングル書きした言葉だ。あたしには日本語でいいよ」
クマ「あ、あ、ありがとう」
隠「ちょっと素っ気ない言い方じゃないかい?」
クマ「では、ありが百、ありが千、ありが万、いや、ありが兆、でございます」
隠「では、あたしも、いつも年寄りを相手にしてくれて、サン兆ベリーマッチ」




※1:例年のインフルエンザの感染者数は、国内で推定約1000万人いると言われている。直接的及び間接的にインフルエンザの流行によって生じた死亡を推計する「超過死亡概念」というものがあり、この推計によるインフルエンザによる年間死亡者数は、世界では約25万~50万人、日本では約1万人と推計されている。(厚生省)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/02.html

※2:大阪府の吉村洋文知事は5月12日、新型コロナウイルス感染者に対応する医療従事者や受け入れ宿泊施設の従業員に、1人10万~20万円の支援金をクオカードで支給すると発表した。吉村知事は「感謝の気持ちを届けたい」と述べた。寄付を元に府が創設した基金から約9億円を拠出し、5月末から送付を始める。対象は2~4月に5日以上、業務に従事した人。各施設から申請があれば、医療機関で患者に直接対応する医師や看護師、技師、薬剤師らには20万円分、病院の検査スタッフや宿泊施設の従業員、送迎車両の運転手には10万円分を支給する。(上毛新聞)
https://www.jomo-news.co.jp/news/domestic/society/212186

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パラドックス

>有ることが難(かた)いので《有難い》

(*′☉.̫☉)ほぉ! 語源はそうだったんですかぁ。
今さらですが、毎度々、バーソさんのお題は《有難い》
解りきっているようで、実は知らない言葉の数々。
人として生まれたことを蟻んこの数になぞらえるなんて、
こりゃあ、バーソさんにしかできない芸当、
いや、高尚な“遊び心記事”に感服しましたぁ。

確かにコロナ禍は、さまざまな問題や課題、
可能性、未来の社会などをクローズアップしてくれました。
大気汚染の深刻さ、中国依存の大量消費、
テレワークの合理性や快適さ、オンライン問診の普及、
ウィルス相手の初動のスピード、
ワクチンを含めた世界的な協力などなど……。

エンタメを含めて、人々の自由な交流が途絶えたとき、
人は初めて“細やかな自由”の喜びをも知りました。
これは【有ることが難(かた)いので《有難い》】に
繋がる話で、ほんま、ブラボーと花束を投げたいです。
『滅多に無いの反対は当たり前』心に沁みましたよ。

横田滋さん、亡くなりましたねぇ。
制限の多い肉体を離れ、意識は瞬時に北へ。
めぐみさんを抱きしめていることでしょう。

!(・。・)b 滋さんの意識を代弁しましよう。(笑)

『なんてこった、命のからくりというやつは……。
そっかぁ、今生私は拉致というテーマを課題にしたんだった。
それにしても半世紀、よく頑張ったものだ。
国を動かし、アメリカ大統領に直訴し、人々の心をひとつにした。
どっこい、北に来てみれば離散家族の多いこと。
被害者は私たちだけではなかったんだ。
声をあげたくても、あげられない人々が……』
なんてね。(笑)

2020/06/06(土) |URL|風子 [edit]

バーソ様
おはよう御座います。

感謝の話ですね。
果たして人間に生まれて感謝すべきなのでしょうか?
人間には理想があります。その理想がかなわないので悩みます。
もっと下等動物であればそんな悩みはないのではないでしょうか?
でも弱肉強食の世界も嫌ですね。

そうするとウイルスなんか一番いいかもしれません。
時には鉱物でいられるし、ときには生物でいられるし、
美人の体内にも容易に入れるし。
でも間違って野獣のような男性の体内に入ったら嫌ですね。
そういう場合はさっさと殺してしまいます。

愛新覚羅

2020/06/06(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: パラドックス

風子さん コメントありがとうございます^^)

 有難いの語源については、もちろんネットから得ました。アリの確率の話もネットに出ていました。いまは大抵のことはネットで分かるので本当に有り難いことです。ただ、説明の仕方は私なりに工夫したつもりですが、しかしもしネットがなければと思うと、昔の作家は大変だっただろうと思いますね。家中に書を沢山買い集めていて、その中から必要な資料を探し出すのが大変だったでしょう。
 私たちは、このネットの便利さもいまや“当たり前”になってきていますね。だんだん何でも当たり前になってくるのでしょう。そして感謝の気持ちが薄れてくるのでしょう。時々コロナ禍のような不便さがあったほうがいいのかもしれません。

 コロナ禍はまったく想定外でしたが、確かに様々な問題点を浮き彫りにし、良い点も生み出しました。これでもし悪い宇宙人の到来でもあれば、地球人は一致団結するのでしょうか。
 しかし給付金を配る点では、日本のお役所仕事の要領の悪さが目立ちました。この点では韓国にはるか遅れています。日本はモノ作りは得意だったが、IT方面の進歩は不得意だった。日本の産業界の人の頭が遅れている証拠なんでしょう。
 市民が給付金の申請をネットでしたら、それを役所では紙の書類にいちいち手書きで転記して、それから処理するのだとか聞きました。本当なら馬鹿の極みです。

> エンタメを含めて、人々の自由な交流が途絶えたとき、
人は初めて“細やかな自由”の喜びをも知りました。

 そうでしたか。風子さんは人との交流が多いようなので、だから普通以上に“細やかな自由”の喜びを知ったのでしょうかね。亡くなった方は気の毒なことですが、たまには人生に普段とは違ったパターンがあるのもいい点がありそうです。

 横田滋さん。87歳。長生きしました。人生の半分を娘さんの拉致問題解決に費やした。そして解決はなかった。なんという人生でしょう。何のために生きてきたのかと思ったかもしれません。しかし、メディアにとり上げられ、毎日が必死の、ある意味、充実した密度の高い人生ではなかったかと思います。何もなければ平平凡凡の人生であったでしょうから。娘さんには娘さんの課題があったのでしょう。かわいそうな話ですが。

2020/06/06(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)

 人間に生まれてきて感謝がない人といえば、エレファントマンと呼ばれた人を思い出します。先天的に不幸を全身にしょい込んだような人、ひどい飢えやテロや独裁政権の国に生まれてきたような人は、自分が生れてきたのはどうしてかと悩むかもしれないですね。あるいは何か問題点が解決しないために自死する人もいます。

 普通の人なら、自分の理想が叶わない場合のほうが多いでしょう。幸福とか理想というのは、達成することもむろんいいのですが、追い求める際の意欲や熱意や努力やひたむきさも非常にいいような気もします。必至に懸命に追い求めていくその過程がいいのであって、必ずしも目的地に着くのがいいのではないような気もします。エベレスト登頂が目的で、そうするのが幸福なのであれば、ヘリコプターのような文明の利器でさっと運んでもらえばいいはずですから。人生にはいろいろあるが、いろいろあるのもまたいいのでしょう。

 ウイルスが一番いいですか。時には生物、時には鉱物。嫌な奴はさっさと殺す。なるほど。地球最恐です。(笑)
 しかしこんなウイルスがなぜ存在しているのか不思議です。進化論でいえば適者生存ですから、ウイルスは地球に適しているのでしょうか。人間のほうが弱者なのでしょうか。創造論で考えても、不必要なものは地球上にはないはずなので、なにが有用なのかと考えれば、このウイルス到来は人類にとって良い結果にしないといけません。

 ただ、ウイルスは歌が歌えません。楽器を弾けません。ネットを利用できません、恋ができません。これが致命傷でしょう。(笑) ・・・と考えると、いろいろあっても、やはり人間のほうがいいですね。

2020/06/06(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは

有ることが難(かた)いので《有難い》ですか、なるほど。
そういえば、私、誰にでも、何度でも、いつでも(笑)「ありがとう」を
連発するんですが最近は相手も有難味を感じなくなってきたような気が・・・(笑)
クマさんと大家さんの掛け合い最高ですね。マークⅡとは大笑い。

クマ「大家さんお見舞いに来ました」
大家「おお、クマさんか。よく来てくれたな。おいばあさんや布団を出しな。・・・・、
寝る布団を出してどうする!」
クマ「骨折とは大変でしたね」
大家「有難い、有難い」
クマ「なんですか、有難いって」
大家「手で顔を覆ったから腕の骨折で済んだ。でなきゃ頭をやられてた。有難い」
クマ「へえ」
大家「骨折したらこの時期に外に出なくて金使わなくて済んで有難い」
クマ「なんでも有難いんですね。守屋博ですか?」
大家「いや。退屈で孫がおいていった『少女パレアナ』を読んだらそん中の『喜びのゲーム』に
はまってしまってな」
クマ「『少女パレアナ』?『喜びのゲーム』? なんすかそれ」
大家「いやなことがあっても有難いと思うようにする『喜びのゲーム』っていうんだ」
クマ「それじゃあ今のコロナも有難いんすか?」
大家「有難いとも。こんどこういう騒ぎになったらもっとうまく対処できるようになる」
クマ「他には?」
大家「マスクが足りなくて下着でマスクをつくったこともあったが、今じゃマスクが余って
下着をつくれる」
クマ「大家さん、ほんとに頭を打ってないでしょうねえ。ここんとこ、たな賃3か月も溜めちゃっているんですが・・・」
大家「有難い・・・、って何を言わすんだ」

2020/06/06(土) |URL|エリアンダー [edit]

『盲亀浮木』は法華経の一節で「あらゆる生物の中で人間に生まれる事は奇跡であり、その稀な機会を逃さずに仏道修行に励みなさい」
と釈迦は弟子たちを教え諭したと伝えられています。

コロンビアの歌手:守屋浩のヒット曲『有難や節』は、本人主演の愚連隊映画として日活の西河克己監督が1961年に映画化しています。
どちらかと言うと低俗なアクション映画なんですが、主演女優を演じたのは何んと(今なら断られるだろう)吉永小百合さんでした。
その後、一旦映画界から退いた西河監督が再び映画監督に復帰したのは山口百恵さんが縁で、彼女の主演映画の大半は彼が撮ってます。
中でも彼の故郷である鳥取県の智頭を舞台にした『絶唱』…地主の息子と身分違いの恋をしてはかなく散ってゆく木こりの娘「小雪」を演じた百恵さんはこの世の女と思えぬほど美しく撮れていて、西河監督の熱の入れようがうかがえます。
西河監督亡き後、故郷の智頭の生家は記念館になっていてその時の35m映画カメラや、西村監督と百恵さんの写真がたくさん飾られてます。
まるで『山口百恵聖地』の様で、往年のファンなら一度は訪れてみたい場所です…えぇ、もちろん自分も行ってきました(笑)
きっと西村さんは美女をより美しく撮る事に精魂を傾けた映画監督だったんでしょうね。作品ににじみ出ています。

2020/06/06(土) |URL|sado jo [edit]

Re: こんにちは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)

 おお、またまた落語仕立てのコメントですか、うれしいですね。
 しかし即席でこれだけのものを書けるとは! 感動的ないい話と下着製のマスクの話も入れ込んで、主題の「有難い」で落とし込んで、うまいもんです。

『少女パレアナ』はなんとなく聞いたことがあるような気もしますが、思い出せなかったので検索したら、あるサイトでこんなふうに紹介されていました。

 孤児となったパレアナは気難しい叔母さんに引き取られますが、どんなことでも喜ぶことを捜し出す「何でも喜ぶ」ゲームで、その頑な心を溶かしてゆきます。やがて、その遊びは町全体に広がって人々の心を明るくしていくという物語です。「いつでも喜ぶ」ということは、決して「お人よし」でできることではなく、強い意志と努力が必要だということを、教えてくれます。
・・・ところがある日、パレアナは交通事故にあい、片足を切断しました。失意のどん底に沈んだパレアナは、喜びを見つけることができず、病床で悩みぬきます・・・・・・。
https://open.mixi.jp/user/5089039/diary/1967117591 

 このあとがいいですね。訳者は村岡花子さん。『赤毛のアン』で知った人です。外国旅行にはそれほど興味がないのですが、行けるならプリンスエドワード島だけは逝くまでに一度行きたいと思っている所です。さっそく『少女パレアナ』、amazonで注文しました。1円プラス送料でした。

大家「マスクが足りなくて下着でマスクをつくったこともあったが、今じゃマスクが余って下着をつくれる」
クマ「ふんどし製のマスクなんて、俺は御免こうむりますよ。いいにおいのするマスクじゃないとイヤです」
大家「なんだ、言うに事欠いて、いいにおいとは! ちゃんと洗ってあるよっ」
クマ「俺はフルーティな香りがする材料を使ってマスクを作りましたよ」
大家「なんだ、柄パンでマスクを作って柑橘系の香水でも振りかけたのか」
クマ「いいえ、果物を使ってマスクを作りました」
大家「柑橘系なら、ミカンか、オレンジか、レモンか」
クマ「いえ、じゃ香のにおいがするマスク専用の果物があるんですよ、アンデスのほうに」

2020/06/06(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)

 joさんはさすがに映画界出身だけあって詳しいですね。「愚連隊」で思い出しました。私は当時の邦画では唯一好きだったのがテンポのいい岡本喜八監督で、『独立愚連隊』のシリーズ映画は全部観ました。配給は東宝だったので、日活には違う愚連隊シリーズの映画があったのですね。
 ちなみに私は吉永小百合さんも山口百恵さんもほとんど関心がない女優でした。愛想なしですみませんが、なにしろ洋画ファンでしたので。

『盲亀浮木』は元々は「譬喩(ひゆ)経」というお経にあった譬え話です。人生の真理もただ要点を簡潔に述べるだけでは忘れられてしまいますが、譬え話で語られると印象的で記憶に残ります。この点でイエスは「譬えならでは語り給わず」と言われたほど、比喩の名人でした。

『盲亀浮木』は志賀直哉の作品にあるそうです。「軽石」「モラエス」「クマ」の三話で出来ているそうで、私は読んだことがないですが、ネットにその一部がありました。

自己を超えるものを信じる
「私は昔、禅をやっていた叔父から盲亀浮木という言葉に就いて聴いた事があるが、これは単に盲亀が浮木にめぐり合ったというだけの事ではなく、百年に一度しか海面に首を出さないという盲亀が西に東に、南に北に大洋を漂っている浮木を求めて、百年目に海面に首を出したら、浮木に一つしかない穴の所から首を出したという、あり得べからざる事の実現する寓話だというのだ。
 クマの場合は現世で起った最もそれに近い場合だったような気がする。私には何十年か前に愛読したメーテルリンクの「智慧と運命」という本に書かれている運命の善意という考えも想い浮かんだが、仮りに偶然としても只偶然だけではなく、それに何かの力の加わったものである事は確かだと思うのだ。然し、私の耄碌した頭では、その何かとは一体なんだろうと思うだけで、それ以上はもう考えられない。」(志賀直哉の小説『盲亀浮木』M304)
http://www.ne.jp/asahi/sindaijou/ohta/hpohta/fl-siganaoya/siga05-kotoba.htm

 ここでは
「仮りに偶然としても只偶然だけではなく、それに何かの力の加わったものである事は確かだと思うのだ」というくだりが奇しくもというか、私の考えと同じみたいで、この考えは今回の話の中に盛り込んでいます。

2020/06/06(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

素敵な記事をアリが蝶ございます(^^♪

「感謝」の気持ちに満たされる瞬間ほど、幸福感を得られる瞬間もないかもしれませんね。
その瞬間を自発的に作り出していくこと、そうしようと行動できることそれ自体が、これまた幸福なことです。

日本にたくさんの苦難が訪れるのは、それだけ恵まれた国でもあるから、神様はバランスを取って苦難を用意するのかもしれません。
ときどき、ひょっとすると日本はターミナルケアの段階にあるのかな、と思うことがあります。日本をどうにかしたいという趣の自分のチャンネルではなかなかそんなことは言えませんが^^;
人も、国家も、諸行無常のこの世界に永続するものはなく、日本だっていつかは最期のときを迎えるんですよね。
けれども、死期を悟った一人の人間が、思い残すことがないように最期までを生き切るように、やれることはやり尽くして、あとは天命に任せるしかないのだと思いますね。

自己責任論が強まる世界に在って、自分の力を超えた「天命の力」が存在することを認識できること、これは大変に有り難い、ぼくにとって確かな救いです。

2020/06/08(月) |URL|友資 [edit]

Re: 素敵な記事をアリが蝶ございます(^^♪

友資さん コメントありがとうございます^^)

 おや、友資さんも駄洒落を言うのですか。親近感が増しました。(笑)
 感謝に満たされると幸福感を得られると言われ、自分の人生にそんなことがあったかなと思いましたが、ちょっと考えた程度では、誰かに親切にしてもらって《感謝する》というのはよくありますが、《満たされる》というのはちょっと無いですね。
 強いて言えば、教団にいた頃、聖書を読んで神のことを考えていたときに、神に対して感謝と親近感のようなものを感じて胸が熱くなり、涙が出たことはありますが、でも今の私の神概念は人格神ではなく、サムシンググレートのようなものですから、神を天にいます父親のようには思わなくなりましたよ。前は神罰が怖かったですが、それもなくなりました。

> 日本にたくさんの苦難が訪れるのは、それだけ恵まれた国でもあるから、神様はバランスを取って苦難を用意するのかもしれません。
 新興神道関係の人がそういうことを言いますね。日本雛形論では、日本は世界のリーダー的な存在なので、いいことも悪いことも日本から始まるというようなことを言っています。

> ひょっとすると日本はターミナルケアの段階にあるのかな
 日本や世界の近未来を心配する人は、よく、これでは日本は終わりだとか世界は破滅の一歩手前だとか言います。心配の思いが強いからでしょうが、50年前、100年前、500年前と比べれば、全体的に暮らしは良くなってきています。いまアメリカでは黒人差別問題が沸騰していますが、昔は有色人種は差別と搾取が当たり前でした。アジアで植民地にならなかったのは日本とタイだけです。男尊女卑もなくなってきました。独裁国家も少なくなりました。
 帝国主義などの弱肉強食社会は、いまは形を変え、富裕層と貧困層の格差社会という形になっていて、これは困ったことですが、資本主義では是正は難しいでしょうし、といって共産主義では違う問題があり、うまくいかないことは歴史で証明されています。なので、やはり精神世界の生き方しか真の解決はないのでしょう。

> 自分の力を超えた「天命の力」が存在することを認識できること、これは大変に有り難い、ぼくにとって確かな救いです。
 それこそ宇宙人襲来でもあって、人類がまとまらないと生き残れないという状況に至らないと、人類全体は目が覚めないのかと思ったりします。そういう意味では今回のコロナはその前哨戦のようなもので、日本は死亡者が異例に少なかったわけですから、国民が(自粛という形を取って)一致協力していくことでうまくいく、という解決法の雛形になったような気もします。

 ブログ『夏への扉』にあった至言です。

 「幸せ」2014/12/10 07:11
   金で幸せは買えない。
   でもソフトクリームは買える。
   それって幸せに十分近いと思う。

2020/06/08(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2020/06/08(月) || [edit]

全く同感です。
他国の良い点と自国の悪い点を比較して文句を言う人は大体左派ですが、
彼らは他者に対して完璧主義過ぎるのだと思います。
左派思想は自分を例外とする性悪説ですが、
これは最も効果的に人間性を劣化させる考え方です。
劣化しまくりなのに、自分は人より高等だと信じていますし・・・
そもそも性悪説は西洋のもので日本にはなじみません。
白人は日本人よりサイコパスが10倍多く、
サイコパスの閾値を超えない一般人も、
日本人よりサイコパス傾向が高いのです。
だからあの世は似たもの同士が集まって暮らしているのでしょう。
そうすることでバランスがとれて天国化するのです。
サイコパスが悪事を働こうとする相手もサイコパスであれば、
倍返しが怖いので、そうそう悪事は働けないものです。
サイコパスが善人の中に入ってくれば、
そこは地獄化します。

日本が好きな日本人は幸せですよ。
バーソさんは美意識が相当西洋寄りだと思いますが、
上述したような人間性によくならなかったですね。
根本のところで傲慢ではないのでしょう。
私はバーソさんのように美意識が西洋寄りではないので、
そういうところではあまり葛藤が生じません。
バーソさんの不満な日本の街並みも、
多すぎる電柱と電線以外は特に不満もないです。
ヨーロッパの街並みを見ても特にうらやましい気持ちにはなりません。
アメリカと日本が西側のトップ2なのは、
木造建築が多いのも理由の一つかもしれません。
初期費用が低くアップデートがしやすいという利点があります。
日本の街並みは更新が早く、
更新される建物は大体以前のものより洗練されているので
日本の街並みの変化を眺めているのは楽しいものです。

バーソさんのいう「客観的な美」についてしばらく考えていたんですが、
私が今まで経験した美は全て主観的なものでした。
なので、客観的な美というのが本当に存在するのか疑問です。
哲学的に存在を証明できても、経験できなければ
自分にとってはたいした意味はないです。
客観的な美では白人のほうが上だと「感じる」こともないので、
そういう点では自分は恵まれているのかなと思います。
若い頃のレオナルド・デカプリオは格好よいですが、
福山雅治のほうがさらに格好よいです。
白人女性はなんとなく女装した男のように見えるので、
残念ながら、ぐっとくる人がいないですね。

2020/06/12(金) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

|Vacancyさん コメントありがとうございます^^)

 サイコパス。よく知らないので検索しました。Wikipediaによれば、
・良心が異常に欠如している
・他者に冷淡で共感しない
・慢性的に平然と嘘をつく
・行動に対する責任が全く取れない
・罪悪感が皆無
・自尊心が過大で自己中心的
・口が達者で表面は魅力的
 とありましたが、客観的かつ正直に自分を見て、ほとんど当てはまってないと思いましたね。では立派なのかといえば、もちろんそんなことはなく、もっと自尊心を持ったほうがいいとか、もっと口が達者になりたいとか、表面は魅力的になりたいとか、もっと優しくなりたいとか、いろいろ欲張りに思っています。(笑)

 私は、日本人の好きではないところは、例えば視野が狭い島国根性、万事なあなあ主義、すぐ譲歩して謝罪するのを良しとするお人よし傾向、出る杭を打つ狭小傾向、そして無難を是とする精神文化などですね。
 そうではなく、企業で言えばかつてのソニーやホンダなど意地でも他者の真似をしないといった意気込みを持ち、男であれば日本を護って西欧列強に伍していこうとする幕末の志士や明治維新の頃の人たちのようであればいいと思っています。

 しかしながら、なんで日本人なのに日本人を貶め、モラルの低い隣国を是とするのかが不思議ですね。
 先日、亡くなった横田滋さんの息子さんが記者会見で、「問題なのは安倍政権ではなく、40年間何もしてこなかった政治家や、北朝鮮は拉致などしていないと言い続けたメディアだ」と指摘した上で、「何もやってない人が政権批判をするのは卑怯だ」と非常に厳しい言葉で政治家やメディアを批判しました。
 そうしたらオウムで有名になった有田芳生が、「横田滋さんが『絶対に言ってはいけない』と基本にしていたことを息子さんが破りました。被害者家族の政治的発言は北朝鮮を挑発するだけです。これで日朝交渉は重ねて動きません。残念です」とツイートしました。
 今の日本には、日本人としての気概や正義感がなく、日本より外国のほうを重要視するのが正義だと考える人がいるのが不思議ですが、この息子さんの発言を全然とり上げなかった主要紙もまた不思議です。こういった反日左翼思想が有識者層の信念や正義感になっているのも、日本が世界に劣っている社会現象(良心)の一つだと思っています。

 と言いながら、文化面では日本は劣っていると思いますね。たとえば音楽、絵画、彫刻、ミュージカル、映画、演劇など大抵の分野でおおむね白人国家の文化に負けていると思います。むろん、絵では北斎が世界ナンバーワンだと思っていて、一部では卓越している人もいるのですが。
 私のふだん聴く曲でも、辞世の曲でも、音楽は格段に欧米の曲のほうがいいですね。むちろん個人的な好みの話ですが、私は日本のテレビドラマはもう何十年も観てないですよ。

 特に色のセンスやデザインでは欧米のほうがかなり優れていると思います。自動車、電車、家屋、ファッション、企業のポスターなど―――私は外国に行ったことがないので、もっぱら映像や写真で見るだけですが、公共バスの車体の色一つを見ても欧米のものは色や形が違うと感じます。
 街の住宅が古い新しいとは関係なく、日本の家の造形や屋根の色は美しくなく、とりわけ町中には汚いポスターやチラシがあちこちに貼られ、道路には宣伝のぼりがはためき、店舗の看板は下品で派手な色遣いで、電信柱は宣伝と表示だらけ。外人が日本はきれいだと言う通り、掃除は行き届いていて、家屋は新しいのでしょうが、色のセンスは日本人は劣ると思っています。私が都知事なら、すぐ街中の宣伝物に自粛と制限を掛けます。

 Vacancyさんは「日本の街並みは更新が早く、更新される建物は大体以前のものより洗練されているので日本の街並みの変化を眺めているのは楽しいものです」か。それを別に否定するつもりは全然ないですが、ただ、私は日本の骨とう品は全然欲しいとは思いませんが、ヨーロッパのアンティーク品はパリの蚤の市に行って買いたいものだと思うほうなので、そもそもの美意識と好みの違いがありそうです。つまり「主観的な美意識」の違いがありそうで、それはそれでいいのでしょう。みなが同じ美意識なら面白くもなんともないですから。
 ちなみに私は来世では先進国の白人の美男に生まれ変わってみたいですが(笑))、今生で定住するとしたら日本以外にはないですね。住むなら日本が一番よく、今のところ海外旅行も『赤毛のアン』の島とパリ以外に行きたい所はありません。

> 哲学的に存在を証明できても、経験できなければ自分にとってはたいした意味はないです。
 なるほど、これは「客観的な神概念」について考えてみるのも面白そうです。神を経験できなくても、神を意識し、神を憧れて、神に感謝して生きるのも、それは経験しているとは言えないかもしれませんが、疑似体験のようなもので、それはそれでいいように思います。何事も経験できれば一番いいのでしょうが、考えてみたり想像してみるのもまた人間の頭脳のいいところなのでしょう。

 なお、日本人女優でグッとくる人はいません。外人女優ならいっぱいいますが。これは外人コンプレックスの表れでしょう。(笑)

2020/06/12(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

「これは外人コンプレックスの表れでしょう。」
そうだと思います(笑)
バーソさんの言葉遣いで時々それを感じます。
普通、日本人は日本の芸能人に「キャーキャー」言って、
外国の芸能人については、映画やドラマがヒットしたら、
登場人物と役者を同一視して「キャーキャー」言うくらいで、
その人の外見的魅力だけで「キャーキャー」いうのは稀です。
バーソさんの美意識は少し例外的かもしれませんね。
もちろん別にそれが悪いとは思いませんが。

白人の面白い点は、リアリストだというところです。
アジア人は比較的観念的ですね。
絵画を見ても人種の性格が現れています。
私も子供の頃、浮世絵に感動して
永谷園の浮世絵カードを集めていました。
好きなのは広重です。
お金があれば日本の骨董を集めたいです。
欧米人が日本人を有色人種の中で特別扱いするのは、
戦艦大和や零戦という当時の最強のハイテク兵器を作り、
ハイテク兵器を使う近代戦争で自分たちを負かすことができる
ということを「事実」として示したからだと思います。
大和は上手く活用できませんでしたし、
零戦はすぐにアメリカに追い越されましたが、
短期間であっても最強の兵器を作れるのは凄いことです。
例えば中国は、1年であってもそれができるとは思えません。
彼ら白人の本音として、
事実としてそのような能力を示せない国民を
見下していると思います。
日本が負けたのはアメリカだけですし、
原爆がなければどうなるかは分かりません。

私は親に愛されずに育ったので原罪感があり、
それがキリスト教に惹かれた理由の一つだと思いますが、
今は唯一の神のような観念的な神にはあまり興味がないですね。
守護霊やご先祖様に感謝するほうが意義があるように感じます。

2020/06/12(金) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさん コメントありがとうございます^^)
 
 日本人の多くは白人コンプレックス(憧れ)を持っているような気がします。身長で、容貌で、二重瞼で、眼の色で、髪の毛の色で、そして体力で負けているので、同じアジア人には若干馬鹿にして強く出ますが、対欧米人にはちょっと卑屈になっているように感じます。そうでない人はコンプレックスの裏返しで、あえて強く出ようとしているのではないかと思います。

 ただ、頭脳とモラルと真面目さでは全然負けてないと思っています。だから日本人学者がノーベル賞を受賞した話を聞くとうれしいですし、スポーツ試合で日本人選手が体力の上回る白人に勝つとうれしいですね。ラグビーに人気が出たのはそのせいもありそうです。サッカーは日本のJリーグはまったく観ませんが、FIFAの世界戦だと観ます。日本人が白人に勝つとじつに痛快です。(笑)

 私は学生時代は洋画が好きで、おおむね土曜日は1館、日曜日は2館ハシゴをしました。主にアメリカ映画とフランス映画とイタリア映画です。俳優の外見がいいとか悪いかもありますが、それより映画の造り、演出やストーリーそのものが日本映画とは比べ物にならなかったですね。外国の発音が心地よく聴こえ、ナレーションでさえ、映画館の(たぶん)アルテックで聴いてしびれました。演技も表情も抑揚があって、映画音楽も素晴らしくて、特にミュージカルは日本人はまったく及ばないと思いましたね(今でもそう思います)。
 ジャズファンでしたから、歌謡曲は馬鹿にしていましたね。そのくせ今、古い歌謡曲は懐かしく思い出しますが。

 ただし、だいぶ年月が経って、大映の『Shall we ダンス?』と、そのあとにリチャード・ギア主演によるリメイク版『Shall We Dance?』を見たときは、日本映画のほうが、サラリーマンの悲哀みたいなところは奥行きがあり、外人の演技の底の浅さに驚きましたが、あれは役所広司がうまかったのでしょう。好きな俳優の三本指に入ります。ああいう(日本の野武士のような)顔が好きですね。『七人の侍』と『荒野の七人』など、日本映画とその外国製リメイク版とを比べると、日本映画のほうが優っているのは面白い点です。ひょっとすると評価基準が俳優の外見に惑わされているのかもしれません。

 日本人は明治から大正昭和の時代は、気概があって良かったですね。ただ最後に軍部が力を持ちすぎたのとアメリカに負けたのが残念でしたが、しかし清国を破り、そのあと大国ロシアに勝った有色人種は日本だけですから、もっと自信を持っても良さそうです。日本海海戦の一方的な勝利と、不沈艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルス撃沈は、これまた痛快の極みです。見た目と大きさで負けている白人に勝つところがいいですね。(笑)

> 私は親に愛されずに育ったので原罪感があり、
それがキリスト教に惹かれた理由の一つだと思いますが、

 そうでしたか。私も学生時代は母親とはほとんど口をきかず、いわば冷戦状態でした。でも私が洋画かぶれになったのも宗教に凝ったのも、みな母親の影響です。最初は成長の家という新興神道、創価学会という日蓮宗、そしてエホバの証人のキリスト教は、それぞれ母親の影響で出版物を読むようになり、関心を持つようになりました。いまはご存知の通り、ニールのハイヤーセルフを通して知らされた神の概念で満足しています。もちろん体験したわけではないですが。

2020/06/12(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

「日本人の多くは白人コンプレックス(憧れ)を持っているような気がします」
一定割合(少数派)の日本人がそうなのは否定しませんが、
私の印象では、多くの日本人は、
「白人、外国人に興味がない眼中にない」だと思います。
白人を含めた外国人の民度の低さを見ていると、
昔の日本人が鎖国したくなる気持ちはよく解ります(笑)
https://sirabee.com/2018/11/19/20161882007/
これによると日本人の過半数は、
来世も日本に生まれたいようですね。
男性が選ぶ“なりたい顔”ランキング
https://www.oricon.co.jp/special/53912/
女性が選ぶ“なりたい顔”ランキング
https://www.oricon.co.jp/special/53952/
これを見ると、ハーフはいますが、白人はいませんね。
私も白人のルックスになりたいと思ったことがありません。
私の初恋の人はたまたまハーフでしたが、
最初は普通の日本人だと思っていて、
話すようになって初めてハーフだと判りました。
言われてみれば、顔が細くて小さいとか、
目と目の間に壁があるような高い鼻とか、
後姿を見るとずいぶんお尻が大きいとか、
物事をはっきりと言うとか、
日本人らしくない特徴というのがありましたが。
男性がもっともコンプレックスに感じるのが身長ということで、
私の場合は身長が高いので
白人を見てもコンプレックスを感じないのかもしれません。
長身で目立つからか、観光地ではよく外人に道を訊かれたりします。
私のコンプレックスは異質な存在であるということですね。
お医者さんによれば、私はアスペルガーらしいです。

2020/06/13(土) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさん コメントありがとうございます^^)

 あはは、ちょっとこだわってますか。日本人が自分の国にプライドを持ってるのなら、そのほうがいいと思いますし、私は日本人の外人コンプレックスについては絶対に間違いないと主張したいわけでもないのですが、自分の考え違いを確認するためにも軽く調べてみました。

まず、参考サイト、見ました。
「来世があるとしたら日本人に生まれたいか? 60パーセントが日本人」は、住み慣れていて治安のいい日本がいいと思うのは当然のような気もします。
「なりたい顔」についても、「なりたい」というのは自分と同じ日本人を想定して考えているのではないですか。だから外人は出てこないのじゃないですかね。
 それにしても、そのサイトの中ではカタカナ語が非常に多かったですね。2位になった人についての文章は、半分以上が白人言葉の英語のようですよ。

「2位は2016年に初首位となった【ディーン・フジオカ】がTOP3入り。10月期のドラマ『シャーロック アントールドストーリーズ』(フジテレビ系)で月9初主演で主題歌とオープニングテーマも担当し、俳優、アーティストとマルチに活躍中」
 このディーン・フジオカという男性は福島県出身のようですが、ハーフっぽい芸名ですね。所ジョージ、オダギリジョー、テリー伊藤、アントニオ猪木、山本リンダ、ガダルカナル・タカ、バーソもそうですが。(笑)

 Googleに「白人、コンプレックス、憧れ」と打ち込んで検索してみました。
「白人コンプレックスを持つ必要はない」「これでいいのか!日本人の白人コンプレックス」「あなたが憧れる容姿の持ち主はメディアから選ばれた何万人の中の1人で、全くの幻想です」というような、反対する意見のテーマの記事も結構ありました。

「白人コンプレックス」の事例としては、「ハーフ顔メイク、外国人風メイク、外国人ヘアスタイル」「茶髪」「日本人離れした体型という誉め言葉」「二重瞼」などがありました。

●Enpediaの「白人コンプレックス」では、

https://enpedia.rxy.jp/wiki/%E7%99%BD%E4%BA%BA%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
「明治維新を通して文明開化した日本では、ヨーロッパに対する憧れが強くなっていった。・・・昭和後期よりバブル経済が始まると、日本に洋画ブームが巻き起こった。ハリウッド映画などに代表されるヨーロッパ系の映画に人々は魅了され、様々な憧れ・幻想を抱き、海外旅行へ行く者も大幅に増加した。この頃から日本人に白人コンプレックスの顕著な例が現れる。その一例がパリ症候群である。
 近年、テレビや広告には白人が多く登場し、芸能人には白人とのハーフのタレント(所謂「外タレ」)が急速に増加している。これは日本人の異常な白人に対する憧れの一端と言われる」
 日本人女性はこの傾向が強く、海外では日本人女性は白人男性が望めば簡単に性交できることから、イエローキャブ(黄色いタクシー、という意味。黄色人種で、手を挙げれば止まり、性交できるから)とも呼ばれている」
 また、ファッションモデル業界でもその傾向があり、顧客の大半が日本人(非白人)であるにもかかわらず、その商品のモデルに白人が起用されることが多い。特に女性用の下着モデルとブライダルモデルについては、その傾向が強い」
日本人の白人コンプレックスが異常だと思う割合」は25%(4人に1人)となっており、少なからずの日本人が日本人の異常な白人コンプレックスを疑問に感じていることを示している。このコンプレックスはしばしばインターネット掲示板でも話題になり、議論が巻き起こっている」
とありました。
 日本人の「白人コンプレックスを異常だ」と思う人が25%いるということは、残りの75パーセントは白人コンプレックスを持っていないという意味ではないはずです。そうではなく、「異常だとまでは思わないが、そういう意識を多少は持っていると思っている人がかなり(少なくとも25パーセント以上は)いることを示していると思いますが、どうでしょう?

 船瀬俊介著『「暮らしの手帳」を作った男』という本の中では、花森安治の言葉が紹介されています。

「日本はアメリカに二度負けている。つまり二度、占領されている。最初の占領は、明治維新だ。次が敗戦だ。・・・黒船の砲艦の威力に震え上がった日本人は、たちまち欧米コンプレックスに陥った。欧米の白人がすることなすことが、すべて憧憬と羨望の対象になった。福沢諭吉の脱亜入欧など、その劣等感の典型的あらわれだ。そして西洋人のすることをハイカラといってあこがれた。・・・なんでも、アメリカの真似さえすればいい。そういう風潮一辺倒となった。そこから、またもや悲喜劇が始まったのである。2DKの狭い部屋に応接4点セットを詰め込む。シャンデリアを下げる。ピアノを無理して入れて、布団も敷けない」

 私は前回、気軽に「白人コンプレックス」と書きましたが、その後にカッコで「憧れ」と書いたように、西欧の白人にはおおむね容姿や体形は敵わないし、センスもおおむね敵わないと今でも思っています。日本車の広告文にも、いまだに「ヨーロッパ風デザインで」などと宣伝文句が書かれている通り、西欧(特にドイツ)への憧れがあると思います。ただし近年のマツダは独自のデザインで、欧米でも評価が高いようですが。
 ちなみに技術では世界ナンバーワンのトヨタは、デザインでは相変わらず劣っていると思います。日本ではスズキのほうが上です。

 ただし、前回も述べたように、能力や人格や倫理観は日本人のほうがだいぶ優れていると思っています。欧米では自販機は街の道路に置けないそうですし、日本に住みたいと言う外人はみな、日本が一番治安がいいと言います。

 で、思ったのは、私が白人文化に憧れを持っているのは、若い頃、育ってきた時代が、欧米に追いつけ追い越せの時代だったせいもありそうです。つまりは広い意味でもGHQの影響を受けているのかもしれません。困ったことです。(笑)

2020/06/13(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさんは、バーソさんの主観を信じるしかないですし、
私も同様ですね。
私は子供のころから(子供のころは特に)、
人の外見をあまり見てないというか、
この人はどんな性格の人間なんだろう
ということばかり気になっていました。
なので、もしかすると、
私の感じ方は少し変わっているのかもしれませんね。
バーソさんの感じ方が当たり前だとも全く思いませんが・・・
美人という言葉の意味は解っても、
人を見て美しいと感じるようになったのは結構遅かったです。
これは学習により人の美のポイントがわかったからかもしれません。
学習によって白人を見て美しいと感じるポイントもあるのでしょう。
何でも鑑賞する際のポイントがあるものです。
脱亜入欧というのは、私もよく理解できますし、
昔の人が(今の人も)それを望むのは当たり前だと思います。
正直、近隣諸国を見ていると馬鹿馬鹿しくて話になりません。
白人はリアリストで、実力を示せば認めてくれる相手なので、
そちらを相手にしてやっていきたいと思うのは当然です。
日本の相手をできるのは、米国と西欧程度です。
日本以外の東アジアは自分を上だとするために
歴史的な嘘でも捏造でも何でもありの地獄的世界だと思います。
これは左派的世界も同じですが。

2020/06/13(土) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさん コメントありがとうございます^^)

> 私は子供のころから(子供のころは特に)、
人の外見をあまり見てないというか、この人はどんな性格の人間なんだろうということばかり気になっていました。

 そうですか。人間の奥深いところを見る傾向が子供の頃からあったのですね。だから今でも思想的なことに関心が強いのでしょうか。
 そう言われれて考えましたが、私は、性格でもなく外見でもなく、その人の知性を見る傾向がありましたね。(自分より)頭がいいかどうか、才能があるかどうかをまず見たように思います。
 今の子供はユーチューバーになりたいとか言いますが、私の子供の頃はそんなことを言う人はおらず、夢としては学者とか医者とか教授とか、とにかく偉い人になりたいと思う子供が多かったと思います。時代が違うのでしょう。今は有名になりたい人が増えました。そして金持ちになりたい気持ちもあるのでしょう。

 私は頭は良くないですが、特にデザインとか色に関する感性は普通以上に優れていると自分では思っています。もちろん主観ですが。ですから(映像や写真で見る限りですが)西欧の街並みは日本の街並みよりいいと思いますし、日本家屋よりフランスやイタリアの家屋のほうがおしゃれに感じます。
 着る物のデザインや色遣いもイタリア人やフランス人に敵わないと思っていますね。フランスの女性ファッション誌を見るのが好きで、以前はテレビの「ファッション通信」という番組が好きでした。あ、私は大学は英文科ですが、在学中にデザインをやりたくなり、卒業後にデザイン学校に二つ行っていて、最初はデザイナー志望でした。
 車を選ぶ際は、性能はもちろん気にしますが、デザインを第一に選ぶ傾向があります。アールデコが好きなので、初代コペンが欲しいと思って試乗に行きましたが、オープンカーのせいでしょう、あまりにガシャピシ音が酷くて、購入を諦めたことがあります。
 日本人男性はデザインをあまり気にしませんね。コスパとか燃費とか広さを重要視します。イタリア車のアルファロメオはすっかり見なくなり、お世辞にもカッコがよくない新型BMWミニはよく見かけます。

> 白人はリアリストで、実力を示せば認めてくれる相手
 アメリカ人はそのようですね。自動車の話をすれば彼らは、性能が良く、価格がリーズナブルなら日本車でも韓国車でも買います。しかし西欧人は違うのではないですか。プライドが高くて、日本車は買おうとしないようです。レクサスが苦労しています。

 東アジアでは日本好きの国が多いようですが、なぜ韓国と中国は例外なのか。いつも不思議に思います。日本の左派もそうですが、彼らの反日精神は度を超していいて、異常なレベルだと感じます。GHQのせいですかね。(笑)

2020/06/13(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

失礼ながら、バーソさんの美意識は
不満とコンプレックスとストレスが溜まりそうなので、
少なくともその点については、あまり影響を受けたくないです(笑)

私はそれほど思想に興味があるわけではありませんが、
コンプレックスというのは、
左派思想の土台の大きな部分を占めているので、
重要な研究対象だと思っています。
子供のころ非常に背の低い友人がいて、この人は、
私を貶したり下げるチャンスがあれば必ずそうしていました。
この人は自分のコンプレックスに支配された行動をとっていたわけで、
コンプレックスを持つと、人間性に大抵よい作用を及ぼしません。
私は彼の身長を全く気にしていませんでしたが、
彼は非常に気にしていたのです。
左派が日本下げ日本人下げをするのもコンプレックスが主な原因です。
自分以外の日本人に実力によって勝つのではなく、
否定によって勝った気になるのです。

左派思想の多くはべき論であって、
それを信じてる本人も実行できていないので、
持つだけ無意味な蛇足的なお荷物だと感じます。
キリスト教の思想も同じかもしれません。
神父さんや修道士も実行できていませんから。
デミアンが「生活化されない思想に価値は無い」
ということを言っていますが、私も全く同感です。

車については、私もデザインをもっとも重視します。
初代コペンのデザインは秀逸でしたね。
私は今スズキの初代ラパンに乗っていますが、
最新型のラパンもなかなか秀逸なデザインで気になります。
スズキとマツダのデザインはなかなか良いです。
車も可愛いデザインが好きですね。
以前乗っていた日産のパオは完璧に気に入っていました。
コペンとパオを超える外車のデザインは思いつきません。
外車を見かけてもあまり心引かれるデザインはないです。
ドイツ車のデザインはとても平凡だと感じますし、
故障が多く信頼性が低いです。
トヨタのデザインは頭がおかしいのじゃないか(笑)と思います。
まあ、アバンギャルドで先進的デザインとも言えますが・・・
芸術作品より工業デザインのほうが心惹かれます。
生活化されたデザインですね。
車のメカニズムも大好きですね。
最近はリア・サスペンションのトーションビーム方式のメカニズムは
シンプルかつ効果的な合理的設計で感動しました。
スズキのエネチャージは低コストかつ効果的な技術で興味があります。
レクサスは品質の高さでは定評がありますが、デザイン的には、
まだ実力を示したところまではいっていないと思います。

2020/06/14(日) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさんへ。
 
 おや、もう終わったかと思っていたら、まだ引っ張るのですか。(笑)

> 左派が日本下げ日本人下げをするのもコンプレックスが主な原因です。
 そうですか。私は左派の反日の動機(原因)については、いまだ明確に腑に落ちていません。普通以上の学識を持っている知識人がなぜそうなるのかが理解できないですね。彼らは一般の人に比べて、学歴や社会的立場など相当優越感を持っていると思うのです。
 人権派という人たちの言い分を聞いていると、言っていることの趣旨は少なくともまともに聞こえます。例えば弱者を気遣え、他者を誹謗するななどです。がしかし、それがどうしてなんでもかんでも日本が悪い、反日国家がいいとなるのか、しかもそれを虚偽や捏造をしてまでして強く主張するのか、その思考のからくりがどうも理解できないですね。
 
 私が日本より欧米のほうがいい点もあると言ったことをより厳密に言えば、日本を貶めたいからでも西欧に憧れ(前回はそう書きましたが)があるからではありません。そうではなく、私は是々非々であって、ただ、いい点はいい、悪い点は悪いと言っているだけです。その事例として容姿体形や芸術の感性について挙げ、日本人の多く(半数以上)がそう感じていると思うと述べただけです。美術展でも日本画だと人は集まりませんが、印象派だとかダ・ヴィンチ展だとものすごい混雑ですからね。

 もちろんそうは思わない、としても別にかまいません。絶対的な価値観の話ではなく、そう感じる感じないの主観の話ですから、どちらでもいいことです。ただ、私としては、こういうやり取りが面白いのと、返コメはお礼の意味を込めて相手より多めに書くことにしているので、長い文章になっているだけのことですのでね。

 しかし左系反日思想の人はなんでもかんでも日本が悪いと言いますが、国粋主義者の人はなんでもかんでも自国が素晴らしいと言いますね。ウリミナルと言って韓国人は、なんでもかんでもオリジナルは韓国にあると言う傾向が強いそうですが、それは自国コンプレックスの表れでしょう。中国人でさえ呆れているそうです。アメリカに対抗していた頃のかつてのソ連がそうでした。西欧の発明品は大抵ソ連が先に発明したと言っていました。
 以前に話したことがあるかもしれませんが、若い頃、CFの撮影で地方に行ったとき、大阪と京都の人は、だから東京の人はいややわあとか言って東京人を馬鹿にする傾向がありましたね。他の土地ではむしろ東京の人に対する敬意のようなものがありましたが。これも大阪と京都の人には自分たちの伝統にプライドのようなものがあり、歴史的には新しい東京に対するコンプレックスがあるからだろうと思ったことでした。

「トヨタのデザインは頭がおかしい」。よくぞ言ってくださいました。私だってそこまでは言わないですよ。(笑) トヨタの社長は好きなんですが、デザインは本当に酷いですね。
 それと、日本中、無味乾燥のミニバンだらけなのも変ですね。あれを見てるとみな幼稚園のバスのように感じます。

 サスペンション。私はストラット式が一番簡単に独立懸架が出来るのでいいと思っていましたが、FF全盛時代の今はトーション・ビーム式が多いですね。これは両車輪をラテラルロッドでつなげているのがド・ディオン式に似ていて面白いと思います。
 ラパンはなかなかおしゃれです。軽を買うなら私もラパンがいいですね。できれば初代SSのようにターボが付けばさらにいいのですが。ハスラーもデザインがいいですが、背が高いのが気になります。

2020/06/14(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

「普通以上の学識を持っている知識人がなぜそうなるのかが理解できないですね」
これは非常に簡単な理由だと思います。
日本的教養は日本で暮らしていれば自然と身につきますが、
外国的教養は自分で勉強しないと身につきません。
日本的教養だけの人は教養が無いということにすれば、
教養があるのは自分だけということになります。
あることを学んだ人は、
それを知らない人は馬鹿だと思いたいのではないですか。
最近コンプレックスの研究である人のブログを見ているのですが、
この人は大学で歴史を学んだので、
「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」を信じているらしく、
そういうことをよく言っています。
自分は歴史を学んだので他の人より賢いということです。
ちなみにこの人は非常に身長が低く、
他者を見下したい欲求の強さが、
主な性格的特徴になっていて、文章が非常に醜悪ですが、
自分は他の人と違って理知的であるとよく言っています。

私も是々非々を心がけています。
なので日本の物でもよいと思えば良いというだけのことです。
何でも外国のほうが優れているというのは是々非々ではありません。
バーソさんと対話するのが面白いのは、
バーソさんが是々非々だと感じているからです。
是々非々で無い人はできの悪いAIのようなものだと感じますし、
ダブルスタンダードな人はAI以下で話すのは時間の無駄です。
ちなみにスピリチュアル界はダブスタだらけで、
ダブスタを極めた人ほど評価されたりします(笑)

悪路を走る場合は独立懸架が良いですが、
舗装された平坦な道を走る場合は完全な独立懸架より、
トーションビームのような不完全な独立懸架が良いと思います。
トーションビームは、常にタイヤが地面に対して垂直に接触するので、
この点でダブルウィッシュボーンに近く、
片側のタイヤの挙動がある程度弱められてもう片側のタイヤに伝わります。
これは、カーブでのロールを抑えるために、
ダブルウィッシュボーンに性能向上のための
スタビライザーを取り付けたのと同じ挙動が期待できます。
メーカーは低コストでシンプルなトーションビームが
高コストで複雑ななスタビライザー付のダブルウィイッシュボーンと
同じだとは言いたくないでしょうが、実質的に同じで、
リアサスとしてはトーションビームはもっとも合理的だと思います。

2020/06/15(月) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさん コメントありがとうございます^^)

> あることを学んだ人は、それを知らない人は馬鹿だと思いたいのではないですか。

 誰かを貶めたい動機には、憎しみや恨みを別にすれば、二つあると思います。一つは自分が優越感を感じている(あるいは感じていたい)ので相手を貶めるケースと、もう一つは自分がコンプレックスを感じているので(それを相殺したり解消するために)相手を貶めるケースです。

 1世紀のパリサイ人は前者です。彼らは、「(モーセの)律法を知らない(守ってない)一般の民は呪われた民だ」と言って、自らの知識を誇り、聖なる立場を喜び、優越感を感じていました。彼らは、律法の解釈の口伝集であるタルムードに精通することが高徳者の条件であると信じ、自分たちはそれをクリアした民だとして非常に自信を持っており、自分たち以外の一般民衆をアムハーレツ(地の民)として見下げていました。
 パリサイ人は、自分たちは汚れた一般大衆とは分離した聖なる民なのだと誇っており、この「分離する」という言葉が「パリサイ」という言葉の意味です。ですから自信過剰で、優越感が非常に強かったので、コンプレックスがあったのではなく、優越感をもっと感じていたかったようです。

 日本の反日左翼系の人もパリサイ人と同じく、おおむね優越感を愉しく思っている人種のようです。彼らは大抵、東大出だったりハーバード出で、すでに世間的に名誉ある立場になっていて、大学教授や弁護士や著名な作家やジャーナリストになっている人が多く、だからこそメディアに寄稿したりテレビに出てきたりしているわけですから、彼らはかなり優越感を感じている人種じゃないかと思います。
 もし「あなたはコンプレックスを持っているのだろう」なんて言ったら、「とんでもない、お前のほうがそうだろう、お前のほうが教養が低く、良識の欠けた、馬鹿な人間が多いので、だから啓蒙(教育)してやろうと思ってるのだよ」と言われそうな気がします。

 今度、都知事選に立候補する宇都宮健児は、元日弁連の会長です。8日、韓国・日本両国の法律家による日帝強制動員問題と韓国裁判所の判決を議論するシンポジウムに参加し「新日鉄や三菱重工業など日本企業は韓国最高裁の判決を受け入れ、謝罪と賠償を含めて被害者が受け入れるような行動を取るべき」と発言したそうです。
 https://news.yahoo.co.jp/articles/40edb1548c34793849080fe6d29f2e8c91ece961

 彼は最近、韓国KBSテレビに出て、「徴用工問題の慰謝料支払いでは日本政府が妨害しているとか、軍慰安婦や靖国神社参拝は恥ずべき行為である。軍慰安婦や靖国神社参拝は恥ずべき行為である」と語ったそうです。
  https://www.youtube.com/watch?v=Ruk9yNUtSWM
 このような発言には、彼自身にコンプレックスがあるからというよりは、優越感に加え、間違った正義感や良心があるような気がするのですが、どうでしょう。あるいは、そう言うことで何らかの利得があるのではないかとも思えますが。

 むろん韓国人が日本人を目の敵にするのは民族的なコンプレックスだと思いますが、日本人の反日左翼はコンプレックスでしょうかね。どうも他にも動機や原因があるように思うのですね。
 もしコンプレックスなら、外国の左翼もみな反・愛国主義になるはずですが、彼らは反・政府であっても、虚偽や捏造までして自国を貶めようとまではしてないと思うので、これが日本の左翼はどうして特別に反日思想なのかと不思議に思うのですね。

2020/06/15(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

競争心や向上心の強さとコンプレックスの強さは比例すると思います。
そもそも、競争心や向上心が無ければコンプレックスは生じにくいです。
女性だと高学歴で美人でない人はフェミニズムに傾倒しやすいですね。
美人はちやほやされるのであまり反社会的にはならないですし、
男性ももてない人は左派的・反社会的になりやすいです。
そして社会的地位とサイコパス傾向は比例しますし、
弁護士は特にサイコパスの多い職業です。
犯罪者とサイコパス傾向はもちろん比例しますが、
犯罪者と左派的傾向も比例するだろうと予想しています。
というのは保守派は社会規範を尊びますが、
左派は反常識、反法治の人が多いからです。
サイコパスがどのように感じるかというのは、
普通の人にはわかりません。
想像できるだけです。
彼らには良心や罪悪感が無く、
人を貶めたり傷つけたりするサディスティックな喜びがあります。
慰安婦事件の捏造なども、そういうことをすれば
多くの日本人が被害をこうむるというのは解っているはずですが、
いまだに熱心に加担する人も多いです。
保守派は日本人を害する人が敵ですが、
左派は日本人が敵で、日本人の敵が味方です。
保守派は外部と争い(免疫的)、
左派は内部と争います(癌的・ウイルス的)。

2020/06/15(月) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさん コメントありがとうございます^^)

 ちょっと難しいので考えさせてください。明日お昼以降には返事が書けると思います。

2020/06/15(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

コメント投稿が多くてすみません。
気をつけます^^;

2020/06/16(火) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさん コメントありがとうございます^^)

 こういう話し合いは好きですし、コメントは常時歓迎ですので、大丈夫ですよ。

> そもそも、競争心や向上心が無ければコンプレックスは生じにくいです。
 なるほど、そうかもしれません。ただ、これを読んで思ったのは、向上心と競争心は厳密に言えば違うのではないかということです。向上心を持っている人は、すなわち競争心も持っているとは限らず、したがってコンプレックスを持っているとは限らないと思うのですがね。
 著名な科学者にも、ひたすら研究に打ち込むあまり、まったく世間知らずで、競争心などまったく無いという人がいます。ユーレカと叫んで裸で街を走り回った人なんかそうじゃないですか。

 こういうことは、とかく人は自分自身のことに置き換えて考えるものですが、私の場合は、言うまでもなくそんな優秀な学者タイプではないですが、口幅ったいことながら向上心はかなり持っているつもりです。しかし競争心は自分では意識したことがないですね。ひとより上になろうとか誰かを蹴落とそうとか思ったことは、子供の頃から全くないですよ。小学校で先生から学芸会の劇の主役や演奏の指揮者に任じられたとき、断って、他の人に譲ったことがあります。自信がなかったからではなく、学級員に連続9回選挙で選ばれ、通信簿に「クラスの人望を一身に集めています」と書かれたこともありますから(その後は極貧になり、長欠児童になったりしましたが)。
 社会に出てからもその傾向は続き、例えば教団にいたときは兄弟(男子の信者)なら誰でもなりたがる長老(無給の牧師)職の推薦を10年以上断ったこともありますよ。むろん自信がなかったからではなく、人何倍も聖書は熱心に研究しましたし、仕事よりも信仰生活を優先して真剣に打ち込んだつもりです。生まれてから酒タバコやギャンブルはやったことがなく、今でもビールも飲みませんし、夜のネオン街や赤提灯の店に行くのは嫌いで、スナックさえ行ったことがない人間です。
 私は子供の頃から目立つことより、縁の下の力持ち的な存在のほうが好きでしたね。大久保彦左衛門の生き方が好きで、それに似た反骨精神がありました。

 では一切コンプレックスがないかと言えば、むろんそんなことはありません。不得意の分野や自分では嫌な性格の部分はあります。ですが、だからといって他者を貶めようとか蹴落とそうなんてことは思ったことはなく、むしろ私の場合は諦めて、萎縮して、内にこもってしまうほうです。(笑)
 いま私のブログには、拍手とか、ランキング、カウンター、いいね!、フェイスブックなどのアイコンは一切入っていないのもその流れです。向上心はありますが、他より抜きんでようという精神が嫌いだからです。
 スポーツの国際試合で日本選手が勝つと喜びますが、相手選手のミスやエラーで勝った場合はうれしくないですね。勝負で勝ってうれしく感じるのは、自分側の優秀さと努力が証明されるからであり、相手側を貶めたいからではないからです。
 仕事では電通にも知り合いがいますが、ほとんどが東大卒や芸大卒で、みな自分の才能に自信を持っています。仕事上でもそれはうかがえますし、言葉の端々にそれは出てきます。大体が、才能と自信のない人は広告業界にはいられません。

 ですので、自分にコンプレックスは無いが向上心は持っている人、そして内心では自信はないわけではない人、ただし、それはひとには表さないようにしている人はいるはずだと思うので、左翼系の著名な有識者たちが自らにコンプレックスがあるゆえに反日になり、日本人を貶めることで優越感を感じようとしているとはなかなか思えないのですね。私よりもはるかに優秀な人たちがそんな愚かしい精神構造を持っているとは思えず、ピンと来ないのです。

 むろん社会的に地位があり、知性と才能の豊かなひとでも、人には言えない隠れたコンプレックスゆえのトラウマがあり、それをひとから気付かせられたと勘違いしたりすると逆上し、相手を恨んで悪口を言い立てることもあるでしょうから、左系の著名人も、ひとが気付いていない隠れたコンプレックスがある場合もありそうですが、それはあっても少数派のように思えます。

 それで「社会的地位とサイコパス傾向は比例」するともあまり思えず、むしろ社会的地位が低く、能力がなく、人間関係も良くない人のほうがサイコパスになりやすいのではないかと思うのですね。私はそういう人のほうを多く見てきました。頭の悪い能力のない人間に限って、嫉妬心が多く、相手を誹謗し、蹴落とそうとしますね。
 その逆に、本当に有能で人望のある人は(中には偉そうにする傾向のある人はいますが)基本的に明るく、人格や思考が歪んでない人が多いように感じます。自信があり、社会的地位もあるので、他者を貶める必要がないのです。

 ただ、「保守派は社会規範を尊びますが、左派は反常識、反法治の人が多い」というのは、なるほどと思いました。革新とは既成のものを打ち壊すことですからね。ただし、これも既成のものが良くない場合はむしろ良いことですので、だから性格が悪いとも言えないと思います。もしそうなら、カトリックの教理や運営に抗議したプロテスタントは悪い、ルイ王朝を革命で倒したパリの市民は悪いということになりますから。

> 彼らには良心や罪悪感が無く、
 そう見えるときもありますが、むしろ私には、彼らなりの良心と正義感があるように見えますね。それは保守から見ると、ねじ曲がった良心であり、歪んだ正義感であると思えるのですが、彼らはどういうわけか、昔の日本帝国は悪の塊りで、いまだに今の日本人も悪く、安倍政権は特に悪の権化のように思えるらしいので、虚偽や捏造までして自己の考えを正当化しようとしているのですが、それも正義完遂のためには手段を選ばないというか、彼らなりの大義名分があるので、自分では立派なことをしていると思っているのではないでしょうか。
 イエスは、弟子に対して、迫害者が“良心的に”あなた方を殺すときが来ると述べています。ヨハネ16:2

「人々はあなたがたを会堂から追放するだろう。しかも、あなたがたを殺す者が皆、自分は神に奉仕していると考える時が来る」

 それがサイコパスだと言われれば、何とも言いようがないですが、そこが私には分からないところなんですね。何度かGHQの話を持ち出したのは、やはり戦後教育のせいで、そのように思い込まされていて、それが主要な原因なのかと思ったりします。

 この返信はちょっと時間をおいてからにしていただけると助かります。コロナの自粛明けになりかけ、出掛ける用事と調べものがあり、ちょっとばかり忙しいのです。
 でも、またのコメント、楽しみにしていますからね。(^^ゞ

2020/06/16(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさんは優秀な子供だったんですね。
私も子供のころは神童扱いのころがあり、
よく学級委員長などに選ばれていました。
図工・美術もずっと5で、何か描いたり作ったりするたびに
表彰状をもらっていました。
しかし、そのうちアスペルガー的ポンコツぶりが露呈するようになって、
学級委員長などには選ばれなくなりました^^;

社会的地位とサイコパス傾向の比例関係は、
私の個人的な予想ではなく、単なる統計です。
サイコパスだから悪いということではありません。
私はサイコパスの科学的・合理的思考を高く評価しています。
白人がリアリストなのも、日本人の10倍という
サイコパス傾向の高さと関係があると思っています。
普通の人は良いか悪いかを考える傾向が高く、
上手い手があっても、
こんなことをすれば人に迷惑がかかるからと考えて、
自分で自分を縛って制限してしまいます。
サイコパスは情が薄く
冷徹に事実に基づき損か得かを考える傾向が高いです。
普通の人はこういうことを言ってはいけないとか
こういうことをしてはいけないとか
言動・行動の道徳を考えますが、
サイコパスは、こう言えば人はこう思うとか
こうすれば人はこのように反応するということを、
ただの事実、科学として観察しています。
たとえば格闘技の試合をやっていて、
相手が膝に負傷をしていて、
そこに強烈なローキックを叩き込めば勝てる場合、
やさしい人はなかなかそれをできないと思いますが、
サイコパスはためらい無くそこにローキックをお見舞いします。
サイコパス傾向は社会的成功を収めるにあたって、
有利に働く傾向ですが、犯罪者的傾向でもあります。
サイコパスが社会的に成功するか犯罪者になるかは、
主にIQの高低によって決まる傾向があります。
なのでサイコパス傾向の高い子供には教育が重要です。
大体人間の性格はそれほど変わりません。
IQが十分に高くなれば、犯罪行為は損しかないと理解できますし、
サイコパスは損な事はやりません。
慈善事業もそれが得だと判断すればやります。

私は人類を救うのは、宗教でもなくスピリチュアルでもなく
思想や哲学や道徳や倫理でもなく、
科学と科学的思考だと思っています。
宗教的な人やスピリチュアルな人は、自分が実行できていない思想を
みんなが実行するようになれば世界は変わるなどと夢想していますが、
その可能性ははなから全くありません。
期待するだけ無駄です。
個人の主観ではなく、みんなが確認できる客観的事実や
人はこういう場合にこういう風に行動するというような
一般的法則に基づいて、
科学的に法律や社会のシステムを構築すればよいだけの話です。
日本は比較的それができています。

日本人に多いハプログループD系統は、
思考が柔軟という特徴があるという話があります。
O系統は思考が固着的で柔軟性が無いということです。
中国や朝鮮が理念的で固着的なのは、
O系統が多いのと関係があるかもしれません。
左派は非常に主観的で思考が固着的で柔軟性が無く、
欠陥AIのように感じることが多いですが、
人種的な問題かもしれませんね。

保守的であることが善で、
リベラルであることが悪だとは全く思いません。
日本のように世界トップレベルで恵まれていて、
絶えず改善されている社会で、リベラルであることや、
北朝鮮のような国で保守的であることは問題があります。

自分の能力に自信があっても、動物としての自分に
コンプレックスがあるというのはの多いと思います。
昔、TVで東大卒の男性が
美容整形手術を受けるドキュメンタリーを見ました。
その人が言うには、
「学歴があっても顔が悪ければ女性に相手にされない」、
「学歴は努力で手に入るが容姿は努力ではどうにもならない」
ということです。

コンプレックスが無く、
その人のゆがんだ正義感が理由かもしれませんね。
確かに彼らにも彼らなりの正義感があるとは感じます。
ゆがんだ正義感というのは、
嘘や捏造などによって人を冤罪に陥れたりする可能性を、
心配している様子が見受けられないからです。
インテリなら最低限の事実確認くらいはしてほしいです。
慰安婦が、ジープやヘリコプターで連れて行かれたとか、
クリスマス休暇には慰安所に行列ができたとか、
英語ができなくて苦労したなんていうのを聞いて、
日本は罪深いという結論になるのは、
客観性が無いというレベルではなく、
自分の見たいものしか見ないと心に決めているようです。
左派の心理的特長として、自分の主観を絶対視するということや、
自分を例外とする性悪説を信じていることなどがあります。
自分も例外で無いなら、その人も悪なので、
その人の言うことは無視でいいです。

2020/06/17(水) |URL|Vacancy [edit]

あと、左派は自分が本質的に善良ではないことへの
コンプレックスがあると思います。
自分だけ良い子になるために同胞を冤罪に陥れてることに
血眼になれる人間が善良ではないことは
普通の知能があれば解りますし、
そういうことに熱心になればなるほど
抑圧して認識できなくても
自分は悪だという認識とコンプレックスが強まります。

左派は何でも逆に考える傾向、
逆張り傾向がありますし、
善人になるために善行に励むより、
他者を悪だと証明することで、
相対的に自分を善良に見せたいのではないでしょうか。

2020/06/17(水) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさん コメントありがとうございます^^)

 Vacancyさんは図工・美術が得意なほうでしたか。作品やロゴを見て、そうだろうと思っていました。私も絵は子供の頃は一番で、毎回学校の壁に貼りだされていました。小学生低学年の頃、家は貧乏なのに、親が見込みがあると思ったのか、油絵の先生の家に習いに行かされたことがありますよ。しかし工作のほうはそうでもなかったですね。手先は器用なほうですが。

> 社会的地位とサイコパス傾向の比例関係は、私の個人的な予想ではなく、単なる統計です。
 そうなんですか。初めて聞きました。普通は「社会的地位「と「才能」は比例するだろうが、「サイコパス傾向(反社会的な精神的な病質)」とは相反するというか、無縁に近いものと思っていましたが、統計があるとは驚きです。

 Wikipediaの「サイコパス」を検索したら、ケヴィン・ダットンの調査による、サイコパスの多い職業の上位10位は次の通りでした。

1.CEO、2.弁護士、3.テレビやラジオのジャーナリスト、4.小売業者、5.外科医、6.新聞記者、7.警察官、8.聖職者、9.コック、10.軍人。
 ちょっと驚きました。社会的な地位の高い頭脳優秀な人がトップにいますね。1位を別にして日本の左翼系に多い職種の人が2.3.6位にいます。警官も軍人も入っていて、8位が聖職者ですか。これも驚きです。政治家が入っていませんが、彼らは知的にちょっと違う傾向の頭を持っているのでしょうか。東大出とか法科出身が多いのですが。
 
 しかし「多い」というのは、どの程度のことを言っているのでしょうかね。普通は「半数以上」のことを「多い」と言いますが。そんなにサイコパスが大勢いるとはちょっと信じ難いです。

 なお、サイコパスとはパーソナリティ障害と言われていたそうで、「文化による平均的な人間のものから偏っている」と説明されていました。この分野のことは私はほとんど知らないことばかりですから、実情がどうなのかはよく分かりません。ただ、その程度の差は、ひとによって、時々の状況によって違いがけっこう大きそうです。

> 私はサイコパスの科学的・合理的思考を高く評価しています。
 この文章だけ見ると、近未来に普及しそうな「AI」がそうなりそうですね。人間の持つ感情とか、義理とか、しがらみにはあまり左右されないで、結局は(民主主義的に半数以上の、もしくは弱者は排除した多数の、あるいは特定の個人の)最善の益になることを選択し、行なっていく―――そういう理性的かつ合理的な思考による社会ステムが、社会の正義であり理想であると有無を言わさずなりそうです。
 古い言い方をすれば、うるおいのない温かみのない優しさのない人間関係―――自分に得にならないことはしない、得にならない人とは付き合わない―――そんな近代的な鉄筋ビルディングのような冷たい直線構造の社会になりそうで、これは日本人の好きな「判官贔屓」とは正反対の思考また感情のようです。

 しかしサイコパスが科学的・合理的思考を持っているのなら、事実でないことは事実ではないと明確に分かるはずです。捏造記事は捏造だと誰よりも明確に判断できるはずです。虚偽を真実のように思うというのは、合理的思考とは程遠く、科学的思考とは正反対のはずです。
 そうであればサイコパスは、不当な異常な故意の反日左翼主義者にはならないはずじゃないですかね。サイコパスは損なことをしない合理思考の持ち主であれば、自国と自国民が損をするようなことをなぜするのでしょう。いつまでも反日国家に嘘を言われ、謝罪し続けさせられ、賠償金を払わせられるのは、まったく非合理的で損失をこうむる行為ですから。

> 私は人類を救うのは、宗教でもなくスピリチュアルでもなく、思想や哲学や道徳や倫理でもなく、科学と科学的思考だと思っています。
 確かに前者のうち宗教・スピ・思想・哲学は歴史上で効果をあげていません。ただ、道徳と倫理は日本では外国に比べると多少は成功しているように思いますが、ただし国家の都合のいいように使われたりして副作用があるので要注意のようです。
 この「人類を救う」とはどういう意味なんでしょう? 物質的に豊かになり安全になることが「救う」ことだとすれば、科学的思考で合理性を突き詰めていけば、ある程度はうまくいきそうです。
 ただし人間は欲とエゴが特に強い生き物です。あることが科学的に正しくても、俺は嫌だという人が必ずいます。この世で成功しているような人、特に富裕層は、みんなが幸せになるからと言われても、自分の既得権益を捨てるようなことは必ず嫌がるでしょう。
 資本主義は理屈では資本を持つ人が勝つシステムですから貧富の格差が強まる一方になるので、もし科学的に合理的で公平な政治形態が出来るとすれば、みんなが不幸にならずに平等になるとされる「社会主義」が究極的には理想の社会システムだと言われそうじゃないでしょうか。しかし社会主義はうまくいかないことは歴史で証明されています。自由意思を制御するのは人間の本性に反しているからです。

> 宗教的な人やスピリチュアルな人は、自分が実行できていない思想をみんなが実行するようになれば世界は変わるなどと夢想していますが、その可能性ははなから全くありません。
 ずいぶん悲観的ですね。冷静かつ合理的思考と言うべきかもしれませんが。Vacancyさんは感情より理性が勝っていると思わせられるような文章です。
 しかし日本が世界の中でもモラルが高いのは、伝統的な道徳文化が高いからでしょう。伝統的に道徳を重んじる傾向があり、そのような教育が伝統的にされてきたからでしょう。韓国人に反日が多いのは戦後から伝統的に反日教育がされてきたからでしょう。
 ということは、理想を追い求めて精神的に努力していくことは善いことだとはならないでしょうかね。完璧にうまくいかなくても、少しでもうまくいけば、まあ、いいのではないですか。外国では自販機は道路に置いたら壊されるか盗られるそうですが、日本ではそんなことはないわけで、外国も日本と同じような教育文化になれば、少しはマシになるのではないでしょうかね。それを成し遂げるのはキリスト教でもイスラム教でも仏教でもないとは思います。スピリチュアルも個人的には益があっても、なかなか社会全体を変えるのは難しそうです。
 というわけでもないですが、拙ブログの次回の記事は「善意」の話をする予定です。正しくても批判的な話より、実行は難しくても人間の良い心の話のほうが好きなせいもありますが。

 人間の行動は「理性」で動く場合もありますが、「感情」で動く場合もあります。家が火事になってるとき、子供が中にいるからと言って燃える火の中に飛び込んでいく母親は、理性で科学的に思考して飛び込むのではないでしょう。もう何も考えずに、ただただ子供を助けたい一心で、つまり感情に動かされて行動しているはずです。ですから感情のほうが良い判断をする場合もあると考えれば、科学的な思考だけが世を救うとは言い難いような気がします。
 例え話ですが、鉄道のレールが分岐していて、片方のレールの先には老人が5人いるが、片方のレールの先には若い人が一人いる。近づいてくる列車はブレーキが利かない。自分がレールの切り替え士ならどうするか? こういう課題では、科学的思考と感情的思考の選択結果は明白に違ってきそうです。

 科学的な合理思考は世を便利にし、無駄をなくし、住みやすくすると思いますが、しかし一方で、ブータンのように国民が「世界一幸せ」だと思う国もまた立派なものだと思えます。以前、話したフランス映画「美しき緑の星」のような、アボリジニのような生き方はちょっと極端に感じますが、アーミッシュから聖書を抜いて、もう少し文明的な暮らし方にすれば、それもなかなか良さそうだと思います。競争や争いや憎しみの一切ない社会は非常にいいと思います。それが第一に「救われる」ことだと思いますね。いや、第一は貧困と飢えをなくすことでしょう。世界を見れば、それが第一です。

> ゆがんだ正義感というのは、嘘や捏造などによって人を冤罪に陥れたりする可能性を、心配している様子が見受けられないからです。
 ひとを冤罪に陥れるのは正義感でないのは明白です。村木厚子さんが大阪地検の検事にされたのは正義感ではあり得ません。あれは職業的倫理観と一般モラルの甚だしい欠如でしょう。
 しかし政治や宗教では、第三者から客観的に見れば「歪んだ正義感」でも、当人から見れば「立派な正義感」ということがあり得ます。だから正義のために革命を起こし、主要人物を暗殺をし、自爆テロをし、教理が違うだけで異端として相手を火あぶりにもするわけですから。
 はっきり言えば、世界を悪くしているのはイデオロギーの違いだと思います。宗教的な思想の違いもそうですが、それより政治的なイデオロギーの違いを許さない狭い思考が世界を悪くしてきたと思います。半島を見ても同じ民族が南北に別れて仲違いしているのは、その大元の原因は、アメリカとソ連のイデオロギーの対立のせいでしょう。
 むろん表面的にはイデオロギーの違いに見えても、じつは富や土地に関する損得勘定が大きく関係している場合もありそうですが。

> 自分の見たいものしか見ないと心に決めているようです。
 そうですね。しかし、なぜそうなるのか。それは客観的に見れば歪んだ正義感ですが、当人から見れば自分の正当な正義感ではないかと思います。自分の主義思想を守りたいがためにそうしているとしか考えられませんが、そうなら自分の考えは変えたくないというプライドまたは優越感でしょうか。男はメンツを大事にしますからね。
 私は教団に入ってからは特に、ほとんどメンツを大事にしないで、おおむね他者を優先し、自分は譲歩することを心掛けてきたので、これからは自分の思っていることは言おうと思っていて、ブログでは多少そうしているのですが、私生活では性格がおとなしいせいか、なかなかそうはできないですね。

> 自分の主観を絶対視するということや、自分を例外とする性悪説を信じていることなどがあります。
 そうかもしれませんね。性悪説はキリスト教でもありますが、進化論を信じる唯物論者も同じでしょう。宗教も教理の解釈違いで争いをしてきましたが、無神論者はイデオロギーや貪欲の理由で、もっと戦争をしてきました。弱肉強食の適者生存が正しいと思う人は、それがこの世界の自然なルールだと思っているわけですから、するのはいわば当たり前のことです。
 しかし正義感というのは諸刃の剣ですね。正義感を他者が変えさせることは難しいようです。当人は自分で満足して得意になっていますからね。


追伸

> あと、左派は自分が本質的に善良ではないことへの
コンプレックスがあると思います。

 うーむ、そうなんですかね。従軍慰安婦の件でいつも思うのは、反日論者の言い分はこうです。「日本は過去、半島を不法に悪辣に侵略して朝鮮人を苦しめたのだから、その過去の過ちを認め、謝罪する意思をずーっと保ち続けなければいけない」だから「ドイツを見倣え」です。
 だから元首相があちらに行って土下座を何回もしたわけで、いまの野党の代議士でも、日本は悪人でそれを認めて謝罪するのが真面目な人間の証拠だと言っています。過去の悪行を認めないのは歴史修正主義だと言います。
 彼らはどうもその「侵略」の一点から目が離れないようで、彼らはそればかり言っているような気がします。そうするのが謙遜で誠実だと思っているのでしょうかね。

2020/06/17(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

サイコパス=左派ではないです。
サイコパスの中では、
2.弁護士、3.テレビやラジオのジャーナリスト
6.新聞記者、8.聖職者
というのは左派が多そうです。

私は、左派的傾向というのは、
自分の主観を客観より重視する心的態度から生じると思っています。
左派は、主観>客観で、保守派は客観>主観です。
ちなみに私が左派と保守派を対比させるのは、
左翼と右翼は良く似ていると感じるからです。
どちらも感情的・攻撃的でヘイターが多く、
ヘイトが向かう対象が、左翼は日本人(特に愛国日本人)で
右翼は反日の人です。
保守派は自分の気持ちがどうであろうと事実は事実だと考え、
左派は事実がどうであろうと自分の気持ちはこうだと考えます。
簡単に言うと、左派は自己中で我侭ということです。
私は左派的傾向というのは人格障害の一種だと考えているので、
若くないのに左派というのは少し人間性に問題があると考えます。

主観は人の数だけありますが、客観はひとつしかありません。
みんながひとつになるには、客観を重んじる態度が重要です。
主観を重んじる態度は分裂と争いを引き起こします。

サイコパスでも、左派であれば、科学的・合理的思考はしません。
もともと左派は、反科学・反事実で非合理的な人が多いです。
保守派は事実に基づいて合理的に思考する傾向がありますが、
左派は自分の感情を正当化するための思考をする傾向があります。
左派思想というのは一言で言うと「嘘」ということで、
左派はいかに巧妙な嘘がつけるか、嘘を事実だと言い張るために、
いかに巧妙に詭弁を弄することができるか、
ということを一生を通じて鍛錬することになります。
つまりは持たないほうが良い頭の良さで、
こういう知性を持つよりは馬鹿のほうがましです。

言葉の特徴として、全くの嘘でも、ある程度の頭があれば、
言葉の上ではつじつまを合わせることができる、
という特徴があります。
左派は理数系が苦手な人が多いので、
言葉の上でつじつまが合っていれば、論理的に間違っていても、
気がつかない人が多いと思います。
私は人文系の人の頭の良さというのはあまり信じていません。
理数系が得意な人は人文系の学問もできますが、
その逆はあまり無いからです。

ネットの普及によって徐々に左派が力を失っていますが、
AIの普及によっても、左派は力を失います。
AIが科学的・合理的に考える限り、
左派的意見は言わない傾向が高くなるので、
人間がAIをアドバイザーとして利用するようになればなるほど、
左派は衰退します。
左派的な意見が力を持つためには
左派のみが発言できる状況を作る必要がありますし、
AIも左派的意見だけを言うように
意図的にプログラムする必要がありますが、
そうなるとそれは、ただのプログラムでしかなくなり、
人工知能だとは認識されなくなります。

人間を完全に救うということはできないと思います。
以前より救われた状態にすることができるだけです。
つまりは、より人間が「幸福感」を感じやすい状態に、
社会を徐々に改善していくということです。
「人間はどうあるべきか」という意見ではなく、
「人間はどうであるか」という事実に基づいて、
科学的に社会を改善する必要があります。
そして、科学的=唯物的ではないです。
唯物的な考えは人を幸福にしないからです。
左派は自分と同じ意見の人が賢人であり、
その人の独裁で(要は自分が独裁すれば)
社会は良くなると考えますが、
結果的に北朝鮮のような地上の地獄にしかなりません。
というのは、左派的能力は、自分の気持ちを「表現」すること、
「嘘」をつくこと、「詭弁」を弄することにほぼ集約されるので、
ベターな社会を築くのに必要な知識や能力が無いのです。

民主主義の良いところは天才で金持ちの人も、
馬鹿で無一文の人も同じ一票しかもてないことです。
民主主義は有力な人も無力な人も同じ力を持ちます。
自分が独裁すれば社会は良くなるのにと考える人も
1票しかないのが良いです(笑)

2020/06/19(金) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさんへ。^^)

 左翼・右翼と左派・保守とは違う、と考えるのですね。
 ひと口に左翼vs右翼というと少々極端に言えば、共産革命主義vs愛国排他主義というイメージがありますね。しかし普通一般の定義的に考えれば、「左派」は、理性に間違いはないと信じ、理性と合致した社会設計をすれば、理想社会が実現できるという考えのことで、それに対して「保守」は、理性を超えた慣習や良識に、歴史のふるいにかけられた重要な英知があるという考えのことじゃないでしょうか。
 どちらも理念だけ見れば、もっともな正論(理屈)があるようです。だから私は、どちらの主義が正しいとは言い切れないので、要は机上の理想論ではなく、その実際のやり方が適切かどうかが重要だと思っているのですね。

 左翼・右翼は互いに対するヘイトが多い―――確かに、見苦しいほどそのようです。ネトウヨだ、パヨクだ、と互いに罵り合っています。当人たちは大真面目なんでしょうが、はたから見ると罵り合いほど見苦しいものはありません。
 相手の主義思想が気に入らないのなら理論的に話し合えばいいのに、それはしないで、相手の人格を精神的におかしいと非難することばかりしているように見えます。
 知的なディベートはせずに、昭和の悪餓鬼が「バーカカーバ、チンドン屋、おまえのかあさん出べそ!」と言ったように、相手の人格を口汚く罵るようになったら、罵るほうが負け(悪い)でしょう。人格を罵るというのは理屈では勝てていない証拠だからです。
 過去、私のブログに入った批判コメントでも、私の人格を罵っている場合は、理屈では私に敵わないので、あるいは品性が良くないために、そうしているように感じます。愚かな人ほど強く罵ったほうが勝ちだと勘違いしていますからね。街宣車などその典型です。

 保守は客観的に考えるが、左派は主観的に考える―――これはVacancyさんの定義のようです。冒頭に述べたように一般的なイメージは逆のような気もしますが、しかし現状を見ると、そうだと思える部分がありますね。
 大手メディアでも左派は、事実を報道せず、自分の都合のいいように記事のミスリードをし、時には記事を偽造したり捏造することも目につきますが、保守がそうしたのは私の知る限り(わずか最近の数年内のことですが)、見たことはないですから。保守のほうが理性的かつ客観的に見えます。

 先日、渋谷でクルト人男性をパトカー警官が押さえ込んで人種差別をしたとして、その後に二度起きたデモを毎日新聞が報道したそうですが、真相はそのクルト人が意図的に警官を煽って、自分を捕まえさせ、それを動画に撮って流したのだ、と有田芳生がツイートしています。
https://twitter.com/aritayoshifu/status/1267926393108566017
 しかしまた、その反論の記事もあります。警官が暴力をふるうのは悪いと正論を言ってます。
https://news.yahoo.co.jp/articles/65ee17edd9be1dfde80fdf1676a8a22fe7f38577

 ですから、事実は一つでも「客観的」な正邪の評価は、どの部分を、どの立場で見るかでも変わっているようです。
 ということは、その人の人生で長年教えられてきた価値観や倫理観の違いが、事実一つを見て、その正邪の判断をする際にもかなり影響を及ぼしているのでないかと思ったりするのですね。だからその大元の原因はGHQかと言及したのです。反日左翼の自虐趣味については他に原因がなさそうですから。
 
 そして左派は事実を無視するので人格障害ですか―――ここまで全体をひっくるめて言うと、言い過ぎで、罵りの一種のように私は感じるのですが、でもまあ、事実を認めず、偽造や捏造もしているので、そう言えるかもしれません。
 ただし熱心に語る左派の人を映像で見る限りでは、彼らなりに正義感や彼らなりの信念があるように感じます。あるいはじつはカネかハニートラップに掛かっているのかもしれませんが。

> 人間を完全に救うということはできないと思います。以前より救われた状態にすることができるだけです。
 私もそう思います。それで十分いいと思っています。極端に言えば、救われたと思っている精神状態でもいいと思っています。鰯の頭も信心からと揶揄されている通りですが、宗教やスピリチュアルの唯一のメリットがそれでしょう。

 地球に人間がいるのは、人間が試行錯誤して、努力して、みんな悩んで大きくなるというのがいいのであって、一足飛びに解決してしまってはゲームが終わってしまいます。ゲームが終わったら人間として地球に存在する意味がありませんから、そういいう意味でもこの社会にはいろいろ問題があってもやむを得ないのでしょう。人間が努力してだんだん向上していくのがいいのだろうと思います。
 黒人差別を扱った映画『グリーンブック』を昨日、二度目に見て、また感動しましたが、100年前、200年前と比べれば、完璧ではないものの、確実に向上していると思いますね。
 
 AIに優る人間の機能には、「理性」の他に「感情(心)」があります。理数系の人に多そうな理性の勝ち過ぎは温かみのない冷たい判断を下しがちで、人文系の人に多そうな感情の勝ち過ぎはヒステリックで自分勝手な判断を下しがちでしょうから、理性と感情の両方のバランスが大事だと思います。
 現代人は理性を重んじ過ぎじゃないでしょうか。頭のいい人ほど、そのような傾向が強いように思います。人間はAIや機械じゃないので、温かみなどの人情が欠けると、社会性のない人間が増え、住みにくい世の中になると思いますね。 

> 民主主義の良いところは天才で金持ちの人も、馬鹿で無一文の人も同じ一票しかもてないことです。
 これは皮肉的な言い方をしているのでしょう。それが民主主義の一つの欠点でもありそうですね。賢い人だけが選挙権を持つ選挙システムになれば良さそうですが、そうするとユダヤ民族や黒人は劣等民族だとか、後期高齢者や障碍者は家で寝てろなんてことになりそうです。

 しかし組織というのは大きくなって力を持つとろくなものにはなりませんね。政治も宗教も何でも必ず腐敗していくようです。故障と不具合の多い古い自動車は、パーツを取り換えて板金塗装をし続けるより、思い切ってフルモデルチェンジをした新車を買ったほうが良さそうですが、そうなると革命しかなく、やはり左派のほうがいいとなりそうじゃないですか。(笑) 

 念のためにいえば、私は現行の政治では(少しずつは良くなっていくでしょうが)全面的に良くなる可能性はないと思っており、個人個人が地道に思い(愛とか同情心とかモラルとかの心のことです)を変革していくしかなく、少しでも良くなればそれで(十分ではないですが)、いいと思っています。

2020/06/19(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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