「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 辞世の曲を聴きながら断食往生をする選択肢。 


新型コロナのおかげで、いっそう死を意識するようになりました。

西行の辞世の句のように、「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ」が憧れなんですが、自分では何もできないほど衰えても爺捨て山には行きたくないしと思っていたら、《断食往生》という選択肢があることを知りました。

《飢餓》では脳内にモルヒネ様物質が分泌されて、いい気持になり、《脱水》では血液が濃く煮詰まるので、意識レベルが下がってぼんやりとした状態になる。だから、つらい痛みもなく自分の意思で安楽死できるのだそうです。

実際、断食道場では六日目ぐらいになると空腹感がなくなり、食べないことの高揚感で全身が包まれるとのことですが、高齢・衰弱でいよいよ耐えられなくなったら《断食往生》も良さそうです。

私は延命治療と葬式はしないことに決めてありますが、人生最後に好きな音楽が流されるとしたら《辞世の曲》は何がいいか、ちょっと考えてみました。


 reczo.jpg
 Image by Pexels from Pixabay


好きな曲が多いので、一曲だけ決めようとすると迷ってしまいます。そこでジャンル別に《マイ・フェイバリット・ソング》を思い出してみました。


クラシックなら、ヴァイオリンの名曲が好きです。最初に思い出すのは、曲の出だしから弦の妙なる音色にしびれてしまうマスネの『タイスの瞑想曲』。アナトール・フランスの原作は知らなくても、《舞姫タイス》が娼婦稼業をやめて俗から聖へと転向する、清らかで透明な旋律が胸に沁みます。次はバッハの『G線上のアリア』。定番ですね。他にはアルビノーニの『弦楽とオルガンのためのアダージョ』が荘重で心が鎮まります。チェロで弾くフォーレの『夢のあとに』も甘く切ない旋律で最高ですが、こんなのを聴くと、やるせなくなり、たまらなくなり、血が騒ぎだし、喧噪と熱気の渦巻くシャバに戻りたくなりそうです。



ガブリエル・フォーレの『夢のあとで』カミーユ・トーマス/ジュリアン・リベール


洋楽なら、アメリカの古き良き時代を思い出させるジャズヴォーカルが好きですね。パティ・ペイジ、ドリス・デイ、サラ・ヴォーンなどの女性ヴォーカルが好きですが、一曲だけ選ぶならドリスの『イッツ・マジック』かな。これで一本、ブログの記事にしたことがあります。強いて男性ヴォーカルを選ぶならエディ・フィッシャーの『エニー・タイム』。他には映画『ゴースト/ニューヨークの幻』でも使われた『アンチェインド・メロディ』もいい曲ですね。私も死後、ゴーストになって妻と親しい友人には知らせるつもりでいるのですが。



エディ・フィッシャーが唄う『エニータイム』 この曲はあまり知られてないかもしれません。



キティ・カレンが唄う『イッツ・ビーン・ア・ロング・ロング・タイム』 この曲もしびれます。



映画音楽も名曲が非常に多いのですが、“I'll be loving you eternally” と歌われる、チャプリン作曲の『エターナリー(テリーのテーマ)』。これは映画『ライムライト』のテーマ曲ですが、愛と哀愁とペーソスに心が揺さぶられ、人生はいいものだなあ、いろいろあったなあ、生まれてきて良かったなあ、と思えそうです。


シャンソンは、SPレコードの針のノイズが混じっている『パリ祭』か『バラ色の人生』がいいですね。『聴かせてよ愛の言葉を』を聴くと、エコール・ド・パリの華やかな時代の空気が匂ってきます。ふらんすはあまりに遠し、せめては巴里の街の唄でも聴きながら、われひとりうれしきことを最後に思ふことにしませうか。


1933年仏映画(監督脚本ルネ・クレール、音楽モーリス・ジョベール)邦題『巴里祭』のテーマ曲

リス・ゴウティが唄う『パリ祭( (A Paris dans chaque faubourg))』



邦楽なら阿久悠の詞が好きなので、最初に八代亜紀の『舟歌』を思い出します。「肴はあぶったイカでいい」はブログに何度も引用しました。でも酒はやらないのと、演歌を最期の曲にしたくはないので、そうですね、團伊玖磨作曲の『花の街』とか竹久夢二作詞の『宵待ち草』、あるいは軽く明るめに『すみれの花咲く頃』もいいかな。でも、それまでに宝塚歌劇を一度観ておきたいですね。劇団四季も。

        ____________________


こうして思い出した曲を見ると、人生を愛おしく思う曲と、甘く切ない恋の曲が多くなりました。これは《死》とは憂愁で悲哀なものだ、しかし《生》とは愉快で甘美なものだという、二律背反で表裏一体の死生観が心の中にあるせいでしょうか。

現代でも素晴らしい曲がたくさん生み出されていて、好きな曲もあります。しかし数々の思い出と共にある昔の佳曲は、自分の人生への追憶と愛着とそれにともなう自己愛のようなものを感じるところが、人生最終章の気分に合うのでしょう。


  オスカー・レヴァントの有名な至言――――ブログ『夏への扉』より  

    幸せは体験するようなものではなくて、
         あとで思い出してそれと気づくものだ。


  



《補足》
※《断食往生》は老人ホーム付属診療所の所長・中村仁一氏が唱えています。「死にゆく人間には無理やり飲ませたり食べさせたりせず、穏やかな“自然死”コ-スに乗せてやるのが本当に思いやりのあるいい“看取り”のはずである」が主張です。ただし、なんでもそうですが、反対の意見もあります。ブログ『薬屋のおやじのボヤキ』の永築當果さんは断食の実践者です。 → クリック 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
上記の曲のほとんどは過去記事で扱っていました。音楽は単に音の高低、長短、強弱、音色の組み合わせなのに、人間に感動を与えます。これを考え出した原因(叡智)はすごいと思いますね。
・ タイスの『瞑想曲』https://barso.blog.fc2.com/blog-entry-384.html
・『聴かせてよ愛の言葉』。https://barso.blog.fc2.com/blog-entry-246.html
・『バラ色の人生』https://barso.blog.fc2.com/blog-entry-372.html
・『すみれの花咲く頃』https://barso.blog.fc2.com/blog-entry-112.html
・『Unchained Melody』『宵待ち草』https://barso.blog.fc2.com/blog-entry-210.html
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
故人を音楽で送る「音楽葬」という無宗教方式の葬儀があり、ある葬儀会社では、こんな曲が流されるそうです。https://www.yoriso.com/sogi/ongakusou/
●クラシックでは、シューベルトの『アヴェ・マリア』、ショパンの『別れの曲』、バッハの『G線上のマリア』、パッヘルベルの『カノン』、モーツァルトの『レクイエム』、ヘンデルの『オンブラ・マイ・フ』、ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』
●洋楽では、『エデンの東』、『アメイジング・グレイス』、『オーバー・ザ・レインボー』、『イエスタデイ』、フランク・シナトラの『マイ・ウェイ』、『星に願いを』
●邦楽では、秋川雅史の『千の風になって』、石原裕次郎の『わが人生に悔いなし』、かぐや姫の『神田川』、坂本九の『見上げてごらん夜の星を』、中島みゆきの『時代』、谷村新司の『昴』、美空ひばりの『川の流れのように』、山口百恵の『いい日旅立ち』


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音楽は精神の酸素に似て

音楽の起源は43000年前の
「ネアンデルタール人の笛」のようです。
巨大動物の威嚇音を模した法螺貝は猛獣を追い払い、
錫杖は地を鳴らして蛇を驚かせたとか。
古代の音楽は、害虫や天災から身を守るために考案され、
やがて祈りや祝祭、あるいは狩猟や儀式などの用途に。

後に、音楽はさまざまなジャンルに分化しながら進化。
今では万民にとって『精神の酸素』として
なくてはならないものになりました。
和食でいえば、味の決め手となる『出汁』。
味噌汁や煮物の旨さを引き立てます。
(洋食だとブイヨン、コンソメ)

名作映画もバックミュージックがなかったらどうでしょう。
プロローグから物語の展開、クライマックス、余韻など々、
物語は、メロディーとセットで記憶に残っていますもんねぇ。

『エデンの東』『アメイジング・グレイス』『イエスタデイ』
『マイ・ウェイ』『星に願いを』
『千の風になって』『神田川』『昴』『川の流れのように』なんて、
大、大、大好きです。

死ぬときは『マイ・ウェイ』、あるいは『昴』を聞きながら……。
スェーデンのように、自力で食べられなくなったら
チューブによる栄養補給とかはせずに衰弱を待つ。
それが理想です。(^_^ ;)

2020/05/23(土) |URL|風子 [edit]

バーソ様
おはよう御座います。

頭の写真からShureのカートリッジですね。
私のShureは使われることもなく眠っています。

さて辞世の曲ですが、そんなに多かったら聴いているうちに生き返ってしまうのではないでしょうか?(笑)

私なら2曲です。
レッド・ツエッペリンの天国への階段とクイーンのボヘミアン・ラプソディー
これで決まりです。

愛新覚羅

2020/05/23(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: 音楽は精神の酸素に似て

風子さん コメントありがとうございます^^)

 ネアンデルタール人の笛って、よく思い出しましたね。小さな骨に丸い孔が二つ三つ開いていて、たぶん笛だろうと言われているものですね。しかし以前、これは動物がかじった跡だろうという論文が科学誌に載っていました。もっとも、それは或る洞窟では動物製だろうと推測できたが、違う洞窟では人間製だったかもしれないという話のようでしたが。月や火星の陸上写真に直線構造の立方体や三角錐が写っている、これは人工物に違いない、知的生命体がいたに違いないという話とちょっと似ていますね。
 そのように考古学は根拠が不確かなものが多いと感じますが、音楽の起源は相当古そうです。ただ、胸板をドンドンと叩けば打楽器になりますから。

 昔はスクリーンミュージックといって名曲がたくさんありました。クロード・ルルーシュの「男と女」だって雨の日の自動車の窓のシーンぐらいしか覚えてないですが、フランシス・レイの音楽はよく覚えています。ミッツィー・ゲイナーが出ている「南太平洋」というミュージカル映画もそうで、ストーリーは全然覚えてないですが、音楽は「魅惑の宵」と「バリハイ」をすぐ思い出せます。この曲は好きで、よく歌ったものです。

 風子さんの好きな曲はみな《補足欄》にあるものですね。中高年男のカラオケの定番が「マイ・ウェイ」だそうですが、男は自分の生きてきた人生を懐かしく、また誇りに思っているのでしょうか。風子さんは男勝りの仕事をしてきたようなので、この曲が好きなのかと思います。「昴」も霊感のように降りてきた曲だそうで、歌詞が風子さん向きのような感じがします。

「チューブによる栄養補給とかはせずに衰弱を待つ」。うん、この言い方のほうが「断食往生」より辺りが柔らかくていいです。私もそうするつもりです。

2020/05/23(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)

 おお、Shureのカートリッジに目が行きましたか。すぐ分かるのはさすがです。私はカートリッジは見ただけでは分かりませんが、評判に乗せられてShureとかオルトフォンを使ったことがあります。でもその銘柄による音の違いはよく分からなかったですね。スピーカーやアンプの違いなら分かるのですが。

 この記事の原稿を書きながら、教授は私とは全然違って、ロック系だろうな、ジャンルの中にロック系も入れておくかな、とは思ったのですが、臨終のときに聴いたらぴょんと起き上がってしまうのではないかと思って、そのジャンルは考えるのをやめました。(笑)

 が、いま、「天国への階段」を聴いたら、静かな、胸に沁みてくるいいメロディですね。歌詞もいいです。しんみりします。これは音楽プレーヤーに入れておくことにします。
 クイーンの「ボヘミアン・ラプソディー」。これも歌詞は悲しいですが、いい曲ですね。賛美歌みたいです。「ママー」という部分は聴いたことがあるような気がします。ロックにも静かな感じのがあるのですね。
 今回、恥ずかしながら、ちょっと目が覚めました。こんな曲を知っていたら、ロックのジャンルを一つ作ったと思います。

 私の好きな曲はもっとたくさんあります。これ一曲だけ絶対というのは無いので、音楽プレーヤーは「ランダム」モードで聴いています。

2020/05/23(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ブログリンクに感謝

前回の記事で返コメに断食往生を書いたら、早速それを話題に取り上げられ、小生のブログにリンクを張っていただき、有り難うございます。
これで我がブログの読者も増えるというものです。

主題は時世の曲。
小生、学生のときと、それから数年の社会人時代に、ロックとその元になるブルース(アメリカン ブルーズ)にはまっていました。娘が幼少の頃、女性ロックシンガーは数少なく、もっぱらジャニス・ジョプリンを聴かせてやりました。けっこう娘ものっていました。“ジャニスのおばちゃん、かけて”って。懐かしく思い出します。
そうしたことから、時世の曲となると、やはりロック系。もの静かな曲がやはりふさわしい。となれば、愛新覚羅さん選択のレッド・ツエッペリンの天国への階段とクイーンのボヘミアン・ラプソディーということになりましょうか。同じでは面白くないから、エリック・クラプトンのレイラとしましょうか。
しかし、オーディオセットが故障して久しく、1年前に部屋の大がかりな模様替えを機に、レコード200枚とともに全部捨ててしまいました。
よって時世の曲は数少ないカラオケの持ち歌、知床旅情あたりを独唱しましょうか。それまでに歌詞をしっかり覚えなきゃいかんですが。

最後の力を振り絞って“し れ と こ~ ~”で断食往生。すばらしい! ちょっと無理でしょうけど。
いずれにしても、「自分の死について考えると、生き方が変わる」のは本当のことのよう(小生、変わりました)で、このことについては中村仁一氏の『大往生したけりゃ医療とかかわるな 「自然死」のすすめ』の第4章に「自分の死について考えると、生き方が変わる」がありますし、全編を通してそれが主題になっています。
ひょっとすると、楽しく死ねるかも。ご一読されるのをお勧めします。 

2020/05/23(土) |URL|薬屋のおやじ [edit]

先端医療技術で有名な欧州の某国が、難病の子供を抱えて高い治療費に苦しむ親達を救済する為、国費で子供の難病を治療する法案を作る。
福祉も最先端の先進国…と思いきや法律には裏があって、政権の座にある高官達が親の手に余る難病の子供に人体改造を施し、殺し屋に仕立て、権力の邪魔になる人間達を排除するのが目的だった…なぜ子供なのかと言う理由が面白くて「子供なら近づいてきても警戒しない」
こうして苦しみからの解放と引き換えに、政府の手先なった少女達は監視・誘導役の教官と共に、権力者の邪魔者を暗殺して回るのだった。
漫画家:相田裕の原作をアニメ化した『GUNSLINGER GIRL』のエンディングで流れていた曲が、本格的なソプラノ歌手によるガブリエル・フォーレの『夢のあとで』でした。
えっ!?アニメなのにこんな高級な曲をエンディングに使うのか?と思ったのと、そぼ降る雨の中、自らの命と親が背負った借金(治療費)の為に人を殺さなければならない(まるで吉原に売られた女郎さんみたいな)悲しそうな少女の横顔…それを静かに見下ろす雨に濡れた教会のマリア像がとっても印象的でした。
人は漫画やアニメを低く見ますが、マリア像に象徴される宗教的なモチーフや音楽に意匠を凝らした『GUNSLINGER GIRL』を見る限り、漫画家やアニメ監督は高い芸術性をもって、現代の「マグダラのマリア」をテーマに描いて見せたんじゃないかと思います。
それにしても、いずこの国でも人を人とも思わず道具にする権力者の構図は変わりませんね。マグダラのマリアは卑しくとも心清くて天国の門をくぐる資格がありますが、政治家は門前払いになるのがせいぜいでしょうね(笑)

2020/05/23(土) |URL|sado jo [edit]

Re: ブログリンクに感謝

薬屋のおやじさん コメントありがとうございます^^)

ジャニス・ジョプリン。名前だけは知っているが聴いたことがないなあと思って検索したら、1960年代のロックシンガーですか。そんな昔のひとなんですね。イントロだけ聴けるサイトがあったので、7,8曲ほど聴いてみましたが、知っている曲はなかったですね。
 エリック・クラプトンの「レイラ」も聴いて見ましたが、これも知らない曲でした。この人はギターの神と呼ばれ、ジョージ・ハリスンの前妻と結婚してる有名なひとなんですね。
 ところが私はジャニスもエリックも名前しか知りません。どうも若い頃からアメリカの文化が大好きで、音楽はジャズヴォーカル一辺倒だったせいか、ロックはただ騒がしいだけだという先入観にいまだどっぷり浸かったままのようです。趣味の範囲が狭いのでしょう。オーディオは好きなんですが、音楽を聴くより、スピーカーとかその音場とかメカニズムや聴こえ方の仕組みのほうが好きのようです。

> 「自分の死について考えると、生き方が変わる」のは本当のことのようで

 旧約聖書(コヘレトの言葉7章)はこう述べています。

「7:1 名声は香油にまさる。死ぬ日は生まれる日にまさる。
7:2 弔いの家に行くのは/酒宴の家に行くのにまさる。そこには人みなの終りがある。命あるものよ、心せよ。
7:3 悩みは笑いにまさる。顔が曇るにつれて心は安らぐ。
7:4 賢者の心は弔いの家に、愚者の心は快楽の家に。
7:5 賢者の叱責を聞くのは、愚者の賛美を聞くのにまさる。

 自分の死に方を考えるというのは、すなわち自分の生き方を考えるということですから、若いときから死と生をもっとよく考える時間を持つことは必要だと思いますね。

 中村仁一氏の本は、図書館が空いたら借りて読んでみますね。

2020/05/23(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)

 joさんはマンガについても関心事が幅広いですね。私はなぜかマンガとの縁は手塚治虫や横山光輝から楳図かずおや赤塚不二夫あたりで終わってしまい、それ以降のものは全然知りません。マンガはあまり読む機会がなかったのと、成長してからは人生途中に文化的ブランクが長くあったせいもありそうです。

 GUNSLINGER GIRLは画像検索したら、ファブリックナショナルなどのヨーロッパ製の銃がいろいろ登場するとありました。そうであれば、まあ、少しは私の好きな方向なんですが。(笑)
「少女に与えられたのは、大きな銃と小さな幸せ」で、人口の肉体を与えられ、テロや暗殺を行なっていく。そこに「夢のあとで」が流されるのですか。そう聞いたら、その映画を見たくなりました。が、これがそうでしょうか。
 https://www.nicovideo.jp/watch/sm2368861

 歌詞は慈悲深きマリアをたたえていて、聖母に汚れを浄めてもらうという意味で使われているのでしょう。これだと、それこそ臨終の曲にふさわしそうです。
 しかしjoさんは、現代の「マグダラのマリア」をテーマに描いていると見るのですね。そのマリアは娼婦だという証拠はまったく無いのですが、イエスに汚れを浄めてもらった罪深い女というイメージになっている、かわいそうな女性です。

 いずれにしても自分の行為が果たして義であるかどうかを常に考え、義でないと思ったときは深く悩み、悔い改め、そして自分の罪を浄めてもらいたい、赦してもらいたいという意識を持つのは人間として誠実なことだと思います。

 政治家も中には純粋な動機を持っている人もいるのでしょうが、自分の選挙のことしか頭にないような人が多すぎるように見えますね。権力を持つことが長くなるとどうしても腐敗し、横暴になります。そういう意味でも政権は二大政党で交代制のようになるのが良さそうですが、いまの野党には頼りになる人が全然いないように見えるのが情けないですね。といって与党には人材があるというわけでもないのも悲しいものです。

 とにかく、もっと意欲のある人に代議士になってもらい、人材を若返らせ、政党の体質を変え、政治の制度そのものを変えないと、政治はだれがやっても同じことの繰り返しのような気がします。そういう意味では、GUNSLINGER GIRLが中立正義の側にいて悪い連中を片っ端から必殺仕置きしていくのは手っ取り早くて良さそうじゃないですか。(笑)
 しかし今回のコロナウイルスが、実際にどこかの国か組織の陰謀だとしたら、怖ろしいことですね。

2020/05/23(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

数年前に安楽死を求めてスイスに行き、数百万円払って
想いを遂げた日本女性がいました。
飲食を絶ってあの世に行くという方法も苦しみがなければ
最上の方法でお金もかからない。
空海もそんな方法で入定したと読んだことがあります。
最後に「喰うかい?」と訊かれたとか訊かれなかったとか。
バーソさんのfavorite song は多彩でいい曲ばかりですね。
「花の街」は美しいメロディと歌詞が心を打ちます。
坊さん嫌いの父親が亡くなったとき、生前の希望のブラームス
「ドイツレクイエム」を流したのですが、長すぎてみんな(父親も
含めて(笑))退屈そうでした。
「これなら坊さんのお経にした方がよかった」などと不謹慎な声も・・・。
私の時の曲? みんなの好きな曲、「河内音頭」でもなんでもいいです。
だって私、聞けないんですもん(笑)
まあでも最も好きな曲なら、チャイコのピアノ協奏曲第一の冒頭の
部分です。あまりに激しいので生き返られることを期待して。

2020/05/23(土) |URL|エリアンダー [edit]

Re: こんばんは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)

 私がネットで見たのは、スイスで安楽死を遂げた日本人女性ではなく、割合元気そうな、そんなに歳でもない白人女性が笑みを浮かべながら、看護師さんに注射を打ってもらう動画でしたが、うーん、たいした勇気だと感銘を受けたことがあります。これはエリアンダーさんのところで見たのじゃなかったですかね。
 モルヒネでも効かないほど痛みがひどいなら注射もやむを得ませんが、そうでないならやはり自然死がいいですね。私は生来が臆病なのと採血の針でも怖いほうなので、安楽死の注射なら腕がブルブル震えてしまいそうです。

「最も好きな曲なら、チャイコのピアノ協奏曲第一の冒頭の部分」ですか。正統派のクラシックの代表曲みたいですね。エリアンダーさんらしいです。家庭がそういう上品な音楽の傾向だったのでしょう。私の母親はアメリカかぶれでジャズが好きだったので、やはりその影響を受けています。

 ピアノ協奏曲で思い出すのは、中学のとき、音楽の先生が色白で細い体をしていてベートーベンのような長髪でした。ラフマニノフが大好きで第2番と第3番を授業で流し、どちらがいいかと聞くのですが、私には(みんなも)2番のイントロ部分のあのメロディしか良さが分からなかったですね。今でもそれほど名曲だとは思えないのは、聴く側の感性に問題があるようです。

 ネットで有名なピアノ協奏曲を集めて聴けるサイトがあったので、いまショパン、ベートーベン、リスト、シューマン、グリーグのピアノ協奏曲の最初のほうだけ聴き比べてみましたが、やはりチャイコフスキーが一番ですね。この曲は良さが分かりやすいのは、旋律が素晴らしいのと、よく演奏されるので聴き慣れているせいもありそうです。雄大で、ドラマチックで、心臓がドキドキしてきて、気持ちがだんだん盛り上がってくる曲です。確かに、永眠したと見えた人間も息を吹き返しそうです。

 今回はラストにエリアンダーさんのところで見つけた名言を〆(しめ)に使わせてもらいましたが、これは偶然、関連記事で昨日(金曜日)だったかに見つけ、これはちょうどいいと思って、すでに書いてあったのと差し替えました。私の選んだのは懐メロばかりだったので、言い訳にぴったりでした。(笑)

2020/05/23(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

コロナのことがあって

ぼくも自分の死を今まで以上に意識するようになりました。

>数々の思い出と共にある昔の佳曲は、自分の人生への追憶と愛着とそれにともなう自己愛のようなものを感じるところが、人生最終章の気分に合うのでしょう。

このことは、本当によくわかります。
新しい映画や音楽は次々と忙しなく生まれてきて、今なお新鮮な発見があり、素晴らしいものはたくさんありますが、何度でも聴きたいもの、色褪せないもの、死に際に聴きたいと思えるような音楽は、自分が人生において大事に思っているものと密接に結びついたものだったりしますね。

こうして紹介いただいたバーソさんの大切な一曲一曲を繋げていくと、バーソさんのこれまでの人生をダイジェストに見ているような気持ちになります。

ぼくは過去に断食に没頭した時期がありましたが、空腹の先にある感触は、死に向かっているというよりも、むしろその逆でした。
きっかけは確か「人は食べなくても生きられる」という本だったかと思いますが、読後の高揚感はまさに、「食べなくても生きられる」という自信に満ち満ちた全能感でした。
いっぽうで、飢餓で死亡するケースや、能動的な断食が死への導きになるケースもあるということは、自分の「こころ」次第で、飢餓や断食は「生」にも「死」にもなりえる、ということなのかもしれませんね。
今では、食べたいときに食べ、食べたくないときは食べない、体の欲求に任せるがままの食生活を送っております。
そのうちまた、長期的な断食がやりたくなるときが来るかも?しれませんね^^

2020/05/24(日) |URL|友資 [edit]

Re: コロナのことがあって

友資さん コメントありがとうございます^^)

 懐メロと言われる歌謡曲は自分が生きてきた時代の曲ですが、クラシックは何百年も前の外国の音楽ですから、ともに懐かしさを感じるといっても、その懐かしさの意味合いがちょっと違うようです。
 人間の記憶はだんだん薄れていって過去のことは忘れがちになりますが、懐かしい記憶の場合は、何かの刺激によって過去が再体験されるのだそうですね。
 音楽はその刺激を快適に手軽に与えてくれるわけで、(学者はドーパミンが増えるせいだとか説明するかもしれないですが)、人生に音楽があるのは、そしてそのような感受性が人間に備わっているのは、なんと素晴らしいことかと思います。

 友資さんも断食の経験があるひとでした。スピリチュアルを真摯に追究する人は瞑想や断食をして、悟りの境地を追い求めるのでしょう。
 一か月も断食をした著名人がいます。もっと断食を続けている人もいて、まったく食べないという人も世界にはいるようです。しかしそこまで来ると胃や腸は何のためにあるのかと問い掛けたくなりますが、不可思議な話は世界にいろいろあって面白いものです。
 友資さんは「空腹の先にある感触は、死に向かっているというよりも、むしろその逆でした」か。肉眼では見えない領域に近い人のようですね。
「今では、食べたいときに食べ、食べたくないときは食べない、体の欲求に任せるがままの食生活を送って」いるのですか。それも仙人のようですね。友資さんは顔も体もほっそりしているようですが、しかし芯は頑強のように見えます。
 私はまるまると太った宗教家はあまり信用できないですね。(笑)
 
 体重増加については、朝、顔を洗うとき、ちょっと頬がふくらんだなと思ったときは、すぐ食事量を抜くことにしていて、そうするとすぐウエストが締まってきます。
 昔の日本では「かっぷくのいい」と言うのは誉め言葉でしたが、いまは「肥満体」と言われますから、中年以降は健康のためにも気をつけないといけませんね。

2020/05/25(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

お邪魔します、

バーソさんは
辞世の曲が、とても多いのですね。
どなたかが仰るように、
全て聴いている間に、
生き返ってしまいますね。
私はあまり考えたこと、ありませんが、
強いて挙げるなら、ベートーヴェンの
「ロマンス、ト・ヘ長調」になります。
第九の歓喜の合唱とか。

「音楽は精神の酸素」
成る程!

2020/05/31(日) |URL|ミルティリおばさん [edit]

Re: お邪魔します、

ミルティリおばさん コメントありがとうございます^^)

「辞世の曲」はどんなものがあるかなあと考えてみたら、こんなにいろいろあったので自分でもちょっと驚きました。たくさんあるというのは決定打がないのであり、言い換えると何でもいいという“いい加減さ”の表れかもしれません。

 若い頃はいろいろこだわるほうで、着る物は茶系統オンリー、飲む物は紅茶で、ダージリン、腕時計は丸型ではなく四角、というように好きなものが決まっていましたが、今はおおむね何でもいいようになりました。
 音楽も歌謡曲は好きじゃなく、特に演歌は虫ずが走るほど嫌いでしたが、今は、中にはいい曲もあると思えるようになり、進歩(?)しました。

 ミルティリさんはベートーヴェンの「ロマンス、ト・ヘ長調」ですか。さすがと言うか、やはり、こういう曲がいいのですね。
 いま、YouTubeで聴いてみました。私の好きな曲の一つです。この曲もありました。旋律が素晴らしく、しびれます。胸にグッときます。生きていて良かったなあと思えてきます。

 私は辞世の曲はフォーレの「夢のあとに」かタイスの「瞑想曲」がいいと思っていたのですが、この曲を入れて、バーソの三大辞世の、いや、自省を込めながら、時世を超えた世界へ旅立つときの曲にしたいと思います。(笑)

2020/05/31(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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