「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 昨今の「自粛」の話と「百匹目の猿」の話の共通点。 


 自粛要請に応じないパチンコ屋の店名を公表する、と都府県知事が発表したら、案の定というか予想通りというか、翌日、他県ナンバーの車もぞろぞろやってきて、店頭に長蛇の列が出来ました。若者も多く、女性もけっこういましたね。

 抗議も多くあり、ほとんどのパチンコ屋は休業要請に応じたようですが、しかし客のほうが自粛しなかった原因は、ストレスを解消したいという小義名分の他に、「赤信号 みんなが渡れば 渡りたい」というわけで、ひとが何かすると自分もしたくなる付和雷同的な「群集心理」や「同調心理」もあったと思われます。

 この旧型ミーハーウイルスは、知事の発言がきっかけになってパチンコ愛好家らに意識伝播し、彼らに集団同調行動を取らせました。


    soir.jpg


 意識が集団に突然伝播したとして「百匹目の猿」とHundredth Monkey Effectいう話が知られています。

 1953年、宮崎県串間市の幸島に棲むニホンザルの一匹が 餌のイモを洗って食べるようになり、それを真似する仲間の数が臨界量(ここでは100匹)を超えたとき、群れ全体が同じ行動を取るようになり、さらに驚くべきはなんと遠く離れた大分県高崎山の猿のコロニー全体も同じ行動を取るようになり、これは凄い!というわけで、この集団同調行動が世界中に知られました。

 これは《ある行動や思いは一定数(臨界量)を超えると、場所を離れた同類の仲間にも伝播する》実例として、経営コンサルタント船井幸雄の著書『百匹目の猿――「思い」が世界を変える』により、猿だけでなく人間にも起きる超常現象の実例として、日本の精神世界(ニューエイジ)の間にも広まりました。

 ところがこの話はフェイクでした。元の話は英国の生物学者ライアル・ワトソンが著書『生命の潮流』(1979年)に発表したもので、博士はその根拠として日本の霊長類研究の第一人者である河合雅雄博士の論文を参考文献に挙げているのですが、その河合博士は「そんな事実は無い」とインタビューに答え、著者のワトソン自身も、自分が創った話であることを認めているのだそうです。

 学者や著名な識者の話であっても鵜呑みにはできません。ネットの話の多くは素人が書いているので、私の話も含め、眉に唾をつけて読むことが必要でしょう。


    socklf.jpg


 心理学者のユングは、《シンクロニシティ=複数の事柄が意味的関連を呈しながら同時に起こる共時性》や《集合的無意識=民族や人類の心に普遍的に存在する元型のような潜在意識》について論じていますが、ではこの「百匹目の猿」で話題になった《ある一定数の人間に意識変化が起きれば、大きなうねりとなって世界全体が変わる》という学説については、これも嘘なのでしょうか?


『神との対話』の本の“神”がシリーズ本の中で、その点を説明しています。

『神との対話』のシリーズに『明日の神』という本があるのですが、著者のニール・D・ウォルシュが、彼に現れた神(おそらくハイヤーセルフ)と、その点について自動書記により対話をしています。以下、ニールを《著》としています。


(サンマーク出版『明日の神』30-32ページ抜粋)

著「地上の物事が良い方向に向かうくらいプロセスが進行するのは、いつなんですか?
神「まもなくだよ。もうじきだ。人類がその気になればね」

著「人類がその気になれば、ってどういうことですか?」
神「人類がその選択をすれば、神(※)についての理解は急速に変化するということだ。あなたが生きている間にも起こり得る。30年も経てばそうなる。最初のドミノさえ倒れたら、もっと速く変化するかもしれない。要するに、全体的な変化が起こる臨界量(クリティカル・マス)に達するかどうかという問題なのだよ」(※バーソ註:宇宙や生命や人生についての真理と言い換えてもいい)

著「臨界量ってどれくらいなんですか?」
神「あなたがたが考えているほど多くはない。臨界量は半分以上だろうと思っている人もいるが、そうではない。25パーセントでもないし、10パーセントでもなく、5パーセントですらないのだ。全体の2パーセントから4パーセントに達したら、影響が出始めるよ。
 お湯が沸くのを見ていてごらん。お湯が沸騰点に達するのは表面の半分が泡立つときではなく、それよりずっと前だ。臨界量の影響は指数的に増加する。だから強力なのだ。ほんの幾つかの泡が表面に沸き上がってきたな……と思っていると、あっという間にお湯は沸騰する」

著「すると、たとえ少数の人々でも神についての理解に変化を起こそうと選択すること、それが必要なんですね。では、人々にそういう選択をさせるのは何なのでしょうか?」
神「二つのうちのどちらかだな。今よりもっと激しい憎悪か、もっと大きな希望か。憤怒から生まれて世界を震憾させる暴力と殺戮の惨事か、あるいは別の方法で生まれる世界的な目覚めか」

著「もっと別の道はないのですか? 惨事や災厄ではない道はないんでしょうか。だって、人類が世界的に目覚めることなんて、ありそうもないですから」
神「そんなことはないさ。あるよ。(中略)
 その第一歩は、考えのレベルで起こる。
 人類の未来は、人々が自分たちについてどう考えるかにかかっている。
 あなた方の考えから、あなたがたの現実が生まれる。
 あなたがたの考えから、あなたがたの未来が生まれる。
 あなたがたの信念があなたがたの行動を創り、
 あなたがたの行動があなたがたの経験を創る。
 だから、あなたがたが何を信じるかがとても大切なのだ
」 
.


 世界を良い方向に行かせるプロセスを進行させるには、まずは自分が《自分の考えを変えていくことがとても大切》で、そんな人が全体のわずか2~4パーセントになれば急速に影響が出始めると言われています。

 神については信じられないとしても、《自分の考えを変えていけば世界は変わる》点については、まあそうだろうな、と同意できるのではありませんか。


          monqo.jpg
       
口にはマスク、眉にはツバ。しかし心の目はしっかり見開いて。




《補足》
 じつは既存の宗教が教えている「古い神」概念を棄てて、「新しい神」概念を受け入れることができれば、自分の考えを変えることはぐっと容易になるのですが、それには上述の『神との対話』シリーズの本が大変参考になります。私はこれらの本で目が覚め、30年来の積み重なったウロコ層が目からバリバリッと剥がれ落ちました。既存の「古い神」の概念しか知らない場合、その神と宗教組織については多々問題ありとして批判したくなると思いますね。
 
 前回の記事は《人間はじつはみな同じ存在なのだ》という話でしたから、今回の話はちょっと矛盾があるように思えるかもしれませんが、しかし人間はみな大いなる魂である神から分離した個別化された魂であり、神の子であり、究極的な観点では本質はみな同じものであると考えれば、矛盾はなくなると思います。

「ハイヤーセルフ」とは、何度も生まれ変わっている自分の本質(魂)です。高次元から自分のすべてを見通している、神のような賢い存在です。善であれ悪であれ自分の自由意思を行なう助けをしていて、総体的また究極的には魂の成長を助けているとされています。
「守護天使」や「ガイド」「守護霊」も、自分を見守っている高次元の存在ですが、過去生で何らかの縁があった別の存在です。

 画像:Image by Omni Matryx from Pixabay

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意識の進化は遅々として

『百匹目の猿』について……。
ワトソンが創った話だとしても、
その思考は現実になると、私は思っています。
数学や物理、科学の世界でも、遠隔地で同時多発的に
閃きが生じたりするのもシンクロニシティ。
広い意味では『テレパシー』でさえ、
シンクロニシティの伝播だと体感したことがあります。
(互いの志が変化するとテレパシーも消える)

かなり難しいですが……。
個人はもとより、社会や世界レベルでの惨事や災厄に見舞われたとき、
『これが、私の意識の現れなんだ』と自分に言い聞かせます。
すると、他者(政府、評論家、暴徒)を責める気は失せ、
自責の念にかられて悲しくなってしまいますが……。

世界の20か国で翻訳、出版された『神との対話』。
スピリチュアリティが生まれる環境づくりを目指す
『ヒューマニティ・チーム』を創設したニールさん。
その活が世界50か国に広がっていても、
未だ人類総人口の2~4%になっていないのでしょうかね?

モナリザのマスク…まさか、バーソさんが加工したとか?
適度に汚れがあってリアルなのに、しっくり感ありますね。(笑)

2020/05/02(土) |URL|風子 [edit]

バーソ様
おはよう御座います。

そうするとごくわずかな2~4%の人がパチンコに行くので大ぜいがパチンコ店に押しかけていくのでしょうか?
パチンコの場合は店をあけるからいけないのか、やりたがる人が多いので店をあけるしかないのか、どちらなのでしょうね。
行政側は一方的に店のせいにしていますが。

政府が押し進めるカジノ構想はどうなったのでしょうね。このパチンコ騒動のなかではとても進められないでしょう。

愛新覚羅

2020/05/02(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: 意識の進化は遅々として

風子さん コメントありがとうございます^^)

『百匹目の猿』の話は実話ではないとしても、実際にその種のことはあるのだろうと私も思います。
 事故や災害が“同時多発的に”起きることはよくありますね。シンクロニシティの現象は確かにあり、そういう事例を単なる偶然だと言い切ることは出来ないと感じることはけっこうあります。
 風子さんが生来その種の能力を持っているということは、運命的にそのような賜物(タレント)を生かすべく生まれてきているのでしょう。そして自分で選択した人生を懸命に歩んできたのでしょう。

 イエスも「タラントの例え」で、主人が従僕らのそれぞれの能力に応じて、ある者には5タラント、ある者には3タラント、ある者には1タラントというように、異なる量のタラントを預けた話を述べたことがあります。タラントとは当時の貨幣の単位ですが、それが後になってタレント(才能)の意味になりました。ですからタレントは人はみなが持っているのですが、ひとによってその多い少ないがあるようで、それは先天的なもののようです。

> 互いの志が変化するとテレパシーも消える
 これは面白いですね。意識が同じひと同士だと意識は通じやすいが、意識が違うと話が通じない。馬の耳に念仏を唱えても意味がないのですね。

 かつて私の所属していた教団は一般の教会と教理がかなり違っていて、魂や霊魂や地獄の存在を否定し、まじないとか占いとかこっくりさんとかはすべて悪霊的なものだとしていましたが、私は元来が合理的な思考傾向のほうだったので、当時はそのような教団の教理は私の性(しょう)に合っていましたね。今でもオカルトとか丹波哲郎とか怪しげな託宣めいたものは全然波長が合いません。

> 個人はもとより、社会や世界レベルでの惨事や災厄に見舞われたとき、
『これが、私の意識の現れなんだ』と自分に言い聞かせます。

 ああそうですか。私もそういう傾向がありますね。私の場合、言い聞かせないとそうは思えないというのがちょっと悲しいところですが。(笑) 
 風子さんは「自責の念に駆られる」のですか。それは立派です。自分に当てはめて考えないような人が、他者の批判ばかりして得意になっているのでしょう。

 ニールの『神との対話』は私のバイブルになっていて、ひとによく勧めるのですが、読んだと言ってきた人はいないので、やはり先天的にというか、あるいは後天的にというか、精神世界のことはそもそも合う人と合わない人があり、そのギャップはかなり大きいようですね。

 画像は《補足》の最後に、フリー画像サイトの指示通りに注釈を入れたのですが、英語だったので分かりにくかったかと思い、その先頭に「画像」と追加しました。3枚とも同じ作者です。

2020/05/02(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

「バタフライ効果」も・・・

え゛っ~! もう一回言わせていただきます。 え゛っ~!
私この話、好きですっかり信じ込んでいました。
なんで世界のサルがイモを洗わないか、地獄谷のサルみたいに
温泉に入らないかを不思議に思っていましたが、
バーソさんのお陰で胸のモヤモヤがとれすっきりしました。
似たような「バタフライ効果」というのも「風が吹けば桶屋が儲かる」といった
類のヨタ話かも知れん。(笑)
ライアル・ワトソン!!! 時間を返せ、金を返せ、青春を返せ!

>神については信じられないとしても、《自分の考えを変えていけば世界は
変わる》点については、まあそうだろうな、と同意できるのではありませんか。

同意できます。
1000年前の無名の修行僧の告白、

若い時、私は世界を変えたかった。
世界を変えることは難しかったので、私の国を変えようとした。
国を変えるのも難しかったので、自分の住んでる街を変えることにした。
街を変えることも難しかったので、大人になったら、家族を変えようと思ったが、
それも出来なかった。
いま、老人になってみて、私が変えることのできるのは自分だけだと分かった。
そして突然に思った。もし・・もし、ずっと昔に自分を変えていれば、私の家族を
変え、家族は街を変え、国を変え、世界を変えることさえ出来たのだ。

2020/05/02(土) |URL|エリアンダー [edit]

Re: タイトルなし

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)

「初めに言葉ありき」「われ思うゆえにわれあり」―――何かの行動や物事の最初に、まず意識があったことは、物理的な原理から言って間違いないことです。精神や心理というのはかなりの力を持っていて、ある考えを少数の人が持つと、周囲の人も影響されるということはよくあることではないでしょうか。

 大勢の人がパチンコ屋に押し掛けたのは、おもに「群集心理」と「同調心理」じゃないでしょうか。知事がテレビに出て、休業してないパチンコ屋のことを話題にしたので、パチンコファンはぜひやりたいと思って出かけていき、さほどパチンコファンでないとしても、それは面白そうだと思って出掛けて行った人もかなりいたのではないかと思います。

 東京・巣鴨の地蔵通り商店街は、昔はかなりさびれていましたが、テレビで取り扱われてから急に異常に人が増え、いつも佃煮にしたいぐらい大勢の高齢者が集合しています。
 映像の力は大きいですね。昨今は政府や教育よりもテレビが大衆心理をかなり牛耳っていると思っています。若い人にはSNSがかなり影響を与えているのではないでしょうか。電波の力に負けた新聞は各社軒並み赤字のようで、衰退の一途を辿っています。

 しかしパチンコ屋があるのは世界では日本だけ。そのほとんどは朝鮮系の人が経営しているそうですが、その韓国ではパチンコは条例により禁止されています。なんであんなものを大の大人がやりたがるのか、不思議です。以前、職場で私がパチンコはやらないと言ったら、上司から、パチンコをやらない人間は駄目だと言われ、同僚からは呆れた顔をされたことがありますよ。カジノより面白いのでしょうか。

 日本人のコロナウイルス死亡者のパーセンテージがヨーロッパに比べると二桁ぐらい少ないのは「民度が高いからだ」と言う人がいますが、パチンコ屋の事例を見ると、どうなんだかなあと思います。

2020/05/02(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 「バタフライ効果」も・・・

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)

 じつは私もまったく信じ込んでいたので、数か月前、コメント欄で、この「百匹目の猿」の話について言及したことがあります。
 ところがこのたび記事を書くにあたって、念のために確かめるべく検索していたら、この話の反論を見つけたのです(実話としているサイトも幾つかありました)。
 ただ、この種の反論はよくあることなので、さらに検索したらWikipediaでも「架空の物語である」とされており、また著名人のブログを含む幾つかのサイトでは、いろいろ具体的に証拠を挙げ、著者自身が作り話だと認めていると論理的に説明されていたので、これは反論のほうを信用することにして今回の記事に含めることにしたのです。
 しかしこの話の関連で「地獄谷の猿」や「バタフライ効果」や「風が吹けば桶屋」の話までも思い出すのは、エリアンダーさんならではですね。

> 1000年前の無名の修行僧の告白、
 そうそう、この話は覚えています。私もこれとほとんど同じ文章をネットかメールで読み、確か「チベットに伝わる話」としてブログに引用したことがあるような気がします。なので今、拙ブログの思い当たるカテゴリの幾つかを調べ、幾つかのキーワードでブログ内を検索してみたのですが、見つからず。ひょっとしたら自分の勘違いかもしれませんが、ともあれ、この修行僧の告白はいい話ですね。

 非常にいい話なんですが、実際に自分に当てはめるのは非常に難しい話です。いい話を自分に適用できないのはどういうわけなんでしょう。その心理が面白いと思います。
 自分の心を変えるのは容易ではないのですから、ましてひと様の心を変えるなんてことはかなり困難なことです。あのイエスでさえ、使徒と呼ばれる信頼できる人はたった十二人だけで、そのうちの一人は裏切り者でした。イエスがゲッセマネの園で官憲に捕まったとき、使徒の代表格であったペテロは「私はイエスなんか知らない」と誓って否認したら、イエスの予告通り雄鶏が三度鳴いた話はよく知られています。他の弟子たちはみな逃げてしまい、イエス処刑後は、みな故郷のガリラヤに戻って漁師をしていました。ただ、そのわずか11人の弟子から始まって世界のキリスト教に発展したのですね。

 自分の信念のためには自分の死をもいとわないような人はたいしたものだと思いますが、ただ信念というのは世間的常識的には間違っていることもあり、盲信や強信になると自爆テロや暗殺事件につながるので、すべての信念行動を称賛することはできません。とかく人間はなかなか自分の信念を変えたがりませんが、善悪の判断とか良心とか正義感というのは、諸刃の剣的なところがありますね。

2020/05/02(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは

「神との対話」シリーズは殆ど読みましたが、
その内容は殆ど忘れてしまいました(笑)
ニールは離婚を6回(今はそれ以上か?)もした人で、
人間性にはかなり問題がありそうです。
大体世間一般の考えと違う考えを主張する人は、
人間性も普通でない人が多いようですね。
もちろん悪い方向に普通でない場合もあります。

今の社会は、段々改善されてくる社会なので、
別のレールに乗り換えるのはかなり不安がありますね。
今の日本で社会を変えたいと思う人、特に若い人は、
(高齢の方は、まだあまり改善されてない頃の社会の影響が大きい)
何かしら心理的な問題を抱えている可能性があります。
例えば「今の日本」で「フェミニズム」に傾倒する「若い女性」など。
日本の周りにある国々のような社会になるのは特に嫌です。
かといって理想化される北欧のような国になるのも問題が多いです。
みんなが我を張り、崩壊した家族の中で愛されずに育ち
犯罪者になる人が多い北欧・・・
左派は世の中を変えようとしますが、
世の中の問題だと見えていたことも、実は自分の問題で、
自分を変えれば問題に見えなくなることが多いです。

私は最近は霊的な体験が少なくなりましたが、
若い頃は多くて、考え方にも影響がありましたが、
最近まで考え方に大きな影響があるのは、
事故で死に掛けたときに見た光景と、
死を決意したときに夢で見た光景です。
この2つの死に近づいたときに見た光景が、
自分の世界観の土台になっています。
最近は、色んなスピリチュアル本で学んだことより、
実際に自分の身に起きたことを土台にしたほうがよいと感じます。
学んだことを土台にすると、
自分に都合のよい部分だけを選択するので、
結果的にエゴを強化する方向に作用することが多いと感じます。

2020/05/02(土) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさん コメントありがとうございます^^)

 また長文の感想、うれしいです。思ったことを書きますね。

1.ニールは離婚を6回かそれ以上した。
 普通の道徳観で考えれば、ニールは結婚という生涯の契約を守らない不道徳な人になりますが、まず『神との対話』の本はニール個人の考えが書かれているのではなく、ニールをチャネラーとして降りてきた神(ハイヤーセルフ)の考えが書かれている本なので、その内容の良し悪しとニールの人格とはさほど関係ないと考えますね。
 むろん人格があまりにひどければ別ですが、たとえていえば総理大臣の振る舞いに多少問題があろうと、その政策が良くて実行力があれば可とするようなもので、その逆に、人格は申し分ないが、頭が悪く、しかも実行力はないというのが国民には一番困ります。

 第二に、ニールに現れた神は、無条件の愛であり、決して批判せず、ありのままを受け入れる神です。そこが既存の宗教の神とまるで違う点ですから、そういう意味ではニールは完璧な人格ではないので、著作にはうってつけの人材であると言えそうです。そんな人間でも神は受け入れて自分のメッセージを託しているわけですから。
 ニールの神は、常に正直であれと言っていて、たとえ愛が冷めても絶対に離婚してはいけない結婚という人間の契約制度は支持していません。
 ですからニールの個人的なことは知りませんし、関心もないですが、ニールはそういう意味では自分にも相手にも正直に生きてきたのではないでしょうか。結婚も離婚も、互いに納得しているのではないかと思います。

2.今の社会は、段々改善されているので別のレールに乗り換えるのはかなり不安がある。
 そうですね、私の若い頃と比べると隔世の感があります。公園のトイレがずいぶんきれいになりました。駅前の商店街にはヤクザ予備軍のチンピラがよく歩いていて、カツアゲをされたこともありますが、今は見なくなりました。役人や警官や郵便局員が偉そうにしなくなりました。父親が妻や子供に威張らなくなりました。パワハラやセクハラが減りました。飲み会で酒を強要されなくなりました。公の場では禁煙になりました。・・・などなど良い点は沢山あり、もう以前の生活には戻りたくないですね。
 スペインかぜのような伝染病が流行しても。昔だったら政府が助成金や補償金を出すなんてことはなかったと思います。私の子供の頃、台風で家が流されましたが、自治体やまわりからキャラメル一個の差し入れもなかったですが、当時の社会はみなそんなものでした。

3.日本の周りにある国のような社会になるのは嫌。
 まったくその通りで、旅行代とホテル代を出すからと言われても行きたくありません。その二つの国が日本よりも好きな人はなぜなんでしょう? 不思議です。

4.北欧のような国になるのも問題が多い。
 我を張るというのは個人主義が浸透しているせいでしょうか。「和」の国民とは違うのでしょう。犯罪が多いのは警官が少なく、刑罰が軽いせいじゃないでしょうか。ただ、「治安の良い国ランキング2019」では、1位アイスランド、2位ノルウェー、3位デンマーク、4位シンガポール、5位ニュージーランド、6位日本、7位スイス、8位スウェーデン、9位オーストリア、10位フィンランドと北欧の国が多いですね。左派の人がよく引き合いに出すドイツは17位で、英仏米はベスト20位にも入っていません。よく、日本を欧米と比較して悪く言う人は、この数字をよく見てほしいものです。
https://www.compathy.net/magazine/2019/07/26/world-security-ranking/

5.左派は世の中を変えようとしますが、世の中の問題だと見えていたことも、実は自分の問題で、自分を変えれば問題に見えなくなることが多い。
 そうなんでしょう。動画を見て、ひとは「いいね!」を押しているのに、自分は腹が立つのは、盲人が象を見るようなもので、ただ視点と観点が違うだけかもしれません。それに自分の嫌な面を他人の言動に見るのが、人はいちばん嫌だそうですから、あることに過度に腹が立つのは、じつは自分に内在するコンプレックスに腹を立てているのかもしれないですね。

6.最近まで考え方に大きな影響があるのは、事故で死に掛けたときに見た光景と、死を決意したときに夢で見た光景です。この2つの死に近づいたときに見た光景が、自分の世界観の土台になっています。
 大変な体験をしましたね。死を決意したときもあった。でもそうしなくてすんで良かったですね。しかし死を垣間見たら、この世の中でなにがあっても大抵のことは大丈夫そうですね。そういう体験をした人は、真理を会得している感覚になるので、スピリチュアル本などは信用し難く、重要視しなくなるのでしょうかね。

7.学んだことを土台にすると、自分に都合のよい部分だけを選択するので、結果的にエゴを強化する方向に作用することが多いと感じます。
 これはその通りなんでしょう。ですが、自分が納得するとか共感するとかの心理は、結局は自分が好きな考えでしょう。そして人生とはそれでいいのだとも思いますね。
 ひとや世間が良いと勧める生き方を生きるために人間は生まれてきたのではなく、自分がやりたいことをするために生まれてきたとする考えに共感しているので、人生とは、要は自分が納得して共感できた考えを、ひと様に迷惑を掛けないようにしながら行なっていけばいいと思っています(と言いながら、それが出来ていませんが)。
 私は長年、聖書の神の不合理性や矛盾を感じていたので、そのせいで余計に『神との対話』の本の神に共感を覚えたのだと思います。

2020/05/02(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

競争相手は閉めている。行政の指示に逆らっている。世間のパッシングを覚悟で営業している。
そんな店に行って勝てる訳がない。だから本物のパチンカーは行かない…とプロは言ってました。
ボッタクられて当たり前、金をドブに捨てに行く…ふっとある本で読んだネズミの集団自殺を思い出しました。
ネズミは何の為にわざわざ深い河に飛び込むのか?…溺れるかも知れないし、向こう岸で待つのは死かも知れない。
なのに飛び込まずにはいられない…こうなると哀れにも依存症に取り付かれてるとしか言い様がないです。
これはDNAの為せる業か?恐ろしい事にホモサピエンスの最も古い祖先はネズミなんですよね。
我々は今、依存症に犯されたホモサピエンスの集団自殺を見ています…これは笑い事ではありません。
数十年前、ファシストや現人神を称する天皇に依存したホモサピエンス達も同じ事をしました。
如何にイザと言う時に正気を保つのは難しいか?がよく分かります。

2020/05/02(土) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)

> そんな店に行って勝てる訳がない。だから本物のパチンカーは行かない…とプロは言ってました。
 プロは金目当てだから出ない台には近づかないのですか。自粛要請されてもそれでも行くのは金目当てではない素人だから、烏合の衆として野次馬根性で行くのでしょう。こういう火事の現場を見たがるような人が増えましたね。ちょっとテレビでおいしい店があると紹介されたら、何時間も店頭に列をなす人が増えました。
 いまの世の中は太平なんですね。遊びをしないとストレスが溜まる。暇だとすることがない。テレビでストレスを解消するための工夫などが紹介される番組を見ると、まあ今の人は甘えて生きているのだなあと思います。
 しかし自粛で仕事がなくなったら。その日暮らしの生活をしていた人は困るでしょう。甘えてなんかいられません。そういうストレスは本当に困ったものです。今回のコロナウイルスをきっかけに、社会の雇用システムが変革するといいのですが。

 レミングの「集団自殺行動」については、じつは自殺ではなく事故だそうですね。彼らは泳ぎがうまく、溺れ死ぬことはないそうです。Wikipediaにこうありました。

1.周期的に大増殖と激減を繰り返しており、集団移住の後、激減することから誤解された。
2.集団で川を渡ったり、崖から海に落ちる個体があることから誤解された。
3.生物は種の保存のために行動するという俗説、1960年代に提唱された個体数調節理論とレミングの逸話の合致。

 ホモサピエンスは歴史のはじめから、常に愚かしいことをしてきましたが、全体的に見れば確実に世の中は良くなっているのではないでしょうかね。愚かな体験にも半面を見れば必ず多少の益があり、人類は数々の失敗から多少は学んできているはずです。
 東京では石原慎太郎は一つ良いことをして、東京の道路からディーゼルのばい煙がなくなりましたが、これも人類の一つの進歩です。世界はこれから電気自動車の時代になり、空気はいっそうきれいになりそうです。今回のウイルス問題も、ある人は死に、ある人の生活は貧しくなり、中には廃業するケースもありますが、在宅勤務とかワクチン開発とか新しい仕事の開発とか、視点を変えればいくらか良い点はありそうですし、良い点を探すべきです。
 
 戦前の話をすれば、世界の有色人種の土地を奪って植民地にし、人々を殺して金品を奪い、奴隷としてこき使う、弱肉強食の帝国主義が当たり前の時代がありましたが、しかし今では大国が小さな島を奪いに来るとしても、国同士の大戦争は起こりそうにありません。互いに多大な損害を被り、国が疲弊することが分かっているのと、そのようなリーダーは世界から叩かれて失脚するのが目に見えているからです。

 昔に起きた問題は完璧には改善されてないとしても、いまではかなり反省され、改善され、だんだん良くなっているのではないですか。過去や現在を批判ばかりしているよりは、近未来の社会を改良することや自分が工夫できることを考えながら、積極思考で生きていくほうがいいように思いますね。

2020/05/02(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは

「たとえていえば総理大臣の振る舞いに多少問題があろうと、その政策が良くて実行力があれば可とするようなもので、その逆に、人格は申し分ないが、頭が悪く、しかも実行力はないというのが国民には一番困ります」
これは全くそのとおりだと思いますが、
スピリチュアル界のオピニオンリーダー達は
宗教的指導者と同じ立場なので、
あまり不道徳なのは問題だと思います。
ニールが6回以上離婚したことで
不幸にした人がいるのは想像に難くありません。

https://www.compathy.net/magazine/2019/07/26/world-security-ranking/
バーソさんが示した上のランキングは、
国「外」情勢などを加味したランキングですね。
北朝鮮などの危険な国が近くにあると下がるランキングです。
心理的な安心感も加味されるので、
犯罪が少なくても
犯罪に対する不安が大きい日本人の性格も不利になります。
純粋な国内の犯罪率のデータは下のようになります。
http://honkawa2.sakura.ne.jp/2788.html
北欧で日本より犯罪率が低い国はありません。
左派は社会規範を軽んじるので
左派の割合が増えるほど犯罪率が上がると予想しています。
マスコミ関係者は左派が多いので犯罪率が高いです。

「そういう体験をした人は、真理を会得している感覚になるので」
真理を会得した感覚がある人は、
真理を会得していないと思います(笑)
自分が見ているのは、物事の「ほんの一面」だけで、
物事の実相は自分が見ているものとは全く違う面が
無数にあることを示されました。
そして、自分と正反対の考えも、
自分の考えと同じ質のエネルギーと原理により
生じることを見せられ体感させられました。
聖書に「あなたは自分の髪の毛の一本でさえ黒くも白くもできない」
とあります。
何を学び何を信じるかは自分で選べますが、
自分に起こることは選べません。
私が実際に自分に起こることを重視するのは
私に起こる物事はランダムに起きているのではなく、
ある意図を持って必然的に起きていることも示されたからです。
そして、私がスピリチュアル本をあまり重視しないのは、
それを信じることで自分の精神性がかなり低下していることを
見せられたからです。
当時私が最も軽蔑していた人と全く同じレベルまで低下していました。
重要なのは、その時々で
「あなたが愛だと感じることを実行する」というシンプルなこと。
そうすれば一見上手く行っていないように見えても、
魂のレベルでは上手く行っているということ。
世界の仕組みはシンプルかつ壮大であること。
スピリチュアル本を読むと、
エリートでもないのに精神的エリート意識が生じますが、
学歴が高い人の学歴自慢やお金持ちのお金持ち自慢のほうが
事実なので余程ましです。

2020/05/03(日) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさん コメントありがとうございます^^)

> ニールが6回以上離婚したことで不幸にした人がいるのは想像に難くありません。
 普通の常識で考えれば、そうだろうと思います。特に女性のほうは生活の支え手がいなくなるので、暮らしていくのが困難になったひともいたでしょう。また、愛する相手から捨てられて、悲しい思いをして不幸になった女性もいたかもしれません。

 ニールのプライバシーについては全然知らないので、ここでは一応ニールの味方をして、あえて贔屓目に考えてみますね。
 1960年代に既成の価値観に批判的なヒッピーと呼ばれる人たちがいて、性の自由や大麻解禁、非暴力、菜食主義、物質ではなく魂の体験を求める人生思考で知られていました。彼らの最後のほうはかなり規律が乱れ、フリーセックスとマリファナ集団だと非難されたようですが、当初は皆そういう新しい革新的な生き方に共感する純粋な男女が集まって生活を始めたようです。

 そのような人たちの恋愛観から考えるなら、女性の立場からすると、相手の男性が自分を好きじゃなくなったのに、それでもなお別れずに自分に引き留めておくのは愛がないことになります。相手の男性が自分ではない他の女性を好きになったとしても、愛(アガペー愛のような博愛精神)があれば、自分の幸福より、その相手の男性の幸福を願って相手の望む通りにさせたいと思うのではないでしょうか。自分が不幸になるから絶対に離婚しないというのはエゴであり、愛がないからです。

 ここでちょっと思い出した話をついでにすると、私は芸能界についてはほとんど知らないのですが、樹木希林さんが絶対に離婚届けに印鑑を押さなかったそうです。しかしもし相手の男性を心から愛していたのなら相手の男性の幸福のためにハンコを押すのじゃないか?と私の妻に感想を述べたら、いや、相手の男性が勝手に離婚届けを出してひどかったのだと妻は樹木希林の味方をしていました。

 話を戻して、一方、男性の立場で考えれば、もし好きになった別の女性が現れた場合(Vacancyさんには考えられないことでしょうが、一般論でいえば、あり得ます)、もし現在の女性(妻)が悲しんで不幸になるのなら、男性は新しい女性との恋愛関係を進めようとは思わず、最初の段階から決意して身を引くのではないかと思います。そうするほうが愛があるからです。

 今朝はネットでたまたま宍戸錠の子供が昔を回想して、父親の女性遍歴の話をしている記事を目にしました。彼は1300人斬りをして、時には家に連れてきたこともあるそうですが、それでも奥さんは特に離婚したいとは言いださなかったそうです。
 ニールの神は、愛する対象が複数いるのはいけないことか?とニールに質問していましたが、それがいいかどうかなどは別にして、もう相手に対する愛が冷えたのに、なお一緒にいなければいけないとする考え方はどうなんでしょう? 
 結婚は大抵若いときにするものですから、若い時というのは得てしてひとを見る能力がないものです、見る目がないために、いわば不良品をつかまされても返品が出来ないのは良いことなのか悪いことなのか、どうなのかという問題が生じると思いますね。
 もっとも、子供がいる場合は事情が違ってきて、子供のために離婚しないほうがいいかもしれません。離婚して女性が子供を引き取った場合は、男の収入の何割かを必ず給与からの天引きのような方法で差っ引いて支払わねばならないとする法律があったほうがいいと思います。あるいは車の自賠償のように、結婚したら必ず結婚保険に入り、離婚したら生活の困るほうに保険金を支払う方法もありそうです。私の母親は二度離婚したので大変苦労しました。子供二人も大変苦労しました。女性と子供のためにも保障は必須だと思いますね。

 聖書は姦淫以外の理由で離婚することを戒めています。私も長年そういう教えを受けてきたので、離婚は罪になるという感覚を持っているのですが、愛がなくて冷え込んだ結婚生活でも、絶対に離婚しないほうが幸せなのだろうか?と考えることがありますね。

> 北欧で日本より犯罪率が低い国はありません。
 世界の犯罪率のランキング表は最近のが見つからなかったのですが、Vacancyさんのこのデータは西暦2005年のOECD諸国26か国のものですね。なるほど確かにアイルランド、ニュージーランド、アイスランドが上位3位で、英国とオランダ、デンマークが続いています。日本は最下位から2番目で、かなり良いようです。

 ちなみに2016年度の韓国と日本の犯罪を比較すると、性犯罪全体では約21,200件。これは日本の約3倍の件数、人口比で約7.4倍の比率となるそうです。なのに日本をやたら悪く言い、韓国や中国をやたら褒める日本人がいるのは不思議です。
 https://www.jijitsu.net/entry/2018/02/23/060000

> 自分が見ているのは、物事の「ほんの一面」だけで、物事の実相は自分が見ているものとは全く違う面が無数にあることを示されました。
 そうですか。無数にあるのですね。そうだろうというのは理論的には分かりますが、感覚的にはちょっとわからないですね。実感してみたいものです。

> そして、自分と正反対の考えも、自分の考えと同じ質のエネルギーと原理により生じることを見せられ体感させられました。
 この感覚もぜひ味わってみたいものです。

> 何を学び何を信じるかは自分で選べますが、自分に起こることは選べません。私が実際に自分に起こることを重視するのは私に起こる物事はランダムに起きているのではなく、ある意図を持って必然的に起きていることも示されたからです。
 私も、自分に関わる事象は、ある(究極的には良い)意図を持って必然的に起きていると思っていますが、それは自分が信じていることや自分で選んだ結果として必然的に生じているのじゃないですか。ただ、人間は自分が結果を起こした原因者であることを認識してないだけじゃないかと思います。。

> そして、私がスピリチュアル本をあまり重視しないのは、それを信じることで自分の精神性がかなり低下していることを見せられたからです。
 これは少し分かるような気がします。というのは私もある教団に所属していたので、かなり思想が世間一般から見れば偏っていたはずだと思うからです。ただ、当時は聖書の考えや生き方こそ正しいのであって、世間のほうが間違っていると思っていましたが。「狭き門を通れ」とある通りです。

> 「あなたが愛だと感じることを実行する」というシンプルなこと。そうすれば一見上手く行っていないように見えても、魂のレベルでは上手く行っているということ。世界の仕組みはシンプルかつ壮大であること。
 これこそ『神との対話』の中心テーマですね。人間の本質は愛なので、愛ならどうするかを考えて行動すればうまくいくと強調されています。

> スピリチュアル本を読むと、エリートでもないのに精神的エリート意識が生じますが、
 そうなんですか。私はスピリチュアルの本はほとんど読まないし、スピリチュアルブログも訪問してないのですが、読んだら(知っただけで)エリート意識が生じるというのがよく分からないですね。あるとしたら、くだらない人間だと思います。
 私は精神世界の本は好きなのですが、読んだらかえって自分の至らなさが痛切に認識され、自分は駄目だなあ、行動力が足りない凡人だなあと思わせられていますよ、本当に。
 聖書を学んでいた頃もそうでした。イエスや使徒たちなど信仰のある人たちに比べると、自分の信仰の未熟さに落ち込むことがよくありました。

 ところが『神との対話』の神の愛は無条件の愛で、何をしても許されていることを知ったら(何をしてもと言ったら説明不足で勘違いされそうですが)、長年の悔やみや悩みが薄れて、すっかり安心してしまいましたよ。(笑)
 教団にいたときは、絶えず神の不興を怖れていましたが、ニールの神を知ってからは良心の痛みゆえの長い心痛と悔やみがなくなり、平安を持てるようになったのが私には一番の救いでした。

2020/05/03(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Vacancyさんへ。いつもありがとうございます。^^)

 先(上)の返コメですが、ちょっと言い回しを微修正したところがあります。
 特に最後の段落の3行は、誤字(両親→良心)があり、また勘違いされやすいと思ったので、言葉を付け加えました。

 なお、私はニール個人に共感しているわけではなく、ニールの神に共感し、その意見にほとんど心酔しています。
 ニールはスピリチュアルの教祖にはなってないと思いますよ。ニールの神は、「ブッダのような顔をした男が現れたら、それはブッダではない」と本の中で言ってましたが、ニールはメッセンジャーに過ぎません。単なるチャネラー(霊媒)です。(もっとも、今は著名になって広報宣伝マンになっていますが、そのファンは、ニールの神のメッセージに関心を持っているはずです)

 ですので、記事の副見出しを以下のように書き替えました。

 ニール・ドナルド・ウォルシュが著書の中で、その点を説明しています。
          ↓     ↓
『神との対話』の本の“神”がシリーズ本の中で、その点を説明しています。


 私の前々回の「首相の例え」はちょっと不適切でした。

 著名な学者の論文を秘書がタイピングした場合、その秘書が離婚を何度も繰り返していても、論文の価値に変わりはないはず、と言ったほうがより適切でした。

 離婚については、ニールの全面的な味方をしたように感じたかもしれませんが、結婚制度については、生涯の誓い(契約)というのが本当に良いことなのか、いまは疑問に思っています。
 真実の愛情関係は契約関係ではないでしょうし、夫婦の冷えきった関係が一生続くのはお互いに大変不幸なことでしょうから、カトリックのように離婚は絶対いけないとするのは間違いだと思うようになりました。
 ただ、6回も離婚したというのは、さすがにどうなのかと思いますし、昨今の若い人が気軽に同棲をして、きちんと籍に入れないのもどうかと思いますが。


 以前、拙ブログで紹介したフランス映画を思い出しました。
『美しき緑の星』は、人々の意識が高い理想社会を描く映画。

 https://barso.blog.fc2.com/blog-entry-214.html
 地球ではない別の星での理想的な社会を描いた映画です。
 この映画を見ていろいろ感動することがあったのですが、その中でサッカーをしている男性同士が同性愛者のようであることが示されていました。かなりひらけた精神構造の社会のようです。その星の生活スタイルはアメリカにあるアーミッシュよりもっと原始的で、これはちょっと行き過ぎで、真似したくないと思いましたが、しかしながら、その星は、それはそれは平安に満ちた善良な良い社会でした。

 ニールの神が述べる他の進んだ星の社会では(あるいは地球上のどこかの村では)、長老たちを中心として暮らしていて、生まれた子供は村の年寄りらがみんな育てると書いてあったような気がします。その方法は妻(母親)に負担がなくなって良い面がありそうです。
 いまの世では男と女は完全に同権ではなく、女性は仕事の面でかなり不利なので、是正される必要がありますね。そうでないとシングルマザーは永遠に大変です。

2020/05/04(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは

私の馬鹿話に付き合っていただき有難うございます。
ずいぶん昔になりますがカトリック教会に通っていた頃、
神父さんに霊的な経験の話をしたら、
不審者を見るような目で見られたのが
少々トラウマになっています(笑)

私は思想というのは薬のような効果があって、
特定の病気の人に適切な薬を当てえれば病気が回復しますが、
薬が適切でなかったり、病気ではない人に与えたりすると、
かえって健康が悪化すると思います。
私はもともと左派的な性質なので、
左派思想により精神性が悪化するのです。
バーソさんにニールの神の思想が良い効果を与えたのなら、
それはそれでOKな話だと思います。
聖書に「あなたが裁くその裁きで、あなた自身が裁かれる」
とあるように、
ニールの思想はニール自身に適用されるのであって、
ニールの妻には適用されません。
無条件の愛を実行する義務があるのは妻ではなくニールのほうです。
妻はニールの思想ではなく自分の思想を実行する義務があります。
左派は、社会や世の中の人が、
自分の思想に反しているといってブチ切れていますが(笑)
その思想を実行すべきなのは、当たり前ですが、その人自身です。

菜食の話が出ましたが、
一般的にスピリチュアル本では、
肉食は良くないものとされているか禁じられています。
私は良いとも悪いとも思っていませんが・・・
悪い理由として、意識の波動が下がる、意識が獣的になる、
自然環境の破壊、飢餓の問題、などですが、
スピリチュアルな人は大抵肉食を止めませんね。
世間の人は肉食を悪いと思ってないので止める必要はありませんが、
その本を信じている人は、悪いと分かっているのに止めません。
悪いと分かっていても肉食の誘惑にさえ勝てず、
(スピリチュアル本によれば)獣的な波動の低い意識のままで、
自分は何か世間の人より正しい判断が出来ると思っているのが、
不思議な感じです。
色んなスピリチュアルブログを読めば分かりますが、
スピリチュアルな人は一般的にそう思っています。
肉食の是非を論じたいわけではありませんが、
そんな簡単な事を止めることさえ出来ない人が、
(もちろんバーソさんのことではありません)
世間の人の行動や社会のあり方の是非を論じて、
良心が痛んだりしないのか不思議な感じです。

スピリチュアルな人の精神的エリート意識というのは、
アセンション騒動があった頃、非常に強く感じました。
私は底辺の人を見上げるような意識がありますが(笑)
彼らは自分たちが普通以下だという可能性を感じていないのです。
スピリチュアルな人は左派が多いですが、
スピリチュアルで左派という人は、
大抵精神的エリート意識があります。
私は、キリスト教徒を観察しているうちに、
キリスト教に興味がなくなり、
スピリチュアルな人を観察しているうちに
スピリチュアルに興味がなくなり、
左派を観察しているうちに
左派思想に興味がなくなりました。

「私も、自分に関わる事象は、ある(究極的には良い)意図を持って必然的に起きていると思っていますが、それは自分が信じていることや自分で選んだ結果として必然的に生じているのじゃないですか。ただ、人間は自分が結果を起こした原因者であることを認識してないだけじゃないかと思います」
私もそう思いますが、
「何をするか」は「ある程度」選択できますが、
「何が起こるか」を選択できるわけではありません。
「何をするか」も完全に自由ではなく、半強制的な面があります。
善良な人間になりたいという魂の願いがある人が、
黒人に対する差別意識があるなら、
「どのような黒人」として次の人生を送るか
という「限られた選択肢」が与えられるかもしれません。

男女同権については完全に賛成ですが、
現代の一般的なフェミニストは、
女尊男卑を求めている人が多いです。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054888099671
上の記事は思想がどのように人間の精神を破壊するか、
どのようにヘイターになっていくかが分かって面白かったです。

2020/05/04(月) |URL|Vacancy [edit]

ついでに・・・

韓国は小学校で集団レイプ事件が発生するようなお国柄で、
日本の治安の良さと比べることは出来ませんね。
慰安婦の話は、彼らの変態的願望を日本に投影しているだけです。
お金をもらっても自分はそんなことは出来ないというタイプで、
なおかつ他者を過小評価しないタイプの人は、
その欺瞞をかなり早くから見抜いていました。
しかし、そういうタイプは左派から見れば悪魔です(笑)

2020/05/04(月) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

[太字]Vacancyさんへ。ありがとうございました。

> 思想というのは薬のような効果がある。
 なるほど。そうかもしれません。宗教や哲学や主義思想というのは、その当人の心の動機に別に商売繁盛家内安全といった個人的なご利益を求めているわけではない場合も多々あるのですが、薬によるかのように精神的助けを得たいという願い、そして平安を持ちたいという意識は確かにあると思います。
 そういう意識のない人は、そんなことに関心があるのは人間性が弱い証拠だと思って、かえって馬鹿にしたりすることもありますが、そうしたことは良い悪いということではなく、そもそも個人個人の本質的な意識や志向や感覚が違っているせいではないかと思います。

> 薬が適切でなかったり、病気ではない人に与えたりすると、かえって健康が悪化する。
 そうですか。良い薬も人によって合う合わないがあります。薬を飲みたがらない人もいますし、薬を信用しないで、自然食品などで癒していこうと考える人もいますから、合わない人は合わないでいいのでしょう。

> ニールの思想はニール自身に適用されるのであって、ニールの妻には適用されません。
 私がヒッピーの話をしたのは賛同したのではなく、そのグループに集まる男女は同じ思想に共感共鳴した人たちが集まっているのだろうということです。ですからニールを好きになる女性は、基本的にニールの神の思想を理解して納得しているはずでしょうから、ニールから、じつは他に好きな女性が出来たと告白されたら、まあ喜んでイエスとは言わないにしても、ノーとは言わないで諦めて我慢して(ここは無条件の愛を表す場だと思って)身を引いたのではないか、そしてニールはいまやセレブでお金持ちでしょうから、かなりの慰謝料をもらえたのではないかと思います。そのぐらいのことはしないとニールは単に女遊びが好きな男になりますから。
 そして同様にというか、逆に、女性のほうもそうしているのではないかと思います。つまり女性の方から別れ話を切り出した場合もあるのではないかと思います。
『神対』の本の中で、ニールは、いわゆる結婚の誓い(死が二人を分かつまで)をしないで、ただ愛情を表明する言葉を述べた文章を神に披露して、神から、それはいいじゃないかと言われていましたから、彼は自分に正直に生きることを選択し、実践しているのではないでしょうか。なお、彼は自身をスピリチュアルリーダーであると自認してはいないと思います。

 むろん私はそういう男女関係を良いものだとして賛成しているわけではありませんし、大体がひとのプライバシーに全然関心はないのですが、ただ、極度にひらけた社会では、愛を誓約によって相手に義務として押し付けたりはしないということで、それはそれで一つの考え方として完璧なる理想社会の中では有るような気がします。むろん、現在の人間社会ではとても受け入れられないと思いますが。

 肉食は霊的に良くないと言う人がいますね。だったら食べないようにすべきなのに、実際には食べているのなら、言行不一致があると言われても致し方ないかもしれません。私の場合を言えば、基本的にはどんな考え方でもいいと思っていますが、宇宙少年「アミ」の本に、人間は死肉を食べていると書かれているのを見て以来、あまり肉が食べたくなくなりました。
 よく考えたら(本当はよく考えなくても)肉食は家畜を育てて殺して食べているわけですから、じつに野蛮な、愛のない行為です。鯨を殺すのも羊や牛や豚を殺すのもみな人間の勝手な欲望の行為ですから、食べないようにするのが倫理的には正しいことなのでしょうが、ここが人間の勝手なところで、自分が楽しいことや得になることは正義になるのですね。

 私はあまり食べることには関心がないほうで、何でもありがたく食べて、満足するほうです。ただ、踊り食いというような、小魚を生きたまま食べるのは嫌ですね。と言いながらアサリやシジミは生きたまま湯の中に放り込んでいるのですから矛盾があります。自然界の弱肉強食の原理は、創造者がそうしたのなら、人間の場合は生まれ変わるのだと言われるのですが、弱い動物には哀れなものです。

> スピリチュアルな人の精神的エリート意識というのは、・・・自分たちが普通以下だという可能性を感じていないのです。
 精神的エリート意識は今まで何度も言いましたが、宗教にもあります。経験が長く、特に知識がある人は、パリサイ人になる傾向があり、その思い上がった尊大な態度はじつに見苦しいものです。ところが本人はそれに気付いておらず、自己満足に浸っています。そしてそうでない人を見下げています。そういう意味では、スピリチュアルにも宗教にも政界にも、何かの団体組織には必ずと言っていいほど尊大かつ不遜な人がいます。一応階級制がないと言われるエホバの証人の組織の中にも、なんらかの立場や特権を得た兄弟(男の信者)たちの中にそんな思い上がった人がいましたね。

 しかし人間を見ていると必ず失意します。真面目な人ほどそうなると思います。人間はどんなひとでも完璧な人格ではあり得ず、それどころか、かなり良い人間に見えても長く付き合うと大抵アラや欠点が見えてくるものだからです。
 自分が完璧主義だと、それらの欠点ある人間たちに失望し、同様に、うまくできない自分にも失望し、ああ世の中は不条理なものだと希望を失ってしまい、落ち込んだりします。私がエホバの証人だった頃は、(アダムの罪を引き継いでいるので)「人間は不完全だ。だから許しなさい。ひとを見たらいけない」とよく言われていましたよ。
 スピリチュアルや宗教のエリート意識が強い人と左派のエリート意識の強い人には、他者を低め、自分を高める共通点がありそうです。それゆえに批判や攻撃をすることを大の得意としているように見えます。それに気づいていないのが哀れです。

> 「何をするか」は「ある程度」選択できますが、「何が起こるか」を選択できるわけではありません。
 そうですね。事象はまさにそう見えます。だから人生は面白いとも言えそうです。自分が選択した通りに人生が動いていけば、そんな決まりきった人生は面白くもなんともないですから。
 ですから大筋は自分で大まかに決めているのですが、その中で実際にどう活動するかは、その時々の自分のこまかな選択でいろいろ道が分岐して変わっているのであり、その多様な変化が人生の“妙”ではないかと思っています。

 私が男女同権に言及したのは、女性は男に従属しなければ(すなわち結婚しなければ)生きていきにくい今の社会の不合理さを述べただけのことです。
 男女同権はもちろん大事ですが、それを声を大にして叫ぶフェニミストと呼ばれる人たちの活動は、じつはあまり好きではありません。何々manではなく、何々personにしろとか言って、いわゆる言葉狩りをする人たちの言動もあまり好きではありません。そのこと自体は別に悪いことではないのですが、しきりにそのような批判ばかりして得意になっている、一見正義感のようで、じつは優越意識が動機であるかのようなその尊大さが鼻につくのですね。
 私が反日リベラルを好きじゃないのも同じことで、革新的なイデオロギーが嫌いなのではなく、日本人なのに日本人を不当にことさらに卑しめ、捏造までして貶めて(自己反省しているのならまだあいいのですが、そうではなく)、むしろ得意になっている、その尊大な優越思考が嫌いなのです。
 ただし、あまりこんなことばかり言っていると、結局はお前もそうじゃないかと言われてブーメランになりそうなので、これくらいにしておきますが。(笑)

 紹介されたサイト。ありがとうございました。一応、6,7本は目を通しましたが、こういうグダグダとネガティブな文章は苦手で、途中で読む気が薄れました。暇を持て余したようなときにでも、読んでみますね。

> 慰安婦の話は、彼らの変態的願望を日本に投影しているだけです。
 慰安婦問題に関しては性的な嗜好を「投影しているだけ」というのは面白い分析だと思います。
 日本は同じ併合支配を台湾にもしているのに、台湾は非常な親日で、韓国は極度な反日なのは、なぜか。
 台湾は本来は中国なので、民族的に中華思想という誇りを持っていて、しかも中国共産党から別離した国ですが、韓国は長年ほとんど中国(そして元)の属国でしたから、コンプレックスがトラウマとして民族の中に浸みこんでいて、それゆえおとなしい日本を貶めて優越感を保ちたいのではないかと思います。
 韓国を良く言い、日本と米国を悪く言う日本人はじつは戦争に負けたコンプレックスが潜在意識に強くあるのではないか、だから自分を日本人から除外したいのではないかとも思ったりもします。

2020/05/04(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは

別にバーソさんの思想や価値観について
とやかく言うつもりは無くて、
どちらかと言うとバーソの意見をお聴きしたい
という気持ちが強いかもしれません。
私は左派やスピリチュアルな人は
精神的に平均以下な人が多いだろうと思っています。
と言うの彼らは事実を言う人が嫌いだからです。
平均以上の人は事実を言われると気持ち良くなります(笑)
美人が容姿のことを言われるとか。

例えば肉食の問題でも、
世間の人は悪いと思わず肉食をしていますが、
スピリチュアルな人は悪いと思って肉食をしているので、
倫理的にはスピリチュアルな人のほうが悪いです。
肉食をしているスピリチュアルな人が
環境問題を心配するなんてのは良くある話で、
ジョークとしては少し面白いですが、
本気で言っているなら、頭は大丈夫ですか?
と言いたくなります。

愛の問題でも、
1.他者はあるがままでOK。自分は成長の必要あり。
  (愛と向上心あり)
2.他者も自分もあるがままでOK。
  (愛あり向上心なし)
3.他者は成長の必要あり。自分はあるがままでOK。
  (愛と向上心なし)
と定義すると、
保守派は普通は1で、
で左派やスピリチュアルな人は普通3で、
彼らがかなり成長すると2になるという感じです。
3でも自己愛があるじゃないかと言われそうですが、
愛のある人は、他者のあるがままも愛します。
3は自己愛に偽装したエゴイズムです。

そして左派思想やスピリチュアルの孕む問題は、
人の精神性を低下させることと、
精神性の低さを精神性の高さと定義し、
人の意識レベルをそこに縛り付けることだと感じています。

完璧主義については明らかに私の欠点で
自分を傷つける諸刃の刃です。
私が日本に生まれた理由の一つがそれの是正だと思っています。
日本的美意識に不完全な美を愛でるというものがあります。
私はもともとシンメトリーなものなど
完全性を感じさせるものに美を感じるのですが、
こういう美意識はどちらかと言うと初歩的な美意識だと思います。
しかし、日本的美意識は非常に高度な美意識だと思っていて、
そういう日本的な考え方に触れると、
畏敬のようなものを感じることが多いです。

韓国が慰安婦問題をでっち上げた「動機」は、
バーソさんの分析のとおりだとだと思います。
慰安婦物語の「内容」が、彼らの性的嗜好の投影だと思います。
ライタイハン問題がその証左です。
日本はライタイハンのような問題を起こしていません。

そう言えば、
「神との対話」で神が
ヒッピー精神を褒めていたと記憶していますが、
チンパンジーなんかは特に意識しなくても、
普通にそんな感じなのではないでしょうか?
ヒッピーみたいな人は割りと好きですが(笑)

2020/05/05(火) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさんへ。

 私は、左派だからそれゆえに嫌いということはなく、ことさら反日をしている人のそのおかしな根性が嫌いで、彼らがメディアで発言をして影響力が大きいので悪く言うだけです。だから韓国人を悪く言うことはあまりなく、親韓・反日の日本人のほうと、彼らの悪意の虚偽宣伝を長年見逃してきただらしない日本政府を悪く言っています。
 スピリチュアルもそういう意味では嫌いということもなく、今はさほど関心がなくなったというのが正直なところです。むろん精神世界には関心があるのですが、今は特に定期的に訪問しているサイトはないですし、新たに買った本もないですね。

 以前、教団にいた頃は、キリスト教の中でもかなり倫理観は高い異端教団で、それが好きだったのですが、中には一部、尊大な人がいて気になったということぐらいで、そういう人がいるから教団や聖書が嫌いになったということはないのです。
 私が教団を離れたのは、第一に主にネットにより、教団本部が主要な教理の間違いを知っていながらそれを覆い隠そうとしたことが分かったのと、第二に米国本部の組織運営に金儲け主義ゆえの偽善があったことが、組織の中枢にいて離れた人の著作から明確に分かったからです。そして第三に『神との対話』が大きな力を果たしました。
 ところがネットのアメーバブログに多いのですが、反エホバの証人サイトを見ると、会衆(教会)の長老(無給の牧師)や巡回監督(10ぐらいの会衆をチェックする長老)が偽善者だとか人格が酷いと悪口を言うブログが非常に多いのに気づきます。教理の間違いを論じているブログより、個人の信者の悪口を書いているブログのほうが多いように感じます。

 私は末端の人間が人格的に問題があるぐらいでは、大体が人間は欠点だらけで不完全だと思ているのと、それはそれ、これはこれと分けて考えるほうですから、個人の誰かが悪いからと言って教団のすべてが悪いと思うことはないですね。中には立派な人もいましたし、自分だって偽善的なことはしたことがないものの、人格的にたいしたことはないですし、リンゴ園の中には腐ったリンゴもありますから(もっとも、ニールの神は、腐ったリンゴというものはないと述べていましたが)。

 捕鯨を非難する欧米人の多くが肉食であろうことを考えると、やはり人間は他者がすることは悪いが、自分のしていることは悪いとは思わない自分勝手な傾向がありそうです。以前、野党の代議士が、与党の大臣が公費で宣伝ウチワを作ったとして厳しく追及して大臣を辞めさせるきっかけを作りましたが、じつは自分も公費で宣伝ウチワを作っていたという事例もありました。

 私は「自由」を標榜し、他者に迷惑を掛けない限り、人はどんな生き方をしてもいいと言ってますが、そう言う自分はどうかといえば、エホバの証人だった頃は真面目一方のコチコチ生活で、やめてからは、じつにおとなしい平々凡々な生き方をしています。冒険はせず、ほとんど世間並みのレールに乗ったごく普通の生活パターンで生きています。
 何か社会を変えるような生き方をしようとか、海外に行って見聞を広めようとかは、今は思いませんね。ヒッピーみたいな人に会ったことはないですが、別に嫌いということはないです。むしろ役人やサラリーマンなんかより好きで、誰でも好きなように生きたらいいと思っています。ただ、彼らやアモリジニの暮らし方に憧れて、自分もそうなりたいと思ったことは一度もないですね。チンパンジーの生活に似ている、ですか。なるほど、似てますね。

 フランス映画の『美しき緑の星』のような素朴な生活は素晴らしいとは思いますが、実際にそうなったら私はイヤですね。パソコンも使いたいし、車にも乗りたいし、スピーカーも作ってみたいし、といろいろ物欲にまみれているので、その便利な暮らし方を失いたくないですよ。(笑) 
 

2020/05/05(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、ご返信ありがとうございます。

私も別に左派が嫌いというよりは、
何度も傷つけられた「恨み」があるのだと思います。
バーソさんは、保守派が一般的になりつつあるときに
保守派に理解を示すようになった感じなので、
特に攻撃あうことも無いかと思いますが、
昔は「保守派・右派=悪」でしかなかったので、
「保守派の言うことにも一理ありますよ」
なんて少しでも理解を示そうものなら、
即、「悪の手先、闇の勢力」なんて感じで、
勝手気ままに差別して叩いてよい相手、
嘘を言ったり捏造して貶めても良い相手、
として認定されるという感じでした。

私は、「事実に関する知識」が乏しい状態だと、
性格の良い人ほど左派的な思想に惹かれると思っています。
左派思想は一見すると美しく感じるので・・・
なので、知識の乏しい若い頃に左派的でない人は
性格に難があるかもしれないし、
若くないのに左派的な人は、
事実に関する知識が欠けているか、
理解力や思考力が乏しいかで知性に難があるか、
または悪意があるのかも知れないと思っています。
悪意のある人は論外ですが、
私はそれほど頭の良さを重視しないので、
知性に難があって左派的な人は、
性格的には良い人が多いので、
人としては好きなのです。

キリスト教会については、あまり良い思いではありません。
私は少々(多々か)アスペルガー的なところがあり、
空気を読まず思ったことを言ってしまうことが多いので、
まぁ、私の落ち度も今考えると多いと思いますが・・・
バーソさんの言うとおり、人間は不完全だし、
全くそれでよいのですが、
「奇麗事を言う人」の偽善性については、
少し茶化したりからかってみたくなるのです。
神父さんをからかって、凄い目で睨まれましたね(笑)
冗談で言っていても、私の印象から、
冗談に聞こえないのでしょうかね・・・

2020/05/05(火) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

[太字]Vacancyさんへ。

 すぐ返信が返ってきますね。いま私もあわてて返事を書いています。(笑)

 そんなに傷つけられたのですか。確かに昔は(今でも)保守は右翼で、右翼は悪でしたから。今朝は『虎ノ門ニュース』を見たら、櫻井よしこさんが出ていて、以前は「右翼の女王と言われた」と苦笑していましたよ。
 以前、左系のブログで捏造写真があったので、その点を指摘して論争をしたことがありますが、誠実に議論する人とは対話をするものの、相手に悪意があったり、言い方などに無礼がある人は、話し合いをしないことにしています。不快になるだけで意味がないですから。でもまあ、茶化したくなる気持ちはわからないでもありません。

> 勝手気ままに差別して叩いてよい相手、
嘘を言ったり捏造して貶めても良い相手、
として認定されるという感じでした。
 
 そうですか。前半はまあいいとしても、後半の「嘘を言ったり捏造して貶めても良い」というのが不思議ですね。嘘を言ったらその時点で負けのような気がするのですが、嘘を言ってまでも相手を貶めようとするのが妙です。がしかし、反日の人のすることを見ていると、慰安婦や徴用工の問題にしても、自衛隊機レーダー問題にしても、実際にそのようです。

 私は、以前は左派のほうでした。大体が保守的な考えより革新的な考えのほうが好きで、選挙では(エホバの証人時代は政治に関わらないようにしていて、選挙拒否でしたが)、最近まで自民党に票を入れたことはないですね。
 しかし今は、左派の代議士はひどい反日で、政策は真面目に考えずに、話題は桜ばかり、中には嘘をいう政治リーダもいるので、比較するとかなり与党のほうがマシだと思っています。

 頭の良し悪しについては、とかく頭のいい人は頭の悪い人を見下げる傾向がありますね。私は、頭のいい人は尊敬し、人格のいい人は好きになります。両方揃っている人がいると、ほとんど崇拝します。(笑) 

2020/05/05(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、ご返信ありがとうございます。

「革新的な技術」というのはいくらでもありえますが、
「革新的な考え」というのは、
結構あるようで、なかなか無いものだと思います。
ある個人が簡単に思いつくような方法というのは、
他の人も簡単に思いつくので、革新的に見える考えも、
過去に何度も試されて上手く行かないことが確認され、
みんなが忘れた頃に、別の人が同じことを思いついて、
「これぞ新しい革新的な考えだ!」
となっているだけのことが多いと思います。
保守的な考えというのは、
全人類による数百年数千年に及ぶ実験と検証に耐えて残った、
古く見える「最先端の考え」というものが多いです。
多くの評論家の批評に耐えて残った古典的名作と、
粗製濫造される今風のライトノベルの違いといった感じです。
しかし、ライトノベルといえば、
最近読んだ「三日間の幸福」という作品が素晴らしく、
非常に心を打たれて、頭がジーンとするような余韻が
1週間くらい残っていました(笑)

2020/05/05(火) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさんへ。

 なるほど、そういえば旧約聖書の伝道の書1:9-11には、こう言われています。

「先にあったことは、また後にもある、先になされた事は、また後にもなされる。日の下には新しいものはない。
「見よ、これは新しいものだ」と言われるものがあるか、それはわれわれの前にあった世々に、すでにあったものである。
前の者のことは覚えられることがない、また、きたるべき後の者のことも、後に起る者はこれを覚えることがない。」

 私は本質的にひとと同じことをするのが好きじゃないへそ曲がりのほうで、だからキリスト教は異端と呼ばれている教団に入り、仕事はアイデア勝負のクリエイターになりました。車もトヨタやホンダではないスズキ製に乗っています。パソコンもいわゆるPCメーカー品ではない、ツクモ電気のBTOです。

 でも今はこだわりがなくなり、いい加減になりました。良く言えば包容力が増えました。(笑)

『三日間の幸福』は近くの図書館にあったので、休館が終わったら予約して読んでみますね。ありがとうございました。

2020/05/05(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

これで最後にしますが(笑)、
昔は左派は精神的白人で、
保守派は精神的黒人だったのだと思います。
左派にだけ発言権があり、保守派は言論封殺され、
左派は保守派を自由に差別し傷つけ、
保守派を貶めるために嘘も捏造も自由で・・・
しかし時代は進み、
精神的黒人である保守派も発言権を獲得し、
純粋に事実に基づく論争で
左派の欺瞞を暴くことで勢力を拡大しつつある、
といった感じだと思います。
お目汚し失礼しました。

2020/05/05(火) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

[太字]Vacancyさんへ。

 私は最近、両者の事情を知ったばかりの政治の素人です。以前は、強固な左派の人がそんな思考の人たちだとは全然知らなかったですね。今でも先入観なしにメディアのジャーナリストや知識人たちを見ると、正義感からまっとうな意見を語っているように見えます。
 ところが保守側の反対意見を聴いて両者を比べると、保守のほうがまともな意見を語っていることが分かります。裁判官が検事と弁護士の両方の弁論を聴いてから判決を出すように、何でも両方の意見を調べないといけませんね。

 革新系の人は、なにがなんでも保守の思考だけでなく、その存在そのものを嫌っているように見えます。なぜなら、保守は天皇万歳派で、だから戦争賛成派で、怖ろしいという思考の流れのようです。だから保守を貶めるのは平和に役立つと信じているように見えます。
 そもそもが政府を信用しておらず、要は日本人を信用してないのでしょう。戦前の軍部の精神がいまだに日本人に残っていて、日本人は馬鹿だと思っているので、日本人を貶めることを何とも思っていないのではないでしょうか。

 むろん、中には真面目に良心的に保守批判をしている人もいて、その意見はもっともだと思える時もありますし、与党や政府については厳しい目で見たほうがいいとは思いますが。

2020/05/06(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2020/05/06(水) || [edit]

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2020/05/06(水) || [edit]

最後と言いつつ、
またコメントして申し訳ありません。

私は普通のキリスト教徒より、キリスト教の勉強をし、
キリスト教徒から「修行僧のようだ」と言われるくらい、
真面目に取り組んでいましたが、
(程度はそれ以上でしょうが)
これについてはバーソさんも同じでしょう。
そして、これはただ失った時間ではなく、
確かに良い面があったと思います。

イエスは「あなたの敵を愛しなさい」と言っています。
私もバーソさんもコチコチの左派だったのに、
敵であった保守派を完全にではなくても、
理解し愛せるようになったのではないでしょうか?
私は死に近いづいたときに、
「自分と正反対の考えも、自分が尊いと思う考えと
全く同じエネルギーと原理により出来ている」、
ということを示され助力があったことも一つの理由ですが、
バーソさんは多分 独力でそうなったのだと思います。
真剣にキリスト教を勉強したことも、
それほど無駄にはなっていないと思います。
人生は結構上手く出来ているのかもしれません。

もちろん、保守派を理解したからと言って、
左派が敵になると言うことではなく、
保守的思想を理解することで、
左派的思想がどのように生じているかと言うことも
より良く理解できるようになります。
左派思想の「動機」は「良心」から来ている部分が多いですが、
その「内容」は「無知」から出来ている部分が多いです。
精神的に未熟な左派にとっては、
左派=正義、保守派=悪
でしかありませんが、保守派を理解すれば、
そのような対立はなくなります。
左派思想は、
良心により無知を持って構成されますが、
保守思想は、
事実に関する洞察と知識によって構成されています。
それを統合して、良心と事実に基づく思想を
構成する必要があるのだと思います。

2020/05/07(木) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさん コメントありがとうございます^^)

 あらら、よほど左派と保守の精神構造の違いについては関心があり、よく考えてきたようですね。そしてまた、なんでも力いっぱい取り組むタイプなんですね。

 私も聖書は人一倍勉強したつもりです。聖書は60種類ぐらい持っていましたし、聖書関係の研究書もけっこう持っていました。教団を離れてだいぶ経つ今でも、聖書66冊の書名を創世記から黙示録まで順番に言えます。なにかに関心を持つと、わりあい凝るほうですね。

 教団で聖書を学んだのは自分には必要な勉強であって、宗教というものを知るために今生はあったのだろうと今では思っているので、無駄な時間だったとは思わないのですが、もっと早く聖書の真偽や教団の矛盾などに気が付けばよかったとは思います。
 というのは、その間、忙しくて世間的な普通のことはほとんど何もしなかったからで、もっと本を読むことや自分の趣味や関心事ができなかったことが悔やみと言えば悔やみですね。聖書から「世から離れていよ」と教えられたので、教団にいた頃に流行った音楽や映画やドラマや、時事的なことや政治に関することはほとんど知らず、ほとんど世間音痴ですよ。

 政治は悪魔サタンのツールの一つだと学んだので、保守と革新の違いなどには全然関心がなく、若い頃から保守政党は昔の農協のような旧態依然の頭のカタい人間の集まりで、革新政党は世の中をぜひ改善したいと思う新しい思考の集まりだと思っている程度でした。
 ところが最近の日韓問題を契機に、特に日本のリベラルと呼ばれる左派勢力は反日であることを知るようになり、なぜ日本人が虚偽や捏造までして日本を貶めることをするのか、その不思議な精神構造に関心を持つようになりました。
 むろん自民党内にも親韓派や親中派がいるのですが、つくづく、良心や信念や正義感というのは人それぞれで、面白いものだと思います。だから正しい知識が必要となるのですが、その善悪正邪の世界的絶対規準となるものがないゆえに、人間は思想の面でも争ってきたのでしょう。

 私は性格的に本来は革新的な思想のほうが好きなんですが、しかし、ことさらに得意になって反日活動にいそしむ革新派のメディアや知識人の精神構造はちょっと好きになれないですね。向こうもそう思っているでしょうが、波長が合わないですね。
 私は、どんな思想でも宗教でも基本的には自由だと思っていますが、嘘までついて自国を貶めることをするような人を見ると、同じユダヤの世間一般の人をアムハアレツ(地の民)と言って侮蔑した偽善者パリサイ人を思い出してしまいます。 

2020/05/07(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、ご返信ありがとうございます。

最近のミトコンドリアDNAの研究では、
韓国人の母方のルーツは日本にあるということが分かっています。
彼らは遺伝的には半分日本人ということです。
昔、朝鮮半島には縄文人(倭人)が住んでおり、
北方から侵入してきたハプログループO系統の人々が、
縄文人の男性を根絶やしにすることで、
縄文人の女性の遺伝子のみ朝鮮人に残されたようです。
縄文遺跡の発掘から分かっていますが、
縄文人は平和的民族で武器を持っていませんでした。
面白いことに、
左派の歴史研究者は平和主義者であるはずなのに、
「大陸では優秀な民族が劣った民族を駆逐した」
と説明しています。
そして日本の統治で廃止になった強烈な女性差別や階級差別も
このような民族の成り立ちに起源があると考えられます。

韓国とも仲良くできるならしたほうが良いのですが、
それには韓国が日本に対する差別意識を捨てる必要があり、
これは反日教育が行われている限り、事実上無理でしょう。
教育によって「韓国は日本より優れた国である」という
差別意識が植えられ、しかし、事実はむしろその反対なので、
日本に対して強烈なコンプレックスが生じます。
彼らに差別意識がなければ、
日本に対する感情は台湾のようになるはずです。
関係を上か下かでしか考えない中国の文化圏にある悪影響です。
中国は回りの国を卑しめるための当て字をする文化がありますが、
もともと倭国も「輪国、和国」でしょうし
卑弥呼も「日御子、日巫女」でしょう。

2020/05/07(木) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさんへ。

 まあ、Vacancyさんのこの種の話は止まりませんね。相当分析して、相当たまっているのでしょうか。(笑)

 DNAによると韓国人の母方のルーツは日本人ですか。
 ならば日本人男性が朝鮮人女性を娶ったということで、古代の日本人は半島に住んでいた、すなわち日本の勢力が半島に及んでいたというになりますかね。私は半島から朝鮮人が大勢日本に渡ってきて、日本人と混ざっていったのかと思っていました。
 
 聖徳太子が推古天皇の名で中国の皇帝に送った書簡に「日没する処の天子」と書いたので、皇帝が怒ったと習いましたが、最近はそうではなく、日本の天皇を「天子」としたのが、倭国のくせに対等の気分で書いてきたと思われて怒ったと解釈されているようですね。

 そうであれば、当時の日本人は朝鮮半島に行っていて、しっかりした立場を保っていたし、また大国の隋に対しても矜持をしっかり保っていたことが分かります。

 幕末から明治に入った以降の日本人も意欲盛んで、清国を破り、露国に勝ち、植民地にされていた東南アジア諸国に勇気を与えています。
 ただ、その力が勢いが付きすぎてABCDラインで包囲される結果になり、石油も止められたので、太平洋戦争を起こさざるを得なくなり、負けてしまい、それ以来、日本人のプライドを表明すると、右翼だとか、悪であるかのように言われるようになりましたが。

 それにしても日清戦争で日本が勝ったので、李氏朝鮮は清国から独立できたのですが、それを現代の韓国人はすっかり忘れています。独立門はそれを記念して出来たのですが、今では彼らは、その門は日本から独立した記念門だと思っています。

 歴代の日本政府はこういう誤解を解くことを全然しないで、偽りの非難を言われっぱなしなんですが、なぜ反論しないのか不思議です。「他国の個別のことはコメントしません」という態度は、大人の対応ではなく、軟弱で情けないと思いますね。

2020/05/07(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ちょっと違います(笑)
古代朝鮮半島には無人の期間があり、
その期間が終わって最初に現れるのが、
縄文土器などの縄文人の痕跡であり、
縄文人が朝鮮半島の先住民という意味です。

ちなみに、アイヌ問題でも、
北海道に縄文遺跡より古いアイヌ遺跡は無いので、
アイヌは北海道の先住民ではなく、
「侵入者」ということになります。
縄文人は武器を持っていなかったので、
追い払うのはたやすかったのでしょうね。

歴史もそうですが、人文系の学問は学問と言うより、
ほぼ文学と言うか政治と言うか、学問もどきだと感じます。
これからはDNAの解析も進んできますし、
歴史も少しずつ科学的になって
学問にふさわしいものになればよいと思います。
左派は沢山勉強して自分は知識人だと思っていても、
左派は基本的に人文系の人が多く、
その知識は科学的客観的事実ではなく、
仮説とか偏見のような思想とか価値観とか、
ほぼガラクタコレクションに近いものがあります(笑)

2020/05/07(木) |URL|Vacancy [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさんへ。

 朝鮮半島には無人の期間があって、その後に縄文人の遺跡があったのですか。
 とすると縄文人は、中国が殷とか周という国家になる以前にすで半島に住んでいた。そして大陸に住んでいた民族は、陸続きなのに朝鮮半島に来ていなかったのですかね。

 縄文人が朝鮮半島の先住民という説をちょっと検索してみたら、「韓国人は、ルーツを異にする縄文人と、ルーツを異にする大陸人の交雑で生じた、新しい若い集団である」とありました。また「父系・母系両方の遺伝情報が入った核DNA解析の結果、縄文人は東ユーラシアの人々の中では遺伝的に大きく異なる集団であることが判明した」とか「縄文人のルーツは東南アジアの旧石器時代人との見方が可能である」「渡来弥生人が縄文人を駆逐し、置換するように列島全域に広まったという説は完全に否定されている」ともありました。

 また、ATLのレトロウイルスの研究によると、「日本人にはある種のウイルスキャリアが多数存在することは知られていたが、東アジアの周辺諸国ではまったく見出されていない。いっぽうアメリカ先住民やアフリカ、ニューギニア先住民などでキャリアが多いという特徴をもつ」とありました。

 そうなら雅楽とか言語とか神道などに、大陸とはかなり違う独自の特徴があるのは、日本人の文明のルーツが相当古くからあり、独自に発展してきたからでしょうか。ということは縄文時代から始まる長い歴史の途中に、遣隋使と遣唐使による中国文化を輸入する時期があったのですね。
 そうなら日本人は文明的に中国に対して特に卑下する必要はないし、韓国人は日本人に優越感を持つ根拠もなさそうです。アイヌに対して謝罪して優遇してあげないといけないとする思いがちょっと薄れそうです。

 しかし発掘されたわずかな数の骨を調べて全体を推論する方法には、それほどの確実性はなさそうです。人類のルーツがアフリカだという説も、私はたいして真実性がないと見ています。

 ともあれ、大事なことは昔ではなく、今です。今は反日国家から、根拠もないのに不当に見下されないようにしないといけません。それにはもっと政府と代議士と外務省と文科省に頑張ってほしいものですが、それにしても今の日本を見ていると首相制より大統領制のほうがメリットが大きいように最近は思いますね。そうでないと、あまりに雑音が多くて、リーダーが思い切った良い政策を打ち出していくことが出来ませんから。

2020/05/07(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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