「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 日弁連の「死刑制度廃止を求める要請書」に対する反論 


 死刑制度には賛否両論があり、両者が義憤を表しながら根拠を主張している。
 しかし立場は最初からほぼ固着しており、議論すると争いになりやすい難題のようだ。

 昨年末に、日本弁護士連合会が法相に提出した「死刑制度廃止 要請書」※1を読んだら反論したくなった。
 というのは、最近は「誰でもいいから殺したかった」などと身勝手な理由で人を殺して、なんとも思ってない男が目立つからだ。
 例えば、新幹線で乗客を殺して「見事に殺し切りました」「3人殺せば死刑になるので2人までにしておこうと思った」と言い、無期懲役刑が言い渡されたら「一生刑務所にいるのが夢でした」と喜んで万歳三唱をした事件もあった。


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 むろん、私の意見に拒否反応があるだろうことは承知して書いている。
 正邪の概念、信念、良心は、一人ひとり(微妙に)違うせいもある。

 ①から④の青色の太字部分が「日弁論」の主張です。

        ____________________


① 日弁連:「死刑は、生命を剥奪するという刑罰であり、国家による重大かつ深刻な人権侵害である」


 死刑は国家による「人権侵害」だから重大な国家的犯罪であるという主張だが、この是非を特に《公正》の観点から切っていきたい。

 殺人罪に懲役刑が適正かどうかは、金の貸し借りで考えてみれば分かる。
 金を借りたら同額の金を返すべきなのは至極当然のことだ。1万円を借りたら1万円返すべきで、百万円借りたら百万円返すべきで、1千万円借りたら1千万円返すべきで、1億円借りたら1億円返すべきだ(普通は利子を付けて)。

 もし1億円を奪って返さない人に、裁判所が「1円返せばよい」と判決したなら、それを公正な裁判だと思う人はいない。
 ゆえに「故意に人の命を奪っても懲役刑が妥当」との主張は、被害者の命には1円も払わず、加害者には養う費用をかけ、金銭の支払いが不公正極まるのだ。

「いや、懲役刑は1円相当ではない、加害者は刑務所で長く苦しむ」と反論されるかもしれないが、殺された人は命を返してもらえず、苦しむことさえ出来なくされている。殺した者は3食付きの特別別荘入りだが、殺された人は命も人権も一切消滅し、骨粉になって墓場入り。この違いは1円と1億円の差より大きい。


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 殺された人の「命」の値段は、いくらなら適正かつ公正になるだろうか。
 交通事故の最高補償金額は5億843万円(平成23年)だそうだが、大抵の人は、そんな金額でも「自分の命」とは引き換えたくないはずだ。

 一体「自分の命」の値段はどのくらいか? イエスは、こう査定した。

 人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。
自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。
マタイ16:26


 日弁連より尊敬されているイエスは、「人の命」とは言わず、「自分の命」は世界より価値が高いと言った。「自分の命」は値段が付けられないのだ。

 では無期懲役なら「自分の命」に見合うだろうか。
 悪漢から「お前を殺させてくれ。その代わり、オレは一生牢屋に入るから」と言われて、「はい、どうぞ」と言う人はいない。だから人の命を奪っても懲役刑が適当だとする考えは、他者の命のことなら受け入れやすいとしても、自分の命のことなら心情的に絶対受け入れられないはずだ。


「命には命を、目には目を、歯には歯を」という律法は公正を要求している。
 古代イスラエルでは、「故意にを奪った者にはで償わせよ、を傷つけた者にはで償わせよ、を損なった者にはで償わせよ」と、被害と同等の処罰をすべきことが、裁き人(モーセや祭司や長老団)に命じられていた。

 この古代の規準に照らせば、故意の殺人に懲役刑を課すのは、「命には命を」という同等の処罰ではない。だから聖書的な公正でもないのだ。


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 そもそも、死刑は人権侵害ではなく、国家的な殺人でもない。
 手品やマジックを詐欺と思う人はいない。同様に、凶器の押収は窃盗ではなく、張り込みはストーカー行為ではなく、罰金は恐喝ではなく、逮捕は拉致ではなく、懲役は監禁ではなく、死刑は殺人ではない。ゆえに「死刑は殺人だから人権侵害だ」と言うのは、そもそも言葉の定義と解釈が間違っている。

 江戸時代は十両盗んだら首が飛んだが、現代は10億盗んだら死刑に処すと判決されるとしたら、「生きる権利は人間の根源的な最も大切な権利であり、決して奪ってはならない」と抗議するのは正しい。
 しかし盗みなどではなく、人を殺す罪を犯した者は、その「根源的な権利」を故意に無視し、人の「生きる権利」を奪ったのだから、そんな人間以下の行為をした者の人権をどうして尊重すべきなのか。それは被害者にとっては全然公正ではないはずだ。故意に他者の人権を奪った者の人権が、国家によって制限されるのは当たり前のことだ。

 大体が「人権」を無視した殺人者に、人権を当てはめようとするのは、本人の意思を無視した大きなお世話になり、ある意味、人権侵害になるのではないか。
 なお、死刑囚の中には責任を感じ、「死刑は当然」と考える者もいる。※2

 日弁連は、殺人犯の人権と命は非常に高く見ているが、殺された人の人権と命は、ほとんどゼロと見ている。その判断は到底、法的な公正とは言い難い。


※続きの項目②~④も、時間を見つけてお読みいただければ幸いです。

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        ____________________


② 日弁連:「冤罪えんざいなどの可能性は否定できない。にもかかわらず、一度執行す
れば取り返しがつかないという点で他の刑罰と異なる」


 冤罪は裁判所の「運用」の問題だ。運用の見直しで、ほとんど解決できる。
 すなわち、状況証拠がいろいろあって、限りなく黒に近いグレーでも、決定的証拠がない場合は死刑を宣告しないと定める。そうすれば「誤審」による死刑の可能性は、ほぼなくなる。

 モーセの『十戒』の中に「汝、偽証をするなかれ」とあるが、当時は、偽証は殺人と同列の重罪とされていた。証言次第で死刑になる訴訟で、故意に偽証を行なった者は、間接的な殺人になるわけだから、死刑に処された。申命記19:18 

 よって、故意の偽証が明らかになった場合、悪辣な偽証者は死刑に処す。
 故意に被告を殺人犯に仕立て上げようとした検事や警官も、死刑に処す。
 そうすれば冤罪による死刑執行はほとんどゼロになり、公正な裁判が出来る。

 いや、冤罪による死刑の可能性はぬぐえないので、死刑は廃止すべきだと言うなら、交通事故死は世界で年間135万人(2018年)もあるのだから、自動車とバイクと自転車も廃止せよ、と断固主張したほうがいい。


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③ 日弁連:「私たちが目指すべき社会は、罪を犯した人も最終的には受け入れ
る寛容な社会であり、全ての人が尊厳をもって共生できる社会である」


 主張②で「一度執行すれば取り返しがつかないという点で(死刑は)他の刑罰と異なる」と非難しておきながら、その「取り返しがつかない」ことを無辜の人にした殺人者を「受け入れるのが…寛容で…尊厳のある社会である」と言うのは矛盾があるだけでなく、あまりにも不公正で、虫のいい話だ。

 しかも書き方が巧妙だ。一般論として単に「罪を犯した人も受け入れる」と書いてあるので読んだ者はつい「そうだなあ」と納得してしまうが、死刑制度を論じているのだから、正しくは「故意に人を殺した罪を犯した人も受け入れる」と書くべきで、その重要な形容句が意図的に省かれ、公正な書き方がされてない。

 人を殺した者も尊厳ある社会の一員だから「人権」を守るべきだという論理は、人体を死に至らせるガンも人体細胞の一部だから「ガン権」を守るべきだと言うようなもので、論理に飛躍があり、じつにおかしな理屈だ。
 大体が、その殺人者こそが「人の尊厳」を傷つけ、「共生できる社会」を破壊した原因者なのに、その「尊厳」を傷つけた張本人を「寛容」で受け入れよと言うのは、結局は「人(被害者)の尊厳」を軽々しく見ていることにならないか。


 ここで「罪を憎んで人を憎まず。愛が肝要だ」という反論があるかもしれない。善い意見だが、論じると長くなるので、そのうち一つの記事にしたい。

 ぜひとも「愛」を言いたいのなら、何よりも殺された人に向けなければ、片手落ちになる。愛に偏りがあれば、依怙贔屓とか差別と呼ばれる社会悪だ。


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        ____________________


④ 日弁連:「世界の3分の2以上の国ではすでに死刑が実質的に廃止されており、
OECD(経済協力開発機構)加盟国では日米韓の3か国のみになっている。国際
世論の大勢は死刑廃止である。このままでは世界から孤立してしまう」


 日本の殺人発生率は、先進国最低だ。世界174か国では168位(2017年)と、ほぼ最低。日本より下位国は、シンガポール、バチカン、リヒテンシュタイン、モナコ、アンドラ、マン島の小国だけ。※3 日本の治安の良さは折り紙付きだ。 

 欧米では警官が犯人をすぐ射殺することがあるが、日本の警察は銃を撃つことには極めて慎重。警官が拳銃を発砲すると基本的には出世が遠のくそうだ。※4

 世論の大勢が常に正しいわけではない。日本は死刑制度では「世界から孤立」したとしても心配する必要はない。日弁連はデータを公正に使用していない。


       ____________________


 以上、私は「公正」という切り口で、死刑制度の是非を論じました。※5
「公正」は司法の規準であり、人権の基本だと思っています。
「尊厳」もむろん重要ですが、「公正」があってこそ意味が出るものでしょう。

「愛」や「寛容」は最高に善いもので、それが満ち溢れる社会は理想郷です。
 ですが、現実世界では、それは、あれば越したことがない栄養補助食品のよう
なもので、「司法」の世界では、その前に、基本的必須栄養素である「公正」が
あるべきだと思っています。
 



前回(2/22)のvacancyさんからのコメントが参考になります。→クリック

※1:「Yahoo!ニュース2019.12.3」
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191203-00595798-shincho-soci
「法務大臣 森 まさこ殿  日本において国連犯罪防止刑事司法会議が開催される2020年までに死刑制度の廃止を求める要請書―――日本弁護士連合会」
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2019/opinion_191122.pdf
※2:「慌てて面会にやってきた奥さんは泣いてばかりで、男(死刑囚)は『責任をとるだけ
のこと。人間はいずれ死ぬ』と慰めていました」―――朝日新聞DIGITAL
https://www.asahi.com/articles/ASL8K44YNL8KULZU006.html
「だから死刑は必要だ。無期懲役囚から廃止論者へのメッセージ」―――デイリー新潮
https://www.dailyshincho.jp/article/2018/08100731/?all=1&page=1
※3:「GLOBAL NOTE」 https://www.globalnote.jp/post-1697.html
※4:「現代ビジネス」https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56551?page=4

※5:今回の論議は、たとえば「殺人は社会の共同責任だ」とか「無抵抗の囚人を殺すのは残忍だ」という死刑制度にかかわる意見の他に、「クジラは哺乳類だから殺すのは野蛮だ」とか「隣国と仲良くするためにこちらから譲歩せよ」といった、物事の片面しか見ていない、しかしその主張だけ見ると正論を言っているように見える意見も頭に置いて書いています。
 なお、遺族の心情や救済、刑務所のコスト、刑務官への配慮、犯罪の抑止力などは、ここでは論じていません。それらは死刑是非論議の本流要素ではないからです。

●挿絵画像はフリー画像サイト「pixabay」から借用しています。


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納得、得心しました

ほぉ! 先週に続き『死刑』について深堀したんですね。
おかげで、議論に弱い私でさえ、
死刑制度に関する世論の賛否をググリました。(^_^ ;)

さて、「死刑存続派」「死刑反対派」ともに、
部分的には共感できる理由があり、
調べれば調べるほど、判らなくなってしまいました。
が…しかし……。
バーソさん記事の日弁連の➁と➂は
矛盾も甚だしいキレイごとにしか思えず、
>ガンも人体細胞の一部だからガン権を守るべきだと言うようなもので
論理に飛躍があり……
これなんて、絶妙な例話法過ぎて感服しました。

❢(・。・)うん❢
「愛」や「寛容」の前に『公正』……賛成です。

2020/02/29(土) |URL|風子 [edit]

Re: 納得、得心しました

風子さん コメントありがとうございます^^)

 長文を読んで、検索までしていただいて、お手間を掛けました。
 両者に共感できる理由があると思いましたか。そうですね、もっともだと思える根拠があるから、賛成であれ反対であれ、それが持論になるわけでしょう。
 人権とか尊厳とか人道を言いだされると、正論ですから反論がちょっと難しいのですが、表面的にはキレイごとにしか見えないと感じる正論風な意見もありますね。

 私は、戦争は基本的には絶対反対なほうで、軍備なんていうものは一切廃止したほうがいいという “正論” を持っていますが、では、いま自衛隊をなくしたほうがいいかというと、近隣に油断できない国があるこの現実社会ではとんでもないことだと思います。むしろ事前に攻撃を探知できたら、閣議を経て許可を得ないでもすぐ発砲できるようにしたほうがいい、自衛隊を世界の軍隊と同じく、正式な軍隊として憲法で定め、自分の国は自分で守ったほうがいいと思っています。
 いや、戦争は人殺しだから絶対反対だ、有事にはアメリカに助けてもらえばいいという考えは、ではアメリカの軍人が日本のために戦って死ぬのは悪ではないのか、それはあまりに虫のいい考えだ、とトランプ大統領が言うのが正論になります。正論には気を付けないと、物事の片面だけしか見てないで建前だけで言われている場合がありますね。

 私は、すべての罪は、罪を犯した人が悔い改めるなら許したほうがいいという正論を持っていますが、実際には悔い改めなんかおよそ無関係に、全然良心を働かせず平気で罪を犯す人がいます。
 現実社会で悔い改めていない人間を許したら、間違いなく、もっと犯罪が増えます。その証拠にフィリピンの大統領が麻薬撲滅をするため、犯行を見付けたら射殺しても良いという許可を警官に出したら麻薬事件が激減し、大勢の関係者が自発的に自首してきて牢屋に入りきらなかったという事例があります。

>「ガンも人体細胞の一部だからガン権を守るべきだと言うようなもので」という比喩は分かりやすかったですか。私の考えた “いいところ(?)” をいつも必ずのように気付いて指摘してくれますね。さすがに風子さんです。

2020/02/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは

聖書の「汝、殺すなかれ」が死刑廃止論者の根拠になるのは
間違いとのバーソさんの説、説得力があり、もっと拡散されると
いいですね。
北九州殺人事件、女高生コンクリート詰め事件などの凄惨な事件を
目にすると死刑制度はやむを得ないと思えます。
コンクリ事件の犯人の一人は数年の服役で社会に戻りまた犯罪を
犯して逮捕されています。
アメリカでは懲役2000年とか複数の終身刑(仮釈放の時期になったら、
もう一つの終身刑が適用される)や仮釈放のない終身刑があって、
場合によっては死刑よりも残酷で、受刑者は自暴自棄になって人格崩壊を
きたすこともあるとか。
ところが日本では終身刑といえど25年ほどで釈放されます。
死刑と25年の間を埋める法律ができるまでは私も死刑制度に賛成です。

2020/02/29(土) |URL|エリアンダー [edit]

<日弁連の皆様へ>
1)あなた方は死刑制度を国家権力の横暴の様に言いますが、民主主義選挙によってその国家の指導者を選んだのは国民です。
従って、死刑に対しては国家ではなく国民が責任を負います。嫌なら死刑廃止を公約にする政党を立てて政権を取って下さい。
2)あなた方は、大量殺人を犯した犯罪者を「たくさんの人を殺したのは心神喪失だったからだ」とすぐ無罪にしようとします。
だが大勢の人を殺すには周到に知恵を働かせなければできません。つまり殺人者はマトモに頭が働いていたと言う事になります。
人間は誰しも人を殺す時は一時的に精神に変調をきたします。そこだけを取り上げて心神喪失だったから無罪だとは言えません。
3)寧ろ(まだ死刑判決は出ないが)19人殺した植松聖や36人殺した青葉真司が、1人殺した死刑囚と同じ絞首刑になるのは納得できません。
殺した人の苦しみの数だけ苦しみを味わって死ぬべきであり、江戸時代にあった身体鋸引きの刑などを復活させるべきだと考えます。

2020/02/29(土) |URL|sado jo [edit]

地に落ちた日弁連

 日弁連といえば、「平成の鬼平」こと中坊公平日弁連会長を思い出します。神様、仏様、中坊様、といったところでしょう。しかし、残念ながら、これぞ弁護士という方は、今日に至っては、もうどれだけもいらっしゃらないのでしょうね。

 まずビックリしたのは、日本弁護士連合会が要請書を「法相」に提出したことです。出す先が違うんじゃないの?です。そして「死刑は、生命を剥奪するという刑罰であり、国家による重大かつ深刻な人権侵害である」という“国家”にもビックリ。
 中学校で習いますか、三権分立。立法、行政、司法。これ全部を包含する広い意味で「国家」と言うも、死刑を決定するのは司法であり、この一文は「死刑は、生命を剥奪するという刑罰であり、司法による重大かつ深刻な人権侵害である」とすべきもの。死刑制度を決めたのは立法であり、制度廃止は国会の権能だから、国会に要請すべきもので、法相の権限外です。
 刑法に基づいて死刑を求刑するのは、行政であっても法相から独立した検察官であるから、これもお門違い。
 要請書の細部を見てみたら、法相の権限に属することは「全ての死刑の執行を停止すること」だけで、この部分だけ切り取って法相に出し直していただきたいところです。

 加えて、この要請書は「国連犯罪防止刑事司法会議が開催される2020年までに」と、何とも余計な期限が付されているが、5年に1回開かれる当該会議(コングレス)が今度は京都で開催されるからということが分かりました。
 言ってみれば“俺たち日弁連の弁護士が世界中の法曹界から、脳無しと叩かれるに決まっているから、何とかしてちょ”と法相に泣きついた、といったところでしょうか。

 この要請書は英語版もあります。これを西欧の法曹人が読んだら、何と思うか。三権分立と検察官の独立はどの国にもあることで、小生と同じ感想を持つことでしょう。
 恐れ入りました、この要請書。

 さて、日弁連の要請書に中に、バーソさんがご指摘の「私たちが目指すべき社会は、罪を犯した人も最終的には受け入れる寛容な社会であり、全ての人が尊厳をもって共生できる社会である」という一文が唐突に登場するのですが、この一文の中にある「私たち、寛容な社会」とは、日本のことなのか世界中のことなのか、前後の文脈から判断しようにも、それができない。何ともお粗末。
 ここのところは、バーソさんがおっしゃるとおり、単に「罪を犯した人も受け入れる」ではなくて、「故意に人を殺した罪を犯した人も受け入れる」でなきゃいかんですね。もっと言えば、日本における近年の死刑判決例からすれば「残忍な方法で複数人を故意に殺した罪を犯した人も受け入れる」ということになりましょうか。この一文の挿入は、ほんと、巧妙で意図的かつ恣意的ですね。

 前後しますが、日弁連の要請書は冤罪に関することが長々と述べられていますが、これは言い訳もいいとこです。弁護士の本旨を何と心得ているのか、です。その職務は無罪を勝ち取ることであり、数少ない冤罪弁護士を煙たがっいるような今の法曹界では救われませんよね。

 まあ、しかし、OECD加盟国で実質上しっかりと死刑執行している国は日本だけとなってしまい、随分と旗色が悪くなってきましたが、欧米的価値感で人権を押し付けられるのは、ほんと困ったもんです。
 今日もまた暇に任せて思いのままを綴ってしまいました。失礼しました。

2020/02/29(土) |URL|どろんこ [edit]

結局、やってしまいました

前回、コメントすることができなかった、僕にとってとても難しいテーマのお話でした。
というのも、ぼくがこういった問題にコメントするとどうしても身も蓋もない結論にたどり着いてしまうからです。
そうならないようにコメントするのが難しい問題といいますか。

ぼくにはバーソさんの考えに異論の余地はありません。考察してくださっているとおり、日弁連の主張には欺瞞が満ち満ちてるのを感じます。
個人的には、死刑制度を否定することも、肯定することもできない、そういう立ち位置にぼくはいます。

ひとつ言えることは、完全無欠な「公正」はありえない、ということでしょうか。
有罪か、冤罪か、この二択は「主観」の中でしか生きれない人間が、どう足掻いても100%正しい選択ができない、どこまでいっても不完全な選択肢です。
どんなに証拠が揃っていても、どんなに目撃者が揃っていようとも、一人の罪人が本当にその罪を犯したのかを完全無欠に証明できるものはありません。
死刑制度の必要性以前の、「罪」というテーマにおいてぼくは躓いてしまいます。
この世をパラドックスワールドと個人的に呼ぶことがありますが、まさにそういうことですね。

あーあ…
結局、身も蓋もないところに帰結してしまいました、ほんとにごめんなさい(苦笑)

2020/02/29(土) |URL|友資 [edit]

Re: こんにちは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
 聖書の「汝、殺すなかれ」に言及して、あるいは同じ趣旨のことを言って、「一切ひとを殺してはならない」と主張する人がいます。前回はこれに反論したのですが、この主張はじつは究極の倫理的には正しいことで、ニール・ドナルド・ウオルシュ著『神との対話』の中でも「死刑は野蛮だ」と言われています。宇宙人アミ少年は動物の死にも言及し、「人間は死肉を食べていて野蛮だ」と言っています。
 以来、私は少し認識が変わってきて、聖書で肯定していても、死刑は100パーセント肯定しないようになり、赤い肉を見ると食欲がわかないようになりました。

 ただし、死刑や肉食が野蛮とされるのは、この宇宙のどこかにある、倫理的に進化した星の上での話で、この地球上では、そんな究極的な倫理感に従ってに誠実に行動すれば、うまくいきません。例えば戦争反対を唱え、軍備を全廃すれば、間違いなく大変なことになります。警官が拳銃所持をやめたら殉職も増えそうです。
 ですので、いま「人間の尊厳を守るのは大事だ」という主張は立派で、究極的には正論なんですが、現実社会では、良くなく、問題があると思うわけです。
 
> 北九州殺人事件、女高生コンクリート詰め事件などの凄惨な事件を
目にすると死刑制度はやむを得ないと思えます。

 そうですね。この死刑制度については、絶対賛成と絶対反対と、その中間に「やむを得ない」という立場もあり、これが穏当な意見なのでしょう。言うなれば「必要悪」かもしれません。

 しかし「日本では終身刑といえど25年ほどで釈放」というのは、おかしいですね。アメリカの牢獄は、軟弱な男なら襲われて悲惨な目に遭うところもあるそうで、そういう刑務所なら死刑より残酷かもしれません。チャプリンは日本びいきで、「刑務所を見るとその国のレベルが分かるが、日本の刑務所は世界の中でも非常に衛生面がきちんとしていてきれいだ」と褒めたそうですよ。

2020/02/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)

 この書き方を見ると、joさんが、不正があったら黙って見ていられないほうであることが分かります。なるほど、死刑制度が良くないなら、政党を立てて「死刑制度をぶっこわせ」と言って、政権を取れ、というわけですか。

 弁護士とは正義の味方ではなく、基本的に依頼人の味方ですから、なにかと考え得る限りの理由付けを考え出します。だから、案外もっともらしい正論を述べてはいても、彼ら自身はじつは正論でないことは承知していることもあるかとも思ったりしますが、いや、そうではなく、心の中からそう思い込んでいるように見えます。一つの意見を長く述べていると、それが持論になり、信念になるのでしょうかね。

 心神喪失については、弁護士が、もういよいよ根拠がなくなってきたときに打ち出す最後の手段のようですが、案外これが効果的であることもあって不思議なものです。
 20年ぐらい前に、小学生の首を校門の前に置いた酒鬼薔薇聖斗はかなり頭がいいように見えました。当時、メディアは手紙文を見て、中年男だろうと推測していて、私もそうに違いないと思いましたが、実際は14歳の中学生でした。
 その後、遺族がやめてほしいと頼んだのに、手記を出版しました。短く抜粋引用された文章を読みましたが、やはり頭脳優秀で、悔い改めてはいないと感じましたね。

 日弁連は、殺人犯が、ニ三人ではなく、何百人も無惨に殺し回っても、まだ死刑反対を言うのでしょうか。Wikipediaで殺人事件を見ると、いまは犯人の名を出さずに「少年A」と書いているようです。人権を言うのはいいですが、金持ちや悪い奴にばかり言われていて、弱者や貧乏人には言われないで放っておかれているようなのが気になります。

2020/02/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 地に落ちた日弁連

どろんこさん コメントありがとうございます^^)

 要請書を提出する先が違う。法相ではなく、国会に要請すべきだ。なるほど、ちょっと気が付かなかったです。あの森法務大臣だって精々1年ぐらいの任務期間でしょうから、要請書なんか出してもあまり意味が無さそうです。それでも出すのは、今度は京都で会議が開催されることもあり、世界の法曹界から叩かれたくないためと、これほど日弁連はやっているのだというアピールのためですか。そうならじつにいやらしいことです。

「私たちが目指すべき社会は、罪を犯した人も最終的には受け入れる寛容な社会であり、全ての人が尊厳をもって共生できる社会である」という一文は、聖書のイザヤ書2章4節に書かれている
「彼らは剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず/もはや戦うことを学ばない」という理想の社会じゃないんでしょうか。
 これは国連の壁にも掲げられていますが、国連がその一部も成し遂げていない究極の理想郷モデルを日本に押し付けるな、と言いたくなります。
 先進国のほうが格段に殺人事件は多いですし、日本の治安の良さは、日本に来る旅行客が口を揃えて言っていることで、先のラグビー世界戦でも日本の応援団はずいぶん称賛されました。それなのに野蛮だと言われるとか、もっともらしいことを言って、欧米を真似よと言う日弁連は困ったものです。

 いまは冤罪による懲役刑や罰金刑はあっても、冤罪による死刑の心配はほとんどいらないんじゃないですか。最近では軒並み、最高裁で無罪を勝ち取っていますから。逆に言うと、昔はひどかったのでしょう。『蟹工船』の作者なんか警察になぐり殺されたようですから。
 欧米の価値観が常に正しいと思うのは、明治以来舶来に憧れ、舶来に教えられてきたせいがありますかね。昔、石井好子というシャンソン歌手がなにかにつけ、「パリ、パリ」とパリを称賛するのがくせになっていたことを思い出します。

 今回もよく調べて、長文のコメントを書いていただき、感謝します。勉強になりました。

2020/02/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 結局、やってしまいました

友資 さん コメントありがとうございます^^)

 うーん、友資さんは何でも真面目に考える人ですね。
 この死刑制度の問題はコメントしにくいと思います。私も書きにくい論題だと思っていて、書いたらまた、愛知の表現の不自由展のことを論じたときのように読者が怒ってくるかもしれないと思いながら、でも読者が減ってもしょうがないと思いつつ、しかしこのたびは書きたくなったのでやっと書いたぐらいですから。

> 有罪か、冤罪か、この二択は「主観」の中でしか生きれない人間が、どう足掻いても100%正しい選択ができないどこまでいっても不完全な選択肢です
 和歌山毒物カレー事件の林真須美は、確か状況証拠では非常に怪しく、顔のイメージも良くないが、明確な物証がなく、本人は否定していたと思います。真相はやぶの中でも死刑が宣告されましたが、おそらくこれからも死刑執行はされないでしょう。法相が判を押さないと思われます。

 確かな物証があり、被害者が加害者の顔を見ており、加害者自身も犯行を認めているような場合は間違いないでしょうが、状況証拠しかないときに裁判は難しいでしょうね。
 人間が100パーセント正しく裁けるのかと言えば裁けるはずはないですが、しかし少なめに見て90パーセント以上は、日本の裁判所の場合は大丈夫じゃないでしょうか。時折、政府高官や大企業の場合は裁きが甘くなるように見えることがあるものの、中国本土や半島の裁判に比べたら、かなり良さそうです。

 大抵の宗教は「死後の裁き」を言いますが、そのわけは、生きているときにはこの社会で公正を見ることが少ないので、「いや、死んだ後に神が裁く日がある」と言って信者を安心させているのでしょうかね。
 私はかつては聖書の「最後の審判」を信じていたので、かなりその怖れと畏れの意識が生活を律していましたね。神の裁きは永遠の滅びですから、ひとが見てなくても悪いことはしたらいけない、夜遅い裏道に車も人もいない状況ても、赤信号では必ず停止を守らないといけないと思っていましたよ。今は違いますが。(笑)

2020/02/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんばんは。

そもそも弁護士は犯罪が増えると利益が増える職業なので、
不純な動機を持って死刑廃止を主張しているかもしれません。
弁護士は当然 知的能力は優れていますが、
サイコパスの多い職業であり、人間性は一般人に比べて劣ります。
欧米は日本に比べて訴訟の多い社会というのもありますし、
日本も欧米のように犯罪と訴訟の多い社会になればよいということかもしれません。

学校のいじめの問題なんかも、先生たちは、
被害者を泣き寝入りさせ隠蔽することが解決だと思っているようですが、
いじめをした生徒は退学ということにすれば、
いじめはすぐになくなるだろうと思います。
一般的に学校の先生は、人生を破壊された被害者より、
加害者のこれからの人生に悪い影響が無いように配慮しますが、
それは結果的にいじめを増加させます。

学校以外の場所でも、見せ掛けの平和を実現するためには、
弱者を泣き寝入りさせ、見て見ぬふりをするのが一番簡単なので、
平和主義者たちは一般的にそういう方法をとりますね。
彼らはチベットやウイグルの心配なんかしませんし、
侵略者より侵略者に対抗しようとする人を憎みます。

理想主義的な人は、リアリストを憎みます。
そして日本人はリアリストが多いので、
彼らにとって、一般的な日本人は憎悪や蔑視の対象、
何とかして罰したい対象です。
理想といってもたいしたものではなく、
自分の理想だけが尊いというエゴイズムでしかありません。
他者の理想を尊重するつもりは当然なく、
今の社会が誰かの理想であっても尊重することはありません。

彼ら理想主義者は、冤罪がどうのこうのと言っても、
ヒトラー的なことを全くしていない人をヒトラー扱いしたりと、
自分が人を冤罪に陥れるのは非常に好みます。

頭が良すぎたり、人間性が善良すぎたりという理由で、
一般的な考え方から乖離するということはめったになく(稀にある)、
殆どの場合は、その逆の理由から乖離が生じていることが多いと感じます。

日本は、「騙すほうが悪い」という当たり前の考え方をしますが、
「騙されるほうが悪い」という考え方をする国も多いので、
日本と外国の価値観が違う理由は、
彼らの倫理観の低さに原因がある可能性もあります。

千円の商品を買うということは、千円を払うことに同意したことになります。
死刑のある国で死刑に値する犯罪を犯した場合も同様だと思います。
死刑になることに同意しているのです。

一般的に、法は被害者を守るもの、人権は加害者を守るものです。
人権によって法を無効化することが出来るので、
一部の弁護士のように犯罪を蔓延させたい人には人権は有用ですね。
もちろん人権は尊いですが、何でも悪用しようとする人はいます。

2020/03/01(日) |URL|Vacancy [edit]

バーソ様
おはよう御座います。

1円と1億円の話はわかりやすくて説得力がありますね。
私は前回コメントしたように犯罪者の一番いやがることをするのが刑罰としてはいいのではないかと思います。
私が犯罪者であれば目をくりぬかれたり手足を切断される方が死刑より嫌です。
(勿論麻酔なしです)

愛新覚羅

2020/03/01(日) |URL|aishinkakura [edit]

Re: タイトルなし

Vacancy さん コメントありがとうございます^^)

 さっそく、ありがとうございました。が、本日はちょっと出かけますので、少し待ってくださいね。夕方に帰ってきますが、返事を書くのは夜になると思います。

2020/03/01(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)

 因果応報。原因と結果。自分のしたことが自分に返ってくる。良いことをすればよいことが返ってきて、悪いことをすれば悪いことが返ってくる。
 それが自然の原理のはずですが、実際は悪い奴ほどよく眠るとなっています。そこで刑法というものがあり、裁判所が被害者に代わって裁くのでしょうが、刑罰が軽すぎますね。アメリカの裁判例と比較すると、とんでもなく日本は甘いです。
「目をくりぬかれたり手足を切断される方が死刑より嫌です」か。私も嫌です。当人が嫌なことをするのもいいかもしれませんね。マゾ気味の人がいると困りますが。(笑)

2020/03/01(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2020/03/01(日) || [edit]

Re: タイトルなし

Vacancyさん コメントありがとうございます^^)

 遅くなりました。
 いつも、よく考えられた長文の感想をありがとうございます。

 私の思いついた感想を順に述べていきますね。
> 日本も欧米のように犯罪と訴訟の多い社会になればよいということかもしれません
 特にアメリカは訴訟社会と呼ばれていて、いつだったかケント・ギルバートが、「不公正があったときは、日本人もアメリカのように訴訟をすれば問題は解決するのに」と言ってました。アメリカの判決はすごいですね。マクドナルド・コーヒー事件では当時、60万ドルの罰金が課せられました。でもそんな訴訟が多い社会は弁護士が儲かるだけで、だからアメリカでは弁護士は尊敬されず、イコール悪徳業者だというイメージになっているようです。
 しかし思うのですが、あの『死刑廃止要請書』はひょっとしたら日弁連全体の意思ではなく、一部の少数の会員が集まって勝手に出したものじゃないでしょうか。全員の総意としてそう思っているなら、理想論的な人道主義者の集まりが日弁連だが、しかし日本の法の擁護集団どころか、法をつぶしたいと思っている不法集団になります。

> いじめをした生徒は退学ということにすれば、いじめはすぐになくなるだろうと思います。
 私もそう思います。「弱い者いじめをする者は人間のクズだ」ということを教師は普段から耳タコになるぐらい生徒に教え、いじめをした人間は即、退校処分にしたほうがいいと思うのですが、そうしたという話は聞いたことがないですね。それは人権侵害になるからでしょうか。人間関係の事件では、いつも弱者のほうが損をするばかり。日弁連には、悪い者は適当に弁護し、弱い者の人権は必死に擁護してほしいものです。

> 彼らはチベットやウイグルの心配なんかしませんし、侵略者より侵略者に対抗しようとする人を憎みます。
 中国は領土が広大ですが、じつはウイグル、チベット、モンゴル、そして満州は本当は含まれていないのに、日本の地図には中国共産党が主張している地域が記されているのはどうしてなんでしょうか。日本は強い国におもねる傾向がありますね。日本はもっと台湾の味方をしたほうがいいと思っています。
 いまの中国の弱い国いじめは歴史に名を残すほどの悪行なんですが、日本の知識人や政治家でそれを言う人は非常に少なく、むしろ中国贔屓の人が多いのは不思議です。

> 理想といってもたいしたものではなく、自分の理想だけが尊いというエゴイズムでしかありません。
 これは自分の理想主義に酔っており、自分だけが「よいこ」になって得意になっているせいだろうという分析と、どこかから金をもらっているせいだろうとか、そうすることでテレビ局や出版社から仕事がもらえるからだろうと言う人がいます。どちらにしても、真実のみを語るか、あるいは両方の真実を語るときは偏りなく公平に語ってほしいものです。偽造や捏造までして他者を貶める悪い癖はやめてほしいものです。ヒトラーは戦争を起こし、何百万人も殺しましたが、ヒトラーに例えられている政治家は一人たりとも殺していないのですから、悪口も度が過ぎていて、異常です。

> 「騙されるほうが悪い」という考え方をする国も多いので、
 これはつまりは強い者が勝つのは当たり前だという思想なんでしょう。だから有色人種の国を長年植民地にし、中には民族抹殺をしてきたのでしょう。今の世界は白人優位主義が当たり前になっていて、日本人のほうが優っている面もあるのに、何かと言えば「世界ではこうなっている」「日本は劣っている」と言って、自分の国を非難する人が多いのは困ったことです。謙虚と卑屈は違うことをもっと認識して、適切な自信を持ってほしいものだと思います。

> 千円の商品を買うということは、千円を払うことに同意したことになります。死刑のある国で死刑に値する犯罪を犯した場合も同様だと思います。死刑になることに同意しているのです。
 2人を殺すと死刑になるとよく承知しているので、3人は殺さないように気を付けた人もいますが、ひとを殺すような人は一般に、人を殺そうとするとき、殺したら死刑になるとは思わないで殺人行動をするそうですね。普通、犯罪を犯すような人は後先を考えないでするのでしょう。だからタクシー内には防犯カメラがあるのを知っているはずなのに、強盗をする人がいます。
 江戸時代は十両盗めば死罪になったので、合算して合計九両二分ぐらいに抑えておいた要領のいい泥棒もいたとか。親の仇とか、その人にとってもっともな理由があるので人を殺すならまだしも、誰でもいいから殺したかったとか、幼い子供をいたぶって殺した犯人がいますが、それでもなお許したいと思う人の気持ちが分かりません。でもそういう非情極まる場合でも、人道主義という正義を強く主張する人がいるのが不思議です。聖書では、「許される罪」と「許されない罪」と罪には2種類あることが記されています。

> 一般的に、法は被害者を守るもの、人権は加害者を守るものです。人権によって法を無効化することが出来るので、一部の弁護士のように犯罪を蔓延させたい人には人権は有用ですね。
 ちょっと面白い言い方ですね。法と人権がうまく機能してないということですか。封建主義でも全体主義でも独裁国家でも、また民主国家でも、身分や立場や階級の違いがあれば、必ず弱者が出てきます。被害者が出てきます。法は「公正」が使命ですから、被害者だけが損をしたままにならないようにすべきですが、実際は力を持っている者が法の範囲外にいるようになっています。弱肉強食が正しいという唯物論的思考を持つ人が多いと、必然的にそうなるのでしょうかね。とはいえ、有神論者でも似たようなものですから、人間の利己心というのは困ったものですね。

2020/03/01(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2020/03/01(日) || [edit]

お早うございます。

私も基本的必須栄養素の
「公正」が1番と考えます。
そうでないと、その先に来る「愛」と
「寛容」が、ぶれてしまいます。

私は死刑制度賛成です。
嘗て、民主党政権下の千葉景子法相は、
死刑反対者でした。
ウチワでちょっと有名になった、
安倍政権下の松島みどり法相は賛成者でした。
議事録を読んで、
松下法相に共感していたのですが。
議員として国会内の態度がよろしくなかった
ようで。

弁護士さんが、ある時、
「服役囚を全員日本に送りたい」
と滅茶苦茶な冗談を言っていました。
彼は死刑制度に大きく共感していますし、
死刑賛成者も少なからずいるようです。

目には目を 歯には歯を、
殺人者には死刑を。

私的なことですが、父は、
「昔のように10両盗ったら打ち首獄門に
すべきだ」と時折言っていました。
「そうすれば犯罪は減るだろう」と。

巨悪は眠らせるな、被害者と共に泣け、
国民に噓をつくな。
      検事総長 伊藤栄樹
           いとうひでき



2020/03/03(火) |URL|ミルティリおばさん [edit]

Re: お早うございます。

[色:003399]ミルティリおばさん コメントありがとうございます^^)

 司法の世界では、公正が一番。愛や寛容は、公正がなければ「ブレて」しまう―――おお、これ賛同していただけましたか。そうなんです。公正は、線が一本、ピシッと引かれていますが、愛とか寛容はどうしても「なあなあ」になりますからね。
 昔の封建国家や全体主義国家、また警察権力が強い国では、政府に反対する人や思想家が逮捕され拷問され死刑にされることが多かったので、そういう社会なら人権を強く主張してほしいですが、「殺したかったから殺した」なんて平然として言って、他者の人権を無視して殺すような、単に悪質極まる殺人犯の人権など擁護しないでもいいのに、それでも人権を主張する人はよほど優しい心根のひとなんでしょう。

 法相で時々死刑執行に判を押さない人がいますが、だったらどうして法相の任命を断らなかったのか、、法相が最高裁の決定に背くのは職務違反だと思います。
千葉景子法相はWikipediaを見たら、二人の死刑執行に判を押していますね。

 『魏志倭人伝』では、魏の使者が倭の婦人お性格がいいことを特筆しており、いささかカルチャーショックを受けたようです。
https://barso.blog.fc2.com/blog-entry-433.html

 江戸時代の十両は今の150~200万円ぐらい。そこらへんに財布を置いておいても盗まれなかったそうです。死刑の威力はすごいですね。

> 巨悪は眠らせるな、被害者と共に泣け、国民に嘘をつくな。
 こういう検事総長はいいですね。もし人権を擁護せよというリベラルの検事総長だったら、こんな断固たる態度は取らず、「巨悪は多少は眠らせてもいい。どうせ余っているのだ。加害者と共に泣け、加害者だって苦しんでいるのだ。国民に真実を隠せ、安心感を持たせておけ」とでも言うのでしょうか。(笑)

 イタリアもコロナウイルスの感染者が多いようですが[、どうぞお気を付けてください。/色]

2020/03/03(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2020/03/05(木) || [edit]

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