「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 人類は子を生んで歴史を作る。ムタイ伝「ルンルンの系図」。 


 カタカナだらけの文章は読みにくくないですか。
 私は読む気が起きません。
 新約聖書は全29冊から成っており、最初の書は『マタイ伝』ですが、1ページ
目を開くとカタカナ名のオンパレが目に入ってきます。
 というのは、そこにはノアから10代目のアブラハムに始まってヨセフの子イエ
スに至る、約二千年間42世代の「キリストの系図」が載せられているからです。

 初めて聖書を読む人は気持ちが萎えるかもしれませんが、古代イスラエルの歴
史を多少なりとも知っている人は、けっこう興味深く読めるところです。

           jtrjooo.jpg


 さて、下記の系図は一見、無体な人名の羅列だと思うかもしれませんが、その
通りです。でも人類の希望が表れていると見えなくもある冗談系図です。(笑)


冗約聖書(バーソ超訳)

ムタイ伝1章
1 オベンチャラの子孫、ヨイトマケの子孫、オプチミストルンルンの系図。2 オベンチャラはオチャラチャラを生み、オチャラチャラはヨイショを生み、ヨイショはペコペコを生み、3 ペコペコちゃんは長じてチヤホヤを生み、チヤホヤはヘラヘラを生み、ヘラヘラはヨイサと他にクスクスとカンラカンラの2兄弟を生み、ヨイサはワルイサを生み、4 ワルイサはドーデモイイサムの妻によりてエッサホイサッサと兄弟コリャサを生み、エッサホイサッサはソイヤソイヤを生み、ソイヤソイヤはワッショイを生み、5 ワッショイはニッチもサッチも行かずにエンヤトットを生み、エンヤトットはヨイトマケを生めり。
6 ヨイトマケは遊女ガテンによりてチグハグにもトンチンカンと兄弟スットンキョーを生み、トンチンカンはチャランポランを生み、チャランポランはチンプンカンプンを生み、7 チンプンカンプンはテンテコマイを生み、テンテコマイはテンヤワンヤを生み、テンヤワンヤは獅子に追われてナニワの地に移さるる頃、シャカリキを生み、8 シャカリキはシャニムニを生み、シャニムニはすこぶる難産によりゼイゼイを生み、ゼイゼイはグズグズを生み、9 グズグズはジリジリとジワリジワリの双子を生み、ジリジリはイライラを生み、イライラはヤバイを生めり。
10 ヤバイはアブイとドバイとアブダビの三つ子を生み、アブイはジタバタを生み、ジタバタはアブイカを生み、11 アブイカはパサパサの側室によりてポロリをポロリと生み出し、ポロリはウンともスンとも言わずにシミジミとアサリアサリを生み、12 シミジミはエンヤラヤーを生み、エンヤラヤーはダンチョネを生み、ダンチョネはヤートコセーノヨーイヤナアリャを生み、13 ヤートコセーノヨーイヤナアリャはハヨイトヨイトハスッチョイスッチョイスッチョイナアモットモダモットモダを生み、14 ハヨイトヨイトハスッチョイスッチョイスッチョイナアモットモダモットモダはホロホロを生み、ホロホロはノホホンの夫ポツツツを生み、15 このノホホンからオプチミストと呼ばれるルンルンが産まれた。
16 こうして、オベンチャラからヨイトマケまでの従属時代が12世代、ヨイトマケからヤバイまでの混乱時代が12世代、ヤバイからルンルンまで回復時代が12世代。17 これが歪遺伝子でつながる楽天主義者の系図である。


突然ですが、ここでクエスチョンです。
 あー、くだらない、と悔やみつつも真面目に読んだ方、お疲れ様でした。
 今、かなり気力眼力ともに萎えた状態にあると思われますが、
 そうではあっても、注意力と記憶力を確認するのは有益でしょう。

「問い1」:この系図の中には人名以外に、カタカナ混じりの慣用句が混入され
      ていますが、幾つ入っていたでしょうか? 

「答え」:(  つ)
  ※面倒な方は下記の《補足》をご覧ください。

          ―――――――――――――――

「問い2」:正妻以外の女性から生まれた非嫡出子は何人いたでしょうか?

「答え」:(  人)
  ※面倒な方はカッコ内をドラッグしてください。


           lhotuii.jpg


 人間の歴史は、生まれて、生きて、死んでの積み重ねで刻まれてきました。
 人は、必死に働き、懸命に働き、もひとつおまけに働き、時にはお世辞を言い、
愛想笑いをし、つらつら悩んで、天に声上げ、力を尽くし、精一杯生きています。

 お先真っ暗で逃げ道がないように思えても、「人に耐えられない試練はない」
と聖書が述べるとおり、大抵のことは時間が経てばおのずと道が拓けていきます。

 悔いがあろうと、試行錯誤や紆余曲折をいろいろ体験できた人は幸いでしょう。
面白いことは楽しみ、問題は克服し、生きていくのが人生のいいところでしょう。
 そうすることで、人は《命》という貴重な特権を味わい尽くしているのですね。



《補足:語源由来辞典より》
ニッチもサッチもいかず」=算盤(そろばん)用語が語源である。 「にっち」は「二進(にしん)」、「さっち」は「三進(さんしん)」の音が変化した語。 「二進」とは2割る2、「三進」とは3割る3のことで、ともに割り切れ、商に1が立って計算が出来ることを意味していた。そこから2や3でも割り切れないことを「二進も三進も行かない」と言うようになり、次第に計算が合わないことを意味するようになり、やがて身動きが取れないことを意味するように変化した。

ウンともスンともいわず」=「うん」は承諾(Yes)の他、鼻息の音や唸り声を表す擬音語として用いられる。「すん」は「うん」に語呂を合わせたもので、同じく鼻から出す音と考えられ、他に「うんともすっとも」という表現も見られる。つまり「うんともすんとも言わない」は、息さえ発しない意味から、ひと言も言わない意味となったものと考えられる。また、ポルトガル語で「ウン」は「一(いち)」、「スン」は「最高点」を意味するといわれる「ウンスンカルタ」が当時流行していたことによるとする説もある。

チグハグに」=「ちぐ」は「鎮具」で金づち、「はぐ」は「破具」で釘抜きを意味。 金づちと釘抜きを交互に使っていては一向に仕事が進まず、何をしているのか解らないことから「ちぐはぐ」という言葉が生まれたとされる説や、棟梁の下につく者が、金づちが必要な時に釘抜きを渡し、釘抜きが必要な時に金づちを渡す様子から「ちぐはぐ」になったとする説があるが、これは俗説と考えられる。ちぐはぐの「ちぐ」は一揃えを意味する「一具(いちぐ)」、「はぐ」は「はぐれる」の語根であろう。明治時代には「ちごはご」と言った例が見られる。※これは形容動詞の範疇に入れたほうが良さそうです。

※筒井康隆『バブリング創世記』には、旧約聖書の創世記11章にある諸民族系図を模したカタカナ
冗談系図があります。ここでは新約聖書の『マタイ伝』1章にあるイエスの系図のフォーマットを
模しました。なお、『マタイ伝』にはイエスの父(ヨセフ)方の系図が載せられ、『ルカ伝』3章
には母(マリア)方の系図がアダムに遡って載せられており、現存する最長の系図になっています。

ちなみに、イエスは処女マリアから生まれたとされますが、イエスの先祖にはこんな女性がいます。
タマル(娼婦に偽装して義父と関係し、跡継ぎを産んだ)、ラハブ(売春婦)、ルツ(イスラエル
を嫌悪したモアブ人)、バテシバ(人妻だったがダビデ王に召され、第2子ソロモン王を産んだ)

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バーソ様
おはよう御座います。

カタカナだけだと読みにくいですが冗談聖書は若干の漢字とひらかなが入っていたので何とか読めました。しかし良く考えますね。

「テンヤワンヤは獅子に追われてナニワの地に移さるる頃」
これはある程度以上の年齢でお笑いが好きな人にしか通じないでしょうね。

愛新覚羅

2019/12/14(土) |URL|aishinkakura [edit]

ワ~オ!

(((ʘ ʘ))どえらゃぁ家系図にチャレンジしたもんだにゃぁ❢

ですが、真ん中あたりで寄り目になるし、
脳は蝶々結びになって挫折。
最後まで読めませんでしたぁ。(笑)

前にも書きましたが、若い頃、
約二千年間42世代の「キリストの系図」を方眼紙に書き写し、
畳2畳くらいの大きさになったのに、全体の数%と解って断念。
ですが、おかげで聖書は“本物”だと確信した思い出があります。

>人は《命》という貴重な特権を味わい尽くし……。

若いときは出来事に翻弄されるばかりで、
達観した人生観はもてませんでしたが、
40歳の頃、高野山奥の院の参道を歩き回り、
3000~4000年と言われる巨木の下。
戦国武将の苔生した墓石の前で瞑想。
“自分の番”を生きていることに気づきました。

★余談ですが番組情報です。
バーソさん、芥川龍之介、お好きでしょう。
『ストレンジャー〜上海の芥川龍之介〜』
およそ100年前、特派員として上海に赴いた龍之介の物語です。
2019年12月30日の21時~NHK。
面白そうですね。

2019/12/14(土) |URL|風子 [edit]

Re: タイトルなし

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)

 おー、全文、読んでいただけましたか。ありがたやありがたやです。
  本当の『マタイ伝』のほうは、ほとんど「名前」と「が生んだ」という言葉だけが行替えもせずに淡々と書かれているので、新約聖書ってとっつきが悪いと思うところです。
 獅子てんやわんやのところは、聖書本文ではこうなっています。


「1:11 バビロンに移さるる頃、ヨシヤ、エコニヤとその兄弟らとを生めり」

 これは「バビロン捕囚」といって、西暦前600年頃、イスラエルの南王国が新バビロニア王国に滅ぼされ、人々がバビロンに強制移住させられたことを言っています。隆盛を誇った都市エルサレムは約70年の間、人の住まない荒れた地になりました。強国でも隣りの大国に攻められて無人になるほど荒廃することもあるのですね。

 マタイという人はローマ政府の収税人で、収税人の中には人々から税金を多めに取り上げて着服する人もいたので、みんなに嫌悪されていました。
 収税人とは今でいえば高利貸や悪徳商人のようでしたが、そんなひとでもイエスの話に共感して弟子になり、福音書の筆者になっています。
 聖書筆者は使徒パウロと医師ルカを別にすれば、彼らは無学の人たちばかりで、イエスの初期の弟子には世間的には身分の低いものが多いですね。

2019/12/14(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: ワ~オ!

風子さん コメントありがとうございます^^)

 真面目に読んだ人でも、「13 ヤートコセーノヨーイヤナアリャはハヨイトヨイトハスッチョイスッチョイスッチョイナアモットモダモットモダを生み、14 ハヨイトヨイトハスッチョイスッチョイスッチョイナアモットモダモットモダはホロホロを生み」は読めなかったと思います。書いた当人の私でさえも読み返す気が起きなかったですから。
 これは伊勢音頭だったようにも思いますが、再度検索しようにも、長くて紛らわしい言葉なので、確かめるのが面倒で面倒で。(笑)

> 約二千年間42世代の「キリストの系図」を方眼紙に書き写し、
畳2畳くらいの大きさになったのに、全体の数%と解って断念。

 旧約聖書の「子」とは「子孫」という意味もあり、中には途中の子孫を省略したり、書によって名前の表記が違っていることもあるので、全部の系図を書くのはかなり大変ですが、これは見上げた努力です。風子さん以外に、そんなことをした人はほとんどいないでしょう。私はネットでも見たことがないですね。

 ユダヤ人は自分たちの血統と宗教を非常に大事にする民族です。当時のユダヤ教指導者は、生まれたばかりのキリスト教をやっつけようとして、アブラハムに遡るこのイエスの系図に嘘がないかを懸命に調べたはずですが、その文献は皆無です。当時もイエスの系図は誰も否定できなかったのですね。
 
> 40歳の頃、高野山奥の院の参道を歩き回り、3000~4000年と言われる巨木の下。戦国武将の苔生した墓石の前で瞑想。“自分の番”を生きていることに気づきました。
 そういう気づきを得られる人は恵まれています。それを願っても願いが叶わない人のほうが圧倒的に多いのですから。風子さんは天から選ばれし人なんでしょう。その特権はできれば、生きている限り、活かしていってほしいものです。(^^ゞ

2019/12/14(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは

よくもまあこんなめちゃく・・(失礼(笑))な系図を・・・。
で、「エンガチョ」はこの系図のどこに入るんですか?(笑)
日本の神代から歴史時代の系図もけっこうめちゃめちゃです。
「やまとととびももそひめ」なんて早口言葉みたいな人がいますが
弥呼のことです。

「百年の孤独」(麦焼酎の「百年の孤独」じゃなくて)
ガルシア・マルケスの著した本には登場人物が多すぎて(100人以上)読んでるとめげてきます。
私、2度めげてそのままになっています。

「お先真っ暗で逃げ道がないように思えても、人に耐えられない試練はない」と聖書が述べるとおり、大抵のことは時間が経てばおのずと道が拓けていきます。

この言葉、座右の銘にしています。
困難にあっても、あしたになれば、明後日になれば・・・と思うようにすると←スカーレット・オハラか、(笑)なんだか落ち込むことが少なくなり
うまくいくような気がします。

2019/12/14(土) |URL|エリアンダー [edit]

Re: こんにちは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
 
 最初に「オベンチャラ」で始まったのがちょっと悔やみなんですが、オベンチャラという言葉がをふと頭に浮かんだので、この系図の発展を思いついたので、しょうがないとも言えますが、他にもっと人類の初めらしい、たとえば「アイ」とか「ウン」とか「オオ」とかの言葉で始めても良かったような気もします。
「エンガチョ」は、なるほど、それもいいですね。でも1名だけ増やすのは簡単なんですが、全体を3つのブロックにして12世代ずつで分けたので、あと2名増やすのがちょっと苦労になります。この年になると、もう苦労は増やしたくないのですよ。(笑)

 しかし古事記の系図も、読みにくい漢字ばかりの神名の羅列。カタカナで読んでも早く読むと舌を噛みそうです。だから神々の名はみな「何々の噛み」となっているのでしょうか。(笑)
「やまとととびももそひめ」は検索したら「倭迹迹日百襲姫命」で日本書紀に出ている名前。古事記では「夜麻登登母母曽毘売」だそうで、どちらにしてもサインするのもひと苦労です。万葉仮名は表記がいろいろあるので、「ギヨテとはおれのことかとゲーテ言い」みたいなもので、当時の人も解読するのが大変だったでしょう。

 翻訳本では登場人物は大抵、表紙の裏に名前一覧表がありますが、10名以上になると私はまず読まないですね。100名以上なんて一体どういうつもりなのかと作者の良識を疑います。そんなものを買って二度も読もうと努めた人の気持ちも理解できません。(笑)

 スカーレット・オハラの「Tommorow is another day」。
 意訳すれば「出たとこ勝負」「後は野となれ山となれ」の他に、「風の吹くまま気の向くまま」は木枯し紋次郎だったか、葛飾の寅さんだったのセリフだったか。あ、そうそう、「明日は明日の風が吹く」なら『風と共に去りぬ』のタイトルにぴったりなような気もしますが、スカーレットには合いません。

 ちょっと検索してみたら「明日に望みを託して」とか「明日になれば何とかなるわ」「明日になればまたチャンスはあるさ」がありましたが、「Tomorrow is another day.」とは、「Tomorrow is sure to come.」つまり「明日という日は必ず来る」という意味だという意見もあって、そうなら「人に耐えられない試練はない」という聖句とほぼ同じになります。
 なお、この聖句の「試練」というギリシア語は「誘惑」とも訳せる言葉です。ひとによっては誘惑が落とし穴になって試練になる場合もありますが、この場合は自ら試練を招いているのですね。エリアンダーさんも女性には気を付けてくださいよ。あ、「も」が良くなかったですね。(笑)

2019/12/14(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

今年も残すところ半月ですね

>人間の歴史は、生まれて、生きて、死んでの積み重ねで刻まれてきました。
 人は、必死に働き、懸命に働き、もひとつおまけに働き、つらつら悩み、天に
声上げ、力を尽くし、時にはお世辞を言い、愛想笑いをし、精一杯生きています。

 お先真っ暗で逃げ道がないように思えても、「人に耐えられない試練はない」
と聖書が述べるとおり、大抵のことは時間が経てばおのずと道が拓けていきます。

 悔いがあろうと、試行錯誤や紆余曲折をいろいろ体験できた人は幸いでしょう。
面白いことは楽しみ、問題は克服し、生きていくのが人生のいいところでしょう。
 そうすることで、人は《命》という貴重な特権を味わい尽くしているのですね。


この最後の文章や、バーソさんお得意のユーモアあふれる発想に、
バーソさんの人間愛や、人間賛歌のようなものを毎度のことながら感じ、あたたかいきもちになります。

それにしてもこのマタイの福音書の系図の説明部分は、
古事記に比べるととても素っ気ないといいますか、業務的といいますか笑

古事記も冒頭の神様の系図的な部分は、
長い名前ばかりで挫折しそうになりますが、
それでももう少し物語性を持たせる工夫がなされてる感じがしますね。
あと、神様の名前にあてがわれた漢字にも意味があったりするところがいいですね。

けれどもイエスの先祖の女性たちが人間味ある経歴であるところに、妙なリアリティを感じてしまいます^^

2019/12/15(日) |URL|友資 [edit]

Re: 今年も残すところ半月ですね

友資さん コメントありがとうございます^^)

「人に耐えられない試練はない」の聖句は、その部分を全部引用すると、こうなっています。

「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」コリント第一10:13
 人格神が個々の人間に関心を持って「逃れ道」を備えている、と思うのが宗教的な有神論者の信仰ですが、この神をハイヤーセルフもしくは守護霊であると考えてもいいでしょうし、あるいは自分の人生は自分がおおむね選択して地上に生まれてきたのだから、人生に「逃れ道」があるのは当たり前だと考えてもいいと思います。

 試練は誘惑とも訳せる言葉ですが、「逃れ道」があるとはいえ、それは人間の弱点、すなわち「肉の欲望」「目の欲望」そして「自分の資力を見せびらかす」ことから来ると言われています。暴飲暴食や不道徳、物質主義、権力、名声などに対する自分の渇望が誘惑となり、結果として自分の試練となるのですね。

 イエスの系図は面白いですね。先祖に娼婦や異邦人や人妻が含まれているというのが、リアリティがあるというか、イエスが「ダビデの子キリスト」であることの正統性を証明しているとも考えられます。でっちあげの系図なら、先祖にいかがわしい女性などは含めないはずですよね。

 古事記の神々の名前はやたら長くて発音がしにくいのが多いですね。それには確かに意味があって、名前とは他者と区別するための単なる呼称ではなく、その神または人がどのようなものかを表すために長いのだそうです。ちなみに、日本人の苗字が二文字が多いのは、大化の改新で天智天皇が地名と苗字は二文字で表示せよと命令を出したからです。中国の姓は一文字なので同姓の人が多いのですが、文字を二つ使うと組み合わせでバリエーションが増えるので要領いいことだと思います。
 キリスト教国では、聖書中の名前からとっているので非常に選択肢が少なく、1960年代アメリカのフォークグループの「ピーター・ポール・アンド・メリー」というとペテロとパウロとマリアで、「マイケル・ジャクソン」は天使ミカエルとヤコブの息子ですから、まあ、欧米人は能がないですね。(笑)

2019/12/15(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

フゥ~ん、と言うことで。
新約聖書の『マタイによる福音書』を読んでみる気になりました。
取り合ず「イエス・キリストの系図、誕生の次第、幼年時代、公生涯の準備(1-4:16)」を

2019/12/16(月) |URL|呑兵衛あな [edit]

Re: タイトルなし

呑兵衛あな さん コメントありがとうございます^^)

 おお、そうですか。真面目なキリスト教徒から見れば冗談が過ぎているので、けしからんと怒られ、ひんしゅくを買いそうな系図なんですが、でも聖書を読んでみる気になりましたか。それはそれは望外の喜びです。

 面白そうなところをちょっと説明させてください。このマタイ伝(福音書)は大工の息子イエスが約束のメシヤ(キリスト=任命された者=救い主)であることを実証するために書いていますが、そのために旧約聖書の預言に言及し、このように実際に預言が幾つも成就しているので、イエスはキリストなのであると言っています。

●1:23「おとめがみごもって男の子を産むであろう」はイザヤ書7:14の預言の成就です。この「おとめ」というのはギリシア語では「処女」となります。よく、イエスが「処女」から生まれたのは非科学的だと言われますが、元のヘブライ語は「乙女」すなわち「若い女性」というぐらいの意味だという反論もあります。むろん、純粋な信者は、イエスは処女から生まれたと信じています。聖なる母マリアです。

●2:6「『ユダの地、ベツレヘムよ、おまえの中からひとりの君が出て、わが民イスラエルの牧者となるであろう』はミカ書5:2の預言の成就で、これはベツレヘムという名もない小さな田舎町からキリストが出るということです。

●2:15「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」はホセア書11:1の預言の成就で、これはエジプトに逃げて、また帰って来るという意味です。

※2:1のイエス誕生シーンについて。
一般のクリスマスカードでは、イエスが馬小屋で生まれたときに東方から来た三人の博士(占星術者)が贈物を持ってきた絵が描かれていますが、実際はこの頃、イエスは2歳以下の幼児になっています。
 というのは2:16ではヘロデ王が「2歳以下の子供を殺せ(どの子がイエスか特定できないため)」と命令を出しているからです。だからイエスの両親は子どもが殺されないようにするためにエジプトに逃げて、一つ預言が成就したのです。

●2:18「「叫び泣く大いなる悲しみの声がラマで聞えた」はエレミヤ31:15の預言の成就で、幼児たちが殺されてその母親たちが悲しんで泣くという意味です。

●2:23「これは預言者たちによって、『彼はナザレ人と呼ばれるであろう』と言われたことが、成就するためである」はイザヤ11:1、53:2、エレミヤ23:5、ゼカリヤ3:8の預言の成就です。「ナザレのイエス」と言われて、ナザレとは地名ですが、イエスはそこで大工ヨセフの子として成長しました。

●3:3「預言者イザヤによって、『荒野で呼ばわる者の声がする、「主の道を備えよ、その道筋をまっすぐにせよ」と言われたのは、この人のことである』はイザヤ書40:3の預言の成就ですが、これはイエスのことではなく、洗礼者ヨハネのことで、この人の登場も預言されていました。

●4:13-14「預言者イザヤによって言われた言が、成就するためである。 『ゼブルンの地、ナフタリの地、海に沿う地方、ヨルダンの向こうの地、異邦人のガリラヤ、暗黒の中に住んでいる民は大いなる光を見、死の地、死の陰に住んでいる人々に、光がのぼった』」はイザヤ書9:1,2の預言の成就です。イエスはガリラヤというエルサレムから遠く離れた北方の地でも宣教したので、そこに啓発の光が当たったと言われています。

 イスラエル人は系図を西暦紀元の初めまで注意深く保存していました。だからこそイエスの誕生の少し前に、イスラエルの各々の家族がカエサル・アウグスツスの布告に従って、(人頭税を徴収するべく)出生地の登録をするために、それぞれの父の家の都市に戻ることができたという事実があります。(ルカ 2:1-5)
 聖書もなかなか面白い本ですよ。

2019/12/16(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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Photo by Shinji 撮影場所:青森県 三戸町 某所  キリスト様は質素な食事を好まれたようで、麦飯や山菜を食べてらっしゃたみたいですが、ジンギスカン も食べていたとは?  この辺りは迷ケ平(迷い難い=まよいがたい で、まよいがだいら では、ない)といって、なんとエデンの園だったらしい。  近くには、キリストの墓とかピラミッドとかあったし、「キリスト餅」 とかってのも売...
2019/12/20(金) 23:03:58 | Anthony's CAFE 

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