「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 自分の視点が自分の精神的な「物差し」をつくる。 


「定規」と「物差し」は、どう違うでしょうか。
 厳密には、線を引くのが「定規」で、長さを測るのが「物差し」です。

 プラスチック製や竹製の「直線定規」は百円ショップで売っていますが、精度
はどうなんだろう?と思ったことはないですか。

 プラスチックは竹に比べると10倍ぐらい線膨張率が高く、30cm定規なら気温
20度を基準にプラスマイナス10度の変化だと、プラスマイナス0.3mm程度の全
長変化があるそうです。※1

 でも長さ10cm以内のものを測る場合は 3分の1の0.1mm程度の誤差しか生じ
ないので、日常生活にはほとんど影響はありません。

ruir.jpgpixabay

 しかもプラスチック定規でプラスチック製品を測るのであれば、両者とも同じ
ような気温変化を受けているはずなので、いっそう問題はないことになります。


もし宇宙が一日に一センチずつ縮み、われわれの物差しが全て同じ割合で縮少していくとしたら、われわれはその現象の存在にすら気付かないのではないだろうか? ――――ジェイムズ・ブリッシュ『二重人間スポック!』


 人の考えは世情の変化と共に変わっています。人は世間の空気の中にどっぷり
浸かっているために、自分で意識していないと大衆の考え方に影響され、じつは
けっこう洗脳されていることに気付いてないこともあるでしょう。

                 

 西暦前2100年頃、中東の遊牧の民は、みな同じ考えを持っていました。
 彼らは、チグリス川とユーフラテス川の間にあるシナルの平野に集まって集団
生活をするようになり、歴史上初めて「都市」を建設し、自分たちの力を誇示し
ようとして天に届くような「高い塔」を建てようとしました。
 当時の都会人は一致して、精神的な支配者である神に反逆したのです。※2

 ところが人間の傲慢に怒ったエホバ神が、全地の言語を乱したので、人々は会
aawdab.jpg話ができなくなり、意思疎通ができなくな
り、「バベルの塔」の建設は中断されたと
旧約聖書の創世記11章に記述されています。

 教訓は、人間の「意思疎通」は非常に大
事なことであり、意思疎通が出来なくなる
と一致して事に当たることが出来なくなり、
重要な文化や文明をも破壊する重大事件に
なり得るということです。※3


「バベル」とは「混乱させる」という意味
で、塔の遺跡は今30か所に残っています。
← ギュスターヴ・ドレ『言語の混乱』1865年
(Wikipedia)


 
                 

 さて、言語が混乱し、人々の思考も混乱した結果、どうなったでしょうか。
 面白いことになりました。いろいろな主義思想が出てきて、混乱して、相争う
ようになったのです。
 たとえば、
●自由主義と共産主義。●個人主義と全体主義。●民主政治と独裁政治。●利己
主義と利他主義。●保守と革新に中道。●右翼と左翼にノンポリ。●愛国とリベ
ラル。●反日と親韓。●表現の自由と人種ヘイト。●進化論と創造論。●無神論
と有神論と不可知論に何でも許容の日本教。●唯物論と唯心論。●軟派と硬派に
私バーソのような中途半端。●快楽主義と禁欲主義。●写実主義とロマン派と印
象派と象徴主義とキュビズムとダダイズム。芸術は派が多いほうが良さそうです。
●反骨主義と日和見主義。●理論プラス技術論と根性論。後者は古いタイプの日
本人男子に多そうです。●悲観主義と楽観主義。あるいはコップに半分しかない
と思う主義とコップにまだ半分もあると思う主義。●地動説と天動説。地球平面
協会というのが英国にあります。●菜食主義と焼肉強食主義。●吉本的コテコテ
趣味と無印良品的シンプル志向。バラエティ番組の舞台セットはチンドン屋的で
下品さの極致ですね。●ニヒリズムとニコリズム(←冗談)・・・・などなどです。


 つまり、意思の疎通ができず、物事の正しさを測る「物差し」もないせいで、
何が幸福か、何が正解か、あれこれ解答があるカオス状態になってきたのです。


もしかしたら、すべては気が狂った自分が見ている幻想なのではないか、とさえ思うことがある。そもそも、すべての常識や価値基準が崩壊したこの世界で、正気と狂気を見分ける物差しは、いったいどこにあるのだろう。こんな異常な世界で正気を保っていることの方が、むしろ異常なのではあるまいか。 ――――山本 弘『審判の日』

                 

 すべては自分の「視点」に左右されます。
 どういうふうに視るかで、何が見えるかが決まります。
 自分の認識は、自分の「視点」が作っているのです。※4
 
 いつも世間が見る情報や自分の好きな特定の情報ばかり視て
いると、それが自
分の主義主張になり、絶対正義になり、自分とは異なる考え方のひとを間違って
いると決め付けるようになり、社会の敵だとして憎むようになり、しかしそれは
自分の正義感の発露だと思って自己満足に浸っているかもしれません。

 そうであれば、自分の頭は狭小固着化し、何事も「杓子定規」に判断するよう
な単純思考になっています。


凡庸な人間には自分の目も、自分の心も、自分の判断もない。その人が自分のそれだと思っているものは、錆びついている古い習慣であり、杓子定規であるにすぎない。つまりすでに苔の下に白骨となっている人々の目であり、心であり、判断なのである。 ――――海音寺潮五郎『新太閤記(二)』


 マスメディアや評論家は、著名であっても要注意です。
 初めに「自分の思想ありき」で、肝心な話はネグり、重要ではない細部の事実
だけ語って読者をミスリードしたり、時には情報を捏造することもあるからです。

 わたしは、むしろネットの情報のほうが信用できると思っています。
 玉石混交ながら、中には、しっかりと根拠を挙げて、論理的に、誠実に論じて
いる純粋なサイトもあるからです。

 そうした情報をなるべく多方面から得るようにしていけば、物事の曲直を測る
「定規」や「物差し」のような、まあまあ客観的で中立な視点と視力が養われる
のではないかと思っています。





補足―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※1:「ガジェット随想」安原研究所 http://www.yasuhara.co.jp/gadget/rule.html

※2:旧約聖書の創世記11章によれば、アダム誕生から約2000年たち、まだ少数しかいなかった人間
に、神は「産めよ、増えよ、全地に散って広がれよ」と命じてあったのですが、神に反抗的な人々は
散らされるのを嫌がり、集合して都市を作り、高い塔を建てたとされています。また西暦1世紀の歴
史家ヨセフスが書いた『ユダヤ古代誌』によると、当時の人たちは神に復讐するために、ノアの時代
のような大洪水がまた起きても水が達しない「高い塔」を建てたと解釈されています。(Wikipedia) 

※3:聖書は、人間の考えが一つだけになることを理想としています。その考えとは、人々が唯一神
エホバを崇拝し、神の主権の下に、全地が一つの世界、一つの政府になることです(ダニエル2:44)。
これを神権政府と言い、いまでも原理主義的な保守派教会は、人間の哲学を非難し、信者が自由な考
えを持つことを良しとはせず、ひたすら2000年前の聖書の道徳原則を固守することを教えています。

※4:ニール・ドナルド・ウォリュシュ著『神へ帰る』サンマーク出版 (68,69,103ページ)参照

※miss.key殿から厳密なる修正コメントが入りました。そのまま載せます。

●自由主義と共産主義。→自由主義と全体主義・資本主義と共産主義
●個人主義と全体主義。→個人主義と社会主義
●民主主義と独裁主義。→民主主義と独裁主義
●保守と革新に中道。→保守主義と変革主義(革新というのは実態にそぐわない)
●右翼と左翼にノンポリ。→右翼と左翼と中庸
●愛国とリベラル。→愛国と売国(リベラルは自由の意味であり、現状リベラルと呼ばれている人々
の実態とはかけ離れている)
●反日と親韓。・・・それ、同じ意味やん(笑)。→反日と親日・避韓と親韓
●表現の自由と人種ヘイト。→自由と不自由・実態と虚構・賞賛と侮辱
●理論プラス技術論と根性論。後者は古いタイプの日本人男子に多そうです。→合理主義と精神
主義・理論と感性
●地動説と天動説。地球平面協会というのが英国にあります。→天丼説とカツ丼説(マテ
●菜食主義と焼肉強食主義。→山菜定食と焼肉定食
●吉本的コテコテ趣味と無印良品的シンプル志向。バラエティ番組の舞台セットはチンドン屋的
で下品さの極致ですね。→コテコテとアッサリ・豪奢と簡素
●ニヒリズムとニコリズム(←冗談)→ニヒリズムとイヒリズム・ニコリズムとムッツリズム
なお、miss.keyさんへの私の返コメも、お時間があれば、ご参照ください。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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COMMENT FORM

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おはようございます

これはまったく、おっしゃる通りで、
評論などを読んでいても、結局のところ、
偉い先生方の意見に振り回されて、
私は、なにが正しいのか判らなくなります。

●物事の評価や判断のよりどころとなるもの → 物差し
●先入観や偏見に支配された見方で判断 → 色眼鏡

だとすると、世界の思考は“カオス”に満ちているような……。

聖書での“バベルの塔”の物語は、神の制裁としては
最もショッキングな出来事で記憶に残っています。
世界が共通語だと、どんなにスムーズなことか。

>どういうふうに視るかで、何が見えるかが決まります。 
 自分の認識は、自分の「視点」が作っているのです。

この認識の上に成り立つ議論だと、
争いにまで発展することはないでしょうに……。

2019/09/28(土) |URL|風子 [edit]

バーソ様
おはよう御座います。


人間はどうしても自分を中心にして物差しをあててしまいますね。
評論家と小説家は昔から大嫌いです。
評論家はおっしゃるとおりで自分の考えの押し付けです。しかも口先だけです。
会社内にも評論家みたいな人がいたりしますが行動力がないので役にたちません。
小説家は自分の妄想を文章にしているだけなので単なる嘘つきだと思います。
但しボキャブラリーの豊富さと漢字を良く知っていることは尊敬に値します。
ちなみに私がギターの弦高を測るために使っている物差しはスチール製です。
スチールも温度変化しますね。

愛新覚羅

2019/09/28(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: おはようございます

風子さん コメントありがとうございます^^)

 テレビの評論家の意見を聞いていると、なるほどと思いますが、他のチャンネルで他の人の正反対の意見を聞くと、それも、なるほどと思ったりすることがよくあります。両者は物事の別の面を見て、異なる視点から論評しているので、それぞれ、もっともだなあというような気がするのでしょうか。視点が違えば考え方が違うのですね。
 それにしても、それぞれの面には、重要性の大小があるかもしれず、付随するデメリットの大小もあるかもしれないので、素人ではそこが分かりにくいところです。
 ただ、長く番組や人物を見ていると、個々の人が持っている右寄りとか左寄りとかの主義主張が分かってきて、これはフィルターを掛けて見なければいけないと思ったりします。
 最近はテレビ局や新聞社を見て、この社は偏向している、この曲はまあまあ信用でき、ると分類したりしています。

> ●物事の評価や判断のよりどころとなるもの → 物差し
●先入観や偏見に支配された見方で判断 → 色眼鏡

 そうです、先入観や偏見のほうは「色眼鏡」ですね。人は、自分は色眼鏡を掛けているという意識がないので、視るものが着色していることに気付かないのでしょう。青い色眼鏡で赤いものを見れば、妙な色に見えて違和感を感じるのでしょう。
 ある人が、自分は中立だと思っていても、極左の人から見れば、右寄りに見えそうです。私も数か月前に「表現の不自由展」の記事を書いてから、ちょっと右寄りに見られているかもしれません。(笑)

 要は、人には自分の好きな考えというものがあって、それに近いものを見聞きしているうちに、それが真実だと思うようになる集積回路が自分の中にあるのでしょうか。とすれば、善悪正邪とは好みだ、好き嫌いだということになり、世の中は利己主義もしくは個人主義で動いていることになりますかね。

2019/09/28(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)

 私も、評論家というのは――小説家やジャーナリストも含みますか――は論理的かつ客観的で信用できる人と、主観的に感覚でものを言う人と、二種類あると思っています。
 昔、「一億総評論家時代」と言われて、人々が偉そうに他の人を評価する風潮が揶揄されましたが、今でも例えば野党を見ると、言葉の揚げ足取りばかりで、肝心な政策の代案を言わず、これでは代議士ではなく、評論家だと思うことがあります。
 中には、非難や批判はとびきり上手なのですが、いざ自分がその立場になると、うまく仕事ができず、実行能力が全然ないことを表すこともよくあって、ですから口が巧い人、特に容姿がいい人は、ちょっと気を付けないと単に口が流暢なだけかもしれないと思っています。なので、進次郎さんはどうなるか、ちょっと注目しています。

 主な物質の線膨張率がWikipediaにありますが、高いほうから挙げると、マグネシウム(25.4)、ステンレス(17.3~10.4)、金(14.3)、銅(16.8)、鉄・鋼(12.1)、硬質ガラス(8.5)です。
 これを見ると意外にステンレスが膨張しやすいのですね。ステンレス製の定規はそれほどは信用できないかもしれません。私が意外に思ったのはマグネシウムで、ステンレスより膨張率が高いのですね。軽いので高級一眼レフカメラボディの骨格に使われているのですが。
 
 「ギターのスチールも温度変化します」か。弾いているうちに情熱と体熱が加わるからでしょうか。教授は、その音の違いが分かるのですね。

2019/09/28(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2019/09/28(土) || [edit]

Re: こんにちは

[太字]鍵コメさん コメントありがとうございます^^)

 0.3mmだとボールペンの線よりずっと細いですね。私はシャープペンは、0.5mmだとすぐ折れるので使いません。0.7mmか0.9mmを買います。硬さもHBじゃなく、Bを使います。やわらかくて書きやすいからです。

 プラスチック定規は、なにかをカッターで切るときに使ったらいけませんね。必ず直線が駄目になります。やむを得ず使うときは目盛りがないほうを使います。

 古代イスラエルには物差しがなかったので、どういうふうに測ったかというと、人体の長さで測りました。すなわち《中指から肘まで》の長さを1キュビトとしました。
 これが約44.5センチと分かったのは、シロアム碑文は、ヒゼキヤ王の造った地下水道の長さが1,200キュビトであったと書いてあって、現代に測ったら全長533メートルありました。ですから割り算すれば、1キュビトは44.5センチ(44.441センチ)になります。
 なお、この「普通キュビト」の他に、一手幅長い約51.8センチの「長キュビト」と、握ったこぶしから肘までを計った約38センチの「短キュビト」もあったようです。

 有名なノアの箱舟は「長さ300キュビト、幅50キュビト、高さ30キュビト」と書かれているので、長さ135メートル、幅22.5メートル、高さ13.5メートルとなります。上から45センチの所に採光窓があり、箱舟の側面に入り口があり、1階から3階までありました。
 聖書の記述によれば、こんな大きなものをノアの夫婦と3人の息子夫婦の計8人で造ったのです。クレーンも電動工具のなかった時代ですから、よく造ったものだと思います。
 ただ、神はノアに「邪悪な人々の日数は120年になる」と警告しました。これは120年後に神の裁き(大洪水)があるということで、そのときまで箱舟の製作期間は十分にあったことはあったのですが。

 それにしても、いわゆる「常識」というのはしばしば間違っていることがありますね。運動中は水分を補給してはいけないとか、ウサギに水をやったらいけないとか、いまでも人体に良くないとか、いや塩分は必要なんだとか、両方の対立する意見があって、食品でもいろいろ意見があって素人はどれが正しいのやら、迷います。

 ラグビーが世界2位のアイルランドに勝ったので驚きました。

2019/09/28(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

お礼

先日は、コンサートへのご来場ありがとうございました。
ご声援のおかげで何とか続いております。
会場を変え、気分も変え、いつか挑もうと考えていたピアフもの、精一杯のものが作れたかなと考えております。
でも道は遠いなぁって感じです。
正しい物差しは持てているでしょうか?
ネットに氾濫する情報の中から正しいものを見抜く目を持てと、いつだったか大学の学長が卒業生に語りかけていたことを、ふと思い出しました。

2019/09/29(日) |URL|別府葉子 [edit]

Re: お礼

別府葉子さん コメントありがとうございます^^)

 ご丁寧に返信コメントをいただいて、うれしいです。
 いいコンサートでした。そして、きれいなコンサートでした。そんな印象を持ちました。
 そのうえ、ピアフについての学びもでき、人生についての思いも深まりました。 
 喜びもあり、悲しみもあり、恋もあり、別れもある。様々な出来事が降りかかる短い一生。でも、できれば、精一杯生きて、燃え尽きるぐらいがいい。自分のために生きて、心に悔いがないほうがいい。そうでないと折角の人生がもったいない。そんなことを思いました。
 また興味深い企画ものを、たまにでいいですから、お願いしますね。

 物差しについては、厳密に正しい物差しを持つことは無理でしょうね。この社会には正邪是非の一般的な区別や定義は基本的にはありますが、状況が違ったりすると判断が難しい場合もありますし、どんなものにも多面的な要素がありますし、どうしても善悪判断には自分の主義思想が反映するものですから。
 それにネットの情報は、大抵は世間で流布している話をもとにした、書く人の主観に基づいているものが多いので、玉石混交の情報の中から、結局は自分の好みに合うものを選択してしまうことが多いと思います。人は著名な人や大きな団体組織が語る話は信じてしまいがちなので、これには気を付けたいと思っています。

2019/09/29(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

有名なバベルの塔の説話は、バンゲア大陸の伝説を超古代文明が書き残したものではないか?と言う話もあります。
確かにヴェーゲナーの大陸移動説では、もし人類がバンゲア大陸にいたなら、大陸の分裂によって人種や民族が別れた事になります。
恐竜がいた白亜紀にすでに人類が誕生していたらの話ですが…デニケンなどは高度な文明を築いた古代人は環境を破壊した挙句に、核戦争で一度絶滅したと言います。
なので人間は古代人の亜種になります…それが荒唐無稽ではなく真実なら、再び人類は同じ歴史を繰り返そうとしている訳で、バベルの塔は未来の人類への警告かも知れません。
それなら、バベルの塔は人類の文明が持つ宿命のデジャブな物差しなのかも…まぁ、物差しはそれぞれ測る長さに限度があるのも事実です。
グレタ・トゥーンベリさんはその物差しの限界に気づいて「人類の繁栄にも限度がある」と大人達に警告しているのでしょうね。

2019/09/29(日) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)

> 有名なバベルの塔の説話は、バンゲア大陸の伝説を超古代文明が書き残したものではないか?と言う話もあります。
 ヴェーゲナーの「大陸移動説」は本で知ったとき、かなり驚きました。日本列島が世界の五大大陸の縮図だという説も感心しましたが、世の中には地図を眺めるのが好きな人もいるのですね。

 ノアの箱舟についての最大の証拠は、嘘を言わないイエスが「ノアの日に洪水が突然来たように人の子(イエス)も突然来る(再臨する)」と言っていることです。
 箱舟が洪水後にとどまったというアララテ山には、随分いろんな人が登って残骸を発見したという話がありますが、不思議なことに大抵その記録は紛失したり行方不明になったいます。人工衛星から撮影されたという有名な写真もありましたが、それは偽造のようです。
 ノアの大洪水は「局地的なものだ」という批判がありますが、箱舟の全体の容積は3万4,000立方メートルもありました。これは普通の鉄道有蓋貨車445輛すなわち44輛連結の列車10本に優に相当するスペースです。局地的な洪水を生き残るために,これほど巨大な建造物を作ることは必要なく、しかも局地的なら陸続きに他の土地に歩いて場所移動すればいいのですから、当時の世界全体に大きな洪水があったと考えるほうが理屈に合っています。

 古代の核戦争の話は、例えばモヘンジョダロの都市遺跡にガラス質の石が周囲を覆いつくしているとか、ガラス化した壺の形状が広島の原爆記念資料館にあるものと似ているとか、「ガラスになった町」と現地人が呼んでいたとか、いろいろ証拠らしいものがあるようです。古代に超文明があって栄えて滅んだのであれば、核もあったかもしれないですね。
 人類は過去に起きた失敗を負の物差しとしてもっと活用できればいいのですが、過去から学ばないのが人間の欠点のようです。、

 グレタさんが言う「あなたたち大人は」と糾弾している環境汚染の話はもっともなんでしょうが、なにしろ16歳ですから、裏で彼女を操っているだろう大人の活動家の顔がちらつくのと、あの憎々し気そうに語る顔がちょっと気になります。

2019/09/30(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/09/30(月) || [edit]

武田邦彦さんがおそらくショーペンハウアーの言葉を踏まえてだと思うのですが、
「本を読むとバカになる」といったたぐいのことをお話されてたのを思い出しました。

読んだこと知ったことをそのまま鵜呑みにし、
自分の力で考えなくなることへの警告だと思うのですが、
「情報」というものも同じなのでしょうね。

改めてソクラテスの言う「無知の知」というものの重要性を、
噛みしめております。
その姿勢さえ忘れなければ人は、
宝石と石とが入り混じる人間世界にあって、
少なくとも他者の考えを頭ごなしに否定したり見下したり、
自分の考えに固執しすぎることを、
避けることができるのかもしれませんね。

2019/10/01(火) |URL|友資 [edit]

Re: タイトルなし

友資さん コメントありがとうございます^^)

 相変らず、すぐ哲学者の言葉が出てきますね。
「本を読むとバカになる」。ちょっと似たような言葉を思い出しました。旧約聖書の伝道の書12:12で、ソロモン王の言葉とされています。
「多くの本を作ることには、限りがない。多くのものに熱中すると、からだが疲れる」
 ここの主語は「多くの本」で、中間を飛ばすと、述語は「疲れる」となり、確かに、つまらない本をあれこれと読むと疲れます。
 でも、つまらない本は数ページめくったら読むのをやめますから、疲れることはないのですが、他人の考えを辿るだけの、無批判に鵜呑みするような読み方は良くないということになりそうです。

 しかしながら自分のほうの知識や知恵が足りないと、ついつい論理に説得されてしまうことがありますね。大抵はその人に都合のいい面だけをとりあげて論じているからです。ところが物事には他の面と他の視点がいろいろとあるのです。
 
 以前、こんな新聞の見出しがありました。中国の軍艦が尖閣諸島の領域に入ってきた翌日、大手の新聞4紙が社説に「中国軍艦が尖閣の領域に侵入。緊迫状態になるのをやめよ」と非難めいた調子で書きました。ところが最大手の新聞は一日おいたその翌日に社説で「中国船が尖閣の領域に入ってきた。両国は緊張関係にならないように」といった調子で書きました。中国船と中国軍艦とではまるで印象が違いますし、中国軍への非難が全然ありません。言っていることは間違いないのですが、同じ事実を報道するのでもこんなふうに変わってくるのです。

 地球温暖化の問題で、北極の雪が解けたら大変だという話もあれば、アルキメデスの原理でそんなことはないとか、平均温度が1度くらいはたいしたことがない、昔は10度くらい変化があった時もあったとか、木の葉は昼間は酸素を出しているが夜は二酸化炭素を出しているのでジャングルの緑が減ったのはそれほど大きな要因ではないとか、地球温暖化はある組織の陰謀だとか、まあいろいろ説があって、素人にはどれが本当やらよく分かりませんが、とにかく著名な人や組織の話は鵜呑みにしないほうがいいことだけは確かなようです。

 医者の一番の敵は、みの○んただという話がありました。なぜなら医者の説明よりも有名人がテレビ番組で言う言葉のほうが真実っぽいからです。評論家とは知識人の言葉は、誠実で弁舌巧みだとつい信じてしまいますが、確かに「少なくとも他者の考えを頭ごなしに否定したり見下したり、自分の考えに固執しすぎることを、避けることができる」かもしれないですね。そして、とかく頭のいい人間は自分の考えをひとから変えられるのを嫌がる傾向がありますから、これも気をつけたいものです。

2019/10/01(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

無粋ながら少々修正をば

●自由主義と共産主義。→自由主義と全体主義・資本主義と共産主義
●個人主義と全体主義。→個人主義と社会主義
●民主主義と独裁主義。→民主主義と独裁主義
●利己主義と利他主義。
●保守と革新に中道。→保守主義と変革主義(革新というのは実態にそぐわない)
●右翼と左翼にノンポリ。→右翼と左翼と中庸
●愛国とリベラル。→愛国と売国(リベラルは自由の意味であり、現状リベラルと呼ばれている人々の実態とはかけ離れている)
●反日と親韓。・・・それ、同じ意味やん(笑)。→反日と親日・避韓と親韓
●表現の自由と人種ヘイト。→自由と不自由・実態と虚構・賞賛と侮辱
●進化論と創造論。
●無神論と有神論と不可知論に何でも許容の日本教。
●唯物論と唯心論。
●軟派と硬派に私バーソのような中途半端。
●快楽主義と禁欲主義。
●写実主義とロマン派と印象派と象徴主義とキュビズムとダダイズム。芸術は派が多いほうが良さそうです。
●反骨主義と日和見主義。
●理論プラス技術論と根性論。後者は古いタイプの日本人男子に多そうです。→合理主義と精神主義・理論と感性
●悲観主義と楽観主義。あるいはコップに半分しかないと思う主義とコップにまだ半分もあると思う主義。
●地動説と天動説。地球平面協会というのが英国にあります。→天丼説とカツ丼説(マテ
●菜食主義と焼肉強食主義。→山菜定食と焼肉定食
●吉本的コテコテ趣味と無印良品的シンプル志向。バラエティ番組の舞台セットはチンドン屋的で下品さの極致ですね。→コテコテとアッサリ・豪奢と簡素
●ニヒリズムとニコリズム(←冗談)→ニヒリズムとイヒリズム・ニコリズムとムッツリズム

2019/10/05(土) |URL|miss.key [edit]

Re: 無粋ながら少々修正をば

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)

 miss.key殿は、ひょっとしてブログ修正主義者では?(笑) 
 しかし、ごもっともな意見でもありますので、そのまま「補足」に修正全文を載せました。ついでに、わたしめの感想も述べておきます。

 小生、政治にはまったく疎い者で、政治関係の何々主義というのは頭の中でごっちゃになっており、一緒くたにしているのもあります。この主義思想の違いは難しいですね。ただ、自由主義陣営と共産主義陣営の対立という言い方もあり、さらに現在は中華主義陣営が加わりそうです。個人主義の反対語は全体主義だとWeblio辞書にあります。民主主義の反対は独裁主義ではなく、むしろ軍国主義だという説もあります。
 もうお分かりのように、厳密には対義語ではないと分かっていて書いているのもありまして、たとえば政治的には「ノンポリ」より「中庸」が正しいかもしれませんが、「中道」を唱える或る党は常に政権側に付きますから、市民視点の選挙的には「ノンポリ」が適しているように思います。「愛国とリベラル」も日本では「リベラル」はすなわち「反日」ですし、「売国」というのは戦時中の言葉で、現在では拒否反応が起きる語のような気もします。「反日と親韓」も同じ意だと分かっており、ちょっと笑いを取ろうと思って書いています。「表現の自由と人種ヘイト」も、あの愛知の『表現の不自由展』と『週刊ポスト』を意識して書いています。「菜食主義と焼肉強食主義」は言うまでもなく冗談で、「天丼説とカツ丼説」と同様の意図で、他にはウナ丼説と玉丼説、はたまた「吉野家説とすき屋説あるいは松屋説」もあるでしょう。「吉本的コテコテ趣味と無印良品的シンプル志向」も当然ながら少し調子を変えて書いています。「コテコテとアッサリ・豪奢と簡素」はmiss.key殿にしては、まとも過ぎて今ひとつのような。(笑)

 それにしても時間を取って考えていただき、ありがとうございました。

2019/10/06(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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