「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 芥川龍之介の『芋粥』。五位が萎えた原因のバーソ解釈。 


 平安時代、五位という身分の、小心で、風采の上がらない中年の小役人がいた。
 彼は、無上の佳味「芋粥(いもがゆ)」を思う存分に飲むことが人生唯一の欲望で、
日がな一日その願望達成を夢見ながら生きていた。

 ある青年の豪族から、芋粥を飽かせ申そうと招待され、五位は彼の越前の館に
泊まるが、翌朝、山芋を二三千本も見て、釜から立ち昇る湯気の匂いを嗅いだら、
口を付ける前から満腹感を感じ、芋粥の銀器を出されたときは食欲が失せていた。

 五位は、ここに来る前、京にいた頃の自分を懐かしく振り返った。
 それは同僚から愚弄され、子供からも「この鼻赤めが」と罵られていた自分で
あり、同時にまた芋粥に飽きたいという欲望を後生大事に守っていた幸福な自分
であった――――というのが芥川龍之介の『芋粥』のあらすじです。


            ―――――――――

「さあ、熊さんよ、五位はやっと念願の芋粥を腹いっぱい飲めるチャンスが来た
ときに、なぜ気持ちが萎(な)えて、幸福感が失せてしまったと思う?」
「ご隠居、芋粥って、芋の入ったお粥ですよね」
「いや、山芋を甘葛(あまかづら)の煎じ汁で煮た甘いデザートで、当時は上流貴族
や特別な客にしか出さない希少なものだった」

   imog5s.jpg photo AC(現代の芋粥)
.
「だったら五位は、滅多に手に入らない貴重な芋だと思っていたら、二三千本も
見てしまったので、有難みがなくなってしまったんじゃねえですか」
「そうだな、貴重なものは滅多に手に入らないので有難みがあるのかもしれんな。
熊さん。他に、五位の気持ちが萎えてしまったわけを思いつくかな?」
「たかが芋粥ですよね。そんなものを腹いっぱい飲むのが人生で唯一の欲望だな
んて、くだらねえなあ。でも、そのくだらねえ願いが、あっさり叶ってしまった。
そうか。ということは、あっさり願いが叶ったので、気持ちが萎えてしまったん
ですかね」
「お、いいぞ。そうだな。願いは簡単に叶ったら、面白味が減る。ゴルフだって
素人が毎回ホールインワンだったら面白くない。劇作家のバーナード・ショウが、
こんなことを言っておる」

人生には二つだけ悲劇がある。
一つは願いが叶わないことであり、もう一つは願いが叶ってしまうことだ。
There are only two tragedies in life:
one is not getting what one wants,and the other is getting it.

「う~ん、ご隠居。《願いが叶ってしまうことは悲劇だ》なんて、贅沢な人間の
言い草ですねえ」
「熊さんや。さらなる悲劇は、願いを全然持たないことだ。目標を持たない人間
は 右顧左眄(うこんさべん)で、右を見たり左を見たり、まわりの意見や反応ばかり
気にしてフラフラ生きている」
「へえ」
「そんな生き方は充実感がなく、達成感もない」
「ご隠居。まあそうなんでしょうけど、気楽に生きるのもいいんじゃねえですか。
あっしは風の吹くまま気の向くままに生きていますが、これって自由で、けっこ
う楽しいですよ」
「そうか。まあ、自分が楽しいならそれでいい。気楽に楽しく生きるというのも
人生の一つの選択肢だ。で、他には?」
「わ~、まだですか。人生、苦しくなってきましたよ、ご隠居。それにしてもで
すよ、バーナードさんとやらが言う《願いが叶ってしまうのは悲劇だ》は、本当
ですか。願いは何でも叶ったほうがいいんじゃねえですか。悪い願いじゃなけれ
ば、願いは叶ったほうがいいんじゃねえですか」
「(ぎくっ)う、うーーーむ」

  kxye8_l.jpg Kindle版表紙部分

「ご隠居。あっしだったら、芋粥に飽きたら、山芋を摺りおろしたマグロの赤味
を肴に、有名酒造の芋焼酎をぐいっときこしめして、デザートは京都の芋羊羹を
上品にいただく方向に願望目標を変えますが」
「なるほど、そう来たか。上品というのは熊さんらしくないが、そういう暮らし
が本当は熊さんの願望なんだな」
「ね、それもイーモんでしょう」
「うむ、夢はいろいろあるほうが面白い。夢がしょぼいと、五位のように過去を
懐かしむのかもな」
「ご隠居もよく、昔は良かったと言ってません?」
「うむ。昔はモノがなく、不便で、不自由で、本当は冴えない世の中だったのだ
が、目先のことしか見えない人間は、つい現在のことだけを見て、いま味わって
いる幸福を見逃してしまうのだろうな。熊さん、よく思いなさいよ。いまの生活
レベルは、五位の頃に比べたら、はるかに良い」
「はあ、五位じゃなく、良い(四位)。賛意(三位)して、ニイ(二位)ッと笑ったり
して」
「いや、二位じゃ駄目だ。一意いちいp>専心の心掛けも忘れちゃいかんよ」




ここからはバーソの注釈です―――――――――――――――――――――――
 五位の気持ちが萎えてしまったことは、結論部分(下記)に書かれています。

 五位は、芋粥を飲んでゐる狐を眺めながら、此処へ来ない前の彼自身を、なつ
かしく、心の中でふり返つた。それは、多くの侍たちに愚弄されてゐる彼である。
京童にさへ「何ぢや。この鼻赤めが」と、罵られてゐる彼である。色のさめた水
干に、指貫をつけて、飼主のない尨犬(むくいぬ)のやうに、朱雀大路をうろついて
歩く、憐む可き、孤独な彼である。しかし、同時に又、芋粥に飽きたいと云ふ慾
望を、唯一人大事に守つてゐた、幸福な彼
である。
(下線はバーソ)

 五位は《愚弄され罵られ憐れで孤独であった彼》と《芋粥に飽きたいという欲
望を大事に守っていた幸福な彼》を懐かしく振り返っています。
 五位が《幸福な彼》を懐かしく思うのはいいですが、《孤独な彼》も懐かしく
思ったのはなぜでしょう? <夢は簡単に叶わないほうがいいからでしょうか。

 ヒントは「芋粥を飲んでゐる狐を眺めながら」という書き出しにありそうです。
この狐は、五位を招待した豪族が帰路の途中で捕まえて、《館に行って家の者に、
馬を連れて迎えに来るよう伝えよ》と命じたら、実際その言葉通りにした狐です。
そして比叡山には荼枳尼天が神狐の姿となったという言い伝えがありました。

 五位はこう感じたはずです。すなわち、自分が憧れていた希少な芋粥をあの妙
な狐が飲んでいる。青年豪族は、狐も操る特異な力を持ち、大きな山芋を下人ら
に山ほど持ってこさせる権勢も有している。彼は自分とは違う世界に生きている。

 五位は、自分がここに馴染めない違和感を感じたとき、以前の暮らしはけっこ
う居心地が良かったことに気付きました。京にいたときは子供にも侮蔑された憐
れむべき《孤独な自分》ではあったのですが、しかし芋粥を心ゆくまで飲むこと
を夢見て、それを生き甲斐としていた《幸福な自分》もまた存在していたのです。

 つまり五位にとって《孤独な自分》だったときの人生は、一つの幸福な人生と
して完成していた
のです。夢を持っていたのでつらいことも我慢できたせいもあ
るでしょうが、たぶん夢を持つ持たないにはさほど関係なく、幸福だったのです。
それは自分の世界にいて、その居心地にまあまあ満足していたからです。

 昔から「住めば都」また「地獄も住処」と言われる通り、人間は自分の居心地
のいい状態に居るのがベストではないとしても、少なくともベターであり、それ
が普通の人の《平凡な幸福》であるかもしれません。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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子供の頃の願望

僕は「プリン」を飽きるほど食べたいでした。(笑)

 家庭で作るハウスのプリンの素(粉末を牛乳で煮溶かして、冷蔵庫で冷やすというもの)を小さなコップに3分の1くらい入れて作っていたのを、大人になったら、洗面器かタライで作って食べてやる! と、切望していました。

 しっかし、大人になって、デザート・バイキングに行っても、プリンを2個以上食べたいと思わなかったです。。。

2019/08/24(土) |URL|Anthony [edit]

叶うと醒める不思議

芋粥……山芋を甘葛の煎じ汁で煮た甘いデザートだっんですか。
意外です。知りませんでした。

子供の頃、浜育ちの私のおやつは、
サザエ、アワビ、ウニ、イカなどの“磯もの”でした。
今思えば超贅沢ですが、たくさんあると欲求は萎えますよね。

>人間は自分の居心地のいい状態に居るのがベストではないとしても、
 少なくともベター……

希少食への憧れと同様、生活環境もおっしゃる通りだと思います。
セレブたちの中に身を置いたりすると、居心地が悪く落ち着きませんもん。
外国に行って初めて日本の良さを痛感するようもので、
幸せは足元に転がっているのでしよう。

とはいえ、願望も大切です。
とくに比較できる経験があるほど、人生は豊かに感じます。
子供の頃の貧しい暮らしを思えば、今は天国です。
食も生活環境も“空腹に勝る御馳走はない”と思いますねぇ。

2019/08/24(土) |URL|風子 [edit]

バーソ様
おはよう御座います。

現役時代はあれほど憧れていた退職後の生活。
でもいざその境遇になってみると仕事が懐かしくなってきます。
寝る時間もなかったのにその頃が幸せだったと思うことと似ていますね。

愛新覚羅

2019/08/24(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: 子供の頃の願望

Anthony さん コメントありがとうございます^^)

 プッチンプリンが出てきたときは、すごくおいしいと思ったのですが、その後、卵で作った本物の味を知ったら、プッチンプリンはあまりおいしいとは思わなくなりました。
 バイキングもカウンターに沢山並べられいても、精々2,3個しか食べられず、欲張って食べすぎるとおなかが苦しくなって、かえって不幸になりますね。(笑)

 プリンの素と言われて思い出したのは、渡辺のジュースの素です。あの頃は液体のジュースと言えばバャリースオレンジがあって、テレビでは確か猿が宣伝していましたが、そのジュースは手が出ないので、粉末のジュースで我慢していました、というより、それで満足していました。
 長じてバャリースオレンジを買えるようになりましたが、あれは100%果汁じゃないんですね。10%とか20%くらいなので、ああこのオレンジ色は着色かと思ったら、あまり飲む気がしなくなりました。

 一段階いいものを知ると、以前のものが良くなく思えてくる。これは一つの不幸かもしれないですね。

2019/08/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 叶うと醒める不思議

風子さん コメントありがとうございます^^)

 参考までに現代の芋粥の写真を載せましたが、私が思うに当時の芋粥は、重量比で芋は9.5割、米は0.5割くらいで、米は単にネバリを出すためのものじゃなかったかと思います。単なるお粥の一つなら、そんなに有難がらないはずですから。砂糖のない時代、甘いのが良かったのでしょう。

 今は砂糖は悪人扱いされていますが、私はコーヒー用に「フランス産 エリスリトール」というのを使っています。天然甘味料と表示されていますが、ひょっとしたらこれも添加物の仲間と考えたほうがいいのかと案じながら使っています。

 子供の頃はサザエ、アワビ、ウニ、イカがおやつでしたか。いまなら高級品ですね。そういえば私も浜育ちでしたから、サザエは叔父が海に潜って獲ってきたのを時々焼いて食べました。他に、名前は知らないのですが、小さな巻貝の蒸したのを駄菓子屋さんで売っていましたね。時代が違うと嗜好や幸福の中身も違ってくるのでしょう。
 
 セレブたちの中に身を置いたことはないですが、収入の違いや身分の違いは感じるときがあります。たまに一流ホテルでお茶したりすると、近くに座っている人たちの顔や服装などオーラが違うので、自分がちょっと場違いのように感じることがあります。

 幸せは足元に転がっている。青い鳥は我が家にいる。よくそのように言われますが、ブータンの国民の9割以上が幸福感を感じていると聞くと、違うだろ、それは生活レベルが先進国じゃないからだ、と言う人の気持ちも分からないでもありません。幸福度は、要は、どこを見ているかで違ってきそうですね。

2019/08/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)

 教授は企業の戦士として戦後の日本の高度成長を引っ張ってきた一人なので、さぞ超忙しい人生だったでしょう。寝る時間もなかったですか。しかし日々充実感を、そして達成感も味わっていたのでしょう。
 でもフェアレディを乗り回し、タンノイをラックスマンで鳴らし、高級な趣味を十二分に堪能していたわけですから、まあ、ひとも羨むような豊かな人生を過ごしてきたわけで、だから振り返って思えば、幸せだったと思うのでしょうかね。

 私は、土・日、祭日はもちろん、夏休みも盆・暮れ・正月の休みもなく、年中聖書活動に励みました。時には真夜中に信者から電話で呼び出されたりで、体も壊しましたが、よく続いたと思っています。だからテレビも映画も音楽も縁がなく、その頃のことはあまり知りません。当時は、ひとから三浦和義の名を言われても、なんのことやら分からなかったですね。

 いま過去を振り返ると後悔も多々あるのですが、でも当時は充実感がありました。自分は神のご意思を行なっているという自負と幸福感もありました。
 自分の過去の人生には、自分なりの幸福感を感じていた自分と、世間の時流から外れて生活も仕事もいろいろ苦しかった自分がありますが、その両方が自分の道だったのだろうと思います。

 ひとは自分では失敗したとか、選択を誤ったとか思うことがあっても、長い目で見れば、誰でも自分の道を歩んでいるのではないですかね。

2019/08/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2019/08/24(土) || [edit]

Re: こんにちは

[太字]鍵コメさん コメントありがとうございます^^)

 この世のものではないほどうまいもの。一度いいから食べてみたいものです。また、この世のものではないほど美しいもの。美人でも、景色でも、何かのデザインや芸術品でも、宝石でも、一度でいいから見てみたいものです。私は何でも美しいものが好きですね。

 また、細密な工芸品とか絵画を見ると、これは人間業とは思えないと思うことがあります。先日、ミュシャの絵を観に行ったとき、大きなポスターや絵はさほど感動しなかったのですが、ハガキ大のサイズの絵を見たときは、しばし立ち止まってじっくり細部を眺め、よくまあこんなにきれいに細密な絵が描けるものだと驚嘆しました。ピアノ演奏の超絶技巧を見ても、人間の磨き抜かれた技術もたいしたものだと思います。

> 昔より今、昨日より今日、今日より明日(たぶん)の方が幸せだと思っています。
 私は以前は「世の終わりが近い近い」と唱える教団にいたせいもあり、どうも有識者から世界の破滅が近いといった話をされると、つい眉にツバを付けたくなります。東西冷戦が終わって、いまは米中でも米ロでも精々貿易戦争か小競り合いぐらいしかなさそうだと思えるせいもあります。
 それに、創造者が世界を造っておいて人間に地球を破滅させるままにするはずがないという基本的な信仰と、またこの地球は二元論の世界なので幸福と不幸と両極端があるのは基本設定であり、たとえマッドマックスの世界になっても、その過酷な状況の中で人間は考えて努力して生きて、自分たちの幸福を見付けていくのが人間の生き方なんだろうと思っているせいもあります。
 むろん災害とか難民とか病気とかで、いま不幸ばかり味わっているような人もいますが、しかしこれも信仰の一つなんですが、輪廻転生があるなら、また次の人生では違う人生を体験するのだろうと思っています。

 いずれにせよ、昨日より今日、今日より明日のほうが幸せになっていると思うのは、明るい思考で、いいことだと思いますね。そういう人は実際に自分自身の意思と行動でいい人生を味わえるようにしてきたのではないでしょうか。そしてそれは自分がそうしてきたので、世界(周辺の人や状況)がそうなるよう応援してきたのだろうとも思います。

2019/08/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ある日、一介の伍長に過ぎなかった青年は、出世してかのローマ皇帝の如く大軍を指揮してみたいと願った。
しかし、皇帝になるには政治力がいる…彼は当時は小さな地方政党に過ぎなかったミュンヘンのナチス党に入った。
そこで弁舌の才能が開花した彼は、巧みに困窮していた民衆の心につけ入り、第一次大戦戦勝国への敵対感情を煽った。
そしてナチス党は全国民の支持を得て、政権の座についた彼はローマ皇帝同様に大軍勢を指揮する身分になった。
有頂天になった彼は、軍勢を東に西に進軍させてヨーロッパの大半を手に入れた…願いは見事に叶ったのだった。
それから数年後、満足したはずのアドルフ・ヒトラーはベルリンの地下壕の中にネズミの様に隠れていた。
大半の腹心は彼を裏切って連合軍に寝返り、最期まで彼に付き従ったのは恋人のエバ・ブラウンただ一人だった。
これが、たった一人の愛人さえ幸せにできなかった哀れな男の末路です。
さて、庶民の生活を妨害してまで世情を騒がせている日韓の首脳はどんな願いを叶えたいんでしょうか?
若者はKポップを聴きたいし、韓流映画やドラマを観たい、今の若い女性のコスメは韓流色白美人が主流です。
ちなみに私の食卓にはキムチが欠かせなくて、迷惑な政府がキムチを取り上げたら反乱を起こすつもりです(笑)

2019/08/25(日) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)

 joさんのヒトラーの話は、この記事と一体どういう関係があるのかと、ちょっと考えてしまいましたよ。芋粥の五位のほうは人から相手にされず、野心と言ってもじつにたいしたことない願望で、ドイツの一位のほうは第三世界帝国を作るというたいした願望だったが、しかし共に結末は哀れを誘う話だったということですかね。しかし、だいぶ異なる点もありますね。

 よくヒトラーは第二次世界大戦を起こした悪の元凶のように言われますが、彼はドイツ国民から選挙で選ばれ、ハイルヒトラーと熱狂をもって支持された人ですから、あの戦争の責任はドイツ国民全体にあるのです。ドイツが世界を支配する野望は当時のドイツ国民が抱いていたのです。だから視点を変えて見れば、ヒトラー自身は、自分はドイツの国民繁栄のために頑張っていると思っていたのではないですか。ユダヤ人抹殺の意図は別にして、の話ですが。

 joさんはまた日韓問題に話を持ってきましたが、何度も申し上げているように、まず強制徴用工の話は史実と違うでしょう。強制ではなく、半島からの出稼ぎ労働者に日本人と同じ給料を払っています。強制だとしても、国家的には1965年の国交正常化に伴う請求権協定で完全に終結しています。国際法的には完結したのです。それを韓国の一位さんは54年も経ってから、自分の選んだ最高裁判事らによって強引に日韓条約を無視する判決を出させために、これほどまでに日韓問題がこじれているのでしょう。

 だから「世情を騒がせている日韓の首脳は」ではなく、今回の騒がせる原因を作ったのは、あちらの一位さんのほうです。彼は昨日のニュースを見る限りでは、ホワイト国除外で日本から自尊心を傷つけられ、侮辱されたと言って怒っていました。彼の場合の問題の本質は、理性的な道理や理性ではなく、なんとまあ、感情論なんですね。
 しかし実際の本心は、それもあるかもしれないですが、彼は日本やアメリカはどうでもよく、それより北朝鮮の一位さんに喜ばれたいという願望があるように思えます。特に米韓合同演習後に北朝鮮から、韓国政権は信用できないので同じ座に座らないと罵詈雑言を言われたので、それをカバーするために今回の日韓ジーソミア継続破棄の決定をしたように思えます。しかも事前にアメリカの「理解を得た」と発表しましたが、アメリカ政府から「嘘(lie)だ」と抗議され、翌日「疎通した」と訂正しています。アメリカ相手でも、すぐ分かるような嘘を言う国なんです。

 一方、こちらの一位さんは自尊心などに関係なく、もし徴用工問題でまたまた妥協したら、あちらから今後ずーっと金をむしり取られるので、だから今回は戦後初めてちょっと強い対応をしたのでしょう。彼は「私たちの孫子の代まで問題を負わせるわけにはいかない」と述べていました。至極当たり前の発言です。

 国と国が正式に話し合いをし、和解して多額の賠償金を支払って終結した問題を、あの慰安婦合意破棄の場合と同じように、また気軽に一方的に破棄されたら、される国民は多大な迷惑を受けます。そんな約束を破るような国は信用できますか。真面目に付き合えないのは当然でしょう。

 国際的な条約は守るべきもので、破ると条約違反で、無責任です。国際的にも認められません。だから、あのツィッター好きなアメリカ一位さんが、珍しく何も言わないのです。
 いま世界で、日本が悪いと言っているのは、韓国と日本のメディアと日本の一部の思想家たちだけです。あ、いや昨日だったかの新聞では、鳩山と石破という人も、日本政府が歴史に向き合ってないとか述べていました。彼らは真実と国益(あまり好きな言葉じゃないですが)に全然向き合ってないですね。

 日本政府の戦後初めての《強い対応》と言っても、日韓のメディアが大騒ぎしたように《輸出規制》ではなく、《検査厳格化》に過ぎません。単なる検査に時間が掛かるだけで、日本が恣意的に制限したり禁止したりはできないもので(根拠なく勝手に運用したら訴えられます)、実際に北朝鮮などに横流ししたという確実な証拠がなければ、今までと同じように普通に許可されるものであり、その証拠にあれから一か月後にはレジスト(感光材)が二度輸出され、サムソンは6か月分の在庫を確保したと言われています。

 なお、昨日だったか、韓国の裁判所がトヨタ自動車に約7900万円の課徴金支払いを命じました。理由は、トヨタがアメリカに出している車には何かの部品が付いているが、韓国向けには付いてない。だから消費者の合理的な選択を妨害したのと説明の文字が小さくて消費者が意味を認識しづらいからだそうです。
 しかしそんなことは輸出先の法規や事情に合わせて、どんな自動車会社にもよくあることで、しかも実際に事故や故障が起きたわけでもないのですが。
 また例のディーゼル問題で不正をしたVWとアウディには、購入者一人あたり100万ウォンだったかを支払えという判決も出したそうですが、その理由は、消費者が「精神的被害」を受けたためだそうです。BMWもエンジンから何度か出火したので訴えられています。
 日本でも自動車会社のリコールは過去何度もありましたが、精神的被害や些細な事故で訴えた日本人はいないでしょう。何が何でも難癖を付けて金をむしり取ろうとする韓国の態度は、言葉が悪くて恐縮ですが、ほとんどヤクザのレベルのように思えます。

> 迷惑な政府がキムチを取り上げたら反乱を起こすつもりです(笑)
 冗談半分だとしても、joさんは、あちらさんが好きなんですね。というより、日本人が嫌いなんですね。好き嫌いの感情には、理屈や道理は通じません。私が何を言っても駄目でしょう。まあ、思想の自由があるので、お好きなようにしてください。(笑)

 ただ、私は日本が好きだから愛国心ゆえに、このようなことを書いているのではありません。私は人種差別はしません。ただただ不当な非難や意地の悪い仕打ちや不正義が嫌いなだけですから、念のため。

2019/08/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

獲得と喪失

まるで生まれつきポケットの数が決まっているかのように、
欲しかったものを得ることができたなら、
それまでポケットに仕舞い込んでいた何かが失われる、
ということがある気がします。

転んだ拍子?にポケットから大事なものがこぼれ落ちた、
そのタイミングで別な何かが託されることになったり、
スリの名人?にすれ違いざまポケットの中身を入れ替えられた、
なんてこともあったのかもしれません。

えてしてそういうものは、
「失われてから必要なものだった」ことに気が付くことが多いですね。
「失われたものすべて不要なものだった」という人生は、
幸福な人生ではない感じがしますね。

2019/08/25(日) |URL|友資 [edit]

Re: 獲得と喪失

友資さん コメントありがとうございます^^)

 またまた深い話で、何度も読み返しました。

> まるで生まれつきポケットの数が決まっているかのように、
欲しかったものを得ることができたなら、
それまでポケットに仕舞い込んでいた何かが失われる、
ということがある気がします。

 これは何か新しい幸福と思えるようなことに出遭えば、それ以前に味わえていた古い幸福と思えるようなことは失われてしまうように感じる場合もあり、転んだ拍子にこぼれ落ちる話とスリの名人の例えは、ちょっとした想定外のことで人生の道は容易に変わってくることもあるということですか。
 そうなら、そうだと思います。人生は前もって大筋が定められているとしても、その途中にはかなりの意外性が時々あり、突然に全然違う道や、あるいは元に少し戻ると思えるような道が目の前にひらけてくることもあります。いわゆる波乱万丈の道です。しかしそれはまた人生の面白さだろうとも思いますね。

> えてしてそういうものは、
「失われてから必要なものだった」ことに気が付くことが多いですね。

 つまり自分が過去に失ってしまったものの中には、自分には必要なものもあったものかもしれないが、そういうことは得てして後から気付くことが多い。
 だから、
> 「失われたものすべて不要なものだった」という人生は、
幸福な人生ではない感じがしますね。

 芋粥の五位の話に適用すると、五位が過去に体験した人生は情けないものだったが、新たに体験したこともかつての幸福感を失わせられ、かえって情けなさを分からせられたので、だから五位は一見幸福ではないように見えるが、じつはそうではなく、失われたように思えるものも新しく得た体験も、すべては五位には必要だったということですか。
 そうなら私もそう思います。人生に失敗はない。失敗に見えても、じつは必要な体験だ。じつは自分で選んだ体験だ。人間は自分に必要な体験をして、その時々の感情を味わい、その後の自分の新たな道を模索していくのが、人生の意義であり、人生のいいところだろうと思います。

 ですから人生は「損得」を考えて、世に沢山あるハウツー書を読んで、できるだけ要領よく生きていくのも、それはそれで一つの道でしょうが、しかし本当は自分のしたいことをして生きていくのが最善あるいはベターのように思いますね。むろん、ひと様に迷惑を掛けずに、ですが。

2019/08/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

いじましい幸福論を持つ変な私が通りますよっと

 五位と言ったら殿上人でおじゃる。そら雲の上の人から見ればゴミのごとき木っ端役人かもしれませぬが、地方の豪族から見たらはるかにはるかに上の人におじゃる。地方の豪族なれば、ゴマをすって取り入っておいた方が今後なにかと都合がよかったのでおじゃる。バーソ殿もいかがじゃ?麻呂に山吹色の菓子など持って来ぬかえ?
ホーホホホホ。
 今の時代でこそ流通は容易でおじゃる、交通手段が限られておった当時はそれはそれは難儀だったのでおじゃる。山芋も甘葛も田舎に行けば山に山程あったのでおじゃるが、何せ運び出すにも真面な道はなし、道はあっても運び出すには人の足に頼るしかおじゃらん。大八車が一般的になったのは江戸時代なのでおじゃる。狭くて舗装もされていないゆるゆるの山道と大八車とでは相性は最悪でおじゃった故なぁ。
 さて、いじましい麻呂が思うに、五位の殿上人が下っ端役人なのは周りが雲の上の方々だった故でおじゃる。地方の豪族から見れば胡麻をするに値する立派な殿上人におじゃる。地方の豪族に芋粥を嫌という程出せる力があるのは、下々の者から見れば立派に偉いさんだったからでおじゃる。無論、幸福が何であるかには異論反論おぶじぇくしょんが有るとは思うでおじゃるが、比較級である側面は否定できるものではおじゃらんのではないかえ?
 え゛、法皇バーソ阿闍梨は悟りを開いている故、そのようなあさましい心根は持っておらのと?これは、失礼いたしましたぁぁぁぁ。グフッ(吐血

2019/08/28(水) |URL|miss.key麻呂 [edit]

Re: いじましい幸福論を持つ変な私が通りますよっと

miss.key麻呂さん コメントありがとうございます^^)

「ころの原理」は誰でも容易に思いつきます。車輪の発明は3500年前の昔だったそうですが、日本では車輪は飛鳥時代の遺跡から発見されています。大八車は江戸時代に大量生産されたようですが、同様のものは平安時代からずっと使われ続けていたようです。米や雑穀類は縄文時代から栽培されたようですから、五位のいた平安時代は、道は狭くても平野なら、小さな手押し車ぐらいは使われていた可能性はなさそうですかね。

 で、考えるに、芋粥が貴重品だったのは、都に配送するのが困難だったゆえということもあるでしょうが、小さくて軽いものですから、女子供でも背負って運べます。昔は千葉県の農家からお婆さんが10キロ以上の農産物を背負って東京まで売りに来たのですから、運搬配送が困難だったからではないようです。

 それよりも山芋を甘葛の煎じ汁で煮て、特別の器に入れて、特別な日に、特別なご馳走の中の最後の一品として出されたのが、五位にとっては特別な羨望の食べものになった所以じゃないでしょうか。芋粥の味に憧れたというよりは、それが食べられる特別な雰囲気が味わいたかったのじゃないでしょうかね。
 いまでいえば天皇家御用達の食品は似たようなものが市販されているはずですが、でもそれを買ってきて食べてもさほど美味しくは感じない。しかし天皇家の園遊会で実際に出されたものなら、特別の有難い気分が味わえそうです。

 五位は上から5番目とはいえ、貴族の端くれ。同じ五位の貴族でも、機知や頭脳や家柄などによってかなりの身分的な差異があり、芋粥の五位は子供にさえ馬鹿にされたのですから、単に五位の家に生まれたから五位の身分を継承しただけの、はみ出し者、落伍者、落ちこぼれだったのでしょうかね。小説を読むと京の貴族にも貧乏人がいたようで、芥川『羅生門』の京は天変地異のせいか、かなりさびれています。

 その点、地方の豪族は地元では大いに権勢があり、村民から重税をたっぷりと搾り取れるわけで、都のしがない貴族よりは裕福な暮らしをしていた豪族もいたのでしょう。この話に出てくる青年豪族は、元の『今昔物語』によれば越前の豪族の娘婿になった男です。してみると若いときから強運に恵まれた男で、五位にとっては、まるで違う運命にいる人間のように見え、だからこそ山盛りの山芋を見たときにがっかりしてしまったとも考えられます。

 それにしても日本の歴史で面白いのは、漸進的な順序正しい進化発達をしてこなかったことです。昔の日本人のイメージは、畳に座り、草履をはき、人は肩に担がれてエッサホイサッサと運ばれている図ですが、その以前の平安時代には椅子があり、靴を履き、貴族は牛車に乗っていた絵が残っています。
 日本人は、変化というものを嫌う傾向があり、昔からさして深く考えず、ただただ伝統に付き従うことをしてきたように思えます。アメは金太郎飴がいい。出る杭は打たれ、泣く記事は撃たれ、いや違った、鳴く雉は撃たれるのもそのせいでしょう。金太の話は検索しました。そんな深い意味があったのですね。(笑)

 急激で大きな社会改革は明治維新だけですかね。大相撲で怪我が多いのは、土俵の造りとその周辺が危険なためだと思いますが、変えるつもりはないのでしょう。

2019/08/28(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

渡辺のジュースの素は、子供の頃、家に常備されていました。

 親戚が近所で米屋をやっていて、そこに買い物に行くと武田薬品の「プラッシー」がもらえました。

 別の親戚は酒屋をやってて、そこにおつかいに行くと「キリン・オレンジ」をもらっていました。

 バヤリースは果汁20%だったので、他の10%のジュースよりは本物に近いような気がしました。

 沖縄では、最近までバヤリースは果汁10%だったそうです。

2019/08/30(金) |URL|Anthony [edit]

Re: タイトルなし

Anthony さん コメントありがとうございます^^)

 あはは、言われて思い出しました。そうそう、武田のプラッシー、キリンオレンジもありました。プラッシーは米屋で売っていて、味はオレンジではなく、黄色い色のポンジュースのような味だったような気がします。よく覚えていますね。

 我が家は貧乏だったので、ほとんど飲んだ記憶がないですよ。オレンジジュースを飲み始めたのはファンタオレンジからだったと思います。そのうちコカコーラを飲むのがかっこいいような気がして、さしておいしいとは思わなかったのですが、「スカッとさわやかコカコーラ」のCMに洗脳されて、ドリンクはコーラをもっぱら飲むようになりました。

 ペプシは、飲み比べたら味が優っていると比較広告で、これでもかこれでもか攻撃しましたが、広告と販売戦略が下手だったのでしょうか、負けてしまいました。日本製のコーラも味はさして違わないのですが、全滅です。商品は広告が決め手ですね。印象に残ることを、声を大きくして、回数多く言ったほうが勝ちです。

 コカコーラが優れているのは、あの瓶の形でしょう。デザインでコークに敵う瓶はなく、空き瓶を部屋に飾りたくなるほどです。一時、車のデザインに取り入れられ、コークボトルとか言われて流行し、コルベットやスカイラインにも使われたと思います。

2019/08/30(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ペプシ・コーラ

思い起こせば、僕はペプシ派でした。

昭和45年、水前寺清子がCMに出ていて「ペプシ館で会いましょう!」と言っていたので、大阪万博ににった時も、真っ先にペプシ館に行ったのに、チーターはいなかった(笑)

そして、阪神ファンだったのに王貞治がCMキャラクターをつとめて「コカコーラの1.5倍...300cc入って、50円」というのに完敗。。毎日飲んでました。

2019/09/08(日) |URL|Anthony [edit]

Re: ペプシ・コーラ

Anthonyさん コメントありがとうございます^^)

> 思い起こせば、僕はペプシ派でした。
 これは《大衆とは逆に行くぞ》という反骨精神の宣言のようじゃないですか。パソコンはWindowsじゃなくMacなのだというひとと少し似ています。
 
 私も若い頃はそういう傾向があったのですが、いまはどうでもよくなりました。性能がほぼ同じなら安いものがいい、中華製でもいい、マレーシア製でもいい、と思うようになりました。精神の堕落です。とはいえ、その中でもデザインのいいほうを選びます。見た目重視のほうです。(笑)

> 「コカコーラの1.5倍...300cc入って、50円」というのに完敗。。毎日飲んでました。
 このコピーは説得力がありますね。グリコの「一粒で300メートル」と同じ論法です。やはり値段は安いほうがいい。これは最強の論理ですね。(笑)

2019/09/08(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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