「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 反論か譲歩か報復か。カフカの絶望的幸福論を解く。 


 幸福になるための、完璧な方法がひとつだけある。
  それは、自分のなかにある確固たるものを信じ、
   しかもそれを磨くための努力をしないということである。

    ――――『絶望名人 カフカの人生論』頭木広樹(編訳)新潮文庫


「ご隠居、カフカって人はおかしい。幸福になれる完璧な方法は、自分を磨くた
めの努力をしないことだなんて、ご隠居が普段あっしに言ってることと真逆だ」
「おや、変かい?」
「この人、自分の中にある確固たるものを信じてるってことは、よっぽど自信が
あるんですかね」
「熊さんよ。自分には確固たる才能があると信じていても、努力をして失敗した
ら、自尊心が傷つくだろう。しかし努力をしなければ、どうなると思う? 失敗
の原因は自分が努力をしなかったからだ、と言い訳できるので、自尊心は傷つか
ない」
「あれま」
「逆に、成功した場合は、努力しなかったのに成功した自分はたいしたものだと
思えて自尊心が強まる」
「あらら、そう来るんだ」

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.

「心理学で『セルフ・ハンディキャッピング』と言ってな、《臆病な自尊心》を
持つ人間は、自分に何らかのハンディキャップを課すことで自分の自尊心を守ろ
うとする。カフカの場合はあえて自己を磨こうとしないことで自尊心を保とうと
したのかもな」
「へえ」
「学生が試験の直前、今回は試験勉強を全然してないとか、今日は体調が悪いと
か言って予防線を張るのも《セルフ・ハンディキャッピング》だ。だが、熊さん
よ、カフカは全身が絶望と自己批判で出来ている人だ。カフカの言葉通りに信じ
ちゃいかんよ。努力や考えることを一切しないで、事態が良い方向に偶然に進化
したり、突発的に改善されることは無いのだからな」
「ご隠居、《臆病な自尊心》って、自分では自信がないので自尊心が弱いんじゃ
ねえですか」
「いや、自尊心も自信も人一倍あり、頭もいい。問題は自己愛とコンプレックス
が強すぎることだ。トラウマになるほど酷いと、性格がネガティブになり、悪い
のは自分じゃないと思い込みたいために、自分では意識せず、他者を極悪人に仕
立てることがある。そのようにしてスケープゴートを作らないと、うつ病や気分
変調症から脱却できないからだ」

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「あっしは自信はねえし、性格はネクラだし、ダメ人間ですわ」
「熊さん。それも一種の《セルフ・ハンディキャッピング》かもな。よく自分を
(おとし)めるようなことを言う人は、《臆病な自尊心》を持っていて、無意識に
自己防衛をしているのかもしれん。人の7割がこの心理を持っているらしいぞ」
「ふーん、世の中、自己防衛隊員が多いんだ」
「自分の才能に自信を持っている人間は多くいる。ところが、本を出版するとか、
何かで賞を取るとか、学説を学会に発表するとかして、自分の才能を社会で実証
している人間は少ない。そういう自信には裏付けがないので、《臆病な自尊心》
になっているのかもな」
「ご隠居。正しい自尊心があるかどうかは、どうしたら分かるんで?」
「一番わかりやすいのは、ひとから批判されたときだろうな。《臆病な自尊心》
を持つ人は、ひとからちょっと何か言われると、すぐ腹を立てたり、すぐ落ち込
んだりして平常心を乱す」
「じゃあ、逆に《大胆な自尊心》を持っている人間は、批判が気にならねえんで
すか」
「いや、気になる。もし気にならないなら無神経な人間だ。しかしな、熊さんよ。
批判とは、ある考えが本当に正しいのかを再吟味できる場が提供されることなん
だよ。善意と気遣いのある論理的な批判なら、あまり嫌がらないほうがいい」
「はあ、そういうもんですか」

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「すぐ頭に血が上って、恨みを引きずりやすい性格なら、最初から議論や反論は
しないことだ。自信過剰でメンツにこだわる人間も、議論は避けたほうがいい。
だが、論理的に、冷静に話し合いができるなら、議論したほうが事態は改善され、
さらに良くなる」
「はあ、話し合いはしたほうがいいんだ」
「話し合いを一切しないと、ケンカ状態が持続し、悪化するだけで、益がない」
「じゃあ、妥協するほうがいいんですか」
「熊さん、姑息な手段はいかんよ」
「はあ、卑怯なことはしないほうがいい」
「いや、『姑息』の『姑』は《しばらくの間》という意味、『息』は《休む》と
いう意味で、一時的な間に合わせ、その場逃れをすることだ。中途半端な妥協や
一時的な譲歩は駄目。火種が消えてないので、時間が経てば火が燃え盛る」
「くさい臭いは元から断たなきゃダメ」
「まあそうだ」
「ご隠居。でも、その話し合いが難しいんですよね」
「うむ、理屈が通じない不誠実な相手なら、誰かに黒白をつけてもらうほうがい
いだろうな」

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「じゃ、トランプだ。ジョーカーが出たら負け。恨みっこなしで」
「いや、トランプ頼みじゃなく、正々堂々と、相手が人や団体の場合は第三者委
員会か裁判所で、国の場合は国際機関で、互いに論議を尽くして永久不可逆的に
決着を付けたほうがいい―――――のだが、国際司法裁判所の大きな問題点は、
訴えられた国が同意しなければ裁判は行なわれないことなんだな」
「分が悪いほうは裁判を拒否するんだ」
「そう。だったら国際司法裁判所は何のためにあるのかと思うがな」
「常任理事国の黙秘権だっておかしい」
「それを言うなら拒否権だが、国の勝手なエゴがまかり通る国連は一度ぶっ壊し
て、ここはぜひともN国・新選組の出番だな」
「はあ?」
「つまり、NEW連を作る。そしてしい理事国を世界の民意でんで織する
のだよ」
「な~るほど、新しい国連と新しい国際裁判所ができれば、領土争いなんかすぐ
解決しそうですね」
「武力による国際紛争がなくなれば、各国の軍隊は要らなくなり、莫大な軍事費
は世界の福祉と安全のために使えるので、全人類がもっと幸福になれる」
「ご隠居、へいわ新国連組ですね」

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「そう。政府はカフカの言葉を逆説的に捉え、《自分の中にある確固たるものを
信じ、それを磨くための努力をしないなら、幸福になれない
》と認識したほうが
いい。自国が悪ければ率直に謝罪し、悪くないと思える確固たる自信があるなら、
国際的な場でそれを論証すべきだ。そうすれば、何が可か、何が不可か、決着が
ついて互いに幸福になれる」
「幸福になる秘訣は、物事の可不可カフカをはっきりさせることなんですね」





補足―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
私は人種侮蔑も自虐趣味もなく、是々非々を考える者です。以前は聖書信奉者で、ひたすら我慢し、
耐え、許すことを心掛けてきましたが、不当な仕打ちを甘受するのは愛でも正義でもないでしょう。
確固たる自信があるなら、曖昧な妥協策はやめて、その根拠を国際的に主張してほしいと思います。

画像は昔のアメリカの雑誌『The New Yorker』誌の表紙(1925-1937)を部分的に借用しています。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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お見事❢

>「ここはぜひともN国・新選組の出番だな」

その心は……、
『NEW国連を作る。そして新しい理事国を世界の民意で選んで組織』とは、
なんとも“お見事❢”

《臆病な自尊心》は無意識の自己防衛ですかぁ。
さすがです。判りやすいです。
カフカは絶望名人でしたか。
カフカと名のる日本人歌手の顔が浮かびました。
で、●幸福になる秘訣は、物事の可不可を……とは、
なんとも洒落たオチで清々しいですね。

《セルフ・ハンディキャッピング》
私の中にも確かにあります。
ですが、論理的に、冷静に話し合いができるなら……となるし、
冷静さは自信ありますが、論理的には自信がないので、
土俵には上がりません。(^_^ ;)

2019/08/03(土) |URL|風子 [edit]

バーソ様
おはよう御座います。

セルフ・ハンディキャッピングは全ての人が持っていると思っていましたが7割なのですね。
自分は本気を出せばもっと出来る。誰よりも出来ると思い込みます。
でも100%の力が出せない自分も本気なのですよね。
私は中学高校時代に本気をだせば東大は楽に合格できていたと今でも思っている相当な馬鹿者です。

最後の可不可は上手いですね。過負荷でも意味がつながりそうです。

愛新覚羅

2019/08/03(土) |URL|aishinkakura [edit]

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2019/08/03(土) || [edit]

Re: お見事❢

風子さん コメントありがとうございます^^)

 N国・新選組は面白いネーミングですね。「民」とか「自由」とか「希望」とか、ありきたりの字が入る名より、ずっと目立ちます。少数派の場合はまず目立って話題になることが大事です。大阪の橋本某が、今も国会をバリアフリーにする映像がテレビに流れているが、二人の重度障碍者が国会に出るなんて、既成の党では出来得なかったことだと述べていました。ただ、本物の新選組は幕府側の武装集団であり、維新側のほうではなかったのがちょっと面白いところです。

 《臆病な自尊心》は無意識の自己防衛。これは確かに真実ですね。内面に確かな自信がない人は、正邪や是非などおかまいなしに、メンツを優先し、偉そうにし、ひとを小馬鹿にし、パワハラを行なったりします。
 ところが自分に自信のある人は、ひとから何か言われても、まあ馬鹿な人間が馬鹿なことを言ってるわと思うだけですから、感情は乱されず、冷静に対応できます。
 人や国の場合でもコンプレックスが強いと、負けまいと思う気持ちが強く働きます。面白いのは、攻撃や反論するときの言い方です。相手を最大級の汚い言葉を使って罵る人や国は、《臆病な自尊心》があることを自らの言葉遣いで証明しているのですね。

> 冷静さは自信ありますが、論理的には自信がないので、
 あら、これは《セルフ・ハンディキャッピング》の変形かも。いや、そうじゃなく、風子さんはそうじゃないでしょと否定してもらいたいのかも。(笑)
 そうそう、風子さんは、弁論大会で優勝したことがあり、言い合いでは負けたことがなく、私ならグウの音も出ないほど相手をやっつける、と以前コメントに書いていました。だから風子さんとは私は議論したくないですよ。ジャンケンだったらパーはグウに勝てるのですけどね。(笑)

2019/08/03(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)

> セルフ・ハンディキャッピングは全ての人が持っていると思っていましたが7割なのですね。
 能力的に確固たる自信が自分にある人もいるでしょうし、また能力にあまり関係なく、とにかく努力するのが賢明で正しいことだと思っている人もいるのじゃないでしょうか。日本人は真面目で、戦後、非常によく努力をしたからこそ、有色人種なのに世界では早く先進国の仲間入りをしています。教授もその一人でしょう。

> 自分は本気を出せばもっと出来る。誰よりも出来ると思い込みます。
でも100%の力が出せない自分も本気なのですよね。

 うーん、考えさせられる言葉ですね。本気を出せばもっと出来る。しかし人は意外にというか、案外本気を出さないものだ―――。そうかもしれません。自分の人生を振り返っても、努力を人一倍した時もありますが、いつも必ず全力を挙げて努力したかと言えばそうではなかったです。それほど本気を出したくなるほどのことが、連続してやってこなかったせいもあるかもしれませんが、これは言い訳ですね。

> 私は中学高校時代に本気をだせば東大は楽に合格できていたと今でも思っている相当な馬鹿者です。
 おー、そうですか。「楽に合格」という言葉はすごいですね。私も小学校の頃は親からそう言われたことがありますが、ものすごい極貧で長欠児童になったりしたせいもあって、そんなルートからは外れてしまいました。というか、それが自分の背丈に合った本来のルートだったのだろうと今では思っています。

> 最後の可不可は上手いですね。過負荷でも意味がつながりそうです。
 このオチは書いている途中に思いつきました。「過負荷」もいいですね。いまの両国の状況に合っています。どちらが回転上げ過ぎでエンジンブローするのでしょう。今回の件では、日本政府は戦後初めての強気ですね。

2019/08/03(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2019/08/03(土) || [edit]

恐れ入りました

としか言いようがない、素敵な記事でした。

可不可を余儀なくされる政治の世界と、
可不可を超えたところに重きを置く精神世界とでは、
どうしても相容れない部分がありますが、
人前でわかりやすくお話する創意工夫をくり返されてきた経験があり、
理性とハートの、人間的なバランス感覚に優れたバーソさんであれば、
絶妙にそのあいだ(可と不可とが妥協しあえる地点)を国政で示してくださる気がしております。

衆院選の候補者として演説するバーソさん、
ちょっと見てみたいです^^


2019/08/03(土) |URL|友資 [edit]

Re: 恐れ入りました

友資さん コメントありがとうございます^^)

 あらら、恐縮します。褒め過ぎ。買いかぶりすぎです。うれしいですが、そんな器じゃ全然ないですよ。

> 可不可を余儀なくされる政治の世界と、
 今まで日本政府は世界でも珍しいほど穏便な対外姿勢で、可不可を曖昧にして、近隣諸国の横暴に接してきました。このたびは国同士で条約を結び、多額の賠償金を払い、不可逆的な合意をしたのに、約束を反故されたので、ついに堪忍袋の緒が切れたというべきなんでしょう。日本政府は戦後初めての強めの対応をしています。といってもアメリカ大統領のやり方の何十分の一の強さですがね。

> 可不可を超えたところに重きを置く精神世界とでは、
 そうですね。精神世界では物事の善悪を判断しないというところがあります。宗教では愛と寛容が強調され、イエスは77回ひとを許しなさいと教えました。でも約束や契約や条約を破るというのは、愛や寛容以前の、誠実さとか責任感という人間の基本的な特質が守られていないわけで、それがない人や国なら、親密な関係は築くのは困難です。
 立場や観点が違えば考え方や解釈が違うのは当たり前で、両者が相容れないところはあるのは当然でしょうが、最初から反日政策を取り、反日教育をしているような国は、いつかは物事の可不可をはっきりさせないと、前大統領には千年忘れないと言われた通り、未来永劫に争いは続くと思いますね。

 ある在日の韓国人教授が述べていましたが、韓国は今まで日本政府をなめていた、しかしこのたびはその予想が外れて韓国政府は慌てふためいていると分析していました。
 私は政治のことはブログでは書かないようにしてきましたが、精神世界的に考えれば、短い目で見れば大変なことが起きたようでも、長い目で見れば人間にも世界にも結果として益になるように歴史は動いていると思っています。いまは両者かなりの痛みを経験するでしょうが、しかし学ばなくてはいけない、必要な教訓を学べる良い機会になるのじゃないでしょうかね。

2019/08/03(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ははは…アメリカ人が選んだトランプのジョーカーの絵柄は「ジャック・ザ・リッパー」だった様です。
彼が大統領になって以来、アメリカ人の憎悪が増大してあちこちでジャック(銃撃犯)が暴れています。
本人は安全な場所(ツイッター)からジャックを嗾けてて、先日も立て続けに29人もの犠牲者が出ました。
自身はツイッターで発信する過激な言葉と、銃の乱射は無関係だと言ってますが、本当に因果関係はないのでしょうか?
幸福になるための、完璧な方法がひとつだけあるとしたら…それは、生涯を通して決して人を不幸にしない事だと思います
直接手を下さなくても、主張を通す為に不幸の原因を作り、別の者が人を不幸にしたら、神は双方を同罪とするでしょう。

2019/08/06(火) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)

 切り裂きジャックですか。だいぶ考えましたね。私だったらジャックと豆の木と海賊ジャック・スパロウを思い出しますが。あ、そうそう、ジャック・タチという俳優もいましたね。映画『僕のおじさん』の主人公です。

> 幸福になるための、完璧な方法がひとつだけあるとしたら…それは、生涯を通して決して人を不幸にしない事だと思います
 これは金言ですね。「決して」と言われると、世の中に完璧な人間はいないので、人間には不可能だという思いになりますが、そう心掛けるのは大変良いことであるのは間違いありません。

 ところが真面目で正義感の溢れている人はひとを傷つけないかと言えば、その真面目さと正義感のゆえにひとを傷つけることもありますね。自分の主義主張や信念と違った考え方を持つ人たちを悪人呼ばわりして強く攻撃するので、攻撃されたほうは不快になり、強く反発し、反撃するので、双方が不幸になることがあります。

 ですが、相手を攻撃しないといけない場合もありますね。相手が国策として日本を憎み、千年忘れないと言うほど恨みを持続し、絶えず謝罪せよ謝罪せよ誠意を見せよ(=カネ寄こせ)と言い続ける場合です。

 日韓の場合、まず原罪は日本にありました。ですが、それは二世代前の日本の上層部が起こしたことです。当時の責任者は裁判で裁かれ、両国は和平条約を結びました。いま当時生きていた世代は、双方の国に存在していません。 

 聖書のエゼキエル書18:30はこう述べています。

「罪を犯した本人が死ぬのであって、子は父の罪を負わず、父もまた子の罪を負うことはない。正しい人の正しさはその人だけのものであり、悪人の悪もその人だけのものである。」

 親が犯した罪を子も孫もずっと負わなくてはならないなんて法律は、いま世界にはないでしょう。親の罪は親本人が負えばそれで終わりのはずです。日本軍部と政府の罪は、戦後の東京裁判と各国との賠償で法律的には終結しているはずです。裁判は「一事不再理」と言って、二度起訴されることはありません。いつまでも昔のことを「歴史問題を認識せよ」と言い続けるのは間違っています。意地が悪いです。

 大体が世界大戦を二度起こしたドイツに対して謝罪せよカネよこせと言い続けている国家は世界にはありません。ナチはドイツ国民が支持し応援したのです。インドはイギリスに100年近く占領されましたが、独立後、イギリスに対して謝罪せよカネよこせとは言い続けていません。他の東南アジアの諸国も英仏蘭などに謝罪せよカネよこせと言い続けてはいません。アフリカの黒人は文字通り奴隷として酷い扱われ方をしてきましたが、それでも白人を千年恨んで謝罪せよカネよこせとは言い続けてはいません。それを飽きもせずにいまだに続けているのは世界では韓国一国だけでしょう。

 それに強制徴用工と強制慰安婦の問題は、事実ではありません。
 慰安婦の問題を言えば、25万人もの若い女性を本当に強制徴用して性奴隷にしたとすれば、関係者は本人たち25万人とその両方の両親50万人と兄弟姉妹25万人以上(叔父叔母は含めず)の合計すれば少なくとも100万人以上はいたことになります。その中に勇気ある人がわずか0.1%いたとすれば最低1000人以上は非常に怒っている人たちがいて、彼らがその慰安婦の家族のために戦時中は、ある程度かまたは必死に抵抗し、戦後には声を荒げて大騒ぎしたはずですが、そんな事実は一切なかったのです。全くゼロ。皆無です。 

 極東裁判では英国の捕虜に木の根を食べさせたとして刑罰が課せられました。それは木の根ではなく、ゴボウだといっても通じなかったのです。それほど戦後の裁判は厳しかったのですが、戦後の裁判では、強制慰安婦の話は一つも出ていません。
 モルモン教徒のケント・ギルバートによれば、(韓国関係者の依頼で)何十億だかを使ってアメリカの第三者の調査団が調べたが、強制慰安婦の事実はなかったと何百ページもある分厚い文書で発表しているそうです。

 ではいつから問題が言われるようになったかといえば、周知のように1980年代になってから、すなわち戦後約40年も経ってからです。吉田某が本を出し、講演をして回り、朝日新聞がそれを大々的に宣伝し、リベラルの弁護士が国連で宣伝し、さらに宮澤首相が8回謝り、渡辺美智雄外相や河野洋平外相や加藤紘一官房長官らが事実だと認めたからです。だれも調査検証を全くせず、事実だと認めて謝罪したのです。

 むろん、おかしいと思う人たちもいて、例えば済州島の「済州新聞」が吉田某の記述を追跡調査しました。何々村に何人、何々村に何人と具体的に書かれていたので、現地に行って調査したのですが、ただの一件も事実ではなかったそうです。後に吉田某にそれを追及したら、1995年に、あれは大半がフィクションだったと自ら認めました。吉田は、こうも言っています。「人権屋に利用された私が悪かった・・・私にもプライドはあるし、八十五歳にもなって今さら・・・このままにしておきましょう」。そして2014年になって宣伝張本人の朝日新聞も誤報(虚偽)だったとやっと認めました。それ以降、朝日は評判と部数をかなり落としています。

 一番最初に名乗り出た慰安婦の金ナントカさんは、家が貧しかったので親が30円だか40円で売春宿に売り、数年後、そこのおとうさん(経営者か管理者のこと)が中国に転売したそうです。当時は公娼制度がありました。娼婦の収入は日本兵の3倍くらいあったと言われています。韓国は今とは全然違って非常に貧しかったのです。よど号乗っ取り事件のあった頃は、北朝鮮のほうが韓国より素晴らしい国だと思われていました。だから赤軍派は地上の天国と言われていた北朝鮮に住みたいと思って逃げて行ったのです。

 そんなことを韓国政府は知っているはずですが、日本政府が認めているのだからと、いい幸いにして少女の慰安婦像まで作って世界に広め、なんとかして日本を貶めよう、そして自分たちが上になって優位になろうとしているのじゃないですか。だから韓国大統領は、日本はもっと謙虚になれとか無礼だとか盗っ人猛々しいとか偉そうに言うのだと思いますよ。日本政府をなめているのです。

 なめていたのに今回、日本が戦後初めて強気に(適正に)出たので、驚き、あわてふためいているのです。だから「我々は二度と日本に負けない」と、あたかも戦争勃発時であるかのようなことを言っているのです。

 そんなことを知らされていない一般の韓国人が慰安婦問題で怒るのは当たり前ですが、十分知っているはずの韓国政府は酷いと思いますし、最悪に酷いのは日本政府ですよ。一方的に事実でないことを言われるがままに甘受し、何も反論も反証もせず、2015年には「不可逆的」という言葉に飛びついて安易に慰安婦合意の約束をして10億円も払ったために、強制慰安婦25万人の話が事実として世界的に認知されてしまいました。その後、韓国が一方的に合意を破ったので、さらに悪い今日の事態を招いたのです。この件は朝日新聞が主犯で、日本政府が補助犯でしょう。

 強制徴用工の話にしても、当時は日韓併合されていたので、半島から日本に来た人たちの身分は日本人でした。つまり日本人である韓国人を強引に強制して、ただ働きなどさせ得ないのです。彼らは日本の給与が良かったので日本に出稼ぎに来ていた人たちで、その証拠に、いま原告になっている人の雇用名簿も残っているとか言われています。給与を払わなかったのは事実ですが、それは敗戦時のゴタゴタの1、2か月分だけで、それは日本人の労働者も同じだそうです。

 そして言うまでもなく1965年の日韓賠償条約には、個人請求権も含めて賠償は一切それで完了するという文言が書かれています。個人の請求権があってもそれも含むと国家間で約束し、確認しているのです。その文言は誰でも閲覧できるようにしたと先日、政府が発表しています。

 ですから私は、韓国人全体が悪いのではなく、朝日や一部の弁護士などが問題の元凶で、さらに悪いのは遺憾砲しか撃たなかった無為無策で愚かな日本政府だと思っているのです。むろん、調子に乗って反日政策を喜んで取り続けている韓国政府も悪いと思っています。両方の政府が悪いために日韓両方が険悪になっているのです。韓国のほうは、日本に謝罪させることで国民のコンプレックスが解消され、カネも手に入り、政府の支持率も上がるのですから、まあ無理もないかもしれませんが、それにしても陰湿で、執拗です。

 ですから、この記事では、物事は可不可をはっきりさせたほうがいい、特に平気で約束を破るような相手には安易な妥協や譲歩は良くないと書いたのです。
「和」の精神は麗しいですが、万事、なあなあで、安易に妥協し譲歩するのは間違っています。

 こういうときには得てして「話せばわかる」とか「話し合いで解決せよ」と、したり顔で言う知識人がいますが、話しても分からず、聞こうとしない相手には、はっきりと分かるようにしたほうがいいし、それしか方策はないと思っています。相手が紳士的ではなく、国家間の約束を破るのですから、こちらが紳士的にしていたら駄目ということは過去の経験でさんざ分かっているはずなのですが。

 決してひとを不幸にしないほうが良いのは当然ですが、親日罪まで作って、決してこちらを幸福にすまいとの国策を持って実行している相手には、それが間違っていることを分からせることも、時には(今回が初めてですが)必要だと思っているのですね。

 というわけで、当コメント欄は他の人たちも読んでいるので、かなり長めに書いています。私は別に右派ではないのですが、今はあまりに真実からかけ離れたことで問題がこじれているので、ちょっと右寄りと思われるだろうと承知しながら書いています。

2019/08/06(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

お言葉ですが…

国際法では、人道に対する罪を犯した政府を継いだ次の政府は、前の国家が犯した罪の責任を負わなければなりません。
次に、人道への罪を数で計るのは誤りです…数で人の命が判断されたら「一人殺せば殺人だが、百万人殺せば英雄」となってしまいます。
ただ、告訴する側が数を上盛りする事には大いに異議があります。中国は「南京で30万人の市民が日本軍に虐殺された」と言います。
戦後の極東裁判で公正に行われた連合国の検証では約1万5000人…検証できなかった部分を加えて、都市の規模と照らし合わせても民間人の被害者は2万人程度だろうと思われます…しかし、数に関係なく日本軍の行った行為は虐殺であり犯罪になります。
当時の日本軍は中級将校以下の規律が非常に悪く…その主な原因は、軍上層部が補給に関心が無く、各将校や兵士に「食料や女、労役工などは現地で調達せよ」と命じていたからで、略奪や拉致はなかったか?と問われれば、実際に支那戦線で戦った亡き伯父の証言からも「無かった」とは断言できません…山賊の様に村を襲撃して食料を調達し、娘をかどわかしたそうです。
一件でも略奪は略奪。拉致は拉致です…ドイツと違って、戦後に中国や朝鮮半島との国交が途絶えた不幸な事情もありますが、総じて日本政府は責任の取り方(外交)が下手です。それが日本人資質の弱点かも知れないが、欧米人ならもっと早く白黒を付けていたでしょう。

2019/08/06(火) |URL|sado jo [edit]

Re: お言葉ですが…

sado joさん コメントありがとうございます^^)

> 国際法では、人道に対する罪を犯した政府を継いだ次の政府は、前の国家が犯した罪の責任を負わなければなりません。

 まず「人道に対する罪」の定義ですが、Wikipediaによると、

「国家もしくは集団によって一般の国民に対してなされた謀殺、絶滅を目的とした大量殺人、奴隷化、追放その他の非人道的行為」と規定される犯罪概念」と定義されています。

 ならば私が先に挙げた韓国に関する二例は該当しませんね。
 まず25万人も女性が従軍慰安婦として強制連行されたという話は事実ではありません。先のコメントでも述べたように、無かった証拠は多くありますが、事実であった証拠は無いはずです。

 強制徴用工の話も、彼らは半島からの(併合で日本人と同等の立場の)出稼ぎ労働者で、ちゃんと給料を支払い、食事もきちんと提供されていたという証言と書類が残っています。最近、やせ衰えた朝鮮人労働者の写真が韓国で発表されたことがありますが、それは時代と場所の違う日本人労働者の写真で、捏造だと証明されたため、引っ込められました。つまり証拠はないので、だから捏造をしたのです。

 「非人道的」というなら、敗戦間際に日ソ中立条約を破って日本に侵略し、戦後にシベリアに58万人もの人を強制抑留し、死者25万4千人、行方不明・推定死亡者9万3千名もの人々を死なせたソ連のほうがはるかに酷いでしょう。

 また、敗戦間近で死に体の日本なのに、広島と長崎の無辜の市民を二種の原爆で計46万人も大量殺戮し、また一般市民が住む大都市東京を無差別に焼夷弾爆撃して死者約8万~10万、負傷4万~11万名をもたらしたアメリカ軍もまた、はるかに非人道的です。これは、どんなことを言って正当化しようとも、歴史上世界最大の非人道的行為であることは誰も否定できません。

 ところが日本人でいまだに彼らに謝罪せよカネよこせ謝罪せよカネよこせと言って反ソ反米を唱え続ける人はいません。日本人は非常におとなしい民族なのです。

> 数に関係なく日本軍の行った行為は虐殺であり犯罪になります。
 私が言及しなかった30万人南京大虐殺については、事実なら非人道的な罪になりますが、虐殺の有無、犠牲者数などについてはいまだ異論が沢山あります。

 これについての反論はいろいろされています。
(1)そこにいた日本軍には物理的にそれほど大量の弾丸もなく、それほど大勢を殺せるだけの人数もおらず、そもそも軍には市民を殺す意図などなかった。
(2)陥落時の南京の人口は約20万人で、南京の警察長官が陥落直前の人口を20万人と述べ、国際委員会(外国人15名で編成された自治組織)もその数字を踏襲している。
(3)南京の人口は陥落後増加し、陥落1か月後、南京市外に避難していた南京市民は続々と市内に戻り、南京の人口は24万3千人余りから26万5千人余りに増えている(虐殺があれば普通は人は集まらない)。
(4)南京陥落後、蒋介石は記者団に対して300回以上の記者会見をしたが一度も虐殺について言及していない。
(5)南京陥落後、昭和13年1月に国際連盟理事会に対して、中国代表が日本軍が2万人の民間人を虐殺したと提訴したが認められなかった。
(6)当時、陥落とほぼ同時に約300名の日本の報道関係者がいたが、誰も虐殺現場や大量の遺体を見ておらず、報告もなされていない。
(7)南京陥落時、便衣兵となった中国兵を掃討したあと、南京の治安は急速に回復し、国際委員会から日本軍に感謝の書状が贈られているなど。
 いろいろ反論や矛盾点が指摘されています。確かに昔の日本軍の一部には酷い行為もあったようですが、とにかく30万人という数字には甚だしい誇張があるようです。

 民間人が死んだ原因は、南京の中国軍には民間人の服装をした兵も市内に紛れ込んでいたので、見分けがつかなかったとか、日本軍が南京市民に逃げるように勧めたのに逃げなかったので戦いに巻き込まれてしまったとか、中国軍が南京の民間人を殺し、それを日本軍のせいにして逃げたという話もあります。

 それに戦争状態が酷くなったときは、そんなことは歴史上どの国にもあり、今でも中東付近にあるのではないですか。昔の北米では弓矢しか持たない原住民インディアンを正義の騎兵隊がやってきて連発銃で皆殺しにした話も多多くありました。アメリカの原爆投下や東京大空襲や、硫黄島の火炎噴射器を使った上陸作戦などもかなり一方的な殺戮で酷いものです。ベトナム戦争時にもあり、ピューッツア賞を取った有名な裸の少女の写真もあります。旧約時代のペルシャや古代イスラエルの戦争では、男も女も子供も赤子も皆殺しにされ、それはそれは悲惨なものです。

 とかく昔の日本軍が悪かったと言われますが、朝鮮人の兵隊を日本軍のリーダーにすることもあったそうで、そんなことは世界の占領国には珍しいそうです。また全面的に日本軍が悪いと言われますが、大局的に歴史の流れでみれば、東南アジアは日本のおかげでみんな白人国家の植民地支配から独立できました。だから今でも中韓を除くアジアの国々は、みんな日本びいきです。

 大体がアメリカの原爆やナチのアウシュビッツ、はたまたソ連のスターリンや中共の毛沢東などが行なった何百万人もの人民を虐殺した大粛清のことはひと言も言わずに、ただただ旧日本軍の悪かった面だけを、外国人ではない日本人が言い募るのはどうしてなんでしょう。さらに昔の日本軍にそんなことがあったから、現在の日本人は(民族的にそのDNAを引き継いで)世界で一番悪いとまで言うのは、極めて極端な人種差別で、政治的偏見思考だと一般常識的には思われるのではないですか。

 悪いことは悪いと言うのはいいですし、野党のようにいつも時の権力者や保守政権に反抗するのもまあいいのですが、どうも「一事が万事」の思考で、日本人だけを悪く言う傾向が、ふだん正義を標榜している日本人の或る思想の人たちには根強くあるようで、なぜ自分と同じ日本国民のみをそんなにまでも嫌悪し、侮蔑して、得意になっているのだろうか、自分も同じ日本人なのに、と非常に不思議に思います。

 実際に、今の日本人は世界でそんなに最悪ですかね。
 最近のUSニュース&ワールドレポート誌によれば、2019年版の「最高の国ランキング(Best Countries ranking)」で日本が2位に入ったそうです。
 同誌によれば、日本は海外からの評価が高いにもかかわらず、日本人は世界で最も自国を低く評価しているという分析結果も出たそうで、この日本人のいわゆる自虐的(謙虚あるいは卑下的)な感覚は、観光や海外投資に長期的な悪影響を及ぼすと同誌は懸念しているそうです。

 ちなみに中国は16位、韓国は22位です。他の同様のレポートでも日本はおおむねいつも上位の常連ですから、日本人が世界で一番悪いわけがないのです。普段、人種差別は良くないと強く主張していながら、なぜ「日本人どもは」と言って侮蔑するのでしょう。まったく理解できませんね。

> 山賊の様に村を襲撃して食料を調達し、娘をかどわかした
 ベトナム戦争やドイツ戦線の米国映画では、そんなシーンをよく見ます。後者については、アメリカ軍もベトナムなどで行ない、韓国軍もベトナムで行ないました。最近でもアメリカ軍の兵隊が沖縄で時々行っています。そんなことはどの国でも行なってきたことです。むろん、だからといって肯定できる話では全然ないですが。
 しかしながら逆に、なんでもかんでも、とにかく旧日本軍を美化する人がいますが、それもまたおかしいことだと思いますね。

 話を韓国との問題に絞りますが、「前の国家が犯した罪の責任を負わなければなりません」については、当時の政府の責任者は連合国からA級B級戦犯などと見なされ、処刑されました。その後の日本政府も戦後処理を放置したわけではなく、きちんと交渉をして条約を結んで、当時の韓国の国家予算の何倍もの賠償金を支払って、戦後賠償は正式に終わっています。半島に残した日本の財産はすべて放棄し、そのうえで個人請求権については日本政府が支払うと言ったら、韓国政府のほうは、自分たちでするからその金もくれと言ったという記録が残っています。

 新聞記事を引用します。

「対日請求要綱は8項目で構成され、その中に『被徴用韓人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済を請求する』と記載されている。要綱と併せて公表された交渉議事録によると、1961(昭和36)年5月の交渉で日本側代表が『個人に対して支払ってほしいということか』と尋ねると、韓国側は『国として請求して、国内での支払いは国内措置として必要な範囲でとる』と回答した。
 韓国側が政府への支払いを求めたことを受け、日本政府は韓国政府に無償で3億ドル、有償で2億ドルを供与し、請求権に関する問題が「完全かつ最終的に解決されたこと」を確認する請求権協定を締結した。」
https://www.sankei.com/politics/news/190729/plt1907290032-n1.html
 その「徴用工問題の支払いは韓国政府で合意」については 外務省が日韓協定交渉の資料公表をしていて、いまは誰にでも見られるようにしているそうです。

 ところが韓国では文大統領の意向に沿って、最高裁判所の裁判官のメンバーまでかなり変えるまでして、韓国にある日本企業の差し押さえに入りました。
 国同士で約束して条約を締結しのだから、日本に対しては個人請求権はないはずだが、しかしその解釈や適用がこじれた場合はまた話し合いを持つという手続きが定められているのだから、その手順を踏もうと提案しても、韓国政府は一切返事をしないまま現在に至ったので、やむを得ず日本の企業の財産を守るために、このたびは必要な措置をとったというわけでしょう。もしそれをしなかったら、韓国はこれからも次々と訴訟を持ち出して日本企業から財産をむしり取ることは目に見えていますから。

 ともあれ、このたびの措置は日本政府のほうが国際法上、理に適っており、正しいと思いますが、韓国は、自分たちは戦争犯罪の加害者だとばかり言い募って話し合いに応じず、それどころか「加害者が盗っ人猛々しい」とまで言って反撃しているのですから、どうにも困った政府です。最近は大統領や政府高官の言い方が、口を極めて罵る北朝鮮の広報係に似てきました。日本のほうは穏やかです。菅官房長官は困ったような顔で、個別のコメントにはコメントしないとぼそっと言うだけですから。

 レーダー照射問題にしても、最初は韓国は海上が荒れていたので漁船を探すために射撃管制レーダーを照射しただけだと発表したのですが、自衛隊の証拠映像によれば、当該漁船は軍艦の50メートルぐらい近辺にあり、浪は荒れておらず、丸い管制レーダーは哨戒機のほうを向いていたのですが、それでも彼らは言い訳を二転三転させ、最後は(銃を持たない)哨戒機がわが韓国軍艦を威嚇をしたと言い出したわけで、あきれ果てることばかり言っているのは周知のとおりです。

 しかも小さな漁船の人道的探索だったと言うのですが、そのために海軍の駆逐艦と所轄の違う海洋警察庁の警備艦が2隻も並んで現地にいたのはかなり妙な図です。よほど見られたくなかったので、自衛隊機を追い出すためにレーダーを照射したとしか考えられません。自衛隊側の証拠突合せの提案は韓国は拒否していますが、拒否するのは都合が悪いからでしょう。

 昔、日本軍が侵略して半島を支配下に置いた理由についても、当時は列強帝国主義の時代です。韓国は清国やソ連から侵略されそうだったので、だったら日本のほうがまだましなので韓国李王朝から頼まれたという話もあるようですが、まあ日本だけが悪かったとしても、もう謝罪と賠償など戦後処理は国家間で文書を交わし、カネを支払い、終了しているはずです。

 それなのに、韓国は呆れ果てるほど執拗です。日本のヤクザだってそんなにしつこくお礼参りはしませんが、韓国にとってはなにしろ日本は貴重なイジメ相手とカネづるですから、放したくないのかもしれないと思ってしまいます。なお念のために言えば、ここで韓国、韓国と言っているのは、韓国政府のことです。

 そういうわけで日本が韓国に対して「国家もしくは集団によって一般の国民に対してなされた謀殺、絶滅を目的とした大量殺人、奴隷化、追放その他の非人道的行為」がされたとはまったく言えませんし、国際的には日韓の戦後処理は国家間の約束で1965年に終わったのですから、今なお「人道に対する罪」が残っていて処理されていないとは言えないと思いますよ。

> 人道への罪を数で計るのは誤りです・・・一件でも略奪は略奪。拉致は拉致です
 人道への罪は一人でも罪であることは確かです。(日本では殺人は2人以上殺さなければ死刑にならないというのはおかしいです)。しかしその数が多いほど、その罪の残虐さは目立ち、罪は大きい、と普通は道理的にも法律的にも見なされるのではないですか。被害者の人数が多いほど、その罪は大きいはずです。

 911にしても311にしても数人死んだだけなら未曽有の悲惨な大惨事とは言われず、一過性の簡単な報道で終わったはずです。京アニの件も1人死んだだけならこれほどのニュースにはなりませんが、35人も死んだので、日本もテロ国家になった、絶対死刑だと言うひともいるわけです。従軍慰安婦にしても少数なら世界のどの軍隊にもあるはずです。25万人も性奴隷として強制連行したとされたので、世界から問題にされているのではないですか。

 一件でも罪は罪だから旧日本兵の罪は重いのだと言いたいのかもしれないですが、「人道への罪を数で計るのは誤り」という理屈は、全体を公平に見ておらず、私がしたコメントの論点からも外れており、ちょっとおかしいと思うのですがね、お言葉ですが。(笑)

2019/08/06(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2019/08/08(木) || [edit]

可不可

こんにちは。

ひとつひとつの言葉が深く心に刺さります。
腑に落ちて参ります。
有難うございます。

2019/08/09(金) |URL|阜可 忠 [edit]

Re: 可不可

阜可 忠さん コメントありがとうございます^^)

 言葉の達人にお目に留めていただき、恐縮です。
 腑に落ちる点がありましたか。そうなら良かったです。

 こういう人間の心理分析に関することは、星座占いや干支の性格説明と同じで、大抵はなんらかのことが自分に当てはまる場合があるようですね。

 善人と言っても少しは悪い点はありますし、悪人と言ってもすべてが悪いわけではないように、人間の本質というのは、ひとによってそう大きくは変わらないのかもしれません。
 自分でなにか気が付いたことを自分に適用していく人が、自分の霊性や生き方を向上させていくのでしょう。たとえそのスピードが遅くても、進まないで立ち止まっている人よりはいいと考えたほうがいいのでしょうかね。

 可不可については、国と国の場合でこじれた場合はなあなあにしないで、きちっとけじめを付けたほうがいいと思いますが、人と人の場合は、まあ我慢できるなら我慢して辛抱していくほうが良い場合もありそうです。あんまり世の中を殺伐とさせたらいけませんからね。

2019/08/09(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

悲しいかな、幸福とは比較級

 掘っ立て小屋があるとする。他の家がそれより良く出来ていれば、住人は不幸だと思うだろう。だが、他の家がもっとひどいあばら家だったら幸福だと思うだろう。
 日本人の貧困率は先進国でも屈指だという指標がある。だが、その貧困層の生活は圧倒的に多数の国々の平均層よりよほど恵まれていたりする。日本人の精神は健康ではないと「風に立つナントカ」でさ〇ま〇し氏は歌っているが、生活レベルは現地の人たちとでは比べるべくもない。現地の人たちが幸せでいられるのは豊かな生活を知らないからという悲しい現実がある。これはどう繕っても事実である。なぜなら、豊かさを手に入れた後、それを巡って争っているのが途上国の内戦の原因だからである。
 無論、程度はある。多少の不足なら気にしない人も少なくなかろう。だが、世界中の人々が自家用ジェット機を持っていて、えびふりゃぁを食べて、月にさえ旅行に行けるような時代に、自分だけが自転車しか持てず、イワシの缶詰で、いばらぎ県内にしかいけないとすれば、果たして幸せを感じていられるだろうか(笑

2019/08/10(土) |URL|miss.key [edit]

Re: 悲しいかな、幸福とは比較級

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)

 比較幸福論は、いじましい考え方ですね。上を見たら限りがない。自分より下を見よ。そうすれば自分はまだマシであり、幸福であることが分かるだろう――――これは富裕層が下々の者の不満をなだめるために考え出したズルい方策じゃないですかね。一見もっともらしいですが、じつはちょっと歪んだ人生観だと思います。

 というのは、カネは無いより有ったほうがいいに決まっています。世の中の大抵のものは、幸福でさえカネで買えるのですから。だから世界はカネカネ至上主義となり、世界では貧富の差がますます拡大しているのです。

 ただし念のために補足しておきますが、カネがないと幸福ではないとする思考もまた哀れで歪んだ価値観で、そんな考え方を持つ人は大抵は不幸になるだけだと思いますね。

 「診療所に集まる人々は病気だけれど、少なくとも心は僕たちより健康」だというのも、ちょっと似たような思考がないですか。国境のそばにいて病気で貧乏なら、体が痛みを感じる厳しい日々が続いているのでしょうから、希望も夢もなく、精神は不健康になっているのじゃないですかね。

 金がないほどつらいことはありません。生活は厳しいが、心は健康だからそれでいいのだ、と当人が本当に心から思っているのならいいのでしょうが、他の第三者がそう言うなら、これもまた少々欺瞞的な人生観のような気がします。

 もっとも、苦しいときは、神について、ヒトについて考えるので、良い結果になり得ます。聖書も同じようなことを言ってますよ。


 「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなた(神)のおきてを学びました」詩篇119篇71節

 しかし自尊心というものは、無ければ困るし、ありすぎるのも困るので、バランスが難しいものですね。私は自慢じゃないが、あまり無いほうなんですが。(笑)

2019/08/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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