「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 人生観を増補すると宇宙観が出来るのか。虞美人草(後編) 


 秦王朝末期。項羽の陣営に、夜、懐かしい楚の歌が四面から聞こえてきた。
 項羽は故郷の楚がすでに漢軍に占領されたのかと嘆じ、別れの宴を設け、愛妃・
(ぐ)を前に詩を歌った。その詩の結句はよく知られている。

  「虞兮虞兮 奈若何」(や なんじ奈何いかん せん)

 虞は項羽の歌に合わせて舞い、そのあと自害する。翌年その墓の上に花が咲き、
虞美人草と呼ばれるようになった。虞美人草とは、ヒナゲシのことである。
 花びらは鮮やかな赤で、愛のために死んだ虞の血の色を表しているという。


 reois.jpg pixabay
 
                


「ご隠居、するってえと、夏目漱石の『虞美人草』で『虞』にあたる女性も愛の
ために死ぬんですか」
「熊さん、覚えているか。この小説の中には二人の若者が出てきて、一人は理論
派の甲野欽吾だった。その甲野には腹違いの姉がいて、名は甲野藤尾。クレオパ
トラ級の美人だが、最後は二十四歳の若さで突然死する」
「やっぱり愛のために自殺したんで」
「いや、縁談が破談になったショックで身体硬直して死んだ。なんせ気位が高い
女だったからな」
「うちのかみさんも気位が高くて高くて、心配だ」
「なに? 命を取ってもまだ生きてるように見えるがな。で、甲野藤尾の実の母
親の話だが、漱石が『謎の女』と呼んで性格を分析している。

.
 欽吾はわが腹を痛めぬ子である。―――謎の女の考は、すべてこの一句から出立する。この一句を布衍(ふえん)すると謎の女の人生観になる。人生観を増補すると宇宙観が出来る。謎の女は毎日鉄瓶の音を聞いては、六畳敷の人生観を作り宇宙観を作っている。人生観を作り宇宙観を作るものは閑のある人に限る。謎の女は絹布団の上でその日その日を送る果報な身分である。


 熊さん、この『謎の女』は老いて夫なき身で、金はあるが心細い。だから自分
の腹を痛めた子ではない欽吾をどうするか、死んだ夫の家の財産をどうするかが
最大の関心事だ。この女の人生観、宇宙観は狭い」
「だから『六畳敷の人生観』と言われてるんで」
「そうだ。人が人生観を考えるといっても、所詮そんな日常の小さなことに過ぎ
ない。偉そうに宇宙観と言ったって、精々人生観を『増補する』程度だ。だから、
そんなことを考える人間は『閑のある人に限る』とか『果報な身分である』なん
て皮肉を言っている」
「ご隠居、でもまあ、そうじゃねえんですか。こちとら貧乏ヒマなし。明日食う
ものはどうするか、今晩のおかずはなにか、ぬるめの燗にするめでも付けばいい、
てなことが我が家の人生観ですから」
「おまえさんは幸福だよ」
「へえ、おかげさまで」
「漱石は、この『謎の女』の小さな人生観を好かんようだぞ。


 ku3l2]735 EOS M3 18-150mm


 蓮の葉が出たあとには蓮の花が咲く。蓮の花が咲いたあとには蚊帳(かや)を畳んで蔵へ入れる。それから蟋蟀(こおろぎ)が鳴く。時雨れる。木枯が吹く。……謎の女が謎の解決に苦しんでいるうちに世の中は変ってしまう。それでも謎の女は一つ所に坐って謎を解くつもりでいる。謎の女は世の中で自分ほど賢いものはないと思っている。迂濶(うかつ)だなどとは夢にも考えない。


 この『謎の女』の悩みは、夏に蓮の花が咲いたり、夏の終わりに蚊帳をしまっ
たり、秋には虫が鳴いたりといった些細なことだ。そんな日常のことにあれこれ
気を使っているうちに一年は過ぎ去り、人は歳を取っていく。そして女は、物事
は自分の知恵で解決していこうと思っている。自分が『迂闊』な人間だとは夢に
も思っておらず、『自分ほど賢いものはない』と思っている」
「謎の女は自信家なんだ」
「漱石はこの女の考えが理解できないので、『謎の女』と言ってるのかもしれん。
しかし熊さんよ。自分を賢いと思っている点では、理論派の甲野欽吾も、実践派
の宗近一(むねちか はじめ)も、そんなに違いはない。人間、皆そうかもな」
「あっしは、自分を賢いとは思ってねえですよ」
「そうか、それがいい。そう思っている人間が本当は賢いのだよ。漱石は最後に、
こんな言葉を甲野欽吾の日記に書かせている。


 問題は無数にある。粟か米か、これは喜劇である。工か商か、これも喜劇である。あの女かこの女か、これも喜劇である。綴織(つづれおり)か繻珍(しゅちん)か、これも喜劇である。英語か独乙語か、これも喜劇である。すべてが喜劇である。最後に一つの問題が残る。―――生か死か。これが悲劇である。

 十年は三千六百日である。普通の人が朝から晩に至って身心を労する問題は皆喜劇である。三千六百日を通して喜劇を演ずるものはついに悲劇を忘れる。いかにして生を解釈せんかの問題に煩悶して、死の一字を念頭に置かなくなる。この生とあの生との取捨に忙がしきが故に生と死との最大問題を閑却する。


 これをするか、あれをするか、人生とは要は二者択一の連続だ。日常生活で何
を選択するかは、さほど深刻な問題ではなく、人生は『喜劇』のようなものだが、
『生か死か』の一点だけは『悲劇』である。そして年がら年中、喜劇に没頭して
いる『普通の人』は、この『生か死かの重要な悲劇』を閑却する、つまり、なお
ざりにすると言っている」
「あっしは、悲劇より喜劇がいいなあ」
「ここで『喜劇』とはドン・キホーテのように滑稽(こっけい)だという意味か、そ
れとも愉快で喜ばしいという意味か、どちらにしても人生は面白いなあ」
「賢く生きるのも難しいもんですねえ」
「そうだな。漱石の『虞美人草』の話では、男と女の結婚話、義母と継子の関係
といった日々の悩みに明け暮れているうちに、若い美女が男に振られてショック
死する結末だから、あまり褒められるような話ではない」
「ははあ、ご隠居。それに比べると、中国の虞美人のほうは勇気を出して自死し
て、たいしたものですね」


 papiw.jpg pixabay


「まあ、漱石の美女は、精神ひ弱な “愚美人”だが、本家のほうは美しさに愛と
雄々しさも具備していて、本当は 才色 “具備人”と言うほうがいい」





補足―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
晩年の漱石は『則天去私』の境地を目指していたと言われる。『則天』は天地自然の法則や普遍的
な妥当性に従うこと。『去私』は私心を捨て去ること。すなわち、小さな『私』という自我にとら
われず、身を天地自然にゆだねて生きていきたいということで、賢いとか賢くないとか、豊かだと
か貧乏だとか、偉いとか偉くないとか、そんな世俗的な次元を超越し、生と死の謎も含めて、ある
がままの自然体で生きていくのがいいと思っていたのかもしれない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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この世は知的好奇心の坩堝

ふ~む、『晩年の漱石は『則天去私』の境地を目指していた』のですか?
漱石でなくても、歳をとると、あらゆる執着が溶けていき、
自然に太極を観るようになるんでしょうね。

『虞』が自害せずに逃げたとしましょう。
で……項羽との人生を客観的に見つめたとき、
彼女は、それを喜劇と捉えるか、はたまた悲劇と捉えるか……。
興味津々です。
愛と支配欲の両方に貪欲だったクレオパトラを思えば、
物足りない人生でしたねぇ。

『男に振られてショック死』?
命がいくつあっても足りませんね。(^_^ ;)

2019/07/27(土) |URL|風子 [edit]

バーソ様
おはよう御座います。

謎の女が可哀想です。自らは宇宙のことなんか何も言っていないのに、生活のことだけ考えているのに。、外から狭いだの何なの無茶苦茶な言われようです。
そんな悪口を言っている人の方がよほど世界が狭いのではないでしょうか?

虞を代表とする悲劇的な女性は決まって美人ですね。やはり美人は絵になるからでしょうね。ブスだったら絵になりませんし話にも残りません。

愛新覚羅

2019/07/27(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: この世は知的好奇心の坩堝

風子さん コメントありがとうございます^^)

> 歳をとると、あらゆる執着が溶けていき、
 執着も欲望も、そして野心とか願望、夢も薄れていきそうです。そういうものにこだわっても、結局はどうにもならないことを自らの体験で知るからでしょうか。しかし積極性も意欲も熱情も薄れたら人間としての価値が半減しそうですが、残る時間を考えたら当たり前のような気もします。そういうことを悟った人が覚者となり無心無欲になるのでしょうか。(笑)

> 『虞』が自害せずに逃げたとしましょう。
で……項羽との人生を客観的に見つめたとき、
彼女は、それを喜劇と捉えるか、はたまた悲劇と捉えるか……。
興味津々です。

 私もその可能性を考えましたが、四面楚歌状態ですから逃げられないのではないでしょうか。しかし美人の場合は敵国の将軍の愛妾になる可能性も大きいらしいですが、虞はそれは嫌だったのでしょうし、プライドもあったのでしょう。野心満々の世ですから、女も肝っ玉が据わっていたように思えます。クレオパトラも毒ヘビに自らを噛ませたのですから、昔の傾城の精神力はたいしたものです。

 虞は項羽との人生をどう思ったか。うーん、どうなんでしょう。悲劇でもあり、喜劇でもあり、充実していた、あるいは、こんな運命だったと思ったのでしょうか。私自身の人生を振り返っても、そういうふうに思いますから。そしてチャップリンの映画『町の灯』とか『ライムライト/音楽:テリーのテーマ』のように、全編に笑いとペーソスと両方があって、最後は、いい映画を見たなあという余韻に束の間、浸ったのじゃないですかね。

 文学や映画を見ていると、明治・大正の時代は戦後・平成の世とは違って、男も女も心が純粋だったように感じますね。今の少年少女はしっかりしていますが、その分、純粋さが薄いように感じます。

2019/07/27(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)

> 謎の女が可哀想です。自らは宇宙のことなんか何も言っていないのに、生活のことだけ考えているのに。、外から狭いだの何なの無茶苦茶な言われようです。
そんな悪口を言っている人の方がよほど世界が狭いのではないでしょうか?


 あー、なるほど、面白いですね。そういう見方がありましたか。悪口を言う漱石のほうが世界が狭い。そうかもしれません。
 漱石はこの日本版虞美人である甲野藤尾の性格が嫌いだったようで、(作品中で)早く殺したいと言っていたそうです。当然ながら、藤尾の母親も好きじゃなかったのでしょう。だから『謎の女』なんて揶揄しているのでしょう。

 漱石は、家は資産家で、自身は帝大の英文科卒、イギリス留学をした、当時としてはかなりのエリートで、しかも明治初頭の時代は英米に追いつけ追いつけの風潮の頃です。ですから思いがただただ日常茶飯のことに追われ、今でいえばテレビを見てタレントの話ばかりしているような暮らし方で満足しているような人たちについては、漱石ははなはだ遺憾だと思っていたのじゃないでしょうか。いまでも自分を知識人だと思っている人は、多分にそういう傾向がありますから。

> 虞を代表とする悲劇的な女性は決まって美人ですね。
 トランプの奥さんも美人。イギリスの王子たちも奥さんは美人。習近平の妻も金正恩の妻もそうです。ところが日本の首相はそうではない。この差はなんなんでしょう。権力に比例して妻の美人度が上がるという法則でもあるのでしょうか。(笑)

2019/07/27(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2019/07/27(土) || [edit]

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2019/07/27(土) || [edit]

し、しもた。月下美人と混同しとったわ

 具や具や、なんじを烏賊にせん

 今夜のおかずは烏賊料理と決まりました。
 まあ、なんやしらんが、項羽はん、女にかまけて部下の事なんぞ顧みんかったせいでみんなに愛そうつかされて最後はみじめに四面楚歌。ああ悲しいねぇ、悲しいね。
 項羽の虞美人、呂布の貂蝉、玄宗の楊貴妃、パリスのヘレネ、アントニウスのクレオパトラ、義経の静御前。ああ、傾国の美女は警告の美女でありますな。そんな手に負えない美人さんより、容姿は普通でも美味い晩飯作ってくれる優しい女性がええですな。え゛、容姿が未満で料理も下手?性格悪しでぐうたら?・・・救われませんなぁ。

2019/07/27(土) |URL|miss.key [edit]

Re: し、しもた。月下美人と混同しとったわ

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)

> 具や具や、なんじを烏賊にせん 
 あはは、うまい。烏賊はあぶったほうが美味しそうです。それにタコにされるよりはイカにされるほうがだいぶ良さそうです。

 で、古今東西、権力者の妻はおおむねみんな美人。女は、権力者が好き。金持ちが好き。有名人が好き。それは、自分もついでに偉くなったような気持ちになれるからでしょうか。社長夫人で偉そうにしている人は見苦しいことおびただしく、社員から陰で悪く言われるようです。
 だから権力者の妻で控えめにしているひとは感じいいですね。メラニアさんなんか、ただニンマリして、出しゃばらないのがなかなかいいです。美智子上皇后は、控えめで、知的で、優しくて、きれいで、謙遜で、上品で、世界最高の王妃に思えます。

> そんな手に負えない美人さんより、容姿は普通でも美味い晩飯作ってくれる優しい女性がええですな。
 これを聞いて、あー、良かった、救われたと思う女性もいるかもしれませんが、なんなのっ、妻を飯炊き女とでも思ってるの?と怒る女性もいるやもしれませんね。それにしても、miss.keyさんにしてはちょっと要求値が低くないですか。(笑)

 妻をめとらば才たけてと言われますが、まあ、そうですね、まずは料理を作って、きちんと家事をしてくれることが第一条件。それさえできていれば夫に基本的な不満はないでしょう。とにかく一番は優しさですね。優しさがない女性は、どれほどきれいでも長く一緒に暮らすのが難しくなります。

 しかし今は共稼ぎが当たり前になってきているので、女性は大変でしょう。結婚していても子供の世話をするのは母親で、離婚しても子供の世話はやはり母親。もっと子供のいる母親を優遇するような社会になってほしいものです。

> 容姿が未満で料理も下手?性格悪しでぐうたら?・・・救われませんなぁ。
 一つ思いつきました。
 ぐしゃぐしゃ、なんじ顔を医科に見せん。
 あー、悪い冗談を言って、すみません。これは言うまでもなく私自身のことですからね。(笑)

2019/07/27(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

滑稽な人生

「生きるとは何か」
「死とは何か」
そんなことばかり考え続けてきたぼくが、
悲劇を生き続けてきたのかと思うと、
なんだか笑いが込み上げてきました。
ぼくに関するこの喜劇はおそらく
ドン・キホーテタイプです^^

2019/07/27(土) |URL|友資 [edit]

Re: 滑稽な人生

友資さん コメントありがとうございます^^)

 自分の人生は果たして悲劇なのか、それとも喜劇なのか。
 その区別は、人が見てどうなのか、世間的に見てどうなのか?もあるでしょうが、本当のところは自分がどう思うかが一番大事なような気がします。
 ドン・キホーテは騎士になりきって雄々しく大胆に生きたわけですから、当人は幸福だったでしょうし、一方、ハムレットは、どうしょうかこうしょうかと迷う人生でしたから満足感がなく、不幸だったかもしれません。
 でもこれも視点を変えて霊的な観点で見れば、ドン・キホーテは不幸で、ハムレットは幸福であったと考える人もいるわけです。私は霊的な視点で見るほうが(いいとか悪いではなく)好きなんですが、友資さんもそうでしょう。

 大抵の人間は自分の青い鳥を見付けようとして生きていますが、人生を《幸福/不幸》という視点で考える以外の切り口はないのか―――と、そんなことを思うと、幸福とか不幸とかを考えず、ただ目の前に次々にやってくる事象に素直に反応して、おおむねその時々の自分の感情の指針通り、そしてまた良心の声も聞きながらバランスよく対処するという、いわゆる自然体の生き方もあることを思い出します。

 感情は魂の言葉ですから、その時々の魂の感情の声に耳を澄ませて生きる生き方も悪くはなさそうです。正義感や信念などに従う人生は、理性的な満足感はありますが、時には自己の内奥に拒否感や不幸感があったりして、意外にギャップ感や苦しさを感じることがあるものです。

 それよりも自分が幸福なのか不幸なのかなどを考えずに生きる人生―――あるときは悲劇の主人公になり、あるときは喜劇の主人公になり、その時々で自由自在に生きる生き方の繰り返しでもいいような気もしますが、どうでしょう。アリの生き方でも、キリギリスの生き方でも、どちらでも好きなほうを選べばいいと私は思うのですね。むろん、ひと様に迷惑を掛けないで、というエクスキューズが付くのですが。

2019/07/27(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

♪みんな~は悪い~ 人だ~と云うが~ 私にゃ~いつも~ 良い人~だった~(松尾和子の「再会より」)

秦の始皇帝亡き後、劉邦と中国の天下を争った英雄:項羽と虞姫の恋物語と言うとこの歌が思い浮かびます。
項羽はとても短気で、カッ!となって部下を殺したり、捕虜や住民を虐殺する独裁的な気性だったらしいです。
それでも、そんな悪人を愛してしまった虞姫に女の哀れを感じますね。だからこそ虞美人草にまつわる話は美しい。
虞姫はとても無邪気で穢れを知らない女性だったとか…偶然にもあのヒトラーが愛したエバ・ブラウンとよく似ています。
独裁者って、自分が血塗られて穢れた身である事を知っているからこそ、純粋無垢な女性を好きになるんでしょうかね?
600万ものユダヤ人を平気で殺した鬼畜生でも、人を愛する心を持っているんですね…ある意味、人間の矛盾でもありますが(笑)

2019/07/28(日) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)

> 私にゃ~いつも~ 良い人~だった~
 そうなんです。いいひと悪いひとの判断基準は、自分にとっていいか悪いかで決められるようですね。世間にうとまれる極道や暴力団員も、妻や子分や家族には、すこぶるいい人かもしれないわけです。
 権力者はとかくライバルから恨みを買う立場にありますが、しかし身内には優しいというのが当たり前で、権力者の妻は当然ながら美人でしょうから、相当に優しく愛情をもって接していて、互いに愛し愛されていたのではないか。その現象を表面的に見たのが「英雄、色を好む」と言うのではないか、と思います。(笑)

 と思えばイスラムのサルタンは、女奴隷を何百人も袋に詰めて海に投げ込んだとか、嫉妬ゆえの邪推から正妻を一刀の下に斬り殺したとか、しかしシェヘラザードが命懸けで知恵を働かせたので『千夜一夜物語』が出来たとか、ハーレム務めに選ばれる美女も特権と贅沢は得られるものの、なかなか大変だったようで、数奇な運命とは程遠い平凡な顔の持ち主もまた祝福なのでしょう。

 大勢の女を相手にした王と言えばソロモンを思い出します。ソロモンは知恵が非常に優れており、三千の箴言を語り、歌は千五百首もあったそうで、外国からやってきたシバの女王を驚嘆させます。こんな甘い曲を聴く生活を送っていたのでしょうか。レイモン・ルフェーヴルの『シバの女王』です。
 https://www.youtube.com/watch?v=thqv7aZObBo

 「ソロモンの栄華」と表現されるほどの類まれな知恵者も、晩年は堕落します。ソロモンは父ダビデ王が人妻と寝て生まれた姦淫の子ですが、王になってからは七百人の王妃たちと三百人のそばめを持つようになり、旧約の神エホバへの崇拝から逸脱して異教の神々を祀るようになりました。

 しかしまあ、昔はイスラム社会で隆盛を誇ったトルコも今は落ちぶれたものです。権力に知力が伴わないなら落ちぶれる。これは平民である一般人にも言えることで、ヌーボーと頭を使わずに生きていると、つまらない一生で終わりそうです。こうしてブログを書いているのも、少しは脳軟化症の防止に役立つでしょうかね。(笑)

2019/07/28(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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