「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 サロメは小悪魔的で、一度は会ってみたい悪女である。 


悪女とは悪い女のことなり。
悪い女と知りつつなお愛を誓う心の悲しさよ。(笑)

さて、「悪女」には3つのタイプがあります。

(1) 性格が悪い女のことで、昔は性悪女、毒婦、妖婦、阿婆擦れと言った。
ライバルの女の両手足を切断し、酒甕に放り込んで殺した残虐な奥方が最悪事例。
武則天、西太后、北条政子、日野冨子、そして舌切り雀のお婆さんもおそろしい。
ただし悪妻レベルなら、夫を著名な哲学者にする事例もまれにあり、結果良しか。
ちなみに悪男という言葉はないが、悪人、悪漢、悪党、悪魔などはみな男である。

(2) 器量が良くない女のことで、昔は醜女(しこめ)などと失礼なことを言った。
もう女っ気を捨て、食い気のみ旺盛な場合もあり、男はそんな女を固く辞退する。
しかし悪女の深情けと言って、とことん男に尽くすので男には有難い場合もある。
妻をめとらば 情けあり 才たけて 見め美わしく、が男が幸せになれる順序だろう。
人間の真価は内面にある。女の麗しさは偽りなり。と賢くなった男が言っている。

(3) 性的な魅力で男を操る女のことで、歴史は夜つくられるときの陰の主役。
子ネコのように甘え、ヒョウのように背中を引っ掻き、ヘビのようにたぶらかす。
小悪魔、魔性の女、淫婦、女狐のほか、フランスではファム・ファータルと言う。
ファム・ファータルとは運命の女の意。出逢ったら最後、男は谷底に転げ落ちる。
すこぶる美形で、セクシーで、会話も弾み、人生一度はお目見えしたい女である。


と、前振りが長くて恐縮ですが、
今回は、新約聖書に出てくる「悪女」を取り上げ、主に男性向けの話にしました。
その元の記述は福音書にあります。(マタイ14:1-11、マルコ6:17-28)


1910) Adolf Frey Moock (1881 1954
1. Adolf Frey Moock 1910

        ____________________

.
(あらすじ)

西暦30年頃、ヘロデ・アンテパス王が最初の妻を離婚し、異母兄弟の妻ヘロデア
を奪って結婚したとき、ヨハネ()が大胆に非難しました。 (※使徒ヨハネとは別人)
律法では、兄弟の妻と結婚することは許されておらず、姦淫の罪になるからです。

ヘロデ王は、おそらく妻ヘロデアの要求を聞き、ヨハネを縛って投獄します。
民衆はヨハネを預言者と見ているので、ヘロデ王は若干ヨハネを恐れています。
王妃ヘロデアは恨みを抱き、ヨハネを殺したくてたまりません。

1、2年後、ヘロデが盛大に誕生日パーティを開いたときに事件が起きました。
ヘロデアの娘サロメが入ってきて踊りますが、あまりに美しく素晴らしいために
喜んだヘロデ王は「褒美をやろう。この国の半分でもやるぞ」と言って誓います。


GOZZOLI, Benozzo 1482 
2. GOZZOLI, Benozzo 1462 


サロメは、母親ヘロデアの言い付け通り、「ヨハネの首を」と言います。
ヘロデ王はうろたえますが、列座の高官たちの前で誓った言葉は取り消せません。

やむなく護衛に斬首命令を出し、護衛はヨハネの首を大皿に載せて持ってきます。
ヘロデはそれをサロメに与え、サロメは母ヘロデアに渡した―――という話です。
歴史家ヨセフスも記述しており、実際の出来事であったのは間違いありません。

        ____________________


この出来事は画家の感性を大いに刺激し、多くの作品を生み出しました。
ご注意:絵に生首が出てきます。苦手な方はこの先は見ないほうがいいでしょう。

サロメの顔を見ながら、美しい悪女について考えてみるのも一興かもしれません。
(美人の定義と好みはひとによって違うこともあり、絵の説明は入れていません)



q Georges Olivier Desvallieres (1861)
3. Georges Olivier Desvallieres 1861




q Pier Francesco Mazzucchelli 1573 1626
4. Pier Francesco Mazzucchelli (1573-1626)




q Massimo Stanzione (1585 1656
5. Massimo Stanzione (1585-1656)




q Andrea Solari (1460 1524)
6. Andrea Solari (1460-1524)




Lucas Cranach der Ältere1535
7. Lucas Cranach der Ältere 1535




q Jacob Cornelisz van Oostsanen 1472 1477 1533
8. Jacob Cornelisz van Oostsanen 1472-77




q Onorio Marinari 14085
9. Onorio Marinari (1627-1715)




q Salome de Leon Herbo (1850 1907
10. Leon Herbo (1850-1907)




q hans unger
11. Hans Unger 1917



1893年、オスカー・ワイルドが戯曲にして、フランス語で『サロメ』を出版。
翌年の英訳版では、オーブリー・ビアズリーの挿し絵が使われました。

q(Londn 1904
12. Aubrey Vincent Beardsley (1872-1898)


ヨハネの斬首では悪女が二人関係しています。
ヘロデアの娘サロメは、(3)の小悪魔型「悪女」と言えそうです。
サロメとはシャローム(平和)の意ですが、ヨハネの正義を奸策で封じました。
そしてヘロデアは、(1)の妖婦型「悪女」でしょう。

12枚のサロメの顔を見て、どんなことを感じましたか。
普通、少女が血の滴る生首を前にしたら、ショックで顔を歪め、怖がり、目を背
けるはずです。ところが全12枚中、№11 の絵以外は、サロメが不感症の聖処女
のような顔をしていて、彼女の内面性はまったく描かれていないように見えます。

画家がサロメを無表情に描いたのは、事件の当事者というよりも、聖なる宗教画
として描いたからでしょうか。中世は教会が重んじられた結果、画家もみな伝統
的な固定観念から抜け出ることができず、人間性は不在であったと思えてきます。

                 

戯曲では、サロメはヨハネに想いを寄せますが、拒絶されたことになっています。
自尊心が強すぎると、男に振られたときの恨みは怖ろしく、悪女に変わり得ます。
好きという感情が自己愛である場合は、愛おしさは憎しみに突然変異するのです。

人間は何かあったときに、隠れていた本質が表れ、その人の真価が試されます。
というわけで、女性の《真価論》の話のつもりでもありました。
寝首を掻かれぬよう、優しそうで賢そうな顔をした悪女には、どうぞご用心を。





補足―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※このヨハネは、一般にバプテストのヨハネと呼ばれます。バプテストとはバプテスマを施す人の
意。バプテスマとは、人をいったん水に浸してから引き上げる儀式で、浸礼とか洗礼と訳されます。

※ヘロデ・アンテパス王は ユダヤ人とは近縁のエドム人ですが、名目上はユダヤ教徒で、割礼を施
されていました。ローマの初代皇帝アウグスツスから、ガリラヤとペレアを四分領太守の領地とし
て与えられました。四分領太守とは、属州の「4分の1の支配者」という意味であり、下級の地域
支配者や地方の君に当てはまる言葉ですが、一般にアンテパスは「王」と呼ばれていたようです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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COMMENT FORM

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天はニ物を与えず

なんとも感想に困りました。
世の中を見回すと、『悪男』とは言わないにしても、
このパターンは男性にもあるような……^_^ ;)

(3) 性的な魅力で女を操る男って、いるんです。
『頭では判っているんだけど、身体が……』とかいいながら、
前科三犯でも離れられない女性がいましたもの。

“人間の真価は内面にある”とは思わず、
『ちょい悪オヤジ』とかに惹かれる女性も多いと思います。

宗教画としては、№6が好きです。
それにしても画家もいろいろですねぇ。
人体の等身を逸脱してる絵や、美女とは遠い顔も…。

>男に振られたときの恨みは怖ろしく、悪女に変わり得ます。
好きという感情が自己愛である場合は、
愛おしさは憎しみに突然変異するのです。

この特徴は女性……しかも容姿に自信のある女性に多そうですね。
くわばら、くわばら。((((;゚;Д;゚;))))

2019/05/04(土) |URL|風子 [edit]

一番悪いのは

バーソ様
おはよう御座います。

女性を悪く書いていますが一番悪いのはヘロデ王でしょうね。原因を作ったのも彼ですし、失言をしてしまったのも彼です。そしてそれは失言だったと謝ればいいのにそれもぜずに言われるままというのは最悪です。
中国ドラマの三国志のビデオでは頻繁に生首が出てきます。
日本の戦国ものでも首級をあげるということが良く出てきて日本人は残酷だと思っていたのですが世の東西を問わず残酷はあるのですね。
話がそれましたが3.の小悪魔でしたら歓迎です。(年に1、2回会うだけなら)

愛新覚羅

2019/05/04(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: 天はニ物を与えず

風子さん コメントありがとうございます^^)

 そうなんです。世の中には悪女も悪男も両方とも、不公平なく、ちゃんいます。どちらかといえば悪男のほうがスケールが大きくて何千万もの国民を殺した例もありますが、悪女のほうはライバルの女を殺す程度ですかね。

 悪女という語を見ても、言葉というのは男が作ったことが分かります。しかし意地悪婆さんとは言いますが、意地悪爺さんとはあまり言わないので、女性のほうが陰湿のようです。老婆心という言葉はあっても老爺心はないので、女性のほうがひとに気をつかい、お節介のようでもあります。とはいえストーカーは男のほうが多いので、陰湿な男だってもちろんいるわけですが。

「頭では判っているんだけど、身体が……」なんてことを言う女性がいるのですか。そんなひとには会ったことがないですが、よほイケメンか遊び上手の金持ちなんじゃないですかね。

「ちょい悪オヤジとかに惹かれる女性も多い」のは分かるような気がします。ジローラモさんなんか、お洒落で、会話も面白そうですから。無口で謹厳実直はつまらないですよね。あ、でも高倉健さんはどうなんでしょう。

 絵は№6が好きですか。ダヴィンチ系の顔ですね。私はこのひとを見て『モナリサ』を連想しました。

> > >男に振られたときの恨みは怖ろしく、悪女に変わり得ます。好きという感情が自己愛である場合は、愛おしさは憎しみに突然変異するのです。

> この特徴は女性……しかも容姿に自信のある女性に多そうですね。

 容姿、頭脳、地位など、とにかく自分に自信がありすぎて、そして隠れたコンプレックスが強すぎて、しかも謙遜さと豊漁力に欠ける女性でしょうね。男にもそういうタイプのひとがいます。傷つけられたと思ったら、相手への恨みがものすごく、上司の場合は部下を虐め続けます。

2019/05/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 一番悪いのは

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)

> 女性を悪く書いていますが一番悪いのはヘロデ王でしょうね。原因を作ったのも彼ですし、失言をしてしまったのも彼です。そしてそれは失言だったと謝ればいいのにそれもぜずに言われるままというのは最悪です。
 おや、教授は大体が女性に甘くないですか。(笑)
 確かに、兄弟の妻を奪って結婚して、原因を造ったのは彼です。が当時は(今でもそうでしょうが)国主や領主などセレブは好きな女を手当たり次第だったのじゃないでしょうか。イスラエルのソロモン王などは妻700人、側室300人もいたそうですから。

 失言については、今の日本の大臣なら訂正と謝罪ですむかもしれないですが、ヘロデはその地域の独裁者ですから、一度公の場で言ったことは、すなわち憲法発布のようなもので、取り消したら示しがつかなくなりますし、信用されなくなることもあるのと同時に、発言は取り消せないことをいいことにして、これ幸いとヨハネを斬首したのかもしれないですね。直接の首謀者は自分ではなくなりますから。

 戦いで首級をあげるのは顔が確認できるからじゃないでしょうか。首級が敵の大将の場合はご褒美も多くなりそうですから。

 古代イスラエル人も他人の土地(パレスチナ)に攻め込んで行った際には、男はもちろん、女・子供・老人・家畜に至るまで全滅させて回っています。中世の教会の拷問道具を見ても、魔女裁判の事例を見ても、あちらのほうの国の残虐さときたら狂気の沙汰です。

 №3が好みでしたか。ちょっとセクシー系ですね。それで、年に1、2回会うだけですか。ずいぶん控えめですね。(笑)

2019/05/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは、

風子さんのコメント、
チョイ悪オヤジから、
ドン・ジョヴァンニ(ドン・ファン)を
連想しました。
声を掛けてもらえないまでも、
見てみたい人です。

2019/05/04(土) |URL|ミルティリおばさん [edit]

Re: こんばんは、

ミルティリおばさん コメントありがとうございます^^)
 女性からすれば、イイ男は見てみたいでしょうかね。男からすればイイ女は見てみたいです。目の保養といって、見るだけでいいですから。それ以上はいろいろ面倒が起きそうで怖いです。(笑)

 ドン・ジョバンニ。手当たり次第に女遊びをするイケメン。オペラでは石像から改悛を迫られますが、それを断固として拒否し、オペラのドン・ファンは自分の生き方を貫いて、地獄の業火に燃やされます。

 遊び人の男は、その相手をする遊び女がいて成立します。最近の地獄は芸能人やタレントとその相手たちで満員御礼であるようです。しかしスペインのドンファンは、遊び人というよりは、愛を惜しみなく誰にも与えた博愛の騎士だったのでしょうか。
 もし洗礼者ヨハネがいたら痛烈に批判され、相手の女に夫がいたら、追いかけられて殺されかねません。してみると女遊びも命がけ。命を懸けてでもそうしたいなら、それは立派とは言えないまでも、なかなかたいした根性ではあるようです。ヨハネはイタリア語でジョバンニですね。

 ですが「風の中の羽のように、いつも変わる女心。涙こぼし、笑顔つくり、嘘をついて騙すばかり」と歌われているのですが、あ、いや、「女心と秋の風」の比喩は、元々は「男心と秋の風」であったという話もあるようですね。(笑)

2019/05/05(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

現代の売れっ子作家が書いたなら、サロメの物語は別の形になるでしょうね。
まず、姦淫の罪を犯すほどヘロデ王が好色ならば、ヘロデアの娘サロメに手をつけて寵愛させる。
当然、ヘロデの近親相姦に嫉妬したヘロデアとサロメの間には親子骨肉相食む女同士のドロドロの争いが起きる。
そしてヘロデアとサロメは、それぞれの色香と地位を与える事をチラつかせ、ヘロデの家臣達を誘惑して味方に取り込もうとする。
国は完全に分断され、人々もろとも色と欲にまみれて乱れる…かくして女の色香に惑わされたユダヤの民は滅びます。
あれっ?イエスの出番がない(笑)いつの間にか救世主の話じゃなく、女が国を滅ぼす話になっちゃいましたね。
でも、色と欲で刺激たっぷりのストーリーでないと現代の読者にはうけないのが時代のニーズなんですよね(笑)

2019/05/05(日) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)

 ヘロデ・アンテパスが義兄弟の妻を奪って自分の妻にした話。当時の支配者ならよくあったようなごく普通の話で、しかもそれほど痛烈に指摘しなければならないほどの社会的大問題でもないでしょうに、洗礼者ヨハネはよく大胆に施政者の問題点を大胆に指摘したものだと感心します。
 イエスはヘロデを「あの狐」と呼んでいますが、そういう狡猾な人間に批判をすれば、現代でも北朝鮮の首領様の事例でもあるように、普通なら即、首を斬られるところですから、ヨハネは清すぎる精神の持ち主だったのか、あるいは先のことに頭が回らない愚かな人間だったのかとも思います。

 ヘロデ王はユダヤ教徒らしく振舞っていましたが、人種はちょっと違うエドム人です。ユダヤ人はモーセの時代から、古代エジプト帝国、アッシリア帝国、新バビロニア帝国、メディア・ペルシア帝国、ギリシ帝国、ローマ帝国に支配され続け、イエスの時代はエドム人の地域支配者に支配され、まあ、全能の神の民と自称する誇り高き国民でありながら、他民族にずっと蹂躙されてきた歴史があるのですね。今もなお土地問題で争っていますから、なかなか平安の民ではないようで、あの近辺の土地こそ令和の統治が望ましいような気もします。

 joさんなら、愛欲のどろどろした痴話に政治闘争をからめてお家騒動の脚本に仕立てるか、あるいは少女サロメが母親の命令を聞くべきか預言者の命を救うべきかで葛藤して悩む話にしますかね。しかし週刊誌も芸能人のスキャンダルばかり書いていると、ネットで何でも情報が入る時代ですし、不適者死滅で、そのうち廃刊となりそうですね。

2019/05/05(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

奥さんのヘロデアの娘と言う事は

 サロメが奥さんのヘロデアの娘と言う事は、旦那にとっては(恐らく義理の)娘でありましょうし、ならば今更踊りの素晴らしさに感心して褒美を与えるまでも無いと思いますし、その褒美にヨハネの首を貰うより国半分貰った方が嬉しいだろうし、国の半分も貰えばヨハネの首の一つや二つや三つや四つ何時でも取れましょうし、いや、娘に頼むまでも無く女王の権力で出来る時代でしょうし、いろいろ不自然なお話でございます。
 第一ですよ、ヨハネの死を願っていたのはヘロデアだけだったんでありましょうか。本当はヘロデ王本人だったんではないでしょうか。それを娘への褒美にかこつけて実行しただけの話なのではないでしょうか。だとすればいい訳に使われた娘は損な役回り。黒幕に仕立て上げられた奥さん良い面の皮。ヘロデ王はちんけなチキン野郎でFA。古代の王様なら古代の王様らしく、「ヨハネの色情魔野郎、俺の奥さんに色目使いやがったから死刑」と堂々と言ってやればよかったのであります。

PS:え゛、序に嫁の娘に手をだした?本当はそっちが本命で、ヨハネは恋敵?このスケベおやぢ

2019/05/05(日) |URL|miss.key [edit]

Re: 奥さんのヘロデアの娘と言う事は

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)

 お、さすがにmiss.keyさんらしいユニークなコメント。面白い状況分析および心理推察です。一つ一つ考えてみましょう。
> ならば今更踊りの素晴らしさに感心して褒美を与えるまでも無いと思いますし、
 「今更ながら」。確かに、そうかもしれません。ただ、こういう説があります。戯曲のほうの話ですが、ヘロデがサロメにダンスをしろとしつこく要求し、何でも好きなものを褒美にとらせると約束したので、サロメは「7つのヴェールの踊り」を踊ることになりますが、この踊りについてWikipediaを引用します。

 戯曲では「7つのヴェールの踊り」という名称以外にダンスの描写はないが、複数枚のヴェールが一連のものとして出てくることは、これが脱ぎ捨てられていくプロセスを想起させる。シリーン・マリクによると、「このダンスはヴェールを脱ぎ、身を露わにするものだと常に当然のように想定されている」。ワイルドの芝居はストリップティーズの起源の一つと考えられることもある。・・・ワイルドの芝居とシュトラウスのオペラは「サロメマニア」と言えるような現象を起こし、多数のパフォーマーがサロメのエロティックなダンスに触発されたショーを行なった。猥褻でストリップティーズに近いとして批判されたものも複数あり、「ストリップティーズにおいて女性がグラマラスでエキゾティックな『オリエンタル』ダンスをする根強い流行」につながった。
 というわけでサロメの踊りは特別なものであった可能性があり、そうならサロメの母親(とサロメ)の妙策と言えましょう。

 サロメと母親ヘロデアはかなりの美女だったようです。
 というのはヘロデ・アンテパス王は、アラビアの王アレタの娘と結婚していましたが、ローマへのある旅の途中、フィリポの妻ヘロデアに夢中になります。ヘロデアは野心的に地位を欲していました。ヘロデはヘロデアを連れて帰り、彼女と結婚するのですが、アラビア王のアレタの娘と離婚し、彼女を実家に送り返します。この侮辱的な行動は戦争を引き起こし、アラビアの王はヘロデ王の領地に侵入し、甚大な損害を与え、もう少しでヘロデを打ち倒すところまでになります。が、ヘロデはローマに訴え、皇帝からアレタに対する休戦命令を取り付けて、命拾いしたそうです。そのようにヘロデ王が自国を滅ぼしかねないほどの恋をした傾城ヘロデアの娘がサロメですから、間違いなく二人とも相当な美女であったようです。

> その褒美にヨハネの首を貰うより国半分貰った方が嬉しいだろうし、国の半分も貰えばヨハネの首の一つや二つや三つや四つ何時でも取れましょう
 国の半分をやるというのは、誇張法という修辞でしょう。つまり王はそのくらい踊りが大いに気に入ったということじゃないでしょうか。ドラゴンクエスト(第1作)は、戦闘の前、勇者に対して「もし私の仲間になれば、世界の半分をお前にやろう」と言ったそうですが、イエスは「人が全世界を得ても自分の命を失ったら何の益があるか」と言っています。

> いや、娘に頼むまでも無く女王の権力で出来る時代でしょうし、いろいろ不自然なお話でございます。
 女王の権力でできるはず、というのはそうかもしれません。ただ、聖書にはこう書かれています。マルコ6:19,20を引用します。

 それでヘロデアは恨みを抱き、殺したいと思ったが、できなかった。ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人だと知っていて、ヨハネを恐れ、保護しておいたからである。ヘロデはヨハネが話すことを聞いて、どうしたらいいかと当惑しながらも、喜んで話を聞いていた。
 ヘロデは、ヨハネを殺したいと思ったが、群衆を恐れた。人々がヨハネを預言者と見なしていたからだった。マタイ14:5
 つまり夫のヘロデ王がヨハネのことを「正しい聖なる人」つまり神の「預言者」かもしれないと思っていたので、王妃ヘロデアはヨハネを殺したいと思っても殺せなかったのです。
 後にヘロデは、病人を癒したり、悪霊を追い出したりするイエスの宣教について聞いたとき、イエスは実際には死から甦ったヨハネなのではないかと考え、怯えています。

 ヘロデ王が自分の言ったことを取り消せなかったワケはこう書かれています。マルコ14:8,9です。

「娘は、母親の言い付け通り、『バプテストのヨハネの首を大皿に載せて、ここでお与えください』と言った。 王は悲しんだが、自分の誓いや一緒に食事をしている人たちのことを考え、それを与えるようにと命令した。

 新約聖書の福音書は4冊あり、そのうち3冊は共観福音書と言って、概ね同じイエスの言動が記述されています。ところが微妙に内容が異なっているところがあり、それは福音書の内容の不確かさを物語ると言って非難する学者もいるのですが、そうではなく、内容が多少異なるのは福音書の筆者が互いに打ち合わせをしないで自分が見たまま聞いたまま調べた通りを書いたことと、後に聖書の写本をした者たちがその部分を調整して修正しなかった証拠だとされています。そして、その内容の違いについてはちゃんと合理的に説明できています。

 むろん、初期ローマ教会が、自分たちの教えに都合の悪い箇所は削除したり改変した可能性はないわけではないのですが、一応聖書の記述からすると、ヘロデはヨハネを殺したいとは思っていたものの、ヨハネの語ることや人物性には関心はあったようです。なので、これから何十年か後に、大勢のクリスチャンを闘技場に入れてライオンに食い殺させ、ローマ市に火を付けてそれをクリスチャンのせいにしたローマ皇帝とは、ヘロデは残虐度はだい違うようです。

2019/05/06(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

追信

先のコメントでサロメの物語を意図して劇場型に勝手に改変したのには訳があります。
同様の流れが現代のキリスト教やイスラム教、仏教など世界を代表する宗教でも起きているからです。
如何に刺激的にするか?如何に人の関心を買うか?如何に人気を取るか?…今やどの宗教もAKB48劇場になってしまってます。
宗教がポピュリズムに走って大衆に迎合すれば、それは利害のみで動く政治であり、本来の宗教の姿はなくなります。
宗教家は劇場でAKB48の如く脚光を浴びようとしてはならず、ましてやドラマチックであろうとしてはなりません。
それでは「フォロワー」や「いいね!」「広告収入(お布施)」を稼ぐ世俗のユーチューバーと何一つ変わりません。

2019/05/06(月) |URL|sado jo [edit]

Re: 追信

sado joさん コメントありがとうございます^^)

 先回のコメントでは冒頭に「現代の売れっ子作家が書いたなら」とあったので、joさんの意図は勘違いしていませんよ。「色と欲で刺激たっぷりのストーリーでないと現代の読者にはうけない」のは、その通りのようです。しかしそのような芸能スキャンダルばかりでは、このネットが盛んになった世界では以前のような隆盛は見込めず、衰退していくのじゃないかと思っています。今の若者は確かに世の流行には流されますが、昔の若者よりは、ずいぶん賢くなっているように思うのですが。

> 同様の流れが現代のキリスト教やイスラム教、仏教など世界を代表する宗教でも起きているからです。
 これは現代は特にそうかもしれないですが、いつの時代でもそのようですね。キリスト教の処女降誕や聖母マリアの思想、三位一体論の教えは、異教徒の宗教から吸収合併しています。大体がクリスマスの祝日にしてもローマの農神祭が起源で、サンタクロースの話は小アジアのミラの司教(主教)である教父聖ニコラウスの伝説が起源ですから。
 日本に来たカトリックの宣教師たちも、浄土真宗の「南無阿弥陀仏」と唱えれば救われるとする教え方に倣って伝道し、原罪と贖いの教理は教えなかったという話があります。現存するどの宗教でも元の純粋さをとどめているものはなく、それが広められ、語り告げられていく間に、様々な宗教の影響を受け、信仰合同をしています。神道と仏教の習合、道教と仏教の習合、ヒンズー教と仏教の習合などがそうですね。
 それは大衆にウケるためで、ひいては自分たちの組織が存続し、自分たちの立場が安定するためです。それはユーチューバーやテレビの資料率の話と似ていますね。

> 宗教がポピュリズムに走って大衆に迎合すれば、それは利害のみで動く政治であり、本来の宗教の姿はなくなります
 joさんは映画人として宗教的な固い教えを説く脚本を書くとは思わなかったので、先回は、政治的な話にするか、あるいは人間的な内面を描く話にするのじゃないかと書きました。しかし仰せの通りで、宗教は、特に大きい教団は、金儲けが第一のように見えます。宗教の小さな集まりの場合にはリーダーが霊的に真面目に運営しているかもしれませんが、組織にせよ、その組織のトップにせよ、その力が強大になると利益追求が第一になり、横暴になり、資金を流用したり、まあ、ろくでもないなあとつくづく思いますね。

2019/05/06(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは

サロメの絵画ってバーソさんの言われるように宗教画化されたせいで
サロメは清楚タイプが妖艶タイプより多いですね。
何年か前にカラヴァッジョ・ブームが起きました。
カラヴァッジョはサロメのテーマが好きだったらしく何点か描いていて
ヨハネが斬首される瞬間という悍ましいものも。この絵のサロメも無表情です。
悪女というと浮かぶお人は呂后、エリザベス・バートリー、日本だと
山岳ベース事件の女性リーダーです。
エリザベス・バートリーはバーソさんの悪女3つのタイプに入りません。
性倒錯加虐者で、数百人を殺めたらしい。
連休中にP1000とosmo pocketのテスト撮影をしました。
数日中にアップしますので。

2019/05/07(火) |URL|エリアンダー [edit]

Re: こんにちは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)

 カラヴァッジョはサロメの絵を何枚も描いていますね。今回、画像を検索していて、この画家の描いた似たような構図の絵があったので、そう思いました。

 首を斬るといえばユディトという女性がアッシリアの司令官が酒宴で酔ったところを襲って、首を斬り落としています。気を付けないとこの絵とサロメの絵が混同されやすいのですが、見分け方は、サロメのほうは男の首が大皿に載っているのが特徴です。
 『ユディト記』は旧約聖書の「外典」の中にあり、カトリックの聖書中にはありますが、プロテスタントでは採用されていません。内容も信憑性が薄いとされている書で、私は読んだことがないですね。
 カラヴァッジョとグスタフ・クリムトが描いた『ユディト』がWikipediaに出ていました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A6%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%88

 エリザベス・バートリーは知らなかったので検索したら、もう悪女を通り越して悪魔そのものですね。人形を模した鋼鉄の拷問器具「鉄の処女」も使われ、召使や農奴の娘が300人ぐらいやられたようですが、それをした当人も、それを知っていながら見逃した周りの人間もひどすぎます。中国や日本の著名な悪女なんか遠く及びません。でも死刑にはならなかったそうで、王族貴族というのは恵まれています。

 バートリ家は頻度の高い近親での縁組による遺伝的疾患があると言われ、血縁には癇癪で死んだ人や狂気淫乱という痼疾を持ち合わせた人間が多かったとありました。
 互いに楽しいので性欲を発揮するというのならいいでしょうが、相手が苦しむのが楽しいという心理が分かりません。あ、いや、自分が苦しんで楽しむというのもありましたが、これも理解不能です。
 変態性欲者というのは困ったものですね。ただ、すぐ殺すのではなく、いたぶって、虐めて、死ぬまで苦しむのを見て喜ぶのですから。動物にそういう妙な性格はないでしょうから、万物の霊長と呼ばれる人間だけが、そんなおかしな精神構造を持っているのが不思議です。

2019/05/07(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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