「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 キリンの長い首。その進化説と創造説とバーソ説。 


 以前、家々を一軒一軒訪問して聖書伝道していたとき、『創造論』を強く批判
してくる人がいました。
 口調は若干怒っていて、小馬鹿にしたような顔をしています。みな、男性です。

 学校で教えている『進化論』を受け入れないような人間は非科学的で、おつむ
が弱いと思っているのでしょう。まあ、無理もないのですが。

 しかしそういうときは、こんな話をしました。
「進化は、進化の法則とは言いませんね。それは科学的に証明されてない仮説
だからです」。(進化論は学説の一つだと知らない人が意外に多いのです)(※1)
 それから「キリンの首はなぜ長いと思いますか」と訊ねます。

 むろん、ミトコンドリアがどうしたとかの難しい話は分からないので、簡単な
事例で進化か創造かを考えるわけですが、論駁されたことはないですね。


  giraf1.jpg (photo by pixabay)


 ノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶 佑 京 ほんじょたすく 大名誉教授は、研究姿勢として、
好奇心と簡単に信じないこと」の重要性を強調し、「ネイチャー誌やサイエン
ス誌に出ているものの9割は嘘で、10年たったら残って1割」と語っています。

 というわけで今回は、キリンの首に関して『進化論』と『創造論』を考えます。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
A.進化論の主張:キリンの首が長いのは、進化の原理が働いたから。

 進化論とは、「生物のそれぞれの種は、単純な原始生物が環境に適応しながら、
何万年も掛けて自然淘汰(選択)を経て進化してきた」とする学説です。(※2)

 最初、ラマルクが『用不用説』、すなわち「キリンの先祖が高い所にある木の
葉を食べようとして首が長くなり、それが子孫に遺伝していった」と唱えました。

 次にダーウィンが『自然淘汰説』、すなわち「首の長いキリンが遺伝子の突然
変異で生まれ、その種が生存競争で有利になり、代々生き残った」と唱えました。

 つまり進化論学者は「キリンの首が長いのは、高所の木の葉がとりやすければ、
草食動物と棲み分けができ、より生存しやすいからだ。生存競争では、ある環境
に最も適した生物が生存し得る」と主張します。弱肉強食の考え方が基本ですね。


  giraf7.jpg


 他の理由としては、「キリンは森林から草原に出てきて脚が長くなったが、水
を飲むときに不便なので首も長くなった」「オスは首が長いほうがオス同士の戦
いに強く、メスにモテるから」「ウイルスに罹病して首が伸びた」「長い首と脚
が体温を冷やす大切な役割を持つ」「背の高いアカシアの木が好物だから」など。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――
B.創造論の反論:進化論が正しいなら、いろいろ疑問や矛盾が生じる。

論理的に無理
●背が低い子供のキリンや、進化途中のキリンは、みな生き残れないことになる。
●キリンと同じ地域に棲んでいる首の短い動物も、みな生き残るのが大変になる。
●首を長くするのは構造を変える必要があるので肉体的に無理があるが、それよ
りも、羊のように地面の草や背の低い木の葉を食べるほうが楽なはず。他の土地
に移動するほうが容易なはず。ヤギのように木登りをするほうがまだ簡単なはず。
●キリンのメスは首を下げて低い木の葉を食べることがあるが、食べにくいはず。

●草原移動説は、肉食のライオンやヒョウがいるので、生存がもっと厳しくなる。
●首が長いオスは戦いに強い説は、角やキバを鋭く伸ばすほうが簡単で強いはず。
●首が長いとメスにモテる説は、ではなぜ他の動物のオスがみな真似しないのか。
●ウイルス説は進化論が苦しいことを示唆している。ウイルス感染の証拠はない。

《構造的に無理
心臓から2メートル上の頭に血液を送るのは極めて困難で、すぐに貧血を起こし、
倒れて死ぬ。それゆえ、キリンは臓器の仕組みがずいぶん異なっている。
●心臓は、人間の約2倍もの血圧260mmHgぐらいを出せる強靭な心筋を備える。
●後頭部には、ワンダーネットという網目状に張り巡らされた細かい毛細血管を
備えているので、長い首を上げ下げしても立ちくらみをすることがない。
●血管は伸縮性に優れ、頸部の静脈の弁により、血液の逆流を防いでいる。
●脚は鬱血しないよう、皮膚が硬質化している。
●頚骨は人間と同じ7つで、仕組みが同じなら長い首を回すのが非常に困難だが、
キリンは第一胸骨が固定されず、可動式になっている。
●気管が長いために、毎回の呼吸で肺の中の空気を完全に入れ替えることが難し
いので、肺の容量は人間の約8倍もある。

実証的に無理
●進化したのなら途中段階の化石が発見されるはずだが、一つも発見されてない。
進化途中のキリンは存在しない。進化は現在がゴールだとは言いきれないはず。
進化の中間化石がないのは進化論の致命的な欠陥であり、進化論学者は、これ
を『失われた環/Missing-link』と言うが、『失われた』のではなく、皆無。(※3)


  giraff4.jpg


 ――――というような話を家の人にしてから、結論として、
 ではキリンの長い首は『進化』や『自然淘汰』の結果だと言えますかと言うと、
ならば『創造論』の根拠を示せと言われることもあるのですが、では『創造論』
が間違っている根拠を示せますかと言うと、黙ってしまいます。ここまで会話が
できるひとは「神は見えないから居ない」といった初歩的な反論は言いませんね。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――
C.バーソ説:神も「考え方はいろいろあるから面白い」と思うはず。

 時計は理知と技術のある者が作り、地球の自転公転を基に時間を定めています。
では太陽系とその正確な仕組みは、超理知と超技術を持つ誰かが作ったはずです。

 宇宙には叡智とエネルギー、そして生命が見られます。その根源を神とか一者
とか“something great”と呼び、万物は神の分身(霊の存在)たちが自由製作した
とすれば、「面白がってキリンは首を長くしてみた」説はどうでしょう。超有能
クリエイターなら、あらゆるデザインを考え、すべてを優秀作品に造るはずです。

 動物だけを見ても、体全体や一部が長いのも短いのも、脚が多いのも無いのも、
飛ぶのも泳ぐのも地中に潜るのも、かわいいのも怖ろし気なのも、卵生胎生雌雄
同体も…と多種多様極まる形態のものがあります。適者生存なら、この環境には
この形態が最適形!というように、概ね一本化か定型化するはずではないですか。


  giraff6.jpg


 なお『進化論』『創造論』以外には、『宇宙人によるDNA移植説』があります。
太古の昔に他の星から到来した宇宙人が遺伝子を持ってきて、種々バリエーショ
ンを地球に造ったという説です。その場合、その生命の根源が問題になりますが。




補足――――――――――――――――――――――――――――――――――
※1:進化論は天文学的な数字の確率で、元素が結合し、生命を持ち(!) 多様化
し、現代人でも作れないほどの知恵を持つ生物にまで複雑に進化したと主張する。

だがこの考えは、宇宙の物質は全て崩壊し、放置すれば腐敗し、分解し、元素に
戻っていく単純化傾向、すなわちエントロピーの法則」とまったく反している

※2:炭素14法の年代測定は、
地球磁場や太陽活動が同じ場合には概ね正しい数値
が出るが、地球の大気の層は、ノアの大洪水以前と以降とでは違う可能性がある。
→過去記事『虹は、大洪水と平和を思い出すためにある』Q1・Q2・補足①参照

※3:よく「変化」と「進化」は混同されるが、全く別のもの。環境変化などに
より、形状や色が変わって変種になることはあるが、別の新種になることはない。
自然突然変異率は1遺伝子当たり10万分の1〜100万分の1。ほとんどは生存に有
害。ラバなどの変種の個体ができても、交配で子を残せず、一代限りで終わる。

※進化論はダーウィンの説をベースに現在は多少異なる学説がいろいろ考えられています。
※キリンの写真はフリー画像サイトpixabayより借用しています。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


関連記事

COMMENT FORM

  • URL:
  • comment:
  • password:

恐るべし創造論の『バーソ説』

本庶氏の「ネイチャー誌やサイエンス誌に出ているものの9割は嘘で、
10年たったら残って1割」には、私も心底驚きました。

それにしてもキリンの解剖学的な構造にビックリ!
血圧260mmHg、肺の容量は人間の約8倍とか‥‥。

伝導でこんな話をされていたんですかぁ?
わが家に来たエホバの証人がバーソさんでなくて良かった!

›適者生存なら、この環境にはこの形態が最適形!というように、
概ね一本化か定型化するはずではないですか。

これなんて説得力に満ちていて……。
創造者が楽しんだとしか思えませんよね。お見事❢

( ̄~ ̄;)個人的には 『宇宙人によるDNA移植説』を信じています。
DNAの神秘性を思うにつけ、端から地球にあったとは、どうしても思えない。
だとしたら、それをした宇宙人の存在は?になりますが、
これがまた壮大な話過ぎて……。

よく調べましたねぇ……感服です。
“風子の呟き”
『やっぱ、バーソさん相手に論じるなんてあり得ない……』(^_^ ;)

2019/03/30(土) |URL|風子 [edit]

バーソ論に賛成

バーソ様
おはよう御座います。

しかしよくもまあキリンのことを調べましたね。
獣医科だったら卒論が出来そうです。
キリンもそうですがゾウだって説明が出来ませんよね。
鼻が手の代わりをしていますが、前足を使えば良さそうなものです。太くないと体重を支えられないというのであればダイエットすればいいだけのことです。
第一あんなに大きな体はエコでありません。
エサを確保するのが大変です。
面白いから鼻を伸ばしたとしか考えられません。
ちなみに人間のオスはいいメスを見つけると鼻の下が伸びます。

愛新覚羅

2019/03/30(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: 恐るべし創造論の『バーソ説』

風子さん コメントありがとうございます^^)

 とかく私たちは今の時代が知識的に最高レベルだと思いがちですが、天動説が信じられていた中世以前の人たちもやはりそうだったのではないでしょうか。いまは進歩がとても速いので、これから20年後50年後にはどれほど進化進歩するか予測が付きません。
 『ホモ・ゼウス』の本は昨日届いたばかりで、まだ半分しか読んでいませんが、確かに人間は神の領域に近づいているようです。ただし孫悟空が釈迦のてのひらの上にいたぐらいのレベルだと思いますが。

 科学が言う、猿人・原人・旧人・新人とか、ビッグバン・インフレーション・ひも理論とかの学説は世に山ほどあります。特に進化論は事実だと書いているサイトもありますが、理論と事実ははっきり区別しないといけないと思いますね。

 キリンの首の話については、以前、ものみの塔発行の『進化と創造――人間はどちらの結果ですか』という書籍があり、進化論に反論する本としては当時世界のベストセラーでしたが、この記事の基本はそこから得た知識です。以前処分したので持っていませんが。血圧260mmHgや肺の容量が人間の約8倍などの知識はネットから得ました。
 この教団は出版物については非常に良心的で(ここも私が気に入った理由の一つですが)、この『進化と創造』の本は、サイズ19cm・190ページ・堅表紙のポケット版で寄付額わずか100円でした。

「適者生存なら、この環境にはこの形態が最適形!というように、概ね一本化か定型化するはず」は、バーソの考えです。進化論が正しいなら、地球にこれほど多数の種ができるはずがないのです。じつに様々な地球上の事象を見ると、創造者とは、冗談も言わない神聖な謹厳実直の白髪老人ではなく、なかなか楽しく美しく切なく悲しく面白くおぞましい(も入れましょう)思考の持ち主だと思いますね。

2019/03/30(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: バーソ論に賛成

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)

 そうなんです。私もゾウのことをすぐ思いました。あの長い鼻は便利なようで危険性が高そうですよね。水辺でワニがゾウの鼻に噛みついいているYouTubeを見たことがありますが、さぞかし痛かっただろうと思います。ティッシュではなをかむときも1枚じゃ足りません。穴の中の邪魔な分泌物を除去するときも、指が入らないので綿棒のかなり長いのが要りそうです。百円ショップじゃ売っていません。

 キリンの首の長い話はネットにいろいろな意見がありました。読んでいると、進化論のラマルク説とダーウィン説が混同されているような意見もありました。進化論は確定された理論ではないので、いろいろ派生の理論があるようですね。

 しかし何よりも進化の途中段階の化石が一つも発見されてないのが致命的だと思うのですが、進化は事実だと信じ込んでいる人が多いですね。学校教育の恐ろしさが一つ表れています。

> 人間のオスはいいメスを見つけると鼻の下が伸びます。
 あははは、なるほど。確かに、そうです。ひょっとして教授もそうじゃないですか。(笑)
 私も伸びているかもしれませんが、私の場合はどちらかと言えば首のほうが伸びていますよ。今までの人生では待てど暮らせど来ぬひとが多かったので。(笑)

2019/03/30(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ぼくも

バーソ説がお好みですが、
面白がってキリンの首を長くしたにしても、
ゾウの鼻が長いにしても、
地球上の自然や力学的な必然性に沿ったデザインという、
一定のルールにのっとって、
すべての生きものが創造されてる感じがしますね。

首や鼻が長いにしても、
腕や足が長いにしても、
限度があるといいますか。
人間が想像する空想上の物語では、
自由ですけどね。

ニワトリが先か卵が先かではありませんが、
秩序や力学が先だったのか、
デザインが先だったのかが、
気になる所です(^^♪

2019/03/30(土) |URL|友資 [edit]

こんばんは

バーソさん、このところ知的好奇心をそそられる記事を連発していますね。
読んでは検索、また読んでは検索、楽しいです。

「生物は環境に適応する、キリンの首はどうして長いのか説明できる人?」
1人の生徒が手を挙げた、
「キリンの首が長い理由は、頭と身体が離れすぎているからです」

首の長さ以外にもなぜあんなに派手な体色をしているのか。
襲ってくれと言わんばかりの褐色に白いタイル張りみたいな派手な外観。
創造主(Something great)の造った動物かも知れません。
私たちヒトでさえあんなに多種多様なワンちゃんを作り出せるのですから。
宇宙人による播種説や移動説も魅力的な説です。
他の惑星に住む、灌木が高くて地表が乾燥してキリンの模様みたいな地に
住む動物を、もしくはその動物のDNAを宇宙人が地球にもたらしたとか。
キリンは進化について考えるのに最適な動物です。
ほんとキリンの存在について考えると夜も眠れないです。
スペインの研究者がある化石を調べて、これがキリンの祖先の可能性がある
と発表したそうですね。似ているような似てないような。(笑)
http://www.sci-news.com/paleontology/ancient-giraffe-relative-decennatherium-rex-05392.html

2019/03/30(土) |URL|エリアンダー [edit]

キリンの首が長いのは俺たちキリンの勝手でしょ

この話を持ち出されたら、小生、コメントせずにはいられません。
進化仮説にはご存じのとおり、あまたあります。ありすぎるほどあります。これは、進化仮説というものは論証不可能ですから、なんとでも言えることが原因していましょう。この部門に少々首を突っ込み過ぎた小生の感想です。
そして、進化論(この言葉はダーウィンの立てた仮説を指すのが一般的になっているようですが)なるものは、正しくは生物種変異論と呼ぶべき性質のものでしょうね、きっと。変異には進化も退化もあり、両方相まって生物は変わっていく、というのが実態ですから。
拙論「犬歯の退化」が完成間際になって、これに気付いたものの、全面的に書き直す気力が残っておらず、論文中に「進化」を多用してしまいました。
種の進化(種の変異)は、つまるところ、今西錦司氏が「主体性の進化論」のなかで言い切られた「変わるべくして、皆、そろって一様に変わっていく」と言うしかない、というのが、小生がたどり着いた結論です。
そこで、キリンの首ですが、「変わるべくして、皆、そろって一様に変わっていく」ということからして、今時点で小生が言える言葉は、「キリンの首が長いのは、俺たちキリンの勝手でしょ」となってしまいます。
これは、ヒトの犬歯の退化というものは「変わるべくして、皆、そろって一様に変わっていく」のと一緒で、「ヒトの犬歯が退化したのは、俺たちヒトの勝手でしょ」なんです。これでは面白くないですから、何とかして説が立てられないものかとあがいたのですが「仮説の上に仮説を立てた単なる物語」になってしまいました。
さて、「キリンの長い首」、これは誰しも、なぜだろう?どうしてだろう?と興味津々、大きな注目の的。誰一人まともな説が立てられていないのですから、バーソ説もあり、ですね。
小生思うに、
“キリンの首は、神が創りたもうた! 神だって、気まぐれ、遊びがあっていい。なにも全部が全部クソ真面目が神じゃねえんだ! そんなんじゃ世の中ちっとも面白くないだろうが。”
と叫びたいです。
行きつく先は、やはり「バーソは自由に 考え方はいろいろあるから面白い」ですね。

2019/03/30(土) |URL|薬屋のおやじ [edit]

Re: ぼくも

友資さん コメントありがとうございます^^)

> 地球上の自然や力学的な必然性に沿ったデザインという、
一定のルールにのっとって、
すべての生きものが創造されてる感じがしますね。

 そうなんでしょうね。地球にはじつに多様な環境があります。むろん魚類は空中を飛び続けられず、鳥類は地中では暮らせないわけですが、それは別として、これほど様々な種の生物が大昔から地球上に生き続けているということは、すべての生物がいろんな場所にかなり柔軟に適応していることを示しているようです。

 シーラカンスは約6500万年前に絶滅したと考えられていましたが、化石とほぼ同じ形のまま1950年代に発見されて大騒ぎになりました。白亜紀末とかいうそんな大昔にいた種が、現代でもちゃんと環境に適用できていること、そして進化は全然してないことは注目すべきことです。
 ですから、すべての動物はみなそれぞれに最適な形をしているのであり、そういうふうに考えると、「適者生存」とは当たり前のことであって、かえって進化論を否定する根拠になるように思えます。

 人間が想像できるもので宇宙にないものはないという説があります。言い換えると、人が想像できないものは宇宙には存在しないというわけです。
 これは神とか根源とか一者と呼ばれる「大いなる意識」が、自分自身には肉体がないために、考えることはできても体験による感情が味わえないゆえに、自分の代理として体験ができる自分の分身、すなわち肉体を持つ人間を造ったと考えるなら、人間は何でも考えて何でもイメージして何でも体験したいと思うは当たり前のことであり、そうするのいわば本能のようなものだということになります。

 そう考えると、人間がイメージすることは、すなわち神がイメージすることと同じであり、そうなら人間が想像できないものは宇宙には存在しないのも当たり前のことになります。
 そうすると『スター・ウォーズ』の奇妙な動物たちも宇宙人のグレイも、この宇宙のどこかにいることになり、なかなか面白い話です。

 建築家は、何もない地に目的を考えずにいい加減に作ることはせず、どこか特定の場所に用途に合わせて使いやすいよう最適な形に設計するでしょうから、万物の創造の際には、秩序や力学に合わせてデザインが考えられたのだろうと思います。そういう意味では、創造論でも進化論でもニワトリが先だろうと思いますね。

2019/03/30(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: こんばんは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)

「生物の始まりの解釈には進化論と創造論がありますが、キリンの首はどうして長いのか、分かるひと?」
 そうしたらキリン君が首を大きく縦に振って手を挙げた。 
「はい、先生。夕食のときに聞いたら、そうよ、かあさんも長いのよ、と教えてくれました」
「キリン君、お父さんはなんと言ってましたか?」
「はい、先生。首が長いほうが喉越しの良さが持続するのだと言ってました」

 首の短いオカピ(ス)にもワンダーネットがあるそうですね。なのでキリンは首が長くなったのでワンダーネットができたのではなく、元々首が長くなる構造を備えていたのだという説もあるようです。

 葉っぱや枯れ枝に似た昆虫の擬態にしても、セキュリティのために後天的にそうなったように思えますが、そもそも創造のデザイナーがそのように設計したとも考えられ、そうなら弱肉強食の世界を前提にしているわけで、まあ、生物界も最初から生きていくのが大変な環境になっているのですね。

 キリンの種小名はcamelopardalisで「ヒョウ模様のラクダ」の意だそうですが、ほんと、あんな目立つ模様にしないほうが生存には良さそうです。でも本人はヒョウに擬態しているつもりなんでしょうか。(笑)

「他の惑星に住む、灌木が高くて地表が乾燥してキリンの模様みたいな地に住む動物の移植説」。なるほど、とかく生命のある惑星は地球と環境が似ているだろうと思いがちですが、地球でも海溝の底には硫化水素が噴き出ているところに住む生物もいるわけで、宇宙にはずいぶん環境が異なる惑星と異なる姿の生物が多種多様にいるでしょうから、それらをあちこちの星から連れてきたのが、地球の生物種がこんなに多い理由なのかもしれませんね。

 好奇心とは、新しいこと珍しいことを知りたいという気持ちです。当然ながら、新しいこと珍しいいことをやってみたい作ってみたい気持ちに発展します。読んで検索というのも好奇心の発露でしょう。エリアンダーさんが創造者ならユニークな構造の生物を造って、それがどう動くか、一日中ながめていそうですね。私なら、カメラのレンズのように、首を伸縮式にできないかとか沈胴式にできないかと考えそうです。

2019/03/30(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: キリンの首が長いのは俺たちキリンの勝手でしょ

薬屋のおやじさん コメントありがとうございます^^)
 
 お、その道の研究者の登場ですね。進化論は「正しくは生物種変異論と呼ぶべき性質のもの」ですか。それは「変異には進化も退化もあり、両方相まって生物は変わっていく、というのが実態」だからですか。
 なるほど「変わっていく」ことは十分あり得ると思います。「退化」もあり得ます。老兵はただ消え去るのみで、使ってないものは徐々に消えていくのは当たり前です。

 しかし「進化」とは、より生きやすいように単に形状や色が「変化」することではなく、まったく違う「種」に変わることを言います。種が別の新しい種に変化することを進化と言います。

 ダーウィンは、ガラパゴス諸島に行ったとき、南米大陸とは少々形が違うフィンチ類やトカゲを発見し、それらがこの島に渡ってきた後に変化して新しい種が出現したのだろうと推測しました。
 またイギリスの工場の近くにいた白い蛾が黒っぽい色に変化して、工場の煙で汚れた壁に紛れて目立たなくなった事例から、環境の影響を受けて種は変化すると考えた学者もいたようです。
 がしかし、それは「進化」論ではなく「変化」論なんですね。新しい種に変わったわけではなく、ちょっと差異がある派生種ができただけです。

 その少しの差異は、何万年か経てば、差異が積み重なって別の新しい種になり得ると主張しているのが進化論でしょう。つまり進化論は何万年という時間経過が、進化という奇跡的を実現したのだと言っているのです。手品のタネは時間経過、崇拝している神は時間なんですね。

 しかしよく言われる例えで、猿が何万年キーボードをたたいてもシェークスピア一冊さえ書けないように、時間経過は退化(衰退、減退、消滅)を生み出すことはあっても、自然に、また自動的に「知恵」を生み出すことはあり得ないでしょう。
 生物の知恵とはすごいもので、DNAにしても人間のはるか及ばない英知が秘められています。エボシガイの接着力はエポキシ樹脂系接着剤の2倍あるそうですが、人間は相当勉強してもエボシガイの知恵を超えられません。

> 「変わるべくして、皆、そろって一様に変わっていく」と言うしかない、というのが、小生がたどり着いた結論です。
 そうですか。それも一つの見識ですね。そういう結論に至ったのも、たいしたものだと思います。なんにせよ、ある見解というのは、かなり研究しないと生まれないでしょうから。
 ただ、なぜ変わっていくのか、勝手に変わっていくのか、なにか必然性があるのか、科学的にはそういう疑問に答えないといけないのでしょう。なので「俺たちキリンの勝手でしょ」になるのですか。これはバーソ説をキリン側から言ったような説ですね。
 そして「神だって、気まぐれ、遊びがあっていい。なにも全部が全部クソ真面目が神じゃねえんだ! そんなんじゃ世の中ちっとも面白くないだろうが」ですか。あははは、それなら私の説と同じです。

 あんまり義に過ぎると、白河の清きに魚も住みにくいと文句を言われます。武田邦彦教授も、京都市の食べ歩き禁止条例は行き過ぎでおかしいと言っていましたが、私もそう思いますね。人間は自由な生き物であることが取り柄であり、自由は基本的な権利です。むろん、ひと様に迷惑を掛けないことを忘れてはなりませんが。

2019/03/30(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

海しかなければ海凄生物。陸しかなければ陸上生物…生命の形を決定付けるのはやはり惑星環境です。
しかし、生命が唯々諾々と環境に従っているかと言うと、結構、環境に対してレジスタンスをやるんです。
大昔にはシアノバクテリアが地球を酸素だらけにしましたし、カンブリア期の生物は、これでもかというくらいへんてこりんな形態デザインで環境に抵抗しました。
なので、もしかしたら今人類がやってる事も「俺が地球を作り変えてやる」と言う生物の抵抗運動なのかも知れません。
生命は進化しているのか?それとも地球環境と戦って(壊して)いるのか?実のところは分からない部分があります。
それは人類が作り上げた(壊した)後の地球に、どんな生命体が栄えるのかを見てみない限り何とも言えないです。
ただ、自分が作り上げた地球環境が原因して滅んだ人類が、新しい地球環境を見る事ができないのが残念です。

2019/03/30(土) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)

 以前から、人間が地球環境を破壊していると叫ばれています。アマゾンの密林が減少し、世界的に沙漠化が進行し、テロや民族戦争は相変わらず続いており、世界では飢えで死ぬ人が何秒に一人とかで、今は世界の破滅の何分前だなどと言われています。確かにそのようにあれこれと列挙されれば問題は看過できなほど沢山あります。

 しかし少し長いスパンで世界の歴史を見れば、どうでしょう。
 古代以来、人間は他人の領土を争い、大勢殺してきて、侵略や戦争は国王や領主の年中行事でした。ヨーロッパの国土の変遷を地図で見ると、神聖ローマ帝国は長く続きましたが、それ以外の国の境界線はかなり激しく入れ替わっています。日本は鎖国以前は下克上で百姓が武器を持って戦う時代が長く続きました。
 大航海時代以降、白人種の強国はアジア・アフリカ・南北アメリカの有色人種の国を植民地にし、奴隷にし、住民を虐殺し、時には民族全体を消し去りました。日本では原爆実験が2回もされ、東京は無差別大量爆撃されました。共産主義や全体主義の国では自国民を何千万人も虐殺するリーダーや、特定の民族を憎んで大量虐殺するひともいました。

 ところが今では、小競り合いや小規模の戦争やテロはあるものの、世界では戦争を好んで始めようとする国はなくなりました。大陸間弾道弾や水爆があるせいもありますが、いまは経済的に互いにつながっているので、大規模に戦争をすれば互いにひどい損失があることを知っているからと、人々の意識がかなり20世紀初頭頃とは変わっているためです。侵略で利を得ることは出来ない世界になりました。
 この21世紀は、暴力に起因する死はわずか1パーセントに減少したそうです。日本でも、やくざ風の強面の人やチンピラのお兄ちゃんたちが街を闊歩している光景をすっかり見なくなりました。暴力死よりも、交通事故や肥満死や自殺で死ぬ人のほうがはるかに多くなっています。
 むろん資本主義による生活の格差は拡がる一方ですし、難民とか中東とか、食品添加物とか老後の生活とか問題はいろいろあるのは確かですが、暴力と暴力による死だけを採り上げてみても、いや、みてもじゃなく、みれば、と言うほうがいいかもしれないですし、joさんならもう十分承知のことでしょうが、世の中は確実に以前より良くなっていると思えませんかね。
 
 どの時代にも、どの国にも、馬鹿な人間はいます。悪い人間もいます。しかし全員がそうではないでしょう。人間には知恵があります。惻隠の情という言葉があるように、それほど生来の性質が極悪極まるわけではないと思っているのですが、ここはjoさんとは意見が違うところのようです。

 しかし、ものみな進化するという進化論が正しいのなら、人間の理性や思考力や学習能力も進化するはずでしょう。体力だけが進化するとか生存競争力だけが進化して、地球全体が『マッド・マックス』の世界になるはずはないと思うのですが、どうでしょうね。

2019/03/30(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

考え方はいろいろあるから面白い

『創造論』が間違っている根拠を示せますか?
 これはですね、悪魔の証明と言いまして、限りなく詐欺に近い詭弁と取られかねませんので、ご使用の際は用法・用量を守って正しくお使いください。
 つまりやな、何処か道端に一兆円落ちてるかも知らんやろ、落ちてない事を証明でけるか?って言うてるのと同じや同じ。証明するのはほぼ不可能。やるだけあほらし。その前に、在る事証明してみせてや。
 それはさておき、進化っちゅうもんには方向性があるんやわ。一度舵を切ったら最後、もう後戻りはでけへんねん。そっちに向かって一気に進むんや。意外と短時間で移行するらしいで。進化の中間言う奴の時間は絶対的に短いよって、化石もどうしても少なくなるんやね。せやからそれを見つけてみせい言われても難儀なんやわ。
 あと、生き物っちゅうもんは成りたい様に成る傾向があるんやて。高いところの葉っぱ美味そうやと思ったから首伸ばそうと背伸びするんやろ。何度も首伸ばしとればそら適応していくわな。人間にも首長族言うて首伸ばしとる人等が居んねんけど、彼等かて首伸ばしたくて伸ばしとるんであって、勝手に伸びた訳やあらへんで。
 では何で生存に有利なのにみんな首伸ばさんねんて言いたいんやろ?それやがな。バーソはん自分で「考え方はいろいろあるから面白い」言うてはるやないけ。考え方が色々あれば、生き残り戦略かて色々あるんやがな。皆が皆首伸ばして高いところの葉っぱ食うてみい、あっという間に禿坊主になって過当競争やないけ。そんなん有利言わんがな。下の草食うのが有利や思うて草食いに特化したり、根っこに拘ってみたり、誰も食いそうもない毒草消化でける様に耐性つけてみたり、あの手この手を考えたんよ。そんな中で、キリンは首伸ばす方に頑張ったんやね。
 デメリットが多過ぎるて?当たり前や。デメリットが無かったらガンガン真似されて強み言わんやろ。他がそうそう真似でけへんから独占できるんやで。特許持っとる企業と同じや。特許なんて誰でも彼でも取れるもんやない。取るのは大変やろ。でも取ったら強いで。引く手数多や。何処からも取引してくれ言うて引切り無しや。キリンの首が強みやったなら、強みが立派であればあるほどもてるのは当然や。牙なんぞ要らへんねん。何も喧嘩に強いばかりが強み言わんで。ホオジロザメより何倍も強かったメガロドンが絶滅したんは生存競争でホオジロザメに歯が立たんかったからや。タイマンでは負けへんでも、食いもん先に獲られて逃げ回られたら飢えるしかないわな。それに、キリンにはキリンの美意識っちゅうもんがあるやろ。例えばゴリラに人間の美意識期待してどないせいっちゅうねん。子供つくられへんと一世代後には絶滅必至やないか。犬にトカゲの美意識理解しろ言うたかて発情せぇへんで。
 子供のキリンは生き残れない、て、それ本気で言うてますのんか?それ言いだしたらキリンに限らず牛かてライオンかて、人間かて生き残れまへんで。子ライオンがいきなり水牛襲いますか?人間の子がビールに枝豆つまんでプハァーなんてやっとったら怖いで。まあ、子供が生存に不利なのは当然やがな。自然界では子供の生存率なんぞ良くて一割。一度に三億も卵を産むマンボウなんか、成魚になるのは一匹でも奇跡言われる位やで。そんでもちゃんと子孫は残る。下手な鉄砲やないけど、親が生き残って何度も産めばたまに生き残る奴が居るんよ。特に哺乳類は乳ちゅう最終兵器持っとるやんけ。人間の場合、子供よりか成獣のオスに人気やけどな。
 宇宙人がでぃえぬえい・・・もうなんちゅうか、なぁ。宇宙人がDNAうんちゃら言うなら、その宇宙人のDNAは誰がいぢくった言うねん。そもそもやで、それこそDNAこね回した物的証拠出してーな。理論が破綻してんねん。人間の悪い癖やわぁ。判らん事があるとすぐにオカルトに逃げ出しよる。で、穴倉に入ったら最後、その穴倉がどうなっとるかなんぞ気にもかけんで籠ってまう。神様創造説だとかインテリジェンス創造説だとか、知識の探求ほっぽりだした最悪の結論やで。
 最後に、エントロピーの法則は世界の現象の一面にすぎまへん。あれだけを突き詰めたら星がある事すらありえない。でも星は生まれ、、宇宙膨張説にも反して島銀河は衝突を繰り返しとります。

 え゛ー、さんざん言い散らかしましたが、あまり気に掛けんと。まあ気に入らんかったら抹消ボタンをぽちっとな。

2019/03/31(日) |URL|miss.key [edit]

Re: 考え方はいろいろあるから面白い

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)

> 『創造論』が間違っている根拠を示せますか?
 これはですね、悪魔の証明と言いまして、限りなく詐欺に近い詭弁と取られかねませんので、ご使用の際は用法・用量を守って正しくお使いください。

 無いものは「証明」できないのは確かです。しかし「根拠」は示せるでしょう。つまり、有るとするひとの“論理”を理屈で覆すことや矛盾を指摘することはできるはずです。私は「証明をしてほしい」ではなく、「根拠を示してほしい」と書きました。ですから詐欺だとか詭弁とかは、ちょっと言い過ぎじゃないですかね。
 つまり私が今回、進化論に対して下手な論議をしたように、創造論のおかしさを、裁判で検事がするように状況証拠を挙げたりして、科学的に、道理から、論理的に論じればいいのです。
 創造論が間違っていることを論じる本はけっこうあって、その種の本を私は今まで何冊も読んだことがあります。有神論を信じるためには、無神論の本も読みたいと思うのです。今もそれに近い本を読んでいますよ。『ホモ・ゼウス』という本で、まだ半分しか読んでいませんが。

 それに、アリバイすなわち現場不在証明と言って、他の場所にいたことを証明すれば、犯行現場にはいなかったことは簡単に証明できます。
 つまり創造論を否定したければ、別に創造論が間違っていることを証明しないでもいいのです。
 進化論でも何でもいいですから、生命や生物は神が創造したのではなく、こうこうこういうふうに発生して、こうこうこういうふうに知恵を持って、こうこうこういうふうにいろいろな種に分化したという、そのもっともな理屈と確かな証拠をきちんと示せばいいのです。今回の場合はキリンの首がなぜ長いのかですが、納得できる根拠を示してくれたら、創造論者は、恐れ入りましたと言って引き下がるのです。

 ところが創造論に対抗できるとされる本命の進化論は、論理的にも物証的にもいまだ証明はされておらず、その強力な物証であるはずの進化の途中段階の化石がただの一つもないという致命的な欠陥を持っています。何度も言いますが、進化論はかなり科学的に不十分な仮説なんですね。創造論が嫌な人が信じている、いわば信仰的な科学なんです。
 なので仮説を信じるのは自由ですが、物証が一つもない仮説を根拠に、創造説は間違っていると決めつけるのは科学的で合理的なことでしょうか。
 もっとも、そういう人に会うことが時々あったので、記事の冒頭で、伝道で出会った進化論者は「口調は若干怒って」「小馬鹿にした顔」をしていると書いたのですが、これはmiss.keyさんのことを書いたのではないので、念のため。

 次のことは推測であり、証明できていないか、できないはずです。
●「進化っちゅうもんには方向性がある」
=本当に方向性があると言えますか。進歩や変化はありますが、種が変わるほどに進化が続行してきた、あるいは、しているのですかね。
●「一度舵を切ったら最後、もう後戻りはでけへん」
=退化や変化はあるでしょうが、自然界は進化のみの一方通行ですか。その根拠と証拠はありますか。
●「そっちに向かって一気に進む。意外と短時間で移行する」
=短時間とか一気にと言える根拠と証拠はあるのですか。そんなものはまったく無いはずですが。

●「進化の中間言う奴の時間は絶対的に短い」
=その根拠と証拠も全然ないでしょう。ただ、そうだとしないと進化論が成立し難いからじゃないですか。
●「生き物っちゅうもんは成りたい様に成る傾向がある」
=美人や美男になりたいと強く思えばなれるんですか。金も要らなきゃ女も要らぬ、私ゃも少し背が欲しいという人がいました。miss.keyさんは長身だそうで、そういう気持ちは分からないでしょうが。(笑)
●「何度も首伸ばしとればそら適応していく」=後天的な獲得形質は遺伝しないと現在は証明されています。初期の進化論であるラマルク説は、今では否定されています。隣国の整形美女は子供に遺伝しないでしょう。あ、隣国は余計でしたが。

●「首長族は…首が勝手に伸びた訳やあらへん」
=そうです。首に金属の輪を付けてかなり無理して人為的に伸ばしています。Wikipediaによれば、そのように見せているという説があります。
●「考え方が色々あれば、生き残り戦略かて色々ある」
=そうです。だから生物はみな苦労して生きています。新しい種に変われば生き残りがしやすいなら、それを何万年も見ている生物はみな、その同じ戦略を採るはずですが、太古の昔から各々の種の形態は変わっていません。トンボの化石は今とほぼ同じ。シーラカンスもほぼ同じなので、生きている化石と呼ばれます。
 そういう意味では水陸両用の両生類はかなり生き残りには有利なはずで、鳥類にしても翼の先に手があるほうが有利なはずですが、始祖鳥は絶滅しています(この鳥は中間種だと学校では習いましたが、じつはそうじゃないそうです)。人間だってエラや翼もあったほうがどんなにいいかと思いますね。

●「そんな中で、キリンは首伸ばす方に頑張った」
=あら、キリンは麒麟児ではなく、異端児だったのですか。(笑) まあ。そう解釈するのが進化論者の勝手な説と言えるでしょう。
●「キリンの首が強みやったなら、強みが立派であればあるほどもてるのは当然」
=首を生体的に無理して伸ばすより、角を伸ばしたほうがずっと簡単で、多くの種がそうしています。キリンだけですよ、首が長いのは。
●「キリンにはキリンの美意識っちゅうもんがあるやろ」
=まあ、あの柄は美意識かもしれないですが。そうなら蝶々はそうとう美意識が高く、蛾は駄目なんでしょうかね。人間には動物の気持ちはわかりませんので、何とも。

●「子供のキリンは生き残れない。それ言いだしたらキリンに限らず牛かてライオンかて、人間かて生き残れまへんで」
=うむ、なるほど。いい反論です。しかし、牛やライオンは無理して体の構造を変えなくても、小さな子供でも、現状の形のまま普通に平原で食事ができます。子牛は草を食べればいいし、子ライオンはなにも水牛を襲わないでも小さなウサギでも襲えばいいわけです。人間の場合もは親が面倒をみてくれますが、食べるのは同じ食卓で大丈夫です。しかしキリンの子供や背の低いキリンが木の上の葉を食べるのは、かなりハンディがありそうじゃないですか。それに、動物の親は、割合すぐ子を乳離れをさせるのではないですか。鳥の親は子の鳥の羽がまだ産毛のときに巣の外に飛ぶようにさせています。
 Wikipediaによればキリンは「生まれた子供は20分程度で立つことができるようになる。授乳期間は10か月。生後2週間で植物質を食べるようになる」そうで、つまりは生後2週間たったら大人になるまで自分で草を食べるのですね。背が低いキリンは大変です。
 コアラはユーカリだけ、パンダは笹の葉だけ食べるのですから、キリンが発育期に食べる物が大人と違うと、好き嫌いができたりして困るんじゃないですかね。人間だって子供のときに米を食べたので、日本人は大人になっても米を食べたがるのではないでしょうか。

●「自然界では子供の生存率なんぞ良くて一割」
=卵生では卵子の数が非常に多いのは、確率的にその中の何パーセントかが生き残ればいいと(誰かによってうまく)計算され、設計されているからでしょう。なんでもそうですが、適当に場当たり的に何かをして、それがうまくいくということは滅多にありません。それは博打で知恵ではないですから。
 卵生は子孫が絶滅しない程度に生き残ればいいのであって、その代わり、幼児を親が育てないのでもいいという利点がありますから、卵生が劣っているというわけでもなさそうです。
 つまりは卵生でも胎生でも完全変態でも不完全変態でも百足でも蛇でも何でも、すべての種は、みなうまい具合にみな適者生存になっているのでしょう。形も生き方もみな異なる非常に多くの種が、みな上手に生きているのは、どの種でも上手に生きていけるよう、その設計と構造が上手に出来ていることを示しています。だから誰かがそうしたのだろう、と創造論者は考えるわけですが。

 しかしそれは自然の中に秘められている知恵が偶然に都合よくそうしたのだと考えるなら、ではその知恵は自然に発生したのか、知恵というのは自然に発生して進化するものなのか、むしろその逆じゃないのか、という疑問が生じます。
 知恵が自然にまた偶然に発生し、徐々に進化するということは絶対にあり得ません。動物界でいちばん知恵があるとされる人間だって、子供の頃から塾に通い、必死に勉強しても、博士になれる人はごくわずかです。子供の頃から何も教えずに放っておけば、たまに発見されるオオカミ少年のように言葉もしゃべれないはずです。
 ところが自然界には人間がはるかに及ばない知恵が沢山ありますね。カメラの自動焦点式はジャスピンコニカが売り出したものですが、人間の目は太古の昔からフルカラーステレオのオートフォーカスでしょう。脳とかDNAなんて、知恵の最たるものです。人間の脳は、スーパーコンピュータよりもはるかに優っているそうですが、小さなノートパソコンを何万年か放置してもスーパーコンピュータにはならず、エントロピーの法則に従って崩壊し、ついには元素に戻るだけのはずです。
 
●「その宇宙人のDNAは誰がいぢくった言うねん」
=そうです。本文中にも書いた通り、そのDNAはどこから? 誰が?という疑問が生じます。ただ、宇宙人による移植説は、生命の発祥を説明する話ではなく、種がこれほど沢山あるのはなぜかという理由を示すものです。
 宇宙から地球の生命は来たという説は、荒唐無稽のようですが、そういう可能性は絶対ないとは言い切れないでしょう。この広大な宇宙にある膨大な星の数を思えば、地球と同じような環境の星は幾らでもあるでしょうし、地球と同じ環境でなくても、違う方法で生きている、いろんな姿の生物がいるのは道理としても確率論的にもあり得ることです。

●「判らん事があるとすぐにオカルトに逃げ出しよる」
=そうです。オカルトには怪しげなのが多々あります。テレビ司会者がいつも嘲笑っている番組があるる通り、おかしなのもあります。金儲けのインチキもけっこうあります。
 しかし科学者や権威のある医師が自分で霊の世界を垣間見たとか、突然に不思議体験をしたとか、あるいは全然知らないはずの土地のことをおく覚えている子供が生まれたとか、あるときから全然知らない古代の外国語を突然しゃべり出す人とか、そういう科学では説明できないような奇跡的な事例はかなり沢山あります。
 ちょっと怪しいのがあるからといって、全てがおかしいとは言い切れません。馬鹿な男が歩行者天国の通りに来て人を殺したからといって、ホコテンに来た人がみな殺人者ではないのと同様です。宗教もそうです。確かに宗教組織は教えと行ないが乖離していて、口で言うこととは裏腹にずいぶん酷いことを行なってきたケースがあります。中世の魔女裁判なんか酷いものです。神の名において行われた宗教戦争も酷いものです。
 ですが、ご利益や精神的安心が欲しいからという理由以外に、人間はなぜ生まれ、どのように生きるべきかといった、ゴーギャンが知りたいと思ったようなことを知りたくて宗教や精神世界にその答えを求める人も大勢いるのです。むろん真理は狭き門ですから、なかなか真理を見い出す人は少ないのですが、

●「神様創造説だとかインテリジェンス創造説だとか、知識の探求ほっぽりだした最悪の結論やで」
=まず、どうして最悪の結論だと言い切れるのでしょうかね。良くないと思うのは自由ですが、最悪だとどうして決め付けることができるのでしょうかね。だって創造論の証明は悪魔の証明だとか言って、否定するのは無理だと冒頭で言っていたのではないですかね。間違っていると証明できないものを最悪だとは言えないはずです。創造論を信じている人間は頭の悪い人間が多いから最悪だというのなら反論はしませんが。

 私は、進化論を信じるほうが、それは弱肉強食は自然の原理を肯定しており、同じ路線のようなので、かえって人間社会を駄目にするのではないかと思っているのですが、どうでしょう。
 それよりも、悪をせず、悪に悪を返さず、ひとにできるだけ愛を示していこうという教えに従っていこうとするほうが、その通りにはできないとしても、だいぶマシだと思うのですがね。
 むろん、教えの通りにできていない人がいる(多い)ので、偽善者だとか二重人格だとか言われますが、しかし、そもそもそのような教えを学ぶ気がなく、その通りにする気もなく、強いものが勝つのだ、だから弱い者を押しのけてもいい、それが正義だと思う生き方のほうがよほど最悪だと思うのですが、どうでしょう。あ、これはmiss.keyさんのことを言っているわけではないので、念のため。
 そもそも、そういう考えが資本主義社会の貧富の格差を増加させているのじゃないですかね。日産前会長もあれだけ大勢の社員をクビにしても、偉い自分は何をしても許されるのだという不遜な考えを持ったがために、あんなことになったのじゃないですかね。あの人がもっと人に対する愛を持っていればあんなことにはならなかったと思っています。

 大体が進化論を信じている人は皆、それが真実に正しいのかどうか真剣に調べたのだろうかと思いますね。ただ学校で習ったことをそのまま受け入れているだけじゃないんですか。ところが、創造説だとかインテリジェンス創造説を信じる人間は、一応進化論という強敵に立ち向かうために少し以上は調べているのです。そして自分がそれを信じるためには、自分で納得できるだけのそれなりの根拠は持っているのです。そうでないなら盲目的なイワシの頭も信心になりますから。
 むろん私が今までブログで何度か書いたように、進化論も証拠はないですが、創造論も証拠はありません。この記事でも時計と太陽系の比喩を述べましたが、そんな話ができる程度です。見えないものを、そういうものを嫌って拒否する思考の人に論証するのは難しいのです。
 それで進化論者が想像(推測)で信じているように、創造論者も想像(推測)で信じているのであり、信じているという意味では変わりはないでしょうね。なのに創造論者を間違っている馬鹿だ気違いだと決め付けるのは、それこそ間違っていると思うわけです。そうじゃないですかね。創造論は否定できません。進化論は証明できません。そうなら、どっちが正しいとか間違っているという断定はできないはずだからです。
 それよりも自分の信じることに従って堂々と楽しく生きればいいと私は思っているのです。自分が、そして世の中が少しでも良くなると信じる教えに従って生きることができるなら、それはベストではなくても、少なくともベターでしょう。
 こういうことを言うとすぐ、ではオウムはどうだとか言い出されたりすることがあるのですが、一般論として大まかな話をしているときに、そういう特殊な例外的な事例を出されると困ります。確かに宗教やスピリチュアルや心霊関係の人たちや組織には、金儲け主義や自分だけ利得を得ればいい主義が見られる場合が多いですが、全てがそうではないのですから。
 私が入信した頃はネットなんかなかったですが、いまは情報社会で、いろんな情報が手に入りやすくなりました。よく調べることをすれば、そうは失敗をしないで済むと思いますね。

●「エントロピーの法則は世界の現象の一面にすぎまへん。あれだけを突き詰めたら星がある事すらありえない」
=進化論のような膨張宇宙論と宇宙は一点から始まったとするビッグバン説は多数の支持を得ていますが、やはり学説の一つであって仮説です。だから反論もあります。そして方向性としては、ものみな退化するというエントロピーの法則とは真逆で、だから宇宙が出来たのはエントロピーの法則とは反するのですが、だからこそ宇宙創成時には何らかの大いなる意思と強力な力が働いたのだろうと考えられます。 
 アインシュタインが発見したように、エネルギーから物質が出来たとする考えは正しいでしょうし、誰かがそうしたのだろうと思いますが、では、その出来た物質はずっと進化し続けるのかと言えば明確にはそうだとは言えないでしょう。
 宇宙は有限か無限か、それさえもまだはっきりしていませんが、太陽は燃え尽きると言われています。超新星は恒星の最後の姿です。つまり物質宇宙はいつかは終焉を迎えるのは間違いないようで、これも、ものみな崩壊し単純化するというエントロピーの法則に従っているとも言えそうです。
 宇宙(cosmos)は、この言葉通り、秩序正しい構造をしているようです。銀河の大集団は泡構造をしているそうです。生物の構造も種に応じてじつに秩序正しく絶妙に出来ています。原子核を中心に電子が回っている元素の構造も、じつに秩序正しくうまく出来ています。
 そういう宇宙の秩序を見ると、なぜ宇宙が始まって、なぜ元素ができて、なぜそれが結合して生物になって…というプロセスの原因を考えると、目に見えない何かの力と意思が働いているとしか考えられず、そう考える人がいまは物理学者の中にもいますね。

 今回は記事冒頭で、進化論を信じるあまりに創造論を攻撃する人は、仮説だとは知らず、小馬鹿にした顔で、怒った口調をしているという話から始めました。そしてノーベル賞学者が述べた、科学は必ずしも絶対ではないという話を引用しました。
 つまり、進化論は実証された科学だと思い込むのは正しいことではなく、創造論が間違っている証拠もないということを今回は示したにすぎません。進化論者を馬鹿にするために書いたのではなく、何でも盲目的に信じるのは正しくないということを書いたのですよ。

 ちなみに正直に言えば、私は正統派の意見より、異端的な少数派の意見のほうを面白がるほうです。おおむね何でも、そういうヘソ曲がりの傾向があります。そのせいか、長年所属したキリスト教団は異端と呼ばれるほうでしたし、仕事はひととは違うことを考えるのが仕事のクリエイティブ系でした。
 そういうわけで、なんせ変わり者のバーソですから、長々と反論されて不愉快だとは思わないように、くれぐれもお願いしますよ。長々と書いたのは、私がmiss.keyさんの意見を面白いと思ったからです。この返コメは面白がって書きました。自分の信仰を確認するためにも書きました。

 miss.keyさんのようにストレートに反論を書いてくださる方は希少なひとですから、有難い限りだと思っています。
 ただし、これ以上難しい話をされても私には分からないので、言い返したいと思っても、まあ、ここは引き分けか、あるいはこれ以上攻め立てるとバーソがへこむといけないので、まあ、このくらいにしておいてやろうと思って、どうぞ勘弁していただけると助かります。
 こういうことはあんまり続けると喧嘩になりがちですから、それだけはしたくないのです。そして私は「考え方はいろいろあるから面白い」と思っている変人ですし、miss.keyさんがどういう意見を持っていても私は全然気になりません。大体がmiss.keyさんの考えのほうが世の中の主流ですしね。(^^ゞ

2019/03/31(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

映画「猿の惑星」もまんざら嘘じゃない

今回も小生のコメントに丁寧な感想やご意見を賜り厚く感謝申し上げます。
そのなかで「生物の知恵」に関して、しつこいようですが、小生の思いを述べさせていただきます。これは聞き流していただいてけっこうです。

>「猿が何万年キーボードをたたいてもシェークスピア一冊さえ書けない」
猿は(少なくともチンパンジーに関しては)、ヒト並みの思考力があり、あれこれ教えれば、けっこう高い知能指数を示しますし、簡単な英文を作成することさえできてしまいます。
初期人類(300万年前)は、チンパンジーと姿形は違えど、現生チンパンジーとどっこいどっこいのおつむしかなかったと考えていいでしょうね。その当時は、何も小難しいことを考えたり、やったりしなくても全然不自由せずに暮らしていける、いたってのんびりした(現代の高度文明社会から見れば、ぐうたらな)毎日を繰り返していればよかったのですから。
単純な石器が登場したのが250万年前、それがずーっとごく最近まで変わることなく使われ続けてきましたから、そうした生活を一生楽しんで(いや、楽しむという観念はたぶんなかったでしょうから、単に安寧に)平和に生きてこられたと思われます。
それが何かにせきたてられたように、突然(といっても、30万年前から石器の改良など若干の動きはあった感がしますが)人は目覚め、ある時(3万年前)ある所で、石器、骨器、木器などなどの製作技術をグングン向上させ、ついには古代文明を発生させ、その後の技術革新も目を見張るものがあり、それは停滞することなく今日に至っています。
3万年前に何があったのか、人はなぜにせきたてられ、どうして働かねばならなくなったのか、それでも足りなくてなぜに生産効率を上げねばならなくなったのか。人類の悲劇の幕開けですよね、これは。小生は、そう捉えています。
「働かねばならない」なんて、ほんと悲しいことです。アボリジニのある部族社会には「働く」という言葉がないといいます。あるのは「遊ぶ」と「働く」をごっちゃにした言葉であって、彼らは「腹が減ったら、なんぞちょちょっと採ってきて、みなで食おう」といった毎日の繰返しでしょう、きっと。この社会にはシェークスピアは似合わないでしょうね。
さて、チンパンジー社会が、3万年前のヒトと同様に、何かにせきたてられて「働かねばならない」となったらどうなるでしょうか。彼らも人類社会と同じようになり、「猿の惑星」を完成させてしまうのだろうか。これは不可能なことではないような気がします。もっとも、彼らの喉の構造とヒトのそれとは大きな違いがあり、言葉をしゃべることはできませんから、かなりのハンディーがありますが、人は耳が聞こえなきゃ手話を使えばいいという方法がありますから、必要に迫られてチンパンジー社会に手話が生まれないともかぎりません。
狩猟採集民や類人猿の社会生態を書き記した幾冊かの本を読んだりして、猿があともう1歩前に踏み出せば、「猿の惑星」は現実のものになるような気がする小生です。

2019/04/01(月) |URL|薬屋のおやじ [edit]

Re: 映画「猿の惑星」もまんざら嘘じゃない

薬屋のおやじ さん コメントありがとうございます^^)

 あー、また面白い話をありがとうございます。
 Wikipediaに「無限の猿定理」という項目があります。面白いので以下、抜粋引用します。

 猿の打鍵によって所望のテキストが得られる確率は、たとえば『ハムレット』くらいの長さのものになると、極めて小さくなる。宇宙の年齢に匹敵する時間をかけても、実際にそういったことが起こる見込みはほとんどない。しかし、定理は「十分長い」時間をかければ「ほとんど確実」にそうなる、と主張する。

 2003年、6匹のクロザルを使った実験が行われたが、この猿たちが文学界にもたらしたものは、ほとんど「S」の字だけからなる5ページのテクストのみであった。
 文章中の文字数が7つ、8つと増えるごとに、その文章が打たれる確率は減ってゆくが、いずれにせよ0にはならないから、7文字の文章であろうと8文字の文章であろうと、根気よくランダムにキーを打ち続ければ、いつかはその文章が打たれることになる。同様に考えれば、一冊に何万もの文字を含むシェイクスピアの著作であっても、いずれは打ち出されることになるのである。

 しかし、文章が含む文字の数が増えれば増えるほど、その文章が打たれる確率は指数関数的に減少し、そのような文字列が現れるのに必要な時間の期待値はとてつもない速度で上昇していくことにも注意しなければならない。
 例えば仮に1秒間に10万文字打てるとしても、たった100文字の文章を登場させるのに要する時間は100億年の1無量大数倍の1000京倍にもなる。まして、猿が『ハムレット』一冊を打つのにかかる時間は途方もない長さである。このように、理論上は有限の時間で猿はどんな文章でも打てるが、そのために要する時間は想像を絶するほど大きなものである。

 アメリカ合衆国アリゾナ州スコッツデールのダン・オリバー (Dan Oliver) が実行したあるコンピュータプログラムが、2004年8月4日に成果をもたらした。一群の「猿」が4溝2162穣5000垓年の間稼働したとき、一匹の「猿」が “VALENTINE. Cease toIdor:eFLP0FRjWK78aXzVOwm)-‘;8.t . . .” と打ち出したのである。この列の最初の19文字は『ヴェローナの二紳士』に見出せる。別のチームは『アテネのタイモン』の18文字、『トロイラスとクレシダ』の17文字、『リチャード二世』の16文字を再現した。

 「溝」という数字の単位は、万進法では10の32乗になるそうですが、「億」が10の9乗、「兆」が10の13乗ですから、「4溝2162穣5000垓年」とは想像もできないほど途方もない数字になります。宇宙創成は100億年ぐらい前と言われていますから、かすかにあり得ると言うより、ゼロと言い切っていい数字のようです。それに意味のある文章ができたとしても、たったの100文字分ですから。

 チンパンジーの知能もWikipediaから引用します。

 チンパンジーは知能が高く、訓練によって簡単な言語を習得できる。習得する言語には一般に図形文字が用いられ、「抽象的な記号と単語を理解して、その上で短い文章を作り、相手に伝えることができる」。じゃんけんも理解することができ人間の4歳児程度の知能を有するとされる。

 私はチンパンジーよりは少しは頭がいいほうと思っていますが、もし1万年生きて、知識は飛躍的に増えても、感性が同じように向上するとは思えないので、上田敏や三島由紀夫、森鴎外などの文章力を持つまでには絶対に至らない自信がありますね。文章は技術力もありますが、感覚・感性の要素もかなり大きく、先天的な要因も多いと思いますので。

 Wikipedia「無限の猿定理」にはこんなことも書かれていました。

  ヒュー・ペトリー(英語版)はこう説いた。
「類推を的を射たものにするには、猿にもっと複雑なタイプライターをあてがってやらねばなるまい。それは、エリザベス朝時代人の文章力と思考力すべてを備えている必要がある。人間の行動形態とその動因に関するエリザベス朝時代人の信念すべて、エリザベス朝時代人の道徳観や科学観、それに、これらを表現する言語の様式、といったものを備えていなければならない。さらには、特定のエリザベス朝時代人としてのシェイクスピアの信念体系を形づくった種々の経験についても考慮しなければならない。このようなタイプライターなら、猿に使わせて種々の異本を作り出させてもよいであろう。」

  小説は単に文章が書ければいいわけではなく、時代背景や人間の感情や言葉の含蓄やウイットやまあいろいろな知識も必要のようです。

 アボリジニの生き方は、これはこれで一つの立派な生き方ですね。これが人間の本来の生き方だとも思えます。
 しかし人間とは進歩する者。英知は必然的に向上ないしは上昇志向をともないます。なので人間が文明と文化を向上させていくのは当たり前であり、それを存分に享受する生き方も悪くはないような気がします。

 少女時代のヘレン・ケラーが水道の水に触れ、サリヴァン先生から、これは「水」という名だと教えられたとき、突然、大きな衝撃を受けたシーンを映画で見たことがあります。モノにはみな「名前、言葉」があるのだと気が付き、大きく視野が拡がり、人生観が変わったのです。
 聖書に「初めにことばありき」という有名なフレーズがありますが、その続きは「ことばは神であった」となっています。言葉(=モノの概念)を知らない人は手話ができるのでしょうかね、私にはよく分かりませんが。

 猿の惑星は、この広い宇宙のどこかには有り得るでしょうね。いや、今の地球がまさにそうだという意見もありそうですが。

 労働は苦役か。アダムは犯した罪の罰として「顔に汗して働く」ことを運命づけられました。しかし労働とは生活のためにするものではあるのですが、本来、人間に必要なものだと思います。本当は自分がやりたいことをして生きていければ最高なんでしょうが、現実はそうでないことも多く、それが残念ですが、しかしそうではあっても、それもまた自分で仕事に合わせていくこともできるでしょうし、それもまた楽しいことだと思っています。

2019/04/01(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/04/02(火) || [edit]

解釈次第でしょうね。

 色々な考え方があっていい――全面的にこのお考えには賛成です。
 ならば、何故、あえていろいろな考えの方にキリスト教を布教されたのですか? 自己矛盾だと思います。

 キリスト教徒と言えば、歴史的には最も残忍で不実な信仰者ですね。十字軍、動物の絶滅、白人優位思想、キリスト教優位主義、キリスト教右派、エホバの証人、モルモン教徒。ネイティブアメリカンや南米原住民の虐殺。土地の不当な横領、強姦。好き放題ですね。
 殺してはならない、あなたの敵を愛しなさいと教祖のイエス、ジョシュア・インマヌエルは言ったですし、サマリア人にもローマ人にも親切でしたが、キリスト教徒のしている事、した事は差別と迫害と虐殺だけ。

 確かイエスは「誓うな」と言いました。嘘をつく事になるからでしょう。人間を良く知っていた方です。さすが「人の子」。
 でも摩訶不思議、あら不思議。結婚式ではキリスト教徒は、「どんなことがあっても愛し続ける」と嘘をつく。カトリックならまだしも離婚を禁じているけれども、大嘘をついた挙句に平気で離婚結婚を繰り返して愛人を抱えているプロテスタントのキリスト教徒達。お笑いですね。師匠、主、先生を踏みにじっていますね。

 イエスは女性を大切にした人ですが、白人は女性差別論者が多いですね。これもまた七不思議。

 旧約聖書に至っては、何ら理性的な解釈ができない人が多い。「アダマから作ったからアダム」「土から作った土男君」それを本気で信じるとすれば、狂人以外ありえないでしょう。
 モーゼの思いがよくわかります。私たちは地球から生まれました。地球の元素からできた生命体です。そういう意図でモーゼは言った、というよりも、正確にはモーゼ以前のユダヤの祖先がそう考えていたのでしょう。妥当な考えです。
 土からできた、地球から生まれたと解釈するなら、創造の過程が、気が遠くなるほどの時間をかけた進化の過程でなされたと言う解釈の方がはるかにモーゼの思いに近いと思います。
 突然、人間が神の手によって創造されたのではなく、神にとっての7日間、つまり無限の時間を経て人間が進化によって誕生した、その背後の意図として神の意志があり、意志を持つ事を自覚し、自我を自覚している人間こそが神の似姿である――それが妥当な解釈だと思いますよ。
 私はモーゼやイエスの方が、お気の毒な創造論者やバーソさんの視野の狭いお考えより、はるかにしっかりした理性を持った人間に思えてなりません。

 イスラム教徒をキリスト教徒は憎む。でも、イスラム教徒でもはるかに意地悪なキリスト者より親切な人がいます。仏教徒や無宗教の人も同じでしょう。

 キリスト自身が言った。

「私を主よ、主よ」と呼ぶものが天国に入るのではない。神の御心を実行した人、弱者や子供達や異教徒にも優しい人だけが天国に入る、そうではなかったでしょうか?

 なお、私は無宗教者ですが、インフルエンザウイルスやバクテリアは明確に進化します。ダーウィンは、彼の考える限りの例としてキリンを上げたに過ぎず、現実にガラパゴス島のフィンチが環境によって形態を変えているという事実を知って進化論を報告しています。キリンではなく。
 こうした科学的客観的事実としての進化論は、単純な真理、キリストが言ったような真理と同じく、「考え方によってどうにでも変わる」ような物ではなく、色々な考え、妄想に過ぎないから何の価値もないという「いろんな考え」ではありません。

 愚かな人間は、全体としてある人の言った事を、その裏付けとなる事実の膨大な観察データを全く無視して表面しか理解せず、些末な反証を挙げてその全てを叩き潰して自分が偉大な神の子だと思い込みますが、キリストは言いましたよ。

「この幼い子のように自ら謙虚な人こそが最も天国では偉大だとされる。
 自分が偉いと主張する物は神の世界、神の視点からは軽蔑され、人間として劣るとみなされるが、自分の限界を認識して謙虚である人は、神の天使から称賛される」と。

 お賢いバーソ様は、さぞかし一直線に天国に入れるでしょう。キリストに報告される事ですね。

「私はいかに旧約聖書の創造論やキリスト教徒が偉大か、馬鹿な奴らに理路整然と教えてやり、私のようなキリスト教徒になるよう布教しました」と。

「あなた方は海と大陸を巡って一人の改宗者を作り、自分達の倍も悪い地獄の子にするだろう」

2019/04/04(木) |URL|通りすがり [edit]

私は思うんですよ。キリンさんは首を長くしたかったんじゃないかと。ゾウさんは鼻を長くしたかったんじゃないかと。

江戸時代の日本人は何故か背が低い。縄文人や弥生人より小さい。戦国時代よりチビになっている。食糧事情は良くなっているはずなのに。
その頃の日本人は小さくなりたかったのかも。他に理由が見つからない。だって遺伝子は変わってないし。
たははは♪

2019/04/04(木) |URL|しのぶもじずり [edit]

Re: 解釈次第でしょうね。

通りすがりさん コメントありがとうございます^^)

 数年前、何度かコメントをいただいて、「『神との対話』を読んで机を叩き割りたいほどの怒りを感じた」と書いてあったことを覚えています。今回も「キリスト教のした事は差別と迫害と虐殺だけ」と言い切っています。このたびのコメントには全体に憎しみと怒りと嘲りの感情が強く表れています。悪意を感じます。

 私はその本を読み、聖書と聖書の神に対する考え方が一変し、それこそ目から音を立ててウロコが剥がれ落ち、涙がこぼれ、人生観が一変し、キリスト教団を離れた者です。
 通りすがりさんは人生でいろいろ真理を模索してきたようですが、このコメントを読む限り、もう私が何を言っても無理な方のように思います。私とは思考も感覚もかなり違い、視野も視点も心の感覚もだいぶ異なっているようです。
 むろん、違っているから悪いわけではなく、考え方はいろいろあっていいと私は思うようになりましたが、この点は通りすがりさんも同じなら何よりです。

 そういうわけで私はだいぶ前にキリスト教から離れた人間です。以前は聖書こそ神の言葉だと信じ切り、信念をもって熱心に伝道をしてきたのですが、その点は私の人生の大きな悔やみとなっています。ですが、後悔先に立たず、悔やんでも後の祭りで、こればかりはどうしようもありません。

 長年聖書を学んだせいで、自分で言うのは口幅ったいですが、私の基本的な判断基準は概ね聖書的な基準のほうに定まりました。まあ、そういう意味では思いが狭くなりました。しかし、いい時代になったものです。私はいろいろな情報、書籍やネットや特に『神対』の本のおかげで、神についての概念が大きく変わり、意識と考え方もかなり変わり、関心事も変わりました。といっても、むろん自分の好きな方向ばかり見ていると思いますが、それは誰でもみな同じでしょう。

 キリスト教の教えは、ではなく、キリスト教の教団組織は―――この違いは非常に重要です―――確かに問題を多々持っています。しかしそれを言うならイスラム教もヒンズー教も似たようなもの。中世以前は、それ以外の宗教でも人身御供をしたり、おかしな託宣をして民衆を惑わしたり、戦争を煽ったり、迷信を流行らせたり、信者から不当に金を集めたり、宗教にしても何の組織にしても組織が権力を持つとろくなことはしませんね。
 しかし悪い点ばかりではなく、キリスト教は病院を作ったり、貧者の救済所を作ったり、未開地に行って学校を作って文字を教えたりと、まだいい点もあるのではないですかね。いまでも世界的にキリスト教関係のボランティア団体は少なくないはずです。

 キリスト教を悪く言う人は、信者(全員をひとくくりにして)をみな偽善者だとか二重人格者だとか言います。ひとの悪口を強く言う人はとかく思想や思考が極端で、一部を見て全体をこれはこうだ、あれはああだと決め付ける傾向がありますね。しかし宗教の信者は全員がみな問題を持っているわけではなく、中には敬虔に誠実に生きている人もいるはずで、そう思うのが普通の感覚であり思考だと思いますがね。

 では、一方的に悪く言う無神論者はみな立派で愛があって嘘も言わないのかと言えば、そんなことは全然ないはずです。宗教を信じる者がみな立派ではないとしても、宗教を信じない者がみな立派だとは言い切れないはずです。大体が人間は立派なことを思っていても立派なことができないのは誰でも変わらないはずですが、信仰のある者は、信仰を持たない者からひたすら悪く言われる一方であることに甘んじなければならないのはどうにも不公平なことです。

 1世紀、姦淫を犯した女が石撃ちにされそうになった時、イエスが、この場にいるあなた方の中で罪がないと思う者から先に石を投げよと言ったら、年を取った者から順にその場を去っていったと書かれています。
 年を取った者は、わが身を振り返れば自分も罪多き人間であることを否定できないものです。誰でも自分の人生を誠実に振り返れば、他者を一方的に裁いて自分は義なる者だとして高みに立つことはできないはずですが、他者を偉そうに一方的に裁いて自分はいい気になっている自称義人あるいは自認義人は、宗教の世界でも政治の世界でもどこの世界にでも必ず少なからずいますね。


 ダーウィンはガラパゴス島のフィンチが環境によって形態を変えているという事実を知って進化論を考え出しました。その島では、くちばしや羽の色が変わっていて変種ができていたわけですが、それを変化と思わず、進化の証拠だとみたわけですね。
 進化とは原子が分子になり蛋白質になり、だんだん進化して生命(!)を持つようになり、意識(!)を持つようになり、種類が増え拡がって・・・と推測わけですが、動物の場合で簡単に言えば「種類」が変わることを言います。
 魚類が両生類になり、爬虫類、そして鳥類に変わるようなことを言います。爬虫類は体にウロコのような硬い皮膚があり、重い図体をしています。鳥類は体に羽毛があり、非常に軽くできています。骨も中空で、いろいろ鳥類ならではの工夫がされています。
 何万年か経てばウロコが羽毛に変わったのだというのが進化論ですが、ではその途中はどうだったのか。ウロコでもない羽毛でもない手でもない翼でもない、そんな中途半端な状態でどうやって生きたのか。ホバリングは難しいので人間でもヘリコプターを作るのは大変でした。オスプレイは事故が多いと言われています。飛行機とヘリコプターの中間機は現代の最新技術力でも難しく、操縦も難しいのです。
 また、水中から陸に上がるには、エラが肺に、ヒレが手足に変わる必要があります。その途中状態はどうだったのか。エラでもない肺でもないヒレでもない手足でもない中途半端な器官で、何千年も何万年もうまく生きていけたでしょうか。その状態は適者生存だったのでしょうか。

 そう考えるとフィンチのくちばしや羽の色が少し異なったぐらいで、よくもまあ進化論なんて突拍子のないものを考えたものだと思います。進化の途中段階の状態は、いかに環境に不適合で、いかに生存しにくいか。体がみな進化の途中であれば、形状や構造はみな中途半端なのです。
 進化論には中途半端な生存が難しい途中段階の時期が非常に永い年月の間あることをよくよく考えてほしいと思いますね。
 だからこそ進化論は、徐々に形態が進化したのではなく、突然変異でいっぺんに変わったというような新説や異説を考え出さないといけないわけでしょう。だから進化論はかなり苦しい寄せ集めの学説であり、いまだしっかりと確定されていない仮説なのです。

> 科学的客観的事実としての進化論は、単純な真理、キリストが言ったような真理と同じく、「考え方によってどうにでも変わる」ような物ではなく、色々な考え、妄想に過ぎないから何の価値もないという「いろんな考え」ではありません。
 これですよ、問題は。推論(妄想)はいいです。推論がないと新しい学説は考えられないですから。しかし推論を裏付ける科学的かつ客観的かつ実証的な事実もしくは証拠は、各々の学説にありますか。ないでしょう。ないはずです。途中段階の中間化石が一つもないのが、いちばん明白な厳たる証拠です。

 進化論学者は「その裏付けとなる事実の膨大な観察データ」を提出して、変化ではなく、進化があったことを本当に示していますか。いいえ、種の進化を誰もデータでは科学的に証明できていないはずです。証明できていれば、こんなに学説のバリエーションが沢山ないはずでしょうし、いまでは「進化論」という仮説ではなく、「進化の法則」と呼ばれているはずです。進化論は法則ではなく、不合理性の多い仮説なんですよ。単に証明できてないだけでなく、自然界の法則にも逆行する考え方なのです。

 ちなみに日本では有神論者は少数派かもしれないですが(神社で手を合わせ、仏教で葬式をする日本人は多いですがね)、アメリカでは有神論者のほうが多数派です。また世界三大宗教と言って、世界的にも神を信じる者のほうが多いのですよ。むろん、その神は宗教組織が教える人格神で、私の信じる神とは違いますが。それに、大体が宗教の自由は憲法で保障されているわけですから、宗教を信じる者を、ただ信じているだけで悪く言うほうが憲法違反をして悪いのです。念のために言えば、いまは私は宗教を、特に宗教組織を信じてはいません。通りすがりさんも無宗教派ですか。

 進化論学者は最初は、生物は環境に応じて適した形態を作って徐々に進化してきたと言い、何万年か経てば小さな積み重ねが大きな種の変化になるのだと主張しますが、今は徐々に変わってきたとする漸進論的な進化論ではなく、突然変異が大きな変化をもたらしたという突然進化論が主流になっているようです。
 ウイルスが突然変異の体を作り出したのだという説も有力視されているようですが、しかしそんなウイルスが発見されたことは一度もなく、その証拠も全然ないはずです。ウイルス自体は変化はするでしょう。しかしウイルスが全然違う別の形態のものに進化するのですか。別の種に進化したことは一度もないでしょう。進化と変化(進歩)を混同してはいけません。進化の化は化けるという字です。進化は違う種のものに化けるように変わることをいうのですが、それが分かってない人が本当に多いですね。

> お賢いバーソ様は、さぞかし一直線に天国に入れるでしょう。キリストに報告される事ですね。
 あなたは、私が元はキリスト教信者だったので、こういう言い方をするのでしょうが、しかしこれはじつに嫌味で小馬鹿にした皮肉な言い方で、一般的には失礼とか非礼というべき言葉ですよ。私は、まあ、通りすがりさんとは、この程度の人なのか、人間的に大人になってないなあ、未熟だなあと思うだけで別に腹は立ちませんが、しかしあなたは何の権限があって偉そうにこんな無礼なことを言うのだろうかと不思議には思います。
 よほど自分は頭がいいと思い上がっているのか、よほどキリスト教で嫌な経験をしてトラウマになっているのかとも思います。ちなみに天国の件は、私は、たとえ悪人でも、死んだらみな至福の状態、すなわち比喩的な天国に入ると思っています。

 私はたいした人間ではないですが、こういう皮肉な言い方は自分の人生では他のひとにしたことが一度もなく、ブログでも書いたことがないですね。よほど相手が非礼なときは今回のように率直に言いますが、相手を小馬鹿にしたような皮肉や嫌味はまず言いません。
 率直な感想を言わせていただければ、こういう文章の書き方を見るだけであなたの人格と個性と日常の感情が分かるような気がします。こういう文章を書く人が、愛があって親切で優しくて公正な立派な人間だとは、客観的に見ても控えめに見ても到底思えませんから。自分でそう思ったことはないですかね。

 というわけで今回は私のほうも少しばかり強めに反論させてもらいましたが、私は、考え方はいろいろあって面白いと考える者です。だから今回の記事も進化論者を攻撃したいがために書いているというよりは、進化の証拠と根拠がないのにどうして創造論を信じる者を侮蔑するのか、それはおかしいじゃないか、と日頃思っていることを書いたに過ぎません。

 一つ最後に言いたいのは、あなたはコメントで異見を述べるやり方を間違えていますね。というより、そもそもディベートの方法を知らないようですね。喧嘩は強く罵ったほうが勝ちということがありますが、議論と喧嘩とは全然違うものです。
 あなたが創造論を否定する論議を科学的また論理的に論じるのであれば、それは有益な論議であり、お互いの益になるかもしれません。ところがあなたは、創造論を道理と信仰によって信じる人間―――バーソのことですが―――の頭脳だけでなく、人格までも非難攻撃嘲笑して私の人間性を貶めました。これは議論ではなく喧嘩を売って、相手を誹謗中傷しているのです。犯罪ですよ。

 今回はキリンの首が長いのはなぜかという命題ですから、その点に絞った意見なり反論を述べるべきでした。あなたの論理が合理的で論理的なら、恐れ入りましたと私は訂正とお詫びをするだけでしたが、あなたはキリンの話は全然しませんでした。話を勝手によそに持っていっては、こういう議論は駄目ですよ。結論が出なくなります。

 最後には、おまえバーソは倍も悪い地獄の子だ、つまりパリサイ人だと言って、キリスト教的には最大級の悪口を、実際に目の前で私とは会ってないことをいいことにして、「通りがかり」などという無責任な名前で述べました。そこまで書くというのは、自分の中にある(日頃の)憎しみと怒りを表して、自分の暗い感情を発散しているのか、と私には思えますね。

 進化論も創造論も、証明も否定もできない学説の一つです。であれば自分の信じていることを書いて、どこが悪いのでしょう。学校の先生が世間と反することを生徒に教えたら良くないでしょうが、私たちの一般人の場合は言論の自由もありますし、世間を不当に撹乱するわけでもないですし、自分の意見を自由に書けるのがブログなんですし、大体が創造論が間違っているとは証明できないのに、世間の多数派とは違うからという理由で非難攻撃するなら、昔、ガリレオを迫害したローマ教会や異端者を火あぶりにした教会と同じことをしていることになります。
 もし間違っていると確信があるなら、間違っている根拠(だけ)を論理的に納得できるよう、議論には余計な憎しみなどの感情を込めずに穏やかに述べるべきではなかったでしょうかね。

 議論というのは反対意見にしても、純粋に科学的・論理的に、相手に敬意を払いつつ、失礼のないように相手の感情を気遣いながら穏やかに謙遜に書くのが正攻法の議論法であり、それが紳士のやり方というものですよ。
 こういう論議では、内容の論議以外に相手の人格をも罵るようになったら、罵るようになったほうが負けのようなものです。昔の悪ガキが、デブデブ百貫デブ、おまえの母ちゃん出ベソなんて言って喜んでいるようなものです。情けない。セクハラやパワハラと同じ範疇のいわばブロハラ、コメハラをあなたはしているのです。

 たまに「通りすがり」という名のコメントを他のブログで見ることがあります。大抵、非難や反対コメントです。高みに立って異見を述べています。その人と同じかどうか分かりませんが、いずれにせよ、ひとが喜ばないようなネガティブな憎しみと怒りの感情をあちこちで書けば、自分の心が楽しいと感じるようになるのですかね。心から明朗になり、心からうれしい気持ちになれるのでしょうか。論議の内容の良し悪しではなく、ひとの人格の良し悪しまで嫌味たっぷりに言うのが楽しく感じる性格なのですかね。そうなら、客観的に見て、あまり立派でもなく、称賛すべきことでもなく、なんと言うか、それこそかわいそうなひとのように思えるのですが、どうでしょうね。
 
 それにしても聖書の知識もあるようで、折角の良い頭を持っているのですから、自分でブログを持ったらどうですか。自分の意見は自分のブログで堂々と表明したらいいと思うのですがね。持っているのなら、教えてもらえば訪問してみますよ。

2019/04/04(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

しのぶもじずりさん コメントありがとうございます^^)

 カラスがカーと鳴くのはカラスの勝手でしょという話を思い出しましたよ。(笑)
 首を長くしたいと想ったら長くなるのなら、大勢の若者が、そして私も、脚をもっと伸ばしたいと思って成功したかもしれないですが、脚の伸長だけは整形手術では無理のようですね。

 江戸時代の日本人は縄文時代より背が低い。そういうデータがあるようですね。
なんでも、肉を食べなかったからだという話のようですが、そうなら農耕民族はみな背が低いことになります。
 でも健康的にはあまり肥満にならないほうが良さそうです。アメリカのメジャー野球の客を見ると、男も女もみな食べ過ぎ。まあ、体は小さくても頭と心さえよければ問題はなさそうです。が、それが難しいのですよね。

 日本人の先祖はどこから来たのか。蒙古斑があるから大陸の奥のほうだとか、いや、南のほうから島を渡ってきたのだとか、朝鮮半島から来たとか、いろいろ言われますが、私は、縄文人と弥生人の区別はあるのか。最初の人類がアフリカで始まったとかいうのも、単にちょっと骨が発見されたわずかの証拠らしきものから想像したに過ぎないのじゃないかと、その手の話はあまり信用してないのです。
 現存する動物だけを見ても種類が非常に多く、進化論が正しいのなら、どうして今でも適者生存である種がこんなに膨大に存在しているのか、これが不思議です。あまりにも種類が多すぎて、創造論であってもちょっと不思議です。

2019/04/04(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/04/05(金) || [edit]

極論だとおもいますよ。

 初めまして。
 ダーウィンはキリンの首が長い理由を彼なりに考えて言っただけで、彼の考えは仮説です。
 バーソさんの論理展開で気になるのは、一つだけの反証を挙げれば、その学説が全否定されるがごとくに話を構築されている点です。
 キリンの中間化石は確かにないようですが、化石というものは、示準化石などで示されているように、
1.一定の期間だけ生息し、
2.しかも大量に存在し、
3.同時にカルシウムの殻や骨などの丈夫なパートを持つ生物で、
4.しかも中性からアルカリ性土壌であり、
5.海洋のように大量に貝殻が集積するような条件下でこそ、一定の数の化石が生成され、標準的な歴史的根拠になる。
 つまり、非常に厳しい条件を満たさなければ、化石になって残る事は難しいのです。
 おまけに、地殻変動その他の理由で、人類が発掘できる場所に化石がない事には、発見する事すらおぼつかないのです。
 キリンは陸上の生物です。陸上の骨が化石になる可能性は非常に低い事がわかっています。
 従って、キリンの中間化石がないからと言って、進化論が間違いだという論拠にはなりません。

 馬なら違います。もともと5本指だった馬が、進化の過程で一本のひづめを持つ生物に進化した。バーソさんの言う中間化石もきれいに存在しています。
 馬はもともと群れで行動します。また、キリンほど巨大でないため、ある一定面積にはるかに多数生息できます。このために化石が残りやすかったのでしょう。

 進化は非常にゆっくりした過程で生じます。人間とチンパンジーの遺伝子の差異はわずか3%弱。たった3%の差が人間とチンパンジーの祖先を決定的に異なる物にしました。
 それでもその差異が生じるまでには、何万年もの時間を要しています。

 バーソさんの理論によれば、中間化石が存在しているなら進化論が証明されるとの事でから、馬や鳥などは間違いなく進化論を証明している事になりますね。
 
 たった一つの反証を挙げれば反論が完成する。数学ではそれで構わないですが、自然科学ではそうは行きません。もともと例外的な事例がまじりあっており、巨視的な観点での法則が科学的法則ですから、数学的証明で反論できるというのは詭弁であるにすぎません。

 私が理解できないのは、「色々な考え方がある」と言いながら、なぜ、ここまで執拗に進化論全体を全否定したいのかというバーソさんの意図です。

「進化論は、キリンのようにまだ証明されていなかったり、化石がないから証明しようがない事例があるけれども、化石その他で証明されている部分も多く、DNAによる分析では、様々な生物が少しずつ変化して進化したことも証明sされている。」というのがまともな解釈だと思いますよ。

2019/04/06(土) |URL|medici [edit]

Re: 極論だとおもいますよ。

mediciさん コメントありがとうございます^^)

 穏やかに論理的また学術的に書いてくださったので、こちらもそのように書きたくなります。

> バーソさんの論理展開で気になるのは、一つだけの反証を挙げれば、その学説が全否定されるがごとくに話を構築されている点です。
 一つだけ反証を挙げればその学説が全否定されると思っているわけではありませんよ。そんなことが分からないはずはないと思いますが。
 単に今回の記事では(たまたま)、進化論の話で「キリンの首がなぜ長いのか」の疑問が面白いので一つの事例として挙げてみただけのことです。私は進化論をテーマにした記事は初めて書いたと思います。そういうふうに「構築されている」と言われるとそうかもしれませんが、進化論は私の信じることとは正反対で、弱肉強食主義を是としやすい教えなので私は好きではない学説です。
 「キリンの中間化石がないからと言って、進化論が間違いだという論拠にはなりません」というのはその通りです。私は話のネタの一つとして進化論に関する事例を一つ挙げただけですが、ちょっと強調し過ぎたでしょうかね。

 記事に反論するのは別にかまわないのですが、するのなら「キリンの首はなぜ長いのか」というのがテーマですから、それに対する進化論側からの理由なり根拠を論理的に示してほしかったのですね。でも、それは示さず、他の違う論議をして、中には私の人格まで強く批判してきた人がいたので、私もそれに対応してコメントでは長めに反論しただけのことです。

 しかしこのたびは化石が少ないワケを具体的に書いていただきました。こういうふうに学術的に書かれると議論はしやすいですね。確かに地殻変動という要因もありそうです。化石が少ない原因も分かるような気がします。
 しかし進化論が正しいのなら「失われた環」と言われる中間種の化石がたった一つでいいから発見されてもいいでしょうし、本当に進化だったのなら必ずと言ってもいいぐらいの高確率で発見されるはずではないでしょうか。小さな昆虫から恐竜から人類の祖先と称される化石まで多数発見されているのに、「種」の中間種の化石がたった一つも出てこないのは不思議なことです。

>  馬なら違います。もともと5本指だった馬が、進化の過程で一本のひづめを持つ生物に進化した。バーソさんの言う中間化石もきれいに存在しています。
 5本指が一本のひづめになったのは、進化というより変化と言ったほうが正確でしょう。「種」の分類の定義をこまかく分ければ、そのようにひづめの形状の違い程度で別の種として分類することはできるでしょうが(私は、変種はいくらでもあり得ると思っていますが)、そういうこまかな種の違いを言っているのではないのです。
 私が言っているのは、動物に限れば、魚類→両生類→爬虫類→鳥類というような、形態がまったく異なる中間種がないということを言っているのです。普通は「進化の中間種」というのは、そういう意味で言われているでしょう。馬とロバと牛の違いなどではないはずです。そうではなく、かつては鳥類と爬虫類の中間種とされていた始祖鳥のような化石が一つも発見されてないのはおかしいと言っているのです。

> バーソさんの理論によれば、中間化石が存在しているなら進化論が証明されるとの事ですから、馬や鳥などは間違いなく進化論を証明している事になりますね。
 鳥や馬は進化論を証明しているという話ですかね。驚きました。初耳です。そんなことを本当に学者が言っているのですか。しかしそれは進化ではなく、正確には変化じゃないですか。何度も言いますが、それは、ちょっとした変化をちょっとした進化と言っているのでしょう。ライオンとトラとヒョウなど、わずかな形状あるいは構造の違いだけの「変化」すなわち似た種あるいは別種のはずです。
 そうではなく、両生類が鳥類になって空を飛んだとか、鳥が爬虫類になったという事例もしくは証拠があるなら、それは間違いなく中間種ですが、そんな化石は皆無のはずだと言っているのです。それが進化論の一番の急所でしょう。

> 進化は非常にゆっくりした過程で生じます。人間とチンパンジーの遺伝子の差異はわずか3%弱。たった3%の差が人間とチンパンジーの祖先を決定的に異なる物にしました。
 ちょっとした構造の違いを進化だと思い込んでいるからそう書くのだと思いますが、これも学説的に正確に書くなら、「進化は~」ではなく「変化は非常にゆっくりした過程で生じます」と書くべきではないですかね。
 「たった3%の差が」については遺伝子の場合はそのようです。単に構造のちょっとした違いではないでしょうから。しかし遺伝子のその違いはとほうもなく超大きいのが不思議なことです。
 人間はスーパーコンピュータも素晴らしい絵も卓越した文学も発明も発見もできますが、チンパンジーはどれも出来ません。4歳児くらいの知恵しかありません。それ以上は知恵は伸びません。形状が似ている両者の違いはとてつもなく大きいのです。
 なぜ進化は「ゆっくりとした過程で生じる」と言い切れるのですか。何を根拠にそう言えるのでしょう。そうは言い切れないと気づいた進化論学者もいるので、だから彼らが、徐々に進化した説の代わりに、突然変異説とかウイルス説を唱えているのではないですか。

 大体が、いま現在、どうして人間とチンパンジーの中間種が存在しないのでしょう。これほど生物が無数に分化して、それぞれが別々に進化発展してきたのであれば、今でも人間とチンパンジーの中間種はそれこそ無数にあっていいはずです。というより、ないとおかしいと思いますが、どうでしょう。
 そしてどうしてチンパンジーという種は何万年も経っているはずなのに全然進化してないのですか。それもおかしくないですか。適者生存でみな進化するのであれば、自然界はそんな不公平はせず、すべてもしくはかなりの生物がみな進化していて、単純なアメーバーなどは今は一つもいないはずです。
 「それでも差異が生じるまでには、何万年もの時間を要しています」というのは、進化論学者の希望的あるいは願望的な推論、もしくは頭の中のイマジネーションに過ぎないでしょう。いや、そうじゃない、という証拠なり根拠は示せないはずです。

 何万年か経てば進化すると考える進化論は確証されていないどころか、確証された自然界の法則である「エントロピーの法則」に真っ向から反しています。
 鉄とガラスとゴムを何万年か放置すれば、偶然に(あるいは自然の知恵によって)ハイブリッド最新型自動車やバイクや自転車や子供用三輪車や、もしくは電車や汽車や飛行機、あるいはスーパーコンピュータや電機製品、はたまた様々な機械製品や鉄筋ビルなどにあれこれ無数多彩に進化すると考えるのが進化論です。がしかし、それらを何万年でなく、わずか何百年か放置すればみな鉄とガラスとゴムのクズか粉末になるという自然現象が「エントロピーの法則」と言われるもので、地球上でも宇宙でも普通に見られる現象です。どちらが正しいかは言うまでもないことでしょう。

> もともと例外的な事例がまじりあっており、巨視的な観点での法則が科学的法則ですから、数学的証明で反論できるというのは詭弁であるにすぎません。
 例外があるのは確かです。しかし「巨視的な観点での法則が科学的法則ですから」って、ちょっとおかしくないですか。巨視的な観点の法則は証明しにくいのは確かでしょう。しかしマクロであろうとミクロであろうと、何かの科学的な思考や推論には、必ず裏付けとなる明白な証拠や根拠がない限り、絶対に「法則」とは呼ばれません。
 何度も言っているように、反進化論学者が指摘する進化論の矛盾などを論理的に反証できるほどの明白な根拠がないゆえに、いまだに「進化論」は「論」にとどまっているのであって、いまだ「進化の法則」ではないのです。

> 私が理解できないのは、「色々な考え方がある」と言いながら、なぜ、ここまで執拗に進化論全体を全否定したいのかというバーソさんの意図です。
 こう言われて、ちょっとギクッとしました。(笑) そうですね。私が執拗に(というより、熱心に)書いているのは、進化論は根拠もなく、証明されてもいない仮説なのに、それは絶対に正しいと思いこんで私のブログに強く書き込んでくる人がいるからですよ。しかも創造論を信じる人間を気違い扱いし、偽善者扱いし、あなたのように「まとも」ではないとか「極論だ」と言うひともいるからですよ。

 私は「考え方はいろいろあるから面白い」と思っていて、進化論もなかなか面白い考え方だとかなり興味深く思っていますが、特に創造論については私の人生をかけて得た信念であり、過去、伝道で散々いたぶられてきたこともあり、ついムキになっているかもしれません。
 この返コメは、割合学術的風に書かれたコメントが来たので、私も論理的に長めに反論しているまでのことです。こういうのはどうしても真面目に考えれば考えるほど、どうしても反論のほうが長くなるのです。それに私の返コメは長いのが特徴なんですね。
 
 私は、ひと様が何を信じようが基本的にほとんど気になりません。本当です。進化論を信じようが創造論を否定しようが、まあお好きな考えをどうぞ、と思っています。だって、どちらも証明できていない仮説なんですから。
 ですから、こうして書いているのは相手を説得しようとか打ち負かそうと思って書いているのではなく、どうして明白な証拠や根拠がない仮説を根拠にして、創造論を信じる者を激しく非難するのかと怪訝に、そして遺憾に思っているので書いているわけですよ。
 自分とは単に意見の違う人間を、まともじゃないと言って非難するのは、異端審問や焚書坑儒や全体主義の思想と似ていませんかね。人間には言論の自由があることを忘れていませんか。何かの理論に反論するのはいいですが、それを言う人の人格を非難するのは、ディベートのルールに反していますよ。

 私は考え方はいろいろあるのを面白がる人間で、それも本当ですが、しかし私のブログに反対意見を強く書き込んできた人に対して、ニコニコして、はいはい、それもいいですね、と何でも肯定するような好々爺を演じるつもりはないですね。
 私の意見への反対意見ですから、私も誠実にきちんと反対意見を述べるのが正しくて、それが礼儀だと思っています。ああどんな意見も結構ですね、なんて返事をしたら相手だって張り合いがないではないですか。きちんとした意見にはこちらもきちんと時間を掛けて答えるのが正しいと思っているのですが、間違っていますかね。
 もし反論されるのが嫌で不快なら、ひとのブログに反対意見は書きこまないことです。それに私は非礼ではない相手に、その人格を罵ったりして誹謗するような言い方は一切してないつもりです。

> 化石その他で証明されている部分も多く、DNAによる分析では、様々な生物が少しずつ変化して進化したことも証明されている
 本当ですか。本当に「進化したことも証明」されているのですか。それは少しずつ変化することの証明に過ぎず、進化の証明ではないのではないですか。変化はするでしょうが、魚類→両生類→爬虫類→鳥類というような種の進化があった、あるいは、あるとは言えないはずですが。変化と進化はまったく別のものですから。もし本当に証明されているのなら、世紀の発見ですから、「進化論が進化の法則になった」と学会が発表し、マスコミが大騒ぎし、教科書が書き換えられるはずです。

 参考までに、進化論は間違いと証明されたという話もありますよ。


地球最期のニュースと資料 In Deep
[特報]ダーウィンの進化論が崩壊 : かつてない大規模な生物種の遺伝子検査により「ヒトを含む地球の生物種の90%以上は、地上に現れたのがこの20万年以内」だと結論される。つまり、ほぼすべての生物は「進化してきていない」。
 今回はこのうちの「ダーウィンの進化論」について、それがついに「全否定」される可能性が強くなったことについての報道です。
 アメリカの科学メディアに掲載されていた記事をご紹介したいと思いますが、この研究の方法もすさまじいものです。かつてなかったもので、誰も想像さえしなかったものです。
 それは、10万種以上の生物種の DNA とアメリカ政府の遺伝子データバンクにある 500万以上の DNA の断片を「徹底的に調査した」というものなのです。
 そこからいろいろとわかったのですが、最も衝撃的だったのは、現在地球にいる大半の生物(人間を含む)が地球上に登場したのは、10万年?20万年前の間だとわかった。そして「中間種は存在しない」ことでした。これはつまり、この地球の生物の90%以上は「それ以前への遺伝子的なつながりがない」ということです。
 もともとがアメリカの AFP 通信社の特報記事として報じられたものですので、日本の AFP にはその後掲載されました。
https://indeep.jp/dna-barcoding-survey-reveals-new-evolution-theory/


 さて、mediciさん。あなたはじつは「通りすがり」さんでしょう。IPアドレスが同じです。違いますか。
 そして、またの名は、あの「motomasaong」さんではないですか。解析からそう推論できます。
 通りすがりさんのコメントは、内容と文体、特に聖書から憎しみを込めた激しい攻撃をしてきて、どうもmotomasaongさんと雰囲気が似ていると思ったのですが、あなたはその人でしょう。
 もし私の言っていることが間違っているなら、どうぞ率直に言ってください。深く深く何度でもお詫びしますから。

2019/04/06(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Trackback

トラックバックURL:https://barso.blog.fc2.com/tb.php/420-a4b7591c

back to TOP