「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 林芙美子「花のいのちはみじかくて苦しきことのみ多かれど」 


 (今回は、林芙美子の有名句に関わる方言風味の話ですが、虫の字を46匹ほど添加しました)

 こんにちは。あたくしは、ちっぽけな虫です。
 名前は、まだありません。
 生まれも育ちも、そこらの草むらか軒下か、とんと見当がつきません。
 日一日と暖かくなるにつれ、虫の知らせで啓蟄(けいちつ)の候を知り、こうして
地面の中から這い出てまいりました。
 この見苦しき面体(めんてい)お見知りおかれまして、今後ともご昵懇(じっこん)
ほどお頼み申します。


   buha.jpg pixabay


 さて、渡る世間には、地上にも空中にも、鬼虫がうじゃうじゃ存在しおります。
一番おっそろしい鬼は、普段は虫も殺さへん顔をしとるおたくら人間様。

 虫の居所でも悪いのか、腹の虫がおさまらへんのか、あたしら虫の姿を見るや
いなや、虫唾(むしず)が走るやら言い、苦虫を噛みつぶしたような顔で、殺虫剤を
ばシューシューッと猛烈噴霧されます。あたくしはどないか逃れてきましたけど、
幾たび泣き虫になり、虫の息になったことで蟻ましょう。

 人とアースを大切にするやら言うて、殺虫剤を虫ケア用品と呼び変えた会社も
あります。でも名称を変えても物事の本質が変わることはあらしまへん。うちら
は、噴魔キラーの一吹き二吹きで緊張の夏を毎年過ごしとるとです。(涙)

 この悲惨なる状況は、ファーブルの魂虫訳聖書の与羽ヨハネ1章1節に「初めに虫が
おった。虫の命は短くて、苦しきことのみ多かった」と預言的に記されとります。

 林 芙美子せんせが、これと似とる「花の命は短くて… 」と始まる句を書いて
おられますけど、人間様は、その意味をちと勘違いされとりませんか。※1
 林せんせは大変な貧乏を経験されたお方。元の詩は、ごっつう明るか人生観を
示しとるとですよ。


 風も吹くなり 

 雲も光るなり

 生きてゐる幸福は
 
 波間の鴎のごとく   
鴎(かもめ)

 漂渺とたゞよひ
    縹渺(ひょうびょう=広く果てしないさま)

 生きてゐる幸福は

 あなたも知ってゐる
 
 私もよく知ってゐる

 花のいのちはみじかくて
 
 苦しきことのみ多かれど

 風も吹くなり
 
 雲も光るなり


 人間の命を「花の命」に例えたちゅうことは、命は花のように美しいと考えて
おられたのでしょう。
 ここでは「苦しきことのみ多かりき」と言うて、嘆いて終わっとるのやなしに、
多かれど」しかし「風も吹くなり、雲も光るなり」と言うて、現状を肯定して
明るく終わっとります。

 人生は短くてしんどいことが多いが、ちょっと外を眺めれば、風はいつも吹い
て爽やかさを与えてくれてる。雲はいつも光っとって、お日様の恵みを示してる。
ああ、生きていることは、ほんま、幸福やなあ。暮らしは苦しくても、なんとか
まあ頑張れるジャンと思うとるわけでしょう。
 せやけど、ばってん、で御座います。
 あたくしら虫族の場合は「虫の命は短くて苦しきことのみ多かりき」ですから、
ああ無情ジャンバルジャンと思うとるとです。ぐすっ。

 うちらの寿命をご存知でっしゃろか。カゲロウ君の大人ですと、たった一日か、
種族によっては数時間程度どす。 
 そない短い人生だと、悪い虫がついても簡単には追い払えず、獅子身中の虫を
取り除くこともできまへん。 

 玉虫色でもええから立身出世をしたいという、点取り虫や勉強の虫や本の虫も
おることはおります。
 オオクワガタ君などは蓼(たで)食う虫が好きな人間様から一千万円の値が付けら
れたと自慢してエヘン虫になっとりますが、それがどないしたちゅうのでしょう。
 無駄に金を使う金食い虫になれても、死ぬときは身一つ。虫明亜呂無せんせも、
手塚治虫せんせも、生まれたときも死ぬるときも身一つであったはずです。

 一寸の虫にも五分の魂と申します。わてらだって生きとる間は、自分探しで他
所の土地に行きます。そないしたら、まあ、お邪魔虫にされ、虫ピンにされ、虫
干しにされ、酷世のひっつき虫にされ、害虫だ、毒虫だ、水虫だ、おしりかじり
虫だ、飛んで火に入る夏の虫だ!と、虫刺されにムヒヒな目に遭わされるさかい、
弱虫のあたくしは塞(ふさ)ぎ虫になっとるんやああああ。(号泣)
 

 ああ、飛んでいきたいなあ。自由に、大空の彼方へ――――ぐすっ。

 あたくし、死んだら次は羽のある秋津トンボに生まれ変わって、秋津島ニッポンの美しい野山
を自由に飛び回るのが夢なんです。※2


   tonb.jpg pixabay


 死んで極楽トンボになっても、すぐ地球にトンボ帰りをする輪廻転生の話にで
も落とすのだろう、ってお思いですか。
 いえ、そない虫のええオチは付けまへん。口幅ったいようですけど、それまで
は、虫らしく無私の愛を示していきたいと思うとります。もちろん半分は願望で、
半分は予定にして未定ですけどね、あはは。

 今、あたくしは、地上の狭い了見に縛り付けられず、自由に大空を飛び回れる
新しい生き方を想像……するだけで、うふふ、めちゃ幸せな気持ちです。

 あ、いやいや、そうやおまへんやった。
 今でも、その新しい生き方はできるのやった。
 そうです。
 今でも、新しい自由な生き方は、自分の自由意思で選択できるので御座います。





>蛇足―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※1:出典『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』村岡恵理(著)マガジンハウス 285、286ページ
http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000052572
※2:神武天皇が山頂から国土を一望してトンボの交尾のような形だと述べた日本書紀の記述から、
日本の国土は「秋津洲」の異名を得たとされ、そこからトンボが「秋津」と呼ばれるようになった。
ちなみにメシヤ(キリスト)イエスは、侮蔑的に「虫」と呼ばれることが旧約聖書に預言されている。
→詩編22章6節「しかしながら、私は虫であって、人ではない。人にそしられ、民に侮られる」
ご注意。この話はフィクションであり、実在する会社や団体、個人とはなんら関係はありません。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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ファーブル先生も真っ青!

並んだ、並んだ“虫46匹”。
中でも可愛い“pixabay虫”。
人面の、こんな可愛い虫ならペットにしたいと。(笑)

(((ʘ ʘ;)))ほぉ!
『ファーブルの魂虫訳聖書』なるものがあっとね?
数時間程度の寿命のカゲロウ君。
一千万円の値がついたオオクワガタ君。
虫の世界さえ、格差が顕著ですと?

それでもカゲロウ君の寿命を思えば、
人間属のそれは永遠に思えますばい?
ほんなこつ、ものは考えようですたい。

ほんなこつ『週刊バーソ』は、よか雑誌たいねぇ。
46匹の虫かまして生き方を説くなんざぁ、
誰にもできんと。スゴかぁ!(笑)



2019/03/02(土) |URL|風子 [edit]

誤解していました

バーソ様
おはよう御座います。

原文を読んだことがないので花の命は誤解していました。
いくら美人でもすぐに婆婆になって死んでいくという意味かと思っていました。

虫に関する言葉を集めましたね。ボキャブラリーの多さに感服です。
同じ虫でもクワガタ虫とゴキブリでは扱いが違います。見かけはよく似ているのに。
ゴキブリに生まれてくるのは不幸です。
人間でもそういう人種の例がありますね。

最後は極楽トンボという言葉が出てくるかと思いましたが出てきませんでした。
ムシロ読者に想像させたのでしょうか。

愛新覚羅

2019/03/02(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: ファーブル先生も真っ青!

風子さん コメントありがとうございます^^)
 あはは、全編が模範的な大阪弁のコメント。そうか、風子さんに校閲と監修をお願いすれば大阪弁は完璧になったなあ。大阪弁の知り合いが過去も今も一人もいないので私には難しいのです。
 追伸(訂正)
 と、先入観で思ってしまったのですが、あらら、熊本弁でしたかね。失礼しました。


 最初は寅さんの「生まれも育ちも東京葛飾は柴又で」の口調を真似ようか、あるいは漱石の「吾輩は猫である」を真似ようかとも思いました。そのニュアンスがイントロ部分に少し残っていますが、あまりピンと来なかったので、次は翻訳サイトを利用して全編を大阪弁にしてみましたが、これもあまりピンと来なかったので、最初は標準語で、だんだん興奮して地が出てきて、熊本弁が混入し、京都弁もちょっと入るようにし、最後は気を取り直して標準語になるようにしました。

「何々どす」という言い方は京言葉ですが、舞妓か芸妓はんぐらいしか使わないそうですね。私は大阪弁とか京都弁、神戸弁などの区別がつきまへんと言ったらいいのか、つきはらしまへんと言ったらいいのか、つきない疑問です。(笑)

 画像は写真だと、私は虫が苦手なので気持ち悪い。どうしょうかと思ってフリー画像を探していたら、この「pixabay」サイトにこの2枚が見つかったので、使わせてもらいました。まあまあ気に入っています。

 ウスバカゲロウ。寿命が短いので陽炎のようだというのが名前の由来だという話もあるようですが、こんな儚い人生もあるのですね。「儚」の字は人偏に夢。虫偏に夢がカゲロウの字でもいいような気がします。

 人生七十年か八十年。これは3000年ぐらい昔の旧約聖書に書かれています。その頃から人間の寿命は変わってないのですね。詩編90編9,10節です。

 われらが年をふる日は 七十歳(ななそじ)にすぎず
 あるひは 壯やかにして 八十歳(やそじ)にいたらん
 されど その誇るところは ただ 勤勞と悲しみとのみ
 その去りゆくこと速かにして われらもまた飛去されり

2019/03/02(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 誤解していました

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)

 私も「花の命は短くて」の元の詩を知る前は、意味を誤解していました。でも作者はどう見てもあまり美人とは言えそうもない顔なので、美人でも容姿が衰える意だとは思わなかったですよ。
 いま検索してみたら、若い頃はそう悪い顔でもないみたいですね。むしろ、いいほうかもしれません。大変失礼しました。
 http://www.pref.yamaguchi.lg.jp/cms/a19300/literary/hayashi.html
 しかしそれにしても、どういうわけか作家には美人が少ないですね。漫画家には多いのですが。

 そうですね。クワガタとゴキブリでは、人生はえらい違いになりますね。人間も、どの国に生まれてくるか、どんな親に生まれてくるか、どの時代に生まれてくるかで、ずいぶん人生は変わるのでしょう。独裁国家やアフリカに生まれたら、こうしてブログを書くことも読むこともできません。
 人生いろいろですが、でも大局的な観点から見れば、それが面白いのだという見方もありそうだ、と考えることもできるのは、私が今の時代の日本に生まれたせいも一つありそうです。

 あー、なるほど。極楽とんぼがありました。ムシロというより、ぜひそうします。そうさせていただきます。で、以下のように追加しました。お陰様で数が47個。いい数字になりました。

 死んで極楽トンボになってもすぐ地球に「トンボ帰り」をする輪廻転生の話にでも落とすのだろう、ってお思いですか。

追伸(訂正)。
 いや、虫の字の数は変化なしでした。数は46に戻しました。

2019/03/02(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは

おお、虫だらけ!
関西弁、京都弁、博多弁・・・まあたくさんの放言・・・、
じゃなかった方言。
バーソさんはいろんな場所に住んでたのですか。
京都弁とか船場の言葉(細雪)好きですね。
今回は方言と虫のダブルの言葉遊びですか、大変だった
ですね、苦しきこと多かったでしょ。(笑)
私は「・・・多かりき」しか知りませんでした。
検索して「・・・多けれど」との経緯を知りました。
この未発表の詩いいですね、シンプルで美しい。
人生いいときは短く苦しいいことが多くても
誰でも風や雲の光も感じとれる。
それなら人生も捨てたものではない。
虫は世界中いたるところでに繁栄していてある意味、
進化的にも最強の生物かも知れません。
でも人は虫も食べられるということを最近知ってしまった。
虫も苦しきことのみ多かりきになりそう。

2019/03/02(土) |URL|エリアンダー [edit]

Re: こんにちは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
 まっ、「放言」とは、なんということを! 放言じゃないです、呆言です、呆言。ちなみに、日常生活が乱れることを呆言の乱と言います。(笑)

 私は大分県育ち、小5から東京ですので、他の地方の言葉は知らないのですが、ネットは便利なもので、よく翻訳サイトのお世話になり、それをアレンジして記事を書いています。それにしても、普段、大阪弁があまり上品なイメージを持たれないのは、ヨシモトのお笑い連中がつまらない話で悪ふざけをするせいじゃないですかね。

 京言葉は特に女性が使うと品性が良さそうで、いいですね。船場の言葉は商人言葉なので、丁寧さをモットーにしているのでしょうか。お嬢さんのことを「いとさん」と言ったり、「こいさん」もそうでしたか。これは「小いとさん」の略だそうですが、フランク永井の歌に「こいさん」とあって、恋さんの意かと思っていました。
 
 さて、「花の命は短くて苦しきことのみ多かれど」のあとがいいですね。「風も吹くなり、雲も光るなり」。日常は平穏に流れている。自分も自然の流れに乗ればいいというように感じます。ですが「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」も日本人独特のもののあわれの余韻があってなかなか良いと感じます。諸行無常の感覚や判官贔屓の感覚とちょっと似ていませんか。

 虫が食用にされた聖書の事例は一つあります。イナゴです。サロメの策略で首を切られた洗礼者ヨハネと、預言者エリヤは荒野に住んで、イナゴと野蜜を常食としていました。イナゴは約75%が蛋白質なので、野蜜を添えると非常に栄養価の高い食事になります。
 イナゴは古代のアッシリア人やエチオピア人にとってご馳走でした。現代でも、ベドウィンやイエメン系ユダヤ人はイナゴを食べています。イスラエルでは、イナゴは貧しい人の食物とみなされていました。エビやカニの味がするのだそうですが、私は食べて見たくはないです。

2019/03/02(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

天才

という言葉があまり好きではないのですが、
思わず「天才」と呟いてしまっていました笑


虫たちが愛おしくなるような、
センスとユーモアで溢れた、
読み終えるのがもったいないくらいの作品で、
この能力があったならぼくは、
小説家になれたかもしれないなあなどと妄想しました(´ω`)

2019/03/02(土) |URL|友資 [edit]

Re: 天才

友資さん コメントありがとうございます^^)

 おやおやおや、ずいぶん身に余る誉め言葉をいただきました。言葉に巧みなひとから褒められると、話半分であってもうれしいですね。
 こういうときの返コメは難しいので「ことば」について少し書くことにします。
「はじめにことばがあった」とはヨハネ福音書1章1節にある聖句ですが、この「ことば」のギリシア語はロゴスです。
 ロゴスとは、英語のエコロジーとかバイオロジー、テクノロジーなどの「ロジー」にあたる言葉で、単に「言葉」という意味だけではなく、多様な意味合いを含んでいます。
 Wikipediaには、ロゴスは「言葉、言語、話、真理、真実、理性、 概念、意味、論理、説明、理由、定義、理論、思想、議論、論証、言表、発言、説教、教義、演説、質問、伝達、文字、文、口、声、名声、理法(法則)、原因、根拠、秩序、原理、自然、物質、本性、神、運命、熱意、計算、比例、尺度、比率、類比、算定、考慮などの意味で、転じて「論理的に語られたもの」「語りうるもの」という意味で用いられることもある。」と書かれています。
 ロゴスはミュトスと対比して用いられます。ミュトスは人が語る空想などの物語を意味しますが、ロゴスは知的な論証のことばです。ですからイエスは「言葉」すなわち神の「代弁者」あるいはメッセンジャーであったとも考えられますが、比類なき智慧を有していた神的な人であるとも考えられます。

 その大元の神の言葉については、「神の言葉(ロゴス)は生きていて、力を及ぼし、どんなもろ刃の剣よりも鋭く、魂と霊、また関節とその骨髄を分けるまでに刺し通し、心の考えと意向とを見分けることができます」(ヘブライ 4:12)と書かれています。
 真実の言葉は、心を動かし、人が実際に正しい原則に従って生活しているかどうかを明らかにするのでしょう。

2019/03/03(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

「むし」で検索したら同音異義語は余り無かった

 こそこそこそ。こんにちは。蟲です。何処からともなく何となく訪ねてきましてた。あ、そこ、いきなり無視しないで、ああ、扉閉めちゃ駄目です。まだ中に入ってません。え゛、入って来るな?ごあいそうですね。今日は虫の居所が悪い?じゃあ、しょうがないですね。お宝の在り処をお教えしようと思ったんですが。
 あ、ゆっくりしてけ?そりゃありがとうございます。お茶まで出してもらってすみません。深蒸し茶ですな。請けは蒸しパン。こりゃ結構なお味で。まあ、どうせお宝が目当てでしょうが(ボソッ)。あ、そんな事ありませんか。流石は音に聞こえたバーソ様、公平無私の聖仁であらせられます。お庭なんかも結構ですな。苔生した岩なんかも風情があって。おや、あれは氏神様の魂柱ですかな。先祖を大切になさっていらっしゃるのですな。ならばこそ子孫繁栄、無嗣断絶の憂い無し。しかしバーソ様はクリスチャンと聞いておりましたが。あ、どうせ日本人は信仰もちゃんぽん、混注上等。無始の世界の根本は同じ。なるほどなるほど。深いご高説賜りました。
 おや、テレビでは野球中継ですか。今日日珍しいですな。オープン戦ですか。無死満塁。こりゃ面白い。ですが、わたくしそろそろネタの限界な様ですのでこれにてお暇致します。え、お宝はどうなった?はい、今テレビに映ってます。ダイアモンドって駄洒落かって?いやいや、ちゃんと黄金虫がグラウンドの芝生に埋まってます。

2019/03/03(日) |URL|musi.key [edit]

Re: 「むし」で検索したら同音異義語は余り無かった

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)

 あはは、そない来たんやか。こそこそこそだなんて、くすくすくす、ごっつうおもろい言い方をされまんねんやなあ。まあ、汗びっしょり。今日は雨の中、東京マラソンを信号無視で走ってきやはったんか。ビニールのレイン合羽の中は布団蒸しのように蒸し暑かったでっしゃろ。私は無資格やなので、たとえ無試験でも無償参加OKでも、がむしゃらの武者走りはできまへん。
 さあ、深蒸し茶(既出)には無脂肪牛乳がよく合いまっせ。どうぞ蒸しパン(既出)と蒸し羊かん(初出)も遠慮なく手でむしり取ってムシムシャとむしゃぶり尽くしてください。なに? 辛口のものは無いのか。できればラムしゅがいい。うーん、さすが、無思慮な生き方や酔生夢死の生き方を嫌うお方やねえ。なんなら朝の残りやけど、クリームシチューがあるんやが。え、けっこう毛だらけ。毛毛だらけですかいな。はいはい。
 あ、庭には出んといておくんなはれ。そこの花むしろに座るとマムシが食いつくかもしれんやろから。いえ、たむしはおりまへん。安心しておくんなはれ。秋やったら、まつ虫の声がチンチロリンと聴こえるワケやろが、今はこの時期、は寝ておりまひょ。
 あ、その掛け軸は、占部麻呂ではなく、阿倍麻呂の和歌や。いや、和気広だろうってですか。違いますって、むしゃ小路実篤ですってば。あ、さっきとは名前が違うだろってですか。まあまあ、小のを殺して大のを助けると言われまんねん。どうか腹のを納めておくんなはれ。と書いてたら蛆を思い出したんやけど、これも本文で使えばよかったなあ。
 と、まあ、無我無心、虚無主義で達観しておられるmiss.key殿も、どーぞ芸のに励んでおくんなはれ。
 あ、もうお帰りで。ホームシックか、マイホーム主義ですか。違う。心寒ざむしくなったから、ですか。それはそれは、えらいすまんことでしたなあ。

2019/03/03(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

目にもとまらぬほど 小さな虫に生まれて無視されて
かまってもらおうと 飛び回ったら蝿叩きで殴られて
霧のような毒水を掛けられて 虐待されて死にました
次は生き方を選べる人間に生まれたい と神様に頼み
人間に生まれたのは良かったが 親に酷く虐待されて
生き方を選ぶ前に 親を選べずに死んでしまいました
花の命じゃないけれど 苦しき事のみ多いこの世なら
次はいっそ生まれずに あの世で気持ちよく寝てます(笑)

2019/03/03(日) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)

次は生き方を選べる人間に生まれたいと神様に頼んで
人間に生まれたのは良かったが親にひどく虐待された
それってあんまりじゃないですかと神様に質問したら
神様が言うには、お前は物凄い苦難があったとしても
そんなことには負けない強い人間になりたいと言った
だから私は苦難多き人生になるように設定したのだよ
お前も天国でのんびり暮らしたくはないと言ったはず
つまりそうなるようにお前がセッティングしたのだよ
だからお前は我慢と忍耐力をもっと発揮すべきなのだ
地上で怖ろしいことが起きても耐えるべきだったのだ
ゲーム上級者は難度の高い障害ゲームを楽しむものだ
数々の難問をクリアしてさらに上に昇ることを楽しむ
お前を困らせる人はじつに嫌な役を選んでいるのだよ
その人はお前の進歩のために悪役をやってくれている
その人は本当はすごい愛のある人だとは思えないかな
それとも生まれ変わらず天国で気分よく寝ているかい
温室でぬくぬく無為に生きる人生を本当にしたいかな
エベレストにエレベーターで登ったらつまらんだろう
毎回ホールインワンで毎回ホームランでは面白くない
高度な人間は難問を解決して達成感と充実感を味わう
次はもっと悪い環境で生まれて頑張ろうと思えないか
世間を恨まずにただただ人々を愛するよう努めなさい
そうすれば次は人々から愛される楽しい人生を送れる
そのうち進歩して聖なる天使になれるかもしれないよ

2019/03/03(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2019/03/04(月) || [edit]

変えちゃったのね

林芙美子は読んでいませんでした。
それなのに知っている気がするのは、どこかで引用されていたからだと思います。
<苦しきことのみ多かりき>と覚えていました。不覚。
引用した人が変えちゃったんでしょうね。

<渡る世間に鬼は無し>も、とあるテレビドラマのせいで、
<渡る世間は鬼ばかり>と思い込んでいる人が増えました。
悲しいです。

2019/03/04(月) |URL|しのぶもじずり [edit]

Re: 変えちゃったのね

しのぶもじずりさん コメントありがとうございます^^)
 
 私が調べた限りでは、「苦しきことのみ多かりき」の言い方は、本人が好んで色紙に書いて、いろんな人に渡していたようです。
 元の詩は、林芙美子没後に、生前交友があった村岡花子(赤毛のアンの訳者)宅の遺品の中に発見されたそうです。

 詩のままに「苦しきことのみ多かれど」では、まだあとが続く言い方なので意味が分からないので「多かりき」にしたのでしょうか。でも「多かりき」で悲し気に終わるのもいいような気がします。

 橋田壽賀子脚本のドラマ「渡る世間は鬼ばかり」は、相手のことを鬼だと思う自分がすでに鬼なんだ、自分が鬼でなかったら相手のことも鬼だと思わない、という意味が込められているそうですが、古歌の本歌取りのようで、うまいタイトルだと思います。タイトルを見た瞬間、ハッとしますから。

 乙武洋匡さんの本「五体不満足」と似ていますね。この本は読んだことがありますが、あまり面白いとは思わなかったです。他には「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」もそうですね。これは人間は平等だという話ではなく、だから勉強して勝ち抜けという学問ノススメです。また「情けは人の為ならず」も誤解されやすい有名句ですね。

 前々回の「リスト」の件。ありがとうございました。掲載最後の日の金曜日に本文を直し、さらに翌日の更新日(前回)には「訂正とお詫び」を入れました。

2019/03/04(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2019/03/06(水) || [edit]

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2019/03/07(木) || [edit]

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