「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 汁掛け飯の食べ方は、ひとの人生観を示している。 

 え~、『マンマ・ミーア』という ABBAアバ の曲がありまして、イタリア語を直訳
すれば「私のママ」で、「Oh my God/なんてこった」と同じ意味で使われてい
ますが、それとは似て非なる「ねこまんま」の噺でしばしお付き合いを願います。
            __________

「ちわー、ご隠居。相変わらず、食う寝る寝る寝る遊ブ~でしょう」
「おや、熊さんか。今日も年寄りをぶーたれに来たな」
「いえ、その、おいしい生活をしてるようで、けっこうなこって」
「そういえば、もうすぐお昼だな。ねこまんまでも食べていかないか。うちのは
おいしいぞ」
「もう、ご隠居っ。ペットフードは遠慮します」
「いや、広辞苑によれば、ねこまんまとは、ねこに与えるご飯のように、味噌汁
を掛けたり、削り節を散らしたご飯のことをいう」
「じゃあ、山海の珍味が入った豪勢な味噌汁掛けご飯でもいただけるんで」
「まあな。山の幸はネギ、海の幸はワカメだが、味噌汁はおとといの残りをチン
して温め直せば今日が三回目」
「やだ、それが三回のチン味ですか」
「あはは、電子レンジは便利なものだ。チーン! おや、ばあさん、もう二人分
出来たのかい。では、熊さん、おでんもあるぞ。ご飯は柔らかめのゆめぴりかだ。
さあ、自分で味噌汁を適量掛けてお食べなさい」


  tug4.jpg

 というわけで、汁掛け飯の食べ方で人生観や性格が垣間見えるという話に発展
しますが、五タイプほどありますよ。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
北条式、バーソ式、そして、やっちゃえ式の汁掛け飯の食べ方。

《a》
「やはり、熊さんは、ご飯に味噌汁をドバッといっぺんで掛けるんだね」
「へい、あっしは七面倒くせえことが嫌いで」
「直球勝負タイプだな。さっぱりしていて分かりやすいが、こんな話を知ってる
か。戦国時代、汁掛け飯は、ご飯のお代わりを断る『ごちそう様でした』の意味
も兼ねていた」
「はあ、食事のマナーみてえなもんだ」

  
ljh8i.jpg  

《b》
「あるとき、北条氏康が、息子の氏政がご飯に汁を二度も掛けたのを見て嘆いて
こう言った。『飯に掛ける汁の分量も量れぬ者に、国の方針や家臣の思いが推し
量れるはずがない。ああ、わしの代で北条家も終わりだ』とな」
「確かに、毎日食べてて分からねえのは変だ」
「実際、その言葉の通り、秀吉に攻められて北条一族は氏政の代で滅んだ」
「はあ、頭を使わない食べ方は自己破滅タイプですかね」

  ki3.jpg

《c》
「ところがな、以前、大河ドラマでは脚本家が他の解釈をして、氏政にこう言わ
せたそうだ。『食べる分だけ汁を掛ける。少しずつ、少しずつ。これがわしの食
べ方じゃ。北条の国盗り、ゆっくり味わおうではないか』とな」
「はあ、少しずつ食べる人は人生をゆっくり味わってるんだ」

  
ljg5.jpg 

《d》
「例のバーソも、こんなことを言っとるぞ」
「バーソなら、汁じゃなく、つばを眉にたっぷり掛けて話を聞いたほうがいいん
じゃねえですか」
「まあ、そうかもしれんが、こう言ってるな。『汁をいろいろ掛けたり、混ぜる
具材をいろいろ試せば、新しい食べ方が発掘できる。とにかく良くないのは、何
も考えないで、ただただ従来の方法に従っていることだ』とな」
「はあ、好奇心が旺盛なのか、古臭いことが嫌いなのか」

  bhg5.jpg

《e》
「しかし頭が固い人、ひとの益を考えない人、意欲的に働かない人。そんな人が
社長や役員になっているような会社はうまくいかないなあ。自分の天下り先しか
考えてないような役員は、会社の借金を増やすだけだ」
「ご隠居。年俸を一億円もらってる無能な役員が十人いるより、十億円もらって
る有能な社長が一人いるほうが会社にとってはずっといいですかね」
「うむ。そうなら十億円の報酬は高くないかもな。ただし、弊害もある」
「害があるんですか」
「ある人が『少量のご飯に汁をちょっぴり掛けて質素に生活し、みんなで痛みを
分かち合おう』と言ったとしても、じつは自分は何十億も裏金を作って、甘い汁
掛けまんまを食べている場合もあり得る」
「これは、やっちゃえタイプというか、ねこばばタイプだわ」

  kgd4.jpg

「奢れるもの久しからず、ただ春の世の夢のごとしになるか、あるいは証拠がな
いようになっているのかもしれんな。ともあれ、権力は長く続くと必ず腐敗する。
あんまり偉くなりすぎるのも恐いもんだなあ」
「へえ、あっしは大丈夫です。ご隠居も全然心配ねえだす」
「しかしなあ、熊さんよ。人間、万事塞翁が馬。何か悪い事態になっても除夜の
鐘の音のようにgoneと過ぎ去り、春になれば良い状況が Spring has comeとや
ってくる。体験は学んで活かせば、すべて良い体験になる。だから、どんな人の
人生にも失敗は無い」
「はいはい、あっしは失敗だらけ、ねこ灰だらけ。ご隠居、ねこまんま、ごちに
なったので帰ります」
「うむ、おまえさんは食べたらすぐ居なくなるな」
「へえ、これがほんとの居ぬまんま」


  

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※この噺は一応フィクションであり、実在の人物・俳優・団体等と関係があまりありません。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
関連記事

COMMENT FORM

  • URL:
  • comment:
  • password:

勉強になります

バーソ様
おはよう御座います。

落ちが犬まんまですか。これは見事です。
さて北条氏の話は知りませんでした。
最近歴史が好きになったにわか者ですから仕方ないと思いますが有名な話なのでしょうね。勉強になります。
夏から秋にかけて放射線治療の副作用である味覚障害に苦しみました。
そのときに汁かけご飯の世話になりました。
味がわからないのでかき込むだけです。その場合には最良でした。

愛新覚羅

2018/12/15(土) |URL|aishinkakura [edit]

懐かしき“猫まんま”

きゃあ、懐かしい!
子供の頃、嫌いなおかずのときは“猫まんま”か、
“ふりかけ”でした。(笑)
食べ方はaの直球勝負型タイプ。性格まる出しです。

>「へえ、これがほんとの居ぬまんま」

上手い!座布団三枚!
ってか、田舎ではワンにも猫まんまやってましたが、
イヌまんまとは言わなかった。なぜ?
大人になると、汁かけご飯は食べなくなりました。
豊かになったものですよねぇ。

おかっぱ眼鏡の猫おじさんこと藤田嗣治。
マンガチックで絵になりますね。
乳白色の下地に細い墨線で描く女性やニャン。
独創的なので私でも、すぐに彼の作品だと判ります。

2018/12/15(土) |URL|風子 [edit]

おはようございます。

猫ブロガーとしては、何とか絡みたい・・・。

と言うことで、記事内容は、賢人たちの皆様にお任せし、私なりに(*^▽^*)

う~ん。

猫好きって美人が多くありません?
うふふ。
綺麗な女優には、猫がお似合いのようで(^_-)-☆


それとも、心さみしいおばちゃん、おじちゃんとも言えますか?


2018/12/15(土) |URL|Miyu [edit]

Re: 勉強になります

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
 落ち、お褒めいただきありがとうございます。今回はいつもより少しマシだったかと自分でも思っています。

 北条氏の逸話は面白いですね。ちょっとしたことに人間の器量が出るということなんでしょう。戦国時代には戦災や飢餓が多かったので、ねこ飯は庶民や下級武士の主食だったそうです。残り物を無駄にしないでいいのと、食べる時間が速くて済むので、ファストフードのように重宝されたのでしょうかね。
 汁をかけた飯をねこまんまと呼ぶ地域は主に西日本に見られ、他の地域では、汁掛けご飯、ぶっかけご飯、犬飯などとも呼ばれるそうですよ。

 食べるものの味を感じないと、食事の時間がじつに味気なくなり、苦痛になりますね。私も肺結核になったときは、何を食べても不味くて、口に入れて噛むのは噛めるのですが、でも飲み込む気が起きなかったことがあります。
 味覚障害は少しは良くなったでしょうか。早く回復できるといいですね。

2018/12/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 懐かしき“猫まんま”

風子さん コメントありがとうございます^^)
 子どもの頃、嫌いなおかずがあったのですか。食べるものは好き嫌いが全然ないように見えますが、大人になってから直したのですかね。直球勝負タイプは、多分そうだろうと思っていました。

 私の家では、子供の頃はおばあちゃんが食事を作っていて、簡単なおかずでお茶漬け専門だったので、私もお茶漬け専門になりました。結婚してからは、やかましく注意されたのでお茶漬け癖は直りましたが、しかし今でもお茶がないとご飯が食べられません。一回の食事のときには湯呑にニ三杯は飲みますね。消化吸収は良くないと思うのですが。

 いぬまんまという言い方は少数派ながらあるみたいですね。しかし、ねこまんまのほうが多いのは面白いものです。

 それにしても昔は家で飼うイヌににしてもネコにしても人間の残飯ばかりで、ほとんどほったらかしにされていましたが、今はペットフードが各種あり、着飾るものがあり、散歩があり、ペットにもいい時代になりました。

 藤田嗣治の絵は私も好きですが、子供の絵だけはどういうわけか、みんなブスでかわいくないのが不思議です。しかし髪形とちょびヒゲ。この人はおしゃれですね。この顔で、けっこうモテたらしいですが。

2018/12/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: おはようございます。

Miyuさん コメントありがとうございます^^)

 ネコ好きは美人が多い説。ああー、これは同意しかあり得ないじゃないですか。お愛想でもそう言わないといけませんし、実際にもそうなんでしょうし、特にMiyuさんの場合はまったくのところそうなんですから、ね。(*^^)v

 イヌはニコニコして尻尾を振って甘えますが、ネコは何かを考えているようなすまし顔で愛想なし。なのにネコを飼っている人は、ネコの顔がかわいいからという理由が大きいのでしょうか。類は類を呼ぶ、似たもの同士、同じ穴のムジナ、合縁奇縁、不思議な巡り合わせ・・・があるのは、人間同士でもそうなのでしょう。
 あ、いや、心さみしいせいもありますか。うーん、なんだか、ちょっとしんみりしてきます。

 じつはMiyuさんちのネコ画像をお借りしようかとも思ったのですが、たまたま藤田嗣治の写真を発見して、これがインパクトがあったので、その関連で女優の写真になったんですよ。

2018/12/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おいしい汁かけご飯♪

ユーモアたっぷりの汁かけご飯、ご馳走様でした^^

読後の感触だと、自分はdタイプかなという印象が残ったのですが、
しばらく寝かせて、改めてコメントを書き始めてみると、aタイプのようにも思えてきました。
でも、ときにはcタイプのように食べたい気分のときもあるし、
考え事をしていてbタイプのような、いつもならしないようなさじ加減のミスをやらかすことも。

つくづく、人間て複雑な生きものですね。
けれどもバーソさんの物語には、
人間の複雑さを包み込むようなあたたかさを感じます^^

2018/12/15(土) |URL|友資 [edit]

こんばんは

言われてみれば、「マンマ・ミーア」ってネコマンマのイタリア語訳みたい。
ABBAは好きでした、フリがかっこいいんです。
今回、再結成にあたってインタビューを見ましたがBABAになってました。(笑)
ネコマンマの食べ方、私は熊さんと同じですね、早食いだし。
バーソさん流は、人生で成功する食べ方ですね。
従来の方法を踏襲すればろくなことがないです。
ゴーンさん一時懲役10年などと言われましたが、なんだか
不起訴のうわさもあります。
日産をネコマンマのように食いまくって不起訴って納得いかない。
ネコマンマは無作法だとまわりからよく言われました。
でもヘタな食事よりおいしかったりします。
そういえば、子供の頃、ご飯の最後に茶碗ご飯を少し残すというのがマナーと
教わりましたが、残すのはマナー違反とも言われます。どっちだろ?
あっ、それからソフィー・マルソー、サンドラ・ブロック好きな女優さんです。

2018/12/15(土) |URL|エリアンダー [edit]

Re: おいしい汁かけご飯♪

友資さん コメントありがとうございます^^)
 友資さんは江戸川乱歩の『怪人二十面相』みたいに、あるときは好奇心旺盛、あるときは直情邁進、あるときは悠々自適、またあるときは無念無想・・・。で、その正体は、いろいろ変わったっていいじゃないか、人間だもの、というタイプでしょうかね。(笑) 
 確かに人間のタイプなんて言っても、ひと口でこれがそうだと言い切るのは難しいでしょう。人間一人の人の中には、愛もあれば憎しみもあり、歓びもあれば悲しみもあって、人間は多面的な感情や思考を持っているからこそ、一人ひとりの存在価値があるとも言えるのでしょう。
 もし世界中の人全員が同じことを感じ、同じことを思うなら、それが立派で美しいことだとしても、これまたちょっと気持ち悪い社会になりそうです。

 アンドレ・ジイドの『狭き門』にはアリサとジェロームという純愛カップルが出てきます。アリサは人間にとって《聖》であることが一番重要だと信じていたゆえに、恋人と結婚して幸せになるという世俗的な生き方を捨てることを選びました。
 しかし実際にはこういうピュアな事例は珍しく、後に聖人と呼ばれるようになった人でも、若い頃は自分の欲望を抑えることが出来ず、時には放蕩の限りを尽くし、良心の責めを強く感じ、それがかえって聖人になる契機になったりしたようです。そんなことを思うと、人生の様々な喜怒哀楽の体験とは、いかに善いものかなと思いますね。
 それにしても、本当に人間というのは複雑な生き物で、だからこそ人間であることが面白いとも思いますね。
 いつも温かい励ましのコメント、ありがとうございますね。(^_^)

2018/12/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: こんばんは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
 ABBAの曲はみなテンポが軽くて快調でいいですね。体が弾んできます。私の音楽プレーヤーにもアルバムが一つ入っています。真っ先に思い出すのは「Dancing Queen」とか「Take A Chance On Me」ですね。
 でもあれから四十年、は経ってないか、いや、それに近いくらいは経っていて、もうBABAになってましたか。あははは。私がそう言ったら、JIJIには言われたくないって言われそうです。

 食べ方のバーソ流は、そういうことを考えるのが好きだという話で、基本的には私も直球タイプです。同じく早食いで、風呂は烏の行水です。コース料理なんかで、もったいぶって時間をおいて一品一品出てくるのは、まどろっこしくてだめです。

 ご飯を少し残すのがマナーだというのは、よそのお宅でお呼ばれした場合じゃないですか。お代わりをするときにお茶碗にご飯を少し残しておけば、よそう分量が減るからで、コメが貴重だったときの慣習が曖昧に残っているんじゃないでしょうか。
 私は子どもの頃、家では米粒を一つでも残すと、お百姓さんに申し訳ないとおばあちゃんに叱られたので、今でも一粒も残しません。

 あの人は不起訴ですか。アメリカなら陪審員裁判なので、ほぼ間違いなく有罪になりそうですが。

 ここの女優では、最後の一人以外はみな好みですね。ソフィーの下の女優はジェーン・フォンダです。映画は『バーバレラ』しか覚えてないですが、まだ存命なんですね。80歳だそうですよ。

2018/12/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

れしぴ

  猫まんま
白いご飯に残り物の味噌汁をかけて

  雑炊
猫まんまを鍋にかけてひと煮たち

  おぢや
雑炊を更に煮込んで

番外編
  そのまんま
白いご飯とみそ汁を別々に

2018/12/16(日) |URL|miss.key [edit]

Re: れしぴ

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
 おお、性格分析で来るかと思っていたら、ちょっと外して、こう来ましたか。なるほどなるほど。猫まんま→雑炊→おぢやの3段階レシピ。順に過熱していけばよいというわけですか。よく思いつきましたね。

 私の子供の頃は、つまり九州では、おじやとは雑炊のことでした。だから方言かと思っていたのですが、炊いたご飯を洗うか洗わないかで呼称が違うという話もあるようです。いまではオリーブオイルやバターなんぞで炒めてスープで味付けしたものをリゾットなんて言って、若い女性には好まれるのでしょうが、私なんぞはやはり味噌味か醤油味でないと食事をした気分になれません。

 番外編「そのまんま」は、じつは最初はこれをオチにしようかと考えて、最後の三行はこんな感じにしたのですが、まどろっこしいので、「そのまんま」のオチはやめたのですよ。

「はいはい、あっしは失敗だらけ。ねこ毛だらけ灰だらけ。ご隠居。ねこまんま、どーもご馳走さまでした。では、あっしは用もないので帰ります」
「うむ、おまえさんは食べたらすぐ居なくなるので、居ぬまんまだな」
「いえ、後片付けもしないで帰るので、そのまんま」

2018/12/16(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

飼い犬のごはんと同じ

こんにちは^^ ご無沙汰してます(_ _)
私がまだ子どもの頃、父が母に忙しくても子どもたちのご飯と汁ものは別々にしなさいと言ってました。
だが母は4人の子育てとお姑さん(祖母)の面倒で、毎日が忙しい‼︎
登校前は慌ただしい、時にはご飯の上に母が順番にみそ汁をかけて食べることもある。
それを見た父は、品がない、急いでいても一度はお椀に入れて、すぐかければいいと、母は鍋から入れたら早いし、お椀も汚れない。
兄弟の順番で鍋から母がみそ汁をかけるので5人目⁈ 犬のジョンも順番で同じご飯でした(笑)
子どもらと犬のご飯は同じか‼︎と言った父は、怒って仕事に行きました。

今の時代と違く、父親の威厳があった頃ですので、どちらの言いたいことも分かります。
特に父は長男始め、男の子は跡取りとして育てていたので、人は食べ方に品が出るとうるさかったですね。
それぞれの親の生きてきた過程が違いすぎて、二人の考え方が正反対で子供心に悩みました(笑)

夏に上野の東京都美術館で藤田嗣治展があり、行くつもりでチケットを持っていましたが、骨折をしてしまい行けませんでした(◞‿◟)

2018/12/18(火) |URL|ツグミ [edit]

Re: 飼い犬のごはんと同じ

ツグミ さん コメントありがとうございます^^)
 おや、おめずらし。ツグミさん。ようこそ、お待ち申しておりました。
 そうですか。高貴な家庭の育ちだったようですが、幼少のみぎりは時には、たらちねの母が作りし味噌汁かけご飯を食したことがあるのですね。
 熱いご飯とみそ汁を最初から一緒の器に入れれば、冷めることが少ない、おいしい食べ方。確かにちょっと品が悪いかもしれないですが、どうせ胃の中では一緒になるのですから、最初からそうしたほうが要領のいい食べ方のようです。
 ただ、あまり噛まないので消化には良くなさそうですが、汁掛けご飯の食べ方にも人生志向が出るのは面白いですね。
 ジョンも、ねこまんまをどうしていぬの自分が食べないといけないのかとちょっと悩んだのではないでしょうかね。しかし人間と同じものを食べたので、家族の一員の気分になれて喜んだでしょう。
  
 骨折をしましたか。気を付けないといけませんね。二十代の頃とは違って、ちょっとした段差に素早く体が反応しなくなりますし、だんだん骨自体も弱くなり、ねこんだまんまになったら困りますから。(笑)

2018/12/18(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2018/12/19(水) || [edit]

「早メシ、早グソ」と言う言葉が、敗戦から昭和40年代の頃までありました。
軍隊では、ご飯に味噌汁をかけた「ぼっかけメシ(ネコマンマ)をかきこむ位の兵隊が優秀だと言われていたそうです。
職場ではメシの遅いヤツと便所の長いヤツは給料を引いたとか?…今ならさしずめブラック企業ですが、戦前・戦後の職場はみんなブラックが当たり前でした(笑)
最も、戦後まもなくは米のメシどころか芋すらなく、ぼっかけメシすら食べられずに大勢の人が飢え死にしたとも聞きます。
今では、ぼっかけメシはホームレスすら食べませんが、日本人はネコマンマを食いながら戦争を戦い、戦後は日本を復興させました。
ちなみに、最近は立ち食いそば屋でうどん(そば)をかきこんで、時間を惜しむ様に仕事をするサラリーマンを見掛けなくなりました。
良い悪いは別として、今牢屋にいる日産の元某会長はそんなぼっかけメシを食いながら出世した貧しい移民の子だと聞き及びます。
悲しい事に、ハングリー精神を失った日本人は、自ら努力するよりも他人を妬んだり誹謗中傷・差別する事に励む様になりました。

2018/12/25(火) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)
 戦後、特に日本の高度成長期が代表と言えるでしょうが、男たる者は朝から夜まで一年中必死に働きアリのように頑張るのが当たり前でした。副作用として環境破壊や公害、家庭の崩壊なども発生したりしましたが、ともあれ、日本人の強烈なハングリー精神が戦後の日本を経済的にアメリカの次にまで押し上げました。
 いま、ぼっかけ飯とかねこまんまが流行らなくなったのは、やはり基本的な生活が豊かになったのと、それにつれて人々の精神的な人生観が変わってきたせいもあるのじゃないでしょうか。

 今は生活が苦しいとか大変だとか不満がよく言われますが、昔のほうがひどかったですよ。昔の貧乏と今の貧乏とでは《質》がまるで違っていますね。
 戦後数十年は、家に固定電話もなく、テレビもなく、男のスーツなんて本当に一張羅でしたが、いまは子供でさえスマホを持っています。
 保育所が足りないから「日本死ね」と言う人がいましたが、昔はそんなことを思いつく人さえいませんでした。言ってもどうにもならないからです。
 台風や大雨で家を破壊されたら、今は国や民間から援助が必ずされますが、昔は皆無。我が家も小学生の頃、家を台風で流されましたが、1円の援助も1個のおにぎりの差し入れもなかったですよ。
 労働環境にしても、今は非正規社員の問題など雇用環境は良いとは言えませんが、昔は正規雇用もバイトが全然なかったですね。だから「大学は出たけれど」なんて言葉が流行ったものです。また高校や大学に行く人も少なかったですね。
 環境問題にしても昔より今のほうが良くなっています。車は増えていますが、排ガスはきれいになっています。東京の墨田川も水がきれいになりました。
 スポーツ界のパワハラなんて昔は当たり前でしたが、セクハラやジェンダーなどの問題にしても今のほうがずっと良くなりかかっています。

 ハングリー精神のある人は高い目標を持ち、意欲的に挑戦し、真摯に努力し、熱心に活動する人のことを言うのでしょう。
 現代は高度成長期の頃に比べるとハングリー精神は薄くなったかもしれませんが、しかし、そんなにがむしゃらに頑張らなくても良いとする平衡のとれた精神が全体的に強くなって、多くの人がより良い人生志向とゆとりを昔よりも持てるようになったからで、それは良いことだと思うのですが、ハングリー精神を失うと他の人を妬んだり、誹謗中傷するようになるのでしょうかね。
 そうなら、それは時間が余って暇ができたせいか、自分の心にも余裕が出来たので、他のことに目が行くようになったせいもないですかね。それに何よりもSNSというものが出来て、昔よりも自分の意見を言う場が容易になったので、そういうことが目立つせいもあるのじゃないですか。
 一人でネットばかり見ていると、とかく自分の好きな波長のものと、それとは正反対のものを見てしまいますが、しかし世の中はそういったこととは関係なく動いている、というか無関心の人のほうが圧倒的に多いと思いますね。
 というのは、自分の長年の伝道経験でも、わずか1,2パーセントの人が霊的なことにちょっとだけ関心があり、2,30パーセントの人がそんなことは嫌いで、その他は大半の人が無関心でしたから。本当に、無関心の人やそれゆえに自分の意見を言わない人が大半を占めているのですよ。
 世の中の大抵の人は、何かの出来事をちょっと面白がって話題にしたとしても、ほとんどのことはそれほどたいして関心が強くあるわけではないと思いますね。

 それにしても具合が良くないときに長いコメントで自分の意見を書いてくださって大変だったでしょう。ありがとうございました。どうぞお大事にしてくださいね。

2018/12/25(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/01/07(月) || [edit]

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)

 私に連絡したい場合は、ブログの右側欄の下のほうにある
「メールフォーム」を使えばいつでもメッセージを送信できますよ。

2019/01/07(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Trackback

トラックバックURL:https://barso.blog.fc2.com/tb.php/404-8026e4be

back to TOP