「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 ラッパを吹く。他者を鼓舞する、自分を誇示する。  


先日、千葉にドライブに行ったら『マリンスタジアム』の前を通りました。
日曜の昼間、人がゾロゾロ歩いていて、若い女の子が多かったですね。

ここを本拠地とする『千葉ロッテマリーンズ』の名物の一つは《応援》で、
球場ではトランペットが使用されている、とWikipediaに書かれていました。
(私の贔屓は大谷翔平選手で、彼が打てばそれで良し。プロ野球のことはほとんど知りません) 


面白いのは、この球団の前身は『東京オリオンズ』で、大映映画の永田雅一が
オーナーでしたが、この人は《永田ラッパ》のあだ名で知られていたことです。

球場で金管楽器を吹くのは選手を応援鼓舞するためですが、「ラッパを吹く」
とは、大きなことを言う、大言壮語する、ほらを吹くという意味の慣用句です。

ネットには「ラッパを吹く」とは「ほら貝を吹く」から派生した言い方だなんて
説明がありましたが、じつは二千年前にイエスが語った比喩的表現なんですね。

 le93.jpg フリー画像(pixabay)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
イエスが述べた「ラッパ吹き」は、イエスを殺した。

(イエスの言葉―――新約聖書マタイ福音書6章2節)
「施しをする時には、偽善者たちが人に褒められるため会堂や町の中でするよう
に、自分の前でラッパを吹きならすな」


西暦1世紀、ユダヤに《パリサイびと》と呼ばれる自称義人らの一団がありました。
彼らは施し(寄付)をよくしていて立派だったのですが、ただ、ひとから褒められ
たい気持ちが強かったので、自分の慈善行為を人目に付くように行ない、吹聴し
ていました。それをイエスは「ラッパを吹き鳴らしている!」と非難したのです。
善行を行なってはいても動機が良くないと、聖書では「偽善者」と呼ぶのですね。

パリサイ人には、もう一つ大きな問題点がありました。それは《選民意識》です。
《パリサイ人》とは《取り分けられた者、分離主義者》という意味ですが、彼ら
は、世間の人々を《アムハーレツ(地の民)》と侮蔑的に呼んで、自分たちはそん
な無知蒙昧な民とは《分離されている》義人だとして、大衆を見下していました。

このパリサイ人や祭司らがイエスに反対し、脅し、偽って訴え、殺害を企てたの
です。自分は特別だと思い上がっている人ほど始末に負えないものはありません。
ブログでも、他者を小馬鹿にし、自分は賢いと誇るなら同種の人間になりますね。

 bury3.jpg
 ブリューゲル『反逆天使の墜落』の部分。黙示録の天使が最後のラッパを吹くと世の終わり到来。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
イソップが述べた「ラッパ吹き」は、敵を殺した。

(捕虜になったラッパ吹き―――『イソップ物語』より)
 軍隊の突撃ラッパを勇ましく吹いていたラッパ吹きが、敵に捕まって必死に
命乞いをしました。
「どうぞ殺さないでください。私は武器は持っておらず、誰も殺していません。
持っているのはこのラッパだけです」
 すると敵の大将はラッパ吹きに言いました。
「おまえの命を取るのは当たり前だ。おまえはラッパを吹いて、他の者を戦争
に駆り立てたのだからな」


ペンは剣より強し。ラッパは武器より強しです。
この社会では、声が大きくて、しかも力のある者が勝つ仕組みになっています。
だから、あるアメリカ人のツイッターが、全世界を右往左往させているのです。

ですが、声が小さくて力のない者でも、大きな音を出せるラッパがあるのです。
ほら、ブログですよ。
(拙ブログは零細運営のせいもあり、音量は小さいです。「ほら」は駄洒落的な謙譲語です。(笑)


つまり、ブログは、巷の声を世間に鳴り響かせられるネットラッパなんですね。

    rap32.jpg
    モーリス・ドニ(仏・1870-1943)『トランペットを吹くアコ』


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ラッパの音は、人間の口から発せられている。

ラッパもブログも、ほらを吹き、自己宣伝をし、人を鼓舞し、応援することもあ
るのですが、要注目点は、これらはみな人間の《口》がしているということです。
口は、愛情や慈しみを語り、怨恨や憎しみも語るジキルハイド的器官なんですね。

なぜ一つの口から、善良な言葉と悪質な言葉が出てくるのでしょう?
イエスは「人の口から出るものは、心から出るのである」と言いました。
つまり、心の善い人は善いことを語り、心の悪い人は悪いことを語るのです。


人間の《心》というのは面白いですね。
心そのものは目で見ることはできませんが、
ブログの文面からでも、おのずと見えてくることもあるのですから。

(おー、こわッ(笑)



 mark4.jpg
 97歳まで夢のある絵を描き続けたマイク・シャガール。人の心は絵からも分かるでしょうか。




補足―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
《パリサイ人》:彼らはユダヤの律法を厳格に守り、律法に規定されていない余分な十分の一税まで
も払い、律法では年に一日だけ要求されていた《断食》を週に二回も行ない、彼ら特有の大げさな目
立つ服装をして。敬虔そうに得意げに町を歩いていた。彼らが額(ひたい)に着ける経札は、日本の修
験者・山伏が額に着ける頭巾に非常によく似ており、山伏は法螺(ほら)貝を吹くことでも知られる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



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COMMENT FORM

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おはようございます!

“二千年前にイエスが語った比喩的表現”だったなんて、
さすが、聖書に精通したバーソさんの着眼ですよねぇ。

とくに《パリサイ人》の補足が面白いです。
特別な装いと行動をすることで、自らに言い聞かせる信念って、
なんだか哀れですね。

“目は口ほどにものを言い”ですが、さらに口は厄介ですね。
思考の蛇口を少しひねって、細やかにラッパ……。
いいえ、フルートくらいの音量発信に留めますぅ。(^_^ ;)

2018/10/06(土) |URL|風子 [edit]

変なコメントです

バーソ様
おはよう御座います。

ラッパが鼓舞することを書くのにロッテ球団から入りましたか。今はパリーグもセリーグと変わらないのですが昔は巨人人気一辺倒だったので同じプロ野球でもかなりゆがんだ状態でした。東京オリオンズの前が大毎でその前が毎日と大映ですね。その前は生まれていませんので知りません。
そして一番上の動物が吹いているトランペット。デイジー・ガレスビー愛用の曲がったホーンではありませんか。まさかここで登場するとは。
中国や韓国の歴史ドラマが好きで良く観るのですが楽器を使ってうまく士気を上げているようですね。そういえば蒙古襲来のときもかなり賑やかだったみたいです。このときも生まれていませんが。
かなり本題と離れたコメントになってしまったようです。

愛新覚羅

2018/10/06(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: おはようございます!

風子さん コメントありがとうございます^^)
「ラッパを吹く」とはイエスの言葉だったというのは、おそらく当時のユダヤでは、ラッパを吹くことがよくされていて、みんなが知っていたからです。
 モーセの時代、イスラエル民族はエジプトを脱出してヨルダン川の東側の荒野で放浪生活をしていたのですが、そのとき銀のラッパが吹かれました。ラッパを二つ吹くと男子全員が集まり、一つだけ吹くと長だけが集まり、震わせながら吹くと宿営を解く合図になりました。
 その後は、先住民と戦うときに進軍ラッパが高らかに吹かれました。
 それらの敵を打ち破ってヨルダン川の西に渡り、エルサレムに住み着いてソロモンの神殿が出来たとき、祭司たちが行事のための楽器としてラッパを吹きました。

> 特別な装いと行動をすることで、自らに言い聞かせる信念って、
なんだか哀れですね。

 パリサイ人の装いは面白いですよ。マタイ23:5でイエスがこう言っています。
「そのすることは、すべて人に見せるためである。すなわち、彼らは経札を幅広く作り、その衣の房を大きくし」
 目立つ奇妙な服装をして得意になっているのですから、哀れでもあり、滑稽でもありますが、それを気づかないのが不思議です。彼らはかなりのインテリ階級なんですが。
 私が以前いた教団でも、男子は頭を超短く刈りあげて、自分は世から離れているのだと得意になっている人たちがいました。

 パリサイ人の額に付けた経札は、山伏のものと本当にそっくりですよ。
 http://check.weblog.to/archives/1482504.html

> いいえ、フルートくらいの音量発信に留めますぅ。
 いいえ、それは無理っていうもんです。風子さんは(たとえ口を押さえられても)超大型のスーザフォンを吹き鳴らすでしょうから。(笑)

2018/10/06(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 変なコメントです

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
 昔はパリーグのほうが「打」のほうは上だったのですが、テレビ放映は全然されなかったですね。落合博満は3回も三冠王になったそうですが、中日ドラゴンズ以前はパリーグだったのでほとんど知らない選手でした。今はパリーグもずいぶん盛んになりました。

> 一番上の動物が吹いているトランペット。デイジー・ガレスビー愛用の曲がったホーンではありませんか。
 あ、そうなんですか。妙に曲がっているなと思っていました。さすがに詳しいですね。
 検索したら、「チャーリー・パーカーと共に、モダン・ジャズの原型となるスタイル『ビバップ』を築いた・・・ベルが上に突き出たトランペットを、頬をいっぱいにふくらませ、高らかなトーンで豪快かつテクニカルに演奏するスタイルは人気を博した」とありました。 
 彼は1917年生まれで、1993年に亡くなっています。ならば私は生まれていたのですが、私の好きなジャズはいわゆるジャズヴォーカルなので、この人は知らなかったです。こんな動画がありました。ほほのふくらみが半端なくて、ラッパみたいですね。(笑)
  https://www.youtube.com/watch?time_continue=426&v=2uLpjp7xkyI

 確かに、昔の歴史ドラマではラッパとかドラとか太鼓がよく使われているのを見ますね。特にラッパは高音とその形状ゆえに指向性が鋭くて音が遠くまでよく届くので、命令を伝達するのと士気を鼓舞するのに効果的だったのでしょう。
 私はオーディオのスピーカーでも、フロントホーンとかバックロードホーンが形として好きですね。ニッパー(犬)が蓄音機のラッパの音を聴いている絵を思い出すせいがひとつあるかもしれませんが。

2018/10/06(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ご親切に

連投、失礼します。

http://check.weblog.to/archives/1482504.html
(((ʘ ʘ;)))見て、ビックリ!
パリサイ人の額に付けた経札、山伏のものにそっくり。
メチャメチャ、面白いですねぇ。

2018/10/06(土) |URL|風子 [edit]

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2018/10/06(土) || [edit]

Re: ご親切に

風子さん コメントありがとうございます^^)
「経札」というのは小さな聖句入れの箱です。なぜこんなものを着けたのかといえば、こんな律法があります。

「それであなた方は、これらわたしの言葉を自分の心と魂に置き、それをしるしとして手に結び、それをあなた方の目の間の額帯としなければならない」申命記11:18

 それでユダヤ人の男子は、この聖句入れを額と腕に付けました。イエスはそれを非難してはいないですが、パリサイ人は、この箱を目立つように大きくして、自分は聖句を非常に尊んでいる特別な人種だと見せびらかして歩いたので、それを偽善的でいやらしいと言ってイエスは非難したのですね。

 私は、全然お金持ちでもない女性が高価なブランド物を持ちたがるのは、セレブを気取りたいのかもしれないなあと思ってしまいます。
 でもまあ、服装は人となりをあらわすこともありますから、カッコから入るのも悪くはないかもしれません。私は、値段は安くて(も)、センスのいいものを身に着けたいですね。

2018/10/06(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
「ブログもラッパ」というのは、厳密にいえば「ブログもラッパになり得る」ということでしょうかね。特に私の場合はお客様が少ないので、そうなればいいなあという希望と願望を含んでいます。と言いながら、今のまま、波長の合う人だけで十分だという負け惜しみのような気持ちもあるのですが。(笑)

 5つも6つもラッパを吹いているのはすごいです。体力と知力がないとできないことです。しかも訪問者が大勢いるようで、それは音量が大きい大型ラッパで、大勢の人に善い影響を与えているということを示していますから、なによりですね。

 私なんか一つのブログだけ、週に一本アップするだけでアップアップしている状態ですから、何とかしないといけないのですが、拙ブログには特に一本これという明確なテーマがないので、いつもあれこれ寝ぼけたことを書いています。(涙)

2018/10/06(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは

パリサイ人はユダヤ人で、アムハーレツはその他の人々ですか。
すごい選民意識です。
日本各地で災害があると、炊き出しに言ったり、寄付したと
吹聴する芸能人も「ラッパ吹き」ということですね。
ただ、黙って寄付するより寄付したと声を上げることで後に続く人が
増えるのも事実で難しいところです。

変な話ですが「パリサイ」だと「ハルサイ」を思い出して・・・。
音楽愛好家の間ではストラビンスキーの「春の祭典」を
略して「ハルサイ」 って言うんですが、どおりでこの曲には
木管楽器、金管楽器などラッパががたくさん使われています。(笑)

2018/10/06(土) |URL|エリアンダー [edit]

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2018/10/06(土) || [edit]

Re: こんにちは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
 Y染色体D系統を見れば、日本人のルーツは東アジア人とは違い、出アフリカ後、早い段階で分岐し、アジアを迂回して北方から日本列島に住み着いたのではないか、と言われているのですか。チベットや中近東に多く、朝鮮半島にはほぼゼロという話も興味深いですね。ならば、あまり特定の人種ゆえに血統的に優秀だとか言わないほうが良さそうです。

 人種的に自分たちは神の民だとか主張するのはおかしな話です。聖書にはアダムにまでさかのぼれる人の唯一の系図が出ていて、それはイエスの系図なんですが、途中、ダビデの数代前で異邦人の血が二人混じっています(マタイ1:5)。一人はルツという名の女性でモアブ人の貧乏なやもめでした。もう一人はラハブといってカナン人の遊女です。
 モアブ人もカナン人も当時は神から忌み嫌われた劣悪な異教徒だとされていたのですが、そんな人がイスラエル人の、それもイエスキリストの先祖にいるのですから、選民思想というのは聖書的にもおかしなものなんですね。

> ただ、黙って寄付するより寄付したと声を上げることで後に続く人が
増えるのも事実で難しいところです。

 イエスの死後のユダヤに、妬みや競争心から伝道している人がいて、それは動機が良くないと使徒パウロに言いつけた弟子がいました。それに対してパウロは「なんにせよ福音が宣べ伝えられるのは喜ばしいことだ」と答えています。(フィリピ1:18)
 有名人が多額の寄付をすると売名行為だと非難する人がいますが、そうだとしても、何もしないで口だけの人よりはるかに良いことだと思いますね。

 「ハルサイ」から「春の祭典」を思い出すのですか。私は「巴里祭」を思い出します。ルネ・クレール監督の1933年の映画です。この映画の主題歌と「巴里の屋根の下」がシャンソンの中では一番目か二番目に好きですね。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=9&v=ueD5KGYti20

2018/10/06(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

音楽家の吹くラッパは人々を幸せにします。
特にジャズをやる音楽家のラッパを聴くと最高に幸せな気分になれます。
その一方で、政治家の吹くラッパは人々を不幸にします。
彼らの演奏にはリズムもへったくれもなく、ただアジってわめき散らしているだけです。
ところが、なぜかそのヘタクソ極まりない演奏を恍惚として聴いている者達(支持者)がいるのです。
そして、下手なラッパ吹きと音感のない音痴どもが台頭すると、世の中はドラムの轟音に包まれます。
その時、天使がラッパを吹き鳴らし、第七の封印が解かれて人の世は終わりを迎えます。
ハイル・ヒットラー!…今の時代ならハイル・トランプ!かな?(笑)

2018/10/06(土) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)
 ラッパー。ラッパを吹く人。ヒップホップのMC。包んでデータを調整するもの。
 政治の世界にも包む人(wrapper)がいるともっとうまくいくかもですね。理念と信念があって国民の安寧を考えることより、とにかく自分の当選のことしか考えてない単細胞の人が多すぎますから。

 それにしても幸せというのは、一にも二にも経済なんですかね。自分さえ、そして自国さえ良ければそれで良し。自分ファーストが正義だという考えが主流になっています。
 しかしヒトラーにしてもトランプにしても彼らが悪いというより、それを選んだほうに問題があるはずです。でも選ばれたということは、その国の、そして世界の潮流がそうなっているのでしょう。ファッションにも音楽にも流行がありますが、人間の思考にも流行があって、いまは特に自己中心的になっているような気がします。

 ただ、民主国家になる前の封建国家や全体主義国家では、あるいはイスラム国家やキリスト教原理主義のような国々では、専制君主が権力で人民を支配し、絶えず隣国や異教徒と争いがあり、農民も戦争に駆り出され、家庭では家長が尊大にし、社会では女性や弱者は蔑視され、軍隊やスポーツなどの団体組織では階級制度ゆえの暴力が当たり前であったわけで、そういうことを思うと現在はずいぶん全体的に良くなったと思えます。

 世界からは汚点汚物はなくなりませんが、洗剤と洗濯機が漸進的にもっと良くなって、人体をラップするもの(社会環境)がだんだんきれいになっていくといいですね。

2018/10/07(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

私は小心者ですが
それなりに、ささやかに、
ほらを吹いたり、
風呂敷を広げたりして
なんとか身を守っています。

ストレートにイエスノーを言えない遠慮するタイプの私は
主張の明確な海外には住めないだろうし
罪にならない程度の
小心者の範囲で
弱い音でラッパを吹いて
小さい風呂敷を広げています。

それが、まことしやかに、まかり通り
なんとか上手く「市井の中」に
滑り込んでいます。

私、シャガールの絵、大好きです。
なんとなく気持ちが落ち着きます。

2018/10/07(日) |URL|森須もりん [edit]

Re: タイトルなし

森須もりんさん コメントありがとうございます^^)
 就職では、あまり謙遜や卑下はしないで、自信があることを見せたほうがいいみたいですね。難しそうに見える仕事でもすぐ慣れますし、慣れれば速く仕事ができるようになりますし。
 
 最初は風呂敷を少し広げ、ラッパをささやかに吹いたが、それがうまくまかりとおっているのですか。すごくいいじゃないですか。少し背伸びしたかと思えることを言ったが、うまくいかなかったのじゃなく、うまくいってるということは、対応できる能力があることを証明しているわけで、たいしたものです。

 俳句の会にしてもうまく対応し、今の会社の事務にしてもうまく対応して、だいぶ自信がついたのじゃないですか。日々かなり気を使っているようですが、この調子でいけば慣れてきてそんなに気を使わないでもいいようになるでしょうね。これからも気を強く持って頑張ってください。

 シャガールの絵、私も好きです。色もきれいな赤や青や緑を使っていて、幾つになっても少年の気持ちを忘れてないひとの絵のようですね。

2018/10/07(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

どーきが不純でも善行をなす人の方が、どーきが純粋でも善行をなさぬ人より・・・

 どーきが不純でも善行をなす人の方が、どーきが純粋でも善行をなさぬ人より増し。
 どーかんです。自分の名誉欲の為に善行をなす。いーじゃありませんか。金に名前がついている訳でもなし、善行に良し悪しなんぞは無いのでありますの事よ。
 ですがね、裏で散々ぱら悪行を重ねといて、その一部を「隠れ蓑」として善行に置き換えるって言うのはどうなんですかねぇ。ビ〇・ゲイツとか〇正義とか、日本〇ニセフとか、数えだしたら切り無さそう。大金を慈善団体に寄付?それ自体は悪くないですが、それを稼ぎ出す手法と言ったら、悪逆非道な・・・。え゛、寄付した先も実は自分のお財布団体?単なる税金逃れの隠し資産管理団体だったって?何だい、善行ですらない罠。嫌ですねぇ。
 使い道を探ると実は善行でもなんでもなかったなんてのも。アフ〇カの恵まれないなんちゃらに食料を・・・医薬品を・・・って、人道支援を盾に根本を正さず、ただひたすら消費の肩代わりをするのが善行なんでしょうか。彼らの食糧・医療を肩代わった結果が、現地政府の福祉支出削減と、その振替先としての軍備の増強。そして戦争の拡大と貧困の深刻化。目先の命を助けたとして、増えた貧困が新たな火種として紛争をより深刻化させている事実。無限のループ。そして「人道支援」団体の偉いさんは肥え太る。
 ダライラマじゃないけれど、その国を立て直すのはその国の人々なんです。いや、その国の人々でなければ駄目なのです。内戦を善行とは言いませんが、一回日本の戦国時代みたいなもんを潜り抜けなけりゃ国は纏まらんのかも知らん。逃げ道があるから本気で取り組まない。逃げ道があるから自分の国に責任を持たない。いっそ国境を封鎖して、安定した統一政府ができるまで完全放置が実は一番理に適ってる。
 にしても問題なのは、善行とか人道支援とか称してちょっかいを出してくる「善人」達だ。

2018/10/08(月) |URL|miss.key [edit]

Re: どーきが不純でも善行をなす人の方が、どーきが純粋でも善行をなさぬ人より・・・

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
 こういう話だとmiss.keyさんはいくらでも口が自動的にしゃべりだして、筆が止まらなくなりそうですね。いちいち、ごもっともごもっともだと思います。

 とにかく善いことはしないで批判だけは偉そうに言う人はどうしょうもないですが、といって自分の善行を得意になってひけらかすのは非常に気持ちの悪いものです。世の中にラッパを吹き鳴らす偽善者ほどいやらしい人種はいませんから。
 ただ、セレブや芸能人の場合は一般平民よりもはるかに余剰金を持っているでしょうから、金額がびっくりするほど高額の場合は、おおやけに発表していただいても全然問題なしと言いたくなりますね。

 共産主義のスローガンの一つに「働かざるもの食うべからず」がありますが、聖書はこれをもっと厳密正確に述べていて、「働く意思のないものは食うべからず」となっています。自分で働いて自分で生活していくのは人間の本来の生き方です。だから働けるのにもかかわらず働こうとしないで、ひと様から援助を受けて安楽に暮らしていこうなんて考え方は大いに間違っていますし、そんな人を助長するのもおかしいと思いますね。なので、金銭を与えることよりも、(働ける)機会を与えるほうがはるかにいいのでしょう。それが公平とか公正いうものです。

 ですから確かに、アフリカなど発展途上国に援助するなら、金銭・物資ではなく、生活の仕方や人生の設計の仕方などをしっかり教えるほうが大事でしょうね。そうでないと「無限のループ」になります。

 それにしても金が集まるところには必ず、花蜜に群がる蜂のように、悪い奴らが群がってきています。援助のための寄付にしても何かの大きなイベントにしても公共事業にしても、必ず不正を行なって甘い蜜を腹いっぱいに吸おうとするヤカラがいます。隣国の大統領なんてほぼ全員が汚職で入獄しているでしょう。現代の社会に中村主水や快傑ゾロがいないのが残念だと思うときがよくありますよ。(笑)

「日本の戦国時代みたいなもんを潜り抜けなけりゃ国は纏まらんのかも知らん」ですか。そうかもしれません。そうでないと革命的なほどの根本的な変革は起きないでしょう。

「善人」の定義は、善いことを行なう人というよりは、善い心を持っている人だと思いますね。善い心を持っていれば、必然的に優しい言葉を語り、結果的に他者に対して優しい行動を取るようになります。決して優しい行動を取れば善人になるのじゃないんですね。ただ、口だけで何もしない人よりは、まあ、善人に近いかもしれませんが。

2018/10/08(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2018/10/11(木) || [edit]

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