「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 『タイスの瞑想曲』は人生の聖なる悦びを奏でている。 


しずめるヴィオロンの音色。巴里はエッフェル塔のシックな夕景。
YouTubeで気持ちだけでも涼し気に、暑中お見舞い申し上げます。



ヴァイオリンのクラシック音楽で一番好きな曲は何でしょう?
わたしは『タイスの瞑想曲』を最初に思い出します。
イントロの数秒間をヴァイオリンの弦の音色で聴くだけでしびれて涙が出てきます。
心に沁み通ってくる静かで清らかな旋律には、透き通るような哀歓の深さがあり、
それなのに、振り絞るような甘美さで胸が強く掻き立てられる素晴らしい曲です。


この曲はアナトール・フランスの小説『舞姫タイス』(1890・明治22)をもとに、
ジュール・マスネが作曲したオペラ『タイス』の間奏曲で、初演は1894年です。

以下の文章は、名演奏を聴きながら、軽く読み流していただけると幸いです。

                 

Le Concert de Paris 14 juillet 2013 (エッフェル塔が見えるシャン・ド・マルス公園にて)
演奏:ルノー・カピュソン(フランス・1976-) ダニエレ・ガッティ指揮フランス国立管弦楽団

こんなにみずみずしく、色鮮やかな、めくるめく音色を作り出せる人間も素晴らしいと思います。


《あらすじ》
舞台は、西暦4世紀、東ローマ帝国の統治下にあるエジプトのアレクサンドリア。
ヴィーナスを信じ、街中の男に官能の享楽を与えている美貌の高級娼婦タイスと
キリスト教の敬虔なる修道士アタナエルという、倫理観が正反対の二人が主人公。

厳格な禁欲主義者のアタナエルは、快楽に浸る遊女タイスの魂を救おうと試みる。
タイスは、罪の意識が芽生え、肉体の衰えを思い、彼の説得を瞑想して熟考する。

元々神信仰を持つタイスが改宗し、尼僧院に入って病の床で死にかけているとき、
修道士ナタナエルは、タイスに対する自分の感情はじつは肉欲であったと気づく。
彼は愛するタイスに、自分の述べたことは偽りだった、と真実の心の内を告げる。
 神も天国も、くだらぬものだ。
 地上の命と恋だけが真実だ。
 タイスよ、死んだらいけない。
 一緒に逃げて二人で愛し合おう。

タイスのほうはそんなことは何も知らず、天国の門が開かれ、天使たちが自分に
微笑んでくれる情景を思い浮かべながら、喜悦のうちに静かに息を引き取る……。


つまりは、娼婦は心が「聖」で、修道士は心が「俗」であったというお話ですが、
しかしながら、この修道士を、不純だ、偽善者だ、と悪く言うことはできません。
愛と肉欲の狭間で深く悩んだということは、魂の純粋さを表しているのですから。

                 


動画ではないのですが、情感と音色で2本選びました。好きな音と精緻な音です。

①かすれているような、ゆったり哀し気な音色に情感をそそられます。響きが木管楽器のようです。

アンネ=ソフィー・ムター(1963-)、ジェイムズ・レヴァイン指揮ウィーン・フィルハーモニー


②音階が非常に正確で心地よく感じます。高い音がきれいで、メロディが流れるように滑らかです。

マイケル・ラビン(1936-1972)、フェリックス・スラットキン指揮ハリウッド・ボウル交響楽団


                 


古代ギリシアの精神的快楽主義者エピクロスは言いました。
「私が存在する時には死は存在せず、死が存在する時には私はもはや存在しない。
そこで、死は、生きている者にも、すでに死んでいる者にも、関わりがない」

古代ローマ時代のイタリアの詩人ホラティウスは書きました。
「明日のことはできるだけ信用せず、その日の花を摘め」

東大卒の予備校講師は言いました。
「いつやるか? やるなら今でしょ」

無印のバーソは、いつも同じことを言っています。
「ひと様に迷惑を掛けない限り、自分のしたいことをしたほうがいい」

人間は死んだらすべて終わりとは思っていませんが、この人生はただ一度限り。
いま、いい音楽を聴けているだけでも、生きていることをありがたく思います。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
●オペラ編(5:54) → https://www.youtube.com/watch?v=pVMg7dqclbw 
第2幕第1場と第2場の間で、この「間奏曲」が舞姫タイスの官能的な踊りとともに演奏されます。
舞台上方の踊る半裸女は、タイスが迷いながらも心を変化させていく瞑想中のビジョンのようです。

※原作の小説では、修道士アタナエルの名はパフニュスとなっています。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



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COMMENT FORM

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名機

バーソ様
おはよう御座います。

バイオリンといえばストラディバリウスとかニコラアマティのような億単位の名機が有名ですね。
残念ながら私は一般のバイオリンとの違いがわかりません。
ギターであればヴィンテージものの高級機と一般品の違いがわかるのですが。
やはりクラッシックを聴いてこなかったからかもしれません。
タイスの話は実に興味深いです。お笑いコントであれば「そんなアホな、今頃言うんかい」で上から洗面器がガーンと落ちてきそうな光景です。(笑)
ナタナエルは悪くありませんがタイミングを逸したことは罪になると思います。

愛新覚羅

2018/07/28(土) |URL|aishinkakura [edit]

美しい調べ

>イントロの数秒間をヴァイオリンの弦の音色で聴く だけで痺しびれて涙が出てきます。

オオ!…魂に刻印でもされているのかのようなバーソさんの反応。
その頃、“恋心”を内在していらっしゃったとか?
確かに、お気に入りの調べほど心を癒してくれるものはないですね。
調べや香りは瞬時に、当時の記憶を蘇らせてくれますよねぇ。

>愛と肉欲の狭間で深く悩んだということは……。

これなくして人間、やってられませんよね。
舞い上がる恋の炎、その成就、そして失望……。
『愛と肉欲』を省略して、映画の脚本や音楽、舞踊、絵画などが
ヒットすることはあり得ないような…。
しかも『肉欲』というのは、ちょっと抵抗あります。
それなくして男女の何かなんて決して学べない。
欲というより自然だと思うもんで‥‥。
プラトニックって、自らの思考(想像)に恋してるだけに思えます。(^_^ ;)

ただ、いつも疑問(ジレンマ)に感じることがあります。
大恋愛も悲恋も、ヒロインの美貌が決め手。
同じ役柄でも、醜女が演じたらどうなるんだろう?
太っちょのオジサンとオバサンだったら、世間の反応は? 
な~んて想像してしまいます。(^_^ ;)

それにしても演奏する三者。それぞれ個性があって素晴らしいです。
やはりプロは、名曲を“自分のもの”にできるんですねぇ。

2018/07/28(土) |URL|風子 [edit]

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2018/07/28(土) || [edit]

Re: 名機

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
 億単位の昔の名機と現代の高級楽器をブラインドテストで聴き比べをしてみたら、名機のほうが良かったというわけではないという番組を見たことがあります。ワインでもセレブたちが飲み比べをしても違いがわからなかったという番組もありました。

 かつてビールが味や香りの違いばかり言って競争をしていたときに、「男は黙ってサッポロビール」と高倉健が言って、競合商品を黙らせてしまったことがあります。ビールも違いが分からないという番組があったような気がしますが、ビールは飲みなれている人が多いので、ちよっとした違いはすぐわかるのでしょうか。しかし何にせよ、安物と高級品の違いは分かっても、あるレベル以上の品質の違いはわかりにくいようです。

 以前、知り合いが、その人はポップス系の楽団員でしたが、自分の持っているヴァイオリンにストラディバリウスの刻印があるというので、見せてもらい、聴かせてもらったことがありますが、私には音の良さが全然わからなかったです。その知人は、安かったので偽物ではないかと言っていましたが。

 タイスの話は確かにコントなら「そんなアホな、今頃言うんかい」のようですね。この修道士は、もっと自分の気持ちの正直に生きればよかったのですが、カトリックでは肉欲は罪として禁じる、妙に清純なところがあるのですね。

2018/07/28(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 美しい調べ

風子さん コメントありがとうございます^^)
 この曲は、このたびイヤフォンで聴きながら記事を書きました。軽く20回以上は聴いたと思いますが、そのたびに胸にぐっときましたね。涙も眼に滲み、たらーっと出たこともありました。これを書いている今は出ていませんが。(笑) 恋心などには関係なく、私には心の襞を震わせる曲のようです。特に二番目のアンネ=ソフィー・ムターの弦の音色はしびれます。それと、歳のせいで感受性が強くなっているせいもあります。割合すぐ涙が出てきます。
 音楽とは単に音の高低と長短を組み合わせただけなのに、人間の喜怒哀楽の感情を燃やし、焦がすのですから、すごい芸術だと思います。気軽に受動的にそうなるという意味では、絵画や彫刻、文学よりもすごいと思いますね。

 愛と肉欲は密着しているものですか。恋でも仕事でもスピリチュアルでも、何事にも激しく体当たりでぶつかってきたらしい風子さんの体験的な持論のようですね。
 ただ、肉欲というと、劣情とか淫欲というような下劣なイメージがあります。愛欲、情欲も似たようなイメージです。たぶん「欲」という字がよくないのでしょう。「欲というより自然だと思う」ような適切な言葉があるといいのですが。

 私は子供の頃から、そういうことはいやらしいものだと思っていました。キリスト教の信者になってからは余計にそういう感情が強くなりましたね。といって、その種の欲望がないわけでは全くないので、だから、この修道士が愛と肉欲の狭間で悩んだことには共感を感じます。
 男女の行為をいやらしいと感じて拒否するのは度を超していて良くないと思いますが、しかしプラトニックな愛というのは最高のものだという意識は今でもけっこう強いですよ。もう歳のせいもかなりありそうですが。(笑)

2018/07/28(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

自分の店を持つ為に高級クラブでバーテンダー修行をした時代がありました。
その店では官僚接待なども行われていましたが、人の裏表を知るいい勉強になりました。
普段はさも知性的に振舞う高級官僚達の中身が、如何に下品で堕落した俗物であるか。
世間では淫らな娼婦の様に思われているホステスさんの中に、如何に綺麗な心を持った人がいるか。
あぁ、イエスの見ていたマグダラのマリアはこんな人だったのかなとも思いました。
人は悲しいかな人の心の中身を見る事はできません…もし、人が真実を知ったら世の中はどう変わるでしょうか?

2018/07/28(土) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)
 そうですか。その高級官僚とホステスの話は、この修道士とタイスの話とちよっと似通った点がありますね。
 酒を飲むのが好きな人は、飲むとその人の地が出て本音が出て、だから飲むと本当の男同士の付き合いができるからいいと言う人がいます。そういう一面も確かにあるのでしょう。李白や杜甫は大いに飲んで天下を語り、優れた詩を書きました。酒には良い面もありそうです。

 しかし良くない面もありますね。地が出て本当の人間性が出て下品になることがあります。普段は自分のことを、わたくしがと言って丁寧語を使っていた人がアルコールが入ると、俺はなあ、そうじゃねえ、なんて言い方になり、会話の内容もかなり落ちることもよくあります。
 なので、その高級官僚の人たちも普段は上流階級でも、飲んだ勢いで、気分が良くなって、普段は抑えていた本質が出てしまったのじゃないでしょうか。
 そう思ってみると漱石が書いたように「とかくにこの世は窮屈だ」とも言えそうです。あまり智に働きをさせず、しかし情には勢いよく棹させるためにも、まあ、酒の力と酒の場は偉大なのでしょう。私は飲まないのでよく分かりませんが。

 愛と情欲といえば、イエスの言葉を思い出します。
「情欲を偉大て女を見続ける者は心の内で姦淫を犯したのである」そしてそのあとに「あなたの右眼があなたをつまづかせるなら右眼をえぐり出せ」と続きます。
 なかなか厳しい言葉ですが、しかしイエスの言葉は往々にして誇張法のレトリックが多いですから、これは、やたらにいやらしい目で女を見るなというぐらいのことなんだろうと思っていれば良かったのに、この修道士の場合は文字通り受け取るような純粋な(うぶな)精神構造を持っていたために、ずっと悩んでしまって男女の恋愛がうまくいかなかったということになるのでしょうかね。私はこの点も経験不足でよく分かりませんが。(笑)

2018/07/28(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

はじめて「タイスの瞑想曲」を聞いたとき、あまりの美しさに感激しました。
上品な美しさはサンサーンスの「白鳥」と双璧です。

>タイスは、肉体の衰えを思い、罪の意識が芽生え、彼の説得を
瞑想して熟考する。
なるほど。タイスの『瞑想』とはタイスの心の葛藤だったのですか。
厳格な禁欲主義者のアタナエル、人間的な感情に目覚めたが
時すでに遅かった。
「蝉しぐれ」のお福はアタナエルとは違った行動をとります。
お福は隣家の文四郎と幼馴染で、淡い恋心を抱きますが、
藩主のお手付きになり文四郎と別れます。
数十年後、側室となったお福は藩主に先立たれて尼になることを
決心しますが、その前に文四郎と会う決意をします。
お福は尼になってもこの甘美な一瞬とともに生きていけるのです。

2018/07/28(土) |URL|エリアンダー [edit]

Re: こんばんは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
 あ、そうでしたか。この曲でもエリアンダーさんと好みが同じでしたか。なんだかうれしいですね。
 他に思い出したのは、バッハ『G線上のアリア』、フォーレ『夢のあとに』、パッヘルベル『カノン』、ドビュッシー『亜麻色の髪の乙女』あたりでした。でも『タイスの瞑想曲』のほうがだいぶ情感が上で、気持ちがあおられ、切なくなり、やるせなくなり、人生とは美しいものだなあという気持ちになります。
 サン=サーンスの『白鳥』も確かに上品な美しさがありますね。この曲のことはちよっと忘れていましたが、いまYouTubeを聴き直してみて、なるほど、この曲もいいなあと思いました。

 私はヴァイオリンの弦がこすれて出る音が好きで、学生時代、渋谷駅前にあった名曲喫茶でよく流れていた『ツィゴイネルワイゼン』を聴いて啓発され、10回払いでヴァイオリンを買ったことがあります。いつかきちんと練習しようと思いながら、忙しさにまぎれて長い時が経ってしまいました。いまでも持っているのですが、いまだにドレミぐらいしか弾けません。今は、ゆったりとした静かな曲が好きですが。

 『蝉しぐれ』はエリアンダーさんの好きな本のベスト何十かに入ってなかったですか。私もこの本は読んだことがあります。昔の人は恋愛も自由にならず、さぞ大変だったのでしょう。
 藤沢周平の小説は、こういう純朴・純粋な話が多く、読んでいて爽やかさと共感を感じます。出家間近のふくから文四郎に呼び出しが掛かり、一夜を共にしたというのがいいですね。これがなかったら悔いが一生残ります。
 この話は、最後はセミの大きな鳴き声で終わります。セミは短い命を激しく懸命に鳴いてから一生を終わります。そういう激しくも美しく燃えるような人生を送りたいものですが、うーむ、です。(笑)

 ブログの最後に「オペラ編」のURLを紹介していますが、けっこう官能的なダンスがあるのですね。最初はYouTubeを載せたのですが、ちよっと躊躇し、動画を削除してURLのみにしました。

2018/07/28(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2018/07/29(日) || [edit]

使命感

 罪な女を導かねばならないと思いつめた男が、実は使命感からなどではなく、唯自らのものにしたいという我欲に支配されていたという落ち。一方、散々ぱら放蕩を続けてきた(と言うのは極めてキリスト教的な偏った見方ではあるが)女が、修道士を追い越して聖人の域とも言える昇華を果たす。置いてけぼりを食らったと言うか、神に梯子を外されたと言うか、馬鹿を見た修道士。神は何故人を試すのか。何故試練を与えるのか。全能であるならそんな事をしなくても完璧な信者を造りえるであろうに。神様のイケズ。え゛、荒波に揉まれた関サバは旨い?あ、そう・・・。

2018/07/29(日) |URL|miss.key [edit]

Re: 使命感

miss.key さん コメントありがとうございます^^)
 そうですね。こんな話は純粋どころか、愚かしい、空しい、人間の自然な感情に反している、と、そんな印象を受けるでしょう。まあ当然だと思います。

 修道士は純粋なキリスト教な使命感を持っていて、娼婦のほうは放蕩の女だというのは確かにあまりにも単純な見方ですが、まあ小説というのはそういう構成のところがありますね。それに昔の異教では神殿娼婦というのは神に仕える女性として認知された存在でもあったので、タイスを罪びとのように悪く言うことはできません。

 ところがキリスト教では倫理観が厳しくて、肉欲は罪だとされています。だから神に仕える僧職者は結婚してはいけないという戒律があるのです。それゆえにカトリック教会では僧職者は独身を保たねばならないことになっているのですが、ところが面白いことに聖書は「のちの世に悪霊の教えに惑わされて、偽善的な偽り者どもが結婚を禁じたり食物を断つことを命じたりする」と書いてあるのです。(テモテ第一4:2-3) なのに、そう聖書に書いてあっても、教会指導者の作った戒律のほうを聖書よりも優先するところがあるのですね。おかしなことです。

 さらに言うなら、神は人間に恣意的に試練など与えず、この地球上では人間が自分の自由意思を行使して自らの人生を決めているだけなんですが、なんでもかんでも神が人間の行動を支配あるいは導いていると思い込んでいる人がいるために、善いことがあると神のおかげだと言い、良くないことがあると神は助けてくれないとか、神は死んだと言って非難したりすることがあるのです。しかしそれは一般的に宗教を信じる人たちの大いなる勘違いですね。

 この修道士アタナエルにしても神に梯子を外されたわけではなく、自分で外したのです。より正確に言うなら、教会がそうすることが正しいと彼に教えたのです。神がそう教えたわけでは全然ないのですが、神が人間の人生に関与して人間の人生を狂わせた、神が試練を与えたと思っている人は非常に多いと思います。

 人間は神のロボットでも奴隷でもなく、神は人間の自由意思に任せているので、この地球上の結果はすべて人間が為した結果、もしくは為さなかった結果であるにすぎないのですね。最近の世界的な異常気象にしても、神がそうしたわけではなく、人間が炭酸ガスを異常に増やした原因が大きいという科学的なデータが出ているようですよ。
 
 アナトール・フランスは芥川にかなり影響を与えた人で、この人もキリスト教に対してシニカルな目を持っていたようです。ですが、いま述べたようにそれも無理もないのです。長い間、キリスト教会が道理にかなった正しい教えをせず、人間的な偽りを教えてきたのですから。

 本当の神(大いなる意識、根源、一者、サムシング・グレート)と、宗教が教えている人格神とはまったく違うので、これは明確に区別して考えないといけないのです。私は「神」という言葉を意識ではしっかり分けていて、ずっと拙ブログを読んでいて分かっている人には通じていると思うのですが、単語は「神」という同じ言葉を使っているので、ちよっとわかりにくいかもしれないですね。

2018/07/29(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2018/07/30(月) || [edit]

お早うございます

タイースの「瞑想」は、
マスネの中で突出した広い人気が
ありますね。
内容もフランス風アイロニーで、

「天国なんて本当はないんだ」
と叫んでも、もう遅い。

身体的な美しさなら、オペラよりも
映画にして鑑賞した方が好いような。
私は声で堪能する習慣がありますが。

どなたかが「蝉しぐれ」について
書いておいでですが、
ふくさんと、文四郎さんは、
あれで良かった、お互いの最上の
思い出になりますでしょう。
では文四郎の奥方は?
というと2人に関して知っても知らなくても
いやな役回りですね。
年取ったおばさんの穿った見方かもしれませんが、
それでは、文四郎と奥方の立場を替えてみたら?
男性はどう思うか、興味があるところです。

近日中に「タイース」をエントリーにしてみます。
バーソさんのおかげで触発されて
記事のネタができました。

いつも有難うございます!

2018/07/31(火) |URL|ミルティリおばさん [edit]

Re: お早うございます

どうも財布がふくらんで困っています。
お金が増えて困るというのではありません。
小銭入れが1円玉でふくらむのがイヤなんですね。
だから出掛けるときは、必ず小銭入れから1円5円10円の硬貨は取り出します。

1円玉が沢山たまったときは、カード払いができない店で使います。
てのひらに1円玉を9枚持っておき、レジで金額を聞いたらすぐ端数を出します。


ミルティリおばさん コメントありがとうございます^^)
> 「天国なんて本当はないんだ」
と叫んでも、もう遅い。

 これは「フランス風アイロニー」ですか。原作者のアナトール・フランスはキリスト教に対して、そういう見方を持っていたようです。彼に傾倒した芥川も『侏儒の言葉』の中で同じような考え方を書いていて、私もちよっとブログで扱ったことがあります。
 いわゆる理性の勝っている知識人が、見えない神の教えを優先して人間的な自然な感情をうしろに追いやる信仰をおかしいと感じるのは、まあ無理もないというか、そう感じるのがむしろ素直なようにも感じます。しかしここは、その人の倫理観、宗教観、人生志向がからんできて、人生進路が大きく分かれるところですね。 
 
『蝉しぐれ』の文四郎の奥方はどう思ったか。
 もし本当のことを知ったら、いい気持ちじゃなかったでしょう。夫に最愛の女性がいて、会いに行ったと知ったら、なんだ自分は間に合わせの妻だったのかと思って、がっかりしてしまいますから。 
 もし奥方の立場になったとしたら、私だったら、知りたくないですね。相手の男性にそっと会いに行ってもいいから、自分には黙っていてほしいと思うでしょうね。
 昔、ジャン・ギャバンが「人間、欲を出したら駄目だ。いつまでも欲を捨てない人は不幸だ。特に女に目移りをするのが一番不幸だね」と言い、実際浮気をしなかったとも言ったそうですが、それはあまりにもモテすぎた人の達観のようなものでもあり、普通は理想的な相思相愛の夫婦は別として、男も女も、結婚前にも結婚後にも大勢の異性と出会うわけですから、誰かに気持ちが全く動かないということはないでしょう。でもだからこそ、そういうときには良心とか倫理観という抑制力が働くのですが、そのブレーキの踏み方が弱い人、強い人、踏まない人がいるのですね。

 だからこそ結婚式では「死が二人を分かつまで互いに忠実を保ちます」なんて約束をしてブレーキを忘れないように互いに誓約をするのでしょう。ゆえに結婚とは、神や人の前で約束をしないと、いろいろ問題が起きやすくて、うまくやっていけないことを避けるための取り決めなんですかね。
 
 ひとつ発想が浮かびましたか。どんな話になるのでしょう。楽しみですね。

2018/07/31(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2018/08/02(木) || [edit]

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