「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 スローガンや格言、人生訓は、どう読んだらいいか。 


企業の「スローガン」は、どう読むかが重要です。
スローガンとは、企業や団体の理念や目的を簡潔・印象的に言い表した標語です。

大抵は高邁な思想や対象者の利便を訴えるのですが、そうでない場合もあります。
たとえば日産自動車のスローガンは、自社内の諸事情をよく表しているようです。

「変わらなきゃ」=イチロー選手(1995年)
「SHIFT_the future」=カルロス・ゴーン社長就任(2001年)
「やっちゃえ NISSAN」=矢沢永吉(2015~2017年)
「ぶっちぎれ 技術の日産」=矢沢永吉(2017年後半)
・「日産がやらなくて、ほかに誰がやる」=(2018年2月~)

これらは日産がユーザーに語り掛けている標語ですか?
いいえ、日産が日産に、あるいは誰かが日産に語り掛けていますね。
どれも日産の意気込みを語り、日産を鼓舞するフレーズばかりでしょう。
日産の企画室や会議室、工場内の壁面に掲示したらぴったり似合いそうです。



目と口は意志の強さを変わらず示しているようですが、顔つきはだいぶ変わっています。


いや、ユーザー不在じゃない、この標語はヤル気があっていい、と思いますか。
しかし、いまだ日産は旧い物作り思考から抜け出てないのか、とも感じませんか。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――
企業の「スローガン」は、何をどう語るかも重要です。

きれいな言葉を羅列していても、まるで心に響かない企業スローガンがあります。

「あなたと あたらしい あしたへ」(京王グループ)
「自然と調和する こころ豊かな毎日をめざして」(花王) 

月並みな単語を使い、漠然としたことを言っているだけ。全然記憶に残りません。
こういうスローガンの企業は保守固着思考で、発展や革新がないように思えます。
(すみません。こういう業種のスローガンは難しいでしょう。でも言い回しは工夫できるはずです)


一方、創造的で確固たるポリシーがあるスローガンには、共感と納得があります。

「目のつけどころがシャープでしょ」(昔のシャープ)
「Think Different」(違うことを考えよ。アップル社)

これは独自の理念があり、実際に斬新な物造りをしているようで真実と感じます。
新しい商品や有益なサービスを生み出し、社会を変えようとしていると感じます。



「クレイジーな人たちがいる。反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。四角い穴に丸い杭を打ち込むよ
うに、物事をまるで違う目で見る人たち。彼らは規則を嫌う。彼らは現状を肯定しない。彼らの言
葉に心をうたれる人がいる。反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。しかし彼らを無視す
ることは誰にもできない。なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。彼らは人間を前進させた。彼ら
はクレイジーと言われるが、私たちは天才だと思う。自分が世界を変えられると本気で信じる人た
ちこそが、本当に世界を変えているのだから。」――――スティーブ・ジョブズ



同じく良い目標を語るなら、違う視点と意欲のあるほうが好感度が高いでしょう。
現状維持も無難でいいでしょうが、新しい未来を創ることはもっといいはずです。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――
さて、人生訓を語る「スローガン」も、何をどう読むかが重要です。

このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ、とハムレットは悩みました。
人間が安寧を得る方法は、欲望に従うか、欲望を抑えるかの二つではないですか。

引き寄せの法則」は、欲しいものは自分の意識次第で得られるという考えです。
あるがまま」という人生訓は、現状に感謝し、満足せよの意とも考えられます。
これは一見相反しており、どちらを受け入れたら得策か?と悩むかもしれません。

どちらか片方を手に入れたいなら、こうすればいいでしょう。
もっと富や財産や地位を得たいなら、今から実際にそうなったと思って行動する。
のんびりと日々を平安に暮らしたいなら、身近に沢山ある小さな幸せを見つめる。
そうすれば、なんにせよ《成りたい自分》になれるでしょう。

しかし両方の満足を手に入れる良い方法もあります。
つまり《無い》ものは《有る》ようにすれば、自ら充足し、完結します。
ならば、いま「足る」を知り、「あるがまま」に感謝し、
さらに将来の夢や目標をいつも意識して「引き寄せ」ていけば、
すべて完結し、すごくいい人生になりそうな気がしませんか。
そうです。
《変わらなきゃ。自分がやらなくて、他に誰がやる》なんですね。




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COMMENT FORM

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目のつけどころが面白い‼

大手広告会社に勤務したバーソさんならではの着眼。
スローガンねぇ……感心しました。
スティーブ・ジョブズのCM、やはり突出した説得力を感じます。

>しかし彼らを無視することは誰にもできない。
なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。彼らは人間を前進させた。
彼らはクレイジーと言われるが、私たちは天才だと思う。

自伝映画を見る限り、これは正にジョブスその人でもありますよね。

「引き寄せの法則」と「あるがまま」について、
深淵でキャパの巨大な「あるがまま」の中に、
「引き寄せの法則」という、ひとつの生き方があるんだろうと、
私は解釈しています。

ということで、「あるがまま」は朝令暮改のような変化さえも内蔵。
ただ問題は、自らの「あるがまま」を容認しても、
他者の「あるがまま」を認められない人が多いこと。
法律や倫理の外にいたとしても、他者の「あるがまま」を
批評判断してしまう風潮ですよねぇ。
無論、私も含まれています。(^_^ ;)

《変わらなきゃ。自分がやらなくて、誰がやる》
これ、国策のスローガンに掲げたいものです。
批評判断は、サルでも豚でもできるのですから。
ん?‥野党か?

2018/06/16(土) |URL|風子 [edit]

スローガンだけの国

バーソ様
おはよう御座います。

1990年代は中国に出張することが多く毎年のように行っていました。
行き始めの頃に一番目についたのがスローガンです。
レンガの家や塀やいたるところにスローガンが書かれていました。
スローガンを実行することが目的ではなく、スローガンを掲げることが目的のような気がしていました。
それは時代が進むにつれて少なくなっていきました。
多分今は田舎にいかないと目にかからないでしょう。

愛新覚羅

2018/06/16(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: 目のつけどころが面白い‼

風子さん コメントありがとうございます^^)
 他と異なることをしたいというのは、クリエイティブな仕事や芸術活動や発明発見をしたいと思っている人の共通願望だと思います。中には服装や髪形やヒゲで自分を差別化しようとするが、それは自分の《生》をできるだけ有効に生きたいという意識の表れのようにも思います。ひょっとしたら既存の体制や権力に反対する人たちも同じような範疇に含まれるかもしれないですが、そんな革新志向を理解できないような人が、クレイジーだとか反逆者だとか変わり者だとか言うのでしょうかね。

> 深淵でキャパの巨大な「あるがまま」の中に、
「引き寄せの法則」という、ひとつの生き方があるんだろうと、
私は解釈しています。

 なるほど、そうですか。さすがスピル・フーコー氏の洞察ですね。
 あるがままは他者にも適用すべきだというのは、まさにその通りだと思います。自分は歯に衣を着せず意見を大胆に言うのに、他者の異なる意見は許せず、腹を立てる人がいるなら、それはおかしいことです。

 ひどいのは、ある思想を持つ人やある人種の人をひとまとめにして、みな精神的かつ人格的におかしいとまで言って非難する人がいますが、そこまで言うと、これは大いに間違っていると思いますね。
 おかしいと思えても、ただ自分とは違うだけかもしれず、実際におかしな人がいるとしても、全員が皆そうではないはずですから、そういうステレオタイプ的な目を持つ人は視野が狭く、自分がおかしいことを自分で示しているように思います。

 とにかく批判や批評は簡単ですが、開発や創造は難しいですね。特に政治には工夫や改善がもう少し以上あればいいと思うのですが。

2018/06/16(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: スローガンだけの国

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
 1990年代は今から20年前。当時の中国は経済が急成長し始めた時代でしょうか。例の天安門事件がその頃で、一党独裁が強硬な姿勢を取っていましたから、国民をまとめるためには精神教育が必要で、そのためにスローガンが活用されたのかとも思います。北朝鮮も同様のようですが、とかく独裁国家は首長の写真を掲げ、像を造り、看板を立て、国民の意識を統制しようとしますね。

 してみるとスローガンが多いのは国民(や社員)のレベルが低い証拠だとも言えそうです。言わないと分からないので、目につく場所にスローガンを貼るのでしょうから。「人民のために尽くす」なんてスローガンは、「われら(トップ)に尽くせ」と言っているようです。

 中国人が日本の工場内に貼ってある「油断大敵」というスローガンを見て、おお、なるほど機械は油が切れたら大変だと思ったという笑い話がありますが、スローガンは注意喚起にはいいのでしょう。でもあまり度を過ぎると、ここには注意力が欠けている人が多いのだなとも思われそうですね。

 と書いてきたら体調のほうも元気づけるようなスローガンがあると効果がありそうだと思いました。教授も持ち前の強い意志力で頑張ってくださいよ。^^)

2018/06/16(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

>しかし両方の満足を手に入れる良い方法もあります。
つまりいま「足る」を知り、「あるがまま」に感謝すれば・・・

「足る」を知ることは藤沢周平の小説に流れている精神ですね。
私自身はまだそういう境地には達していません、欲しいものが
あり過ぎて。足らざるを我慢する状態です。(笑)

企業のスローガンも企業内の人たちのためもあるでしょうが、
ユーザーに企業の意気込みを見せたいCMでもあるのでしょう。
今もそうですが、「一歩前に」や「一歩先に」とか「その先へ」などの
キャッチコピーが多いです。
はじめて目にしたときは斬新でしたがこうも多いとね。
トイレで目にしたときは笑いました。
英語のキャッチコピーより日本的な、心に訴えるようなのがいいですね。
  <そうだ、京都いこう>
  <落ちこんだりしたけれど、私は元気です>  とかね。

2018/06/16(土) |URL|エリアンダー [edit]

Re: タイトルなし

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
 藤沢周平の時代小説は割合好きで、少し読んだことがありますが、しっとりとした抒情があり、謙虚な武士が出てくるように思いました。幕末に日本に公務で来た西洋人が、貧しい下級武士に世話をされたお礼に幾ばくかを差し出したら固く辞退されたが、そんなことはそれまでずっと回ってきた東南アジアの諸国では一度もなかったので感銘を受けたという話を思い出しますが、そういう清く貧しくというのは日本人のいい特質の一つだと思います。
 私は金銭欲とか野心とかは元々ないほうですが、でも小さな機械ものとかデジタル製品はすぐ欲しくなるので、我慢ばかりしています。あ、いや、安価な某国製なら我慢せず買って、銭失いをしています。(笑)

 スローガンはあまりに立派すぎるものは、嘘っぽく感じさせるので良くないですね。だから昔の「タケヤ味噌ひと味違います」的に、「一歩前に」や「一歩先に」とか「その先へ」などの謙虚なコピーにしようという反省があったのでしょうか。いいことなんですが、競合が多いと効果が弱くなります。トイレで目にした話は面白いですね。「三百六十五歩のマーチ」のBGMでもいいですかね。三歩進んで二歩下がるですから。いや、三歩進むのは問題かも。(笑)

 ある飲食店が味を自慢して「うちの店は日本一です」と看板を出しました。隣りの競合店は「うちの店は世界一です」と出しました。では反対側の隣の店はどんな看板を出すか? 
「入り口はこちら」と言ったのは先代の林家三平ですが、そうではなく、こんな看板を出す話もあります。
 「うちの店は町内一です」。

2018/06/16(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

あの三重苦を克服した偉大な女性「ヘレン・ケラー」と同じ時代を生きた障害者の女性が日本にいました。
へレン自らが尊敬した「中村久子さん」…彼女は幼い時に病で四肢を切断され、一生をダルマ状態で過ごしました。
その彼女の晩年の言葉が胸を打ちます「なかったからがんばれた。なかったからここまで生きてこられた」
ヘレン・ケラーも中村久子さんも全てが備わっていたら、あれほど偉大な人生を送る事はなかったはずです。
あるとは何でしょうか?ないとは何でしょうか?…トーマス・エジソンだったか?がこんな事を言ってました。
「家が貧乏で買えなかったから、自分で工夫して作った。それがとんでもない発明になるとは知らなかった」

2018/06/16(土) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)
 
 中村久子さんはすごいですね。Wikipediaにこう書かれていました。

 「幾度も両手両足を切断し3歳の幼さで闘病生活が始まる。見世物小屋で働き始めた時『恩恵にすがって生きれば甘えから抜け出せない。一人で生きていかなければ』と決意し、生涯を通じて国による障害者の制度による保障を受けることは無かった。口を使って作った日本人形をケラーに贈ったら、ケラーは久子を『私より不幸な人、私より偉大な人』と賞賛した。久子は講演で全国を回る中で自分の奇異な生い立ちを語るとともに、自分の体について恨む言葉も無く、むしろ障害のおかげで強く生きられる機会を貰ったとして『無手無足』は仏より賜った身体、生かされている喜びと尊さ(を感じる)』と感謝の言葉を述べ『人間は肉体のみで生きるのではなく、心で生きるの』と語っている。」

> ヘレン・ケラーも中村久子さんも全てが備わっていたら、あれほど偉大な人生を送る事はなかったはずです。
 そうですね。そこが凡人と偉人との違いのようですが、その違いは本人の意識の違いに過ぎないのですね。といっても、むろんその意識の違いは非常に大きいのですが。

 「有る」と「無い」。そうですね。何をもって、有る・無いというのか。物質の豊かさではなく、心の豊かさが大事なことだ。見えるものより、見えないもののほうがより重要だということでしょうが、それを凡人はなかなか気づかないのですよね。
 久子さんのような人は、世間の人々に勇気と励ましを与えるために、自己犠牲の精神をもって生まれてきたのかと思います。

2018/06/16(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは!

イチローさん、息が長い選手ですね。

中村久子というお名前をお見かけしたので。

ヘレン・ケラーが大層、尊敬していましたのは
塙保己一(はなわほきいち)で、
お2人は会見もしましたが、
ヘレン・ケラーが中村久子にも会ったというのは知りませんでした。

大部、昔(私の話は昔が多く)
TVで中村久子のドキュメンタリー番組を
見たことがあります。
お口で文を認めた、その書を見た時に
大層驚いて頭が下がりました。

私よりも数十倍素晴らしい字だ!
なせばなる、とはこのことだ、と、
今でも感動したのを憶えています。

2018/06/17(日) |URL|ミルティリおばさん [edit]

Re: こんばんは!

ミルティリおばさん コメントありがとうございます^^)
 ヘレン・ケラーと塙保己一との関連は知らなかったので検索したら、こう書いてありました。

「ヘレンは母から『「塙保己一を手本にしなさい』と言われ、目標としていた。1937年に初めて来日したヘレン・ケラーは、塙保己一の学問を継ぐ研究所である温故学会を訪問し、『私は塙先生を知ったおかげで障害を克服することが出来ました』と、塙保己一の像や使用した机に触れて感謝の言葉を述べた」

「塙保己一は、学問の神であるとされた菅原道真と身分の低い家に生まれて天下統一を成し遂げた豊臣秀吉を尊敬していた」

 ヘレンが保己一を目標にしたのは同じ身体障害者同士だったので理解できますが、保己一はそんな肉体の障害には関係なく、努力して立派になった人を目標にしているのがすごいですね。

 立派になる人は、努力して立派になった人を見習って、人一倍以上の努力をするので、やはり立派になれるのでしょう。
 してみると何か問題や弱点をもって生れついた人は、自分の運命を恨んだり他者を羨んだりするのではなく、自分が立派になれるチャンスが与えられていると考えたほうが良さそうですね。そう思って努力する人は尊敬します。

2018/06/17(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おはようございます!

申し訳ありません、間違えました。
塙保己一(1746~1821)
ヘレン・ケラー(1880~1968)
お2人は会っていません。
小ブログでエントリーにしたことがあるのに
間違えました。
ヘレン・ケラーは、しかし塙保己一を
とても尊敬していたとです。

2018/06/17(日) |URL|ミルティリおばさん [edit]

「変らなきゃ」に踊らされた人々

 世の中は移り変わっている。だから貴方も変らなければならない。
 これからは〇〇の時代だ。乗り遅れるな。
 これは世界を変える画期的なものだ。早く手に入れよう。

 こんにちは、ヘソがあっち向いてる変なのが通りますよ。
 変らなきゃといってる日産ですが、実態はガワだけ替えて中身変らず。まあ、そもそもルノーはフランスの国策企業で、日産の技術が欲しかっただけなんですよね。社会党の強いお国柄ですから悪名高き日産労働組合との相性もよかったというか、やり口をよーく知っていたというか。今になってEVにオールinしてるようですが、果たしてどーかな。
 ヨーロッパにしても中国にしてもEVは他国締め出しの為の名分で、実際の環境負荷はHVに比べてもかなり劣悪。
 中国のEV枠義務は政府が買う事で簡単にクリア出来るので技術的な問題は端から無視。実態は性能の劣る自国車による市場掌握が目的です。
 ヨーロッパについてはリーンディーゼルで大嘘ついてたのがばれて、某国のHVに市場奪われるってんで無理くりのEVシフト宣言。
 EV、EVと踊らされた連中が、果たして最後に泣くのか笑うのか。
 ビットコインに代表される仮想通貨。マスコミに紹介されて一気にブレイク。と思いきや、ブレイクした時が寿命の詐欺まがいであった事が露見。通貨と言いながらひとっつも通貨の役は果さず、ひたすら投機とマネーロンダリングに使われている始末。それでも日本では何故か大手が参入する珍現象が続いてますが、さて、これもどうなるやら。
 震災前、アレだけクリーンエネルギー、これからは核、ともてはやされた原発の実態が知れたのは今更言うまでも無し。因みに、使用済み核燃料の処理をどうするかに付いては当時も今も指針すら決っておりません。
 古くはナチス、ソ連共産革命、毛沢東の文革。大衆が踊った挙句、自らの首を絞め、狂気の大虐殺に走った暗黒の歴史。踊れ民衆。そして気がついた時にはもう遅い。
 スマホに取って代わられたと思っていたカメラとガラケーが復活してるとか。スマホは多機能すぎて扱いにくい。電池がもたない、実は同時に多機能は使えない・・・e.t.c.、e.t.c.となれば何も高い電話代払う必要ないと気が付いた人達が現れたと言う事なんでしょうな。
 勿論、これまで人類は大きな変革を幾度となく過してきた訳で、変革そのものを悪だと言う気はさらさら有りません。が、他人の言葉に何の考えもなくそれと飛び乗る危険性を、認識した上での行動が求められます。とくにスローガン、キャッチコピーは、言い方悪いが(バーソ様すみません)そもそも「釣り」が目的なのであります。

2018/06/17(日) |URL|miss.key [edit]

Re: 「変らなきゃ」に踊らされた人々

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
 うーむ、ヘーソから直線まっしぐらですね。世間に流されず、自分の意見を持ち、自分の生き方を通すのはいいことだと思います。
 いろいろ世の中のことには言いたいことが山ほどあるようで、ちよっと突っつくと勢いよくほとばしり出そうですね。

 イエスがあるとき、世の不信仰な人々にこんなことを言いました。
「今の時代は結婚式ごっこをしている子供たちに似ている。祝いの笛を吹いているのに誰も踊り出さない」。マタイ11:16,17
 つまり人々に何かさせようとして準備(奨励)しても、誰も応じようとしないと言いました。逆に言えば、世間の人々は笛が吹かれると大抵は応じて踊る風潮があったのかもしれません。
 世の中を見ると、国の指導者やマスメディア、商業の作り出す《煽り言葉》により、人々の考え方はけっこう大きく変えられています。
 戦前は鬼畜英米だったのが、戦後は盟友英米に変わりました。いま半島の北側では、鬼畜米韓がなんとなく親愛米韓に変わりそうな雰囲気です。あるときは帝国の覇権主義が流行り、あるときはヒッピーのフリーライフが流行り、あるときは学生の社会主義運動が流行り、いまは若い人たちのSNSによるゴシップセレブ叩きが流行っています。

 面白いことに歴史の時々で、特定のエネルギーが勢いを持って大衆を扇動しているように見えますね。人は《煽り》のフォースで踊らされているようです。その《煽り》は大抵は言葉あるいは文字によります。スローガンやキャッチフレーズは大衆の心を動かすのに大いに力があるのですね。

 確かに自動車に関しては、欧米、また中国では、より良い技術や環境を目指しているというよりは、自国産業の利益を護る国策ゆえにEVへの方向性に動いているようです。いまのプリウスは4代目ですから、いかに彼らがハイブリッドの技術で遅れているかがよく分かります。
 しかしビデオは、ベータマックスのほうがVHSより優れていたのにVHSのほうが勝ったと思ったら、レーザーディスクのVHDに勝ったLDに取って代わられ、それからDVD、BD、HDD、SDDと変わってきています。一世を風靡したソニーのカセットウォークマンはアップルのデジタルiPodに取って代わられました。

 ということは、技術的に優れているとか優れてないなどに関係なく、絶えず新しいものに変わっていくのが世の中の流れなんでしょう。馬車から内燃機関付き四輪車に変わり、そのエンジンは電気モーターに変わり、それも水素電池か何かに変わるのも、時代の大きな流れのほんの途中過程なのかもしれません。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」。いつの世も、世界は絶えず変わり続けています。倫理の面でも、これが正義だと思っていると何十年か経ったら間違いだと言われるようになったり、いまは流行っていても一年もすれば姿かたちもなくなることはしばしばあります。なんであれ、流されないで生きるというのはじつに大切な心構えなのでしょう。

 スローガンやキャッチフレーズは、おっしゃる通りですね。人々の関心を《釣る》ためのツールです。海や川でする釣りは、釣られる魚はイヤだと思うのもいるかもしれません。でも釣るほうは面白いでしょう。政治でも商業でも宗教でも思想でも、ひとの心や思いを変えるのは面白いのですね。だから、《気を付けよう、甘い言葉と暗い道》。(笑)

2018/06/17(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: おはようございます!

ミルティリおばさん コメントありがとうございます^^)
 ああ、ご丁寧にすみません。小学生のときにヘレン・ケラーの伝記を読み、世の中にはすごい人がいるなあと驚き、感心し、尊敬し、しかし自分は真似できないなあと思ったことがあります。

 映画『奇跡の人』を見たときは、ヘレンが確か蛇口から水をてのひらに受けたときに、アン・サリヴァン先生から、これは「water」と言うのだと教えられ、ヘレンがモノには言葉があるのだと知って感動したシーンを覚えています。

 この「奇跡の人」というのはヘレンではなく、サリヴァンを指すのだそうで、実際ヘレンもすごいですが、根気強く教えた先生もすごいと思いました。

 自分の身近にいい師がいる人は幸せですね。

 miss.keyさん宛ての返コメに気を取られたために、ミルティリおばさんのコメントに気づかず、順番が違ってしましたが、どうぞご容赦を。^^)

2018/06/17(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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