「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 自分が選択した道は、果たして人間の生きるべき道なのか。 


仕事を辞めて、リュックを背負って外国に出かけていく人がいます。
自分探しです。
自分の進むべき道の正解がどこかに一つある、と思っているのです。

これを「進化論」や「創造論」「哲学」の人生観で考えることもできますが、
ここでは「原因と結果の法則」でシンプルに推論しています。

少し安心感が得られ、少し人生が楽になるかもしれません。

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(Wassily Kandinsky)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
”意識”は常に、自分が何者かを知りたがる。

「初めに言葉ありき」と聖書のヨハネ福音書が書き出しています。※1
しかし道理で考えると、その「言葉」の以前には”意識”があったはずです。※2

そうであれば、宇宙も時間も次元も何も無かったとき、
”意識”だけがポツンと、そしてボワーッと在ったのです。
空間の概念さえ無かったので、”意識”は空(くう)であり、無限大でもありました。

”意識”は、識(し)ることが仕事ですから、自分のことを識りたいと思いました。
いったい自分は何者か、自分は何をするために在るのか――――― ※3

しかし、何しろ自分しか存在してないのですから、何も分かりません。

    
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でも、いい考えがパッとひらきました。
もし、”あちら側”という概念が分かれば、自分は”こちら側”だと分かる。
そうだ、自分じゃないものが他に在ればいい。
そうすれば、それと対比して、自分とは何ものか?が分かるだろう。

そこで、”意識”は、自分の意識、すなわちエネルギーを一点に集中しました。

量子力学では、意識とは波動であり、エネルギーと考えられます。※4
そして、E=MC2の式で知られるように、エネルギーは物質と同じです。※5

なので、エネルギーが集中されたら、物質の最小単位である素粒子に変換され、
それが集まって原子から分子になり、塵、岩、星、星団が生まれ、宇宙が出来て、
物質と空間、光と闇、大小や遠近、温度、色彩などが分かるようになりました。


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しかし、なにか物足りません。そう、ワクワクとかドキドキがないのです。
物質には、それなりの意識はありますが、感覚や感情や自由行動がないせいです。

そこで意識を集中させ、自分と似た超々小型の分身[soul/魂]を造りました。※6
このたびの工夫は、物質的な肉体を着させ、思考や心や感覚を持たせたことです。

こうして、自分の意思で自由に行動できるユニークな生命体が誕生しました。※7
この ”意識” の分身である小さな生命体を”神の子”と呼ぶ人がいます。※8


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さて、自由意思で多様に行動するためには、多様に選択肢がなければなりません。
そこで、甘さと苦さ、喜びと怒り、楽しさと悲しさといった二元性が生じました。
人間は、高揚と憂鬱、快楽と苦痛、勝利と敗北が体験できるようになったのです。

こうして分身の本体である”意識”も、同じ体験を共有できるようになりました。
はだしの感触を味わい、ほおをなでる風を感じ、うなじに見とれ、耳に触れたり、
凍えた手を優しい手で暖めてもらうときの幸福感も実感できるようになりました。


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人間が自由に選択できる人生の”体験”には、いろいろメリットがあります。

例えば、精神に問題のある人間がいて、嫌味なことを故意にしてきたとします。
その場合、相手を激しくののしって、なにか仕返しをすることも選択できます。
しかし、忍耐、許し、寛大さといった特質を表そうとすることも選択できます。

相手を負かそうとすれば、自分も同じレベルになり、嫌な思いを引きずるだけ。
でも、苦難をポジティブに受け止めれば、人格を磨け、爽やかになれるのです。
これは完璧な人間ばかり居る環境では体験できないことなんですね。


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最近、スポーツ選手の活躍を見て、元気と勇気をもらいましたと言う人がいます。
元気はいいとしても、勇気は、ひとから手軽にもらうものではないでしょう。
勇気は、実際に苦境を克服して自分で生み出せれば、それが一番いいはずです。

では、人の生きるべき道についても同じことが言えますね。
自分で良いと思う目標を決め、集中し、達成していくなら気分は最高でしょう。

ひとは違う選択でも、自分の道は、それでいいのではないでしょうか。
そして、それが幸福というものではないでしょうか。


人生は、できることに集中することであり、
 できないことを悔やむことではない。――――スティーヴン・ホーキング


                 


補足
※1:「はじめに言葉ありき」の有名なフレーズは、神が例えば「光あれ」と ”言葉” を発したら光があるようになったという創世記の創造物語の文脈を前提にして語られている。
※2:デカルトは「我思う、故に我在り」と言っている。
※3:神は愛の神であるゆえに、愛する対象として人間を造ったという考えもある。

※4:「コペンハーゲン解釈」によれば、素粒子は観測が関係すると、その振る舞いが左右されると言われている。これに反論する「シュレディンガーのネコ」の思考実験と、それを発展させた「ウィグナーの友人」という思考実験が有名。他に「エヴェレットの多世界解釈」もある。
※5:アインシュタインによる特殊相対性理論の「E=MC2」は、エネルギーと質量が等価の意。
※6:創世記1:27に「神は、神のかたち(像)に人を創造し、男と女とに創造された」とある。

※7:創世記3章には、人がエデンの園にあった禁断の木の実を食べるときに神が止めなかった話が記されているが、それは人間が倫理的に自由な生きものとして造られたことを示唆している。
※8:聖書では、み使い、アダム、イエス、イエスの信者が「神の子」と呼ばれている。(ヨブ1:6、ヨハネ1:49、ルカ3:38、ガラテヤ3:26) なお、神道も人間を「神の子」としている。

※:画像は色彩と構図のきれいなワシリー・カンディンスキー(1866-1944)の作品です。

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デカルトの“気づき”

>デカルトは「我思う、故に我在り」

聖書を参考にせずに、デカルトがそう思ったとしたら、
スゴイ事ですよねぇ。

“最初に意識があった”……この話、大好きです。
・意識を一点に集中 → ビックバン
・エネルギーと質量が等価

この二点で宇宙とはなにかが解るような。(^_^ ;)

ワシリー・カンディンスキーの構図は本日のテーマにピッタリ。
美しいですねぇ。

2018/03/24(土) |URL|風子 [edit]

Re: デカルトの“気づき”

風子さん コメントありがとうございます^^)
> “最初に意識があった”……この話、大好きです。
 風子さんの記事を見て啓発されたようなものです。以前も似たような話を書いているのですが、このたびは少し切り口を変えました。

 デカルトの命題は小学生の頃、母親から教えられ、普通は「我在り、故に我思う」となるはずなので、そうか、世の中には頭がいい人がいるんだなあとえらく感心したものです。

 『悪魔の辞典』を書いたビアスは「デカルトの発言は不徹底だ。厳密性を更に求めるなら『我思うと我思う、ゆえに我ありと我思う』と言うべきであろう」と書いているそうで、よくまあこんな面白いことが書けるものです。この本は、いま思えば処分しないでとっておけばよかったと思います。ちょっと違う視点で物事を見ることができる人はたいしたものですね。

 Wikipediaには夏目漱石の『吾輩は猫である』には、主人公の猫が「人間は長い歴史の中でこんな当たり前のことしか思いつかない愚かな生き物だ」と嘲笑しているとあったので検索していたら、「人間は」の言い方が41もあり、「人間は服装の動物である」とも言われていました。猫の観点ならそうなんでしょう。

 それから「結論のない演舌は、デザートのない西洋料理のようなものだ」というのもありました。「クリープを入れないコーヒーなんて」というキャッチフレーズは、ここから発想したのじゃないでしょうか。(笑)

 カンディンスキーの絵はなんとか文章と合いそうなのを探しました。私は、こういう絵も好きですね。

2018/03/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

高レベルなお話

バーソ様
おはよう御座います。

最近面白いTVニュースを観ました。
AIも人間同様に視覚の錯覚を起こすようです。
段々人間に近くなってきていますね。
そのうち感情も持つようになるでしょう。
AIが自分探しなどを始めたら少し笑えるような気がします。
私は自分探しなど高尚なことをやったことがありませんので
AIの方が人間らしくなってしまいます。

愛新覚羅

2018/03/24(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: 高レベルなお話

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
 AIが人間のように心を持つという話は多いですね。心を持って人間に反抗するとか、人間を羨ましくなって人間になりたいと思うとか、人間を支配するとか、そんな映画をここ数年で何本か見たことがあります。

 スピルバーグの『A.I.』は、デイビッドという名のロボットの少年が母親の愛情を欲して、最後は満足して死ぬというエンディングで、一番印象に残っています。この映画ではデイビッドが別のロボットに再起動されたときは2000年後で、もう人類は絶滅しているんですね。
 いま、絶滅はあと数十年で来ると言っている人もいて、愚かな指導者が核のボタンを押せば、いつそうなってもおかしくないような状態にあるのが怖ろしいことです。

 自分探しは、自分のしてきたことに満足できなかったり、新しい目標を見つけたいひとがすることでしょうから、いままで満足してきた人や真摯に懸命に自分の仕事をして生きてきた人にはあまり縁がない話なんでしょう。

 私も人生の前半と半ばは無我夢中で必死に生きてきて、後半は自分探しを一生懸命にして、今はいろいろあっても、まあ、ゆるやかな気分で生きられるようになりました。教授は健康上の問題があってそれが心配ですが、でも精神にはゆとりがあるようで、いいですね。

2018/03/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは

う~ん、難しい、難しい。
今回の記事は哲学的であり、物質論的であり、創造論的で
私の頭では何回読んでも難解です。
分かりやすく言うと、「意識」はエネルギー(量子)であり、
「意識」は自分(人間)が作り出しているのではなく、もともと
存在しているということですね。
で「意識」は不滅で自分が死んでもヤドカリのように次の宿主を
待っていると(輪廻転生)。
そうだ、バーソさんと風子さんがいつも言ってることだ。(笑)
ホーキング博士、残念です。

2018/03/24(土) |URL|エリアンダー [edit]

Re: こんにちは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
> 「意識」は自分(人間)が作り出しているのではなく、もともと
存在しているということですね。

 はい、そうなんです。さすが、核心をついた鋭いコメントだと思います。じつはそこが、この記事では意図的に避けているところなんです。(^-^;

 我思う、ゆえにそう思うようにさせた意識があるはず、というような話ですが、「意識」が元々存在している」というのは、論理的には「原因と結果の法則」で推論できます。しかし、それが決定的な証明論議かといえば、ちょっと万人に受け入れられるものではないようです。ですから、この記事でも、ちょっと漠然とした書き方をしました。以下は、本論の上から2行目と3行目ですが

> しかし道理で考えると、その「言葉」の以前には”意識”があったはずです。
そうであれば、宇宙も時間も次元も何も無かったとき、


 とまあ、「道理で考えると・・・あったはず」と書いて、そして「そうであれば」と仮定して、論議を次に進めているのです。ここの物理的な証明は不可能ですから。もっとも否定も難しいと思いますが。

 最初に意識なり叡智があったという論議には、こんな三段論法があります。

1.腕時計という精密機械は、誰か知恵と技術力のある職人が作った。素人には作れないし、まして偶然に金属粉が進化して、各種の歯車や軸受けなどになって、それが自然に組み合わさったのではない。

2.時計の時刻は、地球の自転と公転を基に決められた。地球が太陽の周りを回る仕組みを見れば、レールも敷かれてないのに、1秒の遅れもなく、じつに空間を厳密正確に回っている。その太陽系も銀河系の中で高速で移動していることを考えると、この精密の仕組みは驚嘆に値する(そういう動画がありました)。

3.ならば、そんな腕時計よりはるかに精密な宇宙の仕組みが、偶然に単なる爆発や進化で出来るはずがないので、必ずそこには偉大な叡智が関係しているはずだ。

 その偉大な叡智を、サムシング・グレートとか、根源とか、一なる者とか、造物主、神と呼んでいるわけで、アインシュタインもそういう意味での無人格の創造者を信じていたようです。

 輪廻転生については、最近は特に医学者などの実証例が多くて、完全に否定するのはかなり難しそうですね。

2018/03/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは(^_-)-☆

難しい内容は理解できませんが。。。

大学の夏休みに自分探し?として外国へ行った息子は、どんな正解を得たのでしょう。

人の人生の選択は、それぞれ。
自分の良いと思う目標は、他人には理解できないでしょう。

私は、狭く小さな世界で生きているので。

多くの方が選択する楽しいことが楽しいと感じないのかも知れません。

地味な日常、いつもの日常の範疇を超えられないのです。

このまま、倒れたら泣くのでしょうか?
私らしいと笑うのでしょうか(*^^*)

できることが、少しなので集中するならば少しの日常の繰り返しです。

自分の道は、自分で選択したことは確かです。
人が「かわいそうな生き方だ」と思っても、私は私です。

ふと、リュックを背負って旅立つのかも知れないですが(^^♪

2018/03/24(土) |URL|Miyu [edit]

Re: こんばんは(^_-)-☆

Miyuさん コメントありがとうございます^^)
 ああ、うれしい。
 でも今日は出かけるので、返コメはちょっと待ってくださいね。
 今夜8時ころまでには書きますからね。(^^♪

2018/03/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

意識が先か?肉体が先か?と言うと、卵と鶏の例えみたいになりますが。
最新の物理学では、根本的には両方とも同じエネルギー波になるらしいです。
なのに、意識は実体がなく、肉体は実態がある様に見えるのはなぜでしょうか?
それは、肉体を構成するエネルギーは、ヒッグス粒子に反応するから質量がある様に見え、
一方の意識を構成するエネルギーは、ヒッグス粒子に反応しないから存在として見えない。
つまり、我々は刻々と移り変わるエネルギーの波を見て、世界に実態があると思っているだけなのです。
ただ見えない意識も、見える肉体もエネルギーの波である以上、エネルギーとして世界を動かす力を持っています。
兵士が引き金を引いて人を殺せるのも、聖者が意識を解き放って人を救えるのも、同じエネルギーの作用だと言う事ですね。

2018/03/25(日) |URL|sado jo [edit]

Re: こんばんは(^_-)-☆

Miyuさん コメントありがとうございます^^)
 息子さんは積極性があっていいですね。前向きです。いい人生が待ち受けているように感じます。彼は、家庭環境がいいというのもありそうです。私なんか、思春期と青春時代はありましたが、生きていくのが精いっぱいで外国旅行なんて夢の夢でしたから。

 お母さんのほうは、狭く小さな世界で生きていますか。そういってしまえば、人間は、ごく有名な一部の人を除いて、ほとんどの人が皆そうじゃないですか。
 でもそれが充実しているかどうかが一番重要で、世界の広さや狭さより、やはり質なんでしょう。
 その点、Miyuさんはその「質」の条件を十分クリアしているように見えますね。それだけの責任ある難しい仕事が二つの世界で出来る人なんて滅多にいませんから。
 しかもそれは自分で選択して一生懸命打ち込んでいるうちに、自然に自分の人生の道が拓けていったのでしょうから、かなりいい人生を送れているように思いますよ。羨ましがられるような道、それはイエスが言った「狭くて細い道」しかし「命に通じる」報いの大きい道じゃないですかね。

 あとは健康ですね。からだに気を付けないといけませんよ。多少の無理はいいでしょうが、無理をして精神に意欲が出なくなるなら、無理のし過ぎ。たまには仕事を断ったり減らしたりした方が長い目で見たら、長続きしていいような気もしますね。
 私も以前A面とB面と、いわば二つの仕事を掛け持ちでしたが、そうじゃなくなってから体調がずいぶんよくなり、カゼも引かなくなりました。腹八文目、仕事九分目ぐらいにしてくださいね。(^^♪

2018/03/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)
> 意識が先か?肉体が先か?と言うと、卵と鶏の例えみたいになりますが。
 そうですね。ここは進化論を信じるかそうでないかで意見が分かれそうです。意識は生きものがある程度進化したときに自然発生して成長したのか、それとも初めに意識があったので生き物が存在するようになったのか。どちらを受け入れるかは、科学の分野というよりは、どちらも証拠がなく、証明のしようがないので、ある意味”信仰”の分野のように感じます。

> 最新の物理学では、根本的には両方とも同じエネルギー波になるらしいです。
 そうみたいですね。すべてのものは波動であり、振動している。原子も銀河系も似たような仕組み。すべてはみな波動で出来ており、ミクロのものもマクロのものも違いはない。そうなら生物も無生物も原子の単位で見ればみな動いているわけです。動いているとはすなわち命であり、意識も同じようなそうなんでしょう。

 意識の「気」は感じることができますし、伝わってきます。だからビシーッと真剣な気が張り詰めた会議室の空気とか、やる気をそがれるダラーッとした人々の気なんてものがあるのでしょう。
 「気」は生きているようなもので、だからそれが集まった群衆意識とか集合意識というのは想像以上の力があり、大勢の人が同じ意識を持てば社会は変わっていくでしょうし、世界も変革していきそうです。
 でもそのためにはまず一人ひとりから、ということになりそうで、清き一票じゃないですが、自分自身の意識や考え方というのはあまりおろそかにしてはいけないようですね。

2018/03/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2018/03/26(月) || [edit]

金鉱脈は何も神様が意図して作った訳ではない

 探し物は何ですか
 見つけ難いものですか
 かばんの中も机の中も
 探したけれども見つからないのに♪

 机の引き出しに埋もれていたのは二十年前の書きかけの手紙。古いかばんの底に眠っていたのは切られなかった二枚のチケット。涙なくしては語れません。けっ、悪いのは鏡の向こうのブサイクじゃぁぁぁ。と覗いてみたら割れやがった。何?鏡にだって割れる権利がある?そらそやな(オイ、コラ、マテ)
 割れられる前に叩き割ったんねん。そのつるはし持って自分探しに出発だ。此処掘れワンワン。穴を掘ればきっと何かが出てくる。時は今桜の舞い散る良い陽気。死体が出てきた?知らん。自分は何処だ。ハイホーハイホー謳っていたら金鉱脈を発見!!しかし良くまあこんな所にお宝が溜まったもんやと関心しきり。
しかしですな(ぜーぶん長い前置きでした)、これ別に意図して出来たものでも作ったものでもありまへんえ。自然の成り行きでたまたま出来ちゃったというのが正しい。それを作る為に自然の仕組みが有ったのではなく、自然の仕組みに乗っかって無理の無い方向へと「流された」結果が「金鉱脈」なのです。何でもそう。絶妙なバランスで自然に出来ているものを見て、神秘を感じたり感動するのは良いけれど、結局それは成り行きの果てにそこに落ち着いた結果でしかないのです。無論、終着駅ですらない。これからもどんどん移ろっていくでしょう。自分とは何ぞや。流れ飛ばされ吹き溜まり、積り積もって忘れ去られる。所詮そんなもんかも知らん。折角発掘した自分も何れ埋もれて時の向こう。今まで必死になって掘っていたのは捜し求めた自分の埋もれる墓穴です(オイ、コラ、イイガゲンニ・・・
 

2018/03/26(月) |URL|miss.key [edit]

Re: 金鉱脈は何も神様が意図して作った訳ではない

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
 いや~、うまいもんですね。発想が伸びやかです。さすが作家の書く文章は違うと、またまた感心させられました。いや、本当に。

> 割れられる前に叩き割ったんねん。そのつるはし持って自分探しに出発だ。此処掘れワンワン。穴を掘ればきっと何かが出てくる。時は今桜の舞い散る良い陽気。死体が出てきた?知らん。自分は何処だ。ハイホーハイホー謳っていたら金鉱脈を発見!!しかし良くまあこんな所にお宝が溜まったもんやと関心しきり。
 特にこの部分は名文ですね。お世辞抜きに見事です。陽水の歌詞から始めて、意外性のある展開で本文に流れるように続かせる、こんなにうまく導入部を書ける人は滅多にいないでしょう。コメントにもずいぶん神経を使っていただき、まことに有難いことです。感謝します。

 さて、桜が満開になりました。春の強風がないので、見事に咲いています。大きい桜の木は幹や枝を見ると、大きい皺があって枯れ木のように見えますが、いまは全身に花を咲かせて、命の輝きを人々に見せつけています。
 桜を見て、ああ美しいねと思う人もいれば、年々歳々歳々年々と人生を思う人もいれば、桜餅を食べよう甘酒を飲もうと味覚を思う人もいれば、恋人を思う心を掻き立てられる人もいます。

  清水へ 祇園をよぎる 桜月夜 
   今宵逢ふ人 みなうつくしき ――――与謝野晶子

 「咲く」は、サキという言葉が語源。エネルギーがいっぱいになり、これ以上は先に進めない状態のこと。エネルギーが充満し、それが破れて先(サキ)に出るのが「咲き」だそうです。

 とすれば、エネルギーが出るようにしたのは何か(誰か)という疑問が生じますが、単に自然が勝手にそうさせたに過ぎないと考えることもできますし、あるいは、そこには叡智と意思のある存在が原因としてあるのだろうと考えることもできます。
 そしてそれは、人それぞれの考え方、感じ方、生き方の違いでもあるような気がします。

 とはいえ、自然の摂理だ、単に物理的現象が勝手にそうなっているだけだと考えても、やはりそこには人間では考えつかない美しい叡智があるのは否定できないでしょう。
 では、その叡智とは自然に偶然にできるものだろうか、あるいは全然勉強をしないで学校に行かないで自然に頭が良くなってノーベル章を取れるようなほど容易なものだろうか、というような疑問を考える思考に私の頭はなります。
 私の有神論は「神様」と「様」が付く人格的存在ではなく、アインシュタインの考える「神」とちょっと似ていますね。拝んだらご褒美をくれる神とは全然違うものです。

  散る桜 残る桜も 散る桜 ――――良寛

  ねがはくは 花の下にて 春死なむ
   そのきさらぎの 望月の頃――――西行

 人生とはいいものですね。いろいろ思ったり、いろいろ考えたりできるのも、じつにいいものですね。

2018/03/27(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2018/03/27(火) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 そちらに返事を3本書きました。読んで返事をください。^^)

2018/03/27(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2018/03/27(火) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 まったく、そうですね。様子を見てみます。

 ありがとうございました。修正しました。^^)

2018/03/27(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2018/03/27(火) || [edit]

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2018/03/28(水) || [edit]

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2018/03/28(水) || [edit]

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2018/03/29(木) || [edit]

Re: 自分探しの旅を終えて・・・

めぐみさん コメントありがとうございます^^)
 物理的には孤独でも、心が解放されるほうが、人間は はるかに幸せです。

 人間の一番の特権は「自由」であることです。自由に考え、自由に行動できることですから。

 だから自由のない牢獄での刑罰や全体主義国家での暮らしなどは、非常につらいことなんです。
 エデンの園でアダムとエバが禁断の木の実を手に取って食べようとしたとき、神は、ちょっと待ちなさいと止めることもできたはずですが、そうはしなかったのは、人間の第一の権利として「自由意志」を与えていたので、神はそれを尊重したのです。
 
 私はじつは以前は自分があまり好きじゃなかったです。いい点もあるのですが、それより欠点弱点のあることのほうが気になったからです。自分で言うのもナンですが、それって真面目な人間の証拠のような気もします。
 でも聖書の教団から離れたら、そういう心理状態がいつのまにか消えていました。

 あまり物事は深刻に考えないほうがよさそうですね。いい意味で居直って、自由に、のんびりと、好きなことを(ひと様に迷惑を掛けない限り)やっていこうと、自然体でいるのがいいと思います。

 然体というのは、自分の感情を大事にするということです。なるべく楽しいと感じることをする。つらい、苦しい、いやだと感じることはしないようにするということです。それが自然体ですね。そして自分は、楽しいことをするか、イヤなことをするか、これは自分の「自由意志」で選択できるのです。

 これからは、自分の気持ちで楽しいと思えることを選択するようにできればいいですね。そうしたらこうなるああなると他の人のことはあまり考えないほうがいいと思います。それは決して利己的なことではありませんから、大丈夫ですよ。それが人間の本来の生き方なんですから。(^^♪

2018/03/29(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2018/03/29(木) || [edit]

諸行無常

こんばんは^^
この世のあらゆるものは、すべて移ろいやすく、形あるものは必ず壊れます。
物事への執着を断ち切って生活をしていきたいと思っています。
人生は一期一会、出会いと別れを繰り返します。
諸行無常はこれなり、きっとこれが私の人生でなんでしょうね。

人間関係の難しくない国や性格になりたいと思ってました。
人への想いはいっぱいあるのに、いつも心がすれ違ってしまうのは、私のひねくれた複雑な性格が原因です。

すべてが揃った完璧な親兄弟の中で、冷たく育てられた私は、幼い頃に闇の中に入り込んでしまって、出てこられないのかも(笑)
バーソさんと私って、顔も性格もちょっと似てるところがあるような気がしていました\(//∇//)\

大丈夫です‼︎ これからは、自然体で自由に、自分の心を解放し、自分の魂を大事にしていきますね。
本当に有り難うございました(_ _)

2018/03/29(木) |URL|めぐみ [edit]

Re: 諸行無常

めぐみさん コメントありがとうございます^^)
 おや、なんだか、いい調子。前向きで非常にいいですね~。気持ちが前を向けば、運命も前向きになっていきます。これ、私の人生経験からいっても間違いないです。必ず、そうなります。

 すべてが完璧に揃った環境で冷たく育てられましたか。前半はいいですね。私なんか前半も後半も、完璧にひどい環境で育てられましたよ。以前、ブログにも書いたことがありますが。

 でも闇の中でも、懐中電灯がありますね。電源ポンで、すぐ前が明るくなります。ポイントは出口を探すこと。まわりに照明のスイッチがないかどうかを探すことです。
 一生懸命探せば必ず見つかることになっています。これも間違いなくそうなります。だって、人間の人生はそうなっているからです。

 私と似ているような気がしますか。ははあ、ちょっとひねくれた複雑な性格ですかね。あははは、冗談です冗談です。
 物事をとかく考え(すぎ)ること、つい他の人の意思のほうを優先してしまうこと。そんな点が似ているのじゃないでしょうかね。

 ともあれ、心を開放し、自分の魂を大事にする。これこれ、これです。この勢いで頑張って、じゃあなく、のんびりと生きましょう。(^^♪

2018/03/29(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

疲れて寝込んでいます(笑)

こんにちは^^
いやぁ違いますよ、『すべてが完璧に揃った環境でなく、すべてが揃った完璧な親兄弟です』
親兄弟は顔良く、頭良く、仕事良く、肩書き良く、お金良く、外には優しいなど、全てを持っていた家族でしたが、父親には完璧に捨てられ、家族からは私だけ冷たくされ、バーソさんとは事情が違えど、私も完璧にひどい環境で育てられました。

あっでも、ひねくれた複雑な性格は似てるかも〜\(//∇//)\失礼‼︎
考え過ぎて、人の意見に真剣になっちゃう点は大いにありますね。

前にハンサム男優に似ているって読んだような〜私も若い時は、知らないおじさんに『にいちゃん、キレイな顔してイイ男だね〜私は女です‼︎』って感じでしたので(笑)
なので、顔も性格も似てるところがあるかなって思いました。

アハッ 懐中電灯ね(笑) ハイ、のんびり生きて生きますね♪( ´▽`)

2018/03/30(金) |URL|めぐみ [edit]

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2018/03/30(金) || [edit]

Re: 疲れて寝込んでいます(笑)

めぐみさん コメントありがとうございます^^)
 ああ、そうでしたか。完璧に物理的条件が揃っても、精神的条件はまた別という話でしたか。そうですね。『狭いながらも楽しい我が家』という歌がありますが、やはり温かい家庭環境が一番ですね。うーん、めぐみさんは子供の頃は、ずいぶん精神的な苦労があったのでしょうかね。

 もう達観していると思いますが、それは自分の課題だと思うほうがいいでしょうね。私はそう思っていますよ。別に自分の過去や親を恨んでなんかいません。そういう運命に生まれてきて、それはそれで自分に役立ったのだろうと思っています。

 で、以前、私が二枚目俳優に似ているなんて書きましたかね。そう言ってくれる人もごくごくたまに少数いましたが、言わない人のほうが格段に多かったですよ。当たり前ですが。(笑)

 若い頃はキレイな顔をしてボーイッシュだったのですか。そういうベタベタしないブリッ子じゃないのもいいですね。

 懐中電灯というのは、懐中というのがミソですからね。いつも持っているということですからね。(^^♪

2018/03/30(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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