「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 イエスは、クリスマスの日ではなく、初秋に生まれている。 


赤いサンタ服の人が乗ったオープンカーが連なって走っているのを見かけました。
ドライバーたちはちょっと得意げで、宣伝じゃないようでした。

クリスマスの時期の雰囲気は好きですね。
心が清らかめになり、少し浮き浮きし、一年も終わりだなあと感慨深くなります。

クリスマス音楽には心にしみる佳曲・名曲が多くあります。
人の優しさを思い起こさせてくれる感動的な映画や小説が多いのもいいですね。





12月25日がイエスの生まれた日ではないことは割合知られています。
でも生まれた月を特定しているようなブログ記事は見たことがありません。

イエスは、いつごろ生まれたのか?
その推論を以下、項目①のメイン記事で扱っています。
項目②以下は、クリスマス音楽を聴きながら、見出しだけでもご覧ください。

.

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
イエスは”初秋”に生まれている。それは聖書預言と史実から分かる。


旧約聖書の預言から、イエスの誕生は9月下旬~10月初旬と推定できる。

ダニエル9:26-27「メシヤは断たれるでしょう。そして彼は一週の半ばに、犠牲と供え物とを廃するでしょう」
                 ※この書は預言書で、キリスト前500年頃に書かれた。

ユダヤ人は律法に従って、エルサレム神殿で牛や羊の犠牲と供え物を捧げていた。
メシヤ(キリスト)は、その制度を「一週(年)の半ば」すなわち”三年半”目に「廃
する」ことと、その間にキリストの命が「断たれ」ることが預言されているが、
つまりはイエスは三年半後に殺されるという意味になる。→コロサイ書参照※1

●「一週(年)」の起点は、イエスの公生涯の始まりの時で、年齢ほぼ三十歳。
ルカ3章23節に「イエスが宣教を始めたときは、ほぼ三十歳であった」とある。
イエスはヨルダン川で浸礼(≒洗礼)を受け、三年半の間、宣教活動をした。※2
 
●「一週(年)の半ば」、つまり三年半後に、イエスは刑柱上で「断たれ」た。
死んだときの年齢は、「ほぼ三十歳」に「三年半」を足した”ほぼ三十三歳半”。

●もしイエスが死ななければ、その半年後は、”ほぼ(満)三十四歳”。
つまり、死んだ日から半年後が、”ほぼ誕生日”になる。

●死んだ日はユダヤの「過ぎ越し」の祭りの日で、ユダヤ暦のニサンの14日。
ニサン(正月)の14日は、太陽暦で言えば、”春”の3月下旬~4月上旬。
(ニサンの月は、春分に最も近い新月がエルサレムで日没後に見えた時に始まり、
14日は、ほぼ満月。太陽暦では、その日は年により違う。2018年は3月31日)


∴ということは、イエスは”秋”の9月下旬~10月上旬に生まれたのだ。


ほぼ三十歳」という記述は、筆者が、明確でないことは分からないままにして
いて注意深かったことと、イエスの誕生日が重要ではないことを示唆している。

ともあれ、ベツレヘムに白い雪は降っていなかった。まだ初秋だったのだから。

                 




②イエスの生まれた日の夜は、羊飼いたちが野宿をしていた。
ルカ2:8-10「その地方で、羊飼いが何人か野宿して羊の群れの夜番をしていた。すると天使が降り立ち、言った、「きょうダビデの町であなた方のために救い主がお生まれになった。この方こそ主キリストである」
「その地方」とは海抜約777mの高地ベツレヘム。11月からは雨期に入り、12月
中旬から3月中旬の天気は寒く、夜は霜が降りる。羊の群れは夜は寒さをしのげ
る場所に入れられた。気候の厳しい12月25日に羊飼いが野宿をするはずがない。

                 

③ローマ皇帝がすべてのユダヤ人に、出生地で住民登録をせよと命じた。
ルカ2:1-7「そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出た。ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムへ上って行った。身重になっているいいなずけの妻マリヤもいっしょに登録するためであった。ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた」
ベツレヘムは、ナザレから起伏の多い道を南に150キロ行った所にある小さな村。
ローマ皇帝が、冷たくて雨の多い12月の時期に、反抗傾向のあったユダヤ人すべ
てに困難な長旅を命じるのは不必要な反感を買うようなもので、かなり考え難い。

                 



                 

④聖書はイエスの誕生日については全く沈黙している。一般文献も全くない。
もしもイエスの誕生日が重要なことなら、聖書には絶対記述されているはずだが、
四つの福音書のうち、マルコとヨハネにはイエスの誕生の話さえ書かれていない。
マクリントクとストロング共編の『百科事典』(英語)は、こう述べている。
「クリスマスの祝いは、神により取り決められたものでもなければ、新約聖書に由来するものでもない。キリストの誕生日は新約聖書からも、実際、他のいかなる資料からも確認することができない」

                 

⑤クリスマスは、異教ローマの祭りに起源がある。
新カトリック百科事典は、次の点を認めている。
「冬至の日付(ユリウス暦の12月25日)がキリスト誕生の日とされたのは、その日に太陽が北の空に戻り始めたので、異教のミトラ信奉者たちが『無敵の太陽の誕生』を祝ったからである。
西暦274年12月25日に、アウレリアヌス帝が太陽神を同帝国の主要な守護神と宣し、カンプス・マルティウスでその太陽神に神殿を捧げた。クリスマスは、ローマで太陽崇拝が特に優勢であった時期に起こった」
また、アメリカーナ百科事典は、次のように述べている。
「ローマ人のサトゥルナリア祭(農耕の神サトゥルヌスを祭り、太陽の取り戻した力を祝うための祭り)もまた、この時期に行なわれていた」

                 

⑥初期クリスチャンがキリストの誕生を祝った歴史上の証拠はない。
12月25日がキリスト教世界で公式に祝われるようになったのは、イエスが誕生し
て三百年以上たってから。清教徒やクエーカー教派、初期のバプテスト教会では、
クリスマスは異教の祭りだと認識されていた。17世紀の英国や米国のマサチュー
セッツ州議会では、クリスマスの祝いが禁止され、違反者には罰金が課せられた。

           ★  
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       ____________________        

さて、重要なことは、イエスが生まれた厳密な日付を知ることではありません。
大事なことは、イエスが教えたこと、行なったことでしょう。

気ぜわしい世の中で、人がとかく忘れがちな愛や親切や同情心・・・。
この善い時期に、よく思い出すようにしたいものですね。





補足―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※1:コロサイ2:13,14「神は、私たちの一切の罪を赦し、規則によって私たちを訴えて不利に陥れ
ていた証書(註:律法のこと)を破棄し、これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました」。
※2:イエスは、年に一度の「過ぎ越しの祭り」に四回行っている。(ヨハネ2:13、5:1、6:4、13:1)
イスラエルの王ダビデは「三十歳」のときに王に任命されている。イエスは、そのダビデ王の子孫。
(以上は、以前わたしがキリスト教団に所属していた頃に学び知ったことです)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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思わず検索

(*′☉.̫☉)…と思って、思わず検索してみましたぁ!

キリスト関連の映画はほとんど観ましたが、
預言者たちが導かれた小屋の周囲に雪はありませんでしたし。

そもそも中世以前に、
庶民の生まれた日が記録される習慣なんてなかったんですってねぇ。
全世界的な行事になってはいても、
協会関係者たちがキリストの生誕を祝おうと、
なんとなくスタートしたのが12/24、25みたいな…(^_^ ;)

最上部の三人娘、容姿も声も美しいですねぇ。
聞いてると、生誕日なんてどうでもよく感じられるほど。

2017/12/23(土) |URL|風子 [edit]

誕生日

バーソ様
おはよう御座います。

クリスマスソングというと普通は山下達郎とかワムなんかが出てきますが、流石にバーソ様の場合は違っていますね。
エンヤの歌っている歌は子供の頃、教会で良く歌っている曲でした。日本語ですがまだ歌詩まで覚えています。
最後のジョンの曲の映像は悲惨ですね。昔ベトナム反戦の曲の背景に悲惨な映像が良く使われていました。あまりに悲惨だと曲を聴く気にもならなくなってしまいます。
日本のクリスマスは宗教行事ではありませんから誕生日なんて全く関係ないでしょうね。
もしかしたらそれさえも知らない人がいるかも知れません。(笑)

愛新覚羅


2017/12/23(土) |URL|aishinkakura [edit]

おはようございます。

クリスマスにふさわしい記事ですね。
ケルティック・ウーマン、「ユー・レイズ・ミー・アップ」を
歌っていたころCDを買いました。当時に比し衣装・雰囲気が
ずいぶん派手になったものです。(笑)
私、キリスト生誕は12月25日だと思っていました。
映画「ベンハー」のキリスト生誕場面は感動的でした。
https://youtu.be/SWHeWUzXkeY
ベツレヘムの星、馬小屋、三人の賢者、マリア、ヨセフ、キリストを
目撃できたのですから。
あっ、それからもうひとつの生誕場面。
このyutube動画もなかなかのものです。
https://youtu.be/gMxWDkXm8Gg
「When a child is born」という曲が使われています。日本では、
「ソレアド」、「哀愁のソレアード」で知られています。

2017/12/23(土) |URL|エリアンダー [edit]

Re: 思わず検索

風子さん コメントありがとうございます^^)
> 預言者たちが導かれた小屋の周囲に雪はありませんでしたし。
 この「預言者たち」は普通は、東方の博士とか賢者、占星術者、マギと訳されます。マギとはマジックのマギです。当時はみな似たようなものだったのです。

 彼らは星に導かれてヨセフの家にやってきて、馬小屋の飼い葉おけに寝かされているイエスの前に身をかがめている絵がクリスマスカードの定番になっていますが、じつはそのときはイエスは「家」にいて「幼子」になっています。
 マタイ2:12「に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた」

 彼らがイエスのことを「ユダヤの王」だと言うので、ヘロデ王が動揺して、ベツレヘムの二歳以下の子供をみな殺せと命令します。これもすでにイエスが赤子ではなく「幼児」になっていたことを示しています。

 初期の教会は世界に教えを広げていく際に各地の宗教や風習を取り入れていったようですが、イエスの誕生が12月25日の祭りの日とされたのは、時のローマ帝国がキリスト教を国境にしたせいも大きいようで、宗教というのは大衆や政治の考えを意識し、影響されるのですね。

2017/12/23(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 誕生日

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
 そうですね、私も最初は山下達郎とかワムが出てきますね。達郎の『クリスマスーイヴ』はメロディも詞も素晴らしくて、名曲です。日本人もやりますね。「きっと君は来ないひとりきりのクリスマス・イブ」には、とりわけ共感を覚えます。(笑)

 その次に思い出す歌手は松任谷由実とか大勢いますが、私には、ビング・クロスビーとかナット・キング・コールの名も出てきます。

 エンヤの歌っている曲は邦題『神のみ子は今宵しも』ですね。クリスマスソングというよりは讃美歌です。まだ歌詞を覚えているとは、すごいです。

 私は『もろびとこぞりて』を子供の頃に覚えたのはいいのですが、歌詞の「主は来ませリ」を、しゅわきっーませーりーと歌うので、「主、湧ききませリ」という意味だと思っていました。意味が分からずに歌っていたのですね。

 ジョン・レノンのは明るい気持ちでは聴けませんが、教授を思い出しながら、締めくくりにふさわしいような気がしたので入れました。

2017/12/23(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: おはようございます。

[太字]エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)[/太字
 さすがにエリアンダーさんらしい感想です。音楽と映画。名場面に感動したという話ですから。またブログが再開され、私のほうはコメントをいただいて、非常にうれしいです。(^^♪

 私もケルティック・ウーマンが好きな女性ヴォーカルの一つで、『ユー・レイズ・ミー・アップ』も好きな曲です。ウォークマンには彼女たちのアルバムが3枚ぐらい入っていると思います。この頃からアイルランドの曲を聴くようになり、少年合唱団『リベラ』もウォークマンに入っています。

 『ベン・ハー』生誕場面に感動したのですか。エリアンダーさんは感性が豊かなようですね。確かにこのシーンは音楽とあいまって感動的です。が、私はこの映画はテレビで何度か観たはずですが、全然覚えてないですよ。

 ベツレヘムの夜空に一つの星がやってきて馬小屋の上に留まりますが、山本七平だったかが、当時の人は家畜を大事にしたので、冬は人間の住む家の中に馬を一緒に入れたのだとか書いていた気がします。
 
 この星は神が導いたと一般には思われていますが、違いますね。
 というのは、このあとでヘロデ王が二歳以下の子供を皆殺しにせよと命令していますから、この賢者たち3人は知らなかったでしょうが、聖書的に言えば、彼らは悪魔サタンに導かれたのです。サタンはメシヤ(キリスト)が生まれる時に殺そうとしたということを、この福音書を書いた筆者は言いたいのでしょう。

 二つ目の動画は初めて見ました。実際のマリアはおそらく17.8歳ぐらいだったと思われますが、このマリアはアジア系の顔をしていて、いいですね。
 『哀愁のソレアード』として知られている。ポール・モーリアを思い出しますが、別府さんのコンサートで、そういう説明を聞いたことがあります。
 https://www.youtube.com/watch?v=lhgbekS8BpE 

2017/12/23(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

人はいつ生まれたかより、何を為したかの方が重要だと思います。
新しい宗教が地域に根付くには、その地域に古くからある風俗・習慣に溶け込む必要があります。
その過程で、原型にはなかったものが加わり、地域ごとに幾つもの宗派に分裂してゆくのは必然だと思います。
今の人から見れば、マリアが16歳でイエスを出産したのは早い様に見えますが、当時の社会環境ではむしろ遅い方です。
当時の女子は初潮が見られると同時に、親が誰かに嫁がせていました…中東では今でもそんな風習が残ってますね。
なお、当時の男子の寿命から見れば、30歳なら立派に完成された大人で、50を超えれば大長老だと言われてました。
30にもなって青年の部類に入る今の社会は、当時から見れば異常です。責任ある大の男が幼すぎますよ(笑)

2017/12/23(土) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)
> 人はいつ生まれたかより、何を為したかの方が重要だと思います
 あ、そうですね。旧約聖書の伝道の書7章1節に「死ぬ日は生まれる日に優る」と書かれています。

> 新しい宗教が地域に根付くには、その地域に古くからある風俗・習慣に溶け込む必要があります。
 カトリックの宣教者は、異邦の地に受け入れてもらうために、一種の宗教合同をして、キリスト教を拡大していったようです。その痕跡がクリスマスや復活祭などのキリスト教の「祭りの日」に残っています。

 しかし聖書的にいえば、これは大変な罪なんですね。聖書の神は、そういう他宗教の教えや風習が混合することを非常に嫌いますから。
 コリント第一10章の20,21節には、こう書かれています。
「偶像に献げる供え物は、神ではなく悪霊に献げている、という点なのです。わたしは、あなたがたに悪霊の仲間になってほしくありません。 主の杯と悪霊の杯の両方を飲むことはできないし、主の食卓と悪霊の食卓の両方に着くことはできません」

 「十戒」に「汝、我の他に神を拝むなかれ、汝、偶像を造るなかれ」と言われているにもかかわらず、カトリック教会はイエスやマリアや聖人の像を造り、それらは神に近づくための仲介者だと言い訳して偶像崇拝行為をしていたので、だからマルティン・ルターが抗議をして、それは聖書的に大きな罪になるとして、プロテスタントが始まったわけですね。
 聖書の原型にないものを加えていくのは「必要」というよりは、聖書的には大変な悪事なので、だから純粋な保守派のキリスト教徒は、クリスマスは異教の祝い、日本の正月の祝いは神道の行事とみなして、それらの祝日を祝ったりはしませんね。

 マリアが16歳で結婚したとは、聖書には書いてないですが、何かの本に書いてあったのでしょうかね。まあ、その位の年齢の可能性もありますが、中世の絵画のマリアはみな二十代か三十代くらいに見えますね。聖母マリアが少女マリアだと、ちょっと有難みが薄れそうです。

2017/12/23(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

誕生日は神様に仕え始めた日、但しみ使いダケ

こんばんは、バーソさん。
クリスマス談義ですか。
そう言えばアメリカは年度が9月始まり
日本は年度が4月始まり、何かキリストさんの
誕生日と死亡日なんだなぁ と思ったりして。

こりゃ、12/31の大掃除と1/1の餅つきの
由来が過ぎ越し話になりそうですね!
モチロン(餅論?)の事、無酵母パンを
作る前日は酵母を家から追い出さないとダメ
ですからねぇ。

2017/12/23(土) |URL|kenichi2409 [edit]

Re: 誕生日は神様に仕え始めた日、但しみ使いダケ

kenichi2409さん コメントありがとうございます^^)
 年度始まりが9月からと4月からの違い。なるほど、似ていますね。聖書の神は出エジプトのときに、春のアビブ(ニサン)の月を1年の始まりにしたのですが(出エ12::2,13:4)、ということは、それ以前のイスラエル人は、収穫の秋を1年の始まりにする農事暦を採用していたようです。

 無酵母パンの邪魔になるパンだね家の中から追い出す。掃除する。大晦日の大掃除。そして元旦には餅を食べる。餅はご飯の臨時食のようなもの。過ぎ越しの日の臨時食の種なしパンと似ています。そしてみんなで神社に初詣をする。祝う期間は七日間。七草がゆは、過ぎ越しの苦菜と同じ。確かに神道の正月の習慣は、ユダヤ教と似ている点が沢山あります。これは「餅論」ですか。(笑)

 過ぎ越しの祭りの場面は、イエスの最後の晩餐の場面ですから、中世の絵画に多く描かれています。でも大抵の絵はユダヤ人のスタイルと違いますね。レオナルドの絵は、イエスと中に弟子が椅子に一列に座っていますが、あんなことはあり得ません。当時は、左向きで横たわって食べるのを習慣にしていたので、ヨハネがイエスの「懐の前に横になる」ことができたのですね。(ヨハネ13:23)
 どうもイエスのことについての話は、いろいろと聖書とは違っているようです。
 でもイスラエルの家の戸柱に羊の血を塗っておけば、滅ぼし役のみ使いがその家を過ぎ越していくというのは、イエスの犠牲の血によって救われるという話と同じ。この贖いの教えがキリスト教の最大の教えですから、過ぎ越しの祭りが西暦前千五百年ぐらいから現代に至るまでずーっと続いていること、言い換えるとイスラエルではいまだにその霊的成就がなされていないのは、なかなか面白いことだと思いますね。もっともキリスト教も、その成就(贖いの適用)については明白な証拠がないのですが。

2017/12/23(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

汝、我に餌を与えるなかれ

 この手のお題は、わたくし確実に暴走するので今回は遠慮させていただきますのです。
 代わりに特性いちごケーキのレシピなど。
 まずはスーパーに行ってショートケーキと大粒のイチゴを購入。ショートケーキの上に鎮座するせこいイチゴを排除して、そこに大粒のイチゴをどーんと並べます。以上。
 え゛、それレシピ言わない?べつにええやん。そうするだけでずっと豪華に見えるんだから。
 ついでに特大板チョコのレシピも。
 先ずは゛あの゛正栄デリシィの金土アウトレットにて一口チョコレート裸品一袋500g250円也を購入。湯煎で溶かして製氷皿にドボドボドボ。固まったら製氷皿をちょいと捻れば完成(笑
 次にいかにもクリスマスらしく、里芋の煮転がしなどを。え゛、ええ加減にせい?・・・いや、これは失礼をば致しました(小遊三風

2017/12/24(日) |URL|miss.key [edit]

Re: 汝、我に餌を与えるなかれ

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
 波長の合わないような話題でも、義理堅く、かつ愛と親切と友情と同情心をもってコメントしていただけるのはまことに有難いやら恐縮するやら、いつもすみませんね。^^)
 ひとと考え方は違っていても、だからといって嫌ったり憎んだりすることをみんながしなければ、この世界は格段に住みよくなりそうです。

 しかしながら私もクリスマスは長年祝ったことはないのですよ。教団にいた頃は、異教由来の風習なので絶対にしなかったですし、若い頃は一緒に祝う恋人などおらずで、子供の頃はひどく貧乏でしたから。
 ただし昨日は、プラスチックのひいらぎが乗っているイチゴケーキとラズベリーのムースを買ってきました。というのは、いつも毎週買っている好物のサバランが売ってなかったので、仕方なく代用として、そんな赤系のケーキを買ったのです。

 クリスマスソングは名曲が多いので、歌うのも聴くのも気持ちがいいのですが、日頃、無神論を強く主張しているような人が、ハレルヤとか我が主イエスよといった歌詞が入っている讃美歌を歌っているのを見ると、ちょっと気になります。他の宗教は歌でキリスト教に完敗していますね。

 昔、山本七平が、日本人は日本教を奉じていると言いました。確かに日本人は仏教、神道、キリスト教の他にパリ祭やボージョレ・ヌーヴォーまで日常に取り入れているのは、まあ、包容力があり、発展性があると言うべきかもしれません。
 しかしながら節操をもって、そういうことはしないと決めているのも、それはそれでいいと思いますね。正栄デリシィって筑西市ですね。

2017/12/25(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/12/25(月) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 あー、有益なるアドバイス、ありがとうございました。
 なるほど。渉猟ですか。そういえば雑読も濫読も熟読も耽読も、そして探索も詮索も物色もしてないですね。あ、検索はしていますが。
 どうも徘徊という言葉には、私的にはなぜか拒否感めいたものを感じるもので。(笑)

2017/12/25(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

どこで聞いたのかも忘れているのに、何となく知っていること、
というのは多分世代によって大きくちがうのでしょうね。
80年代のヒットナンバーとかピンクレディーの曲から遡って、
懐メロまでおおよそ聞いたことがあるというのが私の世代で、
私には今どきの曲は何一つわかりません。
「春雨じゃ濡れて行こう」は出典が月形半平太であることも、
月形半平太のあらすじも知らないで昔テレビで聞き知ったのだと思います。
「別れろ切れろは芸者のときにいう言葉」これは泉鏡花の小説「婦系図」
が翌年新派の舞台にかけられて初めて生まれた台詞だそうです。
「今月今夜のこの月を僕の涙で曇らせてみせる」は尾崎紅葉の「金色夜叉」
の貫一の台詞を映画版で簡略化したものだそうです。
これらの台詞がいつ私たちの耳に入って記憶の底に沈んだか、
それを考えるのもまた一興かも。

世界には色々な宗教のもとに暮らしている人々がいるので、
年末年始にはMerry Christmas! より Happy Holidays が使われますね。
信念信条はそれぞれでも、幸せに暮らしたい気持ちは皆同じなのだと思います。

2017/12/28(木) |URL|宝香 [edit]

Re: タイトルなし

宝香さん コメントありがとうございます^^)
 そうですね、「歌は世につれ」と言われる通り、人が覚えている曲によって世代が分かりそうです。面白いのは歌に感じる感性は世代で違うこと。昔と今とでは、いい曲の定義がだいぶ変わってきているように感じます。

 今の若い人向けの曲は、私には、みんな音程が同じような平調なメロディに聴こえます。でも昔の名曲には必ず印象的な”さわり”となる”いい旋律”とか”いい節回し”と言われるものがありました。曲名を言われると、大抵その一つのメロディと歌詞を思い出します。

 著名な小説も同様で、全体を読んだことはないのに、一つのフレーズは印象的なので覚えているということがありますね。有名なフレーズは、映画やテレビで知ったというのが多いのでしょう。私は漫才ネタで扱われたのを覚えていますよ。『金色夜叉』は「きんいろよまた」と漫才の夢路いとし喜味こいしだったかが言っていて(この本は中学生の頃に読んだことがあります)、「今月今夜のこの月」はチャンバラトリオだったかが劇中で言っていたような気がします。「別れろ切れろ」は最近、湯島天神に行ったときに思い出したのですが、あまりに雑然として俗っぽい雰囲気だったので、がっかりして帰ってきました。あそこは風情や情緒の演出が大幅に欠如していますね。

 そんなことを思うと、覚えやすい言葉というのは、その内容もさることながら、言い回しが斬新で印象的なことが重要なんでしょう。ここに挙げられた三つのフレーズも言い方が巧くて感心します。やはり頭脳と感性ですかね。おっと、この話はブログでも同じことが言えそうです。宝香さんはそういう点で、キラッと光る言い方がいつもお上手ですね。と、これは本年最後のスリスリでして・・・。(笑)

> 年末年始にはMerry Christmas! より Happy Holidays が使われますね。
 そうみたいですね。日本人は宗教的に曖昧ですが、他の国の人たちは違いますから。エルサレムの首都問題も容易には解決しそうもありません。

2017/12/28(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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