「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 バラバか、キリストか。少数が多数を牛耳る聖書例。 


連日、日馬富士がトップニュースで叩かれている。

原因は、貴ノ岩の態度が悪いとして、ひどく叩いたため。
貴ノ岩の親方の貴乃花も、相撲協会との確執が取り沙汰され、叩かれている。

昨今は、ミスをした有名人を叩くのが"流行り"になっているようだ。

昔は「赤信号、みんなで渡れば恐くない」と言われた。
今は「赤信号、セレブが渡ればみんなに叩かれる」。
また「赤信号、スマホ見ながら渡れば叩かれる」。(あ、これは当たり前でした)

sumah.jpg
(フリー画像)

皆が同じような情報を得て、皆が同じことを考える傾向が増してきている。

今回は、少数者の意見で大衆の意識が左右され、歴史が変わる聖書の事例です。

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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
右へならえ、空気を読む、付和雷同、ミーハー、風見鶏、迎合主義。

イエスを殺したのはユダヤ人だが、ユダヤ人みんなが悪いわけではない。
(とかく一部を見て全体が悪いと思いがちなので、これは重要な点)

まずユダヤの高等法廷が、イエスを国家反逆と冒涜の罪でローマ政府に訴えた。
しかしイエスを死刑にする判断をしたのは、ローマ総督ではない。

当時、年に一度の「過ぎ越しの祭り」の際に、一人だけ恩赦をする慣例があった。
総督ピラトは、イエスには罪がないと知っていたので、イエスを赦免したかった。

●ピラトは頭をひねって、悪名高い囚人バラバの名を群衆の前に持ち出した。

  左の白衣はイエス      中央の赤衣は総督ピラト     右の黒衣は囚人バラバ
pass87.jpg
メル・ギブソン監督の『パッション(The Passion of the Christ )』(2004)日本ヘラルド映画



(マタイ27章の17節は、新共同訳聖書が興味深い訳し方をしている)

17 ピラトは、人々が集まって来たときに言った。「どちらを釈放してほしいの
か。バラバ・イエスか。それともメシアといわれるイエスか」


ヘブライ語の「メシア」は、ギリシア語では「キリスト」。
つまり総督ピラトは、群衆に「バラバ・イエスか、キリスト・イエスか、どちら
のイエスを釈放してほしいのか」と一応尋ね(て、イエスを赦そうと言っ)たのだ。

バラバの名が「バル(子)・アバ(父)」の略ならば、「父の子」という意味になる。
イエスは神を「父」と呼んでいたので、イエスも同じく「父(神)の子」であった。
だから奇しくも同名の人物が二人いたのだが、片方は強盗・暴動・殺人の極悪人。


21 総督が、「二人のうち、どちらを釈放してほしいのか」と言うと、人々は、
「バラバを」と言った。

22 ピラトが「では、メシア(キリスト)といわれているイエスの方は、どうした
らよいか」と言うと、皆は、「十字架につけろ」と言った。

23 ピラトは、「いったいどんな悪事を働いたというのか」と言ったが、群衆は
ますます激しく、「十字架につけろ」と叫び続けた。


それまで群衆はイエスの説教に感動し、奇跡に驚嘆し、イエスこそ待望のユダヤ
の王だ、救い主だと祭り上げていたのに、ここでは態度がまったく豹変している。

Mun2o.jpg
油彩画 Mihaly Munkacsy Ecce Homo!(1896)


●ピラトの予想に反した反応を群衆がしたのはなぜか?

場面は時間的に少し遡って、イエスがローマ兵に捕まるときになるが、
並行記述の福音書マルコ15章にはこう書かれている。

15 祭司長たちは、バラバの方を釈放してもらうように群衆を扇動した


祭司長たちとは高等法廷の中心を成す人物。彼らが群衆を煽ったのだ。

43 イエスがまだ話しておられると、十二人の一人であるユダが進み寄って来た。
祭司長、律法学者、長老たちの遣わした群衆も、剣や棒を持って一緒に来た。


群衆は宗教指導者から遣わされた者たちで、武装までしていたことが分かる。
つまり権力者に同調する過激な群衆がいて、彼らが他の群衆を扇動したのだ。


pass98d.jpg
メル・ギブソン監督映画『パッション』(2004)


●それにしても、ピラトが総督として正しい決定をしなかったのはなぜか?

15 ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバを釈放した。そして、イエス
を鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。


ピラトは群衆受けを狙い、保身のために建前として"民意"を優先したようだ。


メル・ギブソン監督映画『パッション』(2004)

       ____________________


こう見てくると、現代社会と類似点がないだろうか。

宗教指導者は、イエスの名声を妬み、正邪の判断を無視した。
政治権力者は、群衆の暴動を恐れて、正邪の判断を放棄した。
民衆は、裏で巧妙に画策、扇動され、正邪の判断を見失った。

他者を裁く風潮は、正義感ゆえか、面白半分か、横並び精神思考のせいか。

人間いろいろ、考え方いろいろ。
でもまあ、何にせよ、無闇に叩くのも叩かれるのもイヤなことですね。



補足 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※新共同訳とフランシスコ会訳聖書などでは「バラバ・イエス」と訳されているが、他の大抵の訳では
「バラバ」とだけ訳されている。本文批評学上は、イエスの名前がバラバと同じであることに対する不
快感から「バラバ・イエス」の「イエス」を意図的に取り除いたとされる。原典には「イエス」の言葉
がないのに、書き写したクリスチャンが付け加えるということはあり得がたいからだ。「イエス」とは
ありふれた名前で、少しも不自然ではない。「バラバ」は「ラビ(教師)のバル(子)」の意かもしれない。

私は映画『パッション』はテレビで見たせいか、さほど感動はなかったですね。この種の聖書の伝記映
画は大抵宗教的な深みに欠けます。でも印象に残ったのは、宗教指導者が真理や愛を忘れ、自分たちが
権力の座に居座り続けたいためにイエスを無慈悲に迫害し続けたこと、そして大衆が無知で愚かで扇動
されやすいことでした。欧米のメディアからは、ユダヤ人を悪く描いている映画だと叩かれたそうです。
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ストーリーは完成していた?

ピラト総督の思惑通り、キリストが処刑されなかったとしたら、
歴史はどう変わっていたのでしょうね。
ヨボヨボの爺さまになっても、キリストは伝道を継続したのだろうか……。
と、ふと思います。
だとすれば、世界はイスラム一色になっていたかも。

天は予め、群集心理を見抜いて
“壮絶なインパクトストーリー”を完成させたってことですよね。

>皆が同じような情報を得て、皆が同じことを考える 傾向が増してきている。

これは恐ろしいことであり、同時に自らを疑う機会の提供とも受け取れます。
“他者を裁く風潮”……日本では大半が面白半分でしょうね。
ネタの枯渇を恐れるマスコミにとっては格好の『獲物』です。(^_^ ;)

2017/11/25(土) |URL|風子 [edit]

正しい判断は?

バーソ様
おはよう御座います。

一見間違った判断でバラバを赦免してしまったように感じますが当時の人々にとって強盗殺人犯よりも革新的考えを持った人の方が恐ろしかったのかもしれませんね。
そういう通常の人間にはない能力を持った人間は悪魔と思われたのかも知れません。
いずれにしましても現場にいあわせたものではありませんのでどうこう言えません。

正義の裁判官 愛新覚羅

2017/11/25(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: ストーリーは完成していた?

風子さん コメントありがとうございます^^)
 じつはキリストは処刑されなかった、似た顔の弟子が殺されたのだとか、その後イエスは日本の青森に来たのだとか、いろいろ後日談もあるようです。『ダ・ビンチ・コード』の本もキリストと(マグダラの)マリアが生んだ子の末裔の話をしていました。

 確かなことは、キリストが殺されなければキリスト教は発祥し得なかったことです。イエスが犠牲の死を遂げることで人類の救いが成立する「贖い」が、キリスト教の最大の教理なのですから。

 イエスはユダヤ教の狭い愚かしい因習を打ち破ったのですが、福音書を読む限りでは、そして現代感覚では、イエスはそれほど霊的に画期的なことを述べているとはあまり思えません。
 しかしながら当時はユダヤ教と特にローマ皇帝による迫害がひどかったですから、力のない小さな民衆の集まりがよくあんなに大きく拡張していったものだと思いますが、それは実際にイエスが死んで復活した証拠だと言われます。「信仰」の力とは強いものですね。弱い人も強くなれるのですから。

> 天は予め、群集心理を見抜いて
“壮絶なインパクトストーリー”を完成させたってことですよね。

 そうですね、面白いですね。本能寺の変もオーストリアの皇太子銃撃事件も、結果的には”運命”の糸が操ったのでしょう。と考えればイエスを死なせてキリスト教が普及するのも天の導きのようなものであり、キリスト教も存在意義があるのだとなりそうです。

> ネタの枯渇を恐れるマスコミにとっては格好の『獲物』です。
 視聴率向上のために小さな事件に注目させ、囃し立て、拡大する。あるいは時の権力者の行動を隠蔽するために、何か事件を作り上げて大衆に注目させる。マスコミも警察も、時には全面的には信用できないところがありますね。

2017/11/25(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 正しい判断は?

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
> 当時の人々にとって強盗殺人犯よりも革新的考えを持った人の方が恐ろしかったのかもしれませんね。
 あ、なるほど。そういう見方もありますね。私はそう思ったことがなかったですよ。

 人間は自分を護りたいという本能的な意識があり、それは社会構造や生活スタイルの革新を恐れる精神につながりそうです。
 要は、自分が現状に満足しているかそうでないかが、そういう意識を持つか持たないかの分かれ目になるのでしょう。人間は自分のしたくないことはしないものですから。なんやかんや言っていても、満足が不満より半分以上あるような人は、とかく革新を拒否する思考になりそうです。

 「革新」といえば、大島渚が、聖書は恐ろしい本だ、それは人を変えるからだと言っていたのを思い出しました。結婚記念パーティのステージ上で野坂昭如から殴られたとき、この人も相手の頬を殴り返し、マイクで頭を殴ったシーンは動画で見たことがあります。
 このあと互いに反省文を書いて送り合ったそうですが、今ちょっとWikipediaを見たら、「妻の小山は『お互いの存在を認め、これまで以上に交流が深まった…どちらも大酒飲みで、やりたいことを貫いて生き抜いた。スケールの大きな男たちだった』と述懐した」と書いてありましたよ。
 大島渚はかつては学生運動に携わり、映画では「松竹ヌーヴェルヴァーグの旗手」と言われた人でしたが、自身はそう呼ばれることを好まなかったそうですね。で、「正義の裁判官」ですか。あはは。(^_-)

2017/11/25(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

群衆心理について

バーソさん、お早うございます。
kenichi2409です。

群衆心理は怖いものですね!
自分の考えを持っていないと周りに
すぐ流されるのですよね。

折角 訪問頂いたのですが、
ちょっとだけ小生のブログを休止します。
(単なる私用ですが。。。)

代わりに別の所で書き込みしましたので
これでご勘弁を!

放知技/神戸製鋼が叩かれる
http://grnba.bbs.fc2.com/

2017/11/25(土) |URL|kenichi2409 [edit]

Re: 群衆心理について

kenichi2409さん コメントありがとうございます^^)
> 群衆心理は怖いものですね!
自分の考えを持っていないと周りに
すぐ流されるのですよね。

 そうですね。現代は、流されやすい環境にますますなっているようです。大衆画一化の波は進行する一方に見えます。実際の真実とは何かは、非常に分かりにくくなっています。外野が多いせいでしょうか。

 このたびの日馬富士のことも、同じ部屋に他に何人もいて、そう難しい話ではないのに、いろいろ異なる情報が入り乱れていて、真相がよく分かりません。企業や政治の分野では真実・真相がもっと分かりにくくなっているのも無理はないですね。

 ところで『放知技』は読みました。まあ、kenichi2409さんが深くて広い知識を持っていることがよく分かりました。ああいう『掲示板』はほとんど見たことがないのですが、読者は多いのでしょうかね。あれほどの内容を面白い書き方で書けるのなら、そっくりそのまま自分のブログに載せたほうがいいように思いました。
 「事実3割、うそ3割、思い込み3割、残り1割は聞いた人任せの歴史の話」。「船」の由来の話もさり気なく入れてあったりして面白かったですよ。

 で、しばらく休止ですか。私用ならその用事が終わったら、すぐ再開できますね。なら、よかったです。またお邪魔させていただきますからね。(^^♪

2017/11/25(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/11/25(土) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 そちらにコメントを入れましたよ。(^_-)

2017/11/25(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/11/25(土) || [edit]

Re: ありがとう

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 ああ、うれしいコメントをありがとうございました。
 そちらに少し書き込みましたよ。(^^♪

 

2017/11/26(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

自分は聖書の「ポンティウス・ピラトウス像」はキリスト教徒が作り上げた虚像だと思ってます。
史実を見る限り、彼は任地での搾取や税の横領を専らにして私腹を肥やし、ローマ皇帝の権力をカサに着て民衆を虐殺した挙句、解任されています。イエス亡き後のユダヤ民族の反乱を招いた張本人とも言われます。
帝政時代の官僚は、どれも似たり寄ったりの典型的な悪代官が多く、ピラトウスもそんな小者役人の一人だったのでしょう。
最もそんなヤツらの中に領民から巻き上げた金で軍団を私物化し、野心を抱いて帝位を伺う人物が現れて、帝政ローマは常に政情不安定な時代でした。
なのでピラトウスが行った裁判は民衆の歓心を買う為の茶番で、最初っから不穏な人物としてイエスを排除するつもりだったと思います。
何となれば、ローマ総督の権力をもってすれば国外追放処分(島流し)もあり得たのですから…「総督は寛大なお方だ」と見せ付けるための芝居ですよ(笑)

2017/11/26(日) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)
> 自分は聖書の「ポンティウス・ピラトウス像」はキリスト教徒が作り上げた虚像だと思ってます。・・・ピラトウスが行った裁判は民衆の歓心を買う為の茶番で、最初っから不穏な人物としてイエスを排除するつもりだったと思います。
 joさんは、この時代の出来事にも詳しそうですね。そのようにも考えられそうです。ピラトについては一般の文献があまりないのですが、頑固で硬直な役人とされ、エルサレム神殿の金を使ったり、サマリヤ人を殺したりしているようです。
 歴史家のヨセフスによれば、後にピラトはサマリア人から訴えられ、シリアの総督ウィテリウスに解任され、最後は自 殺に追い込まれたとか。

 最近の日本の選挙を見ても分かる通り、政治家は自分の権力の座を護ることが一番の関心事なので、ピラトもご多分に漏れず、自分の利害を考えて行動したのでしょう。だから上官の耳に自分の不始末が報告されないよう、手順をしっかり踏んでいます。最後には、群衆の声に聴き従ってイエスに裁きを宣告したあと、群衆の前で手を洗って、自分には責任がないと言っています。
 そのように福音書では、ピラトはイエスに関してはローマの支配者として周到に対処したように好意的に書き、ユダヤ人の宗教指導者が徹底して悪者になるようにしています。

 しかしピラトがそれら宗教指導者たちを嫌っていたことは、刑柱に架けられたイエスの頭上に「ユダヤ人の王」であると書いた標識を掲げたことと、それを「ユダヤ人の王と自称した」と変えて欲しいと訴えがなされたときに、「わたしが書いたものは、わたしが書いた通りに」とそっけなく答えていることからも分かります。

 まあ、特に宗教的リーダーについての記述は後付けで美しく修飾されるのが常ですから、事実はどうだったかはよく分かりませんが、いずれにせよイエスはユダヤ教からはひどく憎まれたようです。何事にせよ従来とは違う目新しいことを言うと、必ず保守思考の人たちから嫌われますね。(古い)人間は、とかく「古いものはいい」と言う傾向がありますからね。

2017/11/26(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

五毛の跋扈に注意

 中国の悪名高い五毛党。韓国のキ印VANK。そして日本でもやたらと花につく自民押しの方々。その逆も勿論居る。ネットにも大衆を煽って世論を操作する「支配者」の手先がウヨウヨしています。気をつけなければなりませんな。

2017/11/26(日) |URL|miss.key [edit]

Re: 五毛の跋扈に注意

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
 五毛党は、書き込み1件当たり5毛が支払われる。毎月の最低支払金額が600元。日本円で約1万円。人数は一千万人ぐらい居る。VANKは政府から公金が出されている。約10万人の3割が正会員。
 やらせ。宣伝工作員。世論の誘導。民意の操作。これはみっともない国の証拠でしょう。
 世の中はカネと愛国主義。貪欲と名誉欲とそれに正義感もありそうです。やっているほうは大真面目なんでしょうが。

 いま東京上野で『怖い絵』展をやっていて、ポール・ドラローシュ 《レディ・ジェーン・グレイの処刑》 の絵が怖ろしいとネットに出ていました。
http://livedoor.blogimg.jp/takashun2014/imgs/7/3/738cec51.jpg

 これは政争に巻き込まれて戴冠し、たった9日間の在位期間を経て、プロテスタントへの改宗を拒んだゆえに反逆罪で処刑された16歳の女王ジェーン・グレイの悲劇的な人生を描いたものだそうです。

 聖書にも「イエスの弟子たちを迫害する者たちが『自分は神に仕えている(からそうしているのだ)』と言う時代が来る」と書かれています。まあ、宗教的な正義感も政治的な正義感も、度を越すと怖ろしいものですね。

2017/11/27(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

役者は役者にダメだしをしてはいけない、と藤田まことが言ったそうです。
合唱団では団員が団員に(どんなに救いようがなく、我慢できないほど下手でも)ダメだしをしてしまうとギスギスした合唱になります。
ソリストが同じソリストにダメだしをすると、仕事がなくなります。
相撲取り同士がかわいがりをしたら、横綱の地位を失います。
ということはダメだしをしていいのは
統率する役目の人間か上の立場にいる人間ということですね。
ほとんどの人間は同僚や仲間への不満のやり場がなくて噴火寸前ですから、
上に立つ人がそれらを煽動するのはたやすいことかもしれません。
みんな、悪いのはオレじゃないんだよ、アイツなんだよ、
と思っているのかもしれないですね。
自分の悪い所は見えませんからね。
人の悪い所は簡単には許せないですし。
ホント、叩きたくも、叩かれたくもありませんけれどね。

2017/11/30(木) |URL|宝香 [edit]

Re: タイトルなし

宝香さん コメントありがとうございます^^)
 あらら、ずいぶん遅い時間にすみませんね。
 飲みに行くと陰口か喧嘩になるので気をつけていると、藤田まことを師と仰ぐ三田村邦彦 が言ったそうです。この話はいま検索して知りました。

 スポーツ界や演劇界で、著名なコーチや先生方が怒鳴りまくり、選手や役者が涙を浮かべているシーンは、テレビで何度も見ました。蜷川実花さんのお父さんなんかは、しょっちゅう怒ってばかりいるので人相が悪くなったように見えます。

 多くは、下にいる者の質の向上を考えてそうしているのでしょうが、上の立場にいることに気分を良くしてやたらに権威を振るっている場合もよくあります。これは“組織“には付き物です。憑き物かもしれません。特に格闘技の場合は気軽に暴力を振るいやすいのでしょう。しかし言葉の暴力もそれに負けずに酷いものです。なんにせよ、ひとから殴られると心の痛みがずっと残りますね。

 悪魔サタンと呼ばれる存在は、元は非常に有能な“み使い“でした。最初はエデンの園の管理(すなわち地球と人間の管理)を任されていたことが聖書に示唆されています。ところがあまりに有能なために思い上がって、神に逆らい、神をそしる者になったとされています。サタンとはヘブライ語で反抗あるいは対抗する者の意で、悪魔(ギリシア語ディアボロス)は中傷する者という意味があります。

 そして悪魔サタンに同調する大勢のみ使いたちが配下の“悪霊“になったそうですから、人間でも悪い権力者と同じ波長を持った者たちがいわば自然に集まってきたり、煽りの言葉に載って、ひとつの思想的な圧力グループを構成するようになるのでしょう。

 なので、上に立って偉そうにしたいという精神傾向は、悪魔サタンの代表的な特質なんです。だから私は傲慢や高慢、尊大という特質が大嫌いですね。

> 悪いのはオレじゃないんだよ、アイツなんだよ、
と思っているのかもしれないですね。

 このたびの横綱引退の件は、殴ったほうが被害者になっている感もありますね。石井慧が金メダルを受けた直後のインタビューで、「オリンピックのプレッシャーなんて斉藤先生のプレッシャーに比べたら、屁の突っ張りにもなりません」と言って、あとで監督からいきなり殴られた話を思い出しました。

2017/11/30(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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