「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 ブログの知り合いは、ちょうどいい明るさの太陽だ。 


 バーソのオー・ソレ・ミオ(私の太陽)



太陽は、大空にどんぴしゃの、ちょうどいい光体だ。
適度な光と熱で、
人を心地よくさせ、元気づけ、
地上に豊かな色彩の変化を与えてくれている。


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.
本当はとてつもなく大きいのに
手を伸ばせば手のひらに入るくらいに小さい。
それは人が胸のポケットに入れて、自分の友だちとするためだ。

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の空の下で、ブログの知り合いは、ちょうどいい友だちだ。
なんたって波長が近いので、
ほぼ共通の言語で通じ合えるのがいい。

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本当は顔も歳も家もよく知らない人なのに
こうしてネットで知り合えたのは、
運命の糸で同じ布の中に織り成され、
出会うべき人と出会えるようになっているからだろう。

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界が、もし無人島なら、どうなるだろう。
きっと人は生きていくことに耐えられない。
ぼくは、ぼくを知ってくれる人が一人もいなければ困る。

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だからブログを書く。
考えていること感じていることをひとに知ってもらいたいから。
書いたものが誰かに読まれている、と思うだけでもうれしいから。

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球の環境には、人間にちょうどいい慰めがある。
太陽の活動的なエネルギーがあり、
月と星の静かな輝きがあり、
人と人の温かい微笑みがあり、
そのちょうどいい力学は、太古の昔からずっと続いている。

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ブログは、狭いながらも愉しい隠れ家。
ぼくの書く動機の半分くらいは、
ぼくを励ましてくれている人たちへのお礼状のつもりです。

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光は快いものである。
目に太陽を見るのは楽しいことである。

(旧約聖書・伝道の書11章7節)



 
                
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
太陽の光が描かれている名画の紹介をするつもりで書き始めたのですが、
言い回しがちょっともったいぶった調子になりました。
《画家と絵の主題》
①カミーユ・ピサロ『チュイルリー公園の午後、太陽』1900年
②ロベール・ドローネー『Paysage au disque』 1906?-1907年
③フィンセント・ファン・ゴッホ『刈り入れをする人のいる麦畑』1889年
④パウル・クレー『パルナッソス山へ』1932年
⑤ヴァロットン『日没,ヴィレルヴィル』1917年
⑥クロード・モネ『国会議事堂、日没』1904年
⑦マルク・シャガール『パリに昇る太陽』1977年
⑧エドワード・ブルース『パワー』1933年頃 
――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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バーソ様、おはようございます
初めての一番乗りでした

ブログ、薫子も来年で10年を迎えます
その間色々なお友達が来たり去ったりしましたが
今のお友達がベストフレンドだと思っています。。
色々な形のお付き合いがあります
楽しいものです
薫子のブログ、お兄ちゃんが薫子に勧めてお兄ちゃんが作ったブログなんです
思い入れたっぷりです

月と太陽の関係いいですね
薫子は、この記事のなにがいいって絵画がいいです
薫子は、絵画、絵、イラスト、漫画、写真が大好きです
独身時代、美術館へ何度か足を運びました
結婚してからは、街の公民館に飾られてある写真や絵画や書をみるのが大好きでした。。所謂、日曜画家さんの作でしょうがとても好きでした
ので、薫子のブログには写真を撮られる方、イラストや漫画を描かれる方がよくおいでになって下さって、これまたブログの醍醐味ですね
薫子、ブログを初めて本当に良かったです。勿論、バーソ様と言う強力な味方もいて下さるのでね^^
これからも、よろしくです(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

2017/11/04(土) |URL|薫子 [edit]

オオ!オソレ入りましたぁ!

今回の記事の第一印象……。

ゴッホは内なる“炎”を。
シャガールは内なる“精神性”を。
まさに“人は見たいものを、見たいように観る”と、
しみじみ思いましたねぇ。

名だたる画家たち、それぞれの“オー・ソレ・ミオ”を観て、
自分や、バーソさんにはどう観えるのか。
それぞれが描いてみると面白いかも? と思いました(´∀`*)

地球と太陽との絶妙な距離は、創造主の愛そのものだし、
光あっての影、陰陽や二元論まで内在していますよね。
太陽、月、星……太古の昔から信仰の対象になったのも頷けます。

太陽と地球の絶妙な距離。
ブロガーと読者の、いい塩梅の距離感。
う~む、視点がいいですねぇ。(*^▽^*)

2017/11/04(土) |URL|風子 [edit]

同感です

バーソ様
おはよう御座います。

ブログを通しての人との関係ですね。
全く同感です。わずらわしさもなくていいですね。

文頭の文字がところどころ大きいのは何か意味があるのでしょうか?

ところでエリアンダー様はどうされたのでしょうね。
コメントのやりとりはしていませんでしたが毎日訪問はしていました。毎日更新されていた方がお休みされると心配になってしまいます。

愛新覚羅

2017/11/04(土) |URL|aishinkakura [edit]

おはようございます。

太陽ですか(#^.^#)

眩しすぎる夏の太陽は、しんどいですが。

寒い冬の太陽は、癒しをいただけますね(*^^)v

色々な太陽があると思います。

でも、太陽は人にとっても大きな役割がありますね。


隠れ家というのは、少し笑いましたよ。

ブログは、私にとって息抜きになっています。
ずっと稚拙な内容で書いていますが・・・。

力を抜きすぎて、つまらぬ内容や愚痴の場になってしまう傾向があります。

自分自身の心の安寧の場と言えるのでしょうか?

バーソさんのように人のために書く記事をいつかは、目指したいと思います(^_-)-☆

2017/11/04(土) |URL|Miyu [edit]

Re: タイトルなし

薫子さん コメントありがとうございます^^)
 一番乗りの方には当店では特典をご用意してあ、りません。(笑)
 来年で10年ですか。私より3年も先輩なんですね。
 「今のお友達がベストフレンドだ」。そうです。そう思います。人生では、人は会うべき人と会っているのだと思います。世の中は不思議な巡り合わせがあるようになっていて、どんな人もみな自分の体験の学びになっているのですね。

 薫子さんのお宅は家族みんなが仲がいいみたいですね。お兄ちゃんがブログを勧めて作ったのですか、たいしたものです。

 「月と太陽の関係いいですね」。あ、そういうところに目が行きましたか。⑦のシャガールの青い絵は、この記事全体を引き締めているように私は思っているのですが、ちょっと見た目には全体が青いので月夜に見えますね。でもタイトルに太陽という字があったのです。

 絵が好きというのは私も同じですよ。薫子さんと波長が同じようですね。これはつまりは、きれいなものが好きだということじゃないですかね。私は絵は、構図もそうですが、色が決め手ですね。
 
 薫子さんが毎回よく読んでくださっているのはよく分かります。うれしいです。これからもどうぞよろしくお願いしますね。ピシピシピシーッ。(^^♪

2017/11/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: オオ!オソレ入りましたぁ!

風子さん コメントありがとうございます^^)
 今回は画像は意味のない挿絵ではなく、絵と文章がなるべく合うようにしたつもりなんですが、ゴッホとシャガールに目が行きましたか。この中ではその2枚が対照的で目立ちますね。

 内なる炎と内なる精神性。見たいものを見たいように見る。なるほどなるほど。それから宇宙で絶妙なバランスの上にある地球は創造主の愛を物語っており、陰陽と光と影の二元論・・・絵を見ても思考が精神世界のほうに拡がるとは、さすが風子さんらしい見方、感じ方だと思いました。

 以前読んだ科学の本では、地球の環境が宇宙の中ではじつに人間にちょうどいい絶妙なバランスに出来ていて、そういう星は確率的に宇宙には他にあり得ない、だから人間以外に宇宙には生き物はいないというふうに結論していました。有神論者なら違う結論に至るのですが、人は“見たいように見る"のでしょう。

 じつはシャガールは、最近美術展で観たばかりなんです。東京駅の中にある美術館で12月3日まで開催しています。
 この人はたぶん気の向くままに筆を動かして描いているのだろうと思っていたら、そうじゃないんです、ちゃんと下絵を描いてから綿密に計算して仕上げに取り掛かっているのですね。それに感心しました。それに色遣いが非常に鮮やかで、私の好みの色が使われていたので、印刷でいいから家用に欲しくなったのですが、好きな絵のがなくて残念でした。

2017/11/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 同感です

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
 「同感です」か。きっとそういう感想が来るだろう、と書いている最中に思いました。
 人間関係は気の合う同士だとじつに楽しいのですが、そうでないと気を使います。特に自分と思考や趣味が違う人だと、同時に同じものを見ても、感じ方や受け止め方が自分とは逆になったりすることもあります。私はそれはそれで別にいいし、考え方はいろいろあっていいと思っているのですが、そう思わない人がいるので、つい争いに発展しがちで困ります。ブログはその点、イヤなら訪問しなければいいだけなので、これもいいことだと思います。

 文頭の文字を大きくしたのは、昔の洋書なんかでよくある修飾のつもりです。ここでは文脈の変わり目の文頭でそうしています。
 しかし文章を書いたあとで、飾りとして文脈の切れ目に太陽を燃した小さな赤丸を入れたので、この文頭の大文字化は必要ないといえば必要ないのですが、文字の凸凹が気になりますか。ちょっと考えますね。

 エリアンダーさんは心配ですね。やめたわけではなく、都合による一時停止ですから、また再開するはずだと思っています。ずっと毎日2本ずつ更新でしたから、さぞかし大変だったと思います。

 教授も毎日更新ですから、よくやってますね。私にはとても真似できません。

2017/11/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: おはようございます。

Miyuさん コメントありがとうございます^^)
 真夏のまぶしすぎる太陽。凍えそうなほど寒い冬。でも、これも“ちょうどいい“範疇に入ると私は思っているのですが。
 もし一年中ひねもすのたりのたりかなのボンヤリした気温なら、それもなんだか物足りないような気がします。色々な太陽があるからいいのだと思いますね。でも大災害など強烈すぎる変化はちょっと困りますが。

 「隠れ家」とは秘密に悪いことをするためのアジトという意味ではないのです。『男の隠れ家』という男性雑誌がありますが、男が(少年のように)したいことが自由にできる、居心地のいい自分専用の遊び場(個室)というような意味です。
 Miyuさんにとっては『息抜きの場』『安寧の場』ですか。そう思えるのはとてもいいことです。ブログとニャンコが特にそうなんですかね。
 
 人は見たいものを見る。人は書きたいものを書く。どうしても自分の現在の意識がブログにも反映します。私はひとの(益の)ために書くというよりは、感謝の気持ちで書いているつもりなんです。自分の拙い記事を、この忙しいのに、わざわざ訪問して読んでくださっていることを考えると、本当にありがたいことだと思います。
 Miyuさんちには訪問は必ずしているのですが、このところずっとあいさつ無しですみません。

 でもMiyuさんちには居候がいなくなると次の居候がやってきて、中の住人もにゃにかと気を使っているようで、いろいろ変化が絶えませんね。Miyuさんには気苦労の多さがダイエット効果になっているんじゃないですか。(^_-)

2017/11/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

誰もが知る通り、太陽は水素原子を融合させて連続的に核爆発を起こしている訳です。
本来なら生命を殺す核爆発が、逆に生命を生かす事に貢献しているのは何とも不思議です。
一歩地球の外に出ると、放射線が飛び交い、放射能に満ち溢れた毒々しい世界があります。
なのに、地球の中は太陽の光に溢れた生命豊かな世界になっています。
誰が毒を発する太陽を巧みに逆利用して生命を育んだのでしょうか?
そこに神の存在を感じて信仰心を持った人間の気持ちの源がある様に思います。

2017/11/04(土) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)
 いい話ですね。私の好きな種類の話です。でも、sado joさんは有神論の根拠を論じているというより、そういう信仰心を持つ人間の気持ちの源が分かると述べているのですね。

> 本来なら生命を殺す核爆発が、逆に生命を生かす事に貢献しているのは何とも不思議です。 
 これ、面白いですね。なかなかそのことに考えが及ぶ人はいません。
 スピリチュアルの一部では、太陽は熱くないという意見があります。1998年だかにNASAが測定して摂氏27度くらいだったことを発見したが、発表は差し控えているとか言われています。本当に熱いのなら、地球上では海抜が高くなればなるほど温度が上昇するはずで、水星だって焼け焦げているはずだが、そうなってないじゃないかなどと言われます。

 地球が平面だという主張もあります。世界的な陰謀で隠されている証拠に、航空機の北極ルートはあるが、南極ルートはないとか言われます。

 血液は骨髄ではなく、腸で造られているという説もあります。その証拠になる写真もあると言われています。じつは私は、これはけっこう信憑性があると思っていますが。

 神は存在しないという説も根強くあります。愛の神なんかいない証拠に、大昔から地上には悪や問題が山積しているのに、一向に改善されてないじゃないかと言われます。その反論としての、原罪があるから世界は悪いのだという教義も、親の罪を子が負わないという法則に相反するように思います。

 科学上の問題はいずれ正解が出て解決していくのでしょうが、神の存在の問題は永遠に解決されないのじゃないでしょうか。
 宇宙空間には人を殺す怖ろしい宇宙線がある事実を見ても、だから神はいないと思う人もいれば、だから地球は特別に愛されていると思う人もいるわけで、結局は人間の見方次第のように思います。人間の意識とは面白いものですね。

2017/11/04(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

>>>以前読んだ科学の本では、地球の環境が宇宙の中ではじつに人間にちょうどいい絶妙なバランスに出来ていて、

 あ、これが勘違いの根源ね。人間は自己を中心に考えすぎます。「人間に丁度よく出来ている」んじゃなくて、存在する環境に人間の方が何とか適応してきた結果が今なんですから。適応できなきゃ消えている訳で、旨く出来ているに決まってる。自然の法則の中で生きているものが自然の法則を逸脱する訳が無い。文頭の結論を出した方、学者名乗ってて恥ずかしくないかい。とか思ってしまうであります。
 人間は環境を変える?いやいや、根本的に変えられる力なんか持ってやしません。南極を春の野原にゃできんでしょ。せいぜいその環境に耐えられる衣服住居を作るだけです。
 人間の住める環境は地球以外無いでしょう。が、その環境ゆえに発生する生命だって居るでしょうし、その環境にしか住めない生命だって居るでしょう。
 ちなみに酸素は「毒」です。しかも「猛毒」です。何でもあっという間に腐らせる非常に危険な物質です。でも我々には必要な物質です。もし宇宙人が地球を発見したら驚くかもしれませんよ。「どうやったらこんな地獄みたいな環境で、こいつら平気で生きてられるんだ!!」ってね。

 あ゛、いきなり脱線してしまいました。

 モネの絵好きです。(一番短い手紙風)
 

2017/11/05(日) |URL|miss.key [edit]

Re: タイトルなし

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
> 「人間に丁度よく出来ている」んじゃなくて、存在する環境に人間の方が何とか適応してきた結果が今なんですから。適応できなきゃ消えている訳で、旨く出来ているに決まってる。
 確かに、そういう見方もできますね。で、問題は、その《人間にちょうどよくうまく出来ている》のは、果たして単なる偶然の産物なのか、それとも優れた理知の産物なのかということでしょう。

> 自然の法則の中で生きているものが自然の法則を逸脱する訳が無い。
 そもそも、その《自然の法則》は、なぜあるようになったのかということです。それは偶然だと考えるのか、あるいは、そこには自然の法則を定めた叡智があるのだと考えるのか、ここに視点の違いによる結論の違いがありそうです。

 よく言われる例えですが、サルが何兆年もの間、夜も寝ないでタイプライターのキーをやたらに叩き続けたら一冊のシェークスピアの小説になるかと言えば、絶対になりません。時計にしろコンピュータにしろ車のエンジンにしろ、理知ある精密機械は必ず理知ある者によってのみ造られます。単なる偶然によって何か知的なモノが作られることは、論理的・科学的にあり得ない。つまり、《ちょうどいい》というのは、そこには奇跡的に《ちょうどよくした》類稀な知性があることを示していると推論できるのですね。

> 人間の住める環境は地球以外無いでしょう。
 私は昔はそう思っていましたが、今はそうは思わなくなりましたよ。この想像を絶する宇宙の広大無辺さを考えると、確率的にいえば、地球以外にも人間のような(あるいはETのような?)生きものが居るだろうと思っています。

> 酸素は「毒」です。しかも「猛毒」です。
 あ、そうですね。じつは猛毒でした。しかし人間は、その酸素を吸って、炭酸ガスを出して生きている。植物は炭酸ガスを吸い、酸素を出している。地球には植物のほうが人間より先にあるのですから、いつ頃から大気のバランスがちょうど良くなったのか、この《ちょうどいい》というのはじつに絶妙にうまくできていて、面白いものです。

> モネの絵好きです。(一番短い手紙風)
 そうですか。miss.keyさんは本当はロマンチストみたいですね。あ、「本当は」は余計だったかモネ。(笑)

2017/11/05(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

お天道様

「お天道様が見ている」
最近はあまり聞きませんが、好きな言葉です。

光と共に下界をただ見ている。
悪いことをしたからと言って罰を下す訳でもなく、
毎日、見ているだけ。
ああ、悪いことはできないなあ。
そんな気になります。

2017/11/10(金) |URL|しのぶもじずり [edit]

Re: お天道様

しのぶもじずりさん コメントありがとうございます^^)
 「ああ、悪いことはできないなあ。そんな気になります」ですか。いいコメントですね。
 お天道様は毎日、見ているだけ。人間の悪事に直ちに罰を与えることはしない。だが人間のほうでは、お天道様に見られているという意識が悪行の抑制力になっている。そして、いつかは悪行にしても善行にしても、その報いがちゃんとあるということなんでしょう。太陽を「天の道」と表現する信仰には、人間の誠実さがうかがえます。
 日の丸の旗は、星や月をデザインした諸外国の国旗に比べて特異なしるしのように思いますね。

 ちなみにイエスは、太陽についてこんなことを言いました。マタイ5章です。
 5:45 天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである。
5:46 あなたがたが自分を愛する者を愛したからとて、なんの報いがあろうか。そのようなことは取税人でもするではないか。
5:47 兄弟だけにあいさつをしたからとて、なんのすぐれた事をしているだろうか。そのようなことは異邦人でもしているではないか。


 悪人をも差別しないで公平に愛を注いでいるのが天の父(神)だと言っています。神のこの「博愛」をよく分かってない宗教指導者が、単に国と宗教が違うだけの異邦人を憎み、同じ宗教でもちょっと教義が異なるだけの同胞を殺してきたのですから、まあ、正しい理解や認識というのは必須不可欠なものだと思います。

2017/11/10(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

初めまして。

こんにちは。
柔らかな描写の絵画と優しい言葉に、心癒されました。
私は明度の少ない地味な印象派の絵画が好みです。
①カミーユ・ピサロ ⑥クロード・モネ など。

色彩の強い激しい抽象画がより、誇張しない印象派が好きですね。
こちらの絵画を見てたら、上野の美術館に行きたくなりました。

『ブログの知り合いは、ちょうどいい明るさの太陽だ』
『ブログは、狭いながらも愉しい隠れ家』
この言葉はまさに、言い得て妙ですね(#^.^#)
ブログ主さんが、想像出来てなんか可笑しいです(失礼)
すみません。突然、お邪魔しました。ありがとうございました(_ _)

2018/01/05(金) |URL|ツグミ [edit]

Re: 初めまして。

ツグミさん コメントありがとうございます^^)
 はじめまして。
 お名前は風子さんのところで知っていました。が、お住まいの住所(URL)はどこなんでしょうね。上野美術館に行けるのなら東京でしょうかね。ブログは、どこであっても瞬時に行けるので、まあ、ありがたく、便利なことです。

 絵は1番と6番目が好みですか。この2つは色調が似ていて、おだやかですね。
 絵は、見て気分が高まるのもあれば、見て心がなごむのもあり、どちらが好きかというのは、見る人の好みや性格、その時々の精神状態が関係していそうです。この8枚の絵は太陽が入っているものを選んだのですが、一応わたしの好みの範疇内に入っているものばかりなんですね。
 
 ブログも同じく、自分の好みとその時々の気持ちに適合するようなブログを訪問する傾向がありますね。「楽しい隠れ家」と書いたのは、広く大勢に家を開放しているのではなく、狭い我が家に少数の人をひっそりと招待している、という意味で書きました。気が向いたらまた寄ってみてくださいね。^^)

2018/01/05(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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