「バーソは自由に」

 考え方はいろいろあるから面白い。

 日本人は、様々な「気」を気にしている国民だ。 


ある日本人が外国の会社で「いいお天気で…」「お元気ですか」「気を付けて」
と、よく声を掛けていたら、健康上の問題を抱えているのかと心配されたそうだ。

日本人はよく天分のことを話題にするが、それは遣いがあるからだろう。

の字は、意識や心の動き、気分、気体、雰囲気など、非常に多義に使われる。
の字の付く熟語や慣用句は、なんと360以上もある。
日本人はに関して特別繊細な感覚と気風があるのかもしれない。

abaramono3.jpg

というわけでが多い詩と逸話です。気兼ねなく気休めにお読みください。
(笑)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『雨ニモ気バラズ 風ニモ気ガノラズ』
 宮澤賢治の『雨ニモマケズ』の詩のもじりです。「気」の字が付く言葉をちょうど70個入れました。

 雨にもが向かず
 風にもが進まず
 雪にも夏の暑さにもが散らぬ
 癪なからだをもち
 概はなく鋭もなく
 決してが大きくならず
 いつも弱に恥ずかしがっている

 合を入れて玄米四合と
 味噌と少しの野菜に食いを出し
 あらゆることをに病み
 を抜き 合を入れず
 よくが詰まり が散り
 そして晴らしをせず
 野原の松のの蔭の
 がつまる小さな小屋にいて

 dicksonsleeping_beauty_.jpg

 東に を揉むほど難しい子どもあれば
 さくに行って が狂うほどが済むまで叱りつけ
 西に がふれるほどが変になる味悪い母あれば
 おくれしつつ行って 陰と邪と妖を吸って絶し
 南に 色と洒落っある取った浮女あれば
 安く行って が高ぶるが遠くなるもそぞろ とを持たせ
 北に が引けるほど掛かりな景よき雰囲あれば
 はこころ 前よく張って金よこせ とを吐き

 陰気 また嫌配あれば 涙をながし
 が重い足は 芝居たっぷりにオロオロあるき
 みんなに 無ままなデクノボーとよばれ
 味悪い 色悪い不気味 と断固ほめられもせず
 にもされずにも留められず
 そういうが利かないの毒な者とは
 わたしはが合わないにくわないが腐るが滅入る


 ove-among-the-ruins.jpg

 ※他にも、気疲れ、気が差す、気にするなど、ネガティブな意味合いのほうが多いですね。
 これは冗談ですので、『雨ニモマケズ』の原作で、お目目直しをぜひどうぞ。→ 青空文庫


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
“気”の持ちようで、悪行雑言は気にならなくなる。

世の中には時々、辛辣な言葉を平気で言う陰気な気性の者がいる。
 そうするのは、優越感を抱けて、気慰みになるからかもしれない。
 そうしなければ、潜在的な劣等感が拭えず、気落ちするからかもしれない
 そうすれば相手が気を悪くするだろうという気遣いが薄いせいかもしれない。

ひとから嫌な言葉を投げかけられたときは、釈迦の逸話を思い出すといい。
 あるバラモン教の僧が、釈迦に向かって非難の言葉をこれでもかと投げつけた。
 釈迦が平然としているので、弟子が不思議に思い、なぜ怒らないのか訊ねたら、
 釈迦がこう言った。
 「おまえが持っているものを私に投げようとして、私が受け取らなかったなら、
 おまえの持っているものはどうなるか」
 「私の手元にあります」と弟子が答えた。
 「そうだ。悪口も受け取らなければ、いつまでも相手のなかに留まりつづける。
 悪口を言われて腹が立つのは、自分が受け取ったからだ」


イエスの「右の頬を平手打ちされたら、左の頬を出しなさい」の言葉も似ている。
平手打ちとは身体を痛めつけるためではなく、侮辱したり、挑発するためにする。
つまり無抵抗であれの意ではなく、挑発に乗らずに受け流せと言われているのだ。

alkjdfc-s.jpg

               

誰かが悪口を投げつけてきても、受け取るがなければ感情は乱されません。
自分の感情は、自分のの持ちようで変えられる――――。
これは少しは気がまぎれる話ではありませんか。
 
               
学校でのいじめ。仕事でのパワハラ。おとなしくて弱い立場だと言葉の暴力を受けることがあります。
言い返すと却って事態が悪くなるのなら、軽く受け流し、相手を哀れだなあと思うこともできますね。

※絵は、エドワード・バーン=ジョーンズ(1833-1898)。本文に関係なく使わせていただいています。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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いい話ですねぇ

>気の字の付く熟語や慣用句は360以上もある。

施術家の端くれとして『気』は研究を重ねましたが、
(*′☉.̫☉)360以上には、今さらながら驚きです。
気で始まり気で終わる東洋医学の神髄も真っ青。
日本語というのは、まことに中国由来ですねぇ。

『釈迦の逸話』……説得力ありますねぇ。
ふだん、解っているようでも、抑えきれなくて腹が立つとき、
この言葉を思い出すといいですよね。

ちなみに若い頃の私、堪忍袋の緒が切れると、
具の根も出ないように、相手をやり込めました。
それこそ、言葉で相手を殺すことも可能に思えたほどです。(´-﹏-`;)
ですが結局は、相手だけでなく自分も傷つきます。
しかも、その記憶が尾を引いて(自責の念)
苦い思い出として留まってしまいます。(o´_`o)ハァ・・・

歳を重ねるっていいですねぇ。
哲学的に分析したり思考しなくても、
自然に腹が立たなくなりますもの……。

決して無関心ではないのですよ。
相手の怒りや、罵倒エネルギーを素通りさせ、
相手の『気がすむ』のを見ているだけですが……。

『気がすむ』って、深いと思います。(^_^ ;)

2017/02/18(土) |URL|風子 [edit]

バーソ様
おはよう御座います。

気の最たるものが気孔でしょうね。
インチキなのかも知れませんが気で相手を飛ばしてしまったりします。
また病も気からといいます。これは確かだと思います。
私の母親などは具合が悪くて病院に行き、診察も受けずに病院に行ったというだけで体調が良くなります。(笑)
但しガンだけは気とは関係がないような気がします。

愛新覚羅

2017/02/18(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: いい話ですねぇ

風子さん コメントありがとうございます^^)
> 気で始まり気で終わる東洋医学
 そうですね。「気」には、意識や気持ちも含まれます。「やる気」がないと物事は始まりません。「気」がふさぐと明るく生きられません。
 日常や人生のすべて生活に関わることでは確かに「気」は基本的なことだと思いますね。

> 具の根も出ないように、相手をやり込めました。
それこそ、言葉で相手を殺すことも可能に思えたほどです。

 うわあ、怖ろしい。(笑) 文章も達者、おしゃべりも達者。風子さんには誰も敵いそうもありません。しかしやはりそういう「気」が強いからこそ今まで実績を残してきたのでしょう。
 人生は頭の良さもさることながら、言葉が巧みで「気」の強い人が勝ちますね。おとなしくて、口数の少ない人は、埋没しやすくなります。
 
> ですが結局は、相手だけでなく自分も傷つきます。
 そうですか。相手をやり込めるような人は普通はそういうふうには思わないと思いますが、そう思えるような人が、癒しや施術治療やスピリチュアルに関心を持つのでしょうか。

 私は何も言われても、されても、一切なにも言い返さないを徹底してきて、そのときは腹も立たなかったのですが、だいぶ年月が経ってから思い出したとき、ああ言えばよかったなどと悔やむことがありました。
 でも今はそんな後悔もなくなり、くだらないことだと思えるようになりました。歳のせいですかね。あるいは不感症になったのかな。(笑)

2017/02/18(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 気

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
> インチキなのかも知れませんが気で相手を飛ばしてしまったり
 格闘技の人と他流試合をすると、大抵は頭がツルツルで痩身の「気」の先生が、相手からのパンチ一発でやられて倒れて痛がる動画しか見たことがないですね。実戦にはまったく向かないようです。
 先生が弟子を相手にした道場での模範演技ではものの見事に決まるのですが、あれは本当なんでしょうか。

 しかし癒しのほうの気は嘘ではなく、自律神経とか気の病、病気には効くのでしょう。そういう話をよく聞きますから。
 末期ガンでも意識の改善で治った話があり、私も書いています。
http://barso.blog134.fc2.com/blog-entry-127.html#more

 気、すなわち精神が身体に影響を与えるのは本当だと思いますね。
 ただし効かないのは、信じる気持ちと大きく関係しているようです。催眠術も、信じる人のほうが効きやすいとという話がありますから。

2017/02/18(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは

おお、今日はまた気が充満した記事で気圧され、
お腹いっぱいになりました。
お約束で宮沢賢治もでてきて大笑い。
「気」って「け」と読む場合もけっこう多いですね。
寒気(さむけ)、気圧(けお)される、人気(ひとけ)、
気配、気取られるとか。
某女性アナが「寒気が下降してくる」を「さむけ」と
読んで後で訂正していました。
お釈迦様もキリスト様もトラブルを回避する術をよく
ご存知です。相手から挑発や侮蔑を受けて言い返すと
また倍になって返ってくるから相手にしないのがいいですね。
こんな至言があります。
「怒りの言葉に対し、決して怒りの言葉で答えてはならない。
けんかを引き起こすのは、この2番目の言葉だから」

2017/02/18(土) |URL|エリアンダー [edit]

馬っけ?フケ?ひひ~ん!

昭和46年8月15日の
新潟競馬3レースの新馬戦でのことでした
『全開』の牡馬がおりました
(朝起ち、ちんちんかっちかちでしゅ)
名前が『アサイチバン』・・あはは

こんばんは
今日は上品なバーソさんが削除をするかも?
という玉砕覚悟のコメントです

牡馬の興奮を『馬っけ』といい
牝馬の場合は「フケ」といいます
三月から七月の半ばにかけてあらわれます
ルース中でも待ったなしです
『おねがい!来て!』となり
お尻を触るだけでへたり込む牝馬もいるそうです

2001年のJC(ジャパンカップ)に外国から
ビルサドスキーと牡馬がやって来て
パドックで馬っけを出しました
やっぱり洋物はサイズが違う
それをみた牝馬の『エアーグルーブ』が
激しく欲情をしました・・・?
結果はビルサドスキーが一着
尻をひたすら追ったエアーグルーブが二着
これはおいらの作り話ではありません
また
2001のマイルCSではゼンノエルシドが
ゲートで五本脚になり其の儘ゴールを駆け抜けました
次走からの横断幕には
『男を魅せろ!ゼンノエルシド!』とありました

あしたは『山っけ』のおいらの「日」でしゅ
馬券、買いましゅ!
あはは。

2017/02/18(土) |URL|はしびろこう・ウナ [edit]

宮澤賢治の『雨ニモマケズ』の詩のもじり
感動しました。
バーソさんの才能に感動です。

「気」のもちようですね。
ほんとにそう思います。
考えると有り難いものですね。
空気のようで、もっと重くも軽くもなる。
快適にもなるし邪気にもなる。

春の「気」を取り込みたいなあ。

2017/02/18(土) |URL|森須もりん [edit]

Re: こんにちは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
> 「気」って「け」と読む場合もけっこう多いですね。
「気圧(けお)され」。これ、読めなかったです。最初「きあつされ」と読んで、エリアンダーさんの冗談かと思いました。

 「気が置けない」のフレーズを使おうかと思ったのですが、自分でも正しい理解に自信がなくてやめときました。(笑)
 こんな調査がありました。

《文化庁:国語に関する世論調査》
  平成14年度調査 平成18年度調査 平成24年度調査
相手に気配りや遠慮をしなくてよい(本来の意味とされる)
  44.6%     42.4%      42.7%
相手に気配りや遠慮をしなくてはならない(本来の意味ではない)
  40.1%     48.2%      47.6%

> こんな至言があります。
「怒りの言葉に対し、決して怒りの言葉で答えてはならない。
けんかを引き起こすのは、この2番目の言葉だから」

 なるほど、格言や金言というのは言い方で決まります。「この2番目の言葉だから」という言い方がいいのですね。

 聖書にも怒りに関する助言はありますが、ごく普通の言い方です。

「怒りをおそくする者は勇士にまさり、自分の心を治める者は町を攻め取る者にまさる。」(詩篇16:32)
「痛みを生じさせる言葉は怒りを引き起こすが、温和な答えは激しい怒りを遠ざける」(箴言 15:1)
「怒りやすい者の友になるな。激しやすい者と交わるな。彼らの道に親しんで、あなたの魂を罠に落としてはならない」(箴言22:24,25)

 以前どこかのブログで学んだ非常にいい格言があります。(笑)


「まずいかなと思ったら文の最後に『(笑)』をいれること(笑)」

2017/02/18(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 馬っけ?フケ?ひひ~ん!

はしびろこう・ウナさん コメントありがとうございます^^)

 競馬はニュース映像でしか見たことがないので、ええと、困ったときの神頼み、そうです、『夏への扉』頼みで行きます行きます。
 エリアンダーさんのブログから面白い話を2本寸借しました。

●馬のハッピーバースデイ
2015/06/15 07:1
http://elleander.blog103.fc2.com/blog-entry-5270.html

●「名馬」
2010/10/01 07:11
ある男がインディアンに捕まり、3日後に殺されることになった。
酋長はやや哀れに思い、最後に何かしたいことはないかと男に尋ねた。
男は、何もない、できれば、最後の日々を馬のドクタと過ごしたいと言った。
ドクタは人語を解するまれにみる名馬だった。男はドクタにそっと耳打ちをした。
馬はすぐ、反応しどこかに出かけ夕方、背に遺体を乗せて帰って来た。

2日目、男はまたドクタにそっと耳打ちをした。ドクタはすぐでかけ、
携帯を背に積んで帰って来た。

3日目、男はまたドクタにそっと耳打ちをした。ドクタは今度はすぐには帰ってこなかった。夜遅くなって、馬の背に、なよっとしたオカマを乗せて帰って来た。これには男も切れた。「今日は、何をつれて来たんだ。『変態』じゃないか。俺は明日、殺されるんだよ。何回言えばわかるんだ」
男はドクタの耳を両手で持って大きな声で

「『兵隊』をつれて来い!!!!!」

 ちなみに、この駄洒落好きの馬と私はウマが合いそうです。(笑)

2017/02/18(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

森須もりんさん コメントありがとうございます^^)
> 宮澤賢治の『雨ニモマケズ』の詩のもじり  
 じつは何を隠そう、お釈迦さんの逸話だけでは話が持たないと思い、苦肉の策でこのモジリ詩を追加したのです。賢治ファンや正統的な詩の作家には叱られそうな気もしますが、どうかご勘弁を願いたいと思っています。

> 考えると有り難いものですね。
空気のようで、もっと重くも軽くもなる。
快適にもなるし邪気にもなる。

 ああ、なるほど。重くも軽くもなる。本当にそうですね。
 でも、それも自分の気の持ちようでどちらにもなるのですから、気を入れて気合負けしないように気を付けないといけませんね。

> 春の「気」を取り込みたいなあ。
 ああ、春の気。いいですね。
 冬来たりなば春遠からじ。放っておいても春は来る。
 昨日は、東京は春一番のように風が強かったですよ。桜の花がきれいに咲いている公園がありました。春はだんだん近づいてきていますね。

2017/02/18(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/02/18(土) || [edit]

Re: タイトルなし

sさん コメントありがとうございます^^)
 まだ宮澤さんのファンに申し訳ないことをしたかなと、いささか心配しています。それに最後に、こういう人を気にくわない気が滅入るとまとめたのも全体の流れでそうなったにすぎない冗談なんですが、真面目にそういう書いたのだなと思われると困りますね~。
 なんせ気が小さく気弱なもので、困ります。

 見えない気、されど大きな力を持つ気。いつも気をおだやかにやすらかに持っていたいものですね~。春の気は、ヴィヴァルディの「四季」を思い出しますが、うきうきと軽やかでいいですね。

2017/02/19(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おはようございます

気の付く言葉は随分多くありますね

身近な言葉で気遣い

体調不良なので自己主張はハッキリさせていますがそれがいいのか悪いのか
初対面のお方は難しい
我儘な人と思われますね

そう思われることはもう慣れました
・・・・寂しい事ですけど

今日の気は元気! 
そろそろ吹いている風も弱風になりそう
元気にウオーキングに行って来ま~~す 

2017/02/19(日) |URL|ぴあの [edit]

Re: タイトルなし

ぴあのさん コメントありがとうございます^^)
 「気遣い」「気配り」は、オリンピック招致で有名になった「おもてなし」の精神につながるのでしょう。日本人は西洋の白人に比べると、あまり笑顔を見せず、愛想がないように見えますが、内面の気持ちは大変にこまやかな民族なんでしょうね。

 自己主張がはっきりしているほうですか。でも、それが無い人よりも個性的で、いいことじゃないですか。特に画家や彫刻家などに、そういう人が多いように思いますね。そうじゃないと、独創的ないい芸術は生まれないと思います。
 初対面の人には勘違いされることがあっても、付き合っているうちに分かってもらえるのでしょうから、いいんじゃないですか。
 私の母親が「とっつきが悪い人のほうがいい人がいる」とよく言ってましたね。むろん愛想のいい人にもいい人はいますが。

 今日の気は元気ですか。そう聞いて、私も元気をもらいました。そうそう、春一番、気一番ですものね~。
 カメラを持ってのウォーキングは、ぴあのさんなら好奇心いっぱいで楽しいでしょうね。

2017/02/19(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは^^

本当に、日本人は「気」というものに敏感ですよね。
それにしても、「気」がつく表現にネガティブな意味合いのものの方が多いというのは、言われてみるまで気がつきませんでした。

「気」というのは、「病は気から」とも言うように、単に精神的なものではなく、身体にも関係しているものだという感じがします。
私は、物が持っている「気」が、何となく気になるんです。
たとえば、ずっと使われていなかった古道具を改めて使い始めた時とか、空き部屋だった所に住むようになった時などに、自分の「気」が吸い取られるように感じることがあります。
逆に、家を建て替えて、家具なども新しく買い換えてしまったりして、周り全部が新しくなっても、自分の「気」を吸い取られる感じがして疲れるんです。
たまに新しい物を買ったりすると、自分の「気」もリフレッシュされて、元気が出ます。

人からの非難なども、その内容自体よりも、それを発する人の「気」が嫌かな、と思います^^;

2017/02/19(日) |URL|Ariane [edit]

Re: タイトルなし

Arianeさん コメントありがとうございます^^)
> 「気」がつく表現にネガティブな意味合いのものの方が多い
 私のイメージでは日本の文化は、大体がネガティブというか、「陰」の意味合いのもののほうが多いような気がします。
 例えば古寺の苔むす岩がいいとする侘び寂びの感覚も陽ではなく、陰の感受性ですよね。音楽も、和の楽曲は「君が代」がそうであるようにやはり陰の音階です。喜劇より悲劇を良いとするのも、同様の精神のような気がします。
 ちなみに「判官贔屓」という言葉は、英語ではこういうそうです。
 sympathy for the underdog
 underdogとは、負け犬、敗者、弱者という意味で、日本語のように義経という実在者から出た言葉ではないのがつまらないと思います。

> 私は、物が持っている「気」が、何となく気になるんです。
 そうですか。気を吸い取られる感じがするとは、相当に霊的な感覚が鋭敏なんですね。スピリチュアルではモノにはすべて意識があると言います。生物か無生物かを問わず、すべてのものはミクロでみれば原子というエネルギーで出来ており、それぞれに応じたレベルの意識があると言われていますね。それを「気」として感じるのでしょうか。

 私は鉢植えの葉を剪定するときなど、かわいそうだと思って、ごめんねと言いながら切りますが、葉が痛いとか切ってくれるなと言ってると感じているからではなく、ただ何にでも意識はあるだろうと思って気を付けているだけのことで、そういう感覚は鈍いです。

> 人からの非難なども、その内容自体よりも、それを発する人の「気」が嫌かな、と思います
 あ、そうですね。非難される内容が嫌だというよりは、その人の怒りや憎しみを感じるのが嫌ですね。街なかで誰かの後姿を見るだけでも、その人が温かそうか冷たそうかを感じる場合があるので、やはり気がその人から発せられているのでしょうか。気を付けなくては。(^^;)

2017/02/19(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

「個性のない日本人」とはよく言われますが、それだけ日本人が周りに気を配ってる証拠ですね。
身体の個々の細胞が、周りの細胞と歩調を合わせながら組織だって身体を円滑に動かしている様に、或いは、日本人は世界中で最も組織的に洗練された民族なのかも知れません。
個性がないのではなく、それぞれが自分の役割をしっかり果たしている…その意味では個々の役割は個性とも言えます。
ある時は全体が戦争マシーンとなり、ある時は全体が生産マシーンとして動く…まるで国自体が巨大ロボットの様です(笑)
こんな民族は世界中見渡してもいないんですよ…一箇所で一民族として何千年かの時を生きて来た民族なんてね^^

2017/02/19(日) |URL|sado jo [edit]

Re: タイトルなし

sado joさん コメントありがとうございます^^)
> 「個性のない日本人」とはよく言われますが、それだけ日本人が周りに気を配ってる証拠ですね。
 なるほど、出る杭は打たれる。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい……が、日本人の社会意識を表しているようです。

 そのような傾向がいつから始まったのかと言えば、聖徳太子が「和を以て貴しとなす」と書いた頃、あるいは、大いなる和=「大和」と書いて「やまと」と読む古墳時代、すなわち倭国と呼ばれていた頃からかもしれません。そうであるなら日本人の特質として「和」を尊ぶ精神には長い歴史があるのでしょう。アジア・ヨーロッパは陸地が続いているために常に群雄割拠の戦国時代が続いていて、ひとより抜きん出ないと生き延びていけなかったのだろうことを考えると、日本列島の島国という地形も日本人独自の精神の醸成に影響を与えたのかもしれません。「一箇所で一民族として何千年かの時を生きて来た民族」とは確かにそうなんでしょう。

 体の個々の細胞が周りの細胞と歩調を合わせる話は、聖書にも似たようなことが書かれています。(コリント第一12章26,27節)

「もし一つの肢体が悩めば、ほかの肢体もみな共に悩み、一つの肢体が尊ばれると、ほかの肢体もみな共に喜ぶ。あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である」

> ある時は全体が戦争マシーンとなり、ある時は全体が生産マシーンとして動く…まるで国自体が巨大ロボットの様です
 そうですね。良くも悪くも個が全体に流される。日本人には、そんな全体主義的な傾向があります。「一億玉砕」「一億総懺悔」の他に「一億総白痴化」というフレーズもありました。もっとも、個性を重んじる芸術志向の人は、こういう風潮には乗らないでしょうが。

2017/02/19(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2017/02/19(日) || [edit]

エリアンダーさんによろしく!

お早うございます
ハシビロコウの『絵』ありがとうございました
おいらがあいつをタイトルに貼ったのは
おいらの性格そのものでした・・・?
できるまで『やる』というしつこさ
幼き頃
お豆腐屋さんのおじさんが
同じサイズで水槽の中で定規も使わずに
同寸に豆腐を切っている・
不思議に思い一時間以上じ~っと
おじちゃんをみていました
あはは
あと
しくじりますと周りにやたらと当り散らす
これは餓鬼のころから今も変わりません
廻りはたまったもんではナイ鴨
あはは

エリアンダーのブログを開けたかったのですが
行き着けずにおりました
(おいらパソコンは苦手なので・・・)
ところが或る日拙ブログに
お越しくださいました・・・
お陰様で今では毎日開けております
バーソさんと同じように
過去記事は宝箱でございます
しかし
元気がでるブログでございましゅ
あはは。

2017/02/20(月) |URL|はしびろこう・ウナ [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメsさん コメントありがとうございます^^)
 あー、わざわざご丁寧に恐れ入谷の鬼子母神です。(^^)/
 ああ、そうでしたか。無粋なものも、活きにする。いや、粋にする。その意気がいいですね~♪

2017/02/20(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: エリアンダーさんによろしく!

はしびろこう・ウナさん コメントありがとうございます^^)
> できるまで『やる』というしつこさ
 あー、なるほど。そういうことでしたか。あの鳥は目がひょうきんなので、そういう一面も多々あるのかと思ってました。(笑)
 

  やると思えば どこまでやるさ~
  やるが男の 魂じゃないか~
 の曲が突然、脳中に流れてきましたよ。

  あんな女に 未練はないが 
  なぜか涙が 流れてならぬ
 の歌詞も思い出してきましたが、なぜでしょう。あ、これは私のことでした。(笑)
 
> [下線]しくじりますと周りにやたらと当り散らす [/下線
 あ、そうですか。何でも曲がったことは大嫌いという性格の表れなんでしょう。自分の失敗にも腹が立つのですかね。

 エリアンダーさんのブログは、面白くて笑える、感動して涙が出る、に加えて、クラシックの名曲や名画のウンチクなど、非常にためになる有料、いや、優良サイトです。毎日更新ですから、すごいですね。

2017/02/20(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

『雨ニモ気バラズ 風ニモ気ガノラズ』

宮澤賢治 大先生にはちょっとスマンって感じですが、
非常に楽しく読ませてもらいました。
これは、次の学期に、学生らに紹介したいと思います。(勿論、原文の『雨ニモマケズ』もいっしょに^^)
おなじ「気」でも
味噌と少しの野菜に食い気を出し
の場合には、「け」となりますよね。
「き」と「け」。
外国人にはなかなか難しい部分です。


それと、釈迦のお話にもほんと、感動。
「悪口も受け取らなければ、いつまでも相手のなかに留まりつづける。」

ここはすごいですよね。
もっともそうなれるまでには相当の「気を練る」鍛錬が必要かもしれませんけど。^^

2017/02/20(月) |URL|天安 [edit]

Re: タイトルなし

天安さん コメントありがとうございます^^)
> これは、次の学期に、学生らに紹介したいと思います。(勿論、原文の『雨ニモマケズ』もいっしょに^^)
 えーーっ、本当ですか。うれしいですね~♪ (@_@)
 有名な詩をジョークにして少し気が咎めていましたが、これで気が楽になりました。じつは似たような過去記事もあるんですが。(笑)

●『雨ニモマケズ』シリーズ
①「情」薄ければ、人の世は味気なし。2015年10月24日
http://barso.blog134.fc2.com/blog-entry-236.html
②人生は、どう「走る」かが重要だ。2016年05月14日
http://barso.blog134.fc2.com/blog-entry-266.html
③涙はストレス解消にいい。賢治ふうの「雨ニモ…風ニモ…」。2016年09月10日
http://barso.blog134.fc2.com/blog-entry-284.html
〇 ひとの役に立つ「でくのぼー」になる正義感。2016年04月30日
http://barso.blog134.fc2.com/blog-entry-264.html

> 「き」と「け」。
外国人にはなかなか難しい部分です。

 この読み分けは日本人にも難しいはずなんですが、もう、そういうふうに読むものだと最初から覚えさせられているのじゃないでしょうか。

●「人気」の読みは「にんき」または「ひとけ」と読みますが、他に、
「じんき」という読みもあるそうです。

・『日本国語大辞典』第2版(小学館)=「人の生気、活気。また、人々の気配。人が群集してつくりだす気配」、「人々の気うけ。世間のそれをよしとする感情」

また「ひとげ」とも読めるそうです。

・『岩波国語辞典』=「人間らしさ」の意。作例:「人気(ひとげ)ない振る舞い」
・『大辞林』(三省堂)=「ひとげなし」とは「まともな人間の仲間には入らない、人並みでない」の意

●Wikipediaの「気」の項にこうありました。

 日本語には気と言う言葉を使う表現がいくつかある。中国哲学の気の概念のうち、物の構成要素、素材としての意味の用法はほとんどなく、「元気」などの生命力、勢いの意味と、気分・意思の用法と、場の状況・雰囲気の意味の用法など、総じて精神面に関する用法が主である。気になる、気をつける、気を使う、気が付く、気に障る、気が散る、気をやる(セックスにおいてオルガスムスに達すること)気合い、など。
 なお、慣用句「病は気から」の「気」は、本来は、中国哲学や伝統中国医学の気であるが、日本ではよく、「元気」「気分」などの意味に誤解される。
 江戸時代の儒学者で、日本の環境保全の先駆けとなった熊沢蕃山は、その理念の基として「神気」という概念を掲げている。熊沢の語る神気は中国の気のような流れや作用はなく、降雨による湿潤な空気と多様な植物が作るアニミズム的感覚を指す。

> 「悪口も受け取らなければ、いつまでも相手のなかに留まりつづける。」 ・・・・・はすごいですよね。
もっともそうなれるまでには相当の「気を練る」鍛錬が必要かもしれませんけど。^^

 そうですね。畳の上で水練する如く、何事も訓練し、鍛錬すれば、熟練しそうですが、何にもしなければ未練が残りそうですね。(笑)

2017/02/20(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、はしびろこう・ウナさん

私のブログへのコメント
気がつかなくてごめんなさい。

はしびろう様、今後ともよろしく。

2017/02/21(火) |URL|エリアンダー [edit]

Re: バーソさん、はしびろこう・ウナさん

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)

エリアンダーさん、はしびろこう・ウナさん、
ごめんなさい。伝え忘れていました。
このところ気が抜けていることが多くなっています。
何か他のことをしたりすると、考えていたことをすぐ忘れます。
思ったらすぐ行動しないとだめですね。
失礼しました。m(__)m


2017/02/21(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

インテリは室内装飾に凝る

バーソさんこんばんは
つちのこさんといい
風子さんといい
エリアンダーさんといい
(おいらズ~ッとエアリンダーさんだと)
(思っておりました・・・あはは)
いいお友達に恵まれて羨ましいかぎりです

じつはおいらにも新しい友達が出来ました
七歳の・・・君でしゅ
(あはは、名前忘れた、あはは)
(明日会えるので、も一度訊いてまいり魔手)
彼は花粉症でしたが
今年はいまだにマスクはしておりません・・?

今晩のコメントは
バーソさんの『素直』に拍手を贈る物です
これだけ博識に溢れ薀蓄もたくさん持ちえていても
『読めなかった字がある』と言う・・・
誰もが「おのが」の間違いは隠すものですが
バーソさんはあっさり認めました
(どれだけ器が大きいのでしょうか)
捻くれ者のおいらは
『賢者の剣』とくればその『剣』を
悉くへし折ってきました
しかし
自らの不出来を
自分が悪いともいつも思っておりました

この時間はいつも
ベロンベロンに酔っ払っておりますが
今宵は
ぺロンぺロンでありましゅ

おら?
なにがいいたかったんだべさ?
あはは。



2017/02/22(水) |URL|はしびろこう・ウナ [edit]

Re: インテリは室内装飾に凝る

はしびろこう・ウナさん コメントありがとうございます^^)
> いいお友達に恵まれて羨ましいかぎりです
 はい、有難い限りです。最近はウナさんや、新しい方々も増え、皆さんとは末永くお付き合いできればいいなあと願っています♪

 私の場合ですが、ブログの友達は一般の友達よりも付き合いやすいですね。まず第一に、気の合う人だけとコメントをやり取りできる。第二に、少しは面白いことを言おうという気持ちに互いになっているので会話が楽しい。第三に、昔でいえば文通みたいなもので、実際の会話の場合より多分相手を気遣って書いていると思います。第四に、互いに利害関係や上下関係がないので、敬意を払いつつ、学生時代のように素直に付き合えるのもいいですね。

 面白いもので、ウナさんと風子さん以外の方についてはほとんど、ご尊顔は存じ上げないのですが、なんとなく文章から漠然とイメージが出来上がっていて、十分知っているような気になっています。たまには顔を見せてくんろと言いたいときもありますが。(笑)

> バーソさんの『素直』に拍手を贈る物です
『読めなかった字がある』と言う・・・
バーソさんはあっさり認めました

 そうなんです。なにしろ頭脳明晰、才智明弁、博覧強記、博学多才、に加え頓智頓才の方も多く、私の頭では付いていけない時もあります。
 中には、私の間違いを鋭く、あるいは優しく指摘される場合もあり、戦々恐々、小心翼翼、萎縮震慄になる場合もあります。(笑)
 
 ウナさんは「『賢者の剣』とくればその『剣』を悉くへし折ってきました」か。おー、すごい。知性と弁舌の剣豪ですね。そうなら、まさに鷹揚自若、豪放磊落、従容自若、神色自若、泰然自若、大胆不敵、湛然不動、明朗闊達、磊磊落落ということで、いいですね~。
 なお、以上はたった今ネットの辞書で調べた言葉でして、中には私が初めて見る熟語もありました。(^^;)

 画面を170%に拡大し、濁点ではなく半濁点であると分かりました。はい、ほっぺたを舐められている気分になりましたよ。(笑)

2017/02/22(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

パーソ様、いつも良いお話を感謝します
雨にも負けずは、原作とは大違いで
楽しくて利に叶っているなあと大笑いしながら
読ませて頂きました

バラモン教の僧侶の話しと聖書の話し面白く読ませて
頂きました
薫子はクリスチャンなのでですね
虐め、うちのまるこが中学の時手痛い虐めにあい不登校になりました。今の高校で花開いて頑張っているんですが、もがいているみたい。薫子はまるこのサポーターになろうと思いました
余計な話をしてしまいました<m(__)m>

2017/02/24(金) |URL|薫子 [edit]

Re: タイトルなし

薫子さん コメントありがとうございます^^)
 面白いという感想で、うれしいやっちゃが♪

> うちのまるこが中学の時手痛い虐めにあい不登校になりました。今の高校で花開いて頑張っているんですが、もがいているみたい。 
 もがいちょるのじゃひか。あー、たまらんちゃが。もぞなぎい。
 いじめはほんじゃまこちイヤちゃが~。むげねーやっちゃが。(^^;)

 原発事故で疎開している子供を生徒や先生までがからかった、という話を聞くと怒りを覚えます。人間のクズとしか言いようがありません。
 でもクズはどこの世界にもいるのですね。相手の心を変えるのは難しいので、こちらのほうでうまく対処していくしか方法はありません。
 釈迦とバラモン僧の逸話から教訓を得て、クズは人間ではないと思えばどうでしょう。クズから何を言われても気にならない、相手はクズなんだから、と思って気にしないようにするのはどうでしょうね。

 あるいは聖書にこんな助言があります。(エペソ4:26)

「怒ることがあっても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで怒ったままでいてはいけません」
 いじめられたら怒るのは当たり前のことです。でもその怒りは日が暮れるまでにしなさいと言われています。ユダヤの暦は日没から次の日になります。なので、いじめられたその日はいろいろ悩んだり悲しんだりしても、翌日はきれいさっぱり忘れて、また新しい日が始めようと気持ちをリセットするのはいいかもしれないですね。
 そうはいっても、なかなかうまくできないかもしれませんが、そう思おうと思うだけでも少しは違うと思うのですがね。
 でも思えないなら、思えなくても別にいいと思いますよ。とにかくあんまり思い悩まないで、気楽でいるのがいいのですから。

> 薫子はまるこのサポーターになろうと思いました
 そうですか、まるこさんのサポーターになろうと思いましたか。いいお母さんですね。ちょっとジーンときました。私はあまり家庭環境がよくなかったので、こういう言葉を聞くと、いいなあと羨ましくなります。(^^♪

2017/02/24(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは^^

最近は、お気に入りのブログも巡回できないほど
へろへろに疲れていたので、お久しぶりです。

このイエスの言葉は、誰かの創作では?
と感じるような、少し空々しい感じがありますが、
釈迦の言葉は、割と実用できそうな感じがします。

こちらに否定的な誰かから、
「あなたはこうでしょう」とか
「こう思っているんでしょう」とか言われても、
それが図星であることはめったに無いですね。

自分もそうですが、投影は簡単にできますが、
洞察はなかなかできないものだと思います。

願望に基づく思考をしたり、べき論が強かったり、
他者に、自分より下である役割を期待する場合、
(これも願望であり、べき論ですが)
そういう醜い投影が多くなるような気がします。

2017/03/10(金) |URL|Korva [edit]

Re: タイトルなし

Korvaさん コメントありがとうございます^^)
 ずいぶん忙しかったようですね。仕事でしたかね。少し楽になったのでしょうか。スピーカー製作のほうもあるので、仕事が集中したときは大変でしょう。

> このイエスの言葉は、誰かの創作では?
と感じるような、少し空々しい感じがありますが、


 聖書の「平手打ち」とは、他者への侮蔑や嘲笑、怒りの表現で、挑発行為でもあります。こぶしで殴って痛みを与えるためにする行為とは違い、痛みはないですね。中世の騎士が決闘を申し込むときに白手袋で相手の頬をはたくのと似ています。

 イエスには最高法廷の者が「イエスの顔につばをかけ、こぶしで殴りつけた。ほかの者たちは顔を平手で打ってこう言った。『キリストよ、わたしたちに預言せよ。お前を打ったのはだれか』と言いました。
 ローマの兵士たちは『こんにちは、ユダヤ人の王よ!』と言うのであった。また、彼の顔に平手打ちを加えたりした」そうです。マタイ26:67、ヨハネ19:3
 ここでイエスが逆のほうの頬を出したという記録はありません。なので「右の頬を打たれたら左の頬を」というのは誇張表現のレトリックのようです。イエスは誇張表現が得意で、非常に多くあります。たとえば「金持ちが神の国に入るよりラクダが針の穴を通るほうが易しい」とか「人々を黙らせれば、石が叫ぶだろう」とか、「他の人の目からワラを抜いて差し上げましょうと言うような人間の目の中には(ワラよりはるかに大きい)垂木があるのだ」と言ったこともあります。普通の言い方をすると印象に残らないので、誇張表現をしたと思われます。

 ですから「右の頬を打たれたら左の頬を出せ」という教えを文字通り受け取れば、現実的な教えではないと思うのが当たり前です。あのインドのガンジーの考え方も非暴力・非服従であって、一切抵抗しないという無抵抗主義ではなかったようですから。

 ちなみに以前のことですが、私はこの教えを実践しようと心がけてきたので、ひとから侮蔑されたり嘲笑されても、まず言い返したことはないすね。そしてその時は別に腹も立たなかったですよ。ただし、だいぶ後になって悔やむことがありましたが。(笑)
 だからイエスの教えも釈迦の教えとそうは変わらないと思うのです。ただ釈迦の教えは、侮辱が相手に返るのだと言われているので、より納得しやすいでしょうかね。この解釈については、他にも読む方がいるかもしれないので、ちょっと説明が長くなりました。^^)
 
> こちらに否定的な誰かから、
「あなたはこうでしょう」とか
「こう思っているんでしょう」とか言われても、
それが図星であることはめったに無いですね。

 そうですか。誤解されるというのは相手の頭がよくない場合が多いということですかね。あるいは、こちらに否定的な人なら、色眼鏡を掛けているために識別力や洞察力がうまく働いてないということもありそうです。私も似たような経験がありますよ。
 Korvaさんは理論派なので、下手な理屈を言ってくる人が多いのですかね。まあ、あまり動機のよくない人とは付き合わないに限りますね。(^_-)

2017/03/10(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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