「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 旧約聖書の掟が非人間的である10の根拠。 


神は神に似せて人を創造し、人は人に似た神を想像した。
聖書では、エホバ神のイメージは、古いSPレコードのようだ。
神ならではの美しい聖なる音楽の中に、時々人間くさいノイズが混じっている。

当ブログでは「神の愛」を強調してきたつもりだが、
エホバ神には《人間の男くさい一面》があるように思える点がけっこうある。

今回は、神の属性を、旧約聖書の最初の5冊「モーセの五書」から考えた。

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※聖書は新共同訳を使ったが、YHWHが「主」と訳されている箇所は「エホバ」とした。
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1.エホバは、地上に人の悪が増し、常に悪いことばかりを心に思い計って
いるのを御覧になって、地上に人を造ったことを後悔し、心を痛められた。・・・
「わたしは人を創造したが、これを地上からぬぐい去ろう。人だけでなく、
家畜も這うものも空の鳥も。わたしはこれらを造ったことを後悔する」。
―――創世記6:5-7

エホバ神の大洪水前の心理描写だが、ここから分かることは、厳格な正義感と
短気さと残酷さだ。 人間の悪を憎むあまり、方舟に入ってない人間と動物の
すべてを大洪水で滅ぼそうとしている。
溺死者の中には、赤子も、幼児も、妊婦も、病人も、老人もいただろう。
人間の悪とは無関係の動物も皆殺しで、凄惨の極致だ。
戦国武将の性格を鳥の「ほととぎす」が鳴かない場合にどう対応するかで
三分類する「句」がある。 それで言うと、エホバはどんなタイプだろうか。

エホバは「人が心に思うことは幼いときから悪い」ことは十分承知していた。
にもかかわらず、豊臣秀吉のように「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう」とは、
あるいは、徳川家康のように「鳴かぬなら 鳴くまで待とう」とはしなかった。

ということは、大胆な言い方を許してもらえるなら、
エホバは「鳴かぬなら 殺してしまえ ほととぎす」という短気・即決の
織田信長タイプになるのではないか。

野球でもサッカーでも 監督が代わって訓練方法が変わると、
全く別のチームのように良くなることがある。
愛の神なら、もう少し我慢と猶予と指導と努力をしてほしかった、
全地球的大洪水とはひどすぎる、と思う人は少なくないだろう。

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※絵はヴィンテージポスター。ブログの内容とは無関係。


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2.今、もしわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば、
あなたたちはすべての民の間にあって、わたしの宝になる。・・・
あなたたちは祭司の王国、聖なる国民となる。
―――出エジプト記19:5,6

エホバは、シナイ山の麓で、エジプトを出てきたイスラエルに、あなた方が
契約を守るなら特別な民にしてあげよう、と契約交渉をした。
民は「一斉に」同意したと記録されている。
(「同意」のシーンはエホバの証人の大会決議時のようだ)

「契約」とは義務を伴う約束のことで、相手が何かをしてくれるなら、
当方も何かをしましょうという、交換条件がある取引のことだ。
愛は与えるだけで、相手から得ようとはしない。
だが、取引は互いの損得を考えた行為で、愛とは全然違うものだ。
その証拠に悪魔は取引が得意だ。何なりと望むものをやろう、
ただし、その見返りに、わたしに仕えよとか、お前の魂(心)を渡せと言う
(マタイ4:8-10、ゲーテ著「ファウスト」)。
しかし、愛の神は満ち足りており、必要とするものなどないはずなのだ。

エホバがまずイスラエルと 「契約」を結んだというのは、当時の人々の
生活環境や生存競争が厳しく、商取引では駆け引きをするのが当たり前、
隣人からは損失を受けたくないといった遊牧民独特の生き方・考え方が
根底にあるのではないか。

男と女


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3.エホバへ献げ物をする場合には、無傷の若い雄牛にしなさい。
これは燃やしてエホバに捧げる宥(なだ)めの香りである。
―――レビ記1:2-9要約

犠牲にされる動物の数は 毎年、雄牛113頭、雄羊32頭、子羊1,816匹にもなる
犠牲は祭壇で焼いて神に捧げられる。つまり、エホバは焼肉大好きである。
とりわけ牛の焼肉が好きだ。焼肉屋が喜びそうな話ではないか。※参考

雄牛が「無傷」とは大事に育てられた特上肉。「若い」とは柔らかい上質肉。
雌より「雄」のほうが格上で、エホバにふさわしい、と思っている肉食系男性の
脂ぎった顔が浮かんでこないだろうか。
動物を殺すのはかわいそうとの感情は全くない。

律法にはご禁制がたくさんあるのに禁酒法はない。祭司は仕事中に飲むな
と言われているだけ(レビ記10:1,2,9)。エホバは酒飲みの味方である。
夏、焼肉を食べながらビールを飲むのが好きな人には朗報だ。
ただしエホバは、酒の場に付き物のバカ騒ぎは嫌いなようだ(出エ32:18)。
この気持ちは私にはよく分かる。

魚にはかなり好き嫌いがある。例えばウナギが好きではない(レビ記11:9)。
これはイスラエル人がウナギの正しい食べ方、すなわち「蒲焼き」を知らなかった
せいだろう。キッコーマン、ヤマサ、ヒガシマルの社長が、残念だとして
歯ぎしりする顔が見えるようだ^^)。

エホバは爬虫類や昆虫にも好き嫌いがある(11:20-23,29-38,41-44)。
虫の苦手な大人は、男の子から、えーッ、虫をつかめないの?! と バカに
されるのではないだろうか。 ちなみに、わたしもさわれない。

※律法が動物を 清い・清くないと分けるのは、人間に「汚れの観念」を
育成するためと言われている。
そうだとしても、あまりにも愚かしい教育法ではないか。

犠牲のページ豚の輪切り
※有名なハムの広告。でもブタ肉はご禁制。


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4.山に登らぬよう、また、その境界に触れぬよう注意せよ。山に触れる物は必ず
死刑に処せられる。…生かしておいてはならない。
―――出エ19:12,13

現代でも大統領や首相の官邸警備は非常に厳しい。
だが、それは要人テロの防止のためだ。 
エホバが臨在するシナイ山に登る者は死刑にするというのは、
エホバを守るためではない。
神は人間より強い。だから、エホバの権威を高めるためだ。
そのためには人を殺せというのは、
愛のかけらもない、恐ろしい命令だ、としか言いようがない。

権威と権威付けを尊ぶというのは、封建時代の支配者の倫理観である。
昔の国王・領主・大名らは、騎士や武士に対して、死に至るまでの「
忠誠」を第一義に要求した。

権威に平伏させるのは当たり前だろうと思う人は、いまの天皇が被災地で
腰を低くし、膝をつきながら、人々に話しかけている姿を思い出してほしい。

4男釣り


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5.出エジプト記25-31章には様々な「規則」が事細かに書かれている。

新共同訳の「小見出し」を列挙すると、
幕屋建設の指示・箱・机・燭台・幕屋を 覆う幕・幕屋の壁板と横木・至聖所の垂れ幕・
天幕の入り口の幕・祭壇・幕屋を 囲む庭・常夜灯・祭服・エフォド・胸当て・上着・額
当て・アロンとその子らの衣服・祭司聖別の儀式・日ごとの献げ物・香をたく祭壇・
命の代償・手足を清める・聖別の油・香料・技術者の任命・安息日を厳守せよ

と、12ページにも及んでいる。使用材料も宝石や金など高価なものばかりだ。

さらに35章から40章までは、上記の命令がその通りに施行されたことが、
ほぼ同じ文言で、11ページに渡り、しつこく繰り返されている。

例えば25章で「アカシヤ材で箱を作りなさい」の命令形の文章が、
37章では「アカシヤ材で箱を作った」と過去形になっただけの文章で
繰り返されている。

長々書かれた細則は何のためかと言えば「威厳と美しさを添える」ため
と言われている(28:2)。
これも権力と威厳を強調したい支配者思考の表れだ。ひげを切るなという
規則も同じ発想ではないか(レビ19:27,MLB上原投手のヒゲ顔参照)。

当時の大祭司らが、自分は神によって油注がれた、至高の神の代理者である、
と まるで「ものみの塔」統治体のようなことを言って「神権的秩序」という
特権意識を振り回し、相当尊大にしていただろう ことが想像できる。

細かな規則を言うのが好きな連中は、そうすることで権力を振るっているのだ。


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6.捕虜を捕らえたとき、その中に美しい女性がいて、心引かれ、
妻にしようとするならば、自分の家に連れて行きなさい。
―――申命記21:10 

これは神の考えではありえない。完璧に男の好みだ。 この点に限り、
私には多大なる自信があるが、男は美しい女性が好きだ。
優しいハートの持ち主なら、もう天使だ。
だが、なかなか天使に巡り合えない実情が残念ではある。(^_^.)

ただ、いくら敵の捕虜であるとはいえ、有無を言わさず家に連れて帰って
よいというのはレイプと同じで、女性の尊厳の完全無視。
相当な男重視の思想だ。

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7.しかし、その娘(新妻)に処女の証拠がなかったという非難が確かであるなら、
娘を父親の家の戸口に引き出し、町の人たちは彼女を 石で打ち殺さなければ
ならない。
―――申命記22:20,21 

医学的には、初夜に証拠物件が出ない処女もいるそうだ。
そんな新妻はさぞかし困るだろう。 性道徳の潔癖さを女だけに要求するのも
どうかと思うが、女は処女に限る、処女でなければ殺してしまえ、
というのは男の極め付きの身勝手だ。
この律法は間違いなく、名誉心が異常に強い、部族社会の長が作っている。
☆参考:生きながら火に焼かれて(※イスラム教はモーセの五書も啓典


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8.混血の人はエホバの会衆に加わることはできない。
十代目になっても加わることはできない。
―――申命記23:3

ハーフは、かわいい娘やイケメン が多くていいなあ、なんて
のどかな考えはまるでない。 二世、三世はおろか、
十代後でも混血はダメと言っている。

オラが村の自慢をする傾向は多くの人にある。がしかし、
混血家系は十代たっても認めないというのは、極端な人種差別、異常な国粋主義、
執拗な極右思想だ。

この律法は、非常な危険をはらんだ恐ろしい思想だ。
たとえば、先頃、ノルウェーで、80人以上が撃ち殺された無差別発砲事件があったが、
その犯行理由は、政府が移民に対して寛容な政策をとったから だそうだ。
犯人は、この申命記の律法と同じような排他的信念を強固に持っていたのだ。
※参考:解説委員室

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9.女と寝るように男と寝る者は、両者共にいとうべきことをしたのであり、
必ず死刑に処せられる。彼らの行為は死罪に当たる。
―――レビ記20:13

エホバは同性愛を嫌悪し、殺せと言っている。
ここで「女と寝るように」というのは、女に対して言っているのではない。
男に対して言われている。

同性愛が悪い根拠がここにあると思う人がいるかもしれない。
だが同じ律法では、異性愛者でも不義の性関係なら同じく死刑だ。
同性愛を毛嫌いする人は、自分は異性愛関係で絶対死刑にならない自信があるか、
自問をすべきだろう。
それに、男3万人に1人位いるとされる性同一性障害者はどうするのか。
彼らは生まれつき、そうなのだ。とにかく差別やイジメは、
独善・優越感・陰湿さが関係している悪行と断言したい。

エホバは、異性用の衣服を着ることも禁じている。 申命記22:5では、
「女は 男の着物を身に着けてはならない。 男は 女の着物を着てはならない。
このようなことをする者をすべて、あなたの神、エホバはいとわれる」
と書かれている。

余談だが、ジャケットやシャツなどの前合わせを 男女逆にする必然性はない
のではないか。節電・省エネ時代なのだから、H&MやFOREVER21では、
まぁ無理としても、無印良品やユニクロあたりが男女兼用タイプを発売しない
だろうか。 キャッチフレーズは〝合理派だから、ユニセックス。〞はどうか。(
個人的には、まだ目が慣れていないせいか、男のスカートはいただけない。
ただスコットランドでは普通)

7マニキュアハンド


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10.男児を出産したとき、産婦は月経による汚れの日数と同じ七日間汚れている」
「女児を出産したとき、十四日間汚れている。
―――レビ記12:2,5

まず、女は月経期間は汚れているのだそうだ(レビ記15:19-24)。
さらに、出産後の女も汚れていて、
その期間は、男児なら1週間、女児なら2倍とされている。

今なら社会問題になる律法だ。「女は三十五過ぎたら羊水が腐る」と
言った歌手や「女性は子どもを産む機械』」と発言した大臣が、
一時マスコミから叩かれた通りだ。


エホバは潔癖性で、「清さ」と「汚れ」に非常にこだわりがある。
律法には、清めとか汚れという文言が非常に多く、汚れが各種あり、
それを取り除く方法が、微に入り細に入り、事細かに書かれている
(多すぎるので省略)。
今なら 医者は、きれい好きと言うより、過度の潔癖症候群と診断するだろう。


        ____________________


わたしは神を信じる者だ。聖書も基本的に信じている。
聖書には、いい教えが沢山ある。たとえばミレーの「落穂拾い」の
モチーフになったレビ記19:9,10などは素晴らしい。
しかし、現代の多くの聖書学者たちは、聖書の一字一句すべてが、
神の真正の言葉であるとは考えていない。 わたしもその見解には同意している。

それを示すため、今回は、真の神ならそんなことは到底あり得ないだろう、
と思える命令や規則などを「モーセの五書」からピックアップしてみた。

最後 エッフェル塔

いや、聖書は一字一句すべてが霊感を受けていると思う人は、以下も見て欲しい。
律法時代は、違反すると「死刑」になったリストだ。

動物の血や脂肪を 食べる、安息日(土曜日)に仕事をする、生理中のセックス、
父母を罵ったり叩く、結婚前に処女を失う、レイプ、姦淫、霊媒者、占う者に
相談する、指導者に逆らう(生き埋め)、兄弟や親子・親友が他宗教に勧誘する、
割礼をしない子、一般人が幕屋に近づく、勝手に祭司の務めを行なう、儀式を
間違える、聖職者の娘が遊女になる(火刑)、献げ物の残り肉を3日目以降に
食べる、無酵母パンの祭りの日にパンを食べる、
贖罪の日に苦行を しない、汚れがあるのに身を清めない、偶像崇拝、神を冒
涜する、故意の殺人、預言が当たらない預言者・・・
(他にもいろいろあるが
省略)※参考:613の戒律

とかく旧約の律法を 読む人は、当時の律法は現代には適用されないと思い、
その内容のおかしさを 気にしない傾向がある。 でも、もし今、実際に施行
されたらどうか。
 
豚カツの脂身を食べたら死刑。土曜出勤をすれば死刑。雑誌の星占いを見たら死刑。
援助交際の女高生も死刑。愛し合うデートも死刑。預言が当たらない自称エレミヤ
級預言者こと「ものみの塔」の統治体メンバーも皆死刑だ。 
 ※参考:鼻をそがれた女性モーセ五書も啓典とするイスラム教社会の事件)

聖書は「神は愛である」と述べている。 神が愛であれば人間に犠牲や捧げ物を
要求したり、制限や刑罰や死を与えたりするはずがない。

わたしは、そのような神を信じている。あなたは聖書を読んで、
何を感じているだろうか。どんな神を信じているだろうか。



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2011/12/14(水) || [edit]

あんたはえらい!

2014/11/28(金) |URL|わほマン [edit]

わほマンさんへ

「あんた」とは何という言葉ですか。なんと人への敬意に欠けた傲慢な言い方でしょう。あなたはいったい何様ですか。ひとに失礼だとは思わないのですか。こんな言い方はどんな社会でも通用しませんよ。あなたの非常識さと尊大さには驚きました。

「えらい!」とは、これも何という言い方ですか。たとえ褒め言葉だとしても、この言い方では、おまえは偉いやつだ、褒めてつかわす、と上から偉そうに言ってる言葉です。
あなたは、ひとを褒めたことがないのか、褒め方を知らないのですね。あきれます。

2014/11/29(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

僕は宗教に熱をあげている人を心の中で見下しています。
でも心の中だけに留めておくべきでした。ごめんなさい。

2014/11/29(土) |URL|わほマン [edit]

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