「バーソは自由に」

 考え方はいろいろあるから面白い。

 配偶者以外のひとを好きになったら? 

私が小5のとき、母親が生活能力ゼロの男と再婚し、極貧となった話は以前書きました。
男の名は、ひろしです。ああ、ずいぶん久しぶりに思い出したとです。(笑)
                
当時、母親は30半ばだったが、ひろしはもう60近くで、定職なし、宿なし、の風来坊。
顔は、ジェームズ・ステュアート1割に高田純次5割を混ぜたような、一見ダテ男風。
医家の次男坊で、話が面白く、口達者。男を信じた母親は邦文タイプの仕事を辞めた。

ひろしは夜はジンを飲んで、よく浅草オペラ歌手のように声を張り上げて歌っていた。
得意の歌は、“おーおー 明治~”の『明大校歌』と、歌劇『リゴレット』の「女心の歌」。

1rigoret.jpg 出典
歌(YouTube)→ 藤原義江ルチアーノ・パヴァロッティエンリコ・カルーソー

『女心の歌』 ヴェルディ(作曲) 堀内敬三(訳詞)
 風の中の羽のように いつも変わる女心 
 涙こぼし 笑顔つくり うそをついて だますばかり
 風の中の 羽のように 女心かわるよ ああ 変わるよ


YouTubeの朗々と歌い上げる稀代のテノールを聴きながら、
笑顔ありし再婚家庭は涙こぼすドン底の窮乏生活に、ああ、変わるよ、の話をどーぞ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
費用を計算せずに塔を建てようとしても、完成できない。※1

ひろしは定職を持つ気がなく、一獲千金の儲け話は嘘ばかりで、収入はほとんどゼロ。
しかし男心と女心は変わることなく、当初は若者同士の恋愛のように楽しそうだった。

だが食べるものがない日が続くようになり、ひろしは荒れて母親の髪の毛を引きずり
回すようになり、欠食児童で長欠児童の私と弟は、それを見てワーワー泣くばかり。

ひろしは、しばしば家を空けた。ある日、警官が来た。母親が、面会に行ってくると
言った。とうとう悪事に手を染めたのだ。母親もさすがに見限って、ようやく離婚。
必死に働き始め、やがてまた邦文タイプ業を始め、やっと奈落の底から這い上がった。
    
rotor4.jpg
Toulouse-Lautrec

母親にとっては二度目で最後の恋愛だったので、かなりの無念があったかもしれない。
母親は男選びが下手だったが、今より生活が困難な時代に精一杯生きた。
私は子供として悪夢のようなひどい体験をしたが、恨んではいない。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
愛は、生きている限り、その対象を一人だけに絞るべきか。

●聖書は、離婚を認めていない。
※2
イエスは、神聖な結婚の取り決めを破るなと言っている。(マタイ福音書19:5,6)
 「それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、 二人は一体となる。
 だから、二人はもはや別々ではなく、一体である。
 従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない」

問題は「心は偽るもの」※3。他の人を好きになったり、好かれることはあり得る。
それは不倫と言われ、遊びでも真剣でも、世間から袋叩きにされる。

ところで、そもそも結婚とは恋愛の究極の表現か、と考えたことはないだろうか。

●通常の倫理観とは違うが、結婚をこう考えるひともいる。
①あなたが愛してくれれば、こちらも愛しましょうという約束は商取引と同じだ。
②愛は制約でも保証でもない。愛の対象を一人に限定するのは、“自然 ”に反する。
③愛が冷えているのに、無理やり約束を守らせる人生は互いに幸せではないはず。
いずれにせよ、
④他の人を好きになり、どうしょうもなくなったら、配偶者に真実を告げるべき。
⑤どんな決意するにしても「自分が愛なら何をするだろうか」と自問するのがいい。
⑥人生とは義務ではなく新しい体験の創造である。努力をした人生に失敗はない。

こんなことを書くと、フリーセックスの推奨かと思われるかもしれない。
そうではない。私は今まで妻以外の女性を知らず、離婚するつもりもない。
世間の常識や定番の倫理観を無意識に自動受容してないか、考えてみたいだけだ。

laut8.jpg
Toulouse-Lautrec

正邪・是非の判断が難しい場合は、“うまくいくかどうか ”を考えてみればいい。
離婚するにしても、許すにしても、関係者みながベターになるようにしたいものです※4

(以上は、聖書には非常にいい言葉があるが、不合理な教えもあるという話でもあります)


いい話も笑話も山ほどある、友人のエリアンダーさんのブログ『夏への扉』より。
『再婚』
1947年当時、ミルトン・バールはもっとも名のあるコメディアンだった。
しかし有名になるにつれ、妻のジョイスとうまく行かなくなり、離婚となった。
離婚して2年後、バールとジョイスは2度目の結婚をした。
「何でまた同じ女性と結婚を?」と聞かれたバールは答えた。
「彼女は別れた妻を思い出させるんだ」


補―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※1:ルカ14:28-30新共同訳 「あなたがたのうち、塔を建てようとするとき、造り上げる
のに十分な費用があるかどうか、まず腰をすえて計算しない者がいるだろうか。そうしな
いと、土台を築いただけで完成できず、見ていた人々は皆あざけって、『あの人は建て始
めたが、完成することはできなかった』と言うだろう」
※2:「不品行のゆえでなくて、自分の妻を出して他の女をめとる者は姦淫を行うのである」
 (マタイ19:9口語訳) 離婚は配偶者が姦淫を犯した場合のみ。ただし許すこともできる。
※3:「心はよろずの物よりも偽るもので・・・だれがこれを、よく知ることができようか」
 (エレミヤ記17:9口語訳) 人の心(エゴ)は変わりやすく、あてにならないと解釈できる。
※4:結婚したら「養育責任保険」を義務付け、収入に応じた金額(夫が多め)を源泉徴収し、
それに国が補助した養育費を、元妻と子供に支給するのはどうか。車の自賠償保険と同じ。
結婚への意欲が減じないよう、保育費、教育費などは最初から国が全負担するようにする。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

関連記事
スポンサーサイト

COMMENT FORM

  • URL:
  • comment:
  • password:

配偶者以外のひとを好きになったら?
好きな人が1人増える。
これはいいよね。

配偶者以外のひとを嫌いになったら?
嫌いな人が1人増える。
そんなケースもあるけどw。

2016/09/24(土) |URL|青梗菜 [edit]

今生の倫理観では推し量れない物語

男女物語ほど多くの学びを得られるテーマはないでしょうね。

>愛は制約でも保証でもない。
>愛が冷えているのに、無理やり約束を守らせる人生は互いに幸せではないはず。

これ、倫理観を超えた正論でしょうね。

というのも、抗えないほど『惹かれる』場合、
今生の倫理観では推し量られない男女の物語(カルマ的な)もあると
思いますから‥‥。

いずれにせよ、エリアンダーさんのブログのテーマ『再婚』……。
面白~い! 素晴らしい!

不平不満、浮気心は夫婦感情の常として……。
浮気したからこそ判る『相性』なんてのもあるでしょうし、
無意識に比較して、まだましかぁ‥みたいな心情もあることでしょう。
(誰もが、自分の性分や質を棚上げして相手を批評判断してしまう)

なんやかや、すったもんだを繰り返して初めて、
“隣の花も、我が家の花も同じ赤”なぁ~んて視点に
立てるのだろと思います。

男女や親子関係に使われる熟語……。
『愛情』や『情愛』『情事』とは、良く表したものです。
それらは本来の愛……『無償の愛』に繋げるための、
基礎的レッスンなんでしょうね。



2016/09/24(土) |URL|風子 [edit]

男女

バーソ様
おはよう御座います。

「ひろしです。」は懐かしいです。
彼はまだお笑いの世界にいるのでしょうか?
彼もなかなかのハンサムですよね。
さて男女の関係ですが、難しいですよね。
理論もなにもなく感覚だけですから。
打算的な女性は男性を収入で判断しますね。
その点お母さまは一時不幸せだったかもしれませんが一生を通してみれば幸せだったのかもしれませんね。
ただし子供はトバッチリですよね。
ただでさえ難しい恋愛関係なのに最近は堂々と同性愛が認められています。
もうなにがなんだか解りませんとです。
ひろしです。

愛新覚羅

2016/09/24(土) |URL|aishinkakura [edit]

おはようございます。

男女って不思議ですね。
共依存的関係でも、DV関係でも、縁が切れない場合があります。親子でも同じことが言えます。


人の価値観も様々で、求める愛も色々。
夫婦は、ときめく関係は、数年で終わり、家族になるのでしょうか?

いつもハラハラドキドキしていたら、身体がもちません。でも、平凡は、つまらない。

安定した居場所があるからフラフラするしたくなるのでしょうか?
多くの場合、奥さんが怖い男性っているのでは?

若い頃、奥さんをたくさん泣かせた色男。
最終の居場所は、悲しい現実があります。

家族に見捨てられた高齢者の支援をすることが多いです。

口のうまい方、不得意です。
中身が伴えば良いのですが、嘘も得意でしょうから。

バーソさんは、どのような方でしょう(*^_^*)




2016/09/24(土) |URL|Miyu [edit]

いい記事読ませて頂きました。

今朝、テーブルの上、チラシの裏にマジックでHappy birthday, my darling ・夜はなに食べる・と、おいら朝からハッピー気分でふとなんかで読んだ「わが妻は いたく恋ひらし 飲む水に 影さへ見えて 世に忘られず」なんて句を思い出したりして。

おいら人様の結婚、離婚については何も言う事はございませんが、生涯、我妻はただ一人、の、自分の人生感には誇りを持っています、ま、バーソ様とスタイルは変われど同じと言う事で。

2016/09/24(土) |URL|ばく [edit]

Re: タイトルなし

青梗菜さん コメントありがとうございます^^)
> 配偶者以外のひとを好きになったら?
好きな人が1人増える。
これはいいよね。

 ほんと、いいですね。一人より二人、二人より三人、どんどん増えるほうがいいですね~。
 でもそれが当たり前のことになると、才色兼備の男に、いい女を全員もっていかれそう。うーむ、悲しい結末もありそうです。

> 配偶者以外のひとを嫌いになったら?
嫌いな人が1人増える。
そんなケースもあるけどw。

 配偶者以外の人から嫌われても、別にかまわないですね。付き合わなければいいだけだから。
 でも、配偶者から嫌われたら、これは困りますよね~、と同意を求める必要はないですが。(笑)

2016/09/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 今生の倫理観では推し量れない物語

風子さん コメントありがとうございます^^)
> 男女物語ほど多くの学びを得られるテーマはないでしょうね。
 なるほど、確かに、そうなんでしょう。死んでもいいほど親密な関係になり、殺したいほど憎い関係にもなるのでしょうから。

> というのも、抗えないほど『惹かれる』場合、
今生の倫理観では推し量られない男女の物語(カルマ的な)もあると
思いますから‥‥。

 なるほど、そういうこともあるのですね。

> 不平不満、浮気心は夫婦感情の常として……。
なんやかや、すったもんだを繰り返して初めて、
“隣の花も、我が家の花も同じ赤”なぁ~んて視点に
立てるのだろと思います。

 そうなればいいことなのか。そうなるのが目標なのか。あるいは、そうなれば不幸なのか。達観とは、悟りでもあり、また諦めのようでもあり、面白いところです。

> 男女や親子関係に使われる熟語……。
『愛情』や『情愛』『情事』とは、良く表したものです。
それらは本来の愛……『無償の愛』に繋げるための、
基礎的レッスンなんでしょうね。

 愛は、倫理とか常識とか正論とか損得ではなく、結局は“情”なんでしょうね。分かっちゃいるけどやめられない。どうしょうもないという感情はありますね。どうしょうもない感情を経験して、それが次のステップになるということですかね。人生には喜びだけではない、悲しみもある。それを味わえるのは幸せなことと思うほうがいいのでしょう。

 エリアンダーさんのブログ。「離婚」と「結婚」で検索をかけたら、まあ、ずいぶん沢山ありましたよ。人生、喜怒哀楽ですね。

2016/09/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 男女

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
> 「ひろしです。」は懐かしいです。
彼はまだお笑いの世界にいるのでしょうか?
彼もなかなかのハンサムですよね。

 そうですね。いい男が、あの情けない口調で、ぼそっと言うのがいいのでしょう。テレビはほとんど『笑点』とニュースしか見ないのですが、彼にもっと出てきてほしいと思います。

> 打算的な女性は男性を収入で判断しますね。
その点お母さまは一時不幸せだったかもしれませんが一生を通してみれば幸せだったのかもしれませんね。

 なるほど、そういうふうに思ったことはなかったですが。でも考えてみれば、母親は自分の好きなように歩む道を選択したわけですから、まあ好きなように生きたのだ、という見方もできるのでしょうか。ただし、その代わり、その分、人一倍苦労もしています。離婚後は、いつも機嫌が悪かったですよ。生活に疲れていたのでしょう。

 最近はいろいろ自由になりました。これは人間の持つ“自由性”ということを考えれば、むしろいいことのような気がします。ただし誰かに迷惑を掛けなければ、ですが。特に子供には。

2016/09/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: おはようございます。

Miyuさん コメントありがとうございます^^)
> 男女って不思議ですね。
共依存的関係でも、DV関係でも、縁が切れない場合があります。親子でも同じことが言えます。

 DVでも、親子でも、ですか。うーむ。私も親子関係については話し出すと、多分いろいろ言いたいことがいっぱいありますね。

> いつもハラハラドキドキしていたら、身体がもちません。でも、平凡は、つまらない。
 うーむ、これも話し出したら、いろいろありますね。

> 安定した居場所があるからフラフラするしたくなるのでしょうか?
多くの場合、奥さんが怖い男性っているのでは?

 うーむ、そうかもしれません。

> 若い頃、奥さんをたくさん泣かせた色男。
最終の居場所は、悲しい現実があります。
家族に見捨てられた高齢者の支援をすることが多いです。

 そうなんですか。芸能人の場合はモテてモテて楽しいと本人が思う現実がありそうですが、一般人は違うのでしょうか。高齢で家族に見捨てられた夫。そういえば私の義父も、その後どうしたのか、分かりません。今から思えば、哀れなひとです。

 私バーソはどうか?ですか。男女関係では嘘は言いません。嘘を言ったら自己嫌悪を感じるほうですから。理性と感情の葛藤は、ありますね。(^-^;

2016/09/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: いい記事読ませて頂きました。

ばくさん コメントありがとうございます^^)
> 今朝、テーブルの上、チラシの裏にマジックでHappy birthday, my darling ・夜はなに食べる・と、おいら朝からハッピー気分でふとなんかで読んだ「わが妻は いたく恋ひらし 飲む水に 影さへ見えて 世に忘られず」なんて句を思い出したりして。
 あー、またまた、おのろけで。ほんと、いつも奥様思いで、それを臆面もなく(笑)公表するので感心しています。幸せな家庭がずっと変わらず持続しているようで、なによりです。
 でも若いころは大いに鳴らしたと、いうこともまた自慢げに(笑)公表していて、家族の方々に知られても大丈夫なんでしょうか。(@_@)

> 生涯、我妻はただ一人、の、自分の人生感には誇りを持っています、ま、バーソ様とスタイルは変われど同じと言う事で。
 そうですか。妻をめらば真面目ひと筋路線に転じたのでしょうかね。(笑) 大会社の社長になれば、金もあり、誘惑の機会も多いでしょうに、その人生観というか、倫理観はたいしたものです

 私の場合は、聖書を長年学んだせいと、元来が非常に我慢強いせいもありますね。何があっても現状を受け入れる。この辛抱強さはたぶん極貧を経験した子供の頃に身に着けたのだろうと思います。

2016/09/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

☆バーソ☆さん、おはようございます!!^^

⑤の「自分が愛なら・・・」は、、ウォーターハンマーを起こさぬよう配管の中を流れる水の気持ちになってバルブを閉めると言う時の、[自分が水なら・・・」と同じ感じですか?m(__;m

2016/09/24(土) |URL|くわがたお [edit]

Re: タイトルなし

[太字]くわがたおさん、ありがとうございます。よくコメントをくださいました。
> ⑤の「自分が愛なら・・・」は、ウォーターハンマーを起こさぬよう配管の中を流れる水の気持ちになってバルブを閉めると言う時の、[自分が水なら・・・」と同じ感じですか?
 うーむ、面白い比喩で、また難しい質問を! (*_*) でもそうだと言えそうですね。 
 普通、愛というのは、たとえ自分を犠牲にしてももっぱら他者のためになることをすることと解釈されていますね。イエスは、こんなことを言ってます。「友のために命を捨てる、これより大いなる愛はない」(ヨハネ15:13)。

 その通りなんですが、しかしちょっと定義としては言い足りません。「愛」というのは本当は、まず自分を愛し、その自分を愛すのと同じように他の誰をも愛す、というのが正しいようですよ。
 「まず自分を愛し」というと利己的だと思われがちですが、そうではないのです。そもそも自分を愛する気持ちを持ってない者が、他者を愛せるはずがないからです。愛の対象は無制限であるべきで、したがって自分をも含めないというのは片手落ちなんですね。

 ウォーターハンマーとは、水圧管内の水流を急に締め切ったときに、水の慣性で管内に衝撃と高水圧が発生する現象でしょう。
 自分がその「水」になった場合、バルブを止めたい気持ちにすでになってしまって、どうしようもない事態になった。その場合、愛ゆえに自分の気持ちを抑えることができるなら、これは愛でしょう。
 あるいは、水流を止めたい気持ちを無くそうとしないで、やはりバルブを止めるのですが、その際に関係者全員にとって愛になる最善の“妥協策”は何かを考え、なるべくまわりにハンマーショックを与えないように愛に基づく行動をとる。これもまた確かに愛なのでしょう。
 そういう優しい水の心境を考えられるくわがたおさんは、非常にいいひとのようですね。^^)

2016/09/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

☆バーソ☆さん、コメ返、ありがとうございます!!^^

同じ感じだと理解しました。
あの比喩は、職場先輩の言葉です。私が水なら行く先が急に閉まったら激突して痛い、という意味と理解しています。

「私が愛なら」の意味、理解できたという認識ですが、「私が愛を実践するなら」なら、わかりやすかったかも?

ここで一句。
自己保身自己申告をしなかった
※不作為をしたという意味です。
m(__;m

2016/09/24(土) |URL|くわがたお [edit]

Re: タイトルなし

くわがたおさん コメントありがとうございます^^)
 まあ、ご丁寧に、わざわざ、すみません。

> 「私が愛を実践するなら」なら、わかりやすかったかも?
 あ、そうですね。そういう言い方のほうが普通ですね。
 私は文章をなるべく1行に収めるように、さらに、その段落の各行の文字数を合わせて左右幅を揃えるという趣味があるので、ついつい言葉が足りなくなる場合があるのです。ここの①から⑥までも、全部文字数を揃えているのですよ。

 じつは、くわがたさんには、こう書こうかと思ったのですが、ハンマーの話を書いているうちに忘れてしまいました。それは“「私が愛なら」は「私が愛の塊(かたまり)なら」と思えば分かりやすい”ということです。あるいは「私が愛そのものなら」でもいいでしょうが。
 新約聖書に「神は愛である」とあり、聖書でもそういう言い方をするのですね。(ヨハネ第一の書4章8節)
 
> 自己保身自己申告をしなかった
※不作為をしたという意味です。

 うーむ、法律的というか、哲学的というか、青梗菜さんのブログを訪れる人の文体というか。(笑)
 「不作為」の言葉を検索して調べましたよ。世界大百科事典にこうありました。

 路上に倒れている病人を見捨てたまま通り過ぎるとか,立ち退きを要求されても住み慣れた住居から立ち退かないというように,現在の事実・事象に対して積極的に働きかける行動をとらず,それらの事実・事象を放置することを不作為という。外界に対して積極的に働きかける行動・挙動をいう〈作為〉とは対語をなす。
 なるほど、自己保身自己申告をしなかったというのは、法律的良心的に正しいことをしなかったという意味ですか。どうも愛がないというより良くないようですね。なんと言ったらいいか。(笑)

2016/09/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

以前に伺ったよりもさらに重いお話しです。
重いお話を、リゴレットでいなして深刻さを避ける・・・、
バーソさんの、さらっと流す巧みな話術です。
通常の倫理観と違うが・・・は②③は確かにそう思いますが、
でもキリスト教の教義に反するんですよね。
江戸時代に日本にやって来た宣教師たちは性の退廃ぶりに
驚いたとか。秀吉は宣教師に、多くの側女を侍らせられる
ならキリシタンになってもいいと言い放ったそうですし。(笑)
私ブログの紹介いつもありがとうございます。
フランソワーズ・サガンは二番目の夫と別れた後もずっと一緒に
住んでる理由を訊かれてこう言ったそうです。
「結婚している男性より独身の男性のほうが魅力的だからよ」

2016/09/24(土) |URL|エリアンダー [edit]

Re: こんばんは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
> 重いお話を、リゴレットでいなして深刻さを避ける・・・、
バーソさんの、さらっと流す巧みな話術です。

 あらあ、うれしいですね。そういう言い方をしてくださると舞い上がります。エリアンダーさんには、いつも話の要点をぴたっと簡潔に要領よくまとめていただいて、ありがたく思っています。
 じつは「女心の歌」は今でも1番だけなら歌詞を覚えていて、歌うときはつい浅草オペラのような歌い方になってしまいます。(笑)
 
> 通常の倫理観と違うが・・・は②③は確かにそう思いますが、
でもキリスト教の教義に反するんですよね。

 そうなんです。旧約最後のマラキ書2:16に「神は離婚を憎む」とあります。なのでカトリックでは聖書通り離婚禁止ですが、でもプロテスタントでは離婚は許されているんです。
 また、聖職者は結婚禁止というのは聖書違反(テモテ第一4:3)なんですが、カトリックではそれが教義となっていて、幼児虐待などの原因となっているようです。聖書自体の教えにもおかしな部分があるのですが、それがさらに人間の勝手な恣意的な思考により不適切な解釈・適用になっている場合があるのですね。 

> 江戸時代に日本にやって来た宣教師たちは性の退廃ぶりに
驚いたとか。

 そうみたいですね。最近読んだ本にそう書いてありました。あら、エリアンダーさんに紹介してもらった本だったかな。
 彼らは日本人の賢さにも感銘を受けたようで、相当能力のある宣教者を派遣してくれないと日本人を改宗させるのは難しいと本国に手紙を書いていました。キリスト教宣教者と仏教僧侶の論争はなかなか面白く、一度書いてみたいと思っているのですが。

 フランソワーズ・サガンの話も面白いですね。外国のセレブたちは気の利いたことを言う人が多く、さすがに頭がいいのでしょう、感心します。

 『夏への扉』で、掲載が古い離婚話を検索したのですが、私はこれが気に入ったので、勝手に使わせていただきました。いつもありがとうございます。

2016/09/24(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

結婚って何処の世界の御伽噺?

 はい、縁がありませんでしたー。わたくし、大変良い男なのですが、ただ一つ欠点がございます。顔が大変不自由なのでございます。え゛、素直にただの不細工と言え?その他にも欠点なんかてんこ盛りだろうて?・・・グゥ(ぐぅの音だけは意地で出してやる)
 女性に振られ振られて溜息つけば街は夕暮れ人波模様・・・と何処かの歌詞に有る様な黄昏た人生を送ってきました。結婚したらきっと一途なんだけどなぁ。浮気なんか絶対しないんだけどなぁ。しないんじゃなくて相手にされないから出来ないだけだろう・・・ってそこ、本当の事は言わんで宜しい。
 女性には大変有用な(筈の)わたくしという存在は、しかし誰からも発掘される事なく朽ち果てるのでありました。
 ところが実は、そもそも女性とは浮気性の相手を好む傾向が有るそうな。誠実な男は託卵する相手としては良いが、受精の相手としては魅力が無いらしい。何故なら、浮気性な男の子供ならより多く遺伝子をばら撒ける。つまり、浮気性の遺伝子に乗っかって自分の遺伝子もばら撒けるから、受精の相手は浮気男が最良なんだと!!!神も仏もあるものか。ま、わたくし託卵する相手としてすら選ばれませんでしたが。
 不細工で金も才能も無い男でも良いとか言う奇特なおねーちゃん何処かにおまへんかー?

2016/09/24(土) |URL|miss.key [edit]

こんばんは

お母様も☆バーソ☆ さんも
大変ご苦労されたのですね(>_<)

お母様が無事に、ひろしと
離婚されてホッといたしました。


結婚制度は、本質的には、
生まれてくる子どもの権利を
守るための制度かな?
と思っております。

変な見方かもわかりませんが、
男女の愛とは別次元のものかな?
という見方をしています( ^ω^; )

2016/09/25(日) |URL|坊主おじさん [edit]

こっちは付き合ってる彼女にプロポーズしたばかりだというのに~(笑)
年末に彼女の両親に挨拶に行く…
それを思うと今から緊迫状態です…(笑)

うちも酷い男と母親が再婚して
私は随分殴られ泣きましたが、その男が倒れたとき介護までしました。食事、下の世話…世の中は至極皮肉なものです♪
両親ともにいなくなってみると
まったく恨んでいない自分に驚きさえ感じます♪

2016/09/25(日) |URL|小奈鳩ユウ [edit]

Re: 結婚って何処の世界の御伽噺?

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
 まあまあ、いつもご謙遜で、恐れ入ります。

 今まで女性に、ボクは二枚目じゃないからなあ、なんてと言うと、あら、私は顔なんか気にしない、と慰められることがしばしばありました。
 男は顔は関係ない、は本当ですよ。昔、渥美清とすれ違ったことがありますが、目がきらっと鋭く、品性があり、映画の寅さんとはまるで別人でした。田中邦衛もオーラが漂っていてカッコよかったですよ。男は絶対に才能と自信ですね。

 miss.keyさんについては、男さえ惚れる男のように感じますよ。まず話が面白い。これ、大事ですよ。話のつまらん男はダメ。私がその典型です(文章は饒舌ですけどね)。それに頭がいい。ひととは違う視点を持っている。しかも文章がうまい。マンガも描ける。絵もうまい、彫刻もできる。これ、お世辞じゃなく、本当ですよ。さあ、たまにはお歳暮ぐらいよこせ。(笑)

 いま未婚ということは、未婚でやっていけるのだからそうしなさいという天の配慮があるんじゃないですか。人生には何事も偶然はないと私は思っているので、今現在の状況がそうなっているということは、そうなる運命(自己選択)のようなものがあると感じますね。

 大体が男と女はどうして結婚しないといけないのか。独りのほうがはるかに楽です。結婚すると、妻は専横になり、優しい男はどうしても全面的に妻の言う通りになり、男は死ぬまで支配下に置かれますからね。大変ですよ~。

2016/09/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: こんばんは

坊主おじさん コメントありがとうございます^^)
> 結婚制度は、本質的には、
生まれてくる子どもの権利を
守るための制度かな?
と思っております。

 なるほどなるほど、正論ですね。離婚の犠牲者は子供ですからね。夫に愛想が尽きたが子供のために我慢するというケースはかなり多いのでしょう。女は大変ですね。なんたって世の中には男女の不平等があり、女性は地位も収入も条件も男より悪い場合が多いですから。離婚したら養育費を絶対支払うなんて法律や倫理観が確立すれば、少しはいいのでしょうか。

> 変な見方かもわかりませんが、
男女の愛とは別次元のものかな?
という見方をしています( ^ω^; )

 そんな気がしますね。著名な芸術家などが長年愛し合って一緒に住んでいるのに結婚しないなんて変な話だと思っていましたが、究極的には結婚とは恋愛とは別のものかもしれませんね。でも互いに愛していて結婚しないのもまた変な話のように感じますが。(笑)

2016/09/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

小奈鳩ユウさん コメントありがとうございます^^)
> こっちは付き合ってる彼女にプロポーズしたばかりだというのに~(笑)
年末に彼女の両親に挨拶に行く…

 おお、そうですか。それはそれは。おめでとうございます。そのせいもあって今、忙しいのでしょうかね。

> うちも酷い男と母親が再婚して
私は随分殴られ泣きましたが、その男が倒れたとき介護までしました。食事、下の世話…

 うーむ、そうですか。殴られることまでされたとは、私の場合よりひどいです。なのに、食事や下の世話までしましたか。よくやりましたね。離婚はしなかったのですね。
 こちらは離婚後、義父はどうなったか、知りません。元々風来坊だったので、なんとか生き延びたのじゃないかと思うのですが。なにしろ当時は、母親はいっさい子供にはいろんなことを言わなかったので、詳細は全然知らないのです。それに、別れてくれてうれしかったのと、自分たちの生活があまりにも悲惨すぎて、男のことまで思いが行きもしませんでした。
 でも、ということは小奈鳩さんの場合は、経済的には私の場合よりいいですね。

> [下線]両親ともにいなくなってみると
まったく恨んでいない自分に驚きさえ感じます♪[/下線
 そうですか、まったく、というのがたいしたものですね。そんな経験が小奈鳩さんにとっていろいろプラスになったことがあるのでしょう。
 私の母親は、女手ひとつで子供を育てたとよく友人や私に自慢していました。その通りなんですが、母親の下手な男選びのせいで子供にひどい体験をさせたことは全然認識してないようでした。ですが私も、いまは遠い昔のことで夢のよう。恨みもなにもありません。

2016/09/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは^^

偶然にも、私の父の名前も、「ひろし」です。
この人は、理性より感情が勝るタイプで、よく怒るのですが、
こちらからすると、なぜ怒るのか、理由の分らない事で、よく怒ります。
子供のころは、子供心に、なぜこの人は、
自分の考えていることや、自分の欠点のことで、
関係のない私を責めるのだろうかと不思議でした。
母が言うには、「みんなが幸せになるためには、
 誰かが犠牲にならなければいけない」ということですが、
私は、相当ののしられても、一見 平然としているので、
攻撃しても良心が痛まないとか、
家族の中で一番異質なので、攻撃の対象になりやすいとか、
構造的に、そうなりやすい要素が多いので、
自然の流れとして、しょうがないですが・・・

人には役割と言うのがあって、
人の意識が、役割を見ている場合には、
「何をやるか」ではなく、「誰がやる」かが重要になると思います。
そういう場合は、良いことをする人が良い人なのではなく、
良い人がすることが、良いことになるようです。

2016/09/25(日) |URL|Korva [edit]

Re: タイトルなし

Korvaさん コメントありがとうございます^^)
> 偶然にも、私の父の名前も、「ひろし」です。
 あはは、そうですか。シンクロ、とは関係なく、単に偶然ですね。私の義父は「寛」と書きました。大昔のことなのに、自分でもよく覚えていたものだと思います。

> この人は、理性より感情が勝るタイプで、よく怒るのですが、
こちらからすると、なぜ怒るのか、理由の分らない事で、よく怒ります。

 「この人」という呼び方は、親子仲が良くなかったのですか。よく怒った。そうでしたか。昔の親は大体がよく怒らなかったですか。私の義父も母親の狭いアパートに転がり込んできて、偉そうにできる立場に全然ないのに、些細なことで母親によく怒っていました。母親も離婚後、仕事から帰ってくると、やたらに怒鳴って私に当たり散らしていました。自分が明らかに悪くても悪いと謝ったことは一度もなし。昔の儒教の教えでは夫や親が絶対だったせいでしょうか。

> 母が言うには、「みんなが幸せになるためには、
 誰かが犠牲にならなければいけない」ということですが、

 これ、失礼ながら、おかしな論理ですね。でも相当に従順な性格のひとですね。でも、これも儒教の教えを引きずっていないですか。

> 私は、相当ののしられても、一見 平然としているので、
攻撃しても良心が痛まないとか、
家族の中で一番異質なので、攻撃の対象になりやすいとか、
構造的に、そうなりやすい要素が多いので、
自然の流れとして、しょうがないですが・・・

 うーむ、大変でしたね。私も似ているところがありますね。成人してから特にそういう状況がありました。じっと我慢して耐え忍ぶような性格のおとなしい人は、とかく偉そうにしたい人の攻撃対象になりやすい。おかしなことです。

> そういう場合は、良いことをする人が良い人なのではなく、
良い人がすることが、良いことになるようです。

 そうですね。「良い人」とは「立場の上の人」とか「強引な人」「やり手」という場合もありませんか。強権な人が意見を言うと他はみな意見を言えないというような。

2016/09/25(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

イギリスからやってきた新教徒達がアメリカを作った訳ですが、なぜ同性愛を許す国になったのか?
なんか、答えの一つはアメリカが、ユニテリアンとか言う人達が多く増えたからだとか。
キリスト教徒ではあるが、イエスが救い主其れで良い。
イエスが、人間だろうと、神の子だろうと構わない。
どんどんキリスト教徒も分かれていって、日本には、無教会がありますね〜。
内村鑑三、余計な教会儀式は要らないと。
今日展覧会を観にいった、長谷川町子さんも無教会の人だったのですね。
サザエさんは無教会の信仰者。
いろんな立場がありますが、バーソ様は、如何お考え?

2016/09/25(日) |URL|oki [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2016/09/26(月) || [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2016/09/26(月) || [edit]

Re: タイトルなし

okiさん コメントありがとうございます^^)
 聖書の教えは、神の教えだから当初から全然変わってないかといえば、じつは時代と共にかなり変わってきています。たとえば同性愛。
 西暦前の旧約時代、ユダヤ教の律法は「殺せ」、つまり死刑でした。
 ところが西暦1世紀にユダヤ教から新しい“派”が生じ、それがキリスト教会という組織として確立するようになると、同性愛者は「除け」、つまり教会から排斥せよとなりました。同じ神(ヤーゥエまたはエホバ)を奉じているのに、明らかに基準が変わっているのです。
 ならば、封建時代とはまるで違うリベラルな現代の時代に、同性愛は「別にかまわない」という教えを主張する“派”が出てきても、それはおかしいと言える根拠はないはずです。
 
 大体が聖書の教え自体、かなり変わってきています。旧約時代は豚肉やウナギを食べたら罪。神への犠牲にする牛や羊の脂肪を食べたら死刑でした。ところが新約時代は、イエスが登場したからいいのだという理屈で、それらの律法はキリスト教では廃されているのです。

 三位一体論については、その教理を支持していると思える聖句も沢山あれば、それを否定すると思える聖句も沢山ありますね。だから論争してもなかなか片方が相手を論破するということはありません。その論争は西暦4世紀以前から続いています。ただ、人間が神様になる、あるいは神と同じような存在になる、というのは心情的・道理的におかしく、三位一体を信じる人でも、その概念はかなり分かりにくいはずです。

 宗教というのは大体が、人間を神様扱いしているものではないでしょうか。つまり三位一体の神としてイエスを信仰の対象にしている伝統的なキリスト教団も、日本によくあるキリスト教以外の新興宗教も、信仰と救いの構造はなんら変わりがありません。双方とも、カリスマ性のある人間の教祖を“生き神様”として奉じていますね。

 聖書は一つなのに、解釈は無数。単一教会を含めれば、キリスト教の宗派は数百あるようです。では、どれが正しい神の教会か? すなわち真理は一つなのだから一つの教団だけが正しく、その他の教団はみな間違っているのか。あるいは、山に登る道は幾つもあるので、すべての教会はその誠実な信仰ゆえに神に認められているのか。それとも聖書自体、教えそのものに矛盾や不合理性があるゆえに、聖書は神の真実の意思を正しく伝えてはいないという考え方もありそうです。

 いずれにせよ、いろいろ異なる解釈ができる曖昧さ(非確実性)を、聖書は本質的に持っています。そしてキリスト教団という組織は、メジャーであれ、異端であれ、それぞれのボスが独自の教えを勝手に教えたり、恣意的に聖書の解釈を変えてきたという歴史があるのですね。
 だから、教会なんて要らない。ひとり一人が信仰をもって神とキリストと直接交わりを持てればいいという考え方が出てくるのも、まあ、当然というか、そのほうが健全のような気がします。

2016/09/26(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

sさん コメントありがとうございます^^)
 そうですね、経験は豊富なほど人間の幅が広がるものです。かわいい子には旅をさせよとも言われます。ですが、それも程度問題で、度を超すと人間性を破壊してしまうこともありますね。多少の波風はサーフィンも楽しめていいのでしょうが、家や人命が失われるほどの台風暴風では本当に困ります。

 結婚は極論すれば確かに契約ですね。ただ愛し合って結婚に至る男女には、そういう意識はほとんど無いでしょうね。無いほうが適切で、愛も動機も純粋です。ただし義務感責任感はあったほうがいいでしょうが。

 何事も大きな気の中でそうなるべくしてそうなったのであれば、そうですね、それも運命という人生の波の流れに人間が居るということでしょうか。
 以前は運命論は信じていなかったのですが、今はすぐそんなふうに思うようになりました。狭いながらも楽しい我が家。これは最高の幸せなんでしょうね♪

2016/09/26(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2016/09/26(月) || [edit]

始まりは男女の愛であることもあり、そうとは言えないこともあるのでしょうが、結婚は「安定」「日々の生活」「家族」をもたらします。そういうものなので、
そこに「安寧」があり「安心」があります。
だからといって、男女の愛はいつ何時、何処で生まれるかわからないものなので、結婚している身に起きない、はまらない、とは限らない、だから度々問題もおこりますね。
一家の主が外に女を囲って、それが男の甲斐性だと言われた時代は過ぎ去り、今は社会全体から糾弾されるありさまです。自由恋愛に勤しむ家庭の主婦も決してほめられたものでもないでしょう。
繰り返しますが、だからと言って、あなたも私も、いつ何時恋の奴隷にならないとも限らない。
だから、脇を固めて、秘密はお墓まで持って行くのが最低限のルールでしょう。
私はそう思いますが・・ふーむ。

2016/09/27(火) |URL|宝香 [edit]

Re: タイトルなし

宝香さん コメントありがとうございます^^)
> 始まりは男女の愛であることもあり、そうとは言えないこともあるのでしょうが、結婚は「安定」「日々の生活」「家族」をもたらします。そういうものなので、
 なるほど、「そうとは言えないこともあるのでしょうが」という点には少々考えさせられるものがありますが、「そういうものなので」については、ごもっともだと思います。

> 脇を固めて、秘密はお墓まで持って行くのが最低限のルールでしょう。
 ここは記事と真逆ですね。でも、これも現実的な考え方なんでしょうかね。
 記事中の特に④の「配偶者に真実を告げるべき」というのは、今現代に適用すべき話というよりは、いつか地球が理想社会になったときに、みんなが持つべき究極的な“基本のルール”のつもりなんですね。
 過去の拙記事で『美しき緑の星』という題のフランス映画の話を書きましたが、その星では人々の考え方が大変進んでいて、人はみな“一体である”という精神志向を持っています。自分勝手な利己主義なんてものは一切なく、犯罪も争いもないので軍備や警察もない、愛だけが社会を支配している理想的な楽園です。
 http://barso.blog134.fc2.com/blog-category-28.html
 将来、地球人も考え方が進歩して、その「緑の星」と同じようになった場合には、自由に誰を愛してもかまわない、ただしその場合には配偶者に真実を告げなさい、互いにいつも必ず正直でありなさい、誠実であればうまくいく、という次元の話なんです。(私は偉そうなことは言えませんが)
 ちなみにそういう社会では、子供たちは地域の長老たちが教育指導し、地域社会全体が子供の成長に関心と責任を持ちます。ちょっとアボリジニの暮らし方に似てますかね。価値観や人生観や生きる目標が、現代の先進国のそれとは全然違うのですね。

 現在の結婚制度には安定と不便と、両方ありますね。秘密は墓場まで持っていこうとすると、昨今はすぐ週刊誌に暴かれてしまうので、有名人は困るでしょう。そういうとき、男はすぐ反省と悔い改めの態度を表明するのも面白いことだと思います。つまりは純粋な愛じゃなく、お遊びなんですね。女も有名人にくっつきすぎです。

 人生は楽しむために創造されている。男と女は操りつられ、誘い誘われ、細い絆の糸引き引かれ、と歌われる通り、生来、互いに惹き合うように遺伝子レベルでなっているのでしょう。なので、秘密を墓場まで持っていくか、あるいは自分の気持ちを抑えて我慢するか、そのどちらを選ぶかにその人の人間性ないしは人生観というものが出ますね。
 ともあれ、灰になるまでドキドキできる人生とは、なんと味なもの、ありがたいものとも言えるでしょう。
 もし独身の頃に戻れたなら、いつでも恋の初舞台を踏むつもりがあるのですけどね。あ~あ。(笑)

2016/09/27(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2016/09/28(水) || [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2016/10/03(月) || [edit]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2016/10/03(月) || [edit]

はじめまして

お早うございます
挨拶がおそくなりましたスミマセン
出会いとプライオリティーと言うそうですが
縁(えにし)とは不思議なもので
人は出会うべくしてであいます
出会ってはいけない人とは
数秒が分け隔てますおいらはこう思い毎日を・・です
田中研一と申します
今後共宜しくお願い申し上げます

たまに
無断で楽曲をお借りいたします
(じつはすでに一曲お借りしました)
(あはは)
よろしくおねがいいたします。

2016/11/08(火) |URL|はしびろこう・ウナ [edit]

Re: はじめまして

はしびろこう・ウナさん コメントありがとうございます^^)
 よくおいでくださり、コメントを書いてくださいました。
 あははは・・・と小生、破顔一笑であります。
> 縁(えにし)とは不思議なもので
人は出会うべくしてであいます

 本当に縁(えにし)とは不思議なもので、えにしえの、いえ、いにしえの昔から定まっていたようにも感じる時があります。出会っていけない人とも定まっているのかとも感じる時がありますが、人生の出会いとは面白いものです。miss.keyさんのお知り合いなら、さぞかし面白い方なのでしょう。
 
 ブログを拝見すると、破顔一生がモットーのようで、何よりです。
 だいぶ以前ですが、わははわはは…とずーっと笑いながらパンツ一丁で歩く老人を二度見かけたことがあります。テレビに出ていて、真冬もパンツ一丁で氷風呂に入るパフォーマンスをしていました。健康そうでした。ああいう明るい人になりたいものです。こちらこそよろしくお願いいたします。

2016/11/08(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Trackback

トラックバックURL:https://barso.blog.fc2.com/tb.php/286-2b188b30

back to TOP