「バーソは自由に」

 考え方はいろいろあるから面白い。

 涙はストレス解消にいい。賢治ふうの「雨ニモ…風ニモ…」。 

は、笑いよりストレス解消にいいそうですよ。

●笑いは、NK(ナチュラルキラー)細胞を活性化させ、免疫力を高めて元気や活力を増加。
●涙は、モルヒネ様物質として知られるエンドルフィンを増加させ、緊張や不安を減少。

●生理的には、笑うより泣くほうがストレスが解消されるという研究結果がある。(※1)
●女性の85%と男性の73%が「泣いたあと気分がよくなる」と答えている。(※2)

●アリストテレスは『詩学』で、「悲劇にはカタルシス、すなわち観客の心に怖れ(ポボス)
 と憐れみ(エレオス)の感情を呼び起こし、精神を浄化する効果がある」と書いている。

涙を流すことは感情的にも自然であり、精神面の健康にもいいようですね。

Vfg1922 1
(1930年代のアメリカの雑誌「VANITY FAIR」の表紙を借用)
宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ」をもじった・・・・戯れ詩・第3弾を作りました。
大辞林にある「涙」の付く言葉を33個使用した涙の “もじりあーに・ぽえーむ”です。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「雨ニモ涙シ 風ニモ涙シ」 ―――バーソ・ウェット・ミヤザワ 
涙なくしても読める涙の字オンパレの詩。カタルシス療法にお試しいただけます。^^)

雨にも ありがた
風にも かたじけ
雪にも夏の暑さにも うれしする
もろいが 丈夫なからだを持ち
慾は無く泣く
決して泣きのを流さず
いつも静かに もらいを流している

一日に玄米四合と二八の月 
(※4)
味噌と少しの野菜と随喜のを呑み
あらゆる悔しと忍びを勘定に入れずに
よく顔し 溜め
そしての雨に暮れ 忘れず
名残ので濡れる野原の松の林の陰
小さな萱ぶきの黄なるの小屋にいて 
(※5)
おとこ命の純情は 曇るを誰が知ろ 
(※6)

1933cvfx.jpg

東に にむせぶ子供あれば
行って 共くんさよなら と看病してやり 
(※7)
西に うろうろの母あれば
行って 諸し その思案の雨も負い
南に 死にそうなぐましい人あれば
行って 鰐の空せずともいい と言い 
(※8)
北に 血のの喧嘩 を誘う訴訟あれば
鬼のを揮(ふる)って馬謖(ばしょく)を斬るぞ
つまらないから止めろ とまじりに言い

日照りの時は の糸をとめどもなく伸ばし
寒さの夏は おろおろをこぼし
みんなに でくのぼーと呼ばれ
ほほにかかる ぼびーそろそろ と唄われ 
(※9)
蚊のほど褒められもせず
雀のほど苦にもされず
そういうものに
わたしはだんだんなっている 
(※10)

1933vff.jpg


大辞林では「涙」が付く字は80件。「笑」が付く字のほうは121件、と1.5倍もありました。
古来、日本人の暮らしには案外、笑いが多かったことを物語っているのでしょうか。
あるいは日常に涙の場面が多かったので、逆に笑いに目ざとかったのでしょうか。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
イエスは時に“泣く”ひとだった。

聖書にはイエスが笑ったと書いてある箇所はない。
しかし涙を流したという記述はある。
 ヨハネ11章35節がそうで、聖書の約3万1千節の中で一番短い節として知られている。
 ・「イエスは涙を流された」・・・新共同訳・口語訳・新改訳など
 ・「Jesus wept」・・・欽定訳・新英訳・改定標準訳など(たった2語!)
欧米では男は泣かないと言われるが、イエスは友人ラザロの死を聞いて涙を流したのだ。

聖書は「涙と共に種を蒔く者は、喜びの歌と共に刈り入れる」と述べている。(詩編126:5)
つらい涙の経験も良い学びとなり、結果は以前より良くなるということもあるだろう。 

Vanity Fair June 1931

おかしければ笑い、悲しければ涙を流す。
そのようにしてストレスは抑圧せずに、すっきり解放したいものですね。

補―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※1:http://matome.naver.jp/odai/2140621574921117301
※2:http://matome.naver.jp/odai/2136521844736639201
※3:拙ブログの『雨ニモ負ケズ』シリーズ過去記事は、
   第1弾:「情」薄ければ、人の世は味気なし。→クリック
   第2弾:人生は、どう「走る」かが重要だ。→クリック
※4:「二八(にっぱち)の涙月」とは、二月と八月は商売が低調で、苦しい月の意。
※5:「黄なる涙」とは嘆き悲しんで流す涙で、多くは獣の涙にいう。檀一雄の作品にある。
※6:「男の純情」(昭和13年)の歌詞。藤山一郎(歌)、佐藤惣之助(作詞)、古賀政男(作曲)。
※7:「涙くんさよなら」(昭和40年)は、坂本九(歌)、浜口庫之助(作詞・作曲)。
※8:「鰐の空涙」とは、ワニが偽善の象徴とされる伝説から、偽りの涙の例え。
※9:「ほほにかかる涙」は、ボビー・ソロが1964年のサンレモ音楽祭で歌った入賞曲。
※10:歳を取ると涙もろくなるのは老化のせいではなく、他者への共感が強くなるから。
★画像:雑誌「VANITY FAIR」より。アメリカ合衆国でコンデナスト社が発刊する雑誌。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

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ひゃあ!これぞバーソ編集!

>「涙」関連の文字を33個使用した……

って、ビックリポン(古っ)です。
こんなアレンジ編集、誰にもできませんよ。
ってか、頭痛おこしそうで、誰もトライしないかも。
そのうち『バーソ版大辞林』が発売されそう(*^-゜)

>そういうものに
わたしはだんだんなっている (※10)

これ、いいですねぇ。

“歳を取ると涙もろくなるのは、
老化のせいではなく、他者への共感が強くなるから”

って、安心しました。

年々、やたら涙もろくなっちまって……。
パラリンピックの聖火行進や点火を観て泣き、
各種プレイを観て泣き、
“身障者として活きることを選択した魂たち”の、
勇気、忍耐、努力を想像してさらに泣き……。
五体満足な、今生の肉体に感謝して泣き、
同時に、そうでなければ耐えられなかったであろう、
自らの魂の未熟さを感じて、泣くのです。

おかげですっきり、ですが…。


2016/09/10(土) |URL|風子 [edit]

ストレス

バーソ様
おはよう御座います。

泣きと笑いとストレスの関係ですね。
少し違いますが喜怒哀楽とした場合も同じなのでしょうか。
確かに喜怒哀楽が激しい人はストレスをかかえていないような気がします。
しかし私は喜怒哀楽が少ないのにストレスが溜まります。(お金は溜まりませんが)

愛新覚羅

2016/09/10(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: ひゃあ!これぞバーソ編集!

風子さん コメントありがとうございます^^)
 あははは・・・同じようなテーマで三つ目ですので、飽きられているかもと不安がありしも、ビックリ・ボンという懐かしき語彙を目にし、郷愁と満足の念に浸っております。この言葉を言ったお笑い芸人が思い出せなかったので検索したら、その言葉は出て来ず、ピンクの女性の衣装ばかりズラリ。ビッグ・リボンという会社があるのですね。ああ、昭和は遠くになりにけりです。(笑)

> “歳を取ると涙もろくなるのは、
老化のせいではなく、他者への共感が強くなるから”
って、安心しました。

 私も日頃、良く涙が出ます。特に感動的な動画や動物の微笑ましい動画を見ているとそうなります。危険な映像のニュースでもそうなります。最後に紹介した受験勉強の参考書のような歴史書でも、読んでいる最中にジーンとなった箇所がありました。感受性がだんだん鋭くなっているようです。他者への共感が強くなっているんでしょう。それが人間の本来の性向なのでしょうか。

> 五体満足な、今生の肉体に感謝して泣き、
同時に、そうでなければ耐えられなかったであろう、
自らの魂の未熟さを感じて、泣くのです。

 そうですか。感情移入の心が強いようですね。そして風子さんは「自らの魂の未熟さを感じて、泣くのです」か。それはそれは。自らを省みるそういう精神があるのは素晴らしいと思いますね。私はパラリンピックは気の毒でかわいそうで見ていられません。まだ精神面が弱いようです。

2016/09/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: ストレス

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
> 喜怒哀楽が激しい人はストレスをかかえていないような気がします。
 そうですね。そんな感じがしますね。いつも感情を発散しているので、ストレスは溜まってはいないのでしょう。でも人前でも平気で感情をやたら盛大に吐き出している人は、あまり賢そうには見えない欠点があります。
 私は『笑点』が好きで、よく見ます。笑いも笑い顔も、見るのはいいものですが、それとは別に、たいしておかしくもない場面で馬鹿笑いする人もあまり賢そうに見えないですね。

 何があっても動じないような人は冷静で大人物に見えますが、心の奥には相当溜まっていて、それが精神面身体面に悪い影響を与えていそうですね。
 忍耐力は相当強そうですが、大丈夫ですか。(^_-)

 人がどうしても我慢できない怒りは、誰もいない野原に行って大声で怒りを大空に向けて出してしまえばいいなんて言われますが、文句ばかり聴いている大空のほうも大変でしょう。
 悲しい時はどうしたらいいのか。思い切って大空に向かって泣くといっても、そんなには目の中の水量は多くはないでしょうから。(笑)

2016/09/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは^^

「雨ニモ涙シ 風ニモ涙シ」
バーソさん、見事ですね(^^)

涙のオンパレードなのですが
読んでいると、ついつい
笑ってしまいました( ^ω^; )

たしかに、悲しいときは
思いきり泣くと、スッキリしますね。

私は、泣きたいときは
高倉健さんの鉄道員(ぽっぽや)を
見ることにしています。
私、何回見ても、100%涙で
グシャグシャになります(笑)

2016/09/10(土) |URL|坊主おじさん [edit]

Re: こんにちは^^

坊主おじさん コメントありがとうございます^^)
> 涙のオンパレードなのですが
読んでいると、ついつい
笑ってしまいました( ^ω^; )

 あははは・・・ありがとうございます。それが正しい読み方です。それがデフォルトの基本設計ですので、精神は正常です。どうぞご安心ください。(笑)

> たしかに、悲しいときは
思いきり泣くと、スッキリしますね。

 はい、そうですね。私はつらいこと悲しいことは山ほど経験しているのですが、だからといって思い切り泣いたということがなく、大抵は心の中でひそひそ泣いたことしかないですね。思い切り泣ければ感情が昇華されて、すっきりするのでしょうが。そういえば笑いのほうも、大声で転げまわって笑ったなんてこともないですね。精神は異常でしょうか。(笑)

> 私は、泣きたいときは
高倉健さんの鉄道員(ぽっぽや)を
見ることにしています。

 そうですか。いい映画でしたか。私は映画はほとんど見ないせいもあり、健さんの映画は観た記憶がないのです。観たのは「幸福の黄色いハンカチ」だけのような気がします。でもその映画も、ほとんど印象に残ってはいないですね。
 私が今まで涙を流した映画はたくさんありますが、最近ではブログにも書いた、こんな映画がそうです。
http://barso.blog134.fc2.com/blog-entry-214.html
http://barso.blog134.fc2.com/blog-entry-109.html 

2016/09/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

さすが、バーソさん(*^_^*)
うまい~。



素直に泣けない人生を送って来ました。
涙は、見せないように。歯を食いしばって。
(男か~)
泣かない人と思われていますね。


可愛くない子ども時代からおばさん時代まで。

まわりは、泣いて同情される女性が多かったので、かなり損をしたのかも知れません。
男性は、泣く女性に弱いらしい。

今後、おばあさん時代に向かいますので、
たまには、素直に泣いてみましょうか・・・。
ストレス発散のためにも(*^_^*)


2016/09/10(土) |URL|Miyu [edit]

Re: こんばんは

Miyuさん コメントありがとうございます^^)
 あら、まうい~ですか。おほめいただき光栄です。

> 素直に泣けない人生を送って来ました。
 うーむ、少女時代からそうだったようですね。涙は見せずに、歯を食いしばって、ですか。歯のほうは大丈夫ですか。入れナントカじゃないですよね。(笑) 言われてみると、私も本当は涙もろいのに、涙を流さない人間だと思われているようです。人前ではなるべく感情を表さないようにしているせいかな。これも一種の防御反応なんでしょうが。

> 可愛くない子ども時代からおばさん時代まで。
 見た目がスリムでかなり若々しそうなので、おばさんん時代と言われても、あまりピンと来ませんが、今現在のことですか。と、わざとらしい、しかしもっともらしいお世辞、いや、褒め言葉を言いますが。 
 あ、でも、人一倍気が強いほうじゃないですか。負けん気も強くて。そうだとあまり日常で泣くことはないのじゃないでしょうかね。
 いや、まわりに息子さんと愛猫4匹とブログファンが大勢いるおかげでだいぶ癒されていることでしょうし、つらいことがあっても若い人たちに講義などしているうちに忘れてしまうのじゃないですか。そうそう、講演より講義のほうが適切な言い方でした。

2016/09/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/09/10(土) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 ご丁寧にありがとうございます。またこれからも頑張ってください。

2016/09/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

そうですか。
親鸞も、一人居て喜ばば、二人と思うべし。二人居て喜ばば、三人と思うべし。その一人は親鸞なり。

と、書いていますが、この、喜ばば、は、悲しまば、だという説もありましてね〜。
まぁ、悲しい時は我慢しないで涙を流す。それが自然な人間の姿ですよね〜。

イエスについては、宮田光雄さんが、イエスと笑い、という本をあらわされていますがー岩波新書ーどうお考えかな?
宮田さんは、東大の教育学部に集中講義でこられたんですよ。
ともあれ、怒りが一番いけませんね〜

2016/09/10(土) |URL|oki [edit]

(※バーソ補足:不注意で消してしまったので、履歴を探し、上記の通り修復しました。大変失礼しました)




okiさん コメントありがとうございます^^)
 本日はこれから渋谷の美術館に行ってきます。帰ってきてから、夕方ごろにはお返事しますね。^^)

2016/09/11(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

宮沢賢治、ずいぶん時間がかかったでしょう。
諧謔・パロディの傑作です、ぼびーそろには3分ほど笑いました。
これはオリジナルを超えてる!
いかん、ほめ過ぎた。バーソさんを堕落させてしまう。(笑)
人の感情は喜・怒・哀・楽・愛・憎と言われますが
感情の高まりで涙をこぼします。
でも「楽」で涙はどうでしょうか?
私はそういう人を知っています。
45台のカメラに囲まれておもわず愉悦の涙をこぼす人を。(笑)
「一気にわかる世界史」、手に取って見たことがあります。

2016/09/11(日) |URL|エリアンダー [edit]

Re: タイトルなし

okiさん コメントありがとうございます^^)
> 親鸞も、一人居て喜ばば、二人と思うべし。二人居て喜ばば、三人と思うべし。その一人は親鸞なり。・・・この、喜ばば、は、悲しまば、だという説もありましてね?。
 そうですか。いろいろ詳しいですね。“悲しまば”のほうが実際的な助けになりそうな気がします。
 この話、“その一人は阿弥陀なり”なら、いつも見えない助け手がそばに居るのだという浄土真宗らしい教えになりそうな気がしますが、いずれにしても信者には涙とともに通じる話なんでしょう。

 これに似た話はキリスト教にもありますね。ある人が夢の中で神と共に浜辺を歩いていた。振り返ると二人分の足跡が砂浜に付いていたが、一人分の足跡しかない箇所も何か所かにあったので尋ねたら、神がこう言います。「いとしい我が子よ。一人分しかない足跡はお前のではなく、私のだよ。悲しみに打ちひしがれているお前を背負って歩いていたのだ」。
 人格神を信じる人にとっては涙がこぼれるようないい話だと思います。

> 宮田光雄さんが、イエスと笑い、という本をあらわされています
 その本は読んだことがないですが、欧米の人が書いた同種の邦訳本は何冊か読んだ記憶があります。書棚を探しても見当たらないので処分したみたいです。内容は、聖書にはイエスが笑った可能性は大いにある。幼子が近づいてきたときに笑っただろうし、宴会の席で笑っただろうし、ユーモアを語ったときも笑ったに違いないといったようなことが書いてありました。まあ、そうだろうと思います。
 大体、聖書の神は人格神なので、怒ったり、嘆いたり、喜んだりするわけですから、当然のこととして笑うこともあり得るのでしょう。イエスは謹厳実直で笑わない、と考えるほうがむしろおかしいと思います。

 神が笑った(ことを示唆する)聖句です。
「サラは言った。『神は私を笑われました。聞く者はみな、私に向かって笑うでしょう』」(創世記21:6新改訳)
「なにゆえ、もろもろの国人は騒ぎたち、もろもろの民は空しいことを企むむのか。・・・天に座する者(神)は笑い、主は彼らを嘲られるであろう」(詩編2:1,4口語訳)。

> ともあれ、怒りが一番いけませんね~
 はい。分かりました。(笑)

2016/09/11(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
> 宮沢賢治、ずいぶん時間がかかったでしょう。
 第1弾の戯れ詩のときは「情」の字を58個ほど入れ込んだので、一番時間が掛かりました。今回は3回目で慣れたせいか簡単にできましたが、でも数時間は掛かりましたね。同じようなことを3回も続けたのは、このたびはじつはネタを思いつかなかったせいです。(涙)

> ぼびーそろには3分ほど笑いました。
 あははは・・・うれしいお言葉です。でも、たった3分ですか。せめて4分にしてほしかったなあ。だって「ああ、これで1週間は幸せでいられる」と言ったエマ・トンプソンがいますからね。あ、でも、あまり褒められると堕落しますのでね、精々これからも堕落させてやってください。(笑)

> でも「楽」で涙はどうでしょうか?
 なるほど。「楽」で涙は最高ですね。エリアンダーさんは、愉楽・安楽・音楽・道楽・行楽・文楽可楽(噺家関係)に縁がありそうですね。私は道楽と金と女にも縁がないので、堕楽は避けつつ、せめて極楽にだけは行きたいと思っています。(^^ゞ

 カメラは私も好きなほうですが、著名人では坂崎幸之助が2000台くらい持っていて、世界一はインド人の約4500台がギネスに載っているそうです。ただしこんな話があります。「本を沢山持っている者が知恵者ではない。もしそうなら、誰が本屋に敵うだろうか」。

> 「一気にわかる世界史」、手に取って見たことがあります。
 おお、さすがです。

2016/09/11(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

思い出してごらん五つの頃を

 手放しで泣いてた五つの頃を♪
 中島みゆきさんの「五つの頃」を思い出しました。歌詞は件の事情で割愛であります。
 大人は何時しか泣けなくなります。それでも泣きたくたった時に、しかし涙を失くした自分に戸惑うのであります。
「めぞん一刻」で五代君は言っております。「こらガキ、今のうちにたっぷり泣いておけよ。大人になったら泣きたくたって泣けないんだからな。」
 子供の頃、思い切り泣いた涙の味はどんな味だったのでしょう。しょっぱかったのか、甘かったのか、悲しかったのか、嬉しかったのか。ただその涙の向う側には暖かな親の掌があった様な気がします。あ、すみません。無かった人もいるんですよね。他意はございません。

 男が居る。女が居る。男は辛くても涙を流せない。人前で泣く事を禁じられてきた。が、女は言う。「今、他に誰か居るの?」女にとって男は他人ではない。男にとっても女は他人ではない筈。でも、それでも泣けない不器用な男。女は男を包み込む。女は泣く。泣けない男の代わりに女が泣く。
そんな女性に私は会いたいorz

2016/09/11(日) |URL|miss.key [edit]

Re: 思い出してごらん五つの頃を

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
 その「五才の頃」の歌詞、検索して見ましたが、私はピンと来なかったですよ。思い出してごらん思い出してごらんと繰り返し言われても、なぜか私は小学校前の出来事は記憶からポンときれいに欠落していて、全然と言っていいぐらい覚えてないのです。
 でも、この歌詞を引き合いに出したということは、miss.keyさんはいろいろ心象の景色を覚えているのでしょう。その頃から夢見る少年少女のメルヘンの世界に居たのでしょう。先天的な才能ですね。たいしたものです。

> 子供の頃、思い切り泣いた涙の味はどんな味だったのでしょう。・・・ただその涙の向う側には暖かな親の掌があった様な気がします。
 そうですか。いいですね。また自分のことを話しますが、その頃の親のことはほとんど覚えてないのです。父親はおらず、母親は子供をかまうタイプじゃなく、それゆえ私はおばあちゃん子でした。そして思い切り泣いたという記憶もないですね。男はしゃべるな、子供は黙っておれという昔の教育だったせいもありますが、あるいは、どうも不感症だったのか。いや、絵を描いたら毎回、学校の壁に貼り出されていましたし、感受性は同じ年頃に子供に比べれば決して鈍いほうではなかったと思うのですが。

> 男が居る。女が居る。男は辛くても涙を流せない。人前で泣く事を禁じられてきた。が、女は言う。「今、他に誰か居るの?」女にとって男は他人ではない。男にとっても女は他人ではない筈。でも、それでも泣けない不器用な男。女は男を包み込む。女は泣く。泣けない男の代わりに女が泣く。
そんな女性に私は会いたいorz

 あははは・・・演歌の世界に入ってきましたね。昭和枯れすすきだ。私にはこの男と女の世界も二十歳になるまで全然縁がなく、あまりよく分からなかったですよ。高校生の頃は、女性はトイレに行かないと思っていましたから。なので、二十歳過ぎてもよく分からなかったですね。かなりウブなんですね。今でも。はい。
 miss.keyさんも、おとこ命の純情のほうじゃないですか。女性にはピュアなように感じますが、いかがでしょう。あ、モテないという意味じゃないですよ。そうじゃなく、どちらかと言えばプラトニック系のほうじゃないですか。女につらく当たったことなんか無いでしょう。泣かせたことも無いでしょう。あ、泣かせられたことはありますかね。私はありますが orz

2016/09/11(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

お~、パロってますね~。
パロディは、オリジナルが超有名なことが前提ですから、
必ず負けます。
オリジナルには勝てません。

でも、一部分、どこかで圧勝しなければ、
パロディになりません。
難しいですよね~♪
笑わせながら、感心させるのは。

お疲れさまですっ♪

2016/09/11(日) |URL|青梗菜 [edit]

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2016/09/12(月) || [edit]

渋谷は、どちらに?
文化村かな、松濤かな?
恵比寿に写真美術館も再開して、美術好きには楽しみ増えましたね〜。
僕は涼しくなって、一日中寝てました、笑。

2016/09/12(月) |URL|oki [edit]

Re: タイトルなし

青梗菜さん コメントありがとうございます^^)
> パロディは、オリジナルが超有名なことが前提ですから、
必ず負けます。

 ううう、その通りっwww
 ただ、パロディとは風刺や批判やユーモアなどを意図とした模倣作品のことなので、芸術的に負けるのは当たり前のことでしょう。
 しかしパロディでも、和歌や俳句は本歌取という技法が認知されていますし、またシェークスピア劇の有名なセリフも、全部が彼の独創ではなく、それ以前に誰かが言っているという話もあるようです。

> でも、一部分、どこかで圧勝しなければ、
パロディになりません。

 Wikipediaには「方言をはじめとする数多くの改作やパロディが作られている」とありましたが、私は全然見たことがないですね。たぶんこの詩の主人公がしているキリスト教的な清貧慈善行為を、なにかの面白そうな、あるいは、おふざけ的な行為に置き換えているものが多そうな気がします。
 誰かふだんから詩を書いている人が模範作品を書いてくれると、うううと唸ってその人をリスペクトするのですが。

 いずれにせよ、私のように詩を書いたことが全然ない人間には、圧勝はおろか、足元に近づくことさえ夢路はるかに、ビリー・ヴォーン楽団ですよ。(笑)
https://www.youtube.com/watch?v=HeB9V_mn78M

2016/09/12(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

sさん コメントありがとうございます^^)
 あらら、音読してくださったのですか。うれしいですね。ありがた涙とうれし涙とかたじけ涙が出そうです。ううう・・・。(笑)

 「諸涙し」とか「とめどもなく流し」なんてところは、舌を噛みそうにならなかったですか。
 「名残の涙で濡れる野原の松の林の陰」は息継ぎをせずに一気に読むべきところなんですが、呼吸困難にならなかったですか。
 「涙くんさよなら」のところは節をつけて読まなかったですか。(笑)
 「泣いて馬謖を斬る」の言い方が知られていますが、「涙を揮って馬謖を斬る」とも言うそうですよ。

 「私はだんだんなっている」というのはかなりの程度真実です。歳を取って涙もろくなってしまって、テレビを観ていても本を読んでいてもすぐ涙が出てきます。

 カープ優勝で泣いて、すっきりした人は多いでしょうね。黒田博樹投手は普段はあまり笑ったり泣いたりしない日本人に見えますが、男泣きをしたそうです。監督に次に胴上げされたようで、メジャーから日本に帰ってきてよかったと思ったでしょう。こういう男の涙もなかなかいいものですね。

2016/09/12(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

okiさん コメントありがとうございます^^)
 渋谷は恵比寿に行きました。なかなかよかったですよ。

 『杉本博司 ロスト・ヒューマン』展。世界の様々な廃墟や遺物の各展示物に、「今日 世界は死んだ。もしかすると昨日かもしれない」というイントロで始まる手書きの説明文が付いていて、発想がなかなか面白かったですね。古代の化石も沢山あったのですが、どうもうまく似せたらしい手作りっぽいのもありました。

 同時開催のほうは『世界報道写真展2016』。これは宗教や政治などによって悲惨な目に遭っている人たちの写真展で、紛争地域の人々や難民やとりわけ有色人種が虐げられていることをあらためて思い知らされました。日本は本当に平和だなあと思いましたね~。

 先回コメントの「喜ばば、は、悲しまば、だという説」についての補足です。
 「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」とは親鸞の逆説的な言い方でした。
 それを考えると、「二人居て喜ばば三人いると思うべし、その一人は親鸞なり」という言葉も、逆説的に元々は「喜ばば なおもって親鸞が一人居る、いわんや泣かば親鸞も一人居ると思うべし」であったのだろう、だから「泣かば」が本来なのだという説が出たのかと思ったりしたのですが。

2016/09/12(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

現代のイエスは人類の身代わりに何を背負うのでしょうか?

2016/09/13(火) |URL|風 蘭 [edit]

Re: タイトルなし

風 蘭さん コメントありがとうございます。
> 現代のイエスは人類の身代わりに何を背負うのでしょうか?
 さあて、深みのありそうなコメントをいただいてうれしいのですが、困りました。まず今回の拙記事はこんな話を扱ってはいません。単にイエスが泣いたことがあるという話ですので。

 大体こういう禅問答のような間口の広いコメントは、何を質問しているのか、その意図がわかりにくいのと、その答え方によってこちらの内なるものが試され、奥行きが測られているようで、率直に言って苦手です。

 でもまあ、折角ですから、思いつくことを答えます。
1.二千年前と同じく、人類の悩みや苦しみを背負っているはず。
2.いや、人類の罪を背負う“贖い”については完了しているはず。
3.現代にイエスが存在して活動しているのであれば、どこかにその効果が表れているはずだが、それは信じる者の“心”に、なのか?(ただ、そうであれば、信じない者は救われないが)。
4.質問は「何を背負うのでしょうか」と“これから先”のことを訊ねる聞き方だが、未来については誰もわかる人はいないはず。
5.この質問は、次のような疑問が生じる。すなわち、人類は誰か(イエスなど)に何かを背負ってもらわねば生きてはいけない存在なのか? 自分で自分の道を切り拓いて歩んでいくようにはなってないのか?

 なお、私は、意見はいろいろあっていいと思う人間です。誰かが異なる意見を持っていても、別に不満などありませんし、これが絶対という正解がないような論争をするつもりは全くないことを申し添えますよ。
 それから、最初のコメントなんですから、「はじめまして」ぐらいは書いたらどうでしょうかね。それが礼儀というもんじゃござんせんか。^^)

2016/09/14(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/09/16(金) || [edit]

Re: タイトルなし

sさん コメントありがとうございます^^)
 採用の件、あ、ありがとうございます。も~、からだけは大事にしてくださいね~。ほんと、大変なんすから(笑)。

2016/09/16(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

「雨ニモ涙シ 風ニモ涙シ」

うわー、うまい!!
一気に読んでしまいましたw

さすがバーソ・ウェット・ミヤザワさん(´▽`) 

>そういうものに
わたしはだんだんなっている

オチも素晴らしいです(≧∇≦)

2016/09/17(土) |URL|kotorin [edit]

Re: タイトルなし

kotorinさん コメントありがとうございます^^)
> うわー、うまい!!
一気に読んでしまいましたw

 あははは、うまいですか。うれしいな、と情にもろいバーソ・ウェット・ミヤザワがいつもより余計に喜んでおります。
 オチもよかったですか。あれは自分の老化および精神の劣化現象を正直に赤裸々に、かつ衝撃的に告白したものです。(笑)

 あ、それから、これを読むとき、ついでに挿絵のほうも見てくださいな。いちばん最初の赤い色のは、もじりあーにのダジャレに合わせているのですが、傾いた顔がなんとなく似てませんか。^^)

2016/09/17(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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