「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 「ハルマゲドン」は、人類の最終的な滅びの日か。 

「ハルマゲドン」とは、神による最終的な裁きの日である。
邪悪な人類が滅ぼされ、少数の人が救われると考えられている。

しかし「ハルマゲドン」は、人類最後の日ではない。

私は神を信じないからではなく、愛の神を信じているがゆえ、
そう断言できる。
今回は、その根拠を聖書から述べたい。

赤い馬
※欧州観光のヴィンテージポスターで、黙示録とは無関係。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ハルマゲドン」には、政治支配者たちが集められる。この点は重要。
黙示録16章
「全能者である神の大いなる日の戦いに備えて・・・・・・
ヘブライ語で「ハルマゲドン」と呼ばれる所に、王たちを集めた」(14,16)。


それから、「白い馬に乗っている者」が登場する。
「その名は神の言葉」ととなえられ、「口からは鋭くて長い剣が突き出て」いる
者が「全能者なる神の憤りの怒りのぶどう搾り場を踏む」(19:11-15)。


最後に、「野獣と王たちとその軍勢」が皆殺にしされる(19:19-21)
「王たち、軍司令官、強い者たち、馬とそれに乗る者たち、自由人、ならびに
奴隷および、小なる者と大なる者たち」が、「中天を飛ぶ鳥」に食われる(19:18)。


onnna.jpg

ものみの塔は、滅ぼされるのは「邪悪な体制と諸国民」である、と説明する。

「神は,人類史を通じて繰り返されてきた不正行為すべてを見てこられました。その結果,当然のこととして義憤を抱いておられます。それでこの邪悪な体制をそっくり除き去るために,正義の戦いを行なうようみ子を任命されたのです。…ただ分かっているのは,邪悪な諸国民を滅ぼし尽くすために,神はどんな手段でも意のままに用いることができる,ということです」
            ―――――公式サイトより   ※下線筆者

世の体制と諸国民は邪悪だと決め付け、滅ぼし尽くすのは正しい と言っている。
だが、すべての支配者とすべての諸国民がすべて邪悪ということはあり得ない。

野党議員は、諸悪の根源は管首相だ、退陣せよと口から泡を飛ばす。
だが政治家は全員邪悪だ、抹殺しろとまでは言わない。まして、諸国民は邪悪だ、
撲滅しろなんて言う人が もしいれば精神病質者か、超々過激なテロリストだろう。
「黙示録」はそう教えている と言う人は、常識力に欠けるのではないか。

s1 bigSavoie


――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『黙示録』の凄惨な大殺戮の描写は、比喩的に解釈すべきだ。
文字通りに解して映画にするなら、『黙示録』は公序良俗に反する、おどろおど
ろしいR指定18歳以下禁の怪奇&ホラー&テロ&パニックムービーになる。

霊的・常識的に、こんな荒唐無稽の神罰物語があり得るだろうか。
プロテスタントのマルティン・ルターは『黙示録』を 正典として認めなかったそ
うだが、そう思うのも無理はない。

★以下は、聖句が比喩と思える根拠。

1.イエスの姿は「目は火の炎」、「口からは鋭くて長い剣が突き出ていている」。

映画「シザーハンド」でジョニー・デップが演じた、手がハサミだらけの男に共感
する人は多いだろうが、「目が炎」で「口から長い剣」が出ているイエスの姿を見て、
おお、イエスらしいと共感する人がいるだろうか。

よく考えてほしい。これはかなり気味が悪い絵だ。こうした描写は、比喩的に解
釈すべきことを示している。福音書のイエスのイメージとは違いすぎる。

2.イエスが「白い馬」に乗り、「鋭い剣」を持って人々を殺しまくるはずがない。

イエスは「すべて剣を取る者は剣によって滅びる」、また「右の頬を平手打ちにする
者には、他の頬をも向けなさい」と言い、手本を示した。(マタイ5:39,26:52))

あの非暴力革命で有名な平和主義者ガンジーが剣や銃を持って戦った、と言って
も信じる人はいない。なのに「平和の君」であるイエスが 「ハルマゲドン」では人々
を剣で殺戮する、と言ったり、信じたりするのはおかしくないか。(イザヤ9:6)

※「口から突き出ている長くて鋭い剣」は「神の言葉」と考えたほうがいい。

当時、ペルガモン会衆の一部の兄弟たちが「バラムの教え」や「ニコラオ派の教え」
を堅く守り、会衆内に問題を 起こしていた。 彼らのそうした「教え」に対して、
イエスは、「わたしの口の長い剣で戦う」と警告している。(2:14-16)

つまり彼らの誤った「教え」に対して、イエスは正しい「教え」で戦うと述べたのだ。
「教え」であるがゆえに、「剣」は手からではなく、「口から」突き出ている。

ヘブライ4章12節でも、「神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣よ
りも鋭く(新共同訳)」と言われている通り、イエスは「(効果的な)長くて鋭い神の
言葉」を 用いて、「王たち」とその軍勢を裁くということだろう。



bigPalaceHotelLugano.jpg

3.イエスの乗り物は「柔和なロバの子」と決まっている(ルカ19:35)。
馬は、聖書では戦闘の道具とされている。イエスは神の国の王であっても、また、
神の国の王であるがゆえに、そんな軍馬には乗らないのだ(箴言21:31)。

4.政治勢力すべてが滅ぼされるべき理由はない。
なぜなら、ローマ13章1節では「すべての魂は上位の権威に服しなさい。神によら
ない権威はないからです」と言われているからだ。
「上位の権威」は政府のことであり、「存在している権威はすべて、神によって立て
られたものです(新改訳)」と言われている。

※ものみの塔は、「上位の権威」とは、政府のことだ、いや、神のことだ、いや、
政府のことだ、と解釈を変えてきたが、現在では、政府だ、としている。


5.裁かれるのは、「地を破滅させている者たち」のはず(黙示録11:18)。
神に裁かれる者がいるなら、悪業の限りを尽くして民を虐げる専制君主や独裁者
に限られるはずだ。そうでなければ神の「義憤」は度を超していることになる。

6.人類を滅ぼすために、神が大仰な一大決戦を 起こす必要もない。
聖書には、たった一人のみ使いが一晩でアッシリヤの兵隊185,000人を全滅させた
記録がある(列王下19:35)。 神が必要と思えば、ワンクリックで全人類を随時に
一括消去できる。 敵味方が共に軍勢を揃えての関が原の戦いをする必要はない。

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7.黙示録は、「しるし」によって書かれた書である。

新世界訳の1章1節では、黙示録は神がキリストを通して「しるしにより」ヨハネ
に示した、と訳されている。下記のギリシア語王国行間逐語訳を参照。
HE SHOWED BY SIGNS HAVING SENT OFF THROUGH THE ANGEL OF HIM

『黙示録』は、幻と象徴と比喩が全篇に織り込まれた「しるし」の書であり、それ
ゆえに、それぞれの「しるし」は何を表しているかを考慮しながら読む必要がある。

それは「なでしこJAPAN、世界の強豪と戦い、死闘を制す」といった新聞の見出しを
見ても、サッカー場で殺し合いがあったとは思わずに読むようなものだろう。

それで黙示録では、イエスの「長い剣」による大量殺戮があるかのように描写され
ていても、「ハルマゲドン」を怖れる必要は全くない。それは比喩的に解すべきだ。

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――――――――――――――――――――――――――――――――――――
愛の神が戦うのはなぜか? ものみの塔は「害虫の駆除」と説明。
「その点は,害虫に侵された家を例として考えることができるかもしれません。良識のある家主であれば,害虫を駆除して家族の健康と福祉を守るのではないでしょうか。…では,神は,義にかなった人々のために,そのような“害虫”――矯正不能な邪悪な者たち――を排除しないわけにはいかないのです」   ――――――公式サイト  ※下線筆者


人類は「邪悪な者」とされ、害虫として駆除されるべき、と述べられている。
この例えとその説明にも、ものみの塔の統治体の認識と霊性がよく表れている。
むろん「義にかなった人々」とは、自分たちエホバの証人のことだ。

しかし、愛と知恵の神には、そんな愛に欠けた愚かな思考はない。
ネットを検索すると、害虫を殺さずに忌避駆除ができるという宣伝が多い。
世の中には、害虫でも殺したくない人、毒薬を使いたくない人がいるのだ。

ソドムとゴモラのような悪徳の町であっても、もし義人が十人いれば、「その十
人のゆえに滅ぼさない」と言われている(創世記18:32)。この言葉は非常に重い。
世の中には「心正しき人」がごまんといる。世界は滅ぼされはしないのだ。

個人的見解では、このたびの大災害で、寄付をしたり、ボランティアに行ったり、
胸を痛めたような人は、みな「善人」である。みな「滅ぼされない義人」である。

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――――――――――――――――――――――――――――――――――――
カルト宗教は、「自分たちだけが救われる」と主張する。
ものみの塔の統治体は、自分たちエホバの証人だけが救われる 唯一の「神の民」だ
と言っている。 一般の教会員は「自称クリスチャン」、宗教を信じる人は「大いな
るバビロン」、その他は「邪悪な世の人」で、皆「ハルマゲドン」で滅ぼされると言っ
ている。
そして、「終わりが近い、近い、近い」、と もう140年ぐらいは《得意のお題目》
を言い続けている。 ※最初は、「1874年」がキリスト臨在開始年と言っていた。

有名無名を問わず、「自分たちだけが救われる」と言う教団は、みなカルトである。

カルトは、信者に特権意識や優越感を持たせ、誤った安心感と喜びを抱かせる。
それは、一時的なまやかしの幸福感だ。 決して、「組織が素晴らしい」などと、
神よりも人間の組織をありがたがってはいけない。

「愛」よりも「怖れ」を強調する宗教組織は、どんなに立派そうに見えても、まとも
な教団ではない。 神は「愛の神」であるのに、「処罰と虐殺の神」におとしめるよう
な教えは信じないほうがいい。言うのも、信じるのも、神に失敬ではないのか。

もしあなたが、「ハルマゲドン」の記述は文字通り実際のことだと信じているなら、
自分の信じる神は、真に「愛の神」だろうか、と そのことをよく考えてみてほしい。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――
★参考:「宇宙主権の論争」の教理の誤りを論じています(本邦初) → コチラ
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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コンニチワ!

全ては雑多の中に・・・・・
何を”是”だと、認識するかを観ているのでは・・・。

ワタシは、ワタシを想う存分試し、
”是”を”否”となすための行為に
明け暮れています。

一方、”否”という状態から、
この雑多なる世界の中から”是”を
見いだすべく日々今を今だけを見つめている。

自分を壊し、新しく創造させ、
また壊しの繰り返しです。

イエスだって、最後までそうした事でしょう。
何故なら、コノ雑多なる世界の
唯一のウマミなのだから・・・。

それ以外は、全てウマミの為に存在する
置物であり、背景でしかありません。

な~つって(笑)。

どんどんいっちゃっているワタシ・・・。
どこまでいくのやら・・・。

ヘンテコなコメントですよね~。

お邪魔いたしました。

イツモ訪問していただき感謝しております!

2013/01/12(土) |URL|なりびと [edit]

なりびとさん ありがとうございます^^)。

いやあ、大変深い文章で驚きました。とてもうれしく思っています。

>全ては雑多の中に・・・・・
>何を”是”だと、認識するかを観ているのでは・・・。
 
  そうですね。私の関心事は、人生で真の“是”とは何かを探ることでした。
  ただ、何を“是”かと認識するのと、それを観ている とでは微妙に違うようですね。  
  後者では、認識する自分を観ている別の自分がいますから。

>一方、”否”という状態から、この雑多なる世界の中から
>”是”を 見いだすべく日々今を今だけを見つめている。

  事象のあらゆる面を受け入れ、全てを見るようにしているということでしょうか。
  “是”は、今この瞬間にだけ存在しているということなんでしょうね。

>自分を壊し、新しく創造させ、また壊しの繰り返しです。

  自己(自分の本質)を最大限に試し、活かそうとしているということでしょうか。
  ヒンドゥー教の破壊神と創造神を思い出しますが、そうなら、
  「空」とか「ワンネス」とか言われる「根源」の本質でもあるような気がします。

>コノ雑多なる世界の唯一のウマミなのだから・・・。
 
  この言葉、すごいですね。「ウマミ」ですか。そうですか。なるほど。
  生まれてきて、できることを精一杯する。そのことを「ウマミ」と感じられれば、
  日常の「今」はさぞかし充実し、自分が喜ぶことになるのでしょうね。

以上、なりびとさんから、ワタシの考えたコトとは違うが、
貴方がそう感じるならそれでいい、 と言われるような気がしますが。

2013/01/12(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

なりびとさん 確かに 「うまみ」とはいい表現ですね うまみがあれば 雑味があるようですが 人生の雑味て?なんでしょう?

2013/01/13(日) |URL|milestone [edit]

彼ら

おはようございます。

つい先日、自宅に『彼ら』がやって来られまして、またお馴染みのあの話が始まったため帰って頂きました。

私は前もって彼らに話す話を準備していたのですが、急な訪問だったので何を話すのか忘れてしまいました。
何度も以前に追い返したため、もう二度と来ないと思っていましたがまた一年ぐらいのブランクを経て来られました。

彼らを見るといつもやるせない気持ちになります。

この人たちは洗脳さえ取れれば優秀な人間だとわかっているからこそよけいにやるせなくなります。

2016/10/07(金) |URL|通りすがり [edit]

Re: 彼ら

通りすがりさん コメントありがとうございます^^)
 単なる人からの教えではなく、神からの命令だと思っているので、洗脳はなかなか解けないでしょうね。
 この聖句が一番強力です。マタイ28:19,20

 イエスは彼らに近づいてきて言われた、
 「私は、天においても地においても、一切の権威を授けられた。
 それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として
 父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、
 あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ

 イエスは「行って、すべての国民を弟子とせよ」と命じています。これはイエスが昇天する前の最後の言葉で、遺言のようなものです。しかも天と地の一切の権威をもって命じるという命令形の言い方ですから、イエスの言葉の中にこれ以上強力な命令はありません。むしろ、伝道を全然してない一般の教会クリスチャンのほうが問題だと思える重要な聖句です。
 だから彼らは、イエスの命令である伝道活動を行なっている教団こそ正しいキリスト教会であり、その伝道を実際に行なっている自分たちは正しいクリスチャンなのだと自信と誇りを持っているのです。自信と誇りのある人を説得するのは容易ではありません。

 このマタイ28:19,20については、生前のイエスのイメージとまるで違うこんなことをイエスが本当に言ったのだろうか、これは後代の教会による勝手な付加部分ではないか、という疑問はあるのですが、こうして福音書にしっかり出ている以上、これは絶対の命令です。それゆえ、“彼ら”は反対されようと嘲笑されようと日夜伝道に励むのです。なかなかこれだけ聖書を信じて、聖書の言葉を実行しようとしているクリスチャン伝道者は、珍しいでしょうね。

 ただ、昨今の状況はかなり昔とは変わりました。教団の予言は外れてばかりで、「世代」の解釈は無茶苦茶な解釈に変わり、王国会館は組織の所有になるとか売却されているとか、あちこちの裁判で訴えられて高額の罰金を課せられているとか、いろいろ悪い情報がパソコン、スマホで簡単に手に入るようになりました。なので、今なお洗脳が解けないのは、そういう情報をあえて見ないようにしている彼ら自身にも、その責任があると言えるかもしれません。彼らの組織の偽善は、今はかなり分かりやすいのですから。

2016/10/07(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

お返事ありがとうございます。

聖書は部分的に改ざんされているといろんな所で言われていますね。自称スピリチュアル的な方も普通に知っているくらいですから。

そうですね、『彼ら』がネットの情報をあえて見ないようにしているのは、たとえ教団からの命令があるとはいえ私もおかしいと思うんですよ。むしろ自身の信仰を試す上でも逆に見るべきなんですよ。イエスがかつて試されたように。

私には時々『うすうす気づいていながら、あえて避けて』いるように彼らを見ていて感じることがあります。
もし仮にそうならば、他ならぬ自分自身の責任ということになります。

こういう時はあえて『彼ら』の好きにさせておくほうが状況が好転する気がいたします。

アドバイスありがとうございます。

2016/10/07(金) |URL|通りすがり [edit]

Re: タイトルなし

通りすがりさん コメントありがとうございます^^)
 ちょっとすみません。見直したら、前回のコメ返の書き方がおかしかったので、訂正させてください(修正済み)。

なかなかこれだけ聖書を信じて、聖書の言葉を実行しようとしている教団は他にないでしょうね。
          ↓ ↓
なかなかこれだけ聖書を信じて、聖書の言葉を実行しようとしているクリスチャン伝道者は、珍しいでしょうね。

 統治体は聖書を信じているとは思えませんので、教団→クリスチャン伝道者 に変えました。

 個々の信者があえてネットの情報を見ない点については、むろん禁じられているからですが、でも現状を客観的に見る視力と知力が少しでもあれば、たとえ禁じられていても、情報を得ようとするはずじゃないかと思いますね。普通の理解力があれば、現在の組織崇拝は、聖書が禁じている人間崇拝と同じだと分かるはずです。

 むしろ、そうです、組織に対する強固な信仰があれば、別に恐れないでもいいはずですし、かえって彼ら自身の信仰も強まるはずです。
 今は、あの組織は崖が崩壊する少し手前の段階にいるように見えます。もう少し時間がたてば、もっと気づく人が増えるのじゃないでしょうか。そんなふうに思います。

2016/10/07(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは。

最近いろいろと考えることがございまして、彼らことについてもよく考えます。
自分の町ではある芸術が盛んでよく他県からも若い方が修行に来られるんですよ。長老さんもその芸術を学びにわざわざ遠いところから修行に来られた方のひとりです。
私はまだ中学生のころその現場を見学に行きましたが、若い弟子の方が自分の作った作品を師匠にめちゃめちゃダメ出しされるところを何回も見ました。かなり厳しい世界なんですよ。
でも長老さんは才能のあった方らしくすぐに師匠に認められて「お前は自分の看板を掲げてよい!」とわずか18歳のときに言われたそうです。わずか18ですよ?厳しい世界で18歳で師匠から太鼓判を押されるような方ですから相当な天才ですよ。
さてどこに自分の店を構えようか?と考えていたときにやってきたのが『彼ら』であり、ハルマゲドンがなんたらかんたらと言われて長老さんはすぐに信じちゃって、それで聖書中にもイエスの弟子が自分の使っていた物をその場に置いてでもイエスに付いて行ったという話を引用されてすぐに彼らの仲間入りですよ(笑)。
それどころかせっかく身につけた技術を捨ててまで伝導に励み、わずか18で太鼓判を押されたというその芸術もやめてしまいました。
自分は、それはもったいなかったのでは?と尋ねますが、長老さんは、いやあの芸術ではときおり偶像を作ることも要求される、私はそれが許せないのだよ、と。

私が彼らから離れるときにこの長老さんに、統治体の予言がことごとく外れ、しかもそれに対して信者の方には何の謝罪もなくまた自身の反省もまったく見られないことを指摘しました、でも長老さんはネットの情報は悪魔やサタンの情報だと聞いてもらえませんでした。

これは自分のかってな予想ですが、自分の大好きな芸術を捨ててまで伝導に励み、師匠から太鼓判を押されたというその才能さえ捨ててしまって今更組織がどんなにアヤシかろうがもうもとには戻れないと感じていらっしゃるんじゃないかな?と。

2016/11/04(金) |URL|通りすがり [edit]

Re: タイトルなし

通りすがりさん コメントありがとうございます^^)
 1970年代80年代はそういう事例がよくありました。会社を辞め、パートの仕事をして、全身全霊をこめて伝道に励むよう、統治体は強く勧めていました。聖書を疑わない従順な人はその勧めに従いました。私も恥ずかしながら、そのうちの一人です。
 
 1975年の予言が外れたとき、統治体は、1975年だと明確に言ったことはないのに、信者が勝手に誤った期待をしたなどと発表しました。そのあとも次々に解釈を訂正しましたが、それは漸進的な理解だと言い、それはそういうものかと信者は思っていました。
 
 今とは違って当時は情報がまったく入手できなかい時代だったので、統治体のおかしさについて正しく理解できる状況ではなかったのです。
 
 いま統治体のおかしさが分かっても、組織を離れるなら自分のやってきたことが無駄になるので離れることはしないと言う人、いますね。
 でも東京から京都に行く新幹線に乗ったつもりが、ふと気が付くと、
仙台を走っていたなら、普通はあわてて下車して電車を乗り換えます。
それをしない人は愚かな人です。
 嘘を教えられ、それが真実だと思えたので信じたのはしょうがないことですが、嘘だよ嘘だよとまわりで大きい声がしているときに、聞こえているのに、調べるのはとても簡単なのに、耳をふさいで調べようともしないのは、調べようとしない人が悪いと思います。
 というか、そのような人は、あの組織の体質が好きな人なんじゃないかと今は思っています。あの組織はだんだん縮小していくでしょうが、そうなっても、好きな人は残るでしょうね。

2016/11/04(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

その統治体の文書以前に読みました(笑)。

75年「今年中にはハルマゲドンは確実に来ます!」

仕事をやめ家を売る人も現れる。しかし予言は外れる。

76年「勝手に勘違いしたお前らが悪い!」

は? って感じです(笑)。こんなに酷い組織にいたのかとショックでした(笑)。そんないい加減な予言ならば初めからするな!って思いましたよ(笑)。

でも、こうして予言が外れまくったり、嘘をついてきたことが暴露されたりしたおかげで気がついたり離れたりする人が今後も増えると思います。

今までやってきたことが無駄になるのでその組織から離れたくない、と思わせるのはマインドコントロールにおける基本的なテクニックだと誰かの記事で教わりました。

長老さんはもう若くはないので完全には人生を取り戻すことは難しいかもしれません。それでもある程度であれば取り戻すことは可能です。恥だとか世間体とか捨ててほしいと思ってます。

自分なんて彼らにも騙され、病院にも騙され(どちらかと言えばこっちがむしろショックでした詳しくは書きませんが)二重、三重と騙されていたことに気が付き普通の人の倍はショックでした。しかも病院通院を勧めたのはやはり彼らでした。聖書ではそういったときに医者にかかるものであると、、、

二重三重にも騙されたためかなりショックは大きかったのですが「もう二度と騙されるものか」と日々せっせと様々なジャンルの本を読んだり、ネットでコツコツと調べものをしたりしています。

彼らは何ていうか騙されてというよりは好きで残ってる人が結構いると思います。そういった人は思う存分騙されることを堪能すればいいと思います。
こういったことは周りが言っても基本無駄ですし、好きで騙されたい人は好きなだけ騙されればそれでいいと思います。好きな異性であれば騙されても構わないって人結構いますよね?あれと同じですよ。
非情ですがそれしかないです。でももう騙されるような体験はもういいかな、って人から徐々に組織を離れていくのかもしれません。

2016/11/04(金) |URL|通りすがり [edit]

Re: タイトルなし

通りすがりさん コメントありがとうございます^^)
> 彼らは何ていうか騙されてというよりは好きで残ってる人が結構いると思います。
 そうですね。聖書が好きという人ももちろんいますが、それ以外に、あの組織のやり方が好きという人も結構いますね。そういう人は組織を有難がります。組織の上の兄弟たちを崇敬しています。そのような人たちの特徴は、聖書そのものはあまり読まないで、組織の書籍だけを読みます。
 なので、ファンであり、あの組織の愛好者なんですね。正しい間違いは理性で判断するものですが、好き嫌いというのは感情ですから、感情のほうが理性より大抵は強いのでしょう。

> 自分なんて彼らにも騙され、病院にも騙され
 「彼ら」という信者たちは騙そうとは全然思ってないと思いますよ。ただ自分が学んで信じたことを他者(研究生)に信仰よって教えているだけで、騙そうとしたのは統治体という組織のトップ連中です。あの教団グループは組織のトップが悪いのです。
 大体がアメリカの本部組織は宗教法人ではなく、株式会社ですから、利潤追求の商業会社なんですね。そういうことを知らない人たちが、あの組織に騙されているのだと思いますよ。

 「病院にも騙され」とはちょっと分かりませんが、これからは、いい医者に当たればいいですね。

2016/11/04(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/11/04(金) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 現代医学とは外れた、ある種の医療法は、効果があると言う人もいますが、効果がない人もいます。いずれにしても医薬界からは疑問視され、黙殺されているようです。
 
 血液は腸から造られるという千島理論も、実証がありそうですが、学界からは異端扱いされています。
 
 血液の代わりに生理的食塩水がいいという話もありますが、輸血の危険性を考えれば、代用血漿の有用性はありそうです。
 
 エホバの証人の信者が代用血漿を使って無輸血で手術して経過が良かったという話も聞いていますが、その逆の話も、聞いてないだけで、実際にはあるかもしれません。話はなんでも両方から聞かないと分かりません。また医薬業界には、いろいろ陰で怪しげな金儲け操作もありそうです。
 
 ものみの塔は輸血を禁止していますが、聖書的根拠はありません。あるとするその聖句の解釈は間違っています。その件に関しては、どこかに良質のサイトがあったと思います。

2016/11/04(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/11/04(金) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 そうですね。いろいろ闇の勢力があって、世界を牛耳っているようです。
 人間はやはりカネを神様として崇拝し、従っているのですね。カネの力は偉大です。サタン悪魔です。この世は邪悪なので、世から離れて救われたいという気持ちになるのです。
 
 この世の汚れたことが嫌いな人が、一見純粋そうな宗教組織に騙されるのでしょう。金儲けのためには、対立する両方の陣営に武器を売るような人間は地獄にでも行ってほしいと思うのですが、地獄なんかないのですよね。困ったもんです。

2016/11/04(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/11/04(金) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 聖書巻末の書『黙示録(啓示)』に、最後に滅ぼされるべき世界の三大悪が出てきます。政治、宗教、商業です。
 
 したがってその三つを悪魔サタンが操っているというのは、真実です。操るためのツールはカネ(と野心)なんでしょう。
 カネは悪の根源だという聖書の教えは正しいですね。
 
 一般の人間は家畜扱いされているという、そういう本もあったような気がします。動物の家畜もかわいそうなものです。

2016/11/05(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 輪廻転生の教えは多くの宗教にありますね。キリスト教では、聖書からはほとんど削除されているようですが、痕跡と思える聖句が何か所か残っています。
 
 スピリチュアルでも輪廻転生を言うのですが、けっこう人により説明が異なります。悪事をすれば悪い人生に生まれ変わるという因果応報の考え方もありますが、自分で選んでいるのだと言うのもあります。
 
 この世では悪い人間や闇の組織が横行していて何の罰も受けてないために、次の世では下のレベルに生まれ変わるという勧善懲悪の教えは納得しやすいのですが、『神との対話』では違うと言っています。
 ヒトラーが天国に行ったという話は善人だからではなく、地獄というものがないので、人間は全員天国に行くのだという話ですが、これもその理屈が面白いですよ。

2016/11/05(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/11/05(土) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 世の中には視点の違いで見え方が違うものがありますね。
 「群盲象を評す」という言葉も、真実の多様性をものがたっています。
 それに科学の世界でも対立する考えがあったり、突然考え方が変わったりすることがあります。たとえば塩分を採りすぎたらいけないという意見は主流なのですが、いや、大丈夫だ、人間の体はそういう塩分過多でもちゃんと対処できるようになっている、むしろ塩分は必要だと言う学者もいます。
 
 病気の治療法でもいろいろ医者により意見が違うことはよくあることですが、スピリチュアルも同じで、要は、自分に合うものでいいような気がしますね。
 自分が心地よくなれば、それが幸せというものだからです。いくら世間的また学術的には良いとされていても、自分の気持ちが良くなければどうしようもないですから。
 
 なので、両者には長所と短所があり、間違いでもあれば正解でもあり正解でもあれば間違いでとあると気づいて、陰陽の法則のような物事のとらえ方ができれば、それでいいことなのでしょう。鷹揚な見方は応用がきいて、おだやかで寛容な精神に結びつくような気もします。そういう経験と気づきを得て、だんだんいい方向に向かっているじゃありませんか。

2016/11/05(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/11/05(土) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 あらまあ、ご丁寧にありがとうございます。
 今後ともご贔屓のほどをぜひ。(*^^)v

2016/11/05(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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