「バーソは自由に」

 考え方はいろいろあるから面白い。

 悲しい、うれしいは、生きているからこそ。 

を歩いていて、悔やんだことがあります。
品川の海の近くで駐車していたら、うす汚いおばあさんが近寄ってきて、渋谷に帰る
バス代がないと言うので、あ、バス代か、と思って、とっさに千円を渡したのですが、
本当は生活費と言いたかったのでしょう。気が利かず、気の毒なことをしました。

前を歩いてる若い男が塀の上に置いてあったドリンク缶を手に取り、ちょっと振って、
天を向いてグイと飲み干しました。あ~、これは万札を渡す場面だと思ったのですが、
プライドを気遣って、声を掛けられず。ただ黙って渡せばよかったのでしょうけれど。
            _____________
                
少年の時『ホームレス中学生※1』の作者より低質の極貧を経験したことがあります。
海岸そばの家が台風で流され、母親の再婚相手は生活能力ゼロなどの諸般の事情で、
東京に出てきた小学5年生のときから、一時はずいぶんひどい耐乏生活をしました。

朝から夜まで絶食状態は日常茶飯的。茶も飯も10円硬貨も無しの日々がありました。
移転と居候を何度もし、家賃を溜めて追い出され、星空宿泊をしたこともあります。
母は母子一緒に線路にと考えたこともあるようですが、母が臆病で、助かりました。
              
小6の途中から中2後半までは、ほとんど長欠児童。でも進級は大丈夫でした。※2
特に中2の1学期と2学期は全く出席してなくて、3学期から行き始めたのですが、
最初の理科のテストで、いきなり1番を取った!と驚いた先生が学年中に触れ回り、
私の名が他のクラスにも知られ―――と、これぐらいしか恥でない話は無いですね。
           
ny44b1 (2)※3

たまたまテレビで風間トオルさんの貧乏話を聞いて、私も書く気になりました。
彼は、顔が私と似ているせいもあり(むろん少しだけ)、ちょっと親近感を感じます。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
なにもかも1枚の硬貨のせい。(創作話:人生とはこんなもの)

硬貨が1枚足りなかったせいで、自販機のドリンクが買えず、
暑い日にドリンクが飲めなかったせいで、脱水症状になり、
脱水症状になったせいで、足がフラフラして転んでしまい、
転んで寝込んだせいで、会社に行けず、
電話もできなかったせいで、会社をクビになり、
わずかの貯金を使い果たしたせいで、自販機のドリンクが買えず、

ドリンクが買えないせいで、まっ、公園で水を飲もうと思い直し、
公園の水飲み場に行ったせいで、ホームレスを見かけ、
ホームレスの姿を見たせいで、すぐ仕事を探す気になり、
ハローワークに向かったせいで、従業員募集中の張り紙を見つけ、
何でもやりますと言ったせいか、すぐ働いてくれ、と言われ、
悲壮な顔で働いたせいか、その日の時間給をすぐ渡してくれ、
硬貨も手に入ったせいで、やっとあの自販機でドリンクを買い、

自販機じゃドリンクしか売ってないせいで、コンビニに行き、
夜も遅いせいで値引きになってるおにぎりを買い、
すぐ公園で食べようとしたせいで、あのホームレスに出会い、
これも何かの縁と考えたせいで、おにぎりを彼と一緒に食べ、
おにぎりって、こんなにうまかったかなあ、ああ、うま~ッ!
と、お金も分けたくなったら、財布を落としていたことに気づき、
そしたら、じゃ、これでも使いな、と5百円硬貨を1枚渡され、
硬貨が1枚手に入ったせいで、またあの自販機でドリンクを買い、
こうして清々せいせい粛々と、人生はなんとかうまく流れていく―――
「人間万事、最高のうま~」というお話でありました。
※4

ny44b1 (1)※3

あ~、すみませんね。これは実話ではなく、いつもの調子の戯れ文なんです。
格言の駄洒落を言いたいために書いたようなものですが、言いたい趣旨には
ウソはなく、人生の運命を編んでいる一本の太い糸はあると思っています。

            _____________

こんな歌詞の歌、うたったことありますよね。
 
  ぼくらは みんな 生きている。
  生きているから 悲しいんだ。 生きているから 笑うんだ。
  生きているから うれしいんだ。 生きているから 愛するんだ。
  ミミズだって、オケラだって、ミツバチだって、スズメだって、
  みんな みんな 生きているんだ。 友だちなんだ。 ※5

本当に、生きているって、それだけで幸せなことだと思います。

(あ~、こんなまとめ方をしてしまったのは、歳のせいかもしれません)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
※1:『ホームレス中学生』は、お笑い芸人田村裕(麒麟)による自叙伝。2007年刊行。
※2:心配されないよう補足しておきますが、私も弟も、一流と呼ばれる大学を卒業。
※3:画像は『The New Yorker』。アメリカ合衆国でコンデナスト社が発行する雑誌。
※4:「人間万事、塞翁が馬」のもじり。「人間万事(窮すが)最高のうま~」のつもり。
※5:やなせたかし作詞・いずみたく作曲『手のひらを太陽に』より抜粋引用。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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ちょっと泣きそうになりました。
わたしは小さいころから、
ほとんどなんの不自由もなく、
すごしてきました。
お金に困ったことは、
ほとんどありません。
お金を誰かにあげようなんて
思ったことはありません。
でも、いつのまにか、
チャリティーTシャツとか
作るようになり、
なんだか、社会貢献できている
気になっていましたが、
こういった話を聞くと、
わたしは、ほんとに、
なんだろう、
泣けてきます。
いいはなし、ありがとうございました。

2016/06/25(土) |URL|真 [edit]

『苦労は買ってでも……』を証明するような体験でしたねぇ。

そうでしょうとも。
バーソさんの記事のそこここに、誠実、繊細、寛容、
慈悲、努力の人生が感じられますもの。

それにしても、男前で頭脳明晰だったんですねぇ。
しかも、ニールさんに共通する行動を感じますねぇ。

(´ー`*)ウンウン
『なにもかも一枚の効果のせい』は、
どんな生き方をしていようが、出来事が導いてくれる
人生の摩訶不思議を感じさせてくれますねぇ。
きっかけ、直観、転機、新たな展開という流れの中で、
潜在意識の中の『なりたい自分像』が実現していくんでしょうね。

本日の記事。感動です!

2016/06/25(土) |URL|風子 [edit]

ミスです

ごめんなさい!<(_ _)>
効果 → 硬貨 変換ミスで~す。

2016/06/25(土) |URL|風子 [edit]

おはようございます。

自分にとって、過酷な経験は、ありがたいことだと思います。
その時は、不幸の主人公になっていますが、なんとか命があれば人生の糧になります。

病気ばかりと向き合っていた時、ある方が「良かったね。その経験は後から意味がわかる」と笑顔で言われたことがあります。

その時は、「無責任なことを言うな、こんなに苦しいのに」と腹がたちました。

そして、なんとか生きられて・・・。
その意味がわかった気がします。

それらの経験は、生きるため、または、同じ状況の方への深い理解へとつながって行ったのです。

経験に基づくことってたくさんありますよね。
完璧な人生だったら、人の思いはわかりませんから。

不思議なことに、自身の経験を通じて、同じ苦しみを背負った方と出会うことが多かったと感じます。

だから、バーソさんも、素敵な今がある。


ぼくらはみんな生きている♪

大好きな唄です。
昨日も口ずさみ歩いていました。
手のひらを太陽に・・・透かしながら。

生きている物全ての命を愛して行くこと。
奇跡的に生きている自分に感謝すること。

笑って、泣いて、生きて行きたいと思います。

いつも
まわりの人の笑顔をみると幸せになります。





2016/06/25(土) |URL|Miyu [edit]

(y^ω^)y人生って判らない

(y^ω^)y おはようございます~☆

(y^ω^)y 人生の充実感と、収入は比例しない、苦労は後になると、味のある思い出になるもので、栄光の日々は、後になると、結構悔やむことも多いものです。

(y^ω^)y 確かに、生きてるって面白いですよね~☆年をとって余計にそう思います~☆

(y^ω^)y 人の為になれることも幸せですよね、他の楽しいことなんて大したことないことが多い気もします。

2016/06/25(土) |URL| 匠石 戒丘 [edit]

実話でしょうか

バーソ様
おはよう御座います。

極貧生活は実話なのでしょうか。昔はみんな
貧乏でしたが書かれていることはまさに極貧ですね。
学校に行っていないで最高点をとる。もし行っていたら
どういうことになっていたのでしょうか。
今頃ノーベル賞の受賞者になっていたかも知れませんね。
でもそれでは私のブログ相手になってもらえませんから
今の方がありがたかったです。

自分勝手な愛新覚羅

2016/06/25(土) |URL|aishinkakura [edit]

おはよう

少年時代の苦闘、胸が熱くなりました。
美人でよく「蘇州夜曲」を歌ってくれたお母上ですよね。
※2があってよかった、安心しました。
人間塞翁が馬ジョーク、メゲない主人公に笑いました、オチもよかった。
今度、使わせてください。
貧乏話っていうと「にあんちゃん」を思い出します。
両親を失い兄二人と暮らす女の子が貧窮の極みの日々を
書いたもので泣かせます。この女の子も後に早稲田を出たと
あとがきにあって安堵したことでした。
明るい貧乏話だと、島田洋七が書いた「がばいばあちゃん」
「ばあちゃん、腹減った」
「気のせいじゃ」

「今日はごはんだけ? おかずないの?」
「ない。明日はごはんもないよ」
「(ふたりで)あははは」

2016/06/25(土) |URL|エリアンダー [edit]

Re: タイトルなし

真さん コメントありがとうございます^^)
 コメントいただいて、うれしいです。
 真さんはいつも見えない存在と会話をしているひとで、内面のことには関心があっても、モノにはあまり執着がないひとだと感じています。だから、ひょっとしたら前世ではモノにまつわる生活はいろいろ経験したので、今生ではなんの不自由もなく、精神面のことに打ち込めるのかなあ、でも私の場合は精神面で鍛錬の必要があるので、子供の時から生活苦で苦労する人生に生まれついたのかと、いま思いました。

 真さんはデザイン、音楽、小説などの分野で才能を見せていますが、そんな感覚は、むろん努力もあるでしょうが、天性のもののほうが大きいでしょう。芸術の才能は後天的に簡単に生まれるものじゃありません。あのシンメトリーのイラストも個性的で、色彩がとてもきれいです。ひとと違う独自のものがあるというのもいいことです。チャリティーTシャツだって素敵です。ただ、私は衣服は無地しか着ないので、すみませんね。どんどんこれからもいい作品を創って見せてくださいな。
 いい話、と言っていただけて、うれしかったですよ。^^)

2016/06/25(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

風子さん コメントありがとうございます^^)
> 『苦労は買ってでも……』を証明するような体験でしたねぇ。
 そうですね。多少の苦労はしたほうがいいと思います。でも度を超すと性格にも影響を与えますね。私がカラッと明るい開放的な性格ではないのは、元々が内向性のせいもありますが、多分に思春期の暗いイジケていた期間があるせいだろうと思っています。(笑)
 
> それにしても、男前で頭脳明晰だったんですねぇ。
 じつは子供の頃は学校の授業が馬鹿らしく感じるほどでしたが、その後はまったくの伸び悩みです。世の中には、ブログを見ていても感じますが、世の中には才能のある人が大勢いますね。風子さんもその一人です。

 男前の話は、風間さんの貧乏話と共に、顔もほんの少し似ているところがあるという、ついでに書いた程度の話ですからね。くれぐれも誤解なきようにお願いしますよ。

『なにもかも一枚の硬貨のせい』の話は実話ではないですが、でも、硬貨が1枚足りなかったせいで自販機のドリンクが買えず、と書いたら、あとは「何々のせいで」の繰り返しのストーリーがすらすら出てきました。あるいは自分の潜在意識下にあったのか、またはニールさんの経験談が下敷きにあったのかもしれません。
 いつも過分に度を超して褒めていただいて、ありがとうございます。いつも穴を探しています。(笑)

2016/06/25(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: おはようございます。

Miyuさん コメントありがとうございます^^)
> 自分にとって、過酷な経験は、ありがたいことだと思います。
その時は、不幸の主人公になっていますが、なんとか命があれば人生の糧になります。

 そう思えるのはいいですね。Miyuさんもいろいろ大変な経験をしてきたようですが、でもだからこそ、そういう経験が今プラスになっているようですね。経験から得た知識などと、それを乗り越えてきた自信が、今の仕事はもちろんのこと、教壇から教えるときの強力な心のベースになっているのでしょう。
> 不思議なことに、自身の経験を通じて、同じ苦しみを背負った方と出会うことが多かったと感じます。
 これも同じく、人生が大きな運命の糸に導かれていることを示しているようじゃないですか。
> それらの経験は、生きるため、または、同じ状況の方への深い理解へとつながって行ったのです。
 これもそうですね。確かに人生は学びだということを証明しているようです。

> 生きている物全ての命を愛して行くこと。
奇跡的に生きている自分に感謝すること。
笑って、泣いて、生きて行きたいと思います。

 Miyuさんはもともと勝気なほうだったのが、経験を通して、さらに意欲的になり、向上心が高まってきたひとじゃないですか。いま、日常がかなりハードのようですが、でもやりがいのある仕事と授業なので、体は疲れていても気持ちのほうはリセットしてがんばれているのでしょう。でもどうぞ体だけは大事にしてくださいよ。疲労は蓄積させると後で響きますからね。(*^-^*)

2016/06/25(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: (y^ω^)y人生って判らない

匠石 戒丘さん コメントありがとうございます^^)
> 人生の充実感と、収入は比例しない
 そうなんでしょうね。比例はしないのでしょう。でも最低の衣食住は必須だなあと、つくづく思いますね。最低分さえあれば、あとは、それ以上なくてもかまいません。

> 苦労は後になると、味のある思い出になるもの
 そうですね。味のある思い出になれるぐらいの苦労がちょうどいいと思います。でも大変な苦労をする人は、その人には必要な経験なのだろうとも思います。

> 栄光の日々は、後になると、結構悔やむことも多いものです。
 そうなんですか。そうなったことがないので実感がありません。ただ好調のときは気を付けないと調子に乗って失敗することがありますね。私はそれを気を付けるようにしています。

> 人の為になれることも幸せですよね、他の楽しいことなんて大したことないことが多い気もします。
 うーむ、いいお言葉。匠石さんの仕事もそういう種類の仕事でしょう。よい助言をされたと言われて感謝をされることもあるのでしょう。人の喜ぶ顔を見ることほど、いい気分になれることはない。それは大いに同意します。
 人生の助言をするという、いい仕事ができていて、いいですね。

2016/06/25(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 実話でしょうか

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
> 極貧生活は実話なのでしょうか。
 はい、嘘は書いてません。じつは妻にも話してない、もっと酷い貧乏話もあるのですが、さすがにそれはブログには書けません。ただし河原で暮らしているホームレスほどではありませんが。
 
> 学校に行っていないで最高点をとる。
 先生が他のクラスに言い触らしたという話は、高校に入ったとき、同じ中学で違うクラスだった生徒と一緒のクラスになって、聞いたことなんです。でも、聞いたとき、3学期から学校に行き始めて、3学期で学んだことのテストなんだから1位になれるのは当たり前だと思いましたね。 
 学校のテストというのは、覚えてさえいれば簡単なことです。頭のいい悪いにはあまり関係ないですね。私は記憶力だけは良かったのです。学生時代はノートを持ったことがありません。だいたい聞いたことは覚えられました。覚えられないことは教科書の余白に書く程度でした。でもその記憶力も最近は目を覆うばかりの酷さで、年は取りたくないものです。(涙)

2016/06/25(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: おはよう

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
> 美人でよく「蘇州夜曲」を歌ってくれたお母上ですよね
 ああ、よく覚えてますね。でもちょっと違っていて、母が「蘇州夜曲」を歌った山口淑子にちょっと似ているのを自慢していて、その歌を聴くと母親を思い出すという話でした。歌を歌う母親は見たことがありません。ずっと苦労し通しだったせいでしょう。

> 人間塞翁が馬ジョーク、メゲない主人公に笑いました、オチもよかった。
 ああ、ほんとですか。オーソリティにそう言われると、ほっとします。こんなろくでもない話を長々と書いていいのかなあ、と後悔と反省と後悔と自制の念がふつふつと湧いていたものですから。

> 貧乏話っていうと「にあんちゃん」を思い出します。
両親を失い兄二人と暮らす女の子が貧窮の極みの日々を
書いたもので泣かせます。この女の子も後に早稲田を出たと
あとがきにあって安堵したことでした。

 「にあんちゃん」は作者が10歳の時に書いた、炭鉱町の暗い話のようですね。映画もあったようですが、私は見たことも読んだこともないです。
 だいたい私は映画でも小説でも貧乏話はダメで、あまり見たくないのです。アメリカ映画のように最後はハッピーエンドにでもなれば救われますが。恋愛の話でも最後が悲しくなる話は、悲しくなります(あ、当たり前でした)。『マディソン郡の橋』も『ゴースト/ニューヨークの幻』も哀れでした。でもあれはいい映画だという印象が残ってますが。
 
 じつは※2の補足は書こうか書くまいか、けっこう迷ったのです。でも書かないと心配する人もいるかなあ、と思って入れました。
 にあんちゃんは早稲田を出たのですか。弟も同じ早稲田を出て、公務員になりました。弟のほうは、私と出席日数が同じなのに、日数不足だとされて進級できず、1年遅れています。

2016/06/25(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

今日は、多くは書きませんよっ。
僕は、他人をほめるのと、
うれしい気持ちを伝えるのが苦手なんだw。

>本当に、生きているって、それだけで幸せなことだと思います。
ふふふw、心ない僕でも、
ごく稀にそんなことを思います。

経験ということは、たしかに人間には必要だと思うのですが、
どんなに経験しても、人間というものは
その経験を想像力のなかで造型できなかったら
経験にならないわけです。―― 安部公房

2016/06/25(土) |URL|青梗菜 [edit]

Re: タイトルなし

青梗菜さん コメントありがとうございます^^)
> 今日は、多くは書きませんよっ。
僕は、他人をほめるのと、
うれしい気持ちを伝えるのが苦手なんだw。

 あらら~、青梗菜さんらしい逆説的な褒め言葉のような・・・。でも今回の内容は、子供ながら必死に耐えたとか、懸命に働いたという話ではなく、単に家庭がひどく貧乏だったという話で、別に褒められるような話じゃないのですが、でもなんとなくバーソを励まそうという意識がダイレクトに感じられるので、素直にここは喜んでおきます。あ、素直という言葉に、ちょっと引っ掛かりませんでしたか。(笑)

> >本当に、生きているって、それだけで幸せなことだと思います。
ふふふw、心ない僕でも、
ごく稀にそんなことを思います。

 ほんとですか。順調な子供時代を送ってきた人のように見えますが。
 この私の結論の言葉。ちょっとわざとらしくて、クサくなかったですかね。それがちょっと気になっています。でも人間として生まれてきて、なんやかんや言っても、今は安楽に暮らせてる―――これは幸せなことだなあと本当に思っていますね。もしオケラに生まれて来たらと思うと、人間のオケラ状態のほうがずっとマシですから。

 引用された阿部公房の言葉は2回見てますね。青梗菜さんと孤独な放浪者さんのコメント欄で。これは読んだことがないですが、演劇かなにかを論じる文脈の言葉ですか。
 ま、どんな経験でも自分でその解釈を考えることが必要なんでしょう。そうでなければ、せっかく体験した意味がなくなります。どう捉え、どう活かすか。活かすかのほうが、凡人が悩むところなんでしょう。
 「オリジナル・テクストは翻訳され、解釈されることで、はじめてテクストとして生成する」(ベンヤミン)。こんな言葉がありますが、これと似てますかね。

2016/06/25(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

>「オリジナル・テクストは翻訳され、解釈されることで、はじめてテクストとして生成する」(ベンヤミン)。
お~、かっこいい!
翻訳とは、読み解かれるということで、
解釈とは、想像力のなかでの造型ですね~。
そして、事実はなく、解釈だけがある(ニーチェ)から、
解釈や造型がなければ、生成や経験にならないわけです。
曲解かもしれないけどw、
これでいいのだっ。

2016/06/25(土) |URL|青梗菜 [edit]

Re: タイトルなし

青梗菜さん コメントありがとうございます^^)
> お~、かっこいい!
 やっぱりね、青梗菜さん好みのカタい熟語が入ってたからでしょう。

> そして、事実はなく、解釈だけがある(ニーチェ)から、
 そうなら、解釈が百あれば、事実は百あり、真理も百あることになり、人間の解釈とは厳密にはそれぞれみんな違う曲解であるとも言え、そうであれば、人間が住んでいるこの宇宙も人間の数だけあることになり、そうするとパラレルワールド説が正しくて、タイムトラベルのパラドックスも解消します。うーむ、人間万事、都合がうまーくいってそうじゃないですか。

2016/06/25(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/06/25(土) || [edit]

Re: タイトルなし

mさん コメントありがとうございます^^)
 確かに、答えの無い事って、ある日、突然分かるものなのかも知れませんね。分かるまでに時間が掛かるかもしれませんが、必ず分かるようになっているのでしょう。もし分からないようなら、あるいは卒業して気にならなくなっているのかもしれません。

 人生はすべて意味がある。意味のないものなんてひとつも無い、と思います。無いように見えても、長い目、広い目で見れば必ず有るのじゃないでしょうか。そういう意味では悩むことや苦しむことにも、その人にとっては必然性と意味と価値があるのでしょう。何でもそう思ったほうがいいと思いますね。

 カエルの鳴き声に雨の知らせを聞き、小鳥の囀りを心地よく聞き、身体中で生を感じられる―――。これができるというのは、とても幸せなことですね。
 私の住んでるところなんか、一日中クルマの走行音がしていて、緊急自動車のサイレンやマイクの警告音は夜中でも大きな音で聞こえてきます。自然の息吹きや動物たちの生の鼓動など感じる余地なんてまったくありません。エネルギーはあっても静かさや情緒は全然ないのです。必然的に人生をじっくり考えることも難しい状況です。
 と環境のせいにしてはいけませんが、自然と触れ合うことができる生活は、ひとつの、たぶん果し得ない願望ですね。たまに緑の多い土地に行って、気持ちを安んじさせるのが今のところ私の楽しみになってますよ。

 mさんは、すこぶるいい環境にいて恵まれていると思います。自然の愛情に癒され、慰められる生活をどうぞたっぷりと堪能して、作品に仕上げてくださいね。(^^♪

2016/06/25(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/06/25(土) || [edit]

こんばんは

ご無沙汰してます。

私はタイトルを拝見した時点で「ぼくらはみんな生きている♪」を連想しましたよ。読み進んで行ったら案の定、出てきましたよ。やっぱり出てきなすったな、と安堵しました。

同時にもう一つ思い出したことがあります。
爺さんが臨終の床にあり、子や孫が集まっています。爺さんは何か話そうとはするのですが・・・・その時、外で学校帰りのガキどもが大声で「僕らはみんな生きている・・・・生きているから・・・♪」と歌っているのが聞こえてきた。
北野たけしがどこかでこんなことを話していましたが、私は大笑いしましたよ。

これも出できなすった、バーソ流諧謔の極み、と私は思うのですよ。では。

2016/06/26(日) |URL|花渡川 淳 [edit]

Re: タイトルなし

sさん コメントありがとうございます^^)
 学校で1番かどうかは分かりません。クラスで1番かもしれないです。ただ学年全体に言い触らされたことは確かなようです。どちらにしても学校のテストというのは、普段ちゃんと授業を聞いていれば難しいものではないので、たいしたことはありません。

 「なにもかも1枚の硬貨のせい」の話は実話ではないですが、自分でも書いていて、作り話のでまかせを書いているという気がしませんでした。似たようなことを経験していたせいかもしれません。
 最後に書いた結論的な言葉「人生はなんとかうまく流れていく」。これは本当にそう思います。どん底に行っても必ずどこからか光が差し込んでくるものです。諦める必要はありません。

 成人してから、聖書の活動に打ち込み、大病をしたり失業をしたりで、2度ほど生活が難しい時期がありましたが、子供の頃に経験したことに比べると何ということなく、全然平気で乗り越えてきました。人間万事塞翁が馬の格言は真実で、悪いことがかえって良いことであったことも何度も経験しています。

2016/06/26(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: こんばんは

花渡川 淳さん コメントありがとうございます^^)
> 私はタイトルを拝見した時点で「ぼくらはみんな生きている♪」を連想しましたよ。
 おお、そうですか。さすが生徒会長を経験したことがある人ですね。
 じつはこの記事は、最初はホームレスが関係したアメリカの映画の話を書いていたのです。でも書き上げたら、あまりにも長すぎると思い、その部分をばっさり切ったら結びの言葉がなくなり、尻切れトンボの終わり方になるなあと思ったとき、「ぼくらはみんな生きている」の歌詞が突然ふうっと頭の中に浮かんだのです。
 なので、最後の結論「本当に、生きているって、それだけで幸せなことだと思います」も、ふうっと浮かんできた文章でしたが、投稿したあとで振り返ってみると、いかにもクサい。恥ずかしい。なので、ちょっと補足文を入れて、テレをごまかしました。

 それにしても人間は必ず死にます。肉体という物質を持つゆえに当たり前のことですが、でも人間という、宇宙では極めて特殊な「考える葦」が今生限りで消滅してしまうのもおかしいような気が私はします。なので「ぼくらはみんな いつまでも生きている」と思っています。
 そう思うほうが気が楽になります。英国EU離脱の出来事を見ても、世界の歴史も、個人の生活も、まあ平安無事にはなかなか行かない、いろいろと浮き沈みがあるものだなあ、しかし長い目で見れば「人間万事塞翁が馬」で行くのではないかとも思っています。

2016/06/26(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは^^

私も、風間さんは極貧少年時代のことを苦にせず、
飄々と生きている感じがして、好感を持って眺めていましたが、
バーソさんにも、同じような過去があったのですね。
読んでいて心を動かされ励まされるように感じました。

大体の人の半生記は、いかに恵まれていたかという話でもあるので、
自分がいかに恵まれていないかったのか、ということを意識させられ、
ついつい、ため息が出てしまいますが・・・
しかし、後から考えると、まさに「人生塞翁が馬」だなとは思います。

汚いおばあさんと言うと、
私と妻が、龍ヶ崎市というところにコロッケを食べに行った帰り、
腰の曲がったおばあさんがよろよろと、道の中ほどまで出てきて、
車を止めようとしているのですが、どの車も、
そのおばあさんをよけて、走り去るのを見て、
気の毒になってしまい、車に乗せてあげたのですが、
「街まで買い物に出たのは良いが、足が痛くなって動けなくなってしまった」
ということで、家まで送っていこうとしたのですが、しばらく走っていくと、
「家はあそこだから、ここで降ろしてほしい」と言うので、
「足が痛いのであれば、家まで送りますよ」と言ったのですが、
「人に送ってもらったのを見つかると、家族に怒られる」と言うので、
そこで降ろしてあげたのですが、お礼だということで、
私は、受け取れないと言って頑張ったのですが、
無理やり鞄に2千円をねじ込まれてしまいました・・・
ということを思い出しました。
あげた話ではなく、もらった話ですが^^;

2016/06/26(日) |URL|Korva [edit]

Re: タイトルなし

Korvaさん コメントありがとうございます^^)
 風間さんのことは、テレビで見たこともほとんどなく、名前を顔をかすかに覚えていた程度でしたが、先日ちらっと初めて聞いた貧乏話は確かに飄々と語っていました。 

 Wikipediaを見たら幾つかエピソードが出ていましたが、「サーフィンが趣味で、中学生の頃からショートボードを続けている」とあり、このひと言で勝負あり。貧乏の程度は私のほうが勝ってる(=ひどい)と思いましたね。(笑)
 さらに「オーラの泉に出演した際は、前世は陰陽師で、その影響で現世でも無意識に念力を使う事が出来、それにより、自身を守っており、また自然霊を守護に持ち世俗的な感情を持たずスナフキンの様な内面であると言われた」とありましたが、過去、危険な状況下でも不思議に怪我一つしなかったそうです。私は怪我は少ないですが、病気は多いですね。

 Korvaさんの汚そうに見えるおばあさんの話もいいですね。普通はそんな人を車に乗せるのをためらいます。気の毒に思う人はいても、乗せてあげる人はあまりいないでしょう。でも2千円を出したということは別に貧乏ではなく、乗せてもらえたのがうれしかったのでしょう。
 そういえば私も一度だけあります。おじいさんと孫二人を土砂降りの雨のときに乗せてあげましたが、えらい喜ばれ、感謝されました。人は親切にされるとうれしくなる回路を持っているのですね。

2016/06/26(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/06/27(月) || [edit]

こんにちは

バーソさん、ご苦労されてますね。

バーソさん、運命はめぐるのでしょうか。
私は、今まで生きてきて、今現在が一番
貧乏です。

娘たちと出かけても
全部、支えられて私が経済的にしてあげることは
ありません。
電車ひとつ、バスひとつ、すべて娘たちに
甘えているという境遇で
ちょっぴり居心地が悪いです。
仕方ないのですが・・・笑

自分の生活だけは確保できているという
小さい宇宙の中で身を潜めています。

逆に小さいときは、不自由がなかったと思います。

先日、友人が、宝くじ3枚くれました。
当たると4千万円だとか・・・
この優しい援助、嬉しかったです。

当たっても言わなくていいよ・・とのこと。
へへへ、当たるといいなあ♪

きょうも生きている、幸せです。
バーソさん、私は現在進行形の
貧乏なんだけど、
今の自分のほうが昔より好きです。

2016/06/27(月) |URL|森須もりん [edit]

Re: こんにちは

森須もりんさん コメントありがとうございます^^)
> バーソさん、運命はめぐるのでしょうか。
私は、今まで生きてきて、今現在が一番
貧乏です。

 うーん、なんと言ったらいいか。ご主人の件もあるでしょうし、いろいろ大変だったようですね。でも海外にもずいぶん行っているようですし、トータルで言えば、いいほうじゃないですか。私は海外は行ったことないですよ。国内だって2泊以上は皆無と言っていいほどです。

> 自分の生活だけは確保できているという
小さい宇宙の中で身を潜めています。

 うーむ、これもなんと言ったらいいか。私も似たようなものです。

> 当たるといいなあ♪
 世の中、願っていることはすべて叶えらることになっています。したがって、当たるといいなあという期待状態が叶えられているのでしょう。つまり期待状態が必ず叶えられるということで、当たったという結果状態が叶うことではない、ということですけどね。では当たったと思えば当たるのかといえば、本当に、当たったとは人間、心の底からはなかなか思えないのですよね。

> 今の自分のほうが昔より好きです。
 そう、これ、これ、これですよ。こう思えているなら、それで十分。それが最高。ひとがなんと言おうと、今のほうが魅力があると自分で思えるからじゃないですか。(^^♪

2016/06/27(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/06/27(月) || [edit]

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2016/06/27(月) || [edit]

Re: タイトルなし

mさん コメントありがとうございます^^)
 ご心配かけて、すみませんでした。
 どうぞこれからも、どちらにも、ご指導と励ましのほど、よろしくお願いしますね~。(^^♪

2016/06/27(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメhさん コメントありがとうございます^^)
 「何々のせいで~」と続く一枚のコインの話。わかりにくくて、すみません。最初は実話ではないと断りを入れていたのですが、投稿して2日めに少し色気を出して、実話のように見せかける姑息な構成に変えたのです。
 ちょうどパニックシーンがあったと思ったら、じつは夢だったという三流映画のように、最初はハラハラさせたほうが面白いかと少し愚かしく考えたわけなんですが、やはり実話かフィクションか分かりにくいと思ったので、これは創作だとの断りをタイトルのところに復活させました。ありがとうございました。

 私は真面目な文章の中に駄洒落や冗談を入れるクセがあるので、虚か実か分からないと言われることがあります。気を付けます。でもたぶん直りません。(笑)
 
 で、同じような話があって、負けないのですか。おお。あらら。昔はそんな話が多いのでしょうか。今は衣食住に関しては有り余っていて、その点はいい時代なんですけどね~。

2016/06/27(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

暖かな窓の明かりは時に切ない

  マッチ売りの少女じゃないけど、頼れる人もなく一人夜風に身を置く辛さは骨身に染みます。窓の明かりが幸せに彩られていれば居るほどに、自らを省みて切なくなるのかも知れません。
 でも夏ですからね、涼しい窓の外の方が良いかもしらん。え゛、冷たいのが好きなら視線でも良いかって?そないな殺生な。私はこういう時、シリアスになれないおおたわけでございます。まず悪気は無いと思われます。絶対、おそらく、きっと、多分、じゃないかな、まちょっと覚悟はして・・・・あまり目くじらお立てになりませんよう。
 幸いにして私はそういう経験はあまりせずに済みましたので想像の世界でしかものを言えません。申し訳ございませんです。軽く見えたらフッと息を吹きかけてください。簡単に飛んで行きます。
 

2016/06/27(月) |URL|miss.key [edit]

Re: 暖かな窓の明かりは時に切ない

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
> 暖かな窓の明かりは時に切ない
 ははあ、画像の2枚目、イヌが部屋の中を見ている絵から発想しましたね。これからマッチ売りの少女の世界に飛躍し、そして・・・
> 頼れる人もなく一人夜風に身を置く辛さは骨身に染みます。
 これは一転、わが身のことに思いを致したということですかね。このフレーズは、なんだか演歌の歌詞が出来そうです。でもまあ、確かに、夜の暗闇の中に家々の白熱灯の赤っぽい窓を見るのは切ないものです。なぜなんでしょう。ふうっと子供の頃を思い出し、郷愁感が迫ります。子供の頃って、夕方以降は外に出たことはないのですが。

 よく子供には苦労をさせたほうがいいなんて言い方があります。でも食住衣の苦労は絶対にさせてはいけません。それは親の責務です。やむを得ず離婚しても、父親は元妻に子供の養育費をずっと払い続けるべきです。
 そして子供は気軽に生んではいけない。結婚も気軽にしないほうがいい。このひとは、と思う人が現れないのであれば、絶対に無理したり焦ったりしないほうがいいと思います。あとで後悔します。
 もっとも、私は誰でもいい、というような包容力や許容力や博愛精神があるなら、それはそれでいいのだろうとは思いますが。あー、すみません。miss.keyさんには関係のない話をついでに言ってしまいました。

2016/06/28(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

経験っていうのは、常に差し引きゼロですよね。
ある時期に貧困を経験していると、その時期に富裕する経験が出来ない。

もっと皆さんの貧乏自慢を聞けるのかと思ったのですが…そうでもなかったですね。良いことです♪
私も貧困や、虐待など随分と辛い思いをしましたが、最近は、
ああ、分かったよ、死ぬまで生きれてばいいんだろ…くそったれ…ぐらいの気持ちですw
流してきた涙の量は誰にも負けないというとこからの気概は少なからずありますねw

いや、しかし、人生は自分の思い通りには進まないもの。良いも悪いも向こうからやって来る。
今まで生きて来れたのが、ものすごく不思議です。
スピな話で言えば自分で決めた通りに進んでるのかも知れないですね。
そして、必ず誰かが助けてくれる…ってことも忘れないようにしないと♪

2016/06/28(火) |URL|小奈鳩ユウ [edit]

Re: タイトルなし

小奈鳩ユウさん コメントありがとうございます^^)
> 経験っていうのは、常に差し引きゼロですよね。
ある時期に貧困を経験していると、その時期に富裕する経験が出来ない。

 人生のトータルの経験も差し引きゼロになれば、人類みな公平なんでしょうが、そうはいかないところが苦しいところで、つらいところで、面白いところです。
 私は極貧は経験しましたが、富裕になりたいとか、高級車に乗りたいとか思ったことはまるで無いですね。別にやせ我慢ではなく、最低、食べて着て住めれば、それで十分。裸で生まれてきたのだから、また裸で彼処に還ればいい、という思考は持っているつもりです。

> 私も貧困や、虐待など随分と辛い思いをしましたが
 そうですか。虐待もありましたか。言葉や態度による暴力。世間は少数派の思考を理解しないという意味ですかね。でも小奈鳩さんほどの知性と感性を持っていれば、そんな人間なんか心の中では、まともに相手にはしてないのでしょう。自分のほうが上だという自信があると、馬鹿な人間のくだらない言動くらいでは、さほど感情を乱されたりはしないものですから。

> しかし、人生は自分の思い通りには進まないもの。良いも悪いも向こうからやって来る。
 ほんとですね。良いも悪いも向こうからやってくるように見えますね。スピ系の本に出ていた若い女性の経験ですが、その女性は特に美人というわけではないが、生まれつき、何でも自分の思い通りになって非常に困っている、なんとかならないかという相談を霊能者がされたことがあるそうです。確かに、ボールを打てば必ずいつもホールインワンとかホームランじゃつまらないような気がします。
 でもこれもスピ的に言えば、多くの人は、簡単には入りっこ無いと信じ込んでいるから、入らないようになっているのでしょう。なので、そういう意味では、人生はみな思った通りになっているのかもしれません。

> 今まで生きて来れたのが、ものすごく不思議です。
 おお、これはすごい。ずいぶん苦労したんですね。うーむ。
 でも自分の生き方は、一本ビシッと筋を通して変えないで今まで来たのでしょう。それが好きだから、そうしてきたのでしょう。

> スピな話で言えば自分で決めた通りに進んでるのかも知れないですね。
そして、必ず誰かが助けてくれる…ってことも忘れないようにしないと♪

 私は誰かが助けてくれたという記憶はほとんどないですね。強いて言えば母親(と時代)のせいで子供の頃にひどい苦労をさせられ、しかし母親のお陰で人生の大きな輪の中に入れてもらえたという感じでしょうか。
 そう考えると、考え方でも感じ方でも、また反面教師という意味でも、現在の自分は母親が居たからこそ在るようです。そういう星の下に(自ら)生まれてきて、育って、今日になったのだろう、と思います。霊的な目で見れば、それもスピリチュアルな導きかもしれないですね。

2016/06/28(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/07/01(金) || [edit]

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2016/07/01(金) || [edit]

バーソさん、ご無沙汰しております^^

いつも興味深く拝読しておりますが、特に今回は出だしから印象深く、コメント欄まで熟読させて頂きました。
たまに、お金を持たせてあげた方が良い場面というのが、あるようですね。
何年か前にうちの主人も、夜、行き倒れになりそうになっている人と行き合わせ、身の上話を聞きながら帰って来たということがありました。
結局、その人が実家まで行けるように電車に乗せ、いくらかお金を渡してあげたようです。
その人は、ろくに飲まず食わずで、長野から4日間も歩いていたそうなんです。
交番に行っても、ホームレスかと疑われて、何もしてもらえなかったそうで・・・。

だいたい近頃は、ホームレスになったりするのを「自己責任」とみなして知らん顔する風潮がありますが、人生にはどんな不運があるか、分からないと思うんです・・・。

何かと寒々しいと感じる最近の世の中に、バーソさんのようなお優しい方がいらして、心が温まる思いがしましたが、バーソさんもお子さんの頃、大変なご苦労がおありだったんですね。
お母様もどれほどお辛かったことかと思います。
バーソさんも弟さんも、学校を長期欠席されても、勉学優秀でいらして、素晴らしいですね。

2016/07/01(金) |URL|Ariane [edit]

Re: タイトルなし

mさん コメントありがとうございます^^)
 あら、脚本家はいませんか。いるじゃないですか。強力な作家が。あ、あらー、そうでした。脚本家ではなく、原作者でしたね。

 詩も書く、小説も書く、童話も書く。文体は、文語体になったり、口語体になったり。待ち人になったり、子供になったり、動物に話し掛けるドリトル先生になったり、まあ、自由自在の先生がいましたね~。

 その作家は、映像を見たら、ぽんぽんと自由に言葉が出てくるという非常に稀有なひと。世の中には、ほんとうに才能のある人がいるなあと、いつも感心し、できれば少しでも見習いたいものだなあ、と思っているのですが、やはり無いものは才能と容貌とカネですね。ああ。(笑)

2016/07/01(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメhさん コメントありがとうございます^^)
 あらら、またまたご丁寧にすみません。またまたおほめいただき、恐縮です。おかげさまで、寿命が1週間は、いや、3週間は延びたような、心地よい気がします。可能なら、もっともっと延びたい気もしていますが。(笑)

 おかげさまで、文章の意図がわかりやすくなりました。エリアンダーさんのブログにも紹介していただきました。
 頭脳明晰、秀発明察のhさんから、こうして身に余るお言葉をいただくと、本当に、生きているといいこともあるなあ、と思います。しかも、あのコメントまで読んでくださったのですか。おお。(@_@)

2016/07/01(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

Arianeさん コメントありがとうございます^^)
 こちらこそご無沙汰です。私がいつも訪問しているブログは、RSSリーダーに登録してあるので、更新したら必ず皆さん全員のブログをを拝見しています。RSSリーダーは余分なカラムの部分が表示されないせいか、文章も写真もかなり大きく早く表示されるので、非常に見やすいのです。
 特にArianeさんのブログの写真は、氏名を見ないでもすぐ分かるほど、色調には独自の個性があり、いつも、シックな色に撮れているなあと感心しています。
 コメント欄まで熟読していただいたのですか。おお。ありがとうございます。

 ご主人もそんな経験があったのですか。その行き倒れのような人も、偶然というより、ご主人に出遭うような運命だったのでしょう。長野からそちら近くまでなら、道路には起伏もあって歩くのは相当大変なはず。顔も汚れてホームレスに見えたでしょうに、御主人はよく声を掛けられました。

 私が霊的啓発を受けた作家にニール・ドナルド・ウォルシュというアメリカ人がいます。この人も一時、物質的に困窮してホームレス生活を経験しています。でもそういう経験が結果的にいい経験となり、ついには精神世界の本を書くまでになり、ベストセラーになる本を何冊も出しています。
 貧困もいい経験になればいいのですが、なかなかそうはいかず、世間から落ちこぼれのわびしい人生になりやすいので、その経緯も知らずに、勝手に無視したり蔑視するのはよくないのでしょうね。

2016/07/01(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは。

小さい時に大変なご苦労を
されたのですね。

バーソさんのにじみ出るような
懐の深さのルーツに
触れたような気がいたしました。

本当に生きているだけで
もうけものですよね。

2016/08/07(日) |URL|坊主おじさん [edit]

Re: こんにちは。

坊主おじさんさん コメントありがとうございます^^)
> バーソさんのにじみ出るような
懐の深さのルーツに
触れたような気がいたしました。

 あらら~。ルーツはひどい貧乏だった、だから今もって貧乏性が抜けない、人生のいろんなことで高望みをしないクセがついたというような話なのに、こんな褒め方をされると恐縮します。

> 本当に生きているだけで
もうけものですよね。

 そうですよね。イエスは「たとえ全世界を得ても自分の命を失えば何の益があるか」と言いました。命は金で買えない非常に高い価値があります。命はもうけもの。そう思えば日常様々な不満は減り、毎日がもっと楽しくなるでしょうね。

2016/08/07(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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