「バーソは自由に」

 考え方はいろいろあるから面白い。

 ハインライン著『異星の客』は、精神世界がバックボーンのSFだ。 

『神との対話』の著者ニール・D・ウォルシュが読んだ本の一つに、
つまり、おすすめの本にR.A.ハインライン著 『異星の客』がある。

読んでみたら、ストーリー仕立てはSF小説だが、内容はまさに「精神世界」。
宗教観や、物事の考え方、人生の生き方などに考えさせられるものがあった。
非常に興味深かったので、すこし紹介したい。

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※写真は1956年製作のアメリカ映画「禁断の惑星」から。
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『異星の客』 は 風刺戯画的で面白い、SF仕立ての「精神世界」小説だ。
まず「むかしむかしあるところに、ヴァレンタイン・マイケル・スミスという火星人がいた」
とトボケた書き出し。 お、面白そう、という予感と共に始まる。

火星に到着したチャンピオン号は、全滅した第一次火星探検隊の遺児を発見して、
連れて帰る。火星人によって育てられ、意識だけで超能力を操れる彼は、「戦争」とか
「武器」とか「嘘」「競争」といった言葉を認識(グロク)できないピュアな青年だ。

「異星の客」マイケル・スミスは、地球人の愚劣さ、頑迷さ、偽善を認識するようになり、
人類を救うために、「Church of All World」という火星人思考の新しい宗教を開く。
そして、お決まりの、民衆による迫害を受け、救世主のように最期を遂げる。
むろんキリストと同じく、体は滅んでも魂(本質・実体)は滅びはしない。

この本は「ガリヴァー旅行記」、あるいは「不思議の国のアリス」のように、
既存の政治や宗教、既成のモラルや常識を戯画化し、風刺している。
気の利いたセリフやジョークが散りばめられ、すこぶる面白く読める。

とかく翻訳書はカタカナの名前が次々と出てきて、場面転換したりすると、
誰が誰だったかが分かりにくいのだが、これは全く大丈夫。読みやすい。

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Robert Anson Heinlein(1907.7.7-1988.5.8)


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話の全体を貫くものは、「精神世界」の考え方と同じだ。
どう生きれば、人類は仲良くなれるのか。どうすれば、世界は良くなるのか。
バックボーンは「すべては一つ」の思想だ。 互いに信頼をかわし合った「水兄弟」同士では
「汝は神なり」の挨拶が交わされる。あなたも神、わたしも神、ものみな神と同じ材料で
出来ていて、「すべては一つ」であることが認識(グロク)されている。

水兄弟たちの間ではすべてが共有され、皆が一つの心を持つ。
彼らは、巣(ネスト)と呼ばれる場所で、いわゆる結婚制度の枠から外れた共同体的生活をし、
子供は共同体で育てられる。 結婚生活は別としてその共同体的生活は、
初期キリスト教信者たちが「心を 一つ」にしていた初代教会に似ている。

使徒2:45,46 新共同訳 : 「財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、
皆がそれを分け合った。そして、毎日ひたすら心を 一つにして神殿に参り、
家ごとに集まってパンを 裂き、喜びと真心を もって一緒に食事を・・・」。


※宗教の「生活共同体」という概念は、マインドコントロールされた共同生活ではないか。
⇒ 修道院、僧堂、布教の家、ヤマギシの里、イエスの方舟、オウム真理教(上九一色村)、人民寺院…。
一般エホバの証人信者の場合は、統治体により心、考え方を 一つされた「組織崇拝教・在宅共同体」か。


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「認識(grok・グロク)」の火星語は、オックスフォード英語辞典に載った。
文中でマームド博士は言う。
「グロクは、そっくり同じという語です。火星人は本能的に、われわれが近代物理学によって
苦労して習った“観察者は観察する行為を通じて観察対象と相互作用を持つ”ということを知っています。

グロクというのは、観察者が対象の一部となってしまい、溶け込んで混じり、合一し、
集団体験のなかに自我を失うくらい完全に理解することです。

徹底的に相手と自分が溶け合うくらい理解して、そのうえで初めて憎むことができます。
憎悪とは自分自身を憎むことでもあります。 これはまた相手を愛し、
いとおしむということでもあり、それ以外には考えられないのです」


してみると、「グロク」とは、対象と一体となって初めて知ることができる「内面的な理解」、
また「体験的な知識」ということだろう。
そして、愛を 知るには対極の憎悪を知る必要があるが、その愛と憎悪という二つの感情は、
相手の中にも自分の中にもある“感情の最大振幅”ということか。

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※写真は映画「禁断の惑星」から。

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『異星の客』の反響は大きく、全米ヒッピーたちの聖典とされた。
この書は、フリーセックス容認、というより、むしろ肯定と言ったほうがいいが、
しかしそれは人間の真実の「愛」を表現する生来的な行為だろう、と読者に思わせる。

ピュアな心を持つ「異星の客」マイケル・スミスは言う。
「わたしは水を分け合った(愛し信頼しあった)女性とでなければ、たとえ愛そうと思っても、
肉体的に不可能なんです。肉体の交わりに精神の交わりがなければ、肉体的不能なんです」。

著者ハインラインの考えがうかがえる格言的なセリフがいい。
老弁護士兼医師兼作家ジュバルは、こう述べる。
「愛のはっきりした定義を言ってやろう。愛とは、他人の幸福が自分自身にとって
欠くことのできない状態だ。嫉妬は病気で、愛は健康な状態だ。

未熟な人間はよくこれを混同したり、愛が大きければ嫉妬も強いと考える。
実際はこの両者は両立せんものなのだ。

宗教というものは多くのひとに慰めになり、どこかのどれかの宗教が窮極の真理であるとも考えられる。
しかし宗教的であることは、しばしばうぬぼれの一つの型式なのだ。
 
わしの育ってきた宗教は、わしがほかの人間よりましだと確認させてくれる。
わしは救われ、彼らは呪われ、われわれは恩寵のなかにあり、あとの連中は異教徒だというのだ」。

『異星の客』は1961年発表。ヒューゴー賞(1962年)・ローカス賞(1975年)受賞。
ブライアン・アッシュの『SF百科事典』によれば「SF界で最も有名、というより、
おそらくは最も悪名高い作品の一つに急速にのし上がってしまった長編」。

『異星の客』は初めてウォーターベッドを描いた小説としても知られている。
後にウォーターベッドのアイデアを特許申請した人は書類が却下されたそうだ。

作品の題名は旧約聖書からとったもの。
出エジプト記2:22:「彼女は男の子を産み、モーセは彼をゲルショムと名付けた。
彼が 『わたしは異国にいる寄留者だ』 と言ったからである」



『異星の客』 R.A.ハインライン/井上一夫訳 創元SF文庫
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右のR2はマック・ハッピーセットのおまけ。白のプラスティックで安っぽかったが、
銀のマニキュア用エナメルを何色か塗ったら多少それらしくなった。
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