「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 人生は、どう「走る」かが重要だ。 

皇居のそばを通ると、お堀端の歩道を気分よく走っている人たちをいつも見掛ける。

人気の理由は、アクセスがいい、信号がない、トイレがある、1周約5kmで計測がラク、
誰かしら走っていて仲間意識や対抗意識からモチベーションが維持しやすいなどのようだ。

しかし皇居ランナーが増加して、歩行者からの苦情が相次いだため、
狭い所は一列とか、反時計周りで走ることなど、9か条のルールが定められている。

この皇居ラン。用意されたレールをルールに従って走る人生の縮図のように見えなくもない。

btl (1)出典

人生を「走る」ということを考えてみた。走ることは、いいのだか、悪いのだか・・・。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
雨ニモ負ケル―――バーソ・ミヤザワフウ 
大辞林第三版で語尾に「走」の字が付く言葉を探し、賢治風の戯れ詩第二弾を作りました。

雨にも負け
風にも負け
りも出来ぬからだを持ち
良くはなく決して苦みらず
いつも利にり先りし
直(ひた)りして徒競の完を目指すが
あら走だわと気づき背しながら空感に浸る

一日に食パン一枚と海苔弁一個と米一合と
少しのほうれん草をオリーブのほうを思いながら食べ
世の馳たるものをよく見聞きし忘れず
飲食店では自分の食べた分を勘定に入れず 
りしつつ 一目散に逃を企て疾し遁
ああこの快は善事千里をるの証左なるやとほくそ笑む

東に網を脱し血って逃する者あれば 
し追い越しながらたいしたもんだなあと褒め
 
西に突っって独し暴する者あれば
しながらもっと韋駄天りしろと叱咤し

btl 2) (2)
Bernard Villemot. 1984.

南に好しつつも迷を繰り返す者あれば
しながら人生は常に試愛で逝こう
ああ死せる孔明生ける仲達をらすなどと口走り

北に自しつつもよろよろと拙する者あれば
本当に力をしてルンですかいとか代はご免ですぜいぜい
むしろ滑したほうが速いんじゃないかいぜいぜい
難波
を試してみたらどうかねはあはあと励まし
いやそうじゃない軟派りじゃあない 
にやにやったってナンパなんかできないだろうがと叱りつけ

日照りの夏は岩る水ぞ恋しきと詩情に
師走の凍える日は使いりなんぞもってのほかと断り
みんなにでくのぼーと呼ばれ
虫酸(むしず)がると言われ
もっとれメロメロめと嘲られ
ああ人生の馬灯は敗シーンばかり

褒められもせず
頼みにもされず
そう云ふものに
わたしはなりたいはずがない

ナンバ(難波)走り:基本は《右手と右脚、左手と左脚を同時に出す》走り方。
江戸時代の飛脚の走り方で、効率がいいと言われている。この走法と「ナンバ」
の名称は、古武術研究家・甲野善紀の著作などにより知られるようになった。
末續慎吾選手が「ナンバ走りの動きを意識して走った」と語り、認知度が上昇。

btl (1)
Fortunato Depero (1892-1960)

関連記事『雨ニモ負ケズ』の戯れ詩第一弾→「情」薄ければ、人の世は味気なし

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
雨も風も嵐も花もある人生走路。それをどう見るかが重要だ。

去年、ネットの一部で、これは過剰な言葉狩りだと話題になり、拡散された話がある。
運動会の「障害物走」の「障害」が良くないので、「興味走」に言い換えられたというのだ。

Twitterには、「うちの学校では、障害物リレーが『雨ニモ負ケズ』になってる」とか、
「チャレンジ走と言ってる」とか、「運命走になってる」などの声も上がっていた。
※のちに「興味走」とは、「障害物走」とは別のバラエティ競技種目であると判明した。

この言葉の違いを人生の走路に当てはめて考えてみると面白い。
人生の走路自体は同じでも、走る人の意識の違いにより、「障害物走」とも見えるし、
また「興味走」とも、「チャレンジ走」とも、「運命走」とも見えてくるのだ。
_______ ___ __ _ 
 
マンガ『クレヨンしんちゃん』は中国で大人気で、作者・臼井儀人さんの死去の際は、
ネットの他に、CCTV(中央電視台)や新聞が「一路走好!」と哀悼の意を表したそうだ。

中国語では、「一路」=「道中」、「走」=「歩く」、「好」=「良い」で、意味は「(あの世に
行く)走路がどうか良いものでありますように」という敬愛の情が含まれているらしい。
なるほど、人生行路はあの世に続くものと考えれば、人生とはかなり長い走路なのだ。

btl 2) (1)出典

西暦1世紀、イエスの使徒であるパウロが、立派に走路を走ったと自慢している。
「わたしは(信仰の)戦いをりっぱに戦い、走路を最後まで走り・・・通しました。
今から後、義の冠がわたしのために定め置かれています」(新約聖書テモテ第二4:7)

使徒パウロは大変な迫害と苦難を経験したが、試練に負けずに走路を走り抜いたので、
自分が死んだ後には神からのご褒美が用意されている、と自信のほどを示している。
神を信じまいと人生の最後に満足感を持てるなら、じつに素晴らしいことではないか。
_______ ___ __ _ 

生きているとは走ることだ。ただ、速く走るか、遅く走るかは、人それぞれでいい。
マラソンにも、42.195kmの公道コースを必死に走る選手用の競走もあれば、
東京マラソンのように市民が気楽に参加できるコースもあるのだから。

さあ、近所の公園をすたこら回るもよし。室内でせっせとマシーンランニングもよし。
と言っている私バーソは、もうかなり長い間、走ったことがない。
それじゃダメじゃん。
その通り。走路は、そうろそうろと静かに歩くのが私にはよさそうで、はい。(^_^;)

biatle3.jpg出典

●GWに暦通り休めない人が多数。「休みが1日しかない」人が全体の2割に上る。
●熊本で多くのボランティアが活躍している。連休中に2万5千人以上が参加。
若者の姿が目立ったほか、自らも被災しながら支援の列に並ぶ人もいたそうだ。

参考―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『雨ニモマケズ』青空文庫http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/45630_23908.html
『日経ビジネス』http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20090924/205436/?rt=nocnt
『ガジェット通信』http://getnews.jp/archives/997098  
『R25』http://r25.jp/topic/00042470/
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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(y^ω^)y言葉狩り

(y^ω^)y 言葉狩り、ありますねぇ、
これで世の中良くなったんでしょうか、
お笑い番組も、もう何年も見ていません、
いつからこんなにつまらなくなったのか、

ゆとり教育、言葉狩り、ドンドン
創造性も、競争心も無くなって、現実を見つめるのをやめて、日本はこんなになっちゃった、

どこにいくんですかねぇ、日本。

2016/05/14(土) |URL| 匠石 戒丘 [edit]

走る

バーソ様
おはよう御座います。

そう云ふものに
わたしはなりたいはずがない ですか。

散々引っ張ってきて最後のオチがいいですね。

人生を走る。仕事を走る。実際に走る。すべて違いますね。走るということは歩きに対して速度を求めているのだと思いますが本当に速度が必要なのは仕事だけでしょう。飯を食うのが速くてもトイレで用をたすのが速くても大したことはありませんよね。
私は飯だけは速いです。

愛新覚羅

2016/05/14(土) |URL|aishinkakura [edit]

もと、陸上部
以下、あたいの中学生時の記録

短距離走 100m 12秒台
短距離走 200m 25秒台

人生 長距離走の仕事 日々、短距離走にて走り、毎回息切れして、倒れて、立ち上がる生き方。

雨、風、嵐がなければ、満足が出来ない体質に。
花は、私が咲かせます。

なんちゃって(●^o^●)

2016/05/14(土) |URL|Miyu [edit]

おはようございます

「雨ニモ負ケ」
よくぞここまで・・・と思うほどの傑作で、広告業界に
おられたバーソさんの面目躍如といったところですね。
「飲食費・・・」笑いました、某元都知事。
あっまだ「元」じゃなかったか(笑)。
過剰に歩いたり、走ったりする弊害の記事が最近
チラホラ出てきましたね。活性酸素が過剰に出て体を
損なうとか。何事も節度が肝要です。
「ナンバ走り」興味があってyoutubeで見てみました。
普通に走るより疲れそう。(笑)

2016/05/14(土) |URL|エリアンダー [edit]

面白~い!

賢治風『雨ニモ負ケル』
秀逸のコピーアレンジぶりでメッチャ面白い!

1日1000歩ウォーキングは20年以上になりますが、
標高1030m、北アルプスを眺めながらのウォーキングは最高でした。(13年間)

毎回のようにルートを変え、熊と遭遇しないことを祈りながら、
道なき道を進むこと2~3時間。
2万歩を超す頃には『ヘイ、タクシー!』って心境でしたが、
幸せな時間でした。

アクセス良し、トイレあり、計測ラクなルートは、
過去もですが、今からもオバちゃんは選びません。

好奇心旺盛な性分で、
発見、観察できる自然道(けもの道)とか大好きですから‥‥。

40歳過ぎに、休日のたびに奈良の山々を登っていましたが、
下山すると里山の婆さまあたりに聞かれたものです。

『ひとりかい?……よく熊に会わなかったもんだ』
(・_・?)熊? 奈良の山に熊‥‥いるんだぁ。

まったく意識になかったのが幸いしたんでしょうね。


2016/05/14(土) |URL|風子 [edit]

Re: (y^ω^)y言葉狩り

匠石 戒丘さん コメントありがとうございます^^)
> ゆとり教育、言葉狩り ドンドン
創造性も、競争心も無くなって、現実を見つめるのをやめて、日本はこんなになっちゃった

 言葉狩りも、正しそうに見えて、実際には表面的なことに目を向けているだけと思いますね。
 「幸福を売る男」というタイトルのシャンソンがありますが、「売春」という言葉は、直接の意味は春を売るという意味なので、きれいに感じるだろうと思って作られたとしても、その本質はきれいではないので、やはり汚い言葉に感じます。中身が変わってない場合には、言葉だけ変えても駄目ですね。

 「ゆとり教育」にしても、いい学校→いい会社→ゆとりある生活という、いわゆる中国の科挙制度のような現行の社会システムを考え直さなければ本当の意味のゆとり教育はできないでしょうが、それには手がつけられていません。

 政府はこういう精神的な改革はしないでしょうから、知識人がマスコミを利用してするべきなんでしょうが、テレビではくだらないバラエティ番組ばかり。たまに出てくる知識人も局や政府に都合のいい人ばかりのようです。
 私もテレビはほとんど見なくなりました。おおむね定期的に見ている番組は『笑点』だけですね。

2016/05/14(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 走る

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
 オチがよかったですか。そう言われて、少しほっとしました。なにしろ益には全然ならない下らない文章ですから。

> 本当に速度が必要なのは仕事だけでしょう。
 なるほど、確かに。仕事は速いほうがいいですね。
 以前、割合有名なファッションチェーン店で、宿泊旅行用のちょっと大きなバッグを見つけたので、それを持ってレジ前に立ちました。カウンターでは1人の先客が洋服何点かを包装してもらっていて、その横には若い男女の店員が3人いましたが、私が2分ぐらい待っているのを時々こちらの顔を見て知っているのに、全然気にせず、伝票を見たり衣服を畳んだりの準備作業を別に急がしそうでもなく、のんびりと行なっています(そういう店の接客方針なのかもしれませんが)。
 ひょっとしたら列の出口のほうに立っていたのかと思い、逆のほうに行って1、2分ぐらい立っていたところ、他の場所から他の若い女性店員が近づいてきて、そこは出口なので入り口のほうに立ってくださいと、きつい声で叱られました。
 その列には私の他に誰もいなかったのですが、でも言われた通りに元の位置に戻って2分ぐらい経った頃、やっと相手にしてもらえましたのですが、カウンターの店員はみな、お待たせしましたも言わず。担当の店員が、ありがとうございましたの言葉を言うときも無表情で、気のない言い方でした。買い物金額は定価1万円弱ぐらいのバッグです。
 この店は以前も店員の態度が感じ悪かったので、もう二度と行かないことに決めました。最近は丁寧な対応の店員が多くなったので、ちょっと珍しい店だと思います。なお、私はひと言も嫌味や不満は言ってません。長い愚痴話で、すみません。

 私も食事は速く、歩くのも速いです。ゆっくり散歩が苦手です。(笑)

2016/05/14(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

Miyuさん コメントありがとうございます^^)
 もと陸上部とは意外です。ちょっと驚きました。文科系とばかり思っていました。
 中学の頃は100mが12秒ですか。女史なので、かなり速いほうじゃないですか。おっと、女子とすべきところを誤変換してしまいましたが、ま、これでいいような気もします。どうでしょう。(笑)

> 人生 長距離走の仕事 日々、短距離走にて走り、毎回息切れして、倒れて、立ち上がる生き方。
 なるほどなるほど、そうですね~。なんだか私のことを言われているようですよ。人生は長距離走であると知っていても、つい目先のことに一喜一憂することって、ありますね。
 でも確かに、倒れても立ち上がるのがいいのでしょう。二歩下がっても三歩進めばいいのでしょう。幸せは、あちらからは歩いてこないですからね。

> 雨、風、嵐がなければ、満足が出来ない体質に。
 おー、このヤル気と自信はすごい。さすがに女史だ。
 満足ができない体質ですか。内面の本質が肉体に浸み付いたということでしょう。やはり才女です。いや、妻女という同義語もありますが、全然合ってない。そして、今なおスリム体型を維持しているので、細女という変換語も良さそうですね~。

> 私が咲かせます。
 これもすごい。せいぜい、きれいな花を咲かせてくださいよ~。砂漠に花の咲くことも、枯れ木に花の咲くこともあるそうですから。あッ、この砂漠とか枯れ木というのは比喩じゃなく、単に格言コトワザを思い出したに過ぎませんのでね、くれぐれも邪推し妄想しないようにしてくださいよ~。
 さあ、腕を振って、足を上げて、休みながら歩け~!(^^♪

2016/05/14(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: おはようございます

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
> よくぞここまで・・・と思うほどの傑作で
 あははは・・・ほんとですか。欠作の誤変換じゃないでしょうね。でもまあ、こんな戯れ詩でも、文学青年のエリアンダーさんに、傑作だなんて褒められると、安心しますね。いや、そうじゃない、1週間は幸福でいられますね。(笑)
 
> 「飲食費・・・」笑いました
 そうですか。よかった。『雨ニモマケズ』の詩は、読んだとき、「勘定に入れず」のところが引っ掛かっていました。このたび「走」の付く漢字に「網走」があったのを見つけたとき、これは食い逃げの話で行こうと思いついた次第です。

 元知事になりそうな話題の人は、品性があまりに卑しいので呆れました。あの弁明も酷いものです。ゲスの極みオトコめと特記、いや、別記ーされてもしょうがないような話です。(笑)
 確かに節度を超えてしまっていますね。政治家はトップリーダーだとか偉そうに言ってましたが、人間、地位が偉くなると本当の自分の品性というものが出てしまうのですね。

 「ナンバ走り」。本当に飛脚の走法なんでしょうか。面白い走りです。
 私は子供の頃、長距離を走るときは忍者がすると言われている呼吸法をしていました。吸って吸って、吐いて吐いて、と呼吸の動作を二度ずつする方法ですが、案外よかったような記憶があります。

2016/05/14(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 面白~い!

風子さん コメントありがとうございます^^)
> 秀逸のコピーアレンジぶりでメッチャ面白い!
 ああ、ほんとですか。ありがたき幸せです。文章の達人にそう言われると、うれしいですね。

> 標高1030m、北アルプスを眺めながらのウォーキングは最高でした。(13年間)
 山岳ウォーキングですか。いや、山岳ウォークィーンと言ったほうがよさそうですが。
 場所の高さと距離の長さと難度を考えると、毎日忙しかったでしょうに、よくそんな時間をつくれましたね。よほど英気を養うのによかったのでしょうか。熊に遭わなかったのも意識してなかったからですか。そうかもしれませんね。風子さんは相当意識のフォースも強そうですから、熊としても姿を見せる余地がなかったのでしょう。

 突然、ボブ・ディランの「風に吹かれて」が降りてきました。(笑)


  人はどれ位の道を歩めば 人として認められるのか
  白い鳩はどれ位海を乗り越えれば 砂浜で休むことができるのか
  山は海に流されるまで 何年存在できるの
  人々は何年経てば 自由の身になれるのか
  人はどれくらい見上げれば 空が見えるのか
  人にはどれくらいの耳があれば 人々の悲しみが聞こえるのか
  
  友よ 答えは風に吹かれて 風に吹かれている

 風子さんの名の由来は、こんなところにあったのですかね~♪

> アクセス良し、トイレあり、計測ラクなルートは、
過去もですが、今からもオバちゃんは選びません。

 あはは・・・やっぱり、そうでしたか。そう思ってました。そこが常人とはちょっと違うところなんでしょう。

 私もひとと同じことはしたくないというところが若い頃は強くあったのですが、その後、何でもいいと思うようになり、今はいい加減になりました。堕落してますね~。いや、これが本質かもしれません。(^_^.)

2016/05/14(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

もう5年以上前かな~、
ジムに通っていたことがありまして、
走ってましたよ~。

いまは自転車で、
毎日2時間の有酸素運動です。
片足スクワットもちょろいです。
ふふふw、はい、自慢ですw。

2016/05/14(土) |URL|青梗菜 [edit]

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2016/05/15(日) || [edit]

南無無辺行菩薩

飴ニモマケズ
菓子ニモマケズ
雪餅ニモ夏ノ羊羹モマケヌ
丈夫ナ胃ヲモチ
良ク食べ
決シテ残サズ
イツモモクモクト食テヰル
一日ニ玄米四升ト
味噌ト山ホドノ惣菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンデカンジョウヲセズニ
ヨクアジミシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ
大キナ食べ放題ノ食堂ニヰテ
東ニ旨イ名物アレバ
行ッテ食シテヤリ
西ニ田舎料理の店アレバ
行ッテソノ味ヲ堪能シ
南ニ安売りの名店アレバ
行ッテコハガラズニ買占メルトイヒ
北ニボッタクリノヤキソバ屋ガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハタラフククイ
サムサノナツハラーメンヲススリ
ミンナニポリバケツトヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ツチノコハスデニナッテイル

南無無辺行菩薩
南無上行菩薩
南無多宝如来
南無妙法蓮華経
南無釈迦牟尼仏
南無浄行菩薩
南無安立行菩薩

 悪い言葉も良い言葉も必要があるから存在する。悪い言葉を殺していけば、良い意味であった筈の言葉ががそれに置き換わり、悪い意味の言葉になる。そして言葉はやせ衰え、終いには意志の疎通を妨げる。ばい みすきぃ

走るー走るーおれーたーちー
 その先に崖があっても走るのさ。俺たちに明日は無い。崖があったら死ぬだけさー死ぬだけさーァーー
ってもうこの辺になると自分で何言ってるか判らないです。はい。

2016/05/15(日) |URL|miss.key [edit]

Re: タイトルなし

青梗菜さん コメントありがとうございます^^)
> ジムに通っていたことがありまして、
走ってましたよ~。

・gymnasiumとは、体育館、屋内競技場。
・gymnos「裸の」の派生語 gymnazein「裸で訓練する」より。
・英語でnakedというと、裸の、あるべき覆いがない、・・・に欠けている、・・・に無防備の、ありのままの、率直な、確証するものがない、ストレートな。
・ジムナジウムというと大学入学を目指すための中等学校で、何かの金属名のようでもあり、ギムナシオンというと古代ギリシアの建築物っぽく感じますが、青梗菜さんは、そんなたいそうな所で走っていたのですか。おお。

 でも今は自転車で毎日2時間ということは、ひょっとして通勤で体力増強を兼ねて乗ってるということですかね。片足スクワットもちょろいということは、どうだ、競輪選手のようだろ、脚も精神も頑強なのだ、恐れ入ったか、ということですかね。
 ふーむ、そうすると青梗菜さんは、「考える葦」というより、「考える脚」と呼ぼう。うん、アシモフもそう言っていたし。そのほうがいい。(笑)

2016/05/15(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

sさん コメントありがとうございます^^)
 椅子から転げ落ちそうになり、ツカレましたか。あははは・・・。
 名は最初「宮澤亭ばーそ」にしようかと思ったのですが、カタカナのほうが合ってるような気がして、「ミヤザワフウ」に変えました。
 このバーソフウの戯れ詩は私の嗜好がモロに出ていて、ひとによって好き嫌いがあると思いますが、面白いと言っていただけると非常にうれしいです。

 人生走路を走ることについては、大抵の人は、あまり自信がなく、反省したり後悔することが多く、真面目な人ほどそういうふうに思っているのではないかと思います。

 ですけれども、人は、どのような走り方をしようと、自分で決めて自分の方法で走っているわけで、それは今現在という時点で見ればあまり良いようには見えなくても、長い目で見れば最善の道であり、したがって、どの人もその人にとっては良い道を走っていると私は思っています。
 むろん、これは災害や病気など、生活上の諸問題を抱えている人の前では言いにくい、単なる一般論の話ですが。

 ゆったりとおおらかに走るというのは、安定した走り、成熟した走りじゃないでしょうか。それはおそらく今現在の生活が順調で、気分よく快調に走っている証拠でもあるように思います♪

2016/05/15(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 南無無辺行菩薩

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
> 飴ニモマケズ
 あははは・・・雨が飴に通ずと気づいた途端に、あとはすらすらすいーっと文章が流れるように降りてきたのでしょう。じつに面白く排毒し、気分すっきりしました。
 ぼったくりの焼きソバ屋に入ったことがあるようですが、私もありますよ。どうってことのない小さな汚い店で、目の前で作っているのですが、具がキャベツとモヤシが僅かで、ソバは量が半人前くらいで、ソースもちょびっとで、値段は800円ぐらいだったか。二度と行きません。

 で、主語は、てっきりmiss.keyさんだと思っていたら、つちのこでしたか。ま、どちらにしても同じようなものなのでしょうか。分身ですから。(笑)

> ヒドリノトキハタラフククイ
 さすが、miss.keyさん。「ヒドリ」と書きましたね。手帳に書かれた原文はそうなってるそうですが。
 ここは解釈の分かれる箇所で、「日照り」の誤記だとする他に、日雇いという意味の「日取り」だという説があるようですが、他の人の文章の解釈をするというのはいろいろ考え方の違いがあって面白いものです。

 賢治は浄土真宗の裕福な家に生まれ、この詩ではキリスト者の清貧の生き方を模範としながらも、後になって法華経の教えに惹かれたようです。
 最後の「南無~」の経文には「菩薩」という語が四回も出てきますが、「菩薩」とは、自ら修行中ではあるが、大衆と共に歩み、悟りに導く存在のこと。そんな真摯な求道者としての生き方に憧れていたらしいことがわかります。
 昨今のニュースを見聞きしていると、こういうふうに心から誠実な人生志向をするような人が政治家のトップになれば、あんな卑しい無様なことは起きないのに、と思ってしまいます。

> 良い意味であった筈の言葉ががそれに置き換わり、悪い意味の言葉になる。
 そうですね。世間に悪い現実があるので、それが一向に変わらないので、いい意味の言葉も悪い意味になってしまうのでしょう。単に言葉の問題ではないのでしょう。昔のカルピスのラベル。黒人の顔をなぜやめたのでしょう。黒人の顔は悪いのでやめたと言ってるようなものです。

2016/05/15(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/05/15(日) || [edit]

Re: タイトルなし

mさん コメントありがとうございます^^)
 あははは・・・お腹の皮が捩れましたか。私は唸ってしまったので、啓発されて第二弾をこしらえました。真摯な賢治ファンで正統派の方にはちょっと問題視されそうな戯れ詩ですが、そう言っていただいて安心しました。
 
> 人は こう言う風になりたいと思った時
もうすでに半分くらいなっているんだと思います
志とはそう言うものではないでしょうか

 そうだと思いますね。たとえ人生のタペストリーが運命と偶然の絡み合いで織り成されているとしても、やはり方向性を決める舵は人が自分で操作しているわけで、なんにしても行為の前段には志という明確な意思があるのでしょう。
 精神世界には、人がイメージできることはすでに世界に在るからであり、無いものはイメージできないと言われています。志次第でずいぶん人間の走路は変わってくるのでしょう。
 
 オリーブはあんなに細いのにけっこう達者に動いているようで、ポパイがほうれん草を食べないと元気が出ないのと比べると、面白いものがあります。人には何かひとつでいいから、力が出る元気の素みたいなものがあるといいですね。のんびり景色を見ながら走るのも、ひと粒300メートルのグリコキャラメルのようなものでしょうか。

 動画は、ただ原っぱの草が風にそよそよ揺れているだけで絵になります。谷川のせせらぎと、木々の間から時々鳥の鳴き声が聞こえてくるだけで情緒があります。時の流れ、地球の営み、生の不思議を感じるからでしょうか。私は動画は撮ったことがないのですが、こんどトライしてみようかな。(^^♪

2016/05/15(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

バーソさん、こんにちは^^

パウロには、自らの罪滅ぼしとして、そうしなければ、
自らが救われないと言う衝動もあったのかなとは思いますが、
やりきった末に、たどり着いた境地と言うものがあると感じます。

何でもいいですが、他の人と競争した末に一番になっても、
自己肯定感や満足感以外には、大した感慨も無いことを感じて、
競争のむなしさを感じるようになった場合と、
競争社会の中で地道に努力するのがイヤで、
努力しないことによって、世界が自分に否定的な現実を見せるのがイヤだから、
競争することに対して否定的になるのとは、
表面的には似たように見えても、心境としては全く別物ですね。

言葉狩りにも、似たような構造があるようですね。
否定的な現実がある限り、否定的な意味を持つ言葉もなくなりません。
良いか悪いかは、相対的なものなので、
全て物が何の違いもなくなり、同じものにならなければ、
つまり、世界が無にならなければ、
相対的な違いが生み出す意味と言葉もなくなりません。

ネガティブな言葉によって、不快になりたくなければ、
不快な言葉をなくそうという、原理的に無理な努力より、
自分が相対的に良くなる努力のほうが、より建設的ですね。

2016/05/16(月) |URL|Korva [edit]

Re: タイトルなし

Korvaさん コメントありがとうございます^^)
> パウロには、自らの罪滅ぼしとして、そうしなければ、
自らが救われないと言う衝動もあったのかなとは思いますが、
やりきった末に、たどり着いた境地と言うものがあると感じます。

 そうですね。クリスチャンは原罪を教えられ、絶えず神から見られているという意識を教えられ、それを信仰がある人ほど強く感じています。そして神の愛も教えられますが、神の裁きも教えられますから、信仰のゆえに、良心のゆえに、怖ろしさのゆえに自分の罪については非常に敏感になります。
 
 隣人愛や利他的な愛を第一にしたいという動機も、究極的には自分が救われたい、神からのご褒美をいただきたいという気持ちと決して無関係ではありません。見えない神からの見えない祝福があると信じているので、清さ・正しさを追い求める信仰の走路を走れるのであり、もしまったく神からのご褒美がないなら、「宣教は空しく、信仰も空しく、いまなお罪のうちにあり、私たちはすべての人の中で最も惨めな者になる」とパウロ自身も言っています。(コリント第一15:13-19)

 今の世の中は、というより、大昔から競争社会なので、勝った者は充実感や満足感を感じるでしょうし、それは特に悪いわけではないでしょうが、しかし他の人に優ったからといって、それが何なんだろうと結果として空しさを感じる人もいるでしょう。
 そんな相対的な幸福感より、自分は自分ではないか、なんで他人と比べて、競走して生きなければならないのか、自分は自分の好きなように生きたらいいのだ、と思う人もいるでしょう。
 そういうことも、結局は長年の人生で地道に、あるいは懸命に必死の努力してきたからこそ認識できるのであり、そして認識できたということは、自分の生き方には意味があった、益があった、いい人生を送れたということになると思います。
 ですから、何でもいいですから、一所懸命に、また一生懸命に生きるということが、真の意味での絶対的な満足感につながるように思いますね。

 言葉狩りについては、言葉が悪いのではなく、それにまつわる意識なり、イメージが悪い場合もあります。女中という言葉だって、本来は宮中貴族に仕える女性への敬語でした。君という言葉も本来は主君、君主の意でした。時代が変わるにつれ意味が変わるのはある意味、当然のことです。
 ただ、社会の中にいる弱者を気遣って差別をやめろと主張する人たちは、その言ってること自体は間違ってないとしても、義に過ぎるあまりに、度を超してヒステリックになりがちなところがあり、タカ派的な一種の暴力団体と化している場合もあるように感じます。
 話はちょっとずれますが、不公平はよくないから運動会の徒競走はみんな仲良く手をつないで一緒にゴールに入るという話があるようですが、私はちょっと気持ち悪く感じます。そうしたいなら、お受験という言葉に表れる受験競争や上流生活志向、経済至上思考なんてこともやめるべきです。そちらのほうが根本の問題ですから。

 世界は刻々と変化していくものであり、ネガティブ・ポジティブというのは地球が存続する限り、なくならないように思います。そんな中で「自分が相対的に良くなる努力のほうが、より建設的」という考え方は実際的で、効果的で、適切なことだと私も思います。

2016/05/16(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは。

ジョギング!何回かは挑戦したが長続きはしませんでした。
体力維持と思っても、ただ走るだけ、同じ景色を見て汗を流して、おもしろくない!・・長続きしない理由。
人生も同じ、山あり谷ありがあるから走れる!
「障害物走」何処が悪いの?
障害物があるから人生も走れる!
そんな気がして・・・・。

2016/05/16(月) |URL|S-masa [edit]

Re: こんにちは。

S-masaさん コメントありがとうございます^^)
> ジョギング!何回かは挑戦したが長続きはしませんでした。
体力維持と思っても、ただ走るだけ、同じ景色を見て汗を流して、おもしろくない!・・長続きしない理由。


 私はジョギングもランニングもしたことがないですが、散歩ならたまにすることがあります。でも歩くコースが同じだとやはり飽きますね。あんまり散歩が好きじゃないせいもありそうですが。

 でも走るという行為は、ある段階にまでくると、ある種の興奮ホルモンが脳内に出てモルヒネと同様の作用をもたらし、かなりの幸福感が味わえるそうです。

 私は高いカメラは持ってないですが、カメラ好きなもので、ニコン、キヤノンなどの高級機の精密なフォーカルプレーン・シャッターの機械音を聞いていると、それだけで快感に感じます。なのでシャッターボタンを押している人は、もっと快感を感じるのではないですか。

 ですので、ランナーズハイという言葉がありますが、フォトグラファーハイというような精神高揚状態はないですかね。S-masaさんなら、ファインダーを見ているときに仕上がりが予想できて、シャッターを切った瞬間に、そんな気分になるように思うのですが。

2016/05/16(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
は、あれこれ耐えて、いかにも苦しそうですけど、

>雨にも負け
>風にも負け
も、こちらはこちらで苦しいですよね。
すぐさま負ける。過程なし。

2016/05/18(水) |URL|プラトニックまいまい [edit]

Re: タイトルなし

プラトニックまいまいさん コメントありがとうございます^^)
> 雨ニモマケズ
風ニモマケズ
は、あれこれ耐えて、いかにも苦しそうですけど、
>雨にも負け
>風にも負け
も、こちらはこちらで苦しいですよね。
すぐさま負ける。過程なし。


 あら~、いい視点だ。言われてみれば確かにそうですね。ただ、負ケズのほうが人間として優位性があり、人生の結果も良さそうですが。
 しかし両者、くるしい・くるしい、合わせて十八るしい
なんてことを言うより、素早く本論に戻りますが、
「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」は、正しくは「雨荷モマケズ 風荷モマケズ」であって、雨風の日も配達料金はまけない、どころか本当は割り増し料金をいただきたいんだよ、という宅配便業界の人の本音だそうですよ。(笑)
 仕事場が穏やかそうな環境でよかったですね♪

2016/05/18(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

『雨ニモ負ケル』の「走る」の語彙の多さ、言葉遊びの軽快さ。しかもオチまでついているとはw
お見事ですっ♪

「~~です」は「~~でげす」の略だから下品、やめろと言われていた時代がありましたw
「アラブ」は元々は蔑称だったのを時間を掛け、アラブ人自身が一般化したのだとか、聞いた覚えがあります。
人の場合、「障害」は「障碍」と書くのがノーマライゼーションの理念に近付くことだと思います。
「害」は「人を傷つける」という意味。
「碍」なら「さまたげる」という意味。
人を傷つけることを、体や精神の機能が標準かどうかで、規定は出来ないでしょう。
「害」の意味や意義を守るためにもさっさと「碍」に書き替えてほしいと私は思うのです。
しかし、バーソさんの逆転の解釈も面白いです♪

私は…まったく走ってないなあw
内分泌学的には、ランナーはβエンドルフィン中毒だとか。
脳内麻薬で意識変容…私ならウイスキーと音楽で充分ですな~♪
走るより散歩が好きですw

2016/05/18(水) |URL|小奈鳩ユウ [edit]

Re: タイトルなし

小奈鳩ユウさん コメントありがとうございます^^)
 お、ほんとですか。言葉の名人から言葉遊びだと褒められると大いにうれしいですね。

 「でげす」は落語では遊び人の若旦那が使うので、通人が使うちょっとくずした粋な言葉かと思っていました。調べたら「である」の意の丁寧語とありましたが、最初は丁寧語が経年変化で下賤化していく一つの例なんでしょうかね。

 アラブの語源は初耳でしたが、ヘブルについては少し知っています。この語は「通る、渡る」のアーヴァルに由来し、ユフラテ川の向こうから連れてこられたアブラハムに当てはまります(ヨシュ24:3)。
 ヘブルはエベル(創世10:21)に由来するという説があり、民数24:24の「エベル」は70人訳では「ヘブライ人」と訳出され、「川向こう(ユフラテ川の西)」という意味があるようです。
 後の時代になると、川といえばヨルダンに変わります。ヨルダンを渡って約束の地に入ることを必死に夢見ていたヘブル人のことが思い起こされます。と、ここでジョーダンを言いたくなりましたが、やめときます。(笑)

 障害の件はまったくそう思います。「埼」の字は埼玉県にしか使わないそうです(ただし犬吠埼、御前埼など海図の岬に使うとか)。であれば「障がい」と書くのではなく、「障碍」の字は当用漢字に残してほしいものです。「ら致」「あっ旋」「う回」「ねつ造」も気持ち悪いですね。「容疑」を「疑い」と言われるのも気になります。

 ウイスキーと音楽ですか。開高健にウイスキーが似合うのと同様に、小奈鳩さんにもウイスキーが似合います。ボトルはダルマですか。

2016/05/18(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おはようございます。

<そう云ふものに
わたしはなりたいはずがない>
大受け、バカ受けです。
笑ってしまったー!

<飲食店では自分の食べた分を勘定に入れず>
このフレーズは、何度も精査されたことでしょう 笑

わたしは、きょうも西に東に、南に北に
自転車こぎつつ
お給料いただくために走ってきまーーす。

2016/05/20(金) |URL|森須もりん [edit]

Re: おはようございます。

森須もりんさん ありがとうございます^^)
 おお、大受けですか。おありがとうございます。あははは。
 自分の食べた勘定に入れずは、どうしてもあの方を思い出しますよね。
 金銭にまつわる正常な感情が欠けているのでしょうか。石原元知事は、みじめだね、離婚を何度もしてカネがないんだ、と言ってましたが、みじめだと言われるのもみじめですね。この形容詞は、金があっても言われるのですね~。

 で、いつも自転車をこぎつつ、東西奔走。いつも元気に雨にも負けず風にも負けず走っていすね。いい走りで健康と美貌を保ってくださいよ~(^^♪

2016/05/20(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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