「バーソは自由に」

 考え方はいろいろあるから面白い。

 老衰したら、人は不用になり、不要になるか。 

労働は、必要悪だとか、神からの罰だと言う人がいる。
理由のひとつに、自分の仕事が楽しくないせいがあるだろうか。

イエスは「働き人がその食物を得るのは当然です」と言った。
働くことは食べることと密接に結びついている。

「働こうとしない者、食うべからず」とは新約聖書の教えだ。
「働かざる者、食うべからず」とは営利組織のスローガンかもしれない。
では、
「歳とって食うだけの者、食うべからず」とは、誰の思想だろうか?

VF246jpg.jpg
(アメリカの女性雑誌『Vanity Fair』の表紙)

人は必ず老衰する。高齢者に社会はどう対処してきたか。昔の人々の習俗の話です。

                  

k32an.gif

え~、お年寄りと掛けまして佃煮と解く。
その心は、やたら数が多い、と言いそうな噺家は今年八十七歳。まだ現役のようですよ・・・

「ちわ~、ご隠居。相変わらず、ひねもす のたりのたりと安楽に暮らしてますね」
 「なんだ。のたりのたりとは? 安楽どころか、すずめの涙で暮らしてるようなものだ」

「あら~、平成の水飢饉だ。ちょいと六甲のおいしい水、買ってきましょうか」
 「そうじゃない。わずかな年金で細々と暮らしているという意味だ」

「だからお茶菓子が出てこねえんだ。でもまあ、女の涙で暮らしてるより、マシですかね」
 「なんだ。女とカネにはこれっぽっちも縁がないお前から言われたくないな」

「ねえねえ、ご隠居。江戸時代は年金がない。じゃ、お年寄りはどうしてたんですかね」
 「おや、今日は馬鹿にいいことを聞くじゃないか。
 では、武家の話をいたすぞ。昔は、男子十五歳で元服だ。長男は二十歳ぐらいで
 家督を継ぐ。次男三男は養子に出す。四十まで仕事をしたら、家督を長男に譲り、
 隠居する。もし男子がいないときは養子を迎えて隠居したのだよ」

「あ~、そうなんですか、二十歳から四十まで、たった二十年働けばいいんですか。
隠居とは気楽な稼業ときたもんだ、ですねえ」
 「うむ、当時はな、お給金は個人に対してはなく、家に対して与えられた。
 何百石とか、何人扶持とかだな。無難に勤めていれば、給金はずっと変わらない。
 だったら、さっさと家督を息子に譲って、悠々自適で余生を生きたほうがいい」

「な~るほど。湯ぅじっと入って寄席に行ったほうがいい」
 「そうじゃあない。悠々自適に余生を意義深~く楽しんだのだな。
 町人でも商売で金儲けした者は、息子に店を継がして、早く隠居したな。
 だから江戸時代は、趣味や仕事で名を成した侍や町人が大勢いるぞ」

関連記事:ついでにこちらも後で目を通せば、お後がよろしいようで。
江戸の男は隠居してからの人生を愉しんだ』2015,8,15
205oe.jpg

「ふ~ん。だけど、金がないヤツはどうしたんです? ひねもす のたりのたりですか」
 「馬鹿。お前のは、ひねくれ申すだ。じつは、聞くも涙、語るも涙の話があってな。
 外国では、飯を食うだけで働けない年寄りについて、四つの習俗があったようだな」

「しゅうぞく、って何です?」
 「習俗とは、習慣と風俗。ある時代や社会で、ならわしになっていることだ」

VF19jpg.jpg

明治から大正期の日本の法学者で、民法典の起草に参画したことで有名。
穂積陳重(のぶしげ)博士の『隠居論』(大正4年有斐閣書房)

1.『食老俗』=年寄りは殺して食った。

元々の理由は飢餓だっただろうが、後になり、もっともらしい理由付けがされた。
智恵や勇気は心臓や胆臓にあると考えられ、衰弱老人の屍(かばね)を食うのは、
老人の智恵や勇気を受け継ぐことであり、親愛の情の表れでもあると言われた。

2.『殺老俗』=ゴクツブシは死んでもらった。
あの世に行くのも老衰したら難しいだろうから、元気があるうちに殺すのが親孝行
とされた。また、殺される前に自殺するのが名誉だとする習慣も出てきた。
南ロシアにいた、ヨーロッパ人の祖先のアーリヤン民族がこの習俗を持っていた。

3.『棄老俗』=野山に棄てた。
野山で死ぬので殺老と変わらないが、直接殺さないでいいので気持ちが楽なやり方。
ただし生かしておけば役に立つ場合もある、という考えも出てきた。
枕草子の蟻通の明神には、年寄りが難問を見事に解いて日本を救った話がある。
※穂積博士は、日本の「姥捨て山伝説」は伝説であって事実ではないとしている。

4.『退老俗』=家長権を剥奪して飯だけ食わせた。

この習俗の盛んなのがインドと特にドイツの農民。日本でも武家時代に盛んだった。
※明治以降、下記の弊害論が出たが、慣習が重んじられ、民法に規定された。
 1) 遊惰の風潮の蔓延。家長の責務を放棄して、遊んで暮らす人間が増える。
 2) 借金逃れ。金を借りておいて、隠居したので金がないと言う人間が増える。

VF167jpg.jpg

「う~ん、ご隠居。ゴクツブシなんて言われちゃあ、死にたくなりますね。
でも、私、殺されても体は生きてるってぐらい、丈夫が取り柄。歳、取りません」
 「歳月ひとを待たず。お前だって、すぐ年寄りに成り、屍(かばね)に成るのだよ」

「いや、屍にだけは成りません。成らないってえ自信があります」
 「お前さんは、ほんと、馬鹿だねえ。屍に成らないとは、どういうことだ?」

「はい、私、かばね、じゃあなく、ばかね、と言われるのが習俗になってますから」


kab2n.jpg

人生、男八十年、女八十六年。いや、そう思う必要は無し。

夏目漱石は明治39年の『坊ちゃん』で、「五十ぐらいな年寄が・・・出て来た。・・・
年寄を見ると何だかなつかしい」と書き、五十歳を懐かしい老人とみなしている。

昭和16作年で、戦後に改作された童謡『船頭さん』は、「村の渡しの船頭さんは
今年六十のお爺さん~♪」と歌い、六十歳を老人扱いしている。

このたび『笑点』大喜利の司会を降りることになった桂 歌丸さんは、御歳79歳。
でも落語のほうはまだまだ続けていくと語っていて、本業のほうは現役だ。
日本人の平均寿命は84歳(男女)で世界一。命は大事に使えば死ぬまで持つ。

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じつは人間の寿命は、人が生まれる前にそれぞれ自分で決めている、という話がある。
そうであっても、それがいつかは自分では分からない。
そうでなくても、自分で自由に決めることは難しい。

ならば生きている限り、人間としての尊厳を保ち、『愉老俗』でいきたいものです。
ちなみに、この生き方を「悠々素敵」と申しますよ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
参考:高島俊男『お言葉ですが』別巻②ヨーロッパ最新の『隠居論』14-19頁
画像:「Vanity Fair」:米国コンデナスト社が発刊する女性雑誌。大衆文化、ファッション、
時事問題を扱う。1913年から1936年までは「Dress」という誌名で発行されていたが、
1983年に現在の誌名に変更して復活させた。またウィリアム・メイクピース・サッカレー
の長編小説の書名でもある。邦訳名は『虚栄の市』で、上流階級を痛烈に批判している。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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こんばんは。

定期巡回・徘徊でお伺いしました。
コメント、ホントにお久しぶりです。

平均寿命80歳代の60歳は、寿命60歳の頃の48歳ではなかろうか。寿命60歳の時代に書かれた「48歳の抵抗」という小説がありました。初老、老年への入り口ですね。
そういう話をどこかで読んだ気がしていましたが、実は私が60歳のころにブログに書いたことでした(笑)。

今の60歳は還暦でもありますが隠居ですね。
え、私は難しいことは分かりませんが、ひとつ体験したことがあります。知人から、佃煮にすれば美味しいよと言って海藻を戴いたのです。それで我が家では佃煮を作ろうとしたのですが、火に懸けた鍋のことをすっかり忘れていました。気が付いたときには鍋の中は黒くなっていました。大失敗でした。ところがこれは桃屋の「ごはんですよ」になっていたのです。すごく美味しい。
結果的には佃煮よりもよかったです。何を意図しようが、何をうっかりミスしようが、偶然だろうが必然だろうが、最終的においしく喰えればいいと思います。
煮ても焼いても食えない、箸にも棒にもかからない、そんな人間にだけはなりたくない。あんな(桃屋・ごはんですよ)人間として死にたい(笑)。

駄文、失礼いたしました。

2016/05/07(土) |URL|花渡川 淳 [edit]

(y^ω^)yごくつぶし

(y^ω^)yごくつぶし、にならぬよう、最近は少し健康に興味持ち始めました。

若い頃より、能力的に上回る部分もあり、やはり衰えを感じる部分もあります。自分で人体実験をしてるのですが、白砂糖を一切経ってみると、寝落ちがなくなりました。

(y^ω^)yもう少しがんばるぞ!!邪魔になることより、邪魔だと思われていると思うことのほうが辛いタイプなので(笑)

2016/05/07(土) |URL| 匠石 戒丘 [edit]

老人

バーソ様
おはよう御座います。

「命は大事に使えば死ぬまで持つ。」一見当たり前ですがいい言葉ですね。
大事に使わない人が多いですから。

若い頃には老人は邪魔者だと思っていました。
働きもしないくせに若い者の意見をつぶす。
やたらと行儀作法にうるさい。
昔姥捨て山があったというのも無理はないと思っていました。

しかし自分がその歳になってみてどうなのでしょう。
うるさいことも言っているのかも知れません。それを老婆心といいますよね。
意見をつぶすこともあるかもしれません。リスクが強すぎると思ったときは。

自分が納めてきた年金額は計算していませんがその額に達するまでは堂々と生きていたいと思っております。
その後はどうにでもなれですね。

愛新覚羅

2016/05/07(土) |URL|aishinkakura [edit]

Re: こんばんは。

花渡川 淳さん コメントありがとうございます^^)
 日本人はご飯だというお説には、私も心情的に大いに賛同する者であります。
 我が家はいつも朝は簡単にパンですが、昼はパンや麺類でも許せるとしても、夜はご飯じゃなくては駄目ですね。パンや麺類パスタなどはご免こうむります。一日一度は絶対ご飯。ご飯がない国にはカネをもらっても住みたくありません。

 桃屋の「ごはんですよ」はネーミングがいいですね。日本人の心情をぴたりと捉えています。ただし我が家で買うのは大抵、無名の同類商品。味の違いはあまりよく分かりません。ご飯がおいしければ別に江戸むらさきでなくても構いません。
 調べたら桃屋のは鰹とホタテの旨味が入ってるそうで、今度は、のり平のを買ってみたいと思います。と書いて、いま気がつきましたが、のり平という名前だったのでCMに起用されたのですかね。私は、のり平の顔の記憶がオロナミンの大村昆とちょっとごっちゃになっています。

 箸にも棒にもかからない。はい、そうですね。私は可能ならば八十八歳の抵抗をして、端にいてもいいが、ぼうーっとしてる人間にはなりたくないものだ、と思っています。その頃は肉体は劣化して煮ても焼いてもうまくないでしょうが、私は大学病院に献体して少しは世の中のお役に立つ予定でいます。

2016/05/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: (y^ω^)yごくつぶし

匠石 戒丘さん コメントありがとうございます^^)
> 若い頃より、能力的に上回る部分もあり、やはり衰えを感じる部分もあります。
 そうですか。体力や記憶力は下降しても、感覚や洞察力は上昇したのではないですか。画家や音楽家は高齢になって技術は衰えても、感覚や意欲は衰えないという人が多いようですから。

 「寝落ち」とは初耳ですが、何かをしてる途中で寝ることですか。私は大体が寝つきがかなり悪いほうなので、日中そういうことは経験したことがないですが、最近は長距離のドライブ中にまぶたが落ちそうになることが時々あります。
 甘いものに目がないほうなので、糖分には気をつけるようにしてはいるのですが、これからはもっと気をつけるようにしたいと思いました。紅茶に砂糖はやめます。

> 邪魔になることより、邪魔だと思われていると思うことのほうが辛いタイプなので(笑)
 私もそうです。そう思われていると思ったら、爺捨て山に行きたくなります。養老院。いまは老人ホームというのですか。それこそ佃煮状態の集団施設じゃなく、ひっそり個人用のがあればいいですが、費用がかなり高そうです。
 私は不必要な延命はしないことにしているので、朝になったら大往生していたというのを望みますね。まあ、それまでは、ひまつぶしはしても、ごくつぶしにはなりたくないものです。

2016/05/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 老人

aishinkakuraさま コメントありがとうございます^^)
> 「命は大事に使えば死ぬまで持つ。」一見当たり前ですがいい言葉ですね。
大事に使わない人が多いですから。

 そう言われると恐縮してしまいます。私も長年、体を大事にしないで生きてきて、大病も中病、小病もいろいろ経験してきましたから。
 この言葉は確か落語で聞いたような気がします。林屋三平でしたかね。あの人はいつも、体だけは大事にしてくださいよと言ってました。その頃は、その言葉は気にも留めませんでしたが、でも確かに体は基本ですね。

> 若い頃には老人は邪魔者だと思っていました。
 職場では部長とか取締役とかの上位にいるのは大抵、年取った頭の固い人間ですからね。おおむね保守思考なので、新しさや発展性はないのですが、特にそういう人が営業畑で実績があるような場合は、誰も逆らえません。伸びない会社はトップの頭が固いせいも多分にあると思いますね。本田宗一郎社長のようなタイプは非常に珍しいと思います。

 その点、江戸時代の隠居制度は、四十すぎたら隠居して仕事をしない。息子が家の世話をして、つまりバリバリの現役の若い世代が社会に担い手になるので、世の中は若い者が引っぱっるという良い点もあるのだそうです。もっとも、あの封建制度の中では、その機能もうまく働いてはいなかったと思われますが。

 自分が納めた年金額を超えても、超えない人もいますから心配は要りません。きちんと税金も納めてきたでしょうから、どうぞ息をしなくなるまで受け取って、元気に余生をエンジョイしてくださいな。
 

2016/05/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

老衰し不要になった人を山に捨てる姥捨て伝説は、現代でも
老人ホームとか介護施設に生きています。
ただ介護する家族も疲弊し、残りの家族を守るためにやむなく
老人たちを切り捨てるケースもあるのでしょう。
認知症がなく体が丈夫で金があれば80歳、90歳でも一人で
生きていけます。
オランダでは認知症も安楽死の対象になっていて、望めば
安楽死チームが車でやってくる宅配サービスがあるそうですよ。
バーソさんの落語、いつも楽しませてもらっています。
落語家はどなたがお好きですか?

2016/05/07(土) |URL|エリアンダー [edit]

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2016/05/07(土) || [edit]

Re: こんばんは

エリアンダーさん コメントありがとうございます^^)
> 老衰し不要になった人を山に捨てる姥捨て伝説は、現代でも
老人ホームとか介護施設に生きています。

 「老衰し」はしょうがないですが、「不要になった」というのが情けないですね。でも役に立たなくなれば、まわりに世話を掛けるだけ、迷惑になるだけになってしまいます。
 会社でお前はクビだと言われて窓際に行かされたら辞めてしまえばいいのですが、自分の人生はそうは行かず、哀しい話です。

 高級老人ホームで検索したら、19平方メートルの個室で、入居時に500万、月額30万。住所は埼玉の久喜市の施設が最初に見つかりました。入居時に1億2千万で毎月23万の三鷹市というのもありました。都心の超高層マンションを買い取るのじゃないのですから、これ、ぼったくりじゃないですか。驚きました。こんなに高いのですね。月額も高いですが、入居時が高過ぎ。これで儲けているのでしょうか。

 オランダの安楽死の動画は見たことがあります。エリアンダーさんのところででしたかね。女性がにこやかに笑って注射を打ってもらっていました。私は、ちょっと勇気がないですね。よほど苦しい病気や完全寝たきりになれば、そう思えるかもしれませんが。
 
 落語は江戸っ子弁が好きなので、本当に長屋に住んでいるような古今亭志ん生や、小さん、志ん朝、金馬が好きでした。また、毛色はだいぶ違いますが、桂枝雀、春風亭柳昇が好きでした。生きている人なら、小朝がうまいと思います。エリアンダーさんは志ん生のファンでしたかね。
 私はだいぶ昔ですが、ビクターの音楽番組で、鈴々舎馬風のディスクジョッキーの台本をアルバイトで書いていたことがありますよ。駄洒落をやたら詰め込んで。
 『笑点』の司会者、誰になるのか、楽しみです。

2016/05/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

mさん コメントありがとうございます^^)
> 人間の寿命は、それぞれ自分で決めているという話、
とても新鮮でした!

 そうですか。私もこの話を知った時は驚きましたね。それを知ったのはニール・ドナルド・ウォルシュ著の『神との対話』で、その中では、人間の死ぬ時期は自分で決めているのだよ、いったい誰が決めていると思うのかね?と書いてありました。

 普通だとかなりマユツバもののトンデモ話に聞こえると思いますが、その著者の他の話が素晴らしくて、目からウロコがボロボローッと剝がれ落ちるような話ばかりでしたから、この寿命の話も信じられるように思いました。
 でも確かに自分の死ぬときは知らないのがいいのでしょう。知っていたら怖くて怖くて刹那的になるかもしれないですから。

 激しいスポーツ系のプロ選手の人は意外に長生きしないようですが、絵画や写真、文学などのアート系の人はかなり長生きするのじゃないですか。感性も豊かになり、感覚もますます研ぎ澄まされていくような気がします。
 私はアート派でも何でもないですが、若い頃より感動することがかなり多くなり、やたら涙がすぐ出るようになりました。ただ年を取っただけかもしれませんが。

2016/05/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

トコロテン式社会であったの事よ

 え゛ー、江戸時代の噺と言えば、暇を持て余したご隠居さんがつきものでございまして、呼ばれもせずに出てきては余計な事件とも言えぬ事件に首を突っ込んで却ってごちゃぶらせるのが相場でございます。では、何でそんなに暇なご隠居が多いのかと申しますと、日本の封建社会の特殊事情が有ったのでございます。これが欧羅巴でもあれば隣の国との戦争で忙しく、人手は幾ら有っても足らないのでしょうが、島国鎖国の日本では戦争のセの字も無く天下は泰平、実に暇。しかも封建社会の俸禄は個人ではなく家に支払われていると言うのはバーソ守様のおっしゃる通り。無論、役も多少の異動はあれどほぼ家に固定されていたのは言うまでも無し。よほどの事が無い限り、一つの家から複数の宮仕えが出る筈も無く、つまり父親が現役のうちは如何に優秀であろうが息子の出番はまず無いのでありますな。勿論、役も無ければ稼ぎも無し。親の脛をかじるニートでは先が案じられますからには、父親は早めの決断が求められるのであります。さっさと身を引いて息子に家督を渡して一人前にしてやる。これですよ、これ。親心ですなぁ。それが今時のスポーツ選手よろしく何時まで現役に拘ったりしたなら、息子は遊び呆けて駄目になる。人生転落は坂道をジェットエンジン背負ってダッシュするより速い。そうなれば御家の存続も危うい訳であります。しかも、歳をとってから初めての宮仕えでは上司が自分より若造ともなりかねません。若いうちなら順応も早いでしょうが、禄が高いと言うだけで上司面されるのでは無駄に歳を重ねた身には辛すぎますわな。ま、分別が有るならさっさと後進に道を明け渡すのが吉。そこは実力でなんてぇのは野暮ってもんですよ。

2016/05/07(土) |URL|miss.key [edit]

Re: トコロテン式社会であったの事よ

miss.keyさん コメントありがとうございます^^)
> トコロテン式社会であったの事よ 
 そうですか。こういう話は詳しいですね。こういう話以外も詳しいようですが、小説を書く際の予備知識、ベーシック情報のようなものですかね。
 落語にも暇を持て余した隠居がよく出てきて、趣味を自慢したりします。下手な義太夫を聞かせたい『寝床』。百人一首の解説をする『千早振る』。矢が当たってカーンの『薬缶 』。ええと、あとは思い出せません。
 
> これが欧羅巴でもあれば隣の国との戦争で忙しく、人手は幾ら有っても足らないのでしょうが、島国鎖国の日本では戦争のセの字も無く天下は泰平、実に暇。
 なるほど。日本ならではの島国鎖国という特殊事情がありましたか。家康ってえ人は、うまく日本の立地条件を活かしたというわけですね。その天下泰平の夢を破ったのが、たった四杯の上喜撰、いえ、蒸気船。そして明治以降、西欧に対する遅れを一気に取り返したのですから、幕末から明治の日本人はたいしたものです。その知的な勢いがこの平成時代にはなさそうですが、世の中には時代時代のニーズとシーズがあるのでしょうか。

 武士の社会で面白いと思うのは、まだ少年だろうと思える人が殿様になったり、結婚したりで、昔の若者は人間がしっかりしていたのでしょうかね。われわれから見ると、平成の子供のほうが昭和の子供よりだいぶしっかりしてるように見えるのですが。

 トコロテン式社会。押し出し式ですか。江戸時代の暮らしは波が無くてあまり面白くなさそうですが、苦労もなさそうで、だから心は安泰して、心太くなるのでしょう。トコロテンは心太と書くワケがわかりましたよ。
 江戸時代には寛永通宝一枚だったそうで、かなり安かったのでしょう。私は甘党ですが、掛けるのは糖蜜より酢醤油がいいですね。
 では一句。 
   心太 突けば出てくる 跡継ぎよ(お粗末) 芭ー粗

2016/05/07(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは。

高齢者になって行くこと。
人間が平等に迎えることですね。

人生が50年だったら、最後まで看取り、親孝行できたのでしょうね。
今の様に終わりのない介護負担のため、事件が起きることは少なかったのでしょうね。
先がみえる病気のほうが、一生懸命看られたに・・・と言う方もあります。

健康寿命が長ければ良いのでしょうが、明日はわかりませんね。
悪性新生物は、2人に1人。
認知症は、4人に1人。
少子化により、1人で1人の高齢者を支える時代に突入しますね。2025年問題とか、言われています。

医学の進歩と共に延命的治療もあるのでしょう。
自身の死に様を決めておく必要がありますね。
家族は、薄情な決断がし辛いので、自身がエンディングノートでも作成しておくと良いかも知れませんね。

医学的な死も感情が入る場合、それぞれ異なるでしょうし。(例えば、脳死であっても、温かい体を感じていたいなど)

また、
すてたり、あやめたり出来たならいいのでしょうが、
そうは行きませんよね。

実際、高齢期の自死は、どの年代より多く、独居より同居の方が多いのです。寂しいことですね。

孤独なのでしょうか。
役割がないのでしょうか。
目的のない毎日でしょうか。
個人の責任でしょうか。


でも、この先を案ずるより、体を動かし、働き、楽しみ、今が一番幸せと思える人生を送りたいですね。

そして、謙虚に世話になることを受け入れることでしょうか(●^o^●)
記事と外れています?
ごめんちゃいです。



2016/05/08(日) |URL|Miyu [edit]

Re: こんにちは。

Miyuさん コメントありがとうございます^^)
 あ~、さすがに専門ですね。なるほど、なるほど、です。厳しい現実があるようですね。
 ひとごとのように考えていると、時間の経つのは早い。あっという間にその日が来そうです。
 老人ホームは年寄りばかりの共同生活。ひとと一緒の共同生活なんてのが苦手なので、かなり気が進みません。といって個室は、思っていたよりだいぶ高そうです。
 私は死後のことはもう書いてありますが、それまでのことは書いてないので、書いておいたほうがいいかなあ。ひとに迷惑を掛けるのはイヤだし、ひとから迷惑そうな顔をされるのもイヤなので、とにかく延命はしないでいいとは言ってあるのですが。

> でも、この先を案ずるより、体を動かし、働き、楽しみ、今が一番幸せと思える人生を送りたいですね。
 そうなんでしょう。確かに、今を大事にしていかないといけないと思います。いつもそう思っていはいるのですが、それほど今の時を大事にしてないで、昔からずうーっと同じようなテンポで生きてきています。気持ちだけは若いせいかもしれませんが。
 私は、なにか特に趣味があるわけではないし、特に才能があるわけでもなく、遊びが好きなわけでもなく、人付き合いも下手なほうなので、暇な時間の有効な用い方はうまく出来ないタイプですね。と自分で決め付けてはいけませんが。

> 謙虚に世話になることを受け入れることでしょうか
 そうですね。だれかに世話になるのも、こちらで費用を払ってしてもらっているのであれば、そう申し訳ないとは思いませんが、親切や同情心や特に義務感でされると、つらいものがありますね。なるべく体が健康であることを願います。Miyuさんもかなりハードな生活パターンのようなので、お肌の健康とおなかの調子に気をつけてくださいよ。

2016/05/08(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

先のことは、
なるようになるしかないけれど。
ただのじじいになるよりは、
少年や、若者や、おっさんの要素を持ち合わせたような、
じじいになりたいと思っています。
そのためには、今、
ただのおっさんになるのではなく、
少年や、若者も忘れていないおっさんにならなければ、
ってことですけど。
がんばろっw。

2016/05/08(日) |URL|青梗菜 [edit]

Re: タイトルなし

青梗菜 さん コメントありがとうございます^^)
> 先のことは、
なるようになるしかないけれど。

  Que sera, sera
  Whatever will be, will be
  The future's not ours to see
    ケ・セラ・セラ
    何事もなるようになる
    未来のことなんか予測できない

という歌がありますが、しかし大体の進路は自分で決められることになっています。
 不確定要素が多い人生の道の中で、人は相対的に最善と思える道を探る人が多いですが、しかし損得勘定などしないで、絶対的に最良、つまり自分のやりたい道を歩もうとする人もいます。そんな自由選択の機会があれこれあるので人生は面白いのでしょう。

> そのためには、今、
ただのおっさんになるのではなく、
少年や、若者も忘れていないおっさんにならなければ、

 青梗菜さんは、今すでに少年や若者の精神を忘れてないおっさんに成っていて、その状態をこのままキープしていくことになっているのじゃないですか。成るなと言われても、自分の意思で、そう成ろうと定め、そう成っていることをほぼ絶対に変えないのじゃないですか。

大体、おっさんという言葉は青梗菜さんには違和感があります。私だってかなりいい歳ですが、おっさんなんて言葉、自分に対して使ったことなんか一度もないですよ。

いつも考えている人、いつも感じている人は、体は衰えても、老人なんかではないでしょう。しかも毎日、自転車に2時間も乗る時間を持っているなら、体も衰えないでしょう。
しかし毎日2時間ということは、よほど自転車が好きなのか、あるいは潜在意識の深層に老化への怖れがあるのか、いや、そうではなく、ランナーズハイと呼ばれるような意識の高揚があるのでしょう。エンドルフィンだったか、アドレナリンだったかが増えるのでしたかね。

 私はその精神状態より、アリナミンのほうならかなり経験していますが、あまり効いた経験はないですね。なのにビタミン剤系が好きなのはどうしてでしょうね。
 

2016/05/08(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

管理人のみ閲覧できます

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2016/05/09(月) || [edit]

Re: タイトルなし

mさん コメントありがとうございます^^)
『楢山節考』。ストーリーは知っています。本は読んでいませんが、映画だかテレビだかを見たような気がします。最後は、脱がされた綿入れを生きている者が着るのですね。
 山に行くのを嫌がらない老人の気持ちは崇高ですが、老いへの怖ろしさ、人生の無慈悲さ、そして死の残忍さというものを感じさせられた記憶があります。

 ただ姥捨ては伝説に過ぎないという説があって、もし老人棄てが本当なら、死にたくない老人が抵抗したはずで、この伝説が風習として実際にあったという記録はないというのです。ですが昔は生きていくのが大変で、日本の寒村のどこかでは実際にあったのかもしれないですね。
 
 寿命。幸せな老い。死に方は生き方―――
 そうですね。自分でもう死にたいと思う気持ちが強いと、体のほうも自分の気持ちに従っていくのでしょうかね。家族には負担を掛けずに、きれいな死に方ができるといいですね。西行の歌のようになればいいといつも思います。

   願わくば 花の下にて 春死なん その望月の如月の頃
 死にたい日と言った二月十五日の満月の日の翌日に亡くなったそうで、煌々と照る明るい月の夜、気品ある梅の香りが静かに漂っていたのでしょうか。
 

   浜までは 海女も蓑着る 時雨かな
 人間、どうせは死ぬ定めにはなってはいますが、でも歳を取ったからといって、だらしなくならなることなく、我が身を正し、きちんとした身だしなみをして生きていけたらいいのですが。
 深沢七郎は本を書く前は日劇ミュージックホールにギター演奏で出演していて、ジミ・ヘンドリックスやプレスリーが好きだったようですね。

2016/05/09(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

会社に無理難題を言われ続けていると、ホント、悠々自適の生活に憧れますよね。
つらいと思えば、もっとつらくなるので、今はごまかしごまかしいくしかありません。

2016/05/09(月) |URL|マウントエレファント [edit]

Re: タイトルなし

マウントエレファントさん コメントありがとうございます^^)
> 会社に無理難題を言われ続けていると、ホント、悠々自適の生活に憧れますよね。
 自分のやりたい仕事をしている人、しようとしている人は、幸せです。好きな仕事なら、つらくても我慢できたり、そのつらさが意欲の基になったりするでしょうから。
 ですが、仕事すべてが楽しいわけではないでしょうし、特に毎日顔を合わせる上司がわからんちんだと困りますね。

 仕事というのは、働けど働けど暮らしが楽にならないので、じっと手を見たり、また、手を見れば指の間より砂がさらさら流れていって、過ぎ行く人生の時間の無情を感じた人もいたようです。

 しかし現代人は忙しすぎて忙しすぎて、時間の流れをじっと静かに感じる余裕もない人が多いように思えます。
 その点、マウントエレファントさんは、よく時間を作り出して、絵や小説など、いろいろ新しいものを考え出しています。たいしたものですね。どうやって時間を作り出しているのでしょうかね。じっと手を見ると絵の具がいっぱい付いて・・・なくて、パソコンで描いているのでしたね。ではペンだこができていますね。(笑)

2016/05/09(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

面白~い!

初コメントです。
私のページにも立ち寄って頂き、ありがとうございます!

パ-ソさんの記事、面白~い、です。
着眼点がいい。
掘り下げが深い。
さまざまなテーマに寛大で、
観察眼の豊かさ、分析力ともに素晴らしいで~す!

『自由人のカルマヨガノート』
休止で寂しいですね。

2016/05/10(火) |URL|風子 [edit]

Re: 面白~い!

風子さん コメントありがとうございます^^)
 はじめまして。うれしいです。
 久々に面白い精神世界のブログに出会ったなあと思い、数日前から過去記事を読ませていただいておりました。
 じつは今日、コメントを入れようかなと思い、途中まで文字を打ち込んだのですが、風子さんのようなオーソリティに畏れ多いなあと感じ、躊躇してしまいました。

 記事は内容がじつに興味深く、それをテンポよく文章に表現するのもお上手で、さすがに全国1位を取っただけの才能ある方だけあるなと感じていました。そのような方に、お褒めいただき、なんと言っていいか、今夜はなかなか眠れそうもありません。といっても大体いつも寝つきが悪いほうなのですが。(笑)
 
 精神世界が大好きですが、ネットには少々怪しげなのや、たいして意味のないメッセージのように感じるのが案外多くて、このところずーっとスピリチュアル徘徊はほとんどサボッっていました。
 精神世界で定期的に巡回していたブログはあまりなかったのですが、でも「エンドレスな悟りビジネス」の記事を読んで、一つ、さとうさんのほうもこれから見ることにしました。
 私は『神との対話』を読んで目からウロコがバリバリッと大音響を立てて剥がれ落ちた者です。神のイメージがすっかり変わり、人生観が一変し、生き方もまったく変わりました。いろいろ教わりたいと思います。これからもどうぞよろしくお願いしますね。

2016/05/10(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

なにをおっしゃるんですかぁ

『風子さんのようなオーソリティに畏れ多いなあと感じ……』
これ、メッチャ、くすぐったいで~す。
どこにでもいる『ふつうのオバちゃん』ですよ。

ただ々、正直に、真摯に、情熱的に生きてきた『ふつうのオバちゃん』のブログが、誰かの、何かの役に立ったら、本当に幸せです。

思いは同じです。
パーソさんの記事、読んでいるうちに、
膝突き合わせて話してみたいと、
真剣に思っていましたから‥‥。

『神との対話』はバイブルの一冊で、
今ではボロボロに擦り切れていま~す!
宗教的要素がなくて、知的で、科学的でいいですよねぇ。

また、いろいろ話しましょう!(@^^)/~~~

2016/05/10(火) |URL|風子 [edit]

Re: なにをおっしゃるんですかぁ

風子さん コメントありがとうございます^^)
> どこにでもいる『ふつうのオバちゃん』ですよ。
 ブッダと自称する者はブッダだと思うな、という趣旨の言葉がニールさんの本にあったのを思い出しました。ならば、ますます本物のオーソリティであると言えそうです。自分は覚者だと偉ぶらないところ、いいですね~。
 
> ただ々、正直に、真摯に、情熱的に生きてきた
 「正直に、真摯に」と生きてきた人は少なくないでしょうが、「情熱的に」生きてきたと言える人はそうはいないでしょう。でも経歴を書いた記事などを読んでいると、確かにそう感じますね。

> 膝突き合わせて話してみたいと、
真剣に思っていましたから‥‥。

 あららー、ほんとですか。冗談半分だとしても、光栄です。
 でもね、悲しいことに精神の質が合いません。波動のレベルが及びません。次元が違います。遠くから風子さんの風をふうーっとほのかに感じるくらいがちょうどいいのだろうなあ、と思っています。

 人はどこから来て、どこに行くのか。我々は何者か。ゴーガンはその答えを知ろうとしてずいぶん悩んだのではないかと思いますが、現代は、いろいろ良い本や良いブログがあり、また覚醒して天からの叡智をシェアする人も多いので、本当に恵まれている時代です。

 精神世界の本はいろいろ読みましたが、やはり私には『神対』が一番合います。でも、擦り切れてはいません。そこも違いますね~。(^_^.)

2016/05/10(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

きゃはは……((´∀`*))ヶラヶラ
かいかぶり過ぎで~す!

精神の質も、波動のレベルも、バーソさんが思っているほどの者ではないです。
人並みの今生的な欲もあるし、泣いたり、怒ったり、
未だに批評判断もしてしまう……ふつうのオバタリアンですよぉ。

異次元体験を数回しても、悟りにはほど遠いオバちゃんですから、あまり大層に観ないで欲しいです。

ただ、感じるんです。
バーソさんの心が、精神世界を愛していると。
ず~と、ず~と、求めてきたと。
だから、友達になりたいと……。

2016/05/10(火) |URL|風子 [edit]

Re: タイトルなし

風子さん コメントありがとうございます^^)
> 人並みの今生的な欲もあるし、泣いたり、怒ったり、
未だに批評判断もしてしまう……

 そうですか。ひと頃、流行った『奇跡のコース』は終始エゴを悪者扱いしていて、それがどうもサタンを悪の根源として悪者扱いしている思考と同じように感じて、どうも馴染まなかったですが、欲が全然ないなんておよそ人間らしくないと感じますね。

 むろん欲深くて、カネカネカネで精神がギラギラしてる人間にはなりたいとはおよそ思いませんが、インドの道端にひがな座っている着の身着のままの汚い覚者になりたいとも思いません。人間らしく感情が豊かで、しかし視点や思考がしっかりしているというのがいいですね。

 異次元体験をして悟りを拓いた人といえば、ニールさんもそうですが、どうも存在の半分が別次元に住んでいる人のように感じます。まったく別次元だと、全然違う人種として見てしまいますが、欲も喜怒哀楽もあると言われれば、そうですね、2メートルぐらいまでは近づけそうかな~。でも、それ以上近づくと、うっかり影を踏みそうです。(~_~;)

2016/05/10(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

科学はいずれ、老いと病を克服するでしょう。
それでも要らないと言われる人は必ずいる。
人は己れにとって都合が良いか悪いかで他者を判断するからです。
老いや病が問題なのではなく、他者が自分にとってメリットがあるかないかの問題なのだと思いますw

私は、完全閉じ込めの両親の介護と葬式も終わり、後は自分が死ぬだけなので気楽なものですが、
自分が死んだらあーしてこーしてと言えるのは幸せなのかも知れません♪

2016/05/11(水) |URL|小奈鳩ユウ [edit]

Re: タイトルなし

小奈鳩ユウさん コメントありがとうございます^^)
> それでも要らないと言われる人は必ずいる。
人は己れにとって都合が良いか悪いかで他者を判断するからです。
老いや病が問題なのではなく、他者が自分にとってメリットがあるかないかの問題なのだと思いますw

 そうですね。大抵の人は、要る要らないの判断を自分の観点でするでしょう。
 「自分にしてほしいことを他の人にもしなさい」あるいは「自分にしてほしくないことは他の人にしてはいけない」というのが理想でしょうが、でもまあ、しょうがないのでしょう。人間とは究極的には自分を愛する者なのですから。
 「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛しなさい」と言われているということは、人間とは第一に自分を愛するのが当然だという前提で言われているのでしょうから。

 自分を愛して生きていくか。他の人も考慮して生きていくか。もっぱら他の人を愛して生きていくか。最後が一番カッコいいですが、まったく自分というものを犠牲にして、それで満足して楽しく生きていけるなら、たいしたものです。ただし自称義人のパリサイ人になり、思い上がって、それを自分では気づかない場合もあり得るでしょうから、立派とされることもけっこう難しいものです。

> 私は、完全閉じ込めの両親の介護と葬式も終わり、後は自分が死ぬだけなので気楽なものですが、
 あ、そうなんですか。写真ではずいぶんお若く見えるので、まだご両親は存命だと思っていました。私も両親はもう世にいません。自分が死んだら、後は特に心配することはないのですが、自分の死ぬまでが心配です。(笑)

2016/05/12(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは。

そろそろ現役引退の歳が近づいていますので、「働いた者は食わして貰う」となれるのか?少々不安に思うようになっています。
ただ厄介者にされて終わりたくないですね。

2016/05/12(木) |URL|S-masa [edit]

Re: こんにちは。

S-masaさん コメントありがとうございます^^)
 現役引退が近づいているのですか。きっと決まった目標があるのでしょう。自由が増えるので、S-masaさんならもっと最大限に時間を使って、さらに奥山の奥のほうに分け入ったりして。(笑)

 写真が趣味で上手とくれば、写真教室を開くという道も良さそうですね。地元で先生をするのもいいし、いまはインターネットという強い味方があって、ランキングにあれだけの票が入るのですからネット教室というのも面白そうですね。

 朝から夜まで何にもしないで、ひがなボケーッとして、ただ食べて寝ているだけだと、厄介者だなんて言われるかもしれませんが、やりがいのあることをきちっとしている男には誰もそんなことを言わないのではないでしょうか。ひとつ確たる趣味を持っているというのは、いいことですね~。

2016/05/12(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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