「バーソは自由に」

 考え方はいろいろあるから面白い。

 江戸の男は隠居してからの人生を愉しんだ。 

え~、落とし噺に出てくる人物は決まってまして、八っつあん、熊さん、ご隠居さん。
ご隠居さんってえのは いい身分でして、雑学をひけらかしたものです。

「んちわっ、ご隠居。毎日、ぶらぶらしてるってえっと、さぞ退屈でしょ」
 「ん? 別に退屈はしてないよ。あたしにも色々と道楽があるから」
「へぇ、ご隠居もすみに置けねえや。夜、そうっと別宅のほうに・・・」
 「そういう道楽じゃあない。和歌、俳諧だ」
「なんです? その馬鹿、ハイカラってえのは」

りゅうしう9
落語『雑俳(ざっぱい)』。You-Tube →春風亭柳昇三代目三遊亭金馬立川談志

ご隠居が「はるさめ」と風流な題を出すと、八っつあんが「船端を ガリガリ かじる
春の鮫」と五七五を詠む噺になります。江戸時代には若くして家督を息子に譲った
隠居がけっこうおりまして、借家を建てて大家になったり、隠居部屋で趣味三昧に
浸ったり、あるいは長屋に引っ越して、つつましく余生を楽しんだようですな。

●――――――――――――――――――――――――――――――――――
江戸時代、若くして隠居したあとセレブになった人たちがいる。
経済学者の野口悠紀雄さんによりますと、江戸時代の特に後期は「世界最初の
大衆リタイア後社会」だそうで、隠居後の人生で名を成した方々がおりますよ。

井原 西鶴(1642-1693・51歳没)
33歳で剃髪し、僧形で隠居。談林派を代表する俳諧師となり、一昼夜23,500句を
独吟したことがある。作家として日本初の現実主義的な市民文学を確立した。
『好色』シリーズが有名だが、『日本永代蔵』では隠居暮らしを勧めている。
「人は二十四五までは親の指図を受け、その後は自分の才覚で稼ぎ、四十五までに
 一生の家を固め、後は遊楽する事が理想の生き方と極まっている」
。(訳)

西鶴2
片岡愛之助主演の歌舞伎 八月納涼公演『好色一代男』ポスター(平成23年)。

平賀 源内(1728-1780・52歳没)
高松藩士。26歳で妹に婿養子を迎えさせて家督を放棄。江戸に出て、博物学者・
戯作者・俳人・画家・陶芸家・発明家として、あらゆる分野に才能を発揮した。

北斎17
木村黙老『平賀鳩渓肖像』。右は源内による日本初の油絵『洋婦人画』。

松尾 芭蕉(1644-1694・51歳没)
魚問屋の援助を受け、人足の帳簿付けの仕事をしていたが、36歳で隠居。
芭蕉庵に入って宗匠となり、蕉風と呼ばれる極めて芸術性の高い句風を確立した。

芭蕉1
『三日月の頃より待し今宵哉』松尾芭蕉(月岡芳年『月百姿』)。

歌川 広重(1797-1858・62歳没)
定火消屋敷の同心の長男。数え13歳で同心職を継ぐが、26歳のときに祖父方の
嫡子に家督を譲って隠居し、絵師に専心。風景画家として名声を確立した。

伊藤若冲2 (2) 
ゴッホによる模写。左は『亀戸梅屋舗』、右は『大はし あたけの夕立』

伊能 忠敬(1745-1818・73歳没)
名主の子。村政に手腕を発揮。そのため50歳のときにやっと隠居許可が降りた。
その後、16年間を掛けて全国を測量し、日本初めて正確な国土図を作成。

伊能2
郡阿賀浦を測量する伊能忠敬の一行。呉市有形文化財(宮尾幾夫氏蔵)

伊藤 若冲(1716-1800・84歳没)
青物問屋の四代目を23歳で襲名するが、家業には不熱心で、妻を娶らず。
40歳で家督を弟に譲って隠居。町年寄を務めながら、素晴らしい奇想の絵を描いた。

鳥獣花木図屏風q
1.2cm角・8万6千個もの升目に色を埋めた『鳥獣花木図屏風』右隻の中央。

葛飾 北斎(1760-1849・90歳没)
貧農の子。4歳で幕府御用達の鏡師の養子となるが、のちに鏡師の実子に
家督を譲り、家を出る。木版彫刻師の徒弟や貸本屋の丁稚となり、労苦を
重ねながら画道を志し、3万点を超える作品を発表。
経歴がはっきりせず、隠居列伝に挙げるのは不適当かもしれないが、
北斎の言葉を見ると晩年の意欲は尋常ではない。

「私は6歳より物の形状を写し取る癖があり、50歳のころから数々の図画をあらわした。
とは言え、70歳までに描いたものは本当に取るに足らぬものばかりである。
73歳になってさまざまな生き物や草木の生まれと造りをいくらかは知ることができた。
ゆえに、86歳になればますます腕は上達し、90歳ともなると奥義を極め、
100歳に至っては正に神妙の域に達するであろうか。100歳を超えて描く一点は
一つの命を得たかのように生きたものとなろう。長寿の神には、このような私の言葉が
世迷い言などではないことをご覧いただきたく願いたいものだ」
75歳のときの絵手本『富嶽百景』初編跋文(後書き)(Wikipedia訳)

北斎99
北斎の絵とスーパースローカメラによる写真(ピエール・カロー)。

補足Ⅰ
――――――――――――――――――――――――――――――――
ご隠居と言えばこの人を忘れちゃあいけません。
徳川 光圀(1628-1701・73歳没)
水戸藩初代藩主の三男。藩主として有能で、寺社改革なども行なった。62歳のときに
隠居。彰考館を設けて『大日本史』を編纂し、水戸学の基礎を作った。お供を連れて
紋所を見せながら諸国を漫遊したというのは、幕末の講談師の創作。

水戸黄門三人
黄門役の俳優(東野英治郎、西村晃、佐野浅夫)。左二人のイメージは悪役。 

補足Ⅱ
――――――――――――――――――――――――――――――――
隠居宣言をしたのに意欲満々で、精力的に活動中。
横尾 忠則(1936―・79歳現)
グラフィックデザイナーとして活躍していたが、ニューヨークで『ピカソ展』を
見て衝撃を受け、1980年に「画家宣言」。2007年、71歳のときには「デザイン
廃業宣言」「隠居宣言」をした。霊感が強く、心霊と会話できるそうだ。
「新しく眼を開くことはすでに冒険ではないだろうか。わざわざ遠くに出かけなくても
 冒険は可能だと思う。今日の自分じゃない自分を試してみたいと思うことがすでに冒険
 である」
『隠居宣言』平凡社
「死後の世界を怖れながらビクビク生きるほど情けない生き方はないが、あちらの
 世界が本体であることが分かれば、生き方も変わる」
『死の向こうへ』光文社

横尾忠則
CDジャケットより。横尾忠則『一柳慧作曲 オペラ横尾忠則を歌う。』

駄足
―――――――――――――――――――――――――――――――――
江戸時代後期は、20歳以上の人の平均死亡年齢は60歳ぐらいだったようです。
45歳でリタイアすると、余命15年。現代では平均寿命は、男80歳、女86.6歳。
60歳でリタイアすれば、あと20年以上ありますが、20年なんてアッという間。

早くリタイアすると、何をするか、生活費をどうするかという問題に加え、
名文句「亭主元気で留守がいい」という言葉の願意も考えなくちゃあいけません。

ああ、願わくは、やりたいことを死ぬまでやって、あとはピンピンコロリ逝く。
ん~、どうも話の終わり方が辛気(しんき)くさくっていけません。こういうときは
心持ちを切り替えるに限りまして、これを心機一転と申します。<(_ _)>

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
参考:・Wikipedia・「NEVERまとめ」http://matome.naver.jp/odai/2142815600246783101・
「『江戸時代』に学ぶリタイア後の生き方」http://www.asyura2.com/12/idletalk40/msg/141.html
・「天野祐吉のあんころじい」http://amano.blog.so-net.ne.jp/2012-10-11・「日経デジタルヘルス」http://techon.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080606/152923/?ST=ndh

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
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素晴らしい!ここに登場する方々は皆、旦那芸にとどまらず、
それぞれの道で大成するだけの才覚があったということですね。
江戸期以降、お店(おたな)の旦那衆やご隠居さんの各種の芸事は
百花繚乱であったでしょうが、
落語の「寝床」にあるように、黄色い声を無理矢理店子に聞かせる、
困った旦那もたくさんいたでしょう。
現代でも、素人さんの発表会演奏会は洋楽邦楽を問わず、なかなかに、
聞いている方の我慢大会であったりします。
それでも、やったもん勝ちで、やってる人が楽しければオッケーというのが、
素人の強みです。

2015/08/15(土) |URL|宝香 [edit]

柳昇、懐かしい!
結婚式の披露宴の席で、「ふつつかな娘ですが・・・」
というところを「ふしだらな娘・・・」って間違えて
いう落語がすきでした。
古来より、日本人の生き方として、早い場合は30台で
息子に家督を譲り、々自適趣味三昧(中には放蕩三昧)な
生活を送った武士や商家の旦那の話がありますね。
藤沢周平の小説にもたくさん出てきます。
北斎と応為に興味があって小説を読んだり、漫画やアニメまで
観たんですが、北斎の言葉、はじめて知りました。
いやあ~いい言葉ですね。いつもここで勉強させてもらってます。
私、きょうから4、5日出かけてきます。

2015/08/15(土) |URL|エリアンダー [edit]

隠居 now

おはようございます。
隠居 nowと申しましても只今会社です。
本日雨の予報ですので、朝からおとなしく火花のため後回しになったスクラップ・アンド・ビルドを開いております。
後世に名を成す偉人達はやはり違いますなぁ、隠居してから歩き出す己の世界、さすれば隠居は第二の人生ではなく本当の人生、なんか力が湧いてきちゃうな、案外この記事がおいらの人生の転機になっちゃったりして、いつも何かを気ずかさせてくれるバーソ様のブログけっこう感謝してるかも・・

2015/08/15(土) |URL|ばく [edit]

シニア世代にぴったり

バーソ様
おはよう御座います。

シニア世代にぴったりのテーマですね。
横尾忠則まで出てくるとは驚きでした。
私の中ではまだ彼は40歳くらいのイメージしかありませんでした。
彼もご隠居様だったのですね。
私の知人でいつも忙しい忙しいと言っている人がいます。
趣味があることはあるのですが忙しくて出来ないとか言っています。
こういう人は隠居してからも常に忙しくてなにも出来ないのでは
ないかと思います。
隠居してからことを成す人は現役時代から時間の使い方がうまい人
なのではないでしょうか。

愛新覚羅

2015/08/15(土) |URL|aishinkakura [edit]

ご隠居

隠居・・いい言葉ですねえ。
隠れて居るのですね。
私の憧れです。

私は、夫が亡くなってから、自分と関わる人間関係を
なるべく小さくしてきました。
もっとそぎ落としたいと思っています。

バーソさん、いいことをブログに書いて下さいました。
私は、仕事はしないといけないのですが、
仕事と私生活を全く、違うカラーにしたいです。
私生活は「隠居」 ちょっといい気分♪

※大好きな北斎、長寿だったのですね、びっくり。
※私は、宝香さんの書いておられる落語の「寝床」が好きで、
車で飽きもせずきいています。
ああいう趣味の旦那様がいると困るなあ。

2015/08/15(土) |URL|森須もりん [edit]

Re: タイトルなし

宝香さん ありがとうございます^^)
「旦那芸」という言葉を久しぶりに見ました。私には落語で聞く程度です。
宝香さんの道楽、いや、芸事の場合は、どちらかといえば常磐津と清元節の「職人芸」と言うほうなんでしょうか。そちらの方面はよくわかりませんが。

「才覚があった」。そうなんでしょうね。あ、井原西鶴の名は、ひょっとしたら才覚からかと今、思いました。才覚のある人は羨ましいです。

素人さんの発表会演奏会は、聞いている方の我慢大会であったりします
それでも、やったもん勝ちで、やってる人が楽しければオッケー
そうですね。やってることが楽しければ何でもOK。きっと人生もそれでいいのだろうと思います。一度、宝香さんのさぞ艶やかであろうと思える着物姿と芸能を拝見したいものです。誰かが撮影した動画はないのでしょうかね。

それにしても、このたびは、いつもの文体とは ちと違いませんか。(^^ゞ

2015/08/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: タイトルなし

エリアンダーさん ありがとうございます^^)
柳昇は同じ披露宴の話で、新婦の学校の校長が「私の学校を首席で卒業した方と一緒に卒業なさいました」という話を思い出します。好きな噺家の一人でした。

当時は年寄りを敬う精神が今よりあったのだろうと思いますが、そういう人はおおむね健康で介護など必要とせず、ピンピンコロリと逝ったのでしょうか。余裕があって、隠居後を趣味三昧あるいは放蕩三昧で暮らせる人はいいですね。

北斎の言葉は凄くて感心しますが、画家というのは歳を取ってからますます意欲が増すという人が多いように感じます。それだけ習熟の余地があり、創作の可能性がある分野だということでしょう。芸術の趣味がある人はいいですね。

4,5日、軽井沢あたりでヒショをお楽しみでしょうか。まあ、ふしだらな、いえ、いいご趣味をお持ちで。(笑) いま私もそちら方面に宿を探しています。

2015/08/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 隠居 now

ばくさん ありがとうございます^^)
隠居 nowと申しましても只今会社です
なんとまあ、今日もですか。なかなか仕事から抜け出せないご隠居なんですね。
でもまあ、北海道は猛暑にはそれほど影響されないので、仕事もしやすいのでしょうかね。

「スクラップ・アンド・ビルド」って、この期に及んで会社の再構築を考えているのかと思いましたが、芥川賞作家の本ですかね。仕事三昧とゴルフ三昧の他に、名書を読むという良いご趣味をお持ちで、なかなかたいしたものです。

隠居は第二の人生ではなく本当の人生
そうです。それが還暦という言葉の本当の意味かもしれません。ばくさんは身体のほうは万全ではないようですが、それ以外は万全で余裕たっぷり。ヘリコプターでも何でもいろいろトライしてみて、記事にしてくださいよ。(^^)v

2015/08/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: シニア世代にぴったり

aishinkakuraさま ありがとうございます^^)
横尾忠則さんは、グラフィックデザイナーの頃は非常に個性があって面白いのですが、作品はちょっと悪趣味のところがあるなあと思っていたのですが、数年前、いちど美術展に行って驚きました。

技術的にすごいテクニックを持っているのですね。明朝体の小さな文字を手書きで書いているのがありましたが、非常に繊細で巧くて感心しました。
油絵も、非常に素晴らしいものでした。テーマはもちろん、デッサン、絵の具の塗り方、どれも驚嘆すべきもので、すっかり認識を改めさせられました。

いつも何かを考えて生きているようですが、先天的に才能があるのでしょう。こういう人生を真似してみたいと思うのは思うのですが私は思うだけです。

隠居してからことを成す人は現役時代から時間の使い方がうまい人
ああ、そうかもしれません。世の中で時間だけは万民に公平にあるものです。
うまく使っていきたいものですね。

2015/08/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: ご隠居

森須もりんさん ありがとうございます^^)
仕事と私生活を全く、違うカラーにしたいです
私生活は「隠居」 ちょっといい気分♪
なるほど。そう思えば、より気楽に、より楽しく毎日を過ごせそうです。

隠れて居るので、空想のイマジネーションを拡げられる。隠れて居るので、創造の世界の主人公になれる。森須さんの得意技でしょう。しかも、ひとりだから何でも好きなようにできますし、隠居生活もなかなかいいものなのでしょうか。

仕事のほうはつらくても、だから余計に私生活の愉しさがよくわかるということもありそうです。なんでも意識の切り替えが大事なんでしょうね。

運転中に落語を聞いているのですか。なるほど、気分転換に効果的なんでしょうかね。でも、ひとりでクスクス笑って、怪しまれたりしませんか。まさか義太夫をうなっているのじゃないでしょうね。(笑)

2015/08/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんにちは

内容が深いので
蛇足、あ~駄足当たりから・・・
「ピンピンコロリ」とは良い言葉でしょうが、ある医師にそう申しましたら、死ぬ時には簡単に死ねない。
生きようとして、息を吸いながら亡くなっていくから、最後は、苦しくて当たり前。と言われました。
人生60歳から65歳にて定年となり、長いようで短い人生ですね。
いつも今が一番と思えればいいと思います。
あの頃には、戻れませんし、心身共に歳を重ねます。歳に合った役割や生きがいがあるといいなって思います。
スーパーおばあを目指して、ぼちぼち生きて行きたいものです。
この世には、楽して幸せな人と、走りながら楽しむ人とあるのでしょうね。
もちろん、走り過ぎて壊れてはならないのでしょうね。
私のことでしょうか(●^o^●)
復活の兆しのMiyuでした~
バーソ様もいつまでも青春を・・・むふふ

2015/08/15(土) |URL|Miyu [edit]

Re: こんにちは

Miyuさん ありがとうございます^^)
息を吸いながら亡くなっていくから、最後は、苦しくて当たり前
 そうなんですか。でも長患いしてトイレも自分でできなくなる前に、多少は息苦しくても夜寝たらそのまま朝起きなかったというのがいいですね。できれば介護保険の世話などにならずに、そうなりたいものです。

スーパーおばあを目指して、ぼちぼち生きて行きたいものです
 なるほど、単なるシンプルおばあではなくて、スーパーがつくのですね。さすが、才覚のあるひとは言うことが違います。私の場合だと、スーパーはスーパーでも、スーパーストアおじい、もしくはコンビニおじいになりそうです。(笑)

この世には、楽して幸せな人と、走りながら楽しむ人とあるのでしょうね
 のんびり人生を楽しむ人と忙しい人生を歩む人とでは、そもそも生まれつきの才能のようなものが違うような気がします。Miyuさんはいつも走り続けている人生じゃないですか。そうでないと生きている実感がないのではないですか。
 だとしたら今は充実したいい人生を送っているのでしょうか。人生は厳しい波浪を乗り越えて進んでいくのがいいのでしょう。復活の兆しがあってよかったですね。

2015/08/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

初めまして

最近は聞かれなくなった隠居。
隠れて居る…読んで字の如しですね。

平賀源内の西洋婦人の絵と北斎の90歳にして奥義をに感銘しました。

北斎のあの波の絵ことは以前何処かで何かで読んだことがありました。
>100歳を超えて描く一点は一つの命を得たかのように生きたものとなろう。
既に命を得ている絵のように思うのですが…まだ上があるのですかしら…凡人には計り知れませんね。

2015/08/15(土) |URL|薔薇姫s [edit]

Re: 初めまして

薔薇姫sさん ありがとうございます^^)
はじめまして。よくコメントをくださいました。

>平賀源内の西洋婦人の絵と北斎の90歳にして奥義をに感銘しました
源内は絵もうまいですね。北斎は古今東西でナンバーワンの画家だと個人的には思っています。すごいひとですね。

 昔の「隠居」は何となく縁側で碁を打っているか、孫と遊んでいるようなイメージがありますが、昔の偉い人、例えば徳川家康の場合は、江戸幕府を開いてわずか2年後に秀忠に将軍職を譲り、自分は大御所として死ぬまで政治を主導しています。そんな凄腕の隠居人生も江戸の時代にはあったようですね。

 文政年間には三分の一の藩に実務から引退した隠居大名がいたそうですが、特に町人の場合は老後の生活費の問題がいちばん重要で、隠居ができるのは裕福な町人に限られたのではないかと思います。
 と思うと、現代とは違って当時そんなに金儲けはできなかった画家や作家が隠居して芸道に励むのはさぞ大変なことだったでしょう。 

 源内にしても北斎にしても、そもそも才覚があり、意欲が人一倍強かったのでああして花が開いたのでしょうから、やはり人間の質が違うのでしょうか。本当に凡人には計り知れませんね。せめては意欲だけでも見習いたいものです。

2015/08/15(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

すごい顔ぶれですね!
しかもわかりやすく要所を押さえて書かれた記事で
さすがです!
楽しみながら興味深く読ませていただきました^^

葛飾北斎 絵も圧巻だけど
生き方もかっこいいですねーっ

こんなふうに、そうそうたるメンバーを
一挙に見ることってなかったですが
それぞれの方からすごいパワーを感じますね~!

この記事も圧巻です(´∀`*)
なんども読ませていただきたい記事だと思いました。

2015/08/16(日) |URL|koto [edit]

Re: タイトルなし

kotoさん ありがとうございます^^)
「要所をおさえて」「さすが」と褒められ、むふふふ・・・(註:水戸黄門の笑い方)と喜んでます。(^_^.)

 北斎、ほんと、絵も生き方もかっこいいですね。凄い人です。
 絵は特に構図が常識をはるかに超えていますが、生き方もかなり変わっていたようで、改号30回、転居93回。絵を描くことのみに集中したので掃除をせず、部屋が荒れて汚くなるたびに引越しをしたそうです。
 最終的に、93回目の引っ越しで、以前暮らしていた借家に入居した際、部屋が引き払ったときと何ら変わらず散らかったままであったため、これを境に転居生活はやめにしたそうです。Wikipediaを見るとエピソードが載っています。

 北斎は非常に速筆だったので、ゴッホがその速さに驚いたことを手紙に書いていました(あるいは他の浮世絵師のことだったかもしれませんが)。

 三女の応為も絵が巧くて、芥川家を見ても分かりますが、芸術家系と文科系の才能は子に遺伝するようですね。

2015/08/16(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

マウントエレファントさんへ。

ひとつ前のリンカーンの記事に入っていたので、そちらで返信しました。
いつもありがとうございます。(^^)

2015/08/16(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

隠居すると言ったらとことん隠居すべし

 古今東西、隠居がでしゃばって物事がうまく行った例無し。白川法王に代表される院政は政治を混乱させたし、浅井久政は家を滅亡させた。そらそうだ。何時までも前の頭領が実権を握っていたら今の頭領に誰も従わない。その権威は失墜し、責任の所在も曖昧になれば下の物は勝手にやり始める。もう止まりません。
 何で口出しするのよ。だってとても見てられないんだもの。だったら最初から家督なんて譲らなければよろし。譲れると見極めたからこそ譲ったんでしょう。それを都合の良い時だけ頭領はあっちだからねーとチャフかデコイの様に使われたんでは後継者はたまったもんじゃない。うざい、うっとうしい、さっさといね。そう言って切れたのが後白河天皇だし伊達春宗。ま、彼らも同じ様な事して結局ろくな目にあってないんだけどね。学んでないなぁ。
 とまあ、前置きが長くなりましたが、そういうわけでバーソ様が挙げました諸氏は実に素晴らしい隠居であります。もう本業なんて関わり無しと隠居生活を道楽に費やし、却って道楽の方で名を轟かせております。道楽をせなんだら恐らくは一生無名だったでありましょうに。よ、隠居の鏡!
黄門様も一介の藩主の儘であれば誰にも知られずに今日を迎えたでありましょうに、大日本史編纂なんて道楽始めたので尾ひれいっぱい付くて名声はすんごいものがあります。やっぱりご隠居様えらい?
 いやいや一概にそうとも言えません。この事業の為にかかった費用が藩の財政を逼迫させていたとも言われますし、柳沢吉保じゃないけど、「余計な事をする迷惑じじい」だったんでしょうなぁ。
 実は隠居の道楽にお金がどえらい掛っているのは何も黄門様ばかりではありません。伊能忠敬さんの測量だって当時の交通事情を考えれば費用は天文学的数字になった筈。平賀源内はたしか仕送りが実家を悩ませたとか聞いたような聞かないような。芭蕉の奥州めぐりも、幕府の隠密を随伴者として引き受けた代償に資金のバックアップを受けていたなんて言われると成程ガッテン合点( ・д・)ノシ凸 隠居の骨董収集に大棚が傾いたなんて話もありますし、江戸は「じーさん、いいかげんにしてくれよ」とぼやく声が満ち満ちていたのかもしれませんぞ。

2015/08/16(日) |URL|miss.key [edit]

追伸

 東野英治郎の黄門様は最高でした。やはり悪役をやっていた人は演技力が違う。里見浩太郎は善玉しかやってないから人の心の機微と言うか、深みが足らない。一度悪代官をやって出直してこーい(笑

2015/08/16(日) |URL|miss.key [edit]

Re: 隠居すると言ったらとことん隠居すべし

miss.keyさん いつも長文コメント、ありがとうございます^^)
 おお、流石に歴史認識のお高いmiss.key殿。確かに院政をした隠居がおりました。あれは意中の人に皇位を継承したいために生前に譲位したとか言われますが、大名老中クラスに於いても、老いても投了などせず、統領としての力を発揮し続けた頭領がかなりいたようです。

 恐らくは偉い立場にあるとされる人間を陰で操るほうが、さらに偉いという満足感が得られ、日光結構 面白いのでありましょうか。私め生来の小心者で、専ら操られているほうでありますゆえ、よく分かりません。

 隠居生活をして、政治ではなく、道楽で名を成した町人諸氏は素晴らしい。と言いながら返す刀で、どえらい費用が掛かった、じーさん、いいかげんにしろ、と仰るのですか。成程、miss.key殿らしい天界、いや、展開ですなあ。

 ちょうどルネサンス期のメディチ家のような良いパトロンに巡りあえた人もいたのでしょうか。こういうのも人生運というものがありますね。
 それにしても町人すなわち裕福な経済人がいつの世も社会を牛耳っている。結局はカネを自在に動かしている富裕隠居層が、昔から世界を実質支配してきたのでしょう。

 芸術家とはなかなか世に認められず、苦労、貧困の人生。それでも諦めずに頑張っていけば、やがて死して後に認められるやも知れません。なので才能と認識豊かで反逆の精神も併せ持つmiss.key殿もぜひ死して皮を残して・・・え? 皮だけでなく身も残したい。あ、そりゃ、まあ、そうでした。(笑)

2015/08/16(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

Re: 追伸

miss.keyさんへ。
 佐野浅夫さんの黄門は観た記憶がないのですが、顔を見ると穏やかすぎる。
やはり政治家というのは顔よりも人格よりも、頭脳と口の巧さと存在感。ある種のオーラがないとまわりに認められにくいのでしょうかね。

 しとしとピッチャの『子連れ狼』の拝一刀役は萬屋錦之介のあと、誰だったかがなりましたが、錦之介の目と声には全然敵わず。『椿三十郎』役も織田裕二が演じたのを観たことがありますが、三船敏郎にはるかに及ばず。俳優は顔ではなく、頭脳とか演技力とか、男としての年輪というか存在感が大事ですね。ま、俳優でなくてもそうなんでしょうが。

2015/08/16(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2015/08/18(火) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん ありがとうございます^^)
お近づきになれてうれしいです。
こちらこそよろしくお願いいたします。(*^_^*)

2015/08/19(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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