「バーソは自由に」

 考え方はいろいろあるから面白い。

 「神があなたに望む、たったひとつのこと」。ラムサの書より 

今回は、少々硬めな精神世界の話です。ラムサの言葉を紹介させてください。
(2倍速の飛ばし読みでも早送りでも、コメントはスルーでもよろしいですよ)

『ラムサ-真・聖なる預言』川瀬勝(訳)角川春樹事務所(200-212P)
これはラムサという名の高次の存在が、アメリカ・ワシントン州に住むJ.Z.ナイト
という女性を媒体(チャネル)にして語ったものです。

情報の伝達方法に注目すると怪しげに思うかもしれませんが、語られたメッセージに
注目するなら、その意識は高度であり、内容には共感できるものがあることが分かりますよ。

oiuyekjh.jpg 
(写真は単なる昔のワンちゃん。以下同様に写真は内容には無関係)  
           
ラムサは3万5千年ほど前に生まれたレムリア人で、地上初の征服者。
その生では死を迎えることがなく、高い次元へと昇華したとのこと。


人生は牢獄となるように作られているのではない。

いま、地上では「生きる」ということが見過ごされ、あまりにも感謝されない体験と
なってしまっている。人は皆、「生きる」こと以外の何かを探している状態になっている。

人が、ひとつの方向にしか向いてない生き方をし、社会的に受容されるという理由だけで
その生き方を続けているなら、自らの死に際したときは、ああ、あれをしておくべきだった、
これをやるべきだった、あの人を愛しておけばよかった、この人と結婚すべきだった・・・
といった具合に苦悩と後悔にさいなまれるだろう。


n7.jpg


多くの人々が この地上にいる目的は何か?
・あるタイプの人間になるとか、特定の職業につくことが絶対であると教えられ、
必ずそうなるよう家族や社会からきちんと見守られて育っている。---何とひどいことか。

・あるいは、人類にとって、偉大なる師、救世主、あるいは治療者として、
自分はここに送られたのだと想像する人たちがいる。---まあ、何と高貴なことよ。

・さらに、神に近づくという、詳細まで決まっている聖なる道、狭き道を一歩ずつ
進むためにここにいると感じている人たちがいる。---何と退屈なことか。


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父なる神のただひとつの望みは、人が「喜び」にあふれ、幸せになることだ。
「喜び」が、あなたにとって何を意味しようとも、あなたが「喜び」にあふれていれば
いるほど、あなたは神に近い姿にあり、すべての生命と調和が取れているのだ。


では、その「喜び」とは何なのか?
それは、まったく邪魔の入らない、動きの自由のことだ。
価値判断のない、表現の自由のことだ。
恐れや罪悪感のない存在のことだ。
「喜び」とは、自分が自分自身の条件で人生を創造していることを知っている状態なのだ。


さるさん


なぜ「喜び」を追い求めるべきなのか?
それは、人が「喜び」の状態にあるときは、人は神そのものである流れと共にあるからだ。

・生きることが「喜び」であるときには、人を憎んだり反感を持ったり、不安になったり、
恐れや怒りを感じたり、何かが足りないと感じることはない。

・「喜び」の状態では、空は最も美しいバラの色となり、雲は燃えるような赤で飾られ、
鳥は木々に歌うという朝焼けのごとく、生きることが熱情にあふれ、強烈なものとなる。

・「喜び」にあれば、人生はもはや重荷ではなく、いくら求めても求め足りない驚くべき冒険となる。
そのような状態では、あなたはユートピアを見つけているのだ。


n5.jpg


どうしたら「喜び」にあふれた状態になれるのか?
もし自分がそう望めば、人生のあらゆる瞬間が、「喜び」を表現する機会と
自由を与えてくれると知ることによってだ。
そして「喜び」や幸せや神から自分を離してしまう価値のあるものなど、
何ひとつないと知ることによってだ。

「喜び」を生み出す最大の方法は、自己に対する愛を抱くことだ
どんな自分でも、その在るがままを愛するとき、あなたは神が愛すように愛している。
そうすれば、愛することがとても簡単になり、許すことが簡単になり、
すべての生命に神を見ることが簡単になる。

人が自分に恋するとき、その光、そのまとまった力、幸福、底抜けの明るさ、
その楽しそうな状態は、全人類へと広がってゆくだろう。

そうだ、自己を愛することは、「喜び」を生み出すのだ。


n1.jpg


自己を満たすために生きること以上に、偉大な人生の目的はない。

人間がここにいる第一の重要な理由は、自己を最大限に表現し、人生のあらゆる部分を
最高度に体験し、人生のすべての瞬間に自分がなれる最高のものになることだ。

それを成し遂げるためには、人生に飛び込み、自分に幸せをもたらすことをすることだ。
たとえそれが何であってもである。
それは間違っているとか、あなたのために良くないなどと、いったい誰が言えるのか。
神はそんなことは絶対に言わない。


父なる神は、あなたが「喜び」にあふれる人間になるよう迫っている。
『求めよ、さらば与えられん』というのは、そういう意味なのだ。
何が自分を幸せにするかを自分に訊ね、それが何であっても、自分のフィーリングが
告げるままに、あなたの魂が強く求めることを実行することだ。

人生は、色あざやかで、チャレンジにあふれ、数多くのエピソードと冒険が体験できる
自己表現の場となるように作られている。そういう体験は、必ず「喜び」をもたらす。

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神があなたに求めている、たったひとつのことは、「喜び」を語り、「喜び」になることだ。
そうなれば、あなたは比類のないほどの大いなる幸せと自由を発見するだろう。

                    _ _ _ _ _

☆「Oprah & J.Z. Knight - Deceived Clip-2」→ You-Tube
☆画像出典:http://izismile.com/2012/08/30/funny_and_wtf_vintage_animal_pics_30_pics.html
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おはようございます

昔、エドガー・ケーシーとかシャーリー・マクレーンのチャネリングの
本をよく読みました。バーソさんの紹介のラムサーの言からすると、
「自分を愛せよ。神はそう望んでいる」というところはバーソさんの
持論と全く同じですね。このラムサーの著書をamazonで見てみました。
J.Zナイトはマクレーンのチャネラーでもあるとか。
この本、すごく高い評価を得ていますね。読んでみようかな。

2014/05/10(土) |URL|エリアンダー [edit]

言い忘れました

今記事に使われた写真、ほのぼのとして全部とてもいいです。
硬い記事のよい緩衝剤ですね。

2014/05/10(土) |URL|エリアンダー [edit]

朝から暖かなお話を・・

おはようございます、今日も頑張って働いております。

ありえるようなありえないようなお写真
そしてまことしやかなお話
バーソマジックの極みですなぁ

危ない!!神様を信じないおいらが、バーソ様のお話をうんうんと頷きながら読んでいる。

2014/05/10(土) |URL|ばく [edit]

我が愛

他人に向ける親切はし易い その一時だけ
補助すればいい しかし 自分に向けた時
難しく成る  自分の存在の意味 から始まる

生まれちゃったのだから仕方がない
 色々渦巻く思惑にのって 教育を受け
方向を定められる しかも若いうちに・・
育つ環境によって 幸せを定義されたり 価値までも
決められちゃう 世の中のことを知らない間に
レールが敷かれる 自由に生きて良いのだと言われても
自由を形作って居る 枠の中 おもちゃを与えられて
これが 嬉しいって事なんだと教えられる
仕事の達成感が喜びなんだと 飼いならされる

いろいろな本でこれがこうだと書かれているが
所詮は 他人の送ってきた経験則に則った私見
 実体験は出来ない物ばかり 今を生きている私は
細胞なのか 思念なのか 判らない・・・

それとも地球に こびり付いている人間という種類の
 カビみたいなものか・・・ 震災を体験して
自然と言うものに触れた気がする 

後付けで 人工地震とか言っている人が居るが
チャンチャラおかしい でもそれを信じるのが
宗教なのか なおかつ太陽フレア一発で地球の
運命まで変わるのじゃないのか?

温暖化 寒冷化 環境破壊 みんな人間の都合
 そこに神は見えるのだろうか・・・

自分に問いかけ 肉体を視 ・・・
 判らない ただ与えられた喜びとかに
染まりたくない 今を感じられたらうれしいのかな・・ 

2014/05/10(土) |URL|ブッキ~ナ♡ [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

少し硬い話なのに、毎回きちっと要約し、さらに写真まで緩衝材として評価していただき、その鑑賞眼に感心すると共に、誠に有り難い気持ちで、若干感傷的になっています。
(と無理やり駄洒落入りにしましたが、感謝の気持ちの部分については本当ですよ)

他人のことなど構うものかとする「利己的な愛」は決して良いことではないですが、
自分の意思や感情を大切にして、せっかくの貴重な人生を、大事に、十分に、存分に
生きることはいいことで、自分が喜びを抱ければ、世界中に喜びが拡大していくだろう
と愚考しているので、いつもいつも同じようなことを書いています。

『ラムサ-真・聖なる預言』の本は『ラムサ ホワイトブック』と同じものです。
あまたあるチャネリング本の中でも、心霊的な妙な おどろおどろしさがなく、
論理的に書かれているので、とても読みやすいですよ。
他には『ラムサの教え』もお勧めです。読むための時間が作れればいいですね。

2014/05/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ばくさん ありがとうございます^^)

仕事中、お忙しいのに、よくもまあ、さぼって、いやいや、よくぞ時間を作って、読み、そして良いコメントを書いてくださいました。ありがたい限りです。

ありえないような、まことしやかな話だ、と思いながらも、「うんうんと頷きながら
読んでいる」のですか。おー、おー、そうですか、そうなら、じつにうれしいですね。

私が言う「神」は宗教とは関係がなく、頼っても寄付を多くしてもご利益なんかありませんし、ああせよ こうせよ という命令もいっさいしない神です。
人間が自分の本当にやりたいことをして、貴重な人生を満足して精一杯フルに生きることができれば最高だとしてくれる神です。

そういう意味では、ばくさんは、そのような生き方をしてきたのではありませんか。
ぼうーっと生きてきたことは一度もなく、ずうーっと毎日を力いっぱい生きてきたのじゃないですか。ばくさんの文章からは、そんな印象を感じます。
というわけで、今日も頑張りましたか。では、明日は、ええと、ゴルフで、あるいはヘリコプター操縦でまた頑張ってください。

2014/05/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

ブッキ~ナ♡さん ありがとうございます^^)

おー、さすがさすが。深遠なお話ですね。
おっしゃる通り、人はおおむね歩むべき方向が定められています。
自由と言いながら、世間的な枠から外れないように教育され、指導されています。

生き方については様々な考え方があるでしょうが、要は自分のハートにピタッときたこと、
自分がやって楽しいことを行なっていけばいいのじゃないでしょうか。
私は、最近、そう思うようになりました。そう思ったら、《真実の正しい生き方》なんて
いうものをあれこれ探さなくてもよくなったので、ずいぶん気が楽になりました。

>だ与えられた喜びとかに 染まりたくない 
>今を感じられたらうれしいのかな
これ、生きる極意じゃないでしょうかね。他人が楽しいと言うことじゃなく、
自分が楽しいと思ったことをして、今この瞬間を十分に楽しめて、喜べているなら、
それで十分、というより、それが最善なのじゃないでしょうか。そう思います。

ひと様を傷つけたりするのでない限り、人は自分のしたいことをするのが良いし、
それが人生の目的だ、とバーソは自由に思っているのが拙ブログなんですよ(笑)。

2014/05/10(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

喜びは大切ですよね
神を愛し楽しみ、人生を愛し楽しむ
私の場合、喜びのもとはこれに尽きます(^^)

2014/05/11(日) |URL|ジェイジェイ [edit]

ジェイジェイさん ありがとうございます^^)

あー、良いコメントですね。人間の本分は、神を愛し、神を楽しみ、人生を楽しむこと。
そうです、それでまったくいいと思います。大正解です。素晴らしいです。

チャネリングの話は聖書を信じる人には拒絶反応を感じるはずですので、よく正直な感想を書いてくださいました。書くのには、少し逡巡があったのじゃないですか。
(聖書預言は神から霊感を受けたと言ってますが、それも同じチャネリングです)

私は長年キリスト教カルト教団に所属し、自分で言うのはなんですが、ひたすら神のことだけに目を向け、世の事柄を一切捨て、自分のための時間など一日も無い人生を過ごしてきました。教団では指導的な立場にいて自分に任された信者たちを牧してきました。

そのように神のために自己を犠牲にし、自己を愛さないようにして生きてきたつもりですが、実際はそんなことを神は望んでいない、それは教会という宗教組織が言ってるだけのことだということを、何十年もたって客観的な情報を得て、やっと気づきました。

「自己を愛せよ」とは、決して利己的な精神の勧めではありません。
今でも、もちろん有神論者ですし、イエスも全く信じていますが、今は自分の信じる神の概念が、宗教の教える神の概念とは違ってきているのです。

そう思うようになったのには理由や根拠があるのですが、簡単には説明できません。
精神世界の話は、宗教に打ち込んで、宗教の欠点を知り、宗教組織の不条理を見てきた人には分かりやすい話ですが、そうでないとちょっと理解しにくいかもしれませんね。

2014/05/11(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

チャネリング、、、
シャーリーマクレーン、、、
私の主人の従兄弟、
彼女のスピリチュアルな著書に触れて、
チチカカ湖に行ったなんて話を大昔、聞いたな...。

あ、、、
稲盛さんの著書で、
利他思想に感化されて、
愛娘に「リタ」って命名した知人も居たな...。

えっと、、、
話が他人の話ばっか、、ズレズレですねwww

私の正直な気持ちを申し上げると~~

『・・・利己的な愛とは異なる、
   あるがままの自分を愛するということ・・・』

理解出来る(したい)ようで、
   まだ、やっぱ難しぃ事と思うのであります(↓)

2014/05/11(日) |URL|レイまま☆ [edit]

レイまま☆ さん ありがとうございます^^)

利己的な愛というと、最近は、沈没中の船から船客より先に助かろうとした船長を思い出しますが、これはまったく見苦しく、情けないことです。
愛娘にリタ(いい名前!)という名前をつける人の気持ちがよくわかります。

レイ(いい名前!)ままさんの要約=「自己を愛せよ」とは「利己的な愛とは異なる、あるがままの自分を愛するということ」は、いいですね。適確なまとめだと思います。

一般論ですが、真面目な人ほど、謙遜な人ほど、他の人をよく気遣う人ほど、自分を責める傾向が強くないでしょうか。そういう人は些細な失敗をしたりすると、あるいは普段でも、罪悪感で悩み、悔恨の念に沈み、自信をなくし、喜びを失ったりしがちです。

キリストは言いました。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ』マルコ12:31
この意味は、人は自分を正しく愛するときに、初めて他の人をも愛することができるということです。ですので、自己を愛することは聖書も勧めていることなんですね。

2014/05/11(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]

> よく正直な感想を書いてくださいました。書くのには、少し逡巡があったのじゃないですか。

実は、特にためらいはなかったですね。
神=宗教ではないですから。
私たちが地上にいるかぎり、天の神について把握できることは一部ですもんね。
1コリント13:9-12にあるように。
だから、どんな宗教も教義的には不完全であると考えます。
教義にこだわり過ぎるよりも、神と直接、親しい関係を持つ方が
ずっと大切だなと、いつも思っています。

2014/05/12(月) |URL|ジェイジェイ [edit]

ジェイジェイさん またありがとうございます^^)

「どんな宗教も競技的には不完全だから、神と直接親しい関係を持つことが大切」
いいですねー。それは信仰を持つ信者としては非常に適切な認識でしょう。
そして、そう思えれば、教義的に不完全な宗教も存在する意味があると言えます。

ギネスブックに、キリスト教の宗派は単立教会も含めれば何百もあると書いてあったように思いますが、そんなに沢山あるのは教義の違いを重要視しすぎるせいでしょう。
また、教義を正しく理解してないと神から認められないと思っているせいでしょう。
(その辺の疑問を憂えた人が無教会主義を考えたのでしょうかね。よく知りませんが)
「神と直接親しい関係」を持つことが大切と思ってる人は素晴らしいです。称賛します。

2014/05/12(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

こんばんは

「ラムサ―真・聖なる預言」土曜日に行きつけの本屋で
探したのですが、置いてなかった。アマゾンで探すと、
ラムサの本は高価でみな数千円もする!でもなんとか
中古本、送料ともで700円のを見つけました。私は最近、
本はヨドバシで買うことも多いです。3%のポイントがつくし、
なによりもアマゾンは日本で税金を払っていないので心情的に
ヨドバシを応援したくなります。電気製品ならヨドバシの圧勝です。
うまくすれば即日配達だし、アマゾンと違って全商品送料無料です。

2014/05/14(水) |URL|エリアンダー [edit]


いつもながら、この“バーソの書”には《肯定感》があふれていて、
大いなる幸せと自由の発見を助けていただいております♪

バーソさんおっしゃるところの《神》が僕は好きなんですよね(〃´ V`〃)
好きというより、ハッキリと理想の姿です。

そんな理想の神の大らかな眼に見守られながら、
これからも、世間的に「フツーこうでしょ?」とされている枠に縛られず、
・・といいつつ、全く囚われないとゆーのも困難そうなので(軟弱w)、
2割「フツメン」8割「イヌメン」って感じで、自分らしく生きてゆこうと思います〜(笑)

・・・あ! 『ペプシネックス・ゼロ』の桃太郎篇、
第二弾「Episode.1」がオンエアされはじめましたね♪
http://www.youtube.com/watch?v=vICD57aC7Ow
やっぱ鬼・・・ エエわぁ〜〜。。。

2014/05/15(木) |URL|G.D.M.T. [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

ラムサの本、見つかってよかったですね。
この手の本は絶版になると、かなり高価になりますから、古本で十分です。
(Amazon を見たら、現在1,196円でしたよ)。

私は最近、買い物はほとんど通販で、店は大抵 Amazon です。
(少し高くても安心できるのと、あの箱のデザインが好きなので)

でも、これからはヨドバシもチェックすることにします。
(フィルムカメラ時代は大抵ヨドバシで見て、ヨドバシで買ったのですが)
ヨドバシは「価格コム」を見ても上位に出てこないのですが、
ポイントが10%ぐらい付けば1位と変わらないのですね。

2014/05/15(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

G.D.M.T.さん ありがとうございます^^)

あははは・・・
私の見るところでは、仕事中=20%「フツメン」+80%「イケイケメン」で、
散歩中=100%「イヌメン」じゃないでしょうかね(笑)。
でも「自分らしく」というのは、じつにいいですね。これ、非常に重要です。
だって、自分らしく生きなければ自分の人生を生きる意味がないですから。

思うのですが、普通のことをわきまえている人が、普通以上のことができる。
そういう人が「フツーこうでしょ」の枠に縛られずに自由な発想ができる。
そういう人こそ真にクリエイティブな仕事ができる・・・のじゃないでしょうかね。

動画の情報、ありがとうございました。第2弾「Episode.1」見ました。
「スターウォーズ」みたいに、第2弾が前のストーリーなんですね。
評判が良かったので、前編を作ったのでしょうか。
この音楽、クセになりますね。しばらく頭の中でリフレインしています。

2014/05/15(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

フリーのお仕事してると、不安に思うことがしょっちゅうあるけれど、でも、会社に勤めてる人でも、いつ会社がつぶれるとも限らないわけだし芸能人なんかもいつ売れなくなるか常に心配なんだろうな、とか思ったら気が楽になるんですよねー。となりの芝生は青く見える。それを自分自身に目をむけるようにすれば喜びを感じれるようになるかな。バーソさん主義はいつも一貫してるから、とても安心するー!

2014/05/16(金) |URL|abe [edit]

abeさんは、フリーでよく頑張ってますね。

ネガティブに不安要素を考えれば、いろいろあるでしょう。
でもフリーは、自分の才能を生かせて、自分の好きなことができてはいませんか。
年中イヤな上司の下で、好きでもない仕事をしてる人に比べれば、はるかにいいですね。

「隣の芝生は青く見える」。きっと隣の人も、そう思っているのでしょう。
でもじつは「隣の芝生はそれほど青くはない」のではないでしょうか。

アップルの創始者スティーブ・ジョブズは、かつてこう言ったそうです。
「人生の時間は限られている。他人の人生を生きることで時間を無駄にしてはいけない」
フリーで生活できている人は、時間を無駄にしてるどころか、まったくその逆で、
日々、緊張と充実感と達成感と喜びがある生き方をしてるのじゃないですか。
自分の芝生は青いと思って、苦しいことがあっても、ぜひ頑張ってくださいよ。

2014/05/16(金) |URL|☆バーソ☆ [edit]

いつも興味深く記事を読ませていただいてます^^
こちらにおいでになる皆様とのやりとりも勉強になるし
とても楽しく拝見させていただいてます♪

私も今はフリーで仕事してるので、
不安になることがしょっちゅうあるのですが
『自分の芝生は青い』
この言葉いいですね(^.^)

ラムサ。。はまだ読んだことありません。
Amazonでチェックしてみます^^

2014/05/16(金) |URL|kotorin [edit]

kotorinさん ありがとうございます^^)

温かいコメントをいただいて、うれしいです。
「自分の芝生は青い」は、もっと言うなら、
「自分の芝生は素晴らしく青い」じゃないでしょうかね。
他の誰のでもない、自分の、掛け替えのない、オンリーワンの芝生なんですから。
吸ってる空気だって、見えてる景色だって、時々に感じてる感覚だって、
他の人とは違うのですし、自分の生きてること自体が最高に素晴らしいのですから。

人生では、ひとがどう思おうと関係ない、自分のしたいことをするのが一番ですよね。
お仕事はフリーですか。アート系でしょうかね。それしか思い浮かびませんが。
なんであれ、意欲と才能があるのですね。たいしたものです。うらやましいです。
ラムサ、ぜひ読んでみたらいいですね。いい本です。

2014/05/17(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

はい、一応アート系、絵部門です。地味~に細々と活動しています^^
しょうもないことしか書いてないので恥ずかしいのですが
URL貼らせていただきました。
OL時代はフリーの仕事に憧れたものですが
いざフリーになると、OL時代の安心感と連帯感を懐かしがったり
勝手なものだとつくづく思います(^^ゞ

『自分の芝生は素晴らしく青い』
ほんとにそうなのだと思います。
それが真実なのでしょうね^^
普段なかなか気がつかないけど。。♪゜・*:.。. .。.:*・♪

2014/05/17(土) |URL|kotorin [edit]

kotorinさん ありがとうございます^^)

なんと、ブログは『ジャスミンの薫る庭』でしたか。
最近、何回か、おじゃましてましたが、お名前には気づきませんでした。
パウルクレーを思い出すような、パステル調のきれいなテンプレートですね。
全体の色調もそうですが、文章にも繊細な感覚を感じます。
絵もきれいです。やわらかで、やさしくて、いいですね。
「このページを見て 買うことに決めた(笑)」は、私も同感しました。
いいお母さんのようですね。
これからもよろしくお願いしますねー。

2014/05/17(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

今は神との対話の2巻目の中盤あたりですがなかなかこの神様は手厳しいことを言ってきますね(笑)
特にヒトラーの話はかなりキツかったですよ。
でも仮にこれが真実ならばキリスト教やそれに類似した宗教は相当な嘘つきと言うことになります。

2016/11/22(火) |URL|通りすがり [edit]

Re: タイトルなし

通りすがりさん コメントありがとうございます^^)
 そうですか。2巻目も中盤に行きましたか。ということは1巻目は抵抗がなかったということでしょう。いいことですね。

 ヒトラーも天国に行ったという話。勧善懲悪じゃないので、ちょっと驚きますが、人を永遠に苦しめる地獄というものがなければ、あとは天国しかないので、そういうことになるという話も矛盾がありません。
 となると今生で悪いことをしたときに教会に行って懺悔をしないでも救われると思う人が出てくる。となると教会には寄付が入らない。そこで・・・という話も説明されていると思います。

 一般に宗教というものは、論理性を離れて、ただただ信じる素直さと従順を求めるものですが、この本は読者の知性にに訴えるよう論理的に書かれていると思いませんか。

2016/11/22(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

読者に気づかせる。この本ふうに言えば『思い出させる』でしょうか。そういう種類の本だと思います。

2016/11/23(水) |URL|通りすがり [edit]

Re: タイトルなし

通りすがりさん コメントありがとうございます^^)
 “思い出させる”ですか。なるほど。ということは、自分で見知らないとは思えない、知っているような、そして共感できそうな、ということですかね。
 ならば、受け入れやすい本なのでしょう。よかったですね。

2016/11/23(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/11/23(水) || [edit]

Re: タイトルなし

鍵コメさん コメントありがとうございます^^)
 基本的なことを述べます。
1.神は人間に“自由意思”を与えたので、人間が自由に行動することを許している。すなわち神に熱心に祈ったり、真面目に行動したりしたからといって、神はその人を特別に優遇し、良い方向へと導くことはない。逆に悪いことをした人間が罰を与えられることもない。人間が人生で得た結果は、自分が選択したことの必然的な結果に過ぎない。だから神に熱心に祈ったスポーツチームが勝ったとか、誠実に生きる人は貧乏にも病気にもならないというような話はない。

2.神が人間に直接話をすることはない。聖書に神が現れたと書かれている箇所は、すべてみ使いが現れたということ。み使いは神の代理者なので、神と自称あるいは他称されているだけ。例でいうと、何々電力で~すと言って家にやってくる営業マンは大抵は平社員。彼は何々電力会社の代表として来ているだけ。スピリチュアルでも、神からメッセージを聞いたという話は、いわゆる高級霊から聞いたということ。この高級霊には、守護天使とか守護霊、ハイアーセルフも含まれる。

3.個々の意識が集まると集団意識となり、非常に大きい力を持つ。いまカネが万事の世の中になったのは、個々の人がそう思い、そういう人が社会に増えたので、世の中全体の流れがそうなったということ。特殊な組織が何か裏で操っているのかもしれないし、単にカネを非常に多く持っている一部の特権階級が世界を牛耳っているのかもしれない。東京都の議員のボスと言われる人はカネ集めがうまかったので、長年ボスとして君臨し、歴代の都知事も敵わなかったのだとか。

4。何が真理かということは、結局は自分で決めるしかない。証明できない事柄は虚実を確かめることが非常に難しい。頭脳の優秀な人に聞くのもいいが、それは絶対に確実とは言えない。となれば自分のハートに聞いてみて、しっくり来て、共感できることやスムーズに納得できることを信じるしかない。結果として、うまく行くかもしれないし、うまく行かないかもしれないが、いずれにしてもそれは自分で選んだ結果に過ぎない。「神との対話」では、人生は、信じる者には信じるようになる、信じない者には信じないようになる、というような言い方がされている。

5.何かの教えが自分にピンと来ないなら、自分には合ってないのかもしれない。それが真実ではないのか、あるいは単に自分のレベルが理解できる段階に達してないのか、トラウマがあったりして疑り深い状態になっているせいかもしれない。良いものだから誰もが受け入れるということはなく、逆に、悪いものだから誰もが拒否するということもない。

というわけで、よく調べたら、あとは自分に合っているものを採用するしかないと思うのですが、どうでしょう。

2016/11/24(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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2016/11/24(木) || [edit]

Re: タイトルなし

通りすがりさん コメントありがとうございます^^)
 人間の努力は必ず報いを得ます。
 量の多い少ないはありますが。
 それは神からの報いを得るということではなく、自分が良い行動をした結果を自動的に得るということです。自然界には原因→結果の法則が作用しているということです。
 これだと思うものがあれば、それがそうかもしれません。
 ただし、客観的に調べることも重要ですね。

2016/11/24(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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