「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 人生は回転木馬だ。日々の繰り返しが面白い。 

「オー」の声だけで歌うスポーツ応援歌といえば、
どんなメロディを思い出すでしょう?

(歌詞)     
 オーオオ オオ オオー オオオ オオオオ オーオ
 オーオオ オオ オオー オオオ オオオオ オーオー
 オオオオ (にっぽん) オオオオ (にっぽん) オオオオ オーオー


サッカー日本代表戦やJリーグでよく聴く応援歌(チャント)は、
1973年のアカデミー賞受賞映画『スティング』のテーマ曲
「ザ・エンタテイナー」のサワリの楽節が使われている。

短くて、記憶に残る、調子のいい旋律が繰り返し繰り返し反復して
斉唱されるので、応援が終わることなく永遠に続きそうな気がしてきます。
You-Tube
   
ldjuy.jpg
            https://www.youtube.com/watch?v=ocqwv3NB8H8

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人生は堂々巡りだ。(人は同じような日常を繰り返している)

二人で問答をしているうちに、話が最初に戻ってしまう
終わりのない曲「バケツの穴」。
元は中部ヨーロッパの民謡で、深い含蓄もなく、浅い意味もなく、
曲も単調で、何の足しにもならないのに、聴いてるうちに
気分明朗になり、つい口ずさんでしまう面白い歌です。
   
 1.バケツに穴が空いてるぞ なあ ライザ
   ふさぎなさいよ ねえ ヘンリー

 2.何でふさいだらいいかな? なあ ライザ
   ワラでふさいだら? ねえ ヘンリー

 3.でもワラが長すぎるな? なあ ライザ
   切って使ったら? ねえ ヘンリー

 4.何で切ったらいいかな? なあ ライザ
   手斧で切ったら? ねえ ヘンリー

 5.手斧がナマクラになってたら? なあライザ
   研ぎなさいよ ねえ ヘンリー

 6.何の上で研いだらいいかな? なあ ライザ
   石の上でよ ねえ ヘンリー

 7.石はすっかり乾いてるよ なあ ライザ
   水を掛けたら? ねえ ヘンリー

 8.何を使って掛けたらいいかな? なあ ライザ
   バケツを使うのよ ねえ ヘンリー

 9.バケツに穴が空いてるぞ なあ ライザ
   ふさぎなさいよ ねえ ヘンリー
 (と、ここで最初に戻る)



9番はお好みでバーソ・ヴァージョンがありますよ。
   
9b. バケツの底に穴が空いてるぞ なあ ライザ
   そこまでは気がつかなかったわ ねえ ヘンリー
(ここでパタンと倒れる)

ディーン・マーチンとジョージ・ゴーベルも歌ってます。→You-Tube
ハリー・ベラフォンテとオデッタ・ホームズも歌ってます。→You-Tube


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人生は双六(すごろく)だ。(人は、生きて、死んで、また振り出しに)

昔々、もとい、今々のこと。
ある日、ある子どもが、ある大人に、こんなことを聞いたとさ。

 「ねえねえ、人はどうして働くの?」
 --それは、つまりだな、食べるためだよ
 「どうして食べるの?」
 --それはだな、生きるためだよ
 「どうして生きるの?」
 --何かをするためだよ
 「どうして なにかをするの?」
 --いいかい、生きるとは何かをすることなんだよ
 「ふうん、なにかを したら どうなるの?」
 --何かをして、最後は、みんな死ぬんだな
 「ふうん、だったら、人はどうして働くの?」


話が最初に戻ってしまいそうですが、どっこい、話の続きもありますよ。
  
 --いいかい、人は死んでも、また生まれ変わるんだよ
 「ふうん、生まれかわって どうなるの?」
 --別の人間になって、別の人生を送るのさ
 「べつの人生を送って どうなるの?」
 --分からないよ。でも分からないから いいのさ
 「どうして わからないのが いいことなの?」
 --どうしてキミはいろいろ聞くのかな?
 「うん、わからないことが わかるのって、おもしろいんだ」


後半は輪廻転生を前提とし、人は分からないことを分かろうとする、
そんな繰り返しに見える人生がいいのだ、という話になっています。
いやいや、人生は一度しかないじゃないか、
だから「食べたり 飲んだりしよう、どうせ明日は死ぬのだから」と
刹那的に生きる人たちが、昔のギリシアやユダヤにもいたようです。
(エピクロス派、旧約イザヤ22:13、新約コリントⅠ15・32)

ともあれ、この人生は今回のみ。
清廉・立派に生きるもよし。大望・愉悦のために生きるもよし。
悔いが残らぬよう、自分の好きなことをして生きられれば最高だ
と私は思います。





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人生は壊れかけのレコードだ。(というより、完璧なCDだ)

人の暮らしはルーティーンです。同じことの繰り返しです。
ですが、まったく同じことの繰り返しはどうなのでしょう。

「同じことを繰り返しやるのは気がのらないわ」 (マリリン・モンロー)
「同じことを繰り返すくらいなら死んでしまえ」(岡本太郎)
「同じことを繰り返しながら違う結果を望むことを狂気という」 (アインシュタイン?)
「同じことを繰り返すことを飽きるほどして飽きてみたい」 ( バーソ・笑) 


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繰り返しソング

バーソ様
おはよう御座います。

そうですね。人生は繰り返しなのかも知れません。
生まれ変わったときは過去が全てリセットされているので
しょうか。リセットされていなかったら赤ちゃんの時から
大人びているでしょう。そうかお釈迦様はリセットされ
なかったのですね。だから唯我独尊なんてことをいった
のでしょう。ということはお釈迦様はリセットされていない
不良品なのでしょうか。
繰り返しソングはもっと有名なものがありますよ。
白ヤギさんと黒ヤギさんの手紙の歌です。終わりが
ありません。
それはそうと今日の21時に超常現象に挑戦するテレビが
ありますので観ましょうね。

愛新覚羅

2014/03/22(土) |URL|aishinkakura [edit]

aishinkakura さん ありがとうございます^^)

禅宗の修行僧の食事は一汁一菜。極めて質素で少量ですが、
かえって、お米の一粒一粒の味わいがよく分かるのだそうです。
人生では同じことが繰り返されているようでも、その時々の事柄から
味わいや奥深さや喜びを感じ取れる人が覚者と呼ばれるのでしょうか。

覚者の場合は、偉大な知恵が(天から)インストールされるようですが、
必死に修行してそうなる人もいれば、偶発的にそうなる人もいるようです。
私は《欠く者》ですから、歌の白ヤギさんと黒ヤギさんのようなもの。
人生では、結果を推測できずに失敗することを繰り返していています(涙)。
NHKの番組は予約視聴のセットをしてあります。

2014/03/22(土) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おはようございます

よくまあ繰り返しの曲や言い回しをたくさん集められたこと。
googleとyoutubeを駆使されていますね。(笑)

もし、もう一度同じ人生をやり直せといわれたら、断ります。
退屈極まりないですもん。短いメロディーを繰り返す曲も退屈で
苦手です。ムソルグスキーの「展覧会の絵」やラベルの「ボレロ」とかね。
バーソさんの紹介の動画のライザの声、艶があって聞き惚れます。
この曲の掛け合いは「三年目の浮気」とか「銀恋」を思い出させます。(笑)
エッシャーの描く階段は上がるようで降りるようで、永遠に繰り返す
不思議な空間です。他にも二次元から這い出るトカゲやトリ、印象的です。

2014/03/23(日) |URL|エリアンダー [edit]

エリアンダーさん ありがとうございます^^)

いつも要点を突いた適切かつ興味深いコメントをありがとうございます。
「銀恋」とか「ボレロ」と言われたら(まあ、相変わらず、ジャンルが幅広いこと!)、
当該メロディのサワリ部分が脳内にて自動リピート再生し始めました(笑)。
音楽でも教訓話でも人生でも何でも、分かりきったことは面白くない。やはり先が分からないでドキドキハラハラするぐらいがいいのでしょうかね。

もし人生のやり直しが可能なら、今までした選択とは全く別の選択をするでしょうね。
とすると過去の経験はそれほど役には立たないことになりますが、それでもいいかなあ。
私は欲が無いほうなので、溢れる才能、有り余る資産、水も滴る容姿、落語家のように話術巧みで、キリストのような人格をベースに再スタートできれば不満はありません(笑)。

2014/03/23(日) |URL|☆バーソ☆ [edit]


くり返しのようでいて、くり返しではないのだけれど、
そこで起きるちいさな(しかし、とっても大切な)変化を、
『ありふれた』とか『なにげない』って言葉で、平たく均してしまうもの。

それが、日常。

そして、大きな変化でソレが失われてしまった後で、
くり返しのようでいて、くり返しではなかったということに、
やっとようやく気づけるもの。

それが、日常。。。だったりするかも?!

ところで、締めのサブタイトル・・・
“人生は壊れかけのレコードだ。(というより、完璧なCDだ)”ってのには、思わず『・・・うまいっっ!』と声をあげてしまいましたですヨ♪
偉人(有名人?)たちの言葉の羅列のなかでも、バーソさんの言が
なんとなく一番深いトコをついてる気がします〜 (´υ`)

2014/03/24(月) |URL|G.D.M.T. [edit]

人生を飽きるほど繰り返して飽きてみたい、っていうことは、バーソさんは
まだまだ飽きてないってことですよね!わたしは毎日おなじような生活を送ってるけど、毎日若干違ってるし、なんとかかろうじて毎日を無事に過ごしてる、って感じで、これ、幸せなのかなぁなどと不安をかんじたりもするわけだけど、幸せなら繰り返してもあきないだろうな。
バーソさんはきっと幸せな日々を送ってるんだと思うな!

2014/03/24(月) |URL|abe [edit]

G.D.M.T.さん ありがとうございます^^)

>くり返しのようでいて、くり返しではないのだけれど、
>そこで起きるちいさな(しかし、とっても大切な)変化を、
>『ありふれた』とか『なにげない』って言葉で、平たく均してしまうもの。

>それが、日常。

>そして、大きな変化でソレが失われてしまった後で、
>くり返しのようでいて、くり返しではなかったということに、
>やっとようやく気づけるもの。

>それが、日常。。。だったりするかも?!

うーーーーーん、うまいっ。じつに達観した名文です。全文引用しました。
だいぶ考えたでしょう。というか、普段から心にある語彙なんでしょうね。
もう何も付け加えることがありません。素晴らしいです。
確かに、「くり返しのようでいて、くり返しではなかった」ことに
ソレが失われる前に気づいて、日常をもっと大事にしたいと思います。

「人生は壊れかけのレコード」だ。これは「壊れかけのRadio」をもじりました。
徳永英明は「思春期に少年から大人に変わる道を探していた」と歌っていますが、
私は大人に変わりたくないとずっと思ってましたね(いい年して、今でもそうです)。
だからそのせいか、同じところでストップしている部分があります。

>偉人(有名人?)たちの言葉の羅列のなかでも、バーソさんの言が
>なんとなく一番深いトコをついてる気がします? (´υ`)
あーーーーっ、うれしいな。ありがとうございます。励みになります。(*^^)v

2014/03/24(月) |URL|☆バーソ☆ [edit]

abeさん ありがとうございます^^)

「人生を飽きるほど繰り返して飽きてみたい」とは、
私は人生のいい時期を、スナック、カラオケ、海外旅行にも行かず、流行りの音楽や映画も長年ほとんど知らないという、ま、いわゆる世間的な楽しみや娯楽などを全然しないで生きてきたので、もっとこれから長生きをしたいという切なる希望の表れなんですよ。

今は以前より時間的・精神的に格段に自由になったので、もっといろいろできるはずなんですが、特に何もしないで、まれさんと同じく、毎日おなじような生活を送ってるけど、毎日若干違ってるという感じですが、まあそれで、満足しているのでしょうかね。

ご飯を毎日食べても飽きないように、人生って決して飽きないのじゃないのでしょうか。
幸福ならまず毎日飽きないだろうし、幸福でなくても(苦しいことはあるでしょうが)飽きないような気がします。
まれさんは、ブログを拝見していても、最近はずうーっと いい波動を感じますよ。
いい作品をこれからも創ってください。(^J^)

2014/03/25(火) |URL|☆バーソ☆ [edit]

私ね・・・ラヴェルの『ボレロ』って、凄く好きな曲です。
繰り返しっていうけど、
よせては返す単調な波のようなリズムと同じメロディ、
生理的にすごく心地よぃリズムだし、
単調だけど、退屈じゃなぃし、むしろ熱情すら感じます。
聴き手次第なんでしょうけど、
変化するから奥行きがあるし、
広がりも、永遠も無限もあるように感じるんです。

無限階段見て連想しちゃった・・・

♪アノ道は、いつか来た道~~♪
    なんて動揺の歌詞もあったけど、、、

 繰り返し繰り返しで、
     特に、幸福論や恋愛話等など、
  はたから見てたら大して代わり映えの無ぃ言ダケド、
  そんな事でも、なんやかんやで
   飽きなぃように絶望しなぃで出来てる人間って
    可愛ぃ愛すべきモノのように思えるのです(*^^*)

 あ、、、昔、「懲りない面々」っていう本もありましたねーー

 あ、、、またどんどん話が脱線してきます(汗)スミマセヌーーー
  

2014/03/26(水) |URL|レイまま☆ [edit]

レイまま☆ さん ありがとうございます^^)

ラヴェルの『ボレロ』についての感想を読んでいると、
人の考えや感じ方はいろいろあるのでいいんだなあと感じました。

「生理的にすごく心地よぃリズム」で「熱情を感じて」、
「変化するから奥行きがあるし、 広がりも永遠も無限もある」。
なるほどなるほど、人の感覚はそれぞれ違うというのも面白いもんですね。

私、レストランでクラシックか何かの曲をBGMで聴くと、曲名は思い出せなくても、
そのメロディがしばらく頭の中でリフレインされることがよくあります。
いい音楽は聴こうとしないでも自然に心の中に入ってくるものなんですね。

人間は一人ひとりが名曲というわけではないですが、でも自分の人生は自分にとっては掛け替えのない妙曲。他人は飽きても、自分だけは飽きることがないですね。

「なんやかんやで、飽きないように絶望しないで出来てる人間」って、
本当に「可愛い愛すべきモノ」(←いい言葉です)と思えますし、
そう思う人もまた可愛い人だなあと思います。

と書いてると、あ、また、例の、タンタタタ・タンタン・・・という
『ボレロ』のメロディが頭の中に繰り返し繰り返し響いてきましたよ。(^^♪

2014/03/26(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

おはようございます。

10日は文芸春秋、18日はカメラ雑誌、20日はAV誌(AVたってオーディオ
ビィデオの事ですよ(笑))、土曜日はバーソさんのブログの発売日です。
羅生門の映画を見ていたら、「ボレロ」が聞こえてきました。あれっと思って
よく聞くと微妙に違うんですね。黒沢監督が映画音楽作曲者にボレロと同じような
曲を作ってくれと頼んだらしいです。ラベルの著作権(没後50年)がまだ切れ
てなかったのでしょう。

2014/03/27(木) |URL|エリアンダー [edit]

エリアンダーさん またまた ありがとうございます^^)

そうなんです。「週刊バーソは本日、いや、土曜日発売でーす」
あははは・・・エリアンダーさんらしいおだて言葉に、恐縮しつつ喜んでいます。
まっ、「文春」をお読みとは、恐れ入谷の仏立山真源寺です(注:鬼子母神がある)

私は昔は「朝日カメラ」「毎日カメラ」「コマーシャルフォト」と「Streo」「HiVi」を毎月買ってましたが、最近は「日本カメラ」がレベルアップして面白くなりました。
近頃はデジカメの全盛期。欲しくなるカメラがいろいろあって困ります。

あの映画ですが、内容は芥川龍之介の『藪の中』から採っているのに、
『羅生門』という題名はどうして?と考え始めたら夜も眠れなくなります(笑)。
すぐ思い出すのは、カメラが空を向いて木々がくるくる回るシーンでしょうかね。

『荒野の七人』を見ると『七人の侍』のすごさが分かります。まるで別物です。
黒澤作品のカメラワークは卓越していて、人物の性格描写が非常に単純明快です。
常連の三船敏郎はまさに適役。『椿三十郎』の織田裕二は格違いでかわいそうでした。
(映画は詳しくないのですが、伊丹十三の演出は黒澤監督に似てないでしょうか)

『羅生門』で「ボレロ」に似た曲が使われているとは気がつきませんでした。
その頃はまだ著作権ラベルが貼ってあったのでしょうかね(笑)。

2014/03/27(木) |URL|☆バーソ☆ [edit]

繰り返し

そうですね、繰り返してますね、ほぼ。

繰り返すのだけれど、少しづつ背景がかわり
自分も年齢の変化があり、
変わってはいるけど、暮らしのパターンは
繰り返しですね。

私、死んだら「無」というか消えると信じてましたが
そうじゃないのかもしれないと思うようになってます。
その世界、知りませんから、なんとも言えないですけど。

私は、お盆の行事のようなものを一切、排除しています。
意図的に。私の考えで。
でもたくさんのブログの皆さんのお盆の過ごし方を
読むにつれて、
お盆の行事を、みなさん、熱心にされて、よりどころにして
気持ちを絶やさないようにしているのかなと思うように
なりました。

だからといって、私の考えを変えるのではないけれど
少し、柔軟にするべきかなあと、思うようになりました。

2015/08/19(水) |URL|森須もりん [edit]

Re: 繰り返し

森須もりんさん いつもありがとうございます^^)
 人間の意識というのは少しずつ変わっていて、時々けっこう変わりますね。何十年も固く信じてきたことが、何かのきっかけで瞬時に変わることがあります。
 少しでも変わるというのがいいのでしょうね。変わらなければ今日の日がある意味がなくなります。
 ということは毎日なんらかの変化なり問題が起きるのが当たり前で、それを何とか、必死に、面白がりながら乗り越えていくべきものなんでしょうかね。
 
 お盆については物心ついてから何かの宗教行事をしたという記憶がないですね。私は霊の世界は信じるほうなんですが、そういう霊に関する民間伝承のようなものは信じていないからです。日本や中国では信じられていても、西洋にはお盆の概念がないのがその証拠のように思っています。お墓参りにしても、今では都会に出てきている若い人が、自分の郷里に帰る口実になっている場合が多いのではないでしょうか。

 でも特に信仰については、森須さんと同じく、他の人を非難するつもりは全然ないですね。信じるにしても信じないにしても、どちらも明確な根拠がないのですから、自分の好きなようにしたらいいと思っています。
 でも「柔軟にするべきかなあ」と思うのはいいことじゃないでしょうか。人間が大きくなっている証拠のように思います。

2015/08/19(水) |URL|☆バーソ☆ [edit]

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