「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 カネが回れば経済が活性化する三つの小話とMMT。 

 
 都知事選の選挙広報。1面の上位2人に注目しました。

 小池ゆりこ都知事は「東京大改革2.0」のスローガンを掲げていますが、都の貯金はほとんど使い切っているそうです。
 山本太郎候補は「都債15兆円を発行し、都民一人当たり10万円を給付する」など
現金を回して景気を底上げすることを公約しています。

 カネを無から生み、世の中に回す―――なんてことが実現可能なのでしょうか?
 その点を三つの《戯れ小話》にしました。私としては珍しい経済風味の話です。

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 困難でも喜びのゲームを楽しむ『少女パレアナ』の視点。 


 エレナ・ポーターが1913年に書いた『少女パレアナ』という本があります。

 書き出しは私の好きな『赤毛のアン』に似ていますが、それより10倍感動しました。2日間で3回読み返しましたが、3回目も涙があふれ出ました。これは友人のエリアンダーさんから紹介された、私としては近来にないと思えた良書です。

 場面は100年ほど前のアメリカ。両親を失って孤児となった11歳の少女が、義務感だけは心得ている気難しい叔母さんに引き取られますが、困難な状況にあってもいつも強い意志と努力によって《喜べる理由》を探し出すゲームをすることで、荒れていた町の人々の心を喜びで明るくしていくお話です。

「パレアナ」は、当時アメリカ中の店やホテルの名前になるなどのブームになり、ウェブスター英語辞典には《喜悦》という意味の名詞として掲載され、「パレアナイズム(極端な楽天主義)」という心理学用語を生みました。

 今回は、パレアナの《喜べる言葉》をピックアップした感動の“さわり”集です。

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 蛇足とは《余分な付け足し》の意ではなく、重要な意味がある。 


太古の昔、5本の指がある4本足のヘビが歩き回っていた。

 五本指の手足を持つヘビの化石がブラジルの1億1000万年前(白亜紀)の地層から発見されたことが『Science』誌 2015年7月24日号に発表された。
 全長約20センチの若い個体で、前脚は長さ1センチほどだが、脚以外の特徴は明らかにヘビであることを示しており、「テトラポドフィス・アンプレクトゥス(4本の足を持つヘビ)」と名付けられた。
 短い脚は移動に使っていたとは考えられず、獲物や交尾相手をつかむ役目を果たしていた可能性があるという。

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  Dave Martill, University of Portsmouth 出典「natureダイジェスト


クマ「ご隠居、ヘビに足があってもトカゲじゃなく、ヘビなんですか」
隠「熊さん。この化石は尖った歯や鱗や筒形の尾など、ヘビの特徴をしっかり持っているそうだ。だから、この4足ヘビは、ヘビとトカゲをつなぐ中間種だと言う学者もいる」
クマ「やっぱり、ヘビの足は《退化》して無くなったんだ」
隠「うむ、昔はヘビに足があったという話は面白いな。ちなみに熊さんは、蛇の足と書く《蛇足》の意味は知っているな?」
クマ「その程度は知ってます。《蛇足とは余計なものを付け加えること》で、ご隠居の無駄話みてえなものです」
隠「無駄話で悪かったな。が、その蛇足話をちょっとしよう。《蛇足》の出典は前漢の『戦国策』の書にある。『戦国時代』という語はこの書に由来する。 時は支那の春秋戦国時代。蛇の絵を早く描いた者が酒を飲めるという競争をしたとき、一番早く描き終えた者が、『俺はまだ足を描く余裕もある』と自慢して蛇に足を付け足したら、『蛇に足は無い』とクレームが入って競争に負けた喩え話から来ている。だから《蛇の足》は余計なものなので《無くてもいい》というより、むしろ《無いほうがいい》とも解釈できる
クマ「なるほど、ちなみに、ご隠居の無駄話は、有ったほうがチョーいいです」
隠「有りが超。じつはこの話は、《楚》の国の将軍・昭陽が《魏》の国を破って、その勢いで隣りの《斉》の国に軍を向けたとき、《斉》の君主が困って、知恵者を将軍の下に遣わした。その知恵者は将軍に言った。『あなた様は隣国《魏》を撃ち破り、我が国《斉》を恐れさせ、十分に大勝利を得ています。すでにお国では最高位の地位は間違いなく、これ以上勝っても今以上の地位は無いでしょう。それどころか、万一負けるようなことがあれば失脚となるかもしれません。そうなれば蛇の絵に足を描き足した男と同じになりませんか』と言ったら、昭陽将軍は、もっともだと納得して兵を引いたという話が元になっている」

 有難いと分かれば感謝したくなる。釈迦の「盲亀浮木」の話。 


  有難や有難や 有難や有難や
   金がなければ くよくよします
    女に振られりゃ 泣きまする
     腹がへったら おまんまたべて
      寿命(いのち)尽きれば あの世行き
           ―――――浜口庫之助『有難や節』


クマ「ちわ~、ご隠居、家でもマスクして、コロナ萎縮やってますね」
陰「熊さん、《萎縮》とは引きこもりだが、《自粛》は善いことを考える活性的な時だ。コロナを軽く見てはいかんが、怖れ過ぎてもいかんよ」(※1)
クマ「でも、コロナマークツーが来たらどうするんで?」
隠「まだ第二波は来ておらんよ。いまはもっと《有難い》という気持ちを持ったほうがいいかもな」
クマ「俺は借金だらけ、ご隠居はシワだらけ、猫は毛だらけ灰だらけ。なのに、なんで有難いんで?」
隠「熊さんや、《有難い》という言葉が、どうして《うれしい》とか《感謝》の意味なのか、分かるか?」
クマ「自慢じゃねえが、分かりません」
「では、有難い話をしよう。『盲亀浮木もうきふぼく』と言って、お釈迦さんが弟子の阿南に語った話だ。一匹の盲目の亀が広い大きい海の底にいる。海のどこかに、小さな孔が開いた一本の丸太がぷかりぷかりとただよっている。亀は百年に一度だけ海面に顔を出すが、ちょうど浮かび上がったとき、亀の頭がその丸太の孔にすっぽり入ることがあるか?


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