「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 ら抜き言葉と、たぬき言葉。言語は流動し、固着する。 

 ここでは引用文以外は、「た」の字を抜いた「た抜き言葉」で書いています。
 当該箇所には下線を引いていますが、「た」を補って読んでみてください。


 
ra19.jpg こんにちは。ぼくは、アライグマです。
 先々週、あしか君にメールでさそわれて、日本にやってきまし

 先生は、ぼくのことを、らっくんと呼んでいます。
 友だちは、緑のどん兵衛じゃあなく、赤いぬきと呼んでいます。
 英語では、アライグマはラクーンで、ラクーンドッグはヌキなんですね。

 学校は、国語の授業がむずかしいです。
 先生はよく、最近は若者の日本語が乱れていると言います。
 とえば「見られる」を「見れる」と言う。「食べられる」を「食べれる」と言う。言葉を短縮し《ら抜き言葉》は手抜きで、文法的に間違っている。なげかわしい、はあーっと、め息ついていまし

 ぼくは、短くていいのにと思っので、近所のご隠居の家にうかがいまし困っときは、なんでも教えてくれる親切なお年寄りなんです。

 二字熟語を逆さに見れば視野が拡がる。 


子供の頃、カレーライスと呼ぶか、ライスカレーと呼ぶか、
語順が争論のタネとなり、友だちと論争したことがないですか。
カレーとライスが別々に出てくるのがカレーライスだという意見がありますが、
ライスを先に言うほうが “rice” が “lice”に聴こえないように発音できそうです。

二字熟語には、可逆語と言って、逆さに読んでも意味が通じるものがあります。
そんな熟語を130組以上入れ込んだこの例文は、駄文の文例のようなものです。
無駄に長いだけで、意義も意味も有益も国益も不利益も何も問題もありません。
途中中途か志半ばか道途中で読むのをやめても、全然ちっともかまいません。

ただ、私は、この種の「くだらない」は「面白い」と同義と思っていましてね。

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逆さに読めば、「家出の子弟」が「出家とその弟子」になるような話です。

1.
本日日本は、晴天なり、天晴なり。
われ、上船して船上の人となり、外海に出でて海外にいる気分になれり。
潮風に吹かれつつ時代の風潮外国国外の趨勢をつらつら考えるに、
王国には国王がいて、女王王女は、乳母母乳育成され、生育している。
レディファーストの民主国にはファーストレデイがおり、
室内でなくても内室と呼ばれ、息子は大統領の子息様様と祭り上げられる。
議会では会議が開かれ、利権権利を争って、論議議論されて白熱し、
趣意を述べると意趣返しがされ、白黒を付けようとししても黒白は付かず
良い政策の実現現実には困難のようだ。

 「戦」の字は、たたかい、おののき、そよいでいる。 


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海驢あしかの戦

わたしは 遠い海の彼方から
のこのこ都会にやってきた おのぼりさんです
東京の初夏は空がきれいだよ
と海獺(らっこ)が教えてくれたのです
街全体がきらきら輝いてるらしいよ
と海豚(いるか)も言うので たまらなくなったのです

岸から上がって 白っぽい 硬い地面を歩きました
通りでは おしゃれな花たちが愛嬌を振りまいています
青々とした葉っぱが風に戦(そよ)ぎながら手を振っています

はじめして こんにちは
わたしは海から来た海驢(あしか)です

街角では赤黄青のまあるい花が光ったり消えたりしています
大勢の人間が いっせいに ぞろぞろ せかせかと
真面目くさった顔をして道を渡っています
陸地では生きるための戦(たたか)いが厳しいのでしょうか

海は ゆったり のんびり 日が暮れていきます
でも 人の世では お天道様の回るのが何倍も速そうです
わたしは 街はずれに置いてけぼりにされそうで
ちょっと戦(おのの)いてしまいました
夕べに道を聞かば 朝(あした)に行動しなければ不可なり
と思うものだけが この街に暮らせるのしょうか

入道雲のように高くそびえる建物の曲がり角に来ました
曲がった先には 何があるか分かりません
でも きっと良いものがあるに違いありません
風がわたしの両頬を優しくなでて
耳をくすぐりながら そっと去っていきます
春の名残は わたしのふるさとにも伝わっていそうです

群衆のざわめきは 波と波とがぶつかる音に似ています
ああ 生きているとは なんと素敵なことでしょう
わたしは かすかに混じる潮の匂いを感じながら
人の国をずっと歩き続けたくなりました


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この後書きは以下、A面とB面の二段階仕立てになっています。

まずA面は、「戦」の字には“読み”と“意味”の違いが複数あるという話です。

戰の字の右側は、先端に刃が付いた武器の「戈(ほこ)」の形です。
左側の字は、先端部が両股になっていて弾丸を飛ばす「弾(はじ)き弓」か、
あるいは「ハエたたき」や「扇子のようなもの」だという説があります。※
共通点が“薄くて平たい”なら、地をはらって平らにするという意になります。

あるいは扇子はバタバタあおぐので、“振動する”という解釈もあるそうです。
そうなら、
1) 刃と刃が触れ合って振動するのが「戦う=たたかう」で、
2) 恐ろしくて手や足が振動するのが「戦く=おののく」で、
3) 木の葉が風で静かに振動するのが「戦ぐ=そよぐ」です。

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B面は、この三つの型を人の“生き方”に適用させました。
つまり人生で困難に遭ったときにどう対処するかという話です。
1)「たたかう」型なら、相手をやっつけて問題を解決しようと強く対応します。
2)「おののく」型なら、これ以上やられたら怖ろしいと萎縮して逃げ回ります。
3)「そよぐ」型ならば、起きた事は受け入れて感情を乱さず柔軟に対応します。

野生の動物は、大雑把に言えば、生まれつき、この3つの型になっていませんか。
しかしシェークスピアは「人生は選択の連続である」と言いました。
人間は、毎瞬毎瞬、こうしようか、ああしようか、と絶えず考えているはずです。


中には、刹那的また自動的に、自分の欲望だけに従っているひともいるでしょう。
でも大抵は、信念や良心などの知性を働かせ、世間的常識や先人の知恵も考慮し、
自分の経験や好みや感情とも相談して、次の行動を選択しているはずです。

この自由意思による選択こそが“人生の醍醐味”だと思うのですが、どうでしょう。
そうでないなら、近未来に登場する超AIロボットに戦き、従うだけになります。





補足―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
世界的ベストセラー『サピエンス全史』の著者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は、続編『ホモ・デウス』
下巻104-107ページで「人には自由意思というものはない」と主張しています。すなわち「人は欲望
を感じ、それに従って行動するに過ぎない。ある人が何かをするのは、脳内の電気化学的プロセスの
のせいであり、それは特定の遺伝的素質によって決まり、その素質自体は太古の進化圧と偶然の変異
の組み合わせを反映している」と進化論をベースに説明しています。その証拠に、被験者が自分の意
思を両手でスイッチを押して示す脳スキャナーの実験では「その人の決定を示す脳内の活動は、本人
がこの選択を自覚する数百ミリ秒から数秒前に始まっている」と述べています。しかし本人が自分の
意志をスイッチを押して示そうと思ってから実際に押すまでには、数百ミリ秒から数秒の遅延がある
はずです。この記事は、ハラリ氏のその考えに触発され、とりあえず軽いジャブとして書いています。

※『kanjicafe』日本漢字能力検定協会https://www.kanjicafe.jp/detail/7053.html
※『漢字/漢和/語源辞典』https://okjiten.jp/kanji701.html
※写真はフリー画像サイト『pizabay』から借用しました。
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 サロメは小悪魔的で、一度は会ってみたい悪女である。 


悪女とは悪い女のことなり。
悪い女と知りつつなお愛を誓う心の悲しさよ。(笑)

さて、「悪女」には3つのタイプがあります。

(1) 性格が悪い女のことで、昔は性悪女、毒婦、妖婦、阿婆擦れと言った。
ライバルの女の両手足を切断し、酒甕に放り込んで殺した残虐な奥方が最悪事例。
武則天、西太后、北条政子、日野冨子、そして舌切り雀のお婆さんもおそろしい。
ただし悪妻レベルなら、夫を著名な哲学者にする事例もまれにあり、結果良しか。
ちなみに悪男という言葉はないが、悪人、悪漢、悪党、悪魔などはみな男である。

(2) 器量が良くない女のことで、昔は醜女(しこめ)などと失礼なことを言った。
もう女っ気を捨て、食い気のみ旺盛な場合もあり、男はそんな女を固く辞退する。
しかし悪女の深情けと言って、とことん男に尽くすので男には有難い場合もある。
妻をめとらば 情けあり 才たけて 見め美わしく、が男が幸せになれる順序だろう。
人間の真価は内面にある。女の麗しさは偽りなり。と賢くなった男が言っている。

(3) 性的な魅力で男を操る女のことで、歴史は夜つくられるときの陰の主役。
子ネコのように甘え、ヒョウのように背中を引っ掻き、ヘビのようにたぶらかす。
小悪魔、魔性の女、淫婦、女狐のほか、フランスではファム・ファータルと言う。
ファム・ファータルとは運命の女の意。出逢ったら最後、男は谷底に転げ落ちる。
すこぶる美形で、セクシーで、会話も弾み、人生一度はお目見えしたい女である。


と、前振りが長くて恐縮ですが、
今回は、新約聖書に出てくる「悪女」を取り上げ、主に男性向けの話にしました。
その元の記述は福音書にあります。(マタイ14:1-11、マルコ6:17-28)


1910) Adolf Frey Moock (1881 1954
1. Adolf Frey Moock 1910

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