「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 キリンの長い首。その進化説と創造説とバーソ説。 


 以前、家々を一軒一軒訪問して聖書伝道していたとき、『創造論』を強く批判
してくる人がいました。
 口調は若干怒っていて、小馬鹿にしたような顔をしています。みな、男性です。

 学校で教えている『進化論』を受け入れないような人間は非科学的で、おつむ
が弱いと思っているのでしょう。まあ、無理もないのですが。

 しかしそういうときは、こんな話をしました。
「進化は、進化の法則とは言いませんね。それは科学的に証明されてない仮説
だからです」。(進化論は学説の一つだと知らない人が意外に多いのです)(※1)
 それから「キリンの首はなぜ長いと思いますか」と訊ねます。

 むろん、ミトコンドリアがどうしたとかの難しい話は分からないので、簡単な
事例で進化か創造かを考えるわけですが、論駁されたことはないですね。


  giraf1.jpg (photo by pixabay)


 ノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶 佑 京 ほんじょたすく 大名誉教授は、研究姿勢として、
好奇心と簡単に信じないこと」の重要性を強調し、「ネイチャー誌やサイエン
ス誌に出ているものの9割は嘘で、10年たったら残って1割」と語っています。

 というわけで今回は、キリンの首に関して『進化論』と『創造論』を考えます。

 北斎は努力型の超天才だ。『神奈川沖浪裏』大浪の新解釈。 


北斎の『神奈川沖浪裏』をじっと見ていたら、面白いことに気が付きました。

この絵はどうしても、大きな浪頭と小さな富士山の対比に目が行きますが、
その大浪直下の浪は、あらっ、形が富士山そのものじゃないですか。


huji35.jpg
      hue42.jpg 宝永火口と宝永山が見える富士山(Wikipedia)

どこかで見たぞと思って検索したら、富士山の南側から撮った写真と似ています。
(ちなみに『浪裏』図の富士山は、房総海岸から見た構図と言われています)

そう思うと、「大浪」が両手を広げて真下の「富士山」に襲い掛かろうとして、
おれ様のほうがお前より偉いんだぞ、と威圧しているようにも見えます。

ひょっとしたら北斎は、日本一の山に負けない日本一の荒海を描きたかったのか、
と思いながら北斎の絵を画像検索していたら、空の「雲」の正体が分かりました。

 越中「魚津城」十三将。耳に穴を開けて名を残せり。 


 先日、あるセレブが東京拘置所から作業着姿で出てきて、世間を驚かせました。

 仏フィガロ紙は「クロサワとは言わないが変装の努力は見られる。だが衣装の
レベルは『影武者』よりも下がった」と報道するなど、散々な評判でした。
 後日、担当弁護士は「彼の名声に泥を塗る結果となって…」と謝罪しています。

 天正十年(1582)、越中富山で起きた『魚津城の戦い』。
 城を守った武将十三人の死に際のパフォーマンスは、極めて壮絶、かつ特異で、
後世にその名が伝えられています。

                 

「ご隠居、越中で起きた『魚津城の戦い』ってどんな戦いですか」
「熊さんが好きな話だ。戦国末期、天下統一を目指す織田信長が甲斐武田を滅ぼ
し、その勢いで越後上杉の守りの要所『魚津城』を攻めた。城に立て籠もる上杉
勢三千八百。攻める織田の連合軍四万。数は十倍以上。さあ、熊さんなら、どう
するかい?」
「すぐ越中ふんどしで白旗を作ります」
「ま、腰巻だと牛に攻められるからな。しかしな、籠城戦は守るほうが三倍有利
だと言われる。城壁や堀があるからだが、長引くと大変。食料、水、弾薬が尽き、
命運も尽きる」
「援軍が頼みですね」
「そうだ。当時、上杉謙信は死んで、養子の景勝が当主だったが、魚津城の守将
らは救援の願いと決死の覚悟を書き送った。景勝は援軍を差し向けたが、多勢に
無勢で敵わない。ついに景勝自ら軍勢を率いて越後・春日山城から出陣。魚津城
東に後詰めの陣を張った」
「よおっ、待ってました、大統領」

  uod6s.jpg

 心清き者は幸いである。心の声を聴く者は賢明である。 


 例のパレスチナで発見された約4000年前の粘土板は、欠損も多く、解読困難で
したが、バーソ調査班の研究により、ラクダが自ら書いた遺訓と判明しました。

 ラクダが前歯で噛んで刻んだ独特の楔形風文字は「カメール(CAMEL噛める)文字」と
命名し、難解なラクダ語の中東方言は、適当に、否、適切に邦訳いたしました。


              cwea1.jpg Mr.camel rakuda
 
 我が愛する子供らへ

 わしは賢明なる駱駝ラクダ仲間の中でも最も自他に厳しい事を自負する者である。
 生涯五十年の中で一番感激かつ感動した事を、愛する子供らに書き残す。

 わしが壮年だった頃の某月某日。族長の名士であるご主人様が最年長の家令に、長男の嫁を探す為に遠い故郷に赴くよう命じられた。それで、わしも荷物を背負ってお供をする事になった。
 というのも、ご主人様は昔この地に移住してきた外人寄留者なのだが、近隣の人たちは異邦人で信仰が違うゆえに、息子の嫁に迎えたくなかったのだ。

 誇り高き我が駱駝族の子供らよ。
 自分の信念を守り抜くか、妥協するかを迫られた時は、焦るべからず。
 我らのまつ毛が二列に密集して生えとる訳は、砂ぼこりを防ぐ為だけでは無い。視界から虚偽を払い除け、真実のみを濾しとる為にある事を思い出せ。


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