「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 宝塚の『ブスの25箇条』は自分の特質を見直すきっかけになる。 


ココ・シャネルの言葉。
「二十歳の顔は自然から授かったもの。
   三十歳の顔は自分の生き様。
     だけど、五十歳の顔は自分の功績よ」

エイブラハム・リンカーンの言葉。
「四十過ぎたら、自分の顔に責任を持て」

この二人の言葉を併せると、人は二十歳の頃は番茶も出花で勝負できるが、三十
を過ぎたら自分の顔は許容範囲だろうと自分で忖度し、四十を過ぎたら美容整形
を勘案し、五十歳になったら、この顔だっていいじゃないか人間だものと居直る
方針で行こう―――などと思わなくていい。

なぜなら、顔は自分の“意識”次第でけっこう変えられるからだ。

テレビに出てくるセレブたちの顔も、その時々でけっこう違う場合が多く、
見る側の視点の違いも相まって、鋭い目つきが悪い目つきに見えることもある。

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では、自分の“意識”を変えるには、具体的にはどうしたらいいのか。
図書館で『宝塚式「美人」養成講座』が目に付いたので読んだら、著者の貴城たかしろけい
さんは元・宙組男役トップスターらしいが、なかなか有益なことが書かれていた。
 ※宝塚式「ブスの25箇条」に学ぶ「美人」養成講座 (講談社+α文庫)

 北斎の描く「海」は智情意に神も入った至高の芸術だ。 


山路を想いながら風景画の事を考えた。
智を働かせれば視点と構図を第一に考える。
情を重んじれば色遣いや筆のタッチが変わってくる。
意地を通せば他者との画法の違いにこだわりたくなる。
とかくに人の世は描きにくい。

いわゆる名画を観て気付くのは、西洋には海の絵が少ない事だ。
日本人が海をよく画くのは、二柱の神が海原の中に国を造ったせいかも知れぬ。
海は広いな、大きいな。
月はのぼるし、日はしずむ。
こころ自由なる人間は大海に胸ときめかす。
潮のうねり果てしなく、現世(うつしよ)の様に似て、
海は人の万感を写し出す。


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David James “Wave” 1895


今回は「海」の絵を見ても、西洋と日本とでは捉え方が違うという話です。

 倉田百三『出家とその弟子』と精神世界との調和性(後編) 


倉田百三『出家とその弟子』
この戯曲は、親鸞の教えを下敷きにした “信仰と救い” についての話ですが、
著者の意識が、仏教とキリスト教を超えて、精神世界へと大きく拡大しています。

今回(後編)は、地獄があっても人間は救われるのなら、
その根拠はあるのか?という疑問から始まります。

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 非常に面白いので、未読の方は一読を勧めますが、(→青空文庫)
 時間のない方はバーソが引いた下線部の本文だけでもどうぞ。

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 倉田百三『出家とその弟子』と聖書との親密性(前編) 


大死一番に点を一つ付けて犬死一番としたらどうなるでしょう?

「大死一番」とは、死んだ気になって精一杯やるという意味ですが、
「犬死一番」なら、無駄死にが一番となり、情けない死に方になります。

できれば最期は一つの汚点もなく美しく死にたい、
なるべく安らかに逝きたいとは誰でも思うことでしょう。

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倉田百三が戯曲『出家とその弟子』で “信仰と救い” について論じています。
『歎異抄』の親鸞かと思って読んでいると、聖書の言葉をいろいろ思い出し、
ロマン・ローランが大絶賛したのもむべなるかなと思えてくる面白い本です。

この書には、神や仏を信じない人にも共感できる話が盛り込まれています。
バーソの話は甘口が多いとお嘆きの貴兄に、今回は少々“堅め”の話(前編)です。

 ※長年信仰に打ち込んだ私バーソの注釈を読めば、たちまちその書の核心が分かる!
 はずですが(^-^;、もし未読であれば、そう長くないので一読を勧めます。→
青空文庫


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