「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 ものみの塔の「宇宙主権の論争」の教理は非聖書的だ。 


『宇宙主権の論争』は、ものみの塔協会(エホバの証人)の主要な教理である。

これはサタンが《聖書の神エホバの「主権」、すなわち支配を行なう権利に異議
を申し立てた
》とする教理で、言い換えると、《人間は神に従って生きるほうが
幸福か、あるいは自由に生きるほうが幸福か?が問われている》というものです。

近年『世の終わり』の時はいつか?の解釈は何度か変えられてきましたが、この
『宇宙主権の論争』の教理だけは絶対変えられない、協会の根幹をなす教えです。
(エホバの主権を支持し証しするからこそ「エホバの証人」というのですから)

その論争は、倫理的なものであり、正邪の決着が付くまでには時間を要するので、
その間、悪魔サタンは活動を許され、だから地上には悪がある、と主張されます。

推論と組立てがうまく出来ていて、私は長年JWとして信じこんでいたのですが、
ここでは、その教理の矛盾と間違いを聖書から論理的に論破しているつもりです。
さあ、目からウロコが落ちるか、ウロコが固着するか、どちらになるでしょう?

nasa098.jpg

●「宇宙主権の論争」でGoogle検索をすると、この拙論が1位か上位に現れます。
●ものみの塔の教理は大抵、米国の反JWサイトを参考にしたりして適切な反論が
ネットでされていますが、この「宇宙主権の論争」に関してだけは、きちっと聖
書的に論駁しているサイトは見当たりません。この教理は反証が難しいようです。
無いのであれば、この拙論が本邦初(あるいは世界初?)の反論になるでしょう。
●もし論理の誤りや異見、感想があれば、ぜひコメントをくだされば感謝します。

 ブランドと信仰、プライドと信念。それは美しくない宗教である。 


今回はちょっと調子と文体を変えて、ブランドと信念と謙遜さの話をします。
まずは、どうってことのない話からお付き合いのほどを・・・ (^^;)

「L」と「V」マークの模様で有名な茶色のブランドバッグがありますね。

2978.jpg
(そのマークは爪にだってある)

そのバッグを持ってないように見える女性に、
あれはビニール製なんですよ、
と親切にそっと優しく教えてあげたことが何度かあります。
すると、大変です。

 ものみの塔が「組織」を強調するワケを、大阪市長選に見た。 


11月27日の大阪市長選は、「大阪都」構想という大胆なビジョンを
打ち出した橋本徹氏に軍配が上がった。

勝利の要因は、「独裁」という危ないキーワードを大胆に掲げていること、
と木村太郎キャスターが注解していた。

今回の選挙戦は、人間の集団に大きな問題がある場合、明確なビジョンと
強力なリーダーシップが必要であることを示す好例だろう。

では、西暦1世紀のクリスチャン教会(会衆)と
ものみの塔協会(エホバの証人)のビジョンとリーダーシップは、
それぞれどんな違いがあるだろうか・・・。

一つの興味深い真実が浮かんでくる。

b 犬と猫jpg
※写真はlife-magazineなどから拝借させていただいた。

 ものみの塔自身が「油注がれた者」は信用できないと 認めている。 


ものみの塔(研究用)2011年8月15日号 『読者からの質問』に、
統治体は、油注がれた者の正確な人数は分からない、
リストは作成していない
ということが書かれていた。

なぜなのかという理屈付けは、例によって、おかしげな論理であった。
またそれは、興味深い、そして注目すべき重要な発表でもあった。

今回は、その解き明かしを したい(というほどのものでもないのだが)。

わに



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