「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 釈迦の『花祭り』と「天上天下唯我独尊」の意味。 


ほんとは明るい時事落語です。ほがらかな音楽付き。(笑)


クマ「ご隠居、この4月は散々ですね~」
隠「お、熊さん。よく来たな。なに? 3メートル離れて座る? うん、そこでいいよ。聞こえるから」
クマ「え~、祇園の商店自粛の声。商売無情の嘆きあり。おごってくれるひと久しくおらず、ただ春の世の夢の如し。たけき和菓子もついには滅びぬ。うふふ」
隠「なんだ、この桜餅の催促か。いただきものだが、さ、お食べなさい。そうそう。例年だと4月は、入園式、入学式、入社式、桜見、灌仏会(かんぶつえ)、イースターに、下旬はゴールデンウイークがあるな」
クマ「ご隠居、『かんぶつえ』って、鰹節の何かですか」
隠「おや、熊さんは『花祭り』を知らないかい」
クマ「ああ、お釈迦さんに甘茶を掛ける・・・」
隠「そう。日本人は、クリスマスでキリストの誕生を祝い、イースターで復活まで祝うのに、釈迦の誕生を祝う習慣がない。オーバーシュートとかロックダウンとか、まあ、西洋かぶれがひどいなあ」
  
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もじゃさんによる写真ACからの写真

 ヨドバシカメラもビックカメラもCMソングが面白い。 

 (今は武漢ウイルスで大変な時期ですが、通販での買い物を考えていたら、思い出した話です)

 初めて買った一眼レフはよく覚えている。
 世界初のTTL分割測光(※1)に惹かれて買ったミノルタSRT-101だ。 

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 SRT-101は廃棄したので、これは家にあるXE型。ライカR3のベースになった名機。

 バイト代を貯めて買いに行った店は、『アサヒカメラ』や『カメラ毎日』の巻末あたりに小さく広告が出ていた東京新宿の淀橋商会。奥から商品を出してくるしもた屋ふうの店で、当時は定価販売だった街のカメラ屋より1割程度安かった。

 この店が、後に大手家電量販店になったヨドバシカメラ
 ジャパネットたかたと同じく、10年ちょっとで大飛躍し、やはり世の中は時流を捉える目だなあ、ひとと違うことをする意欲と努力だなあ、と思える企業だ。

 ヨドバシカメラというと、「まーるい緑の山手線、真ん中通るは中央線~♪」と歌うCMソングがすぐ頭の中にエンドレスに流れ出す。

 『今昔物語』の悪口話は、口から出て、口に返る。(後編) 


 前回は、「褒める」行為には、自他ともに喜びがあることを考えましたが、
 今回は、逆に「けなす」人には、どんな感情、また動機があるかがテーマです。



今昔物語集』巻十四第廿七話 阿波国人謗写法花人得現報語

 今は昔、阿波の国名方郡殖村に一人の女がおった。名前を夜須古(やすこ)といった。
 白壁の天皇(光仁天皇)の御代のことや。
 この女が願を立てて、法華経を書写し奉ろうと思うて、麻殖郡の苑山寺において、心を尽くして人に頼んで法華経を書写させた。

 ところで、その郡に忌部連板屋(いんべのむらじ いたや)という人がおった。
 この人が、経を書写させとる女人を憎んで、女の過失をあばき立てて悪口を言いふらした。
 すると、たちまち板屋の口がひきつったように歪んで、顔がねじれ曲がった。
板屋はそれをたいそう嘆き悲しんだ。
 ほなけんど、それでもなお、後悔することのう、善行を積むこともなかった。そのため、口も顔も直らなんだ。

 このことを見聞きした人は、「これは疑いものう、心を尽くして法華経を書写し奉る人をそしり憎んだためだ」と言うた。

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           Pablo Picasso, Le Marin, 28 October 1943


       ※原典を阿波弁に変換しています。絵の使用はジョークです。

       
 歪んだ言葉を口から出せば口が歪む、という顔面破壊・因果応報の物語でした。


けなす」の類語は、「そしる、くさす、罵る、毒づく、ディスる、馬鹿にする、
チクリと言う、悪しざまに言う、バッシングする、罵倒する」などがありますが、
これを仕事にしている人がいます。
・ただただ反対と罵倒と揚げ足取りをしている桜尽し代議士。
・ことさら酷評と誹謗とあら探しをしている良識調メディア。 
・もっぱら批判と悪態と咎めだてをしている目クジラ有識者。
・とにかく悪評の宣伝とこき下ろしに熱心な反日趣族主義者。

 『今昔物語』の牛の突合せ。褒めると牛も舞い上がる。(前編) 



『今昔物語集』巻四第丗三話 天竺長者婆羅門牛突語

  今は昔、天竺に長者とバラモン(最高位の僧侶)がおった。
 二人は日ぃ定め、金千両を懸けて牛を突き合わせとったけん、この闘牛の様子を大勢の者が観にきとった。
 長者は言うた。
私の牛は極めて異様や。角も顔も首も尻もみな、力無(ちからな)の相がある
 牛はその言葉を聞いて落ち込み、「うちゃきっと負けるだろう」と思うたが、案の定、長者の牛は負けて、千両の金がバラモンに渡った。

 長者は家に帰って、牛に恨みがましゅう言うた。
お前が負けたけん千両の金を取られてしもうた。お前は頼み甲斐がない。情けない奴や
 牛は言い返した。
今日負けたのは、あんたがうちを悪う言うたせいや。うちゃたちまち魂が失せて、力が出んようになったんや。もし金を取り返したければ、うちを褒めて、もう一度闘わせてかぁ

 長者は牛の言葉を聞いてから、「次は三千両を掛けて闘わせましょう」と再度の牛突きを申し出たら、バラモンは前回勝ったものやけん、こころよう承知した。
 そこで長者は牛の言う通り、限りのう牛を褒め、それから再び牛突きをしたら、バラモンの牛が負け、バラモンは三千両を長者に渡した。

 そういうわけで、万事に言えることけんど、褒めれば花が咲き開いて、功徳を得ることになる、と語り伝えられとる。

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   pixabay                   
                          ※原典を阿波弁に変換しています。


 長者の牛はお調子者だったようです。自分が頼んだ誉め言葉にウッシシと喜ん
で元気を出しました。人間だって同じです。褒められるとエンジンが掛かります。

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 世の中には、褒めるのが好きな人と、けなすのが好きな人と、二種類いる。
 自分がそれをされる側になると、みな一種類の人間になる。


 今回は、前者の「褒める」話を前編として扱います。


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