「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 昨今の「自粛」の話と「百匹目の猿」の話の共通点。 


 自粛要請に応じないパチンコ屋の店名を公表する、と都府県知事が発表したら、案の定というか予想通りというか、翌日、他県ナンバーの車もぞろぞろやってきて、店頭に長蛇の列が出来ました。若者も多く、女性もけっこういましたね。

 抗議も多くあり、ほとんどのパチンコ屋は休業要請に応じたようですが、しかし客のほうが自粛しなかった原因は、ストレスを解消したいという小義名分の他に、「赤信号 みんなが渡れば 渡りたい」というわけで、ひとが何かすると自分もしたくなる付和雷同的な「群集心理」や「同調心理」もあったと思われます。

 この旧型ミーハーウイルスは、知事の発言がきっかけになってパチンコ愛好家らに意識伝播し、彼らに集団同調行動を取らせました。


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 人生と宇宙についての考えが一変する『死んだ男と神との会話』。 


  とつぜん死んだ男が神に出会い、宇宙観がひっくり返った話です。(翻訳)

 YOUあなたが死んだのは、家に帰る途中だった。
 特に変わったところはないが、致命的な自動車事故で、YOUは妻と子供二人を残した。痛みのない即死で、救急隊員が助けようとしても無駄だった。
 YOUの体はバラバラに砕け散っていたが、そのほうが良かったかもしれない。本当だよ。


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 YOUは尋ねた。
「何が・・・何があった? ここはどこ?」
『あなたは死んだのだよ』

 私はずばり答えた。遠回しに説明しても意味がないからだ。

「トラックが・・・横滑りして・・・」
『うん』

「僕は、僕は、死んだんですか?」
『うん、でも気にしないでいい。誰でも死ぬのだから』
と私は言った。

 YOUは周りを見回したが、何もなかった。私とYOUだけだった。
「ここは何ですか? 来世ですか?」
『まあ、そんなところだ』

「あなたは神様ですか?」
『うん、私は神だよ』

「僕の子供たち・・・僕の妻・・・」
と、YOUは言った。
『彼らが、どうしたって?』

「家族は、大丈夫でしょうか?」
『それ、好きだな。死んだばかりなのに、自分の家族をいちばん心配している。いいね』


 YOUは魅了されたように私を見た。私は神のように見えなかっただろう。ただの男か、あるいは女性か、なんとなく権威のある人のように見えたかもしれない。全能の神というよりは、公立学校の先生のようだったかもしれない。


 善悪の見分け方は愛。それは与えるものか、奪うものか。 

(新テーマ:時事的スピリチュアル)

本能の生活には道徳はない。従つて努力はない。この生活は必至的に自由な生活である。必至には二つの道はない。二つの道のない所には善悪の選択はない。故にそれは道徳を超越する。
       ―――――有島武郎『惜みなく愛は奪ふ』1917(大正6年)


「ご隠居、この話、『本能の生活は』と始まって、結論は『道徳を超越する』っ
て流れが解せねえです」
熊さん、ここの三段論法は面白いぞ。『本能の生活』は道徳も努力もないので、
『自由な生活』になるのは『必至的』だ、すなわち《必ずそうなる》と前提して、
必ずそうなるなら、二つの道はない。二つの道がないなら、善と悪の選択はない。
善悪を選択しないなら、道徳を超越する、という理屈だ。しかし熊さんは、熊と
言っても獣じゃないんだから、必ず善のほうを選択しなさいよ」
「イエッサー」
「お、サーが付いたか」
「あはは、でも動物とは違って、われらヒューマンたるゆえんは、善と悪を区別
して道徳を守るところですよね」
「そうだ。ただ、善悪の判断は難しいがな」
「ご隠居、あの大統領が最近『一度の合意で、過去の問題を終わらせることはで
きない
』って言いましたよね。日本は、もっと過去の戦争問題と正面から向き合
わないと、《悪》になるんですかね」


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 世界は人のために存在しているのか。アンスティル・ライフ。 

 ※池澤夏樹『スティル・ライフ』(第98回芥川賞受賞)の冒頭文を見たら、啓発を受けまして、
 無謀にもその続きを書きたくなりました。小説本文からの引用部分は青色字にしています。


 世界がきみのために存在すると思ってはいけない。
 世界はきみを入れる容器ではない。
 世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、
それぞれまっすぐに立っている。
 きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜ん
でいる。世界のほうはあまりきみのことを考えてはいないかもしれない。



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 世界はきみのことを考えていないといわれると、がっかりするかもしれない。
でも、この意味は、世界はきみの人生には干渉も仲裁もしないということで、つ
まりは、世界はきみが自由意思と自分の力により生きることを期待しているのだ。

 しかし世界はきみを愛している。このことは信じていいし、信じたほうが少な
くとも毎日を過ごすのがずっと楽になる。

 ただし世界は自分だけを特別にひいきにしてくれる、と期待してはいけない。
 期待とは、あることが実現するだろうと心待ちにすることだが、それは運任せ
とか神頼みといった、能動性と生産性のない迷信や盲信を育て、生き方の自由と
発展性を妨げる。

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