「バーソは自由に」

 考え方はいろいろあるから面白い。

 カノンあるいはキャノンとは、規範や規準のこと。 

パリの街は、ほとんどの道路に車線が引かれてないらしい。
運転するときは、左右の車に接触しないよう神経を使いそうだ。
自由を重んじ、なるべく規則は作らないようにしているのだろうか。

規則や規準は有れば、凡人は思考や行為の是非が見極めやすくなる。
もし水の氷点と沸点を何度と定めなければ、暑さ寒さの説明は難しい。
もし法律がなく、良心だけで正邪を決めるなら、争いをなくすのは難しい。

yariwo12.jpg
NOT Portrait of a Young Girl Mothanna Hussein:NOT ART 出典

カノンあるいはキャノンという言葉の使われ方が面白いですよ。
スポンサーサイト

 同じ漢字を繰り返して使う、先人の知恵。 

最近、LINEで一日に400回も恋情を送った(元)議員が話題になった。
それほどの回数なら、きっと同じ殺し文句を何度も繰り返して使っただろう。

同じことを何度も言うのは、くどい人と認知症の人と下手な漫才師の特徴だ。
だが賢い人は、同じことを繰り返しているなら、省略化できないかと考える。
あるいは繰り返しを要領よく行なうことで、より合理的になることを考える。

hokusa2s.jpg
常用漢字だけで描いた北斎画。→蟻の実験工房

今回は、同じ漢字を繰り返して使う点で、日本人が創意工夫をした話です。

 人間最期の言葉には、生き方が表れる。 

人は産まれ出たときは皆、おぎゃーと泣いて、息を始める。
そして死ぬときは、自分の何らかの思いを語って、息を終える。
人間最期の言葉には、その人の人となりがよく表れるようだ。

きききりん
J.E.ミレイの名画『オフィーリア』をモチーフにした宝島社の企業広告(出典)

 死ぬときぐらい好きにさせてよ。
『ハムレット』の恋人オフィーリアが溺れ死ぬ前に歌を口ずさんでいる場面。
 彼女の死は、文学の中で最も詩的に書かれた死の場面のひとつと言われる。
 オフィーリアになったつもりの樹木希林は、「人は死ねば宇宙の塵芥。せめて
 美しく輝く塵になりたい。それが私の最後の欲なのです」と言っている。

いかに死ぬかを考えることは、いかに生きるかを考えることと同義である。
生きている間に、死ぬときの言葉を考えることは良いことだろう。

 ゲーテの詩「野ばら」はゲーテの恋の物語。 

花の名に「野の――」の修飾語を付けたら、何を思い出しますか?
 野のユリなら、イエスが褒めた野花。あるいは黒人初のオスカー賞映画。
 野の菊なら、伊藤左千夫の小説で、恋人の墓の周り一面に植えられた花。
 野のスミレなら、宝塚の愛唱歌としても知られる『すみれの花咲く頃』。

では「野のバラ」なら、どうでしょう。

ゲーテとフリーデkリーケ (2)
Goethe and Friederike Brion 出典

バラは私が一番好きな花。今回はゲーテの詩から、少女を傷つけた恋の話です。

back to TOP