「バーソは自由に」

 考え方はいろいろあるから面白い。

 萩原朔太郎の『蟻地獄』には孤独と苦悶がひそんでいる。 

軒下など風雨が吹き込まない乾燥した地面に《すり鉢状の罠》を作り、蟻や
ダンゴムシなどの獲物が迷い落ちてくるのを日がな待っている生き物がいる。
その名を薄翅蜉蝣と偉そうに書く「ウスバカゲロウ」である。

蟻を悪魔のワナにて陥れるゆえ、幼虫時代は「アリジゴク」と呼ばれている。

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Image from page 8 of "Scientific American Volume 51 Number 15 (October 1884)"

   
荻原朔太郎がこの虫をメタファーにして少年期の寂しさと悲しみを書いている。
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 木を見て、森を見て、もっとその先を見る。 

最近、ある作家の文章の一部が注目され、アパルトヘイトだと大合唱された。
過去、言い方が差別語だと難癖を付けられ、断筆宣言に至った作家がいた。
私も、文章力か読解力の不足かで、記事と人格まで非難されたことがある。

特にネットでは相手が目の前にいないせいと、時代が短気になってるせいか、
すぐに「木を見て森と決め付ける」傾向が目立ってきてはいないだろうか。
 
枝葉ではなく森全体をよく見る重要性は、以前より増しているのかもしれない。

最古
        樹齢5000年。世界最古の木「メトセラ」。出典:GIGAZINE

しかし、肝心の「森」と「林」の区別がはっきりしてなければ話は始まらない。
なので若干唐突ながら、「森」と「林」はどう違うのか?の話に移りますよ。

 ゴッホは「荒れ模様の空の麦畑」で悲しみと溌剌を描いた。 

『カラスの飛ぶ麦畑』の絵は、いま私のいちばん好きな絵です。
そうなったのは「ゴッホの手紙」を読んで、ゴッホ自身の制作意図を知ったからです。
知ったら絵の印象が激変し、 先入観の危うさについて少々考えさせられました。

ゴッホが描いた「荒れ模様の空の麦畑」の絵は2枚ある。

1.「荒れ模様の空にカラスの群れ飛ぶ麦畑」 (1890年7月)
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 ひとの考えは、白でも赤でもどんな色でもいいはずだ。 

紙が白いというのは、基本的に良いことである。
 紙は白いゆえに、神聖さや純粋さを感じさせてくれる。
 紙は白いゆえに、絵や文字を引き立たせてくれる。
 紙は白いゆえに、ホワイトで容易に修正できる。

人間は本来、白い紙のようなものである。
 赤ちゃんはほとんど、真っ白な無垢の状態で生まれてくるだろう。

しかしながら、人間は成長するにつれ、いろいろな色紙いろがみに変じてくる。
 赤系やブルー系、地味目や派手目、右や左のほうに、薄く、濃く、染まってくる。

その《色》とは、親や教師、偉人、著名人、思想家たちの様々な思想の中から、
自分が気に入った考えを取捨選択したものである。それを一人ひとりが自分の色としている。

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