「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 『はだかの王様』は裸ではなく、馬鹿でもない。 

           [本当は明るく温かいアンデルセン童話]
    (お断り:以下の文章は、ある種の人には見えない特殊文字で入力してあります)


アメリカ大統領が、顔形アンパンマンの人を「ロケットマン」と呼びました。
国連では拉致被害者に言及し、トランプは好いキングになったかのようです。

視点や状況、立場が違えば、賢い人も馬鹿に見えたり、その逆もあるでしょう。
 
アンデルセンの『はだかの王様』は、本当に馬鹿だったのでしょうか?

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今回は、童話『はだかの王様』をちょっと違う視点で解釈してみました。


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 公平と平等の違いと、河鍋暁斎の鬼才。 

                  [バーソ青草文庫]

公平と平等

 或る真夏の夜であった。男が二人いた。
 夜中とも明け方ともつかない妙な空合いで、吹く風がキリっとしている。
 顔の青白い、手首まで彫ってある剳青(ほりもの)の目立つ小柄な男が、眼光鋭い
髭面(ひげづら)の大男の前でボソッと云った。

「ちえっ、地獄に来ちまったか。おれもヤキが回ったぜ」
「此処に来たもんは皆、最初そないゆうなぁ。せやけど、ちゃうでぇ。あんさん
は天国に来よったんや」
「ああ、情けねえ、青山の大名屋敷に忍び込んだはいいが、屋根でツルリと滑っ
て落っこちて、頭をガツーンと打っ…ええーっ? 此処は天国だって? 本当かい。
おめえ様は天国の番人かあ?」


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 (絵は河鍋暁斎の作品を紹介しています。本文には関係ありません)

 天の声、地の声、人の声。その玄妙なる調和を聴く幸福。 


世界には「声」が三つある。

天の声、地の声、人の声だ。


人は、地の声と人の声は聞いている。
だが、天の発する声を聴いている人はあまりいない。



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※photos by pixabay.com.


 ブータンの象・猿・兎・鳥の教訓絵『フレンズ』を別解釈する。 


わたしは、ひとから論理で説得されると、心地よくなるほうです。
ひとつ理解が増え、頭のいい人がいるなあと感服し、人生が楽しくなります。

人生志向や価値観が異なる内容のブログであっても、
なるほど、そういう見方、考え方もあるかと面白く感じ、参考になります。

三者三様、十人十色、百人百様、千差万別、蓼食虫好好……。
人の思考や嗜好は、けっこう違いますね。

ブータンで有名な教育絵を見て、どう多様に解釈できるか考えてみました。


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1枚の絵には10の解釈がある。“Four Harmonious Friends”

絵は、象の上に猿→兎→鳥がいて、一番上の鳥は、木の実を取って下の兎→猿→
象に渡し、皆で一緒に食べている。さあ、この絵は、何を表しているのでしょう。


aqw4friends.jpg←木の実

←鳥

←兎(ウサギ)



←猿





←象








出典



 雑念にギャグを噛ませると、思考は静かになる。 


「事実は小説より気になり」

以下は、ブログの友人ご本人の失敗談のようなんですが。

最近、近所のおばさんが私を避けているような気がするんです。
私はパソコンで仕事中によくコーヒーを飲みますが、
冷めたコーヒーを電子レンジで温めることがあります。
ところが仕事に熱中すると電子レンジに入れたままよく忘れるんです。
それで忘れないためにパソコンの上に紙を置いたり、手にハサミを
持ってたりするんです。で、この間、忘れないためにメガネと顔の間に
小さな料理用の撹拌棒を指していたんです。
ふとピンポーンの音がして、玄関のドアを開けると、
おばさんが回覧板を持って立ってたんです。
   ――――――ブログ『夏への扉』・「変人?」2014/07/08投稿

会話体のせいもあり、文末が5回「~んです」となっています。「~のです」と
比べて考えると、当たりがやわらかいです。文体や語彙には人柄が出るんですね。

で、仕事に忘我集中するのは学者型人間の特徴ですが、私の場合はうろうろ徘徊
して恍惚愉快のときに同様のことが日常紅茶的に起きますね(註:ネット巡回時)。
それは脳の劣化現象の他に、人間の思考そのものに本質的な原因があるようです。

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というのは、人間は考える葦、いや、絶えず考え続けている葦だからなんです。

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