「バーソは自由に」

 考え方はいろいろあるから面白い。

 己の義のために生きるか、大義のために生きるか。 

世間には「有名」になり「盛名」を馳せても、「醜名」に変わり、「汚名」を残す人がいる。
 2年ほど前には、作曲と聴覚障害の偽装をした音楽家がいた。
 最近は、経歴と出自の詐称をした経営コンサルタントがいる。

彼らは、演技力と変装術さえあれば「虚名」を得るのは容易だという平成の事例となった。

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※画像は松竹映画『切腹』(1962年)より。記事の内容とは無関係です。

武士道が廃れかかった江戸時代、「令名」つまり良い評判を命より大事にした人がいた。
これは男の尊厳を失うことを何よりも恥とした一人の下級武士の逸話である。

 幸せは遠くにありそで、近くになさそで。 

「しあわせはどこにあるのか」でGoogle検索したら、
0.27秒で約122万件と出ました。人間の一番の関心事なんでしょう。

幸せは一体どこにあるのか。最近の流行りの答えは《今、ここ》です。
すなわち足るを知れ、現在の幸せに気づけ、と言われます。

しかしながら昔の詩人は、山のアナを探して、
いや、そうじゃない。山や海や空のあなたに、幸福の地を求めたようです。

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画像はシャンソン「ラ・メール」のYou-Tubeから →シャルル・トレネ

四つの詩から考えますが、最初の二つは上田敏による原詩を超える名訳です。

 マザー・テレサの愛の奉仕と信仰の葛藤。 

やはり、100パーセント完璧な人間はいないのか。
「奉仕の人」といえば真っ先にマザー・テレサを思い出しますが、
じつは心の奥には暗やみの部分があったことが死後、明らかにされました。

彼女の「告白」が本で発表された時は、関係者に大きな衝撃を与えたそうです。

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●画像はオリビア・ハッセー主演の映画『マザー・テレサ』(2003年)You-Tubeより

マザー・テレサのその告白と名言から、彼女の愛の本質を探ってみました。
まずは、「名言」のほうから彼女のポジティブな人生観を見てみましょう。

 子供たちが書いた神様への手紙。 

ニーチェは言った。「神は死んだ」
神は言った。「ニーチェは死んだ」

神の切り返しもなかなか。さすがのニーチェも返す言葉がないでしょう。

神様を信じていると言う子供がいれば、間違ってるよと教えたくなりますか。
自分と金とそして愛だけを信じる子に育ってくれればいい、と思いますか。

ウィンスローホーマー
        ウィンスロー・ホーマー「青い少年」1873

神を信じている子供たちが神様宛てに書いた手紙が面白いですよ。

 ごく普通の人の「結婚記念日」の涙ポロリのいい話。 

好きなブログの更新を早く知りたいのでRSSリーダーを利用していますが、
そこに紹介されている「ブログ記事別ランキング」のひとつに、目がちょっと引っ掛かりました。

タイトルは「妻に『愛してる』と言ってみるスレ」で、サイトは「かぞくちゃんねる」です。

私、掲示板というのはまず見ないのですが、名無しさんという若い男性の率直で飾らない文章を
読んでみたら、涙腺がゆるんでしまいました。コピペでシェアさせてください。

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