「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 人生の謎が解けたと思っている者は幸福か。虞美人草(前編) 


 人生観や生活信条は、ひとによりさまざまです。
 そんなことを考えるのは、賢いのか、愚かなのか、そもそも意味があるのか、
 といったようなことを夏目漱石の虞美人草から、軽く、浅めに考えました。

                 

「ちわー。おや、ご隠居。どうしたんです? 眉をしかめて、毛糸玉にじゃれて、
ネコみてえだ」
「お、熊さんかい。それを言うなら、眉をひそめてか、顔をしかめて、が正しい。
じつは余った紐を集めて丸めておいたのだが、あれこれ紐の先を引っ張っている
うちに、かえってきつく締まってしまってな。この謎解きが難しいのだよ。熊さ
ん、解けるかい」
「どれ、ご隠居、こりゃ誰がやっても無理ってえもんです。電動ドリルで一気に
ガーッとほじくったほうが早いですよ」
「そう言われて思い出したが、歴史上一人だけ謎を解いた者がいる。その逸話を
『ゴージアン・ノット』と言う。ノットとは結び目のことで、古代ギリシアの宮
殿に、ものすごく固く結んだ丈夫な紐があった。その結び目の謎を解いた者はア
ジアの王者になると予言されていたが、解いた者は誰一人いなかった。ところが
そこにアレキサンダーがやって来て、剣で結び目を一刀両断にしてバラバラにし
た」

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「あれれ、ずいぶん短気なんですね。でもそれってルール違反じゃねえんですか。
謎を解いたんじゃなくて、結び目を切っただけだから、何の解決にもなってねえ
ような」
「うむ、そう思う人と、そう思わない人がいるな。漱石の『虞美人草』の中では、
アレキサンダーが結び目を剣で断ち斬った方法について、二人の若者が話し合っ
ている。一人は大学で哲学を学んで理論は得意だが、行動は伴わない甲野欽吾。
もう一人は外交官志望で、理論よりも行動志向の宗近一(むねちか はじめ)だ。先に
実践派の宗近がしゃべって、次に理論派の甲野が答えている。

「人間は、それならこうするばかりだと云う了見がなくっちゃ駄目だと思うんだね」  (註:それならこうする=狭義には、結び目がほどけないなら剣で切るの意)
「それもよかろう」
「それもよかろうじゃ張り合がないな。ゴージアン・ノットはいくら考えたって解けっこ無いんだもの」
「切れば解けるのかい」
「切れば―――解けなくっても、まあ都合がいいやね」
「都合か。世の中に都合ほど卑怯なものはない」

 宗近のほうは、紐は解けなくてもスパッと切るやり方は『都合がいい』、つま
り、そのほうが要領が良く、実際的だと言っている。だが甲野のほうは、都合を
優先するようなやり方は正しいやり方ではなく、『卑怯』だと言っている。熊さ
んと同じ考えのようだな」
「あっしは、そんな理論派じゃねえです」
「理論派の甲野が他のところで、こんな日記を書いている。

 宇宙は謎である。謎を解くは人々の勝手である。勝手に解いて、勝手に落ちつくものは幸福である。

 熊さん。ここでは、宇宙の謎を勝手に解いて、精神が『勝手に落ち着くものは
幸福である』と言っているが、これは褒めているのではないぞ。勝手に謎を解い
たつもりになり、勝手に平安を感じているような人間は能天気だと皮肉っている
のだ。続いてこんなことも日記に書いている。

 疑えば親さえ謎である。兄弟さえ謎である。妻も子も、かく観ずる自分さえも謎である。この世に生まれるのは解けぬ謎を、押しつけられて、白頭にせんかい(※)し、中夜に煩悶するために生まれるのである。(中略) 親も妻も宇宙も疑である。解けぬ謎である、苦痛である。

『せんかい』という漢字は当用漢字にはない。『せん』は、にんべんに亶と書く。
『かい』は、にんべんに回と書く。意味は、足が進まないで立ち止まることで、
まあ、停滞というような意味だ」
「停滞じゃ進歩がない」
「そうだ。甲野は物事を斜に見る。疑えば親だって兄弟・妻子だって自分だって
謎じゃないかと、したり顔で言っている。そして人間がこの世に生まれるワケは
解けぬ謎を『押し付けられて』停滞し、煩悶するためだと、これも皮肉で言って
いる。甲野は人生観なんかくだらないと思っている。そして『解けぬ謎は苦痛』
だと言っているが、実際に苦痛のようだな。甲野とは逆に、楽しみと感じる人も
いるのだが、まあ、人それぞれだ」
「ご隠居。甲野と宗近、どっちの考え方が賢いんですか」
「甲野の言う通りで、分からんことを追究しないのは賢い人間なのかもしれんよ。
その代わり、謎を解く幸福感は知らんがな」
「じゃあ不幸だ」
「うむ。一方、宗近のほうは、とにかく要領よくやっていければいいと考えてい
る。この宗近も謎解きの幸福感には遠いが、アレキサンダーと同じで、世では成
功する優等生タイプかもな」
「ご隠居。二人とも賢い男なんですね」
「そうだな。ところが面白いのは、世の中には人生を賢く生きたいとは思わん者
もいるのだよ」
「えっ、賢く生きたくない人なんているんですか」

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「いる。熊さんは『朝(あした)に道を聞かば夕べに死すとも可なり』という言葉を
知ってるか」
「ええと、スペイン語では、アシタマニアウーナだったかな?」
「アスタマニャーナは『明日は明日の風が吹く』という、いい加減な態度のこと
で、真逆だ。あたしはね、夕方に死んでもいいとまでは思わんが、しかし人とし
ての道はぜひとも知りたいなあ」
「うーん、しかしですよ、ご隠居。謎を解けたと思って幸福になっている人って、
勝手に自己満足してるだけの可能性もあるわけだから、じつは愚かで、哀れな人
なんじゃねえですかね」
「熊さんもたまには鋭いことを言うなあ。そうだな、その問題は少々高度だから、
電動サンダーであたしの良い頭に磨きをかけ、さらに頭脳明敏になってから答え
ようかね」
「へえへえ、エレキサンダーを持ち出しても、一刀両断にするほどの髪はねえの
が悲しい話でござんすがねえ」


(次週に続く)





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 「あなたにとって宇宙とはなんですか」と問われたら? 


 例えばサッカーの試合直後の選手に、インタビュアーがする一番陳腐な質問は、
「あなたにとってサッカーとは何ですか?」でしょう。

 理由は言うまでもなく、ファンは、得点に関係したナイスシュートやファイン
セーブの技術的ポイントや、そのときのまだ冷めやらぬ熱い気持ちを知りたいか
らで、選手だってそれを言いたいはずだからです。


 しかし次の質問は、上記の定番フレーズと似ていますが、陳腐ではありません。


「あなたにとって宇宙とは何ですか?」


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 死者の「冥福を祈る」と失礼になる場合がある。 


 毎日更新7周年(!)のブログに、米寿まで頑張って、揃ってバーソを見送ろうと
冗談半分で書きこんだコメントがあり、あと30年でしょうかと受けている返コメ
を見たら、あははと笑ってしまい、こっちが先に二人を見送りたいと罪深いこと
を思いました。(笑) ブロ友三人ともメスが入った体ですが、当分もちそうです。

 このところ、著名人が高齢で亡くなっています。
 高島忠夫さんは享年八十八(米寿)。密葬の予定だそうですが、一般に友人知人
の葬式では、弔意をどう伝えるかが難しいと思ったことはないでしょうか。


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