「バーソは自由に」

考え方はいろいろあるから面白い

 「夜目遠目笠の内」のことわざがなかなか面白い。 


 さぁさ、ご用とお急ぎでないお方は、ゆっくりと聞ぃてらっしゃい。
 夜目遠目笠の内、物の文目(あやめ=模様)がよく分からんように、私の口上
も聞ぃてもらわぬと、何のことやらさっぱり分からぬ道理になってござる。
 で、お立合い、手前持ちいだしたる『バーソ冗級ことわざ辞典』。よくよく読
めば、その効能は知恵と才覚が目から耳に抜けること間違いなしは幸水、長十郎。

         utag5.jpg 歌川国芳『金魚づくし』



      バーソ冗級ことわざ辞典 
                    ※ご注意:青字部分はあまり信用してはいけません。


夜目 遠目 笠の内(よめ とおめ かさのうち)

【通釈】
女性の容貌は、夜暗い状況や、遠くから見たり、笠をかぶっている時は
はっきり見えないために、美しい方は、より美しく見え、そうでない方は身の丈
に合わせて頑張ってほしいという意味。昨今、夜は街が明るくなり、ハズキルー
ペが売られ、三度笠は売られてないせいか、美女がおらんとお嘆きの貴兄もいる。

【注釈】
笠については、造りが良く、デザインがお洒落で、本人に品格があれば、
女性はすこぶる美しい。そうでない女性が百円ショップの笠をかぶって、どうし
て美しく見えようか。なお、高級傘をあれこれ買う女性には、「君の瞳に乾杯!
荷物、カサバランカ?」と言うとよい。ブランド物を着て厚化粧をすれば美しく
なると思っている奥方には、「あれから40年!」と言うとよい。聞き分けのない
女性の頬を時の流れのままに一つ二つ張り倒す男は、笠ブランカダンディという。

【由来】雨で蓑笠を借りに来た太田道灌に、その家の嫁が「七重八重花は咲けど
も山吹の実の一つだになきぞ悲しき」と言った話は誤報であり、「よめ(嫁)は、
とおめん(当面)、は貸せんどす、うち」と、はっきり断った故事から来て
いる。この「うち」とは、「私」という意の京都弁と、「家」という意の二重の
意味が掛けられており、さすがに古歌に通じた女性の台詞だと同感する人も多い。

【反語】朝目近目坂の外 (美人が朝っぱらから坂の外に転落すれば 顔は壊れる)

【類語】夜目遠目すっぴんぴん (素顔が美しいなら どこから見ても天女である)

【類語】色目流目すっぽんぽん (このような状況で 顔だけ見続ける男はいない)

【類語】駄目涙目すってんてん (鼻の下を伸ばしていると 身ぐるみ剥がされる)

【歌詞】女は夜目遠目がいい。笠は深めにかぶったほうがいい。女は無口なひと
がいい。時々むせび泣くほうがいい。夜ふけてさびしくなったら、ぼんやりいれ
ばいい。さかさにあぶったらイカん。しみじみ飲めば、想い出だけが行き過ぎる。

          simo2.jpg 下村観山 『春雨図屏風』


【作例】公園のベンチに座っている女性に、「座る姿は牡丹のように美しいです
ね」と声を掛けたら、すっと立ち上がったので、「立ち姿は芍薬のようです」と
追い打ちを掛けたら、「どう? 百合の花みたいでしょう」と言って、さっさと
歩き去ったので、「あはは、夜目遠目笠の内だった」と憎まれ口をきいてやった。

【注意】「笠」を「傘」と書くのは誤り。頭部に直接かぶって使う雨具を「笠」
と言い、柄(え)を手に持って頭上に差して使う雨具を「傘」と言って区別する。

【参考】アンブレラ(umbrella)は「陰」を意味する “umbra” に指小辞がつい
た語で、「日よけ・日陰」を意味するイタリア語から英語に入った。「陰」が語
源となっているのは、元々アンブレラ(洋傘)は雨用ではなく、日傘として用い
られたため。古代エジプトでは国王を陽差しから守る小道具として用いられ、欧
州に渡来後も、長らく傘は富と権威の象徴であった。アンブレラに油を引いた雨
傘が考案されたのは18世紀中頃であるが、普及し始めたのはその半世紀後である。


          kiht4.jpg J.Carlos(1884-1950)

【文学(概略)】
■『墨東奇譚』(永井 荷風) 六月末の夕方、58歳の独身作家「わたくし」大江
匡が玉の井の私娼窟を歩いていたら夕立に遭った。常に持って歩いていた傘をひ
ろげると、「旦那、そこまで入れてってよ」と、傘の下に真白な首を突っ込んで
きた女がいた
。女はお雪という26歳の娼婦。「ここがお前の家か」「拭いて上げ
るから、寄っていらっしゃい」「洋服だからいいよ」「拭いて上げるっていうの
にさ。わたしだってお礼がしたいわよ」「どんなお礼だ」「だから、まアお這入
んなさい」。というわけで、「わたくし」は、お雪との関係を三か月ほど続けた。

■『メアリー・ポピンズ』(パメラ・L・トラヴァース)1910年のロンドン。バ
ンクス夫妻は4人の子供のために保母兼教育係を募集した。東風の吹く日、右手
でこうもり傘を差し、左手に鞄を持ち、メアリー・ポピンズが空から舞い降りて
きた
。彼女は、ちょっと風変わりで、子供たちを世話し、不思議な冒険の世界へ
導き、家族を一致させ、役目が終わったら次の子供たちのために旅立っていった。

■『西鶴諸国ばなし』巻1-4「傘(からかさ)の御託宣」(井原西鶴) 世の人の
お役に立つように、と紀州の掛作(かけづくり)の観音には二十本の傘があった

慶安二年春、玉津島のほうから風が吹いて、傘を一本さらっていき、肥後の山奥
の穴里という所に落とした。村人は誰も傘というものを見たことがなかったので
不思議がったが、小賢しい男が「畏れ多くも、これは名高い天照大神のご神体で
あろう」と言ったので、一同恐れをなし、里じゅう総出で社殿を造って安置した。

■『ロビンソン・クルーソー』(ダニエル・デフォー)無人島に漂着した主人公
が最初に行なった文明的な作業の一つは、傘を作ることだった
。傘はブラジルで
見て、暑さの中では非常に役立つと知っていた。その島も同じほど暑いので、多
大な時間と労力を費やして作った。傘はペントハウスのように雨を振り払い、陽
射しをうまく遮ったので、暑い気候の中でもかつてないほど涼しくなった。必要
がないときは閉じて脇に抱えて運んだ。「かくして私は、神のご意志に身を委ね、
神の御恵みに全面的に身を委ねることで、心はすっかり落ち着くことができた
」。


             ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 さて、終わる前にちょっとお断りしておくぞ。これをやって見せると、お立ち
会いの中で投げ銭や放り銭をなさる方があるが、断固お断りをする。ネットにて
未熟なる都政、否、渡世を致すとも、いやしくも天下のバーソ。はいはい、押す
ではない。分かった分かった。お札なら幾らでも好きなだけ置いておくんなさい。






参考―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「夏への扉/映画カサブランカ」https://elleander.blog.fc2.com/blog-entry-1509.html
「語源由来辞典/アンブレラ」http://gogen-allguide.com/a/umbrella.html
「Wikipedia/傘」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%82%98
「Weblio辞書/傘」https://www.weblio.jp/content/%E5%82%98?dictCode=MNGTR
「青空文庫/墨東奇譚」https://www.aozora.gr.jp/cards/001341/files/52016_42178.html
「洋がさタイムズ/傘は文明の利器」https://www.kasaya.com/times/025.htm
「ロビンソン・クルーソー/原文」http://www.gutenberg.org/files/521/521-h/521-h.htm
「座敷浪人の壺蔵/神様ぼろぼろ」http://home.att.ne.jp/red/sronin/_koten/0055kamiboro.htm
「舟歌」阿久悠/詞、浜圭介/曲、八代亜紀/歌 https://www.youtube.com/watch?v=_hO22b2gcYY
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 今昔物語の検非違使。清水の舞台からカッコよく滑空せり。 


「清水の舞台から飛び降りる」の慣用句はよく知られていますが、平安末期に書
かれた『今昔物語』に、そこから実際に飛び降りて滑空した男の話が出ています。

 心理学者の河合隼雄は、「今昔物語の内容は『昔は今』と読み替えたいほどで、
一つひとつの物語が超近代(ポストモダン)の知恵を含んでいる」と述べました。

 そこで、その男が決断飛行した昔話から、今に生きる知恵を得たいと思います。


 kiyo2.jpg
 参考絵:一鶯斎芳梅「清水の舞台から飛び降りる女」(安政後期 1857~1860頃)



『今昔物語集』巻十九の四十
「検非違使 忠明 清水にして敵にあひて命を存すること」


 今は昔、忠明とい検非違使(けびいし)ありけり。
 若男にてありける時、清水の橋殿にして、京童部(きょうわらわべ)といさかひをしけり。
 京童部、刀を抜きて、忠明を立てこめて殺さむとしければ、忠明も刀を抜きて、御堂の方ざまに逃ぐるに、御堂の東の端に、京童部あまた立ちて向かひければ、その傍にえ逃げずして、蔀(しとみ=板戸)のもとのありけるを取りて、脇に挟みて、前の谷に躍り落つるに、蔀のもとに風しぶかれて、谷底に鳥の居るやうに、やうやく落ち入りにければ、そこより逃げて去にけり。 
 京童部、谷を見下ろして、あさましがりてなむ立ち並みて見ける。

 忠明、京童部の刀を抜きて立ち向かひける時、御堂の方に向きて、
「観音、助けたまへ」
と申しければ、ひとへにこれその故なりとなむ思ひける。
 忠明が語りけるを聞き継ぎて、かく語り伝へたるとや。


《現代語訳》
 今となっては昔の話だが、忠明という検非違使(けびいし)がいた。
 若かりしとき、清水寺の橋殿で、都の不良青年らと喧嘩をした。
 不良らが、刀を抜いて忠明を取り囲んで殺そうとしたので、忠明も刀を抜いて清水寺の本堂のほうへ逃げたら、本堂の東の端に彼らが大勢立って忠明に向かってきたので、そちらのほうに逃げることができない。
 板を張った格子戸の下半分があったのを取って、脇に挟んで前の清水の谷へ飛び降りたところ、その板戸が下からの風にあおられ、谷底に鳥が降りるようにゆっくり落ちたので、忠明は逃げ去った。
 京の不良らは、谷を見下ろし、驚き呆れ、立ち並んで見た。

 忠明は、若者らが刀を抜いて立ち向かってきたとき、本堂のほうに向いて
「観音様、お助けください」
と願ったので、自分が助かったのは、ひとえにそのおかげだと思った。
 忠明がこう語ったのを聞いた人々が語り伝えているという。 

 女性天皇と女系天皇に反対するのは女性蔑視なのか。 


 先日の『即位礼正殿の儀』では、大都会東京が神懸かりました。

 天皇のおことばが始まったら、朝から降っていた雨が突然止み、陽の光が差し
込み、珍しく東京の空にきれいな虹が架かり、富士山も初冠雪したのです。

 世界一長く続いている天皇家を太陽神・天照大神が祝福している。偶然にして
は不思議過ぎると話題になりましたが、仏教と違って神道は意外に神秘的なこと
が起きるようです。

 

 聖書によると虹は「ノアの大洪水」のあとに初めて出たとされています。※1
 ノアが箱舟から出てきたとき、聖書の神は「二度と大洪水で地を滅ぼすことは
しない。私と地の間の平和の契約のしるしとして雲の中に虹を置く」と宣言しま
したが、天皇陛下も「国民の幸せと世界の平和」を宣明されました。


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